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誕生

 ラ・シスタ王国、王都ラ・シスタ。

 馬車の窓から見える街並みは、喧噪と言っていいほどの活気で満ち溢れており、何処も彼処も人で溢れかえっている。


 ここ十年ほど毎日見られる光景だ。


 幸せなそうな人を見るのは幸せだ。

 こう思えるのも余裕が生まれたからだろう。


「マッド隊長うれしそうですね」

 そう声をかけてきたのは、俺の秘書リザだ。

 俺が三番隊隊長へと昇進した時に雇った女。

 元々王城で働いていた使用人の一人であったのだが、要領の良さが目に付いて俺の秘書にならんかと提案したらあっさり承諾した。

非常に頭の回転が早く計算もできる。

 なぜ使用人をやっていたかわからない不思議な女だ。


「ああ、いい国になったな」


 王都は変わった、生まれ変わった。


 グランゼフ国王の手によって。


 以前ならば考えられないことだ。

 俺が騎士となった時、国民が敵だった。

 弱きものを守るために戦うはずだった俺を待っていたのは、弱きものを鎮圧することだった。

 学校で習った騎士道とはなんだったのか。

 俺が憧れた騎士は、こんな事していなかった。

 戦場に赴く前も、どこか誇らしげでまだ子供だった俺にも心よく接してくれた。


 俺は国を守るため、民を守るためなら、帝国、魔物、魔族と戦い喜んで死地へと足を運ぼう。

 それがどうして自分たちの国民と争わなければならないのか。

 何度も何度も何度も上官に詰め寄り、最後には殴り飛ばされた。

 その時泣きながら、今は耐えてくれと言った上官の顔は今でも忘れられない。

 もう何も言えなくなった。


 不満をどこにも吐き出せなくなり、溜まっていく一方だった。

 もう辞めようと思っていた矢先、事が起こった。


 ちょうどその日は俺が城門の警備にあたっていた時だった。

 武器を持った大勢の人がこちらに向かってくるのが見えた。


 ああ、とうとう来たか。

 そう思った。

 反乱軍がゆっくりと近寄ってくる。

 堂々と歩く様は、統率されており正規軍のようだった。


 先頭を歩く青年に目を凝らすと、それはそれは立派な鎧を着ていた。

 俺たち騎士が着ている鎧よりも立派であった。

 どこぞの正義感の強い貴族かと思っていたのだが青年が兜を外した時、衝撃を受けた。

 国王にどことなく似ていたのだ。

 俺が固まっていると青年が口を開いた。


「私が王となる。通せ」

 それだけだった。

 その威厳のある姿に一瞬頭を下げそうになるが、ぐっと我慢し真っすぐ青年を見つめ質問した。


「国は変わりますか?」


「変わる。変えてみせる。民が笑い幸せを感じる国に。兵士が絶対守ると思える国に。見たいなら着いてこい」

 そう言って歩き出してしまった。

 自然と涙が溢れた。

 涙を鼻水を手で拭い、青年が進んでいった先を見つめていると肩をぽんぽんと叩かれた。

 振り返ると、あの時の上官だった。

 無言で頷く上官見て、俺も謁見の間へと足を進めた。

 その時グランゼフ様のことを聞いた。


 王の叫び声が部屋中に響き渡る。


 誰も王を守らなかった。

 王を守る親衛隊は戦わなかった。

 王がグランゼフ様に首を斬り落とされるのを見届けると親衛隊はみな自ら命を絶った。


 総勢十二名の死。


 内二人はグランゼフ様の父と兄。


 じっと首がない屍をぐっと唇を噛み締めながら睨むグランゼフ様。


 その表情は、どこか悲しそうで涙を我慢しているようにも見えた。


 血濡れた剣を掲げたグランゼフ様はおおおおおおおおおっっと悲しみの雄たけびをあげた。


 俺達もそれに続きありったけの声をあげた。


 その後国民に御触れが出されグランゼフ様が即位した。


 どういうことだと王城まで詰め寄ってきた民に、俺はグランゼフ国王が絶対にお前たちを世界一幸せな国民にしてやるから待っていろと啖呵を切ってしまって、上官に押さえつけられた。


「信じられるか」とか「どうせまた俺たちを苦しめるんだろ」とかあちらこちらから罵声を浴びて一悶着あったのだが、グランゼフ様が現れて当初は混乱していた国民たちも徐々に落ち着きを見せていった。


 その時殴りかかってきた酒屋のじいさんからグランゼフ王が即位して三年後、酒を奢ってもらったのはいい思い出だ。


 過去の思い出に浸っていた俺は馬車の揺れで現実に戻される。

 ここ嫌いなんだよなと思うと溜息が零れてしまう。

 横に座っていたリザは苦笑いを浮かべていた。


 王都にそびえ立つ王城とは別に、もう一つ大きな建造物がある。

 それが今しがた到着した教会だ。

 人神メルキスに仕える信徒、信者が集う場である。


 両開きの扉を開き、中に入ると多くの信者たちが祈りを捧げているのが見える。

 普段は鎧を着たものが滅多に来ないのだろう。

 受付と目が合うとすぐに上の階へと案内される。

 目的のに部屋にたどり着いたようで、受付の男が扉を叩く。


「騎士の方がお見えになりました」

 入れと部屋の中から声が聞こえ、部屋の中に入る。


 中にいたのはしゃべる脂肪。

 別名、ラムヌス・コルンティ大司教。


 ラムヌスがいるからここが嫌いになった。

 教会の利権を盾に私腹を肥やすこいつが好きじゃない。

 国民が瘦せ細っていたあの時からこいつの見た目は変わらない。

 信者たちからどれだけの施し受ければ、このようなだらしない肉体になるのだろうか。

 こんなやつでも聖職者を名乗れるのが不思議だ。


 一度気持ちを落ち着かせ、二歩、三歩進み敬礼する。


「王国騎士団、三番隊隊長マッドただいま参りました」

「秘書のリザです」


 手を上げ返事をしたラムヌスは座っていいぞと声をかけると、すぐに手元の書類に取り掛かる。

 来客用の高級ソファーに腰をかけ、しばらく待っているとようやくペンが止まる。


「今日は大事な話だ。いい話と悪い話どちらから聞きたい?」


「いい話からお願いします」


「勇者が生まれた。候補は四人。帝国に二人、王国に二人」


 童話の中でしか知らない勇者が生まれたとかこいつは何を言ってるんだ?

 前に勇者がいたとされるのは千年以上前だ。

 そんなこと、にわかに信じがたい。


「事実ですか?」


 軽率な言葉だった。

 バンっと凄まじい音が響く。両手で机を叩いたラムヌスがこちらを睨みながら告げる。


「神託が下った。教皇がそうおっしゃったんだぞ」


 それを先に言え。

 教皇やメルキス神を疑ってるのではなくて、お前が信じられないんだと心の中で悪態を付き、失礼しましたと頭を下げる。


 勇者が生まれたのか。

 何のために?


 帝国との小競り合いがあるもののようやく平和になった。


 勇者……

 この時、ある事に気づいた。

 勇者がいれば必ず存在する者がいる。


 バッと顔を上げる。


「悪い話ってまさか……」


「そうだ。魔王も生まれているはずだ」


 そうなんだ。


 絶対なんだ。


 神が仕組んだかのように勇者がいれば魔王がいる。


 国が荒れる。

 一刻も早く王にお伝えしなければならない。


「失礼します」


「待て。この紙を王に渡してくれ。勇者候補の名前と居場所だ」


 ありがとうございますと紙を大事に受け取り部屋を後にし、馬車に駆け込み王城へと急いだ。


 謁見の間への入室許可をもらい、中へ入る。

 王に近寄り跪く。

 挨拶をそこそこに、先ほどの事を伝えるとそれまで静寂であった謁見の間が騒がしくなる。

 宰相に例の紙を渡して、宰相から王へと手渡される。


 宰相がパンっと手を叩くと静まり返る。


「マッド今日は下がってよいぞ」

 そのまま俺は退出した。


 そのあと何をしたか、頭が混乱していてあまり覚えてなかった。

 気が付くと朝になっていた。

 あのあとすぐに寝入ってしまったらしい。

 ちょうどいいところにリザが部屋を訪ねてきて指令が言い渡された。


 準備を手早く済ませ、兵士を連れ、辺境の村マゼットに勇者候補を迎えに俺は王都を旅立った。




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