力
ウィルが王都に旅立ってすぐ魔法の勉強を始めた。
本で読んだ内容を頭の中で整理していく。
魔法とは空気中に存在している魔素を体内に取り込むことにより、魔力を得る。
その魔力を元に、魔法を発動する。
人の想像力を形にする魔法は、無限の可能性を秘めていた。
これまでに、多種多様な魔法が開発された。
雷雲を呼び、雷を落とす。
灼熱の炎を出し、全てを焼き尽くす。
荒れ狂う風を起こし、竜巻を出現させる。
地割れを起こし、大地を切り裂く。
しかし、こういった大魔法は全て実現せずただの夢物語となってしまった。
なぜ自分の思い描いた魔法が発動できないのか、当初は原因不明だったが多くの犠牲を払い原因は判明した。
とある昔の魔法使いは、魔法が発動しない原因は魔力不足であると考えた。
そして幾度となる実験を重ね、魔素を体に溜め込むことに成功した。
二日、三日と魔素を体に集め、とうとう雷雲を呼ぶことはできたが雷を操るところまでは至らなかった。
ならば次はと、七日間魔素を溜め込み続けた魔法使いは明日ついに大魔法が発動できると町中に言いふらし眠りについた。
翌日、実際に雷雲を呼ぶことに成功していた魔法使いということもあり、多くの人が指定された場所に集まってまだかまだかとその時を待ちわびていた。
しかしその場所に噂の魔法使いは現れなかった。
そして幾人かは怒りを露わにして魔法使いの家に怒鳴りこむ。
扉を開けると中には、飛び散る臓器、粉々になった家具、天井にまで付着したおびただしい血。
あまりにもおぞましい光景に悲鳴を上げる者もいて、騒ぎを聞きつけやってきた騎士たちによって家から全員追い出された。
誰かの恨みを買っていたとかそういう話は聞いたことがない。
魔法に誠実な男で研究ばかりしていた男だった。
事件の真相はわからないままだった。
その後、魔法使いの部屋から一冊の血まみれの本が発見される。
その本に記された研究結果から魔素を体内に溜め込むことができると知れ渡り、これはすごいと当時の多くの魔法使いは魔素を溜め込む。
誰もが死んだ魔法使いを忘れて。
そうして多くの者が同じように死を遂げた。
死んだ多くの魔法使いたちの犠牲により日数に個人差はあったものの謎の死を遂げた全員が魔素を溜め込んでいた人物であることがわかった。
魔素は体に良くないものであり、体内に溜め込むことができる量は個人差があるが限界を迎えた時には死が待っている。
こうして研究が進まなくなった魔法は停滞した。
現在、主流である魔法は回復魔法と身体強化のみである。
回復魔法は他人に魔力を流し込み自然治癒力を飛躍的に上げ、傷の治りを早くし小さな傷であれば即座に治癒する。
身体強化は限界を超え、人間の持っている身体能力以上の力を得る。
しかし鍛えられていない肉体には効果が薄く、魔力の量によって強化の度合いが変わる。
あの時、体が軽くなったのは身体強化のおかげだろう。
時間の流れが急に遅く感じた。
実際には、俺が速くなったから周りが遅く感じたんだと思う。
あの力を自由自在に操ることを目標にしよう。
肝心の魔素を取り込むコツとか魔素の感じ方は家に置いてある、どの書物にも書かれていなかった。
父さんや母さんに聞いても自然とわかるとしか教えてくれないため、すぐに行き詰った。
そういうものだと理解はしていても焦りが俺の心を蝕んでいく。
いつもと変わらない訓練内容。
こうしている間にもウィルは本物の騎士と訓練していると思うと、堪えがたい焦燥を感じる。
それでも毎日、毎日訓練を繰り返す。
強くなりたい、強くならなきゃ。
ただ強くなるためだけに剣を振る。
力が欲しい……
――――――――
ウィルが王都に旅立ってから一ヶ月が経った。
今日は父さんに誘われて狩りに行くことになっていて、いつもより遅く起きた。
ヴァーウルフを狩ってから一度も狩りに連れて行ってもらえなかったのに昨日、父さんからついてこいと言われた。
嬉しかった。
もしかしたら戦いの中でなら魔法が使えるんじゃないかってずっと思ってた。
次いつ狩りに行ける機会があるかわからない。
今回の狩りで絶対に魔法を使えるようになってやる。
昼ご飯を食べた後、父さんに続いて森に入る。
無言でひたすら森を突き進む。
そういえば今日の獲物が何か聞いてなかったことを思い出す。
話しかけようと思ったその時、視界の端にホーンラビットがちらりと見えた。
俺は鉄の剣を抜き、速くなれ速くなれと念じつつホーンラビットに斬りかかった。
逃げるホーンラビットの首を鉄の剣が切断する。
魔法が発動した気配はなかった。
やっぱり弱いやつを殺しても駄目だ。
もっと強いやつと戦わないと。
とりあえずこいつは今いらないから土にでも埋めとくか。
「おい。何で勝手に飛び出した」
父さんがなぜか怒りの形相で俺を見下ろしていた。
「敵が見えたからだよ。勝手に飛び出したのはごめん」
両手で土を掘りながら返事をする。
死体に土を被せて立ち上がり、振り返る。
父さんが俺が今埋めた、死体の方を見ている。
「今のが敵か? 本当にお前の敵だったのか?」
「うるさいなあ。そうだよ。魔物は敵だよ。だから殺した」
駄目なことをしたとわかってるけど、苛立ちが込み上げてつい口走ってしまった。
本当はそんなこと思ってないのに、あの時は咄嗟に剣を抜いて殺していたんだ。
頭の中が魔法でいっぱいだったから。
頭の中で必死に言い訳をしていると胸倉を捕まれ、足が地面から離れた。
足をジタバタさせて父さんの大きな手を両手で離しにかかる。
息が苦しい。
「お前は……。敵意も見せてない、ましてや自分より弱いものを何の意味もなく殺して、それでいいと思ってるのか」
地面に下ろされるとゲホゲホと咳き込む。
好き勝手言いやがって、この野郎。
文句を言ってやろうと顔を上げようとしたら、体が地面を転がっていた。
口に土が入って気持ち悪い。
血の味もして最悪だ。
「アルヴァ。その剣は、ただ殺すための剣じゃないだろう。頭を冷やして、一度考えろ。」
「わかってるさ。でも強くならなきゃいけないんだ。だって守る対象が勇者だぜ。笑っちまうよ」
「父さんは笑わない。世界を守る勇者を守るんだろう? ウィルを守れるのはお前しかいないと信じてる。勇者の師匠はお前しかいない。だからこそ力の使い方を間違えるな」
じゃあどうすればいいんだよ……。
声にならなかった。
惨めで悔しくて、自分が悪いとわかってるからこそ怒りをぶつける場所がなくて。
「今日の狩りは中止だ。家に帰るぞ」
そう言って父さんは村の方へ歩いて行った。
手をぐっと握り締めて心を落ち着かせる。
ああ、泣きそう。
かっこ悪いな俺。