20 偏差値を上げていこう
翌日、俺はまず学園長室に行った。
ラファファン学園長と、それとモアモアさんにちゃんと勝利の報告をしておかないといけないと思ったのだ。
ラファファン学園長はその日ものんびりした空気を醸し出していた。こういう雰囲気の人が、かえって仕事ができたりするんだけど、学園長の場合もそれだと思う。
今日はモアモアさんも最初から学園長のそばに控えている。
「無事にゲグって奴はぶん殴りました」
「お疲れ様でした。大勝利だったようですね」
「それと、モアモアさんも本当にありがとうございました」
丁寧に、深く頭を下げる。無攻術を教えてもらえてなければ、今回みたいなことは絶対にできなかった。
「いえ、たいしたことではありません。これも仕事ですから」
今日のモアモアさんは照れていたりはしないで、いつもの無表情だ。あの日のことは幻だったんだろうか。でも、あんまり聞いたら間違いなくセクハラだよな……。
「ルーリックさんのご活躍で、これで一組はほぼ一つにまとまったと言っていいでしょうね。ゲグという生徒よりも腕に自信のある生徒はいなかったはずですので」
学園長は落ち着いた調子で言ってるけど、ケンカの強さで序列が決まるクラスっていろいろとおかしいと思う。前任校だったら普通に退学になって終わりだ。
「まあ、別にそれを狙っていたわけじゃないんですけど、あそこまでストレートにケンカを売られたら買うしかないですよね。逃げたら評判も悪くなりますし」
「はい、ルーリックさんはこの調子で学園を統一していってください」
また、さらっと学園長はとんでもないことを言ってきた。
「統一?」
学校で聞く言葉ではないぞ。
「そうです、統一です」とモアモアさんもうなずいた。
「ルーリックさんが人の上に立てば立つほど、生徒たちはルーリックさんの生き方を見習いますから。たとえば、ルーリックさんが配下の人にもっと勉強しろと命じれば、その人たちはちゃんと勉強をしますから」
俺はモアモアさんの瞳をじっと見つめた。
「それ、スピーナが言っていたことですよね」
以前、無攻術を習っている時に似たことを聞いた。
「賢くなりたくない人なんていないはずです。でなければ、わざわざ学校になんて来ないでしょう」
モアモアさんの目には強い確信があった。
「言われてみれば、みんな、それなりに学校には来てるんですよね」
とてつもなく頭が悪いのに、学校に顔を出してる奴は多い。ただ、授業を受けずにさぼってる奴も多いけど……。
彼女の気持ちは尊重しないといけないし、上に立つこと自体は悪いことじゃない。
「わかりました。この学園の統一を目指します」
俺ははっきりと学園長に対して宣言した。
「でも、俺は教育者ではないですから、わかりやすい勉強の教え方とかは知らないですよ」
そもそも、掛け算ができない奴とか、ヴァーランド魔法学院には誰一人としていなかったので、教え方の見当もつかない。子供に教えるのって、また別の技術がいると思うし。
「はい。それなら大丈夫です。この学校の教師陣は知識を授けることに関しては有能な人たちばかりですから」
本当なのだろうか……?
「あっ、今、疑いましたね、ルーリックさん」
ばれていた。
「今の言葉は本当ですよ。ただ、教わる気のある人がいなすぎて、機能していなかっただけです」
ここは学園長の言葉を信じることにしようか。
●
教室に入ると、モヒカンゴブリンのゲグがその日も登校していた。ついでにゲグ以外にも新顔が何人かいる。ゲグのそばにいるから、子分みたいな連中なのだろう。
俺が来たことに気づくと、ゲグはすぐに俺のところに来た。
すぐ殴りかかるとは思ってないけど、それでも、少し怖い。
けど、ゲグは丁寧に俺に頭を下げた。
「こっちの負けだぜ……。今後はあんたの下につくぜ……」
「それは俺の言うことならちゃんと聞くってことでいいんだな? 俺の威を借りるだけなんてのは絶対に認めないからな」
「わかってる! あそこまでボコボコにされたんだ。ちゃんと、あんたの下で再出発するぜ!」
ここまで言ってるんだったら、認めるしかないな。
「よし。じゃあ、お前は俺の子分な」
「ヒャッハー! うれしいぜ!」
無茶苦茶ゲグおよびその子分も喜んでいた。いや、子分たちのほうはまだ下についていいって言ってないけど。
これ、あれだな、騎士が貴族の下についたら、騎士の下人も従属するようなものなのかな……。
「そしたら、ゲグ、お前に最初の仕事を課してやる」
「おう! なんでもやるぜ! 馬車盗みでも万引きでもな!」
両方、犯罪じゃないか……。
「お前は授業を真面目に受けて、一週間で割り算までマスターしろ。歴史も初等部の教科書レベルのことは半分まで覚えろ。いいな」
「そんなの死ぬしかない」
ゲグが真顔で言った。
「バカ、別に覚えられなくても叩かれるわけでも、痛くなるわけでもないだろ。怖い要素なんて皆無なんだ。きっちりやれ。知識が増えたら景色が変わるぜ」
「いや、兄貴、知識が増えても、山を見て海に見えることはねえよ。ヒャッハー」
兄貴と呼ばれた。まあ、なんでもいいけど。
「そういう意味じゃない。とにかく、勉強しろ。そうだな……学園長のところに行って、先生をつけてくれとでも言ってみろ。多分、どうにかしてくれる」
ぶっちゃけ、生徒の能力に差があるので、これは個別学習をしたほうがいい。どうせ、授業は崩壊してるしな。
「ああ、ブルタンたちも同じようにやってくれ」
「マジかよ!? そんなの無理に決まってるだろ!」
無理も何も初等部のことがわからずに高等部の学校に入ってるのおかしいんだけどな……。
「無理なわけない。最初はきつくてもだんだんと楽しくなってくる」
「なんだ、それ。エロ系の話か?」
「そういうのじゃない!」
なぜかスピーナが顔を赤らめてたけど、そこは何も見なかったことにしよう。




