18 特訓完了
えっ……? どういうことだ?
「無攻術を極めるには、指導者との間に精神的なだけでなく……肉体的なつながりが必要なのです……。これを行えば、その実力も一気に開花することでしょう……」
顔を赤くしてモアモアさんが言う。
そりゃ、堂々と言える内容じゃないよな。
「ずっとマットの上で練習してきましたよね。そしてマットの使い方を最大限に引き出すのが、今から行うことなのです。無攻術の言葉では『営み』と申しています」
どんな営みをする気だ!
「いやいやいや! それはまずいですよ! 本当にいろんな面でまずい!」
「私としては、教える時点でこのことも考えには入れていました。なので、気になさらなくてけっこうです」
ごくりと唾を呑んだ。
モアモアさんは今日もかわいいメイド服姿だ。そんな女の子にこんなことを言われたら、なんとも思わない人間なんていない。
けど、もっと大きな問題がある。
「俺、彼女がいるんで……。浮気はできませんから……」
もちろん、スピーナの顔が頭によぎる。
彼氏としてスピーナを傷つけることなんてできない。
「ルーリックさん、それぐらいのことは私も把握しております」
すぐにモアモアさんが返事をしてきた。そりゃ、想定の範囲内か。これで、はいはい喜んでって反応をする奴のほうが信用できないよな。
「すでにスピーナさんからは許可を得ておりますので」
なっ!?
まさか。そんなことがあるわけが……。
いや、たしかにスピーナはつまりながら、こんなことを俺に言っていたはずだ。
――ア、アタシは気にしないから……しっかり無攻術、覚えてくれたらいいから……。強くなるためには何したっていいから……。
あれは、間違いなく、このことを差している……。
「スピーナさんはルーリックさんに強くなってほしいんです。あなたがクラスや学年、あるいは学院のトップに立てば、エフラン魔法学院を大幅に立て直せるかもしれない、そう考えているのでしょう」
たしかに俺のクラスだけでも、ちょっとずつ勉強をしようって機運は高まってきてることはきてる。
俺がさらに上に立てば、本当にエフラン魔法学院の空気が変わることはありうる。
脳内でこれは浮気じゃない、と三十回ぐらい繰り返した。
よし。
「モアモアさん、『営み』、お願いします!」
「は、はい……」
あっ、やっぱりモアモアさんも恥ずかしいんだよな……。もう、いつもの無表情が完全に崩れている。
「あくまでも、これはマット上での技術を鍛えるものですので、それは忘れないでくださいね」
「あ、はい、よこしまな気持ちはないように努めます……」
そのあと、モアモアさんとスピーナにはとても言えないようなことをした。罪悪感はあったけど、そういう気持ちになるたび、モアモアさんに、
「今だけは余計な意識は捨てて集中してください」
と言われた。
おっしゃるとおりだ。これで生半可な覚悟でやって何も身につかなかったら、それこそスピーナに申し訳が立たない。
俺は気を引き締めて、『営み』を続けた。
正直、これで本当に強くなれるのか、邪教的な要素が伝承過程で入っちゃっただけじゃないのか、そんなことを思いもしなかったが――
モアモアさんとの練習試合で、自分の動きが見違えるように変わっているのを実感した。
「すごい……。的確に体が反応する……」
「『営み』で練習したものは、ルーリックさんの記憶に強く残ったはずです。つまり、頭や体もよく覚えているということ――その練習効果は通常の練習の数千倍とも言われます」
「それ、普通の練習が無駄な気が……」
「能力を引き出すためには、ある程度の事前の練習が必要なんです。スポーツなどでも選手がある時期に急成長する時がありますよね」
なるほど。あくまでも種は事前に蒔かれていないと急成長も起こりえないってことか。
「ありがとうございます。これで、どうにかなりそうです!」
ただ、その日、スピーナと出会った時は、さすがに顔が赤くなった。
「あ、あの……特訓、最後までやったからな……」
「うん……。アタシは気にしてないから……」
俺はそっと、スピーナの肩に手を置いた。
「俺の彼女はスピーナだけだからな。浮気の言い訳とかじゃなくて、事実として、そうだからな……? 信じてほしい……」
「わかってる。だから、リック、アタシから言いたいことは一つだけだ」
スピーナははっきりとこう言った。
「モヒカンゴブリンのゲグのやつをぶっつぶしてやって!」
「わかってる。魔法なしでも俺はこのエフランのトップに立ってやる」
●
そして、決闘の日がやってきた。
モヒカンゴブリンのゲグと俺は校舎裏で落ち合う。
すでに周囲にはたくさんのギャラリーが集まっている。
どうやら俺がどれぐらいやるか見極めたい不良連中もたくさんいるようだ。
「あいつ、魔法が使えるんだろ?」「すげえよな……」「いや、俺は魔法は認めねえ。あくまでも男なら拳で語り合うもんだろ」「だな」「エラフンで魔法は邪道だ」
くどいようだけど、ここはエフラン魔法学院だからな……? 魔法を覚えるための学校だからな?
でも、まあ、いいや。
魔法を使わずに俺が圧勝すれば、風向きも変わるだろ。
「ヒャッハー、よく逃げずにやってきたな! ヘッヘッヘ!」
ゲグは相変わらずガタイはいいが、頭は無茶苦茶悪そうなしゃべり方だ。
「言っとくけどよ、転校生、お前が魔法を使ったらこっちは逃げるからな!」
だせえ! ほんとクズだな……。
「じゃあ、行くぜ! ぶん殴ってやるよ!」
ゲグが太い腕を振り下ろしてきた。
俺はその攻撃を当たるぎりぎりのところでかわす。
「ああ、動きに無駄が多すぎる。これじゃ、当たっても力が逃げてもったいないぞ」
「なっ! マグレでかわしたからっていい気になるんじゃねえ!」
マグレじゃないんだけど、まあ、そう見えるかな。




