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前日

 木にもたれかかり、ウィルを慰めていると父さんが駆け寄ってくるのが見えた。


 どうやら父さんの方にもヴァーウルフが一匹飛び出してきたらしい。

 それに手間取っていると、俺の叫び声が聞こえてめちゃくちゃ焦っていたらしい。

 とにかく二人とも無事でよかったと、ほっとした表情を浮かべていた。


 近くにあったヴァーウルフの死体を不思議そうに父さんが見つめていた。

 胴体が真っ二つに斬られている。

 普段の俺の力じゃ、どう考えてもこういう風には斬れない。


「アルヴァがこれをやったのか?」


「うん。そうみたい。」


 俺も不思議だった。

 あの時、急に体が軽くなった気がした。

 可能性は一つ。


「魔法が使えるようになったのか。それ以外考えらないな……」


 俺も魔法以外に思いつかなかった。

 でもあの一回きりで、今はもうあの感覚がなくなった。


 普通は魔法が使えるようになると空気中にある魔素を感じ取れるようになる。

 その魔素を体内に取り込んで、魔力に変える。

 たぶんそれによって体が強化された。


 それしか考えられないけど今の俺は魔素を感じ取れない。

 いやあの場面ですら魔素を感じ取ってない。

 無我夢中だった。

 とにかく速くウィルの元に、それしか考えてなかった。


 魔法は家に帰ってから考えよう。

 俺に抱き着いているウィルを立たせ、帰り支度を始める。

 ヴァーウルフの毛皮は使い道があるので持って帰る。


 元々ヴァーウルフは警戒心が強く、わざわざ人里に近寄ってくることはない。

 今回はなぜか村のかなり近くでヴァーウルフが狩りをする所が目撃され、討伐することになったのだが原因は謎のままである。

 もう一度森を探索する必要がありそうだ。


 村の近くまで戻ってくると、かしゃんかしゃんと聞きなれない音が聞こえる。

 父さんと目を合わせ頷き合うと剣を構え警戒態勢に入り、茂みを抜ける。

 開けた場所に出ると、鎧を着た男がこちらに気づいて両手を上げて近づいてきた。

 敵意がないということが分かり、俺は警戒を緩める。


「すいません。王都の騎士団員です。村にお邪魔させてもらってます」


「騎士団の方がなぜこのような辺境の村にお越しになられたのですか?」

 

 父さんが尋ねるが村に戻ってから説明するとのことで、俺たちは騎士の後ろを付いて行く。

 村に着いたあと騎士の方にお願いして、先に水浴びしてから待っていてくれた騎士と共に広場に向かった。


 広場に行くと人だかりができていた。

 村長が騎士団の人と話しているようだった。

 俺たちが見えると村のみんなが道をあけて通してくれた。


「隊長。お連れしました」


 そう言ってここまで俺たちを連れてきた騎士は下がった。

 隊長と呼ばれた男を見ると、その男の視線はウィルに釘付けだった。

 父さんを超える身長の大男に見つめられているウィルはさっと俺の後ろに隠れた。

 そりゃあこんな大男に見つめられたら、嫌だよなって思うと笑ってしまった。


「騎士様。そんなに見つめられるとウィルが怖がってしまうのでやめてください」


「ああ、失礼した。実はウィル君に話があってな」


 ウィルに話ってなんだろう。

 まずこんな村に騎士が来ること自体、俺が生まれてから初めてだった。

 来るのは王都の役人と護衛の冒険者、行商人がたまに寄ってくれるくらいだ。


 話が進まなくなるので、後ろに隠れているウィルを隊長と呼ばれた騎士の元へ押しやる。

 隊長さんが片膝をつき泣きそうなウィルを再び見つめる。


「ウィル君。君が勇者候補に選ばれた。王都にご同行願いたい」


 一瞬の間を置いて周りに集まっていた村のみんなが騒ぎ出した。

 俺も一瞬理解が追い付かなかった。

 当のウィルはまだ理解してないのかポカーンとしている。

 ウィルの肩を二度、三度叩く。


「すげーなウィル。勇者様だぞ」


「僕が勇者?勇者……えええええっ」


「そうだ。勇者だぞ。よかったな」


 広場は大騒ぎで一向に収まる気配はなかったが、騎士様たちが村のみんなを鎮め、詳しい話はウィルの家ですることになった。

 騒ぎに気が付いて、どうやら母さんとマリーさんも来ていたようだ。

 ウィルがマリーさん元に行き何があったかを話していた。

 こちらも父さんが母さんに説明している。

 ウィルが付いてきて欲しそうにしていたけど俺はウィルの頭を撫でて自分の家に帰った。


 家に帰り、晩飯を食べてごろごろしているとウィルとマリーさんが訪ねてきた。

 どういう話だったか聞こうとウィルに声を掛けようとしたけど、ウィルの顔はさっきと打って変わって冴えない表情していたからやめておいた。

 二人を家に入れて全員が椅子に座ってもウィルは顔を伏せたままだった。

 そしてマリーさんが先ほど騎士が来た時の話を語り始めた。


 明日王都へと旅立つこと。


 何年かかるかわからないこと。


 村に戻ってこれないかもしれないこと。


 勇者に選ばれるかどうかわからないこと。


 選ばれなくても魔王との戦いには行かなくてはならないこと。


 死ぬ可能性があること。


 そして拒否することはできないこと。


 マリーさんは途中から涙ぐみながら話していた。

 本当は嫌だって断りたいと、ウィルを危険な目に合わせたくないと。

 俺も離れ離れになるって考えると急に寂しさを感じた。

 生まれた時から今までずっと一緒だったんだ。

 寂しくないはずがない。


「ウィルと話してきていい?」


 みんなが頷いたのを見て、まだ下を向いていたウィルの頭に手を置いた。


「行くぞ。バカ弟子」


 家を出てウィルがついてきてるか確認して、いつもの場所に向かう。

 訓練に使っていたこの場所に来ると、いつもは気持ちが高ぶってくるのに今は何も感じない。

 丸太の椅子に腰かけ、空を見上げる。

 初めて二人でホーンラビットを殺した日、興奮して眠れなかった俺たちはこの場所で母さんが怒鳴り込んで来るまで話していた。


 その時ウィルが俺も強くなりたいって言いだしたんだったかな。

 次の日からウィルが訓練に参加し始めて、俺たちの遊びは全て訓練に変わった。

 ウィルの上達が早くて俺はずっと焦ってた。

 いつか負けるんじゃないかって、そんな不安な気持ちが俺を成長させた。

 凄まじい速度で追いかけてくる相手に抗って抗って、強くなった。

 苦しかったけど楽しかったな……


「よし、勝負すっか」


 近くに置いてあった木剣を拾い上げてウィルに渡す。

 構えようとしないウィルの腹に蹴りを入れる。

 苦しそうに倒れこんだウィルに容赦なく木剣を振り下ろす。

 ウィルはなんとか木剣で受け止めて、横に転がってすぐ立ち上がる。

 俺はもやもやしたこの気持ちを全部剣に乗っけて、剣を振るった。




 いつの間にかウィルが剣を手放し泣いていた。


「寂しい。この村で暮らしていたい。師匠とこうして毎日訓練していたい。行きたくない。……でも行く。困ってる人を助ける。それが僕の強くなりたい理由だから」


「行ってこい。勇者になって世界を救ってこい。誰にも負けるなよ。お前は、俺の弟子なんだからな」


「勇者になって帰ってきたら師匠より強くなってたりして」


「ふん。俺がお前に負けることは一生ないから安心して強くなってこい。帰ってきたらまた鍛えてやる」


 二人で泣きながら笑いあった。


 家に帰りマリーさんに赤く目を泣き腫らしながらも、勇者になってきますと宣言していたウィルはかっこよかった。




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