三度目の狩り
村の中は勇者と魔王の話で持ちきりだった。
みんながみんな噂している。
俺は勇者って本当にいたんだぐらいの関心しかなかった。
俺は勇者に憧れを持っていなかった。
俺の勇者は父さんで、魔王は母さんだ。
待てよ……それだと勇者は毎回魔王にやられているぞ。
喧嘩をすると、勇者がいつも先に折れて謝っている。
駄目だ、そんな世界はすぐに魔王に乗っ取られてしまう。
ていうか俺の家は魔王に支配されている。
このままだと世界が危ない。
解決策は何だ……。
くだらない妄想にふけっていると魔王の声がした。
ひぇっと変な声が出た。
「ウィルくんが来てるわよ」
どうやら随分と時間が経っていたようだった。
今日の魔王は、朝の機嫌が悪くないらしい。
怒鳴り声を聞かなくて済みそうだ。
しかしゆっくりしてると怒られそうだから、ベッドから飛び上がり魔王の気が変わらないうちにウィルの元へ向かった。
ウィルの兄ちゃんを辞め、師匠になってちょうど一カ月。
三度目の狩りの日だ。
今日はウィルと父さんに付いていくことになっていた。
といってもウィルは見学だけで本当にただ付いてくるだけ。
理由としては、鉄の剣が思うように振れていないからだ。
短剣ならば振るうこともできるけど心許ない。
一応、護衛用に持たせてはいるけど、戦闘に参加するのは許可してない。
元々連れていく予定もなかったのだが、駄々をこねるウィルがあまりにもしつこいもんだから父さんに聞いてみた。
初めは渋い表情だった父さんも、俺とウィルの訓練を見て許可をしたし大丈夫だろう。
でもそれを聞いた母さんはずっと反対していた。
マリーさんが了承してもなお反対していたが、マリーさんがあの人の子供ですからと、複雑そうな笑顔を見せると何も言えなくなっていた。
ウィルの父親って見たことないけど父さんと母さんは知っているようだった。
いつか教えてほしいな……。
森をしばらく進むと無残に食い散らかされた死骸があった。
ホーンラビットであったと推測できる、散らばった肉片に小さな骨。
死体を処理もしないでその場に残すのは、森では御法度である。
血の臭いを嗅ぎつけ他の魔物が寄ってきてしまう可能性が高い。
だから普通は後処理をする。
それがないということは……一目で魔物であるとわかる。
骨に付着した血は、まだ新しい。
「近いぞ。周囲の警戒を怠るなよ」
父さんの言葉に一気に緊張感が増す。
死骸を土に埋め、奥へと草木を避けながら突き進む。
父さんの足が止まり、手で止まれと合図を出してくる。
父さんが目を凝らした先を覗くと、ヴァーウルフが四匹いた。
目的の魔物だ。
ヴァーウルフは、肉食の魔物である。
魔物の中では小柄な部類に入るが、小さな子供の頭なら飲み込めそうなほど開かれる口、その口から見える鋭利な牙はナイフのように鋭く恐ろしい。
スラリと伸びた四本の足で森を駆ける。
その速さは、"今の俺"では追いつけない。
注意すべき点は、速さと牙、その二つだけである。
攻撃手段が噛みつきだけであるので、速さに翻弄されなければ俺には容易い魔物である。
父さんが剣を構えたのを見て、俺も意識を目の前の敵へ集中する。
一気に茂みから飛び出し、父さんが寝そべっていた一匹の首を斬り落とす。
臨戦態勢に入った三匹のうち一匹を俺が受け持つ。
グルルルルと唸り声を上げて威嚇するヴァーウルフと対峙する。
改めて見ると本当におっかない牙だ。
口を大きく開けて、俺に飛びかかってくる。
俺はその口、目がけて渾身の突きを打つ。
これで終わるはずもなく、剣に噛みつかれてしまう。
すごい力で剣が引っ張られるが、両足両手でなんとか踏ん張る。
何とか踏ん張って膠着状態になった瞬間、俺は踏ん張るのをやめ、一気に剣を口の奥へ突き刺す。
思わず剣を口から離したヴァーウルフの口から血が漏れる。
そこからは俺の猛攻を避けるだけになったヴァーウルフは傷だらけになっていた。
ほとんどの斬撃が空を切っていた俺の攻撃は、決め手に欠けていた。
"今の俺"では避けに徹したヴァーウルフを切り裂くことはできなかった。
結局そこで父さんの戦闘が終わり、ヴァーウルフが父さんに注意がいった一瞬の隙を付いてとどめをさした。
納得はいかなかったがこれも、もう少しの我慢だ。
魔法が使えるようになればもう少し改善する。
後ろを振り返る。
そこには、すごいすごいと尊敬の眼差しでこちらを見るウィルが駆け寄ってくる。
俺もウィルの方に笑顔で手を振り、歩いていく。
駆け寄ってくるウィルの後ろの草が揺れた。
遠かった。
もう少しで手が届きそうな距離がとてつもなく遠かった。
「ウィル!」
叫んだが間に合いそうもない。
後ろを振り返るウィル。
でも遅い。
間に合わない。
それでも俺は走った。
襲い掛かるヴァーウルフ。
無我夢中だった。
周りからは音が消え、見えるのはスローモーションのウィルとヴァーウルフ。
遅い。
遅い。
俺だけが速い。
行ける。
一気に詰め寄った。
届く。
剣を勢いのまま横に振る。
剣はヴァーウルフを切り裂いた。
勢いを殺せず、俺はそのまま木に体を打ち付けた。
何が何だかわからなかった。
「しじょー。しじょー」
涙声のウィルが抱き着いてきた。
無事でよかった。
血まみれウィルを見て心底ほっとした。
「師匠が弟子を守るのは当然だろ」
泣きじゃくるウィルの背中をさすってやり、抱きしめてやった。