降下、会敵
2030年 7月26日
カタール アル・ホール
現地時間 0921
降下地点に近づき、機内のランプが赤色に点灯した。降下準備の合図だ。
直ちに自分の降下装備を確認する。パラシュートの展開ワイヤーが正常に折り重なっているのを確認し、予備のパラシュートも同様に点検する。
ハーネスがきつく締まっているのを確認し、パラシュート展開ワイヤーのフックを機内の側面ワイヤーに引っ掛ける。
本当に、パラシュート降下を想定していながらそれでもデザインをスカートにしたやつの気が知れない。
しかもスカートやコートの端がパラシュートの展開の邪魔にならないように配置されているという徹底ぶりである。
もはや執念とも思えるデザインに、呆れを通り越して尊敬すら覚えてしまう。
ぼんやり物思いにふけっていると、
「降下地点侵入3分前。ハッチ開放、減圧に注意せよ。」
と、機長のアナウンスが入った。
すぐに、大きな音とブザー音を響かせながら重厚なハッチが上下に開いた。
展開ワイヤーのフックがしっかりと機体のワイヤーに引っかかっているのをもう1度確認し、目の前にいるウォレスのパラシュートも点検する。後ろでは、ヘクターとマイクも同様の動作を行っていた。
グリーンライトが点灯し、降下地点に到達したことを知らす。
機体に所属するジャンプマスターが降下の指示を飛ばす。
「コースオーケー!ワイヤーオーケー! 投下!」
合図がかかると同時に「アーチャー」が床の溝を滑って投下される。
「コースオーケー!ワイヤーオーケー!スタンバイ! ゴーゴーゴー!」
合図でウォレスが駆けだす。その後ろに続いてイツキも駆けだした。ハッチの終端に到達すると同時に思い切り飛ぶ。
空中に放り投げられた感覚のあとすぐに、機体のワイヤーに引っ掛けた展開ワイヤーがパラシュートの展開索を引っ張り、半球状のメインパラシュートがその姿を現した。
突然訪れた急激に上に引っ張り上げられる感覚に一瞬息が詰まる。
見ると「アーチャー」とウォレスもパラシュートを展開させ、ワイヤーを引っ張って少しずつコースを調整しながらゆっくりと降りて行っているのがうかがえた。
ハーネスの都合上、後ろを見ることができないが、マイクとヘクターももう輸送機から飛び降りただろう。
イツキもパラシュートのワイヤーを操り、コースを微調整する。
キャノピーのセルを開閉し、落下速度とコースを正確に調整さるのは至難の業だ。特に今回のような市街地へのジャンプではより正確なコース調整が必要だ。
うっかりしていると、ビルの避雷針やアンテナ、看板に激突し、体が真っ二つになる可能性がある。
下方では、「アーチャー」が最終降下態勢に入り、降下用パラシュートの中ほどに取り付けられた逆噴射ロケットブースターが点火している。
姿勢調節ブースターが時々点火し、機体の方向を調整、次の瞬間、「アーチャー」がパラシュートから切り離され、地面に降り立った。
2本の脚部が衝撃を吸収するため折り曲がる。
その上ではウォレスも操作ワイヤーを両方引っ張って落下速度を抑えていた。
イツキも同じようにして接地態勢に入る。2本ある操作ワイヤーを両方引っ張りセルを開放、落下速度を最大限落とし、着地の衝撃に備えて身構える。
腹に抱え込んでいた重りがロープから垂れ、一足先に設置する。
続いてイツキも地面に倒れこむように接地する。風に煽られたパラシュートがイツキを引きずろうとしてくる。
直ちにメインパラシュートを分離、重りも分離してバックパックからライフルを取り出す。
今回もHK416を持ってきた。ウォレスはM4、ヘクターは近・遠距離双方に対応できるM110を装備し、マイクはMk48を持ってきたようだ。
全員が降下を終え、各々の装備を確認している。
「アーチャー」は偵察用の小型ドローンを放出し、周囲の安全確保を行っている。
ウォレスが無線を入れた。
「O-01よりCP、鷹は舞い降りた。繰り返す、鷹は舞い降りた。オーバー。」
「CPよりO-01、コピー、アウト。」
この地域は「トラッパーズ」の支配地域でも、交戦勢力の支配地域でもない、完全な空白地帯だ。
いつ、どこで無線を傍受されるか分からない。そのためこういう空白地帯では、緊急時でもない限り、暗号文を無線に用いることになっている。
「アーチャー」が移動を開始した。偵察ドローンがなにかキャッチしたらしい。
巨大な「アーチャー」を盾にするように少しずつ前進する。
ウォレスが左手に装着されたディスプレイで偵察ドローンの映像を確認している。
「なにか見つけた?」
「だめだな。電波迷彩がかけられているらしい。ドローン側では補足できるようだが、こちらに映像を送信する過程で妨害されている。」
「つまり、我々は正体不明の目標に向かって前進していると。」
「そういうことになるな。」
「おい、それ大丈夫なのか?」
マイクが口を挟む。
「さあな。ま、何とかするしかないだろう。」
と、唐突に「アーチャー」が停止した。
「? どうしたんだ。」
すると突然、「アーチャー」の胴部が2つに割れ、中からL16 81mm迫撃砲の砲身が突き出てきた。
「ッ! まずい!下がれ‼」
その瞬間、轟音とともに白昼の空へ81mm迫撃砲弾が撃ち込まれた。
「おい! いったいなんだってんだ⁉」
とマイクが叫ぶ。「アーチャー」はなおもリロードと射撃を繰り返している。
迫撃砲弾を撃ち尽くした「アーチャー」は迫撃砲を格納するとそのまま走り出した。まるで味方の歩兵など見えていないかのようだ。よほど危険な目標を発見したらしい。
「くそっ! O-01よりCP! 番犬の首輪が外れた!これより追跡する!オーバー‼」
「CPよりO-01、通達する。貴隊の進行ルート上に所属不明部隊の展開が確認されている。会敵する可能性が高い。十分に警戒せよ。アウト。」
無線をかけている間も、イツキたちは突然走り出した「アーチャー」を追って走り続けていた。
「ヘクター! 緊急停止プログラムは⁉」
「作動しない! 辺り一帯にジャミングが掛けられている! そのうち遠距離無線も通じなくなるぞ!」
ヘクターの言う通り、すでに無線からはガリガリという不快音が響き始め、無線が機能不全に陥っていることを物語っていた。
唐突に、「アーチャー」が停止した。そしてしばらく静止したかと思うと、すぐに機体両側部のミニガンとランチャーを起動し始めた。
ようやく追いついたイツキたちが「アーチャー」の先に見たものは……
太陽を背にして2本脚で立つ、巨大な影であった。