第7話 双子の弟は雷神です
「これより1時間後に第1試合を開始致します。今しばらくお待ち下さい。」
第1試合はジークと『ライト=ライダース』って人だ。ん?ライダース?どっかで聞いたような…。
「あの、ハルくん。」
記憶を辿っているとシルヴィアが話しかけてきた。先程とは打って変わって、暗い表情をしている。そうか、確かシルヴィアの対戦相手は…
「試合の相手、リクだったよね…。大丈夫!なんて無責任な言葉はかけられないけど、ここまでやってきたシルヴィアならきっとなんとかなるさ!」
リクは変わってしまった。オレが変えてしまった。リクはオレを恨んでいる。だからきっとオレの友達も…。
「ええ、まあそうですけど。そうじゃなくて…。ちょっと2人で歩きませんか?」
予想外の答えに驚いた。シルヴィアは怖くないのだろうか?オレは小刻みに頷くと、2人で校庭を出た。
学校のすぐ近くにある川沿いの道。小学校の頃は通学路だった。もうすっかり夏で、以前にも増して蒸し暑く、時折吹く風が気持ちいい。ほらまた。今日はいい風が吹いている。その度に隣では美しい銀髪がなびき、薔薇のシャンプーの匂いと生い茂る草の匂いとが混ざり合う。シルヴィアは無言で、ただオレと歩き続けた。
「今日は良い天気だね。」
ここまでベタなセリフを吐けるオレは、三流役者の才能があるのかもしれない。冴えない非リア高校生にこの状況は難易度が高すぎる。
「…ここ、良いところですね。まるで永遠に続いているよう。どこまでもハルくんと歩いて行けてしまいそうで…どうです?いっそ2人で消えちゃいますか?」
消える?試験をリタイアするってことだろうか。やはりリクとの試合に怯えているのかな。
「なーんてね。そんなことできるはずないですもんね。ハルくんは試験に合格して、立派な勇者にならなくちゃいけない。でもその遠征隊にローズさんはいない。それでもやっぱり、合格したいですか?」
そうだ。遠征隊に選ばれれば、もうローズと会えなくなるかもしれない。どう足掻いてもローズは試験に合格できない。
「それは…」
オレは言葉に詰まった。勇者になりたいのは事実。でも、ローズと一緒に居たいという願望もまた事実であった。オレはずっと、この葛藤から逃げていた。どちらかしか選ぶことができない。夢か、恋か。オレは…。
シルヴィアは立ち止まって首を横に振った。
「いいんです。それで。答えを出すことが正しいとは限らない。ハルくんはこれからもずっと、そんな選択を迫られる。どちらを選んでも後悔するような残酷な選択を。だから…」
「私はそんなハルくんの側にいて…ハルくんを支えてあげたい。悲しいときは一緒に涙を流して、悔しいときは次頑張ろうって、励ましてあげたい。」
シルヴィアは真っすぐオレの目を見た。彼女の頬を一筋の涙が伝う。これは…告白。シルヴィアはオレのことが…。
「でも。それは叶わない。ハルくんにはローズさんがいますから。私はローズさんを尊敬しています。だから、例えハルくんが遠征隊に選ばれて、そこに私が同じように居たとしても、ローズさんからハルくんを奪うようなことは絶対にしたくない。」
シルヴィアは俯いて自虐的に笑った。
「いつだって一途で、誰でも構わず助けて、臆病なのにここぞという時には勇敢で、優しいのに素直じゃなくて、面倒くさがりなのに実は努力家で、弱っちいくせに他人優先で、誰かのために簡単に命を賭けれる、それがハルくんの良いところですから。なので…」
オレが口を挟むのを遮るかのように言葉を続けた。シルヴィアはここに来るときに背負って来たリュックサックから何かを取り出した。
「これを渡しておきます。本当は捨てるつもりだったんですが…。今のハルくんなら大丈夫だって思ったんです。ハルくんはこれを捨てることができます。勿論、中身を確認することも…。任せます。だって、貴方は私の大切なハルくんですから!」
シルヴィアはそう言って厚めの茶封筒を渡した。なんだろう。書類のようなものが沢山入っている。
「さ!そろそろジークさんの試合が始まる時間ですね!全力で応援しに行きましょう!!」
そう言ってシルヴィアは走って行った。彼女の勇気の告白にオレは何一つ答えてやれなかった。
「遠征隊選抜試験、第二次試験『戦闘試験』。第1試合を開始致します!ジーク=シュトロハイムさんとライト=ライダースさんは準備をお願いします」
校庭に戻るとそこには立派な大理石の舞台が出来ていた。深い青色の床が太陽に照らされて神秘的に輝く。レフェリーの合図で正方形の舞台に両者がスタンバイする。腰には「捕縛ベルト」なる、白色の拘束器具を装着しており、自分の物はワンタッチで外れる仕組みになっているようだ。
「どうやら手加減の必要はなさそうだな。『雷神』。」
ジークが右手に剣を構える。頭には包帯を巻いているが、問題なく動けるようだ。
「俺の異名を覚えてるとはね。光栄だよ。」
黄緑色の髪の少年も右手に剣を構えた。ジークの剣よりも細く、軽そうだ。
「そうさ俺は『風神雷神』兄弟の弟、ライト=ライダース。ぶっちゃけると勇者に興味はねえが、適当なことするとリクさんに怒られちまうんでね。本気でいかせてもらうぜ。」
どうやらリクのチームメンバーのようだ。ガラの悪そうなツーブロック。随分と今風な『雷神』様だな。
「それでは試合を開始します。レディ?」
始まる。
「ファイッ!!」
レフェリーの掛け声と共に両者が中央目掛けて突っ込む。金属のぶつかる音がして鍔迫り合いが始まった。僅かではあるが、ジークが押している。
「くっ…うう…おおお…何ッ?!」
突然、弾かれるようにジークが後ろに飛び退く。何が起きた?
「はははは…。すげえ馬鹿力。だが、勇者なんだから魔法もちゃんと使わないとな?」
ライトが水平に剣を構えると、剣がバチバチと音を立てて光り出した。あれは…電流?
「右手の雷刃。触れるものを皆焼き切る雷の剣だ。危ねえから気をつけな。」
そう言って、ライトはジークとの間合いを詰める。
剣術に雷魔法を加えた雷神の剣技。物体に魔法を纏わせるのには非常に高度な技術を必要とする。もしさっきみたいに剣と剣を合わせれば、忽ち感電してしまうだろう。厄介だ。
「確かに触れればタダじゃ済まなそうだな。触れればな?飛石。」
ジーク達の周りにいくつもの平たい石が浮かんだ。アンデッドドラゴン戦で使っていたやつだ。ジークは石に飛び乗ると、すぐさま別の石に飛び移った。そしてまた次の石に。すごい速さだ。目で追い切れない!
「もはや人間の動きじゃねえだろこれ…。烈火の薔薇と啖呵切るだけのことはあるな。だが、よっ!」
ライトは床に思い切り剣を突き刺した。何をする気だ?
「こちとらスラムでレフ兄と2人。物心ついた時から人を殺す術だけ学んできた。生きるためだ。リクさんは世界を変えると約束してくれた。金持ちが貧乏人を貪り食う、この理不尽な世界をな。簡単に諦めてたまるかって話だ。」
剣の纏う光がライトの腕を伝って、全身を覆った。皮膚が焦げ始める。とんでもなく痛いはずなのにライトは笑顔を絶やさない。それどころかライトを覆う光はどんどん大きくなっていく。まさか!
「派手にいこうぜ!ジークさんよぉ!」
光は大理石のステージを包み込み、更にジークの石も飲み込んだ。嘘だろ…!ジーク!やがて光が消えるとそこにはジークの剣だけが転がっていた。ジークはどこに…。
「跡形も無く消えちまったか?いや、違う!上だ!」
ライトが上を見上げると同時に空から巨大な石柱が落下する。剣を引き抜き、瞬時に飛び退く。間一髪で躱した。粉々になった石柱の砂が床に散らばる。
「なんだこれ。あいつはどこだ!」
叫んだ瞬間、今度は土の塊が四方八方からライト目掛けて飛んでくる。ジークはどこから撃ってるんだ?ジークは何を考えている?そんな魔法じゃ何回やったってライトを倒せないぞ。
ライトは剣で土玉を全て砕く。
「おいおい!こんなんじゃいつまで経っても俺は倒せないぜ?!隠れてないで、さっさと出てこ」
カチッ
は?オレは目を疑った。オレだけじゃない、その場にいた全員がそうだ。何が起きた?白い捕縛ベルトが一人でに宙に浮き、ライトの腰に巻き付いた。ジークの姿は無い。
「あ?なんだ…これ。どうやって…なんで?」
困惑するライト。床に散らばっていた砂の一部が消え始めた。代わりにそこには…ジーク!どうして!
「ベルトはつけたぞ。これで俺の勝ちだな。チェックメイトだ。」
ジークは手を顔に当て決めポーズをした。いや、意味がわからない。何がどうなったんだ?
「一体何をしたんだよ…」
落胆した表情でライトが聞く。
「そうだな。折角だから種明かしをしようじゃないか。と言ってもそんな大したことじゃないんだが。」
「まず、お前がステージ全体を放電で覆った時、オレは土の壁で身を守りつつ床に伏せた。それに気づかれないようにお前の頭上から石柱を落として注意を上へと向けたんだ。」
「その後、その石柱が砕けてその砂が床に散らばった。もうこの時点でオレの勝ちは決まっていた。」
砂?どういうことだ?
「床に伏せたままのオレは自身の周りに砂のベールを作り出し、床に擬態したんだ。」
擬態!?いないと思っていたが、まさかステージ上にずっといたなんて…。
「まあ、砂の量が足りなくて動けばすぐにバレてしまうから、何度もお前に土塊をぶつけて砂を濃くする必要があったがな。そのせいで時間がかかってしまった。」
マジか…。そんな頭脳戦が繰り広げられていたのか。それを一瞬で思いついたこいつは何て頭の回転してんだよ!
「なるほどな。こりゃ、完敗だな。けど、お前らしくないな。お前がスラムにいた頃はそんな狡猾な手使ってなかったろ?」
ジークがスラム街に?そうだったのか。今まであいつが前の学校で何してたとか、そんなこと全然知らなかった。それで、ジークはライトの異名を知っていたのか。
「まあな。あの頃は正々堂々戦うことが絶対的に正しいと思っていた。だが、今は違う。プライドを捨てることこそが、全力で戦うことであり、相手への敬意だと知った。俺の友からの受け売りだ。」
それ絶対オレじゃん!卑怯者で悪かったな!こっちはお前と違って性格がねじ曲がってんだよ!
「第1試合勝者、ジーク=シュトロハイム!二次試験合格とします!」
よし!まず一安心だな…ん?二次試験合格?一勝で合格なの?ってことは…シードのオレどうなんの?
「あのー、すいませーん。シードのオレって二次試験どうなるんですか?」
「二次試験は本来16人で行われる予定でしたが、一次試験合格者が一名、重傷により出場できなくなりました。すなわち、ハル=ウォーリア様は不戦勝扱いになり、無条件で二次試験合格となります。ラッキーでしたね。」
あ、そうなんですね。なるほどお…なんでやねん。
そーえばシルヴィアにもらったあの封筒、何が入ってるんだろう。
オレは徐に封を開け、書類の束を取り出した。何やら鑑定書のコピーのようだ。
「なになに…魔力の痕跡鑑定…ジーク=シュトロハイム殺害未遂に使用された凶器…」
ジーク?ってこれ例の通り魔事件についての鑑定書だ!凶器は刃渡り20センチの銀色の柄のナイフ。残された魔力の痕跡から直前に使用していた人物を特定…。残されていた魔力の持ち主は、被害者であるジーク=シュトロハイム、そして…
「…は?どういうことだよ…。嘘だ…そんなはずが無い…。こんなのデタラメだ!!」
オレは鑑定書を地面に叩きつけた。紙があちこちに散らばる。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…。」
残されていた魔力の持ち主は鑑定の結果、被害者であるジーク=シュトロハイム、そして…
ローズ=ベルガモットと判明。
花粉症辛い。




