第2話 パーティは1人じゃ組めないようです
「素晴らしいッ!素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴ラシイスバラシイスバラシイスバラシイスバラシイスッバラシイィィィィィィィイッ!!!」
「スベテ私ノ計画ドォォォルリィッ!!カードは揃ったぁあッ!勇者と魔王の物語?????良いッ!良いッ!見せてくれ…。ワタシに偉大なる闇を…!」
狂気に満ちたその顔を月明かりが照らす。月の光が強くなればなるほど、傷顔の老人を囲む闇は濃くなった。
\ピンポーン/
今日も来たな、ジーク。そんなにオレが好きなのか?一匹オオカミの風貌して寂しがり屋なんて…。ロンリーウルフってやつ?まあとにかく、今日こそはキッパリ言ってやる。それがあいつのためだ。
そんなことを考えながらオレは玄関の扉を開けた。例え相手がジークでも、こういう時は緊張するもんだ。毎朝早起きしてオレの家を訪ねていると思うと後ろめたくも思う。
「あのなジ…あ、おはようございます。」
人違いでした。
非日常的な光景に戸惑いを隠せない。同級生の女の子が家に来るなんて初めてのことだ。雲一つ無い空の青を背景にして、目の前に立つ少女の髪は荘厳な赤薔薇のように見える。凛とし、かつ全てを見下すような表情もその荘厳さに拍車をかけている。
いや、何でこいつオレの家知ってんの?個人情報拡散されてる?うちの住所はフリー素材じゃないんだけど。
「随分と貧相な家で暮らしているのね。まあ貴方の顔と比べれば、そこまでじゃないけど。」
何だこの尼。喧嘩売りに来てんのか?その燃えるような赤い髪、今すぐ燃やしてやろうか。
「落ち込んでるんじゃないかと思って来てあげたけど、大丈夫そうね。」
落ち込む?ナゼ。
ローズは控えめに咳払いをして話を続けた。
「まあ、それはそうとして。『シル』から聞いたわ。私に魔法を習いたいんでしょ?いいわ。教えてあげる。」
魔法を教えてくれるだって?ついこの間憎悪の表情で睨みつけた奴に魔法を教えるだなんてどういう風の吹き回しだ。
「ほ、本当に?魔法…教えてくれんの?」
「そう言った筈よ。やはり噂通り岩鬼並みの知能しか有していないようね。同情するわ。」
誰だそんな噂流した奴。イジメだぞ。
「でも、なんで急に…」
「…純粋に興味が湧いたの。だから私が育ててあげる。少なくとも来週の『選抜試験』で死なない程度にはね」
選抜試験?死ぬ?何の話だ?
そこからオレの猛特訓が始まった。初日はまず、学校でローズと魔法の基礎練習。放課後は筋トレと走り込み。魔法を使うにも体力がいるため、身体強化は欠かせないとローズは言った。
「よく見てなさい。こうやるの──幼い薔薇!!」
少女のか細い左手から、まるで薔薇が開花するかのように爆炎が巻き起こった。凄い威力だ。
「…と、まあこんな感じ。詠唱文句は世界基準で定められているけど、基本的には自分が好きなように唱えればいいの。詠唱なんて所詮イメージ補助なんだから。ただ、イメージによって発動する魔法にも若干差が出るから案外馬鹿にできないけど」
言われてみれば確かにそうだ。オレの知ってる炎魔法は前方に直進するやつだ。授業もこれで習った。しかし、今ローズが使った炎魔法は炎がその場に留まり、グルグルと円を描くように回ったあと、火球が膨張し爆発した。同じ炎魔法でも大違いだ。
なら、こんなのはどうだろうか?
「ブレイズバード!」
そう唱えると前方に変な形の炎が飛んで行った。歪だが、鳥だ。
炎の鳥は低空飛行で直進したところで右に急旋回した。成功だ。とは言っても実戦で使えるレベルとは程遠いが。
「40点と言ったところかしら。でも発想はいいわね。威力はまだまだ足りないけど、変化球は意表を突ける。」
そう。大事なのは意表を突くことなのだ。卑怯かもしれない。だが、今のオレ…いや、おそらくこれからどれだけ成長しても、ローズのような威力は出せないだろう。だからこそ、正攻法じゃない──搦め手が必要なんだ。
「性根が腐ってる貴方にはお似合いの戦法ね。なら最後にいいもの見せてあげる──」
彼女はそう言いながらオレの方に手を向けた。まさか…!
「ブレイズ!!」
ヤバいヤバいヤバい!焼き殺される!オレの人生こんなとこで終わるのかよ──
パシャッ
「くっ…うん?これ、水?」
彼女の手から発射されたのはただの冷水だった。やられた。ポタポタと落ちる雫、一粒一粒がオレを馬鹿にしているように感じられる。炎魔法の詠唱をしながら、頭の中で水魔法をイメージしたのか…。
「ふふっ。良い反応するわね。熟練した魔法使いならこんな芸当もできるってわけ。流石に上に行けばこんな子供騙し意味ないけど、高校レベルならこーゆー悪知恵も結構役に立つこともあるのよ」
馬鹿にされてる。それはわかっている。でも。こんなに親身になって魔法を教えてくれる…そう考えるだけで胸の奥がじーんと熱くなった。友達っていいもんだな。
いつからだ?いつからオレは人を避けるようになった?本当は誰よりも孤独が嫌いなはずなのに。一人でいる方が楽だと思っている。いつもいつも、逃げてばかりだ。楽な方へ。楽な方へ。楽なホウヘ。ワタシがお前ヲ導イてヤロう。
「なーにぼさっとしてんの?魔法の撃ちすぎでついに頭おかしくなった?」
気づけばローズが俯いたオレを覗き込んでいた。上目遣いでこちらを見るローズに内心ドキっとしてしまった。あまり意識していなかったが、かなりの美女だ。胸も大きい。
「今日はなんか疲れた。先帰って寝るわ。」
オレは俯いたままスタスタと歩き出し、そのまま校舎を出た。歩いて。歩いて。気づいたら見知らぬ場所に来ていた。星空が綺麗だ。一つ一つが息を呑むほど輝いている。でも。こんなに沢山あるのに、そのどれにも手は届きそうにない。
届きそうにない?なぜわかる?まだ手を伸ばしてもいないのに。そうさ。本当は怖かっただけなんだ。手を伸ばしても届かない。その無慈悲な現実を知ることが。星の方から話しかけてくれるって、そんな妄想に耽っていた。
オレはポケットからくしゃくしゃに丸まった一枚の便箋を取り出した。手紙には可愛らしい丸文字でこう書かれていた。
『リクくんへ。今日はお伝えしたいことがあってお手紙を書きました。超極秘の最新情報です!光の賢者の人達が高校生全員参加で「遠征隊選抜試験」なるものを10日後に予告無しで開催するそうです。死者も予想される危険なものになる!ってピローさんが言ってました(笑)。4人1組で参加らしいです。例え敵同士になっても、お互い頑張りましょう! P.S.このことをハルくんにも必ず伝えておいて下さい! シルヴィア=レイズより』
今朝、教室のゴミを捨てに行く際にゴミ箱の中で見つけた。もうどうでもいいや。何もかもがどうでもいい。一昨日オレに告白してくれたローズのことも。ローズとの騒動の翌日の晩、通り魔に刺され、意識不明のジークのことも。
本当はオレ。なんだかんだ言って勇者になりたかったんだ。でもそれも叶いそうにない。世界救うのに1人じゃ勇者足りないだろ…。才能もない。友達もいない。強い正義感も。未来への希望も。オレニハナニモナイ。コンナセカイイラナイ。アイツラモ、ミンナ、オレガコノテデ…
「ハルくん!危ない!!!」
声に驚き足元を見るとそこは断崖絶壁だった。あと一歩踏み出していたらオレは奈落の闇に消えていたところだった。振り向くと、いつか見た銀髪の女子生徒が立っていた。
「はぁはぁ…。良かった…。」
「ジークさんの件で落ち込んでるんじゃないかって。だからローズさんにハルくんの家の場所教えて…ハルくん、元気出るんじゃないかって思って。でもハルくん、今朝からなんか変です。抜け殻みたいで」
この子がオレの家をローズに教えたのか。ローズは一昨日、オレに告白してきた。ジークに嫉妬して喧嘩をふっかけたことも謝ってきた。オレは自分の気持ちに整理がつかず、やんわりと断った。謝るならオレではなく、ジークに謝れって。あいつが意識を取り戻したら、その時はローズの告白を受けてもいいかなって思ったんだ。
「その手紙の差出人、私です。私が『シルヴィア=レイズ』。この前はちゃんと自己紹介しなくてごめんなさい。さっき、リクくんに手紙のことを聞いたら、返事が曖昧だったから。もしかしたら、リクくん、ハルくんに手紙のこと伝えてないんじゃないかって思って。それで…」
「だってハルくん。学校であーゆー…エッチな本読んじゃうような人ですから。あんまり私がベタベタすると私に惚れちゃうんじゃないかと思いまして…。」
シルヴィアはニヤニヤと恥ずかしそうに笑った。
「いや!あれは事故だから!リクに借りてただけだし、オレのじゃないから!」
オレが必死に弁解するとシルヴィアはまたクスクスと笑った。でも今度は照れ隠しの笑いには見えなかった。
「ふふふっ。やっと元気になりましたね!それでこそハルくんです!ジークさんだって、きっと良くなります。退院したらみんなで元気に迎えてあげましょう!」
肩に重く、のしかかっていたものがスッと消えていくのを感じた。胸の内に渦巻いていた暗く、寂しいものが晴れていく感じがした。何でもかんでも上手くいくもんだと思っていた。でも1人じゃ解決できないこともある。だからパーティは4人1組なんだ。
「凡人系勇者にしては、色々と背負い過ぎちまったな。ありがとうございます!シルヴィアさん!」
少しずつでいいんだ。今の弱っちいオレにできることは、きっとそんなにないだろう。だからオレは、オレのすべきことをできる範囲でやってみるんだ。なんか最終回っぽい展開だけど、オレの冒険はまだ始まってもいないんだ。
だんだんシリアス展開になっていきます。
ほのぼの頑張るハルくんの応援、宜しくお願い致しますm(_ _)m