9 下種はつぶす
ほぼ、間違いない。スピーナはこいつらに弱みを握られている。
「ダメ……。シスネは不良じゃないし、普通のダチだし……。アタシと一緒に街とか出るのも付き合ってくれるし……。本も貸してくれるし……」
「バーカ。だからって不良のお前と絡んでたら、目はつけられるだろ。お前だってその危険ぐらいわかってただろ。お前の落ち度だよ」
にやにや、へらへら男たちが笑っている。そろそろ俺もイライラしてきた。
ただ、事情はかなりクリアにわかった。
スピーナはカタギの女友達がいて、脅しに屈するしかなくなっているのだ。
「シスネちゃん、かわいいよな。聖マルコシアス女学院に通ってるんだよな。やっぱ、お嬢様学校の子はレベル高いわ。こんな底辺学校の女とは違うわ。おめえら、化粧濃すぎるんだよ」
化粧が濃いのは事実だけど、そこで言うことないだろ。
「けど、そんなお嬢様学校に通ってるのに、こんな底辺学校の不良女子と仲良くなったら、そりゃ不幸にも巻き込まれるよな。自業自得ってやつだぜ。へっへっへ」
スピーナは言い返さない。
「もしかしたら、そうなのかもね……。自分が不良ってこと、忘れて迷惑かけちゃったかも……」
「そっか。物分かりがいいじゃねえか。じゃあ、心の広いオレたちがお前にチャンスをやろうか」
表情でろくなこと考えてないの、丸わかりなんだよ、こいつら。
でも、一応、もうちょっとだけ聞こう。出るタイミングが難しい。
「スピーナちゃんよ、お前、体売って、五十万ゴールド稼げよ。努力すらお前でも稼げんだろ」
こいつら、どこまで下種なんだよ。
決めた。しっかり、ぶっつぶしてやる。
「そしたら、シスネに手は出さないんだよね……?」
「五十万ゴールドも入ったら、もっとほかに楽しいことがあるからな。俺たちだって危ない橋を渡らずにすむならそれでいいんだぜ」
そこでスピーナがここから去るなら、その時にコンタクトをとればよかったんだけど、そういうわけにもいかなくなった。
「そうだ、せっかくだから、売り物になるかどうか、ここでオレたちが味見してや――」
「透明化」を解除して、俺はその場に姿を現した。
こいつら、言動が類型的すぎるんだよ。それがバカって証拠なのかもしれないけど。
「なっ! お前、誰だよ!」
そこの一番偉そうな奴だけじゃなく、三人ともが困惑していた。
「昨日、このエフランにやってきた転校生だよ!」
俺は杖を前に突き出して叫ぶ。
「あ、あんた、どうしてここまで来たの……? お金渡したじゃん!」
困惑してるのはスピーナのほうも同じか。
「万引き犯にしても挙動不審すぎるから追ってきた。こんなのに屈することないぞ」
「ちょ……。そいつらは三年生で腕力はほんとに強いんだから!」
「ああ、そういうの問題ないから。ただ……ちょっと待ってくれ……。魔法を唱えるから……。アッディー・バルン・ケート……」
詠唱がいるからな。多少のタイムラグがあるのは大目に見てほしい。
「何、訳のわからねえことしてんだ! やっちまえ!」
手下みたいな悪魔二人が突っ込んできた。
残念、先に詠唱が終わったよ。
炎が容赦なく、悪魔二人に直撃する。
これ、複数の敵に一斉に炎を放つ魔法なんだ。こういう時、まとめて汚い連中を「消毒」できるから効率がいい。
「あちちちっ!」「ぐあああああっ! 焼ける、焼ける!」
地面を転がって、悪魔たちは炎を消そうとする。正しい選択だ。
「そりゃ、炎だからな。熱いよなあ」
そう言いつつ、俺は別の詠唱にとりかかる。
「くそっ! 舐めやがって! 下種の強さを見せてやるぜ!」
やっと親玉が動いてきたか。でも、無理だ。いくらなんでも力の差がありすぎるからな。
「ビリビリしびれて動けなくなれよ」
雷の魔法のとことん初歩的で威力の低いやつを打ち込む。
でないと殺しちゃうからな。命を奪うつもりはもちろんない。そこまでひどいことをしたら、退学どころか逮捕される。
「がああああああああ!」
電撃が体を走ったショックで悪魔の男が絶叫した。
それでそのまま男は倒れる。まあ、筋肉がけいれんするような感じになるからな。
「悪いけど、ダメージを与える系統の攻撃魔法は軒並み使えるんだ。なにせ、俺は賢者なんでね」
「ま、まさか……賢者の学生なんて……しかもこのエフランにそんなのがいるわけが……」
信じられないのは無理もないが、事実は事実なんだ。
「おい、スピーナとその友達に手を出さないって誓え。でないと、次は死ぬより苦しい目に遭わせてやるからな」
「……む、無駄だ……」
悪魔の男はかすれた声で言った。
「あん? 無駄ってどういうことだよ」
「オレが手を出さなくても、オレがやられたって知ったオレたちのヘッドが報復として、シスネって女学院の女を狙う……。もう、そういうシステムになってんだ……」
なるほどな。まだ数がいるのか。となると、シスネって子を守ったほうが早いな。
「ねえ、どうするのさ! シスネが危ないじゃん! シスネがひどいことになったら、アタシ、絶対にあんたをぶっ殺すからね! ……今の実力じゃ百年かかっても無理そうだけど」
俺の力がとんでもないってことはスピーナもわかったよな。
「シスネって子のところに連れていってくれ。関わった以上は絶対に守る」
不良を倒すのはものすごく簡単だ。ただ、できれば、不良が俺だけにビビっても、問題の解決には必ずしもならないからな。
ちょっと、手を考えるか。
●
俺とスピーナは「透明化」の魔法で聖マルコシアス女学院の中に入って、シスネと話をした。スピーナがいるから話は早かった。
シスネは羊タイプの角が生えている、少しおっとりしたところのある悪魔の女子だった。たしかにお嬢様っぽいところがある。
「スピーナちゃん! 最近会ってくれないから不安だったんだよ!」
「シスネ、大事な話があるんだ。詳しいことはこのルーリックってクラスの男子が話す」
シスネは一度、スピーナがいる時に不良に絡まれてからは、何も被害は受けてないという。それの直後にスピーナもシスネと会うことをやめていたらしい。
俺は現状および、一つ策についてシスネに話した。
「なるほど……。それはたしかに効果的だと思います!」
俺の策はあっさり受け入れられた。
「それじゃ、夕暮れに人気のない郊外の公園を歩いてくれるかな。俺たちは透明になってついていくから」
シスネはこの町の出身らしく、人気が少ない場所もよく知っていた。
不良の伝達速度もそれなりに速いようで(多分、同じエフランの連中だろう)、シスネを俺がつぶした下種野郎をさらに下種にしたようなのが取り囲んだ。
数は五人。スピーナいわく、残りの奴らが全員来ているらしい。