証言
2030年 7月25日
アラビア海上 某所
現地時間 0735
イツキは「トラッパーズ」の艦橋の真下、地下1階にあたる階層の通路を歩いていた。すぐ後ろには、さっき名付けたばかりのライリーがかわいらしい足音を立てながら付いて来ている。
斎藤司令からは、例の所属不明部隊を見かけたのはイツキと同じ第8強行偵察中隊のメンバーだと言われているが、正直この中隊のメンバーは、全員がいわくつきだったり経歴がよく分からなかったりと、とにかく影が濃いとも薄いとも言えぬ独特な部隊なので、その1員であるイツキにすら、全員の素性を知っているわけではない。
よって、同じ中隊のメンバーでも、初見の場合があるのだ。
第1医務室に足を踏み入れると、消毒液の独特なにおいが鼻を突いた。ライリーは後ろで顔をしかめている。犬にとっては致命的なにおいなのだろう。
「医務室には動物の持ち込みはできませんよー。」
突然、声をかけられた。
声の主はこの第1医務室の軍医長の女性だ。
肩にかかるぐらいに伸ばした黒いストレートヘアーが特徴の美人で、兵士たちからの人気も高いが、ナンパに対する迎撃成功率は社員のなかでも1,2位を争う。
「あぁ、ごめん。じゃ、ライリー、ここで待っててね。」
「クゥーン…」
寂しそうなライリーを入り口に置いて、医務室の中に入る。
「どうかした?」
「ここに、私と同じ中隊のメンバーがいると聞いて。」
「第8偵察隊ね。ちょっと待って。」
そう言って彼女は手元のタブレットを操作し始めた。通常の艦艇と違い、この艦は医務室も巨大だ。そのため、一目見ただけで誰がどこにいるか判断するのは至難の業だ。
そのため、ここではこうやって電子機器による人員管理が非常に便利なのである。
「OK,見つけた。25番よ。」
「分かった。」
そう言ってイツキは、25番ベッドへ向かう。作戦展開中の医務室のベッドは比較的混んでいた。
目的地に着くと同時に
「よぉ、イツキ。元気か?俺はあまり元気じゃないがな。」
と声をかけられた。
「ヘッシュ、あなただったの?」
そこに横たわっていたのはヘッシュ・ウォーカーという男だった。
イツキと同じ第8強行偵察中隊チーム3のメンバーで、イツキがペアを組む時はいつも相棒になる男だ。
「あぁ、偵察中にちょいとしくじってな。足を撃たれちまった。」
「そのあなたが偵察していた部隊のことを聞きたい。他社の連中でもなかったって?」
「あぁ、やつら、見たこともない装備だった。メットもベストも迷彩服もまるで違う。明らかにまったく異なる部隊だ。規模は2個中隊くらいだ。」
「ほかには?」
「なにか大きなものをトレーラーに載せて運搬してた。戦車4両分くらいあるデカいやつだ。」
「それだけ?形とか、色は?」
「それがちょうど暗視ゴーグルのバッテリーが切れててな。建物の陰だったのもあってよく見えなかった。で、接近しようとした途端、撃たれちまった。」
これだけだとよく分からない。やはり現地へ赴く必要がありそうだ。
「オーケー、分かった。ところで、アル・ホールの辺りで見たと聞いているけど、具体的な場所は?」
「魚市場の近くの大通りを北西に向かっていた。となると、目的地はアル・ダキラかラス・ラファンか。その辺りだろう。」
「そういえば写真は撮らなかったの?」
「だめだ。近距離電波迷彩がかけられてた。電子機器じゃ捉えられなかった。」
「なるほど。まぁあとで私がもう1度調べに行くつもりだから大丈夫だと思う。」
「おい、位置はつかめているのか?」
「いや、衛星では見失ったと言っていた。」
「……気を付けろよ。俺が撃たれた時、射点には何もいなかった。レーダーにもソナーにも、なにも映っていなかった。ありゃただの光学迷彩じゃない。」
「……分かった。」
踵を返し、医務室を後にする。入口で辛抱強く待っていたライリーが駆け寄ってイツキの胸に飛び込んできた。