出会い
2030年 7月24日
カタール ドーハ
現地時間 0342
指定された合流地点を目指して、イツキは歩き続けた。今度はゆっくり、慎重に進んだ。2度も足を吹き飛ばされるのはごめんだ。
ベクターの装弾数は28発。レートも高いので、射撃の際は残弾数に十分注意しなくてはならない。
サプレッサーは摩耗して消音効果がなくなっていたので取り外した。そのほうが弾速も上がり、威力が増す。
サイトはデフォルトで取り付けられていたCOMPM2から416から取り外したEXP3ホロサイトを取り付けた。個人的にはこちらのほうが見やすいのだ。
四方に銃口を向けながらゆっくり慎重に前進する。できればこれ以上の交戦は避けたいが、そうもいかないようだ。
視界の隅に何かがちらっと映った。最大限に警戒し、最終確認地点に向かう。ベクターのセーフティが外れていることを確認し、トリガーに軽く指を掛け接近する。
すると突然、影の主が飛び出して来た。慌ててトリガーを引こうとした指を寸前で引き留める。
目標はただの犬だった。中東の原生種ではない。というより完全に軍用犬のタイプだ。シベリアンハスキー以上オオカミ未満といったところか。
だいぶ若いので、この地で捨てられた、あるいははぐれた軍用犬が子を産んだのだろう。
「あなたも独りぼっち?」
なんとなく声をかけると、犬はかまってもらいたそうに尻尾を振った。頭をなでて、携帯糧食を少しわけてやる。
「さ、もう行かなくちゃ。」
と立ち上がると、犬は悲しそうな声を上げて付いて来ようとする。かまってやったのがまずかったか。
「あなたは連れていけないの。ごめんね。」
と言ってもどうしてもついて来ようとする。
致し方なく、連れて行ってやることにした。バックパックを少し開けてなかに犬の下半身を突っ込む。前足を出して舌を出しながらうれしそうにバックパックのなかで揺さぶられる犬。普段こういうことを感じないが、すこし癒されるというような感じがする。
途中で何度か背中の犬が甲高い声でワンワンと鳴いているが、正直敵地のなかで一人きりなので静かにしてほしい。
まぁ、周りでも何匹か犬が鳴いているから、そんなに問題はないだろう。
……周りで犬が鳴いている?
まずいと思った瞬間、軍用犬を侍らせた敵兵が複数現れた。敵が一斉に射撃を開始する。
背中の犬をかばいながら手近な瓦礫の陰に隠れる。ベクターを威嚇射撃のつもりでブラインドファイアする。威嚇のつもりだったのだが、不運な敵兵の一人に当たったらしい。瓦礫の向こうから悲鳴が聞こえてきた。
あっさりと弾を撃ち尽くしたベクターをリロードする。
もとから付いていたマガジンポーチはアサルトライフル用なのでひとつのポーチにベクターのマガジンを横に2本ずつ無理やり入れて代用している。
敵は先ほどの特殊部隊とは違い、普通のBOUにコンバットベスト、アサルトライフルを装備している。種類はよく分からないが、おそらくAKシリーズだろう。
暗闇の中、マズルフラッシュを頼りに敵をポイントし、3点射で撃つ。致命傷を負った敵兵が声も上げずに倒れてゆく。そのうちに次の敵をポイント、撃つ。
集団で固まっていた敵グループに最後のグレネードランチャーを発射、ランチャーを投棄すると同時に動揺する敵に向けて撃つ。2連射してカバーを変え、複数の方向から攻撃し、相手を攪乱していく。
グレネードを放り投げ、スモークを自分の足元に散布し、隠れる。
コーナーショットの赤外線カメラを頼りにクレイモアを通路になりそうな場所に仕掛け、自分はさらに遠い場所に身を潜める。
突然やんだ銃撃に戸惑った敵兵はイツキがクレイモアを仕掛けた方にゆっくりと近づいてゆく。
ライフルの銃口をそこにあるのは地雷だけであることも知らず、警戒のため向けている。
直後、大きな爆炎が上がり、兵士が数名、巻き込まれた。同時に、イツキはこっそり移動していた敵の真横になる位置から再度銃撃を浴びせた。
混乱する敵に向け、無慈悲にベクターの連射を叩き込む。
敵がひとり、またひとりと倒れてゆき、悲鳴とも怒号ともつかぬ指示の声は次第に聞こえなくなってゆく。
イツキが最後のひとりの頭を撃ち抜き、周囲の安全を確認する。幸い、これ以外に敵は来ないようだ。増援の気配もない。
この戦闘でベクターの弾丸も使い果たしてしまったので、また補給をしなくてはならない。
比較的損傷の少ない遺体に近づき、武装を確認する。
メインウェポンはロシア製のアサルトライフルAK-12で、マガジンポーチにはまだ3つほどマガジンが残っていた。
爆薬の類はRPGが1発しか残っていなかったが、もうそろそろ回収地点であるしそれほど必要ないだろう。
無線で連絡を入れる。
「O-03よりオブザーバー。敵と交戦、これを撃破し、まもなく回収地点に到達する。オーバー。」
「オブザーバーよりO-03。コピー、残敵に留意せよ。アウト。」
短い交信を終え、M24の上にさらにRPGを背負い込む。そう言えば背中のバックパックに突っ込んだままの犬はあの激しい戦闘のなか、騒ぐことなくおとなしくバックパックの中に収まっていた。
改めて犬をバックパックの中から引っ張り出し、頭を撫でてやる。犬は嬉しそうに尻尾を振ってワンと1回鳴いた。
もう10分もすればようやく回収地点だ。イツキは気持ちを整え、また歩き出した。