16 素質がないようで、ある
「それでは、ルーリックさん、適当な場所に移動いたしましょうか」
また、移動用の専用の魔法を使って、モアモアさんは扉を作り出した。寮に行く時の扉より簡素なものなので、違うところに通じているのがわかる。
移動用魔法は便利だけど、その都度、場所ごとに魔法の内容を変えていかないといけないので、数が増えてくると混乱する。
もちろん、魔法の程度が低いとそもそも移動用の魔法を使ことができない。なので、それをあっさり使いこなせる時点でそれなりの魔法使いであることは確実だ。
とはいえ、そんなの、教員資格を持っている時点で確実だが。
学園長が「行ってらっしゃいね~」と手を振っていた。
案外、学園長がアイドルとして生徒たちを教化したら、みんな従ったりしないだろうか?
扉の移動先はマットが何枚も敷かれた武道場だった。
「ここで行ないます。では、早速ですが――」
いきなりやるのか。俺はごくりと唾を呑みこむ。
「――準備運動をいたしましょう」
「そうですね……。準備運動は大切ですよね……」
「なお、無攻術の世界では『準備運動で武術の勝負の八割は決まる』とよく言われます」
そこまでか!
そのあと、想像以上に入念に準備運動をさせられた。長すぎて、これだけで疲れたぐらいだ。
「それでははじめましょうか。ルーリックさん、殴りかかってきてくれてけっこうですよ」
向こうがコーチだからおかしくはないのだけど、それでも体も決して大きくないモアモアさんに攻撃を仕掛けるというのは罪悪感みたいなものがあった。
「あの、モアモアさんはメイド服のままですがいいんですか?」
「大丈夫です。無攻術はどんな時でも相手の攻撃を無力化するものなので」
ということであれば、いかせてもらおうか。
俺は走り込んで、パンチを繰り出す。
そのパンチを受け止められたかと思うと、体が宙に浮いていた。
変な方向に投げられていたことにマットに倒れてから気づく。
「はい、こんな形で敵の力をそのまま受け流して倒すのです」
「な、なるほど……」
「コツは自分がとてつもなく薄い布だと思うことです。とてつもなく薄い布は風が来ればふわっと飛んでいってしまいますし、殴りつけても粉々にすることはできませんよね。そういう存在を目指してください」
意味はなんとなく理解できる。
そのあともモアモアさんを攻撃にいったが、まったく当たらなかった。
いや、厳密には当たりはするのだけど、モアモアさんへのダメージにはまったくならない。すぐにその力をこちらを投げたりするのに使われてしまう。
「こういったものが無攻術になります」
モアモアさんはずっとポーカーフェイスだ。一方で俺は攻撃をずっと仕掛けたので、息があがっていた。
「ぜえぜえ……。うわ、典型的な素人とプロの差って感じになってる……」
「なにせ、私は動いておりませんので。疲労がないのも当然です」
すっかり、いいように扱われてしまっているわけだ。
「けど、この無攻術がケンカに役立つのはよくわかりました」
相手が強引に殴りかかってきたら、それを受け流す。まさに賢者の俺が使うにふさわしいものだ。
「はい。これなら筋肉隆々に体を鍛える必要もありません。むしろ、オクトパスのようにやわらかくすることが肝要ですからね。それがわかったところで、ルーリックさんに本格的な指導をしていきましょう」
「はい、よろしくお願いいたします!」
そこから先は、割と痛かった。
モアモアさんが攻撃してくるものを防がないといけないのだけど、もちろん慣れるまではバシバシ殴られたり、蹴られたりするわけだ。
ある程度喰らったら、治癒魔法で回復させて続けた。
「ルーリックさん、こちらは大丈夫ですが、少し休憩されますか?」
「いえ、もうちょっとやります!」
そんな調子で――
すっかり外が暗くなって練習にランプが必要なぐらいやったところでその日の練習を終えた。
俺はマットの上でべたんと倒れこんでいた。心地よい疲労感がある。体を動かすのも悪くないな。
「今日はこのあたりにいたしましょう」
モアモアさんは本当にまったく表情が変わらない。
「それで、コーチとして本日の総評を言わせていただいてよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします!」
俺の中ではかなりやったしな。どんな言葉をもらえるだろうか。
「ルーリックさんは、まったく武術の素質というものがありません。物覚えもかなり悪いです。いかにも賢者のことばかりやっていたなという感じがいたします」
「ほぼ全否定!」
とはいえ、自分に武術の素質があるとも考えていなかったし、順当な結果と言えなくもないか。
「ですが」
そこでモアモアさんは言葉を一度切った。
「何度も何度も繰り返すことで、わずかずつですが、成長なさっていることも確かなんです。試行回数を増やすことで強引に体に覚えさせていますね……」
ああ、それ、前の学校で教師に似たことを言われたな。
一回聞いてすべてをマスターするような能力はないけど、やれるまでやることで結果的に極めてしまうとか。
「まだ確約はできませんが、かなり短時間でそれなりの形を身につけられるのではないでしょうか。そういう意味では素質があるとも言えるのですが……。素質というとセンスの良し悪しを言うので、ちょっと違うのです……」
モアモアさんも表現に悩んでいるようだった。
「いえ、だいたいわかります。いかにも俺らしいって気もします」
そもそもとてつもない天才なら努力する必要などなしに賢者になれたはずだ。
でも、そんなものは俺にはなかったので、そこを強引に努力で補った。
それを今は武術のほうでも実践しているということだろう。
「明日以降もよろしくお願いします、モアモアコーチ」
「そうですね。私としても、ルーリックさんにもっと強くなっていただきたいです」
しかし、そこでモアモアさんは少しうつむいた。何か言いづらいことでもあるんだろうか。
「ただ、型を極める時に、少々よくないことがあるんですが……まあ、こちらで解決しておきます」
いったい、何なのだろうと思ったけど、これは聞いても教えてくれない様子だな。
どのみち、早晩、それが何か俺も知ることになるだろ。




