嫌酒権(お酒を嫌う権利)
嫌煙権があるのなら、嫌酒権があってもいいはずだ。
「お酒が飲めない君に、お酒の席で飲めとは言わない。だから安心してくれ」
それでいいと思っている人がいる。
勘弁してくれと私は思う。それで精一杯配慮しているつもりか。
タバコを吸っている人が、隣の友人にタバコを強要することがあろうか?いや、ないだろう。
ところが、嫌煙家の友人はこれで満足するだろうかというと、そんなことはないのだ。
むしろ彼女はこう思っているはずだ。
「タバコの煙臭いな。こっちに煙が来ないようにしてほしい。なんなら私の前で吸わないで」
私は飲み会の席で同じように思っているのだが。
お酒で酔ってる人を見るのは気持ちが悪いと感じる。それは不快な感情なのだ。
バカな人間を見せられて、何が楽しいのだろうと問いたい。
お酒を飲んだテンションで私に絡まないでほしい。
なんなら、私の前で酔わないでほしい。
酔った人間の無様な姿を見せないでほしい。
なぜここまでの嫌悪感をいだくのかといっても、特段理由はない。別に父が酒乱だったわけでもない。
両親とも下戸だっただけだ。
例えば、今あなたの目の前で、ドラッグでふらふらになって幻覚を見ている人がいたとしよう。
あなたは嫌悪感を抱くはずだ。
それは狂っている人間の姿で、狂っている人間を見たとき、
それは人間がいつもは見ないようしている扉をこじ開けてしまうから、
人々は必死でその違和感を排除しようとする。
見なかったことにしよう。あいつは狂っているから。怖い。信じられない。
さあ、心の扉をシャットダウンするのだ。
それと同じ感情を抱いているだけだ。この感情は不思議でもなんでもないはずだ。
無様な姿というのは、何も泥酔している時だけではない。
お酒に酔ったら本音が出る?ふざけんな、だったらシラフで言え。
素面でも言えないようなことってどんなことだ。どうせろくなことじゃないだろう?
本当に言いたいなら、責任感をもったうえで口にすればよいのだ。
飲むのが嫌なんじゃない。
飲んでる奴を見るのも嫌なんだ。
飲んでるやつと話すのも嫌なんだだ。
なんなら酒自体が嫌なんだ。
嫌煙権ってそういうものだろ?
吸うのも、見るのも、一緒にいるのも、なんならタバコ自体が害悪だと主張する。
嫌酒権もそういうものだ。




