旅立ち、そして…
目が覚める。
家の誰よりも早く起きた俺は、そーっとそーっと歩き顔を洗う。
眠気を冷水で吹き飛ばし扉を開けたら全速力で走る。
いつもの訓練所に着いたら、木剣を持ち仁王立ちする。
少し遅れて足音が聞こえてくる。
「遅い。師匠をどれだけ待たせるんだ。」
実際はそんなに待ってないけど、こうやって偉そうに言うのが俺の中の師匠像だ。
「師匠が早すぎるだけだよ。まだ真っ暗だよ」
ぜぇぜぇと息を切らしながら答えるウィルにわざとらしく溜息を零した。
「そんなんだから俺にいつまで経っても追いつけないんだ。ウィルが俺よりも早く起きて先に訓練したことなんてあったか?」
三回。ぽつりとウィルが呟いた。
「三回、三回ある!師匠より早く起きてここに来た。迎えに行ったら今日は休みだとか言ってずるをした」
横で騒ぎ立てるウィルを無視して剣を振る。
さっ今日の訓練始めよう。
俺の木剣がウィルの頭に当たり今日の模擬戦も俺の勝ちで終わった。
「結局一回も勝てなかったなー」
「師匠が弟子に負けるわけないだろ。ウィルが俺を倒すなんて一生無理だな。勇者になっても、俺が師匠である限り敗北はない」
「でもさ、もし僕が勇者になって強くなっても師匠の方が強いなら師匠が魔王倒したらよくない?」
「そ、それはほら。勇者にしか使えない技でしか魔王を倒せないんじゃないかな……」
「そうだよね。そうじゃないと勇者の意味なんてないよね。師匠ってすごいなー。何でも知ってるね」
頷いてはいるけど本当はそんなの一切知らない。
本も滅多に読まないし勉強もしない俺が知ってるはずない。
ましてや勇者に憧れもないし、勇者なんて唯のおとぎ話で存在するなんて思わなかったから知っているわけがない。
とにかくこの話を終わらせようと俺は別の話をする。
「とりあえず今日で終わりだな」
「そうだね。今日には僕王都に行くから……」
一瞬寂しそうな表情を浮かべて俯くウィル。
でもすぐに顔を上げると寂しそうに見えていた表情は消えてなくなり、決意を固めた表情になっていた。
ウィルが困ってる人を助けたいと思う気持ちは本当なんだろうなと改めて思った。
そんな表情を見てかっこよく思うし羨ましく思う。
だって俺には無理だ。
目に見える、手が届く範囲で精一杯だ。
だからこそ絶対に守る。
小さくて狭い範囲だけでもいい。
俺はそれを守り抜きたい。
「そういえば王都ってどんな所なんだろうな。行ったことないから気になるな」
「すごく大きくて立派なとこらしいよ。マッドさんが言ってた」
「まぁそうだろうな」
「気になるなら師匠も一緒に王都に来たらいいんじゃない?」
正直魅力あふれる提案だった。
俺も王都に行ってみたい気持ちはある。
でも今はできない。
「今はやめとくよ。この村が落ち着くまでは、ここにいる」
「そっか……。王都までかなり時間かかるってマッドさんが言ってたから師匠がいれば退屈しないで済んだのにな」
「俺をお前の暇つぶしにすんじゃねえよ。ところで、さっきから出てくるマッドさんって誰だ?」
「マッドさんは隊長の名前。王都騎士団の三番隊長らしいよ」
「へぇ。じゃあ強いんだ。確かにオーラはあったな」
父さんよりも大きい体は迫力があった。
俺もあんなナイスガイになりたい。
まだ若かったしすごい人なんだろう。
勇者候補について、住む場所、その後もいろいろ話をした。
そんな所へマリーさんがやってくる。
「ウィル、アルヴァくん時間よ」
別れの時が来た。
気付かないうちにいつもより長く話をしてしまっていたみたいで、村の入り口にはすでに騎士たちが揃っていた。
騎士たちに挟まれている馬車にウィルが乗るのだろう。
一人の騎士が馬に乗ってこちらに近づいてくる。
「ウィルくんは、中央の馬車に乗ってくれ」
「わかりました。母さん行ってくる」
ウィルはマリーさんに抱き着き、ぎゅっと抱きしめる。
二人は目に涙を浮かべていた。
「頑張ってきてね。病気や怪我に気を付けて体を大事にするのよ」
はい、と小さく零したウィル。
歯を食いしばって決して泣くまいと見せる表情に見送りにきていた数人の村人は泣いていた。
こちらへと振り返るウィル。
「師匠ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「ああ。気を付けろよ」
俺は腰に差していた短剣を渡す。
「俺の宝物だ。父さんに初めてもらった剣をお前に託す。必ず帰ってこい」
「うん。大事にする」
目に溜まった涙が頬を流れていた。
周りを見渡したウィル。
「みんな行ってきます」
あちらこちらから頑張れよと、激励が飛び交う。
ウィルは手を振って答え、馬車へと向かっていった。
マッド隊長が一礼をしてそれに続く。
村人総出でウィルの旅立ちを祝った。
これからもか……
一生ウィルの師匠として兄として強く生きよう。
勇者の師匠として恥じない生き方をしよう。
俺は改めて固い決意を胸に抱いた。