12 彼女役とお弁当と自宅勉強会
「おい、しばくぞ。アタシだよ、スピーナだよ」
「えええええええええええっ!」
昨日のカフェに引き続き、俺は叫んでしまった。
「どこがスピーナなんだよ? ていうか、違いすぎる! ギャルメイクはどうなった?」
「それは卒業した」
さらっとスピーナは言った。それから、自分の長い髪を右手の人差し指でくるくるいじりながら、
「ほら……リックは清楚なほうがタイプって言ってただろ……。彼氏には合わせねーとな……なんて」
それを聞いていたブルタンの子分が「おお! 二人は付き合ってるのか!」と声を出して、すぐにクラス中に広まった。といっても、大半の奴がサボって数人しか来てないけど。
「俺、生きてきてよかった……。かわいすぎるよ、スピーナ」
「おい、それはいくらなんでも言い過ぎだろ……」
「そんなことはない! 今のスピーナは泣く子も黙る超絶美少女だ! 初対面だったら俺は絶対にあがって口がきけない自信がある!」
「や、やめろよ、バカ……。リックのバカ……」
目をそらして言うスピーナの顔を見るだけで、きゅんきゅんした。
ギャルを清楚系メイクにしたらものすごくかわいくなるって、都市伝説だと思ってたのに、全然そんなことなかった。
ちなみに言うまでもなくクラスに来てる男子からも話題になった。
「スピーナってこれまで誰に告られても全部はねのけてたよな」「ああ、けっこう身は固いんだぜ」「それが転校生と付き合って、あっさり見た目も変えちゃうとか……」「転校生、ヤバすぎるだろ」「ブルタンもつぶされたし、これ、マジでエフラン全体のトップにすらなれるんじゃないか?」
そんな声がいくつも上がっている。たしかにまだ今日で三日目だもんな……。これだけ劇的に何か変えていけば話題にもなるか。
しかし、あまり目立ちすぎてほかの不良から目をつけられるのも面倒だし、今日は地味に振る舞うかな。
と思っていたけど、無駄だった。
教室を出たりすると、すぐにスピーナがついてくるのだ。
「ど、どこ行くんだ? 一緒に行くぜ……」
「トイレ行くだけなんだけど」
「じゃあ、前で待ってる」
町をデートしてるカップルじゃないんだぞ。
結果、廊下でスピーナを見た生徒たちが「あんな美少女、この学校にいたか?」「悪魔なのに天使に見える!」「隣にいるの、最強って噂の人間の転校生だぞ!」といった声を上げていた。
もはや、宣伝するために歩いてるようなものだな……。
昼食の時間も異変があった。
「なあ、リック! お弁当作ってきたぜ! 食おうぜ!」
「お、おう……ありがとう……」
まさかのお弁当作ってきてもらうイベントまで発生してしまうとは……。
しかし、まだ懸念がある。こういうのって、紫色の恐ろしくマズい弁当を作ってきたりされる展開なのではなかろうか。
しかし、彼女(の役。残念ながら、あくまでも役だ)がお弁当を作ってくれるだけでも、涙を流して喜ぶイベントではあるので、ゲロマズだろうと甘んじて受け入れる。それだけの価値はある。
「お前の口に合うかはわからないけどな。ほら、これ」
お弁当箱自体はシンプルなものだった。その時点で何か異常があるってわけじゃない。
いざ、開封。
そこにはおかずで器用に作ったウサギさんとクマさんがいるではないか!
「キャラ弁かよ! どんだけ手がかかってるんだ! 器用すぎる!」
「喜んでもらえてよかった……。アルミラージとグリズリーを作ってみたんだ」
ああ、そこは魔族らしく、魔族の種類なんだな。
それでも、まだ安心はできない。味のほうを確かめないと。
安定して、すごくおいしい。あと、もちろん美味いんだけどその前に、なんだろう、彼女(の役。繰り返すけど)の愛情みたいなものを感じる。
「うっ、うっ……ありがとうな、スピーナ……」
「おい、リック、なんで泣いてるんだよ!」
「俺さ、中等部からずっと寮生活でさ、こういう親のお弁当って食ったことないんだよな。むしろ、うちの親、手料理すらほぼ作ってなかったし」
挙句、子供の名前を使って金を集めてどこかに逃げやがった。愛がなさすぎる。
「アタシもうれしいな。ここまで喜んでくれたらお弁当作った甲斐があったぜ……」
ああ、作ってくれた人にはおいしいって言わないとな。それが一番の感謝の示し方だな。
「おいしいよ、スピーナ、ありがとう、ありがとう!」
これが夢でもかまわない。それぐらい、至福の瞬間だった。
そして放課後。
昨日の約束どおり、スピーナを俺の家に連れていって、勉強を教える。
「ちょっと、俺の家、遠いところにあるから、魔法で移動することになる。そのうち知れ渡りそうだけど、あんまり口外しないでくれ」
「うん。リックとアタシだけの秘密だな」
この付き合ってるって設定、悪くないな。
俺は人気がない場所で魔法を使って、さっとスピーナと寮のある空間に移動した。
はあ……これで付き合ってる設定も一度終了だな。俺とスピーナしかいないから、演じる必要がない。
「リックの寮、かなりきれいなんだな。しゃれてるじゃん」
「あれ? もう彼女の役、やらなくてもいいんだぞ? 絶対にエフランの生徒はいないし」
「こういうのは、あれだよ……常になりきってないとボロが出るだろっ! アタシはずっと彼女の役をやってるからな!」
そういうところ、変なプロ意識があるんだな。
俺は部屋に入ると、早速、スピーナに魔法の基礎を教えた。
エフランの生徒は勉強がどこからわからなくなったかすらわからないような状態になっている。なので、最初からコツコツとやっていくのだ。
「あっ、思ったよりもわかるな……」
スピーナ自身もびっくりしているようだった。
「どんなものでも最初は簡単だけど、最初がないと次を積み重ねることもできないからな」
「わかった。どんどん積んでやる!」
正直、スピーナの吸収力はかなりのものだった。本人の能力はそれなりに高いんだろうな。あと、やる気もある。
俺のほうも呑み込みがいい教え子にどんどん横からアドバイスやヒントを出していって、誘導していった。
「なんで、こんな形の魔法陣になるんだ……? アタシ、こういうの苦手だ……」
「ぶっちゃけ、それはまずは暗記するしかないな。理屈や原理をわかってるほうが覚えやすいのもあるけど、覚えるしかないものもあって、それは覚える側だ」
で、指導をしていると、俺の手にスピーナの手が偶然重なった。
こんなことで胸がときめかない男子なんていないだろう。
でも、すぐに恥ずかしがって離されるだろうな……。
しかし、スピーナは手を離さなかった。
スピーナは熱っぽい目で俺の顔を見ていた。
目が合った。
「なあ、リック……彼女役じゃなくて彼女ってことにしてくれないかな……?」




