3 エフランの学園長は美少女
俺は荷物を抱えて、何台も馬車を乗り継いで、エフランという町を目指した。
賢者の免許を持ってるぐらいだから、飛行魔法ぐらいは使える。
しかし、荷物だらけでは重量オーバーだ。距離も遠すぎるし、ちょっとどうしようもない。仮に手ぶらでも千五百キーロか二千キーロも離れているところにまで飛ぶのは無理である。
途中でかつては魔族が住んでいるから人間は立ち入り禁止だったエリアに入っていく。今でも人口の大半は魔族のはずだ。場所の車窓から、リザードマンが畑を耕しているのが見えた。
回数がわからなくなるぐらい馬車を乗り換えて、ようやくエフランという内陸の町に着いた。
地図を確認して、魔法学院を目指す。学校は大きいのですぐに見つかるだろう。
見つかりはしたが、たどりつくのはけっこう苦労した……。
なにせ、学園が標高二百メトール(現在使われてる長さの単位)ほどの丘のてっぺんに建っているのだ。馬車が通れる道をうねうね、うねうねのぼっていった。
そして、たどりついて、俺は絶句した。
エフラン魔 法学
学校の名前を書いた大きなプレートが途中で折られているのだ。「院」の部分がとれちゃってるし……。むしろ、門そのものがボロボロに壊れている。
そして門の周囲の壁には何重にも鉄条網が張ってある。
なんだ、ここ、内戦中なのか? 誰か立てこもってるのか……?
しかし、今日はここの学園長との面会の約束がある。
学園長室は校内にあるわけだから、まだ引き返せない。
思い切って一歩踏み込むと、門の前の噴水(ただし、壊されている)のところに腰かけて、生徒らしきゴブリンとオークがタバコ(ほかの大陸から入ってきた嗜好品。中毒性があり、二十歳までは使用禁止)を吸っていた。
「あ~、次の授業、はじまってんな」
「いいぜ、出なくても。サボっちまおうぜ」
授業をサボる奴ぐらい、ヴァーランド魔法学院でもいたけど、こういう露骨な不良って初めて見るな……。
「先公がこれ以上サボったら退学にするぞってキレてたけど」
「バーカ。俺たちを退学にしたら、全校生徒の半分ぐらいが退学になって、学校自体が閉鎖になるだろ」
「それもそうだな。ひゃはははははは!」
すごいところに来たな……。
からまれると面倒なので、目を合わせずにとっとと壊れた扉から校舎に入る。
あらゆるものが壊れてるな、この学校!
「時間よりは早いし、トイレ行ってから学園長のところに向かうか」
窓ガラスもいたるところが壊れている。むしろ、これ以上、壊されないように内側からも鉄条網が張ってある。
これ、外部の敵に対する防御用じゃなくて、危険な生徒に破壊されるのを止めるためなのか! 内なる敵のほうが厄介なんだな!
それでも、トイレぐらいは大丈夫だろう。歪んだ扉を開けて、中に入る。
――オークの男がオークの女といかがわしいことをしていた。
「て、てめえっ! な、何見てるんだよ……!」
「ほら、だから、こんなところでやるの反対だったんだって!」
なんかオーク側もあわてているが、俺のほうもあわてていた。そりゃ、生徒間で恋愛することだってあるだろうけど、せめて時間と場所を選んでくれ!
俺はすぐにトイレを出た。
「いったい、なんなんだ、ここ……。ひどいにもほどがあるだろ……」
もう、決めた。
大至急、学園長室に行って、今回の話、なかったことにしてもらおう……。
こんなところで学生生活を送るのは身がもたない!
けど、お金がもらえなくなるのは惜しいな……。学園長がまともだったら我慢しようかな……。
でも、どうせ、学園長もこの調子だとグロテスクな化け物みたいな奴だろう……。ここは魔族ばかりの土地だし。
最悪の第一印象を学校に抱いたまま、俺は学園長室のドアをノックした。
さすがにそこは壊れてなかった。
「すいません、ルーリックです。学園長はいらっしゃいますか?」
すると、ドアが自然と開いた。魔法の効果だろう。
その先に紫の髪をした、美しい女性が座っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。エフラン魔法学院の学園長、シーサーペントのラファファンです」
甘い声で、その人は笑った。
きれいとかわいいのちょうど間ぐらいの絶妙のバランスだ。見た目の年齢だと俺と大差ないように見えるけど、魔族には長命な種族もいるし、それなりに長く生きてるんだろう。
「シーサーペントの姿だと事務作業ができないので、人の姿をとってるんです。まあ、魔法を勉強する学校で、学園長が変化魔法も使えないなんてことはありえませんからね。ふふふ、あっ、そっちの応接スペースに移動しましょうか」
「あっ、はい……」
この部屋に入って、急にまともになったな。
応接室の壁には何かの賞状みたいなのが飾ってるし、ここは普通の学校だ。
「何か飲み物をお出ししましょう。なんでも言ってください」
「それじゃ、かなり暑くて汗もかいたし、ハチミツ水を……」
俺が言った瞬間、そこに気配が一つ増えた。
メイド服の女の子が横に立っていた。尻尾も耳も生えているから何かの魔族だろう。
「モアモア、ハチミツ水と蒸留水を」
「かしこまりました、学園長」
モアモアと呼ばれた子が部屋を出ていった。
「あの子にはわたくしの秘書をしてもらっています。かなり優秀なんですよ。ちょっと不愛想すぎますけど」
「いやあ、ただ者じゃないのはなんとなくわかりました。魔法の教員もつとまるレベルですよ」
「よくおわかりですね。ルーリックさんも史上最年少で賢者にまでなられた方ですし、そういうことは気付くものなのですね」
楽しそうにラファファン学園長は笑う。
「それで、ルーリックさん、この学園にいらっしゃって、どう思われましたか?」
率直にして、すごく答えづらいことを聞かれた。
「え、ええと……俺のいたところとは、ずいぶんと雰囲気が違うなあというか……」
荒れててヤバいですねと学園長には言えない。遠慮する程度の能力は賢者に備わっている。
「ですよね、荒れててどうしようもないですよね」
「そんなこと言ってませんよ!」
「でも、そう思われてることはわかりますよ」
しょうがなく、俺はうなずいた。そりゃ、向こうだって、それぐらい認識しているだろうし。
「ご存じのとおり、この学校は無茶苦茶です。だからこそ改革のために、わたくしがやってきたんですけど、こういうのって、やっぱり教師側や運営側だけでは限界があるんです。しょせん、わたくしたちは大人ですからね。大人の言葉は煙たくなってしまいます」
「それはわからなくもないです」
ここの生徒たちは大人になることを反発している部分もある気がする。
不良っていうのは、そういう側面もあるからな。
「そこですごい成績の生徒を入れてみたら、いい反応が起こるかなとあなたを呼んでみたわけです」
ふふふっと学園長は笑った。もし、生徒として前の学校のクラスにいたら、男子全員が彼女にしようと狙う容姿レベルだ。
「ルーリックさん、ひとまず、この学園の最強になってください」
次回も早目に更新します!