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戦場の怪物  作者: MURATATSU
2/14

交戦1

2030年 7月24日

カタール ドーハ

現地時間 0307

 

 廃墟と化したドーハの街をイツキはひとり走っていた。

敵味方の制圧圏の区別のない乱戦区域。

本当はライフルを常に構えながら小走りで注意深く前進するのが得策だが、回収の刻限が迫っている以上致し方無い。

 よって自動的に出合い頭の戦闘はイツキが確実に不利だが、まぁなんとかなるだろう。実際、曲がり角での戦闘は交戦距離がほぼゼロのため、どれだけ用心深く前進していても結局は先手を打ったもの勝ち、というような場面が多い。

 それでも有利であることに変わりはないのだが、今回イツキはスピードをとった。近接戦闘に関しては心得がある。きっと大丈夫だ。

 己の知識と経験を信じ、分かれ道がある度に瞬時に敵兵の有無を確認する。

 だがここで、イツキは盛大にミスをやらかした。「敵兵」にばかり注意しすぎたせいか、それとも単に迫り来る時間への焦りか。

 道路両脇の瓦礫の中にひっそりと、まるで獲物を狙うワニのように巧妙に隠蔽され、敷設されたクレイモア対人地雷に気付かなかった。

 イツキが宙に舞う埃に映ったレーザーの光を見、慌てて避けようと体をよじらせるも間に合わず、2発のクレイモアが同時起爆する。

 加害範囲60度、射程50メートル。たった2つでサッカーコート1面を制圧するその殺傷力から逃げることはできない。

 ひとつにつき700個、合計1400個もの鉄球がイツキの足元をめがけて超音速で迫る。

 クレイモアの射程仰角は18度。たったひとつの鉄球でも十分致命傷になりうる。

 しかも今回地雷は道の両脇に敷設してある。被弾を避ける術はない。

 上半身への被害をなるべく避けるため、イツキは爆発の瞬間、思い切り地面を蹴った。

 殺到した鉄球がイツキの足をズタズタに切り裂き、衝撃波で膝から下が切断される。

 イツキは顔を苦痛に歪め、惨めに落下する。いつものように足から着地しようとして、切断面が地面に押し付けられる。

 あまりの激痛に意識が飛びそうになるが、必死にこらえ、腕だけを使って、近くの遮蔽物に身を隠す。

 意味もなくこんなところにクレイモアを起爆可能状態で放っておく道理はない。これが1個1ドル程度の無差別攻撃地雷なら、航空機からフレンドリーファイアを覚悟でばら撒いた、とういことはあるだろうが、クレイモアは1個につき250ドルもする高級な指向性地雷である。あきらかにここを通過する者、或いは部隊を狙った配置。

 地雷を使用した待ち伏せ攻撃において、起爆後に掃討部隊がやってくるのは常識。

 そのためたとえ両足を失っているとしても、応戦の構えが無ければ致命的だ。

 416を軽く点検、装弾されていることを確認し、ホロサイトのレティクルを点灯させる。フラググレネードが収納されているベストのポケットを開き、いつでも取り出せるようにする。これで最低限応戦する準備はできた。あとは失った両足だが、これは止血バンドで傷口を結び、モルヒネを注射することで痛みを和らげている。

 そして、イツキに投与されている特殊なナノマシンが失った足を再現し始めていた。

 触手に使用されるナノマシンは当然、本来の用途でも使える。意図的に暴走させていることと何か関係があるのか、何か別の副作用があるのではないか。研究こそされているものの、適合者が確認されているのがイツキただひとりなだけに、イツキだから使えるという可能性もあり、いまでも研究者たちを悩ませ続けている。

 なぜイツキがこの触手が使えるのか、それは本人にも分からない。一切の記録がないのだ。廃墟となった東京の街角で、「トラッパーズ」のパトロール分隊が、戦闘の痕跡の残る瓦礫の山の中から銃創だらけになったボロボロのイツキを発見した時にはすでに、イツキはなにも覚えていなかった。

 自分がなぜここにいるのか。

 なぜこんなモノを持っているのか。

 そして、自分は何者なのか。

 

 その答えを見つけるために、イツキはここでこうして戦っている。自分に投与されたのが軍用ナノマシンである以上、戦場に、そのヒントがあるはずだと思ったのである。


「だからまだ、死ぬ訳にはいかない。」

 膝から下が無くなった足を見下ろしながら、イツキは誰へともなく呟いた。


 数十秒後、果たして「彼等」はやって来た。イツキは敵勢力の詳細を確かめようとカバンの中からコーナーショットを取り出した。

 この装置は、一見ただのライフルに見えるが、装置中央で横に最大60度まで折れ曲がり、前部に装着された拳銃やグレネードランチャー、カメラなどを遮蔽物に隠れたまま操作できるという優れものである。

 今回は、先端にグロッグ18を装着し、グレネードランチャーはオミットしてサーモグラフィーカメラと赤外線探知機を装備、機能を索敵専門に変更してある。

 イツキはコーナーショットのグリップ近くに設けられた液晶モニターをのぞき込みながら敵の姿を確かめようとした、が。

「いない?」

 可視光線の通常カメラの映像に敵影は映っていなかった。

 だがいないはずはない。実際微かにだが足音はするし、肩に取り付けられた近距離レーダーが敵味方識別信号未登録者の急速接近をイヤフォンから警報音で警告してきている。

 モニターをサーマルに変え確認。反応なし。

 接近警報はまだ続いている。

 赤外線に変え再試行。すると微かに影が映った気がした。が、すぐになにも見えなくなった。

 気のせいかもしれない。そう思った瞬間、イツキの顔のすぐ傍のコンクリートが砕け散った。

「銃撃!?いったいどこから!?」

 思わず叫んでしまったが、すぐに地面に伏せる。足の再生はほとんど終わっていて、千切れたアサルトパンツのニーパッドの下から素足が何事もなかったかのようにあるが、まだ感覚が戻っておらず、移動は困難。しばらくここで応戦するしかないが、肝心の敵が見えない。

 サプレッサーを装着しているのか、銃声も聞こえず、マズルフラッシュすら見えない。位置が特定できないならやたらに乱射しても自分の位置を晒すだけだ。

 この、「見えない敵」。イツキにはひとつだけ心当たりがあった。

 それは、「光学迷彩」。隠蔽対象に特殊なフィルムをかぶせ、それに空中のドローンから周囲にうまく溶け込む映像を投影することで、あたかも対象が透明になったかのように見える技術である。

 つまり、この「見えない敵」に対抗するにはまず空中のドローンを無力化すればいい。そこでイツキはカバンの中からフラッシュグレネードによく似た物体を取り出した。

 EMPグレネード。内部に少量の炸薬を含み、その爆発のエネルギー全てを内蔵された超小型の発電機に送り込み、強力な電磁パルスを発生させることで、周囲の電子機器を無力化するものである。

 イツキは激しい銃撃の中、上空に目を凝らし、自分の仮説が正しいことを信じてドローンを探した。

 あった。ドローンにしてはかなりの高高度。100メートルぐらいの高さだろうか。ローターはかなり多く、下部に大型の投影機が確認できる。

 手でグレネードを投げるには遠すぎる。投げやすいM67ハンドグレネードですら40メートルしか届かないのだ。大型のEMPグレネードが届くわけがない。

 イツキは戦闘ベストのマガジンポーチの左脇、腕と脇腹の間に引っ掛けてあったM320グレネードランチャーを取り出した。フォアグリップと専用の射撃照準器を展開、砲身を左にスライドさせEMPグレネードと発射薬を装填し上空のドローンへ照準を合わせる。

 なにも直撃させる必要はない。EMPの効果範囲は半径約20メートル。グレネード本体にもランチャー投擲用の近接信管を取り付けてあるからよほどとんちんかんな狙いをしない限り目標のドローンは無力化される。

セレクターの矢印を白の「S」の字から赤の「F」の字に合わせ、引き金を引く。

 心地よい反動が肩に響き、薄いガスの尾を引きながらEMPグレネードが緩やかな弧を描きながら飛翔する。

 直後、大きな爆発音が響き、近距離レーダーに接続されたイヤフォンに小さくノイズが走る。

 人畜無害の電磁パルスは上空のドローンに致命的な損傷を与え、全てのローターが停止したドローンが墜落する。と同時に、さっきから透明人間に成りすましていた敵兵の化けの皮が剥がれた。

 敵は灰色のBOUの上にサブマシンガン用のマガジンポーチが付いた黒い戦闘用ベストを身に着け、長いサプレッサーの付いたクリス・ベクターを装備している。

 自分たちがもう透明人間ではないことを知った彼等は一瞬慌てる素振りを見せたが、すぐに遮蔽物に隠れ、あるものは身を乗り出して標準射撃姿勢で、あるものは遮蔽物の瓦礫に隠れたままブラインドファイアでイツキがいるであろう場所にフルオートで集中砲火を食らわしてきた。

 だが敵の位置が分かった時点でイツキはこの戦闘でかなり優位に立った。まず敵はステルス重視のためにこの広域戦闘でサブマシンガンを選択するというミスを犯している。しかもサプレッサーを装着して、だ。

 サプレッサーを通して迫ってくる45口径拳銃弾に貫通力はほとんどないうえに、敵はそれをフルオートで撃つという愚を犯している。弾幕を展開するにはいいかもしれないが、弾幕というにはあまりにも敵が少ない。見たところせいぜい1個分隊程度だろう。しかも交戦距離は100メートル以上離れている。これではたったひとりの敵に当たるわけがない。敵も冷静なようで内心かなり焦っているのだろう。

 対するイツキはHK416アサルトライフルである。貫通力も射撃精度も桁違いに高い。事実イツキはセレクターをセミオートに切り替え、ひとりずつ、確実に仕留めていっている。敵が隠れようと5,56mm徹甲弾が遮蔽物を貫通して敵に致命傷を与える。

 もはや移動も「触手」も必要ない、初心者相手の一方的な戦闘。ときおり、交戦相手の方角から銃弾に交じって悲鳴に近い命令や必死にメディックを呼ぶ声が飛んでくる。

 5発ほどフルオートで発砲、敵が応戦に顔を出したらセミオートに切り替え2~3発撃つ。敵の血が飛び散り、銃を放り投げて吹っ飛ぶのが見える。ブラインドファイアで撃ってくる敵にはグレネードランチャーで対応する。フォアグリップの取り外された416のアンダーバレルに照準器とストックを取り外したM320を取り付け、右手で416のトリガーを、左手でランチャーのトリガーを司り、ひとり、またひとりと敵を始末してゆく。

 敵の投げてきたグレネードを素手ではじき返し、もはや被弾も忘れて戦うイツキの姿は兵士たちから見ればはまさに怪物以外のなにものでもなかった。


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