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師匠になった日

 訓練にウィルが加わるようになってから、月日が経ちウィルとも剣で勝負するようになった。

 父さんが朝稽古に来れない時も、二人で剣の訓練をしていた。

 今のウィルの目標は俺に勝つことだそうだ。


 今まで俺はウィルに負けたことがない。

 まぁ三年ほどの差があるし、ウィルが参加するようになってからは今まで以上に真剣になった。


 ウィルは剣の才能があるんだと思う。


 何でも吸収して上達していくウィル。


 だけど俺にも意地とあの日誓った約束がある。

 守る対象より弱いとかみっともないだろ。

 だから俺はウィルだけには負けられない。


 向かい合うウィルと俺。

 いつものようにウィルが間合いを詰めてくる。

 ぶつかり合う木剣の音が響く。

 何合か剣を打ち合い隙を見て俺がすっとウィルに足払いをするとコテンとウィルが転ぶ。


 俺はニヤっと意地悪な笑みを浮かべる。


 ウィルはすぐ立ち上がると顔を真っ赤にして剣を振るうが怒りか恥ずかしさからか大振りになる。

 俺はひょいっと、後ろに避け、がら空きの頭に木剣を振り下ろすとゴンと鈍い音が響きウィルが木剣を手放し両手で頭を押さえ蹲る。


「フハハ、今日も俺の勝ちだな」

 涙目でこちらを睨むウィルからの返事はない。


「俺に勝ちたかったらもっと全体に注意することだな」

 ぐぎぎと悔しそうに歯を食いしばるウィルを見てニヤニヤが止まらなくなってしまった。


 もう一回勝負しよとウィルが言うが、無視して俺は素振りを始める。

 そんな俺を見てウィルもしぶしぶ素振りを始める。


 俺には万が一があってはいけないので真剣勝負は一日一回にしている。

 一回だけでも心臓の音がうるさい。


 自分を落ち着かせるように丁寧に剣を振り下ろす。


 横で一振りごとに次は勝つ、次は勝つとうるさいウィルを見て溜息が零れそうになる。

 すごい怖がりのくせして何でこうなってしまったのだろう。

 しかしふっくらしていた顔も少し引き締まってきたようだし悪いだけじゃない。


 でもウィルがこれ以上強くなったら緊張で剣が握れなくなるんじゃないか、いつか負けてしまうんじゃないかと不安になる。

 そういつか……。


 駄目だ駄目だと頭を振ってそんな不安を俺は一蹴し、一心不乱に今日も剣を振る。

 負けないために。

 何より守るために。



 訓練が終わり家に帰り、土だらけの服を着替え手を洗う。

 ベッドに腰かけ何気なしに本を手に取る。


 家に置いてある数少ない本、ラ・シスタ王国に関する本だった。

 この村のほとんどの人が持っている本だ。


 ラ・シスタ王国は俺が住んでいるこのマゼット村が属している国だ。


 なんでも俺が産まれるよりもう少し前、十五年ほど前は税と呼ばれる国からの巻き上げがひどかったらしい。

 国からの使者が国のために働けてよかったなって捨て台詞と一緒に高笑いを上げながら、収穫物や備蓄までも取り上げていた。

 そのためどこの村も窮乏な生活であった。

 そのくせ何があっても村の助けには来ない。

 それを改善したのが今代の王、賢王グランゼフらしい。


 そんなグランゼフ国王を褒め讃える言葉がずらりと並べられどこがすごいだのここが今までと違うだの書かれている本。

 バカな俺は関係ないなと思い、適当に読み飛ばしながら頁をめくっていくと、ある頁に釘付けになった。


 弟であるグランゼフは兄のアルトリフを殺した。


 弟が兄を殺すなんて……ありえない。


 ウィルが俺を殺すなんてことはあり得ないと思う。

 自分なりにウィルの事を気にかけて大事にしてきたし、村で一番の仲良しだ。

 じゃあ理由はなんだ。考えを巡らせる。


 そこでふと、ウィルが強くなりたいと言って訓練を始めた理由はなんだったかを考えてみる。


 血の気が引いていき冷や汗をかく。

 今までのことを思い出す。


 ウィルの背中を押して川に突き落としてゲラゲラ笑う俺。


 初めて父さんに狩りに連れてってもらった翌日、木剣でウィルの頭を叩き泣かせてゲラゲラ笑う俺。


 ウィルの宝箱に入ってる日持ちするお菓子を全部こっそり食べてる俺。


 子供時代の恨みから兄を殺したのだと確信する。

 まずいまずいと冷や汗が止まらない俺はいつの間にか家から飛び出していた。


 家の前で剣を振るウィルの姿が見える。

 ウィルもこちらに気づき駆け寄ってくる。


「やぁウィル」


「どうしたの?」


 ごく自然に話しかけた俺を懐疑の目で見てくる。


「兄ちゃん具合悪いの?」


 兄ちゃんという言葉にびくっと体が震える。


「どうしてウィルは強くなりたいんだ?」


 俺は覚悟を決めてウィルに尋ねる。


「言いたくない……言うと兄ちゃん怒りそうだし」


 俺が怒るってどういうことだ。

 俺が逆上するってことか?

 とにかく理由を聞けないなら、あの手しかない。


「ウィル大事な話があるんだ。俺は今日から兄ちゃんをやめて、ウィルの師匠になる」


 どういうことかいまいち理解できないウィルに俺は言葉を続ける。


「基礎固めの時期は終わった。明日から本格的な訓練をする。狩りにも連れて行ってやる。だからウィル、俺のことを師匠と呼びなさい。もっとお前の目的のために強くしてやろう」


 狩りという言葉にウィルの目が輝くのがわかった。

 一度狩りに連れて行ったときは、オドオドしていたくせにウィルも変わったんだなと思う。

 だが俺が言いたいことはまだ終わりじゃない。

 ここからが一番大事だ。


「しかし! 一つ絶対に守らなければならないことがある。弟子になったウィルは師匠の俺のことを殺してはいけない。敵になってはいけない」


 恐る恐るウィルの反応を見るが、狩りに連れて行ってもらえると聞きご機嫌なウィルは人の気も知らずに「わかりました、師匠」とノリノリである。

 この反応を見ると俺の考えは間違いだったのかもしれないと思えてきた。

 まあとにかく殺されることはなくなったんだから大成功だ。


「ところで兄ちゃんってやめれるものなの?」


「で、できるようになったらしい」


 唐突に尋ねられ焦って自分でも意味不明なことを言って誤魔化す。

 全然納得していないウィルに俺は「明日も早いから帰る」と言って逃げるように家に帰った。


 自分の部屋に一目散に行き、握り拳を作る。

 俺は一世一代の勝負に勝ったのだ。

 ウィルから強くなる理由は聞けなかったけど殺される心配はなくなったんだ。

 拳から力を抜き一息吐くと力が抜けベッドに崩れ落ちる。

 ベッドにほうり捨てられていた本を丁寧に取る。

 この本は俺の命を救った大事な友達だ。

 一生の宝物にしようと抱きしめ目を閉じる。


 母さんに叩き起こされると、晩御飯の時間だった。

 母さんが俺の腕から本を取り上げる。


「あら、アルヴァが本を読むなんて珍しいわね」


「それは俺の命を救った大切な本なんだ。一生の宝物にする」


「命を救った? よくわからないけど……これ悲しい話よね。父と兄を殺さないと駄目なんてね…」

 

 悲しい? 

 弟は兄を恨んで殺したのじゃないのか?

 疑問が晴れることがないまま、晩御飯を食べ終わりもう一度あの本を読む。


 今でこそ賢王と名高いグランゼフだが、当時は悲劇の国王と呼ばれていた。

 優しかった前王と兄が豹変し国民を苦しめる二人にグランゼフは悩みぬいた末、二人の討伐を決意し見事二人を討つ。

 国民に圧制を敷く前王とそれを支持する兄は魔族に操られていたとも書かれていた。


 全然俺が思ったのと違う……子供時代の恨みじゃないのかよ。

 

 ふざけんな、騙しやがってと本を床に叩きつけ、俺は明日からどうすんだよと頭を抱えてベットに行き、もうどうにでもなれと思考を放棄して眠りについた。


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