プロローグ
僕はまだかまだかとその時を待っていた。
椅子から立っては座り足を揺らし、意味もなく家の中をぐるぐる回っては壁に張り付き耳を澄ます。
気になって気になって落ち着けない。
「アルヴァ、もう少しじっと待っていられないのか」
いつも狩りに使っている道具を整理していた父さんがこっちを見て苦笑い交じりに僕に声を掛けてくる。
何度目だろう。こうやって父さんに声を掛けられるのは。
そんな父さんもいつもよりそわそわしているのが僕にはわかる。
「父さんだって何回剣を研げば気が済むんだよ。矢の数だってそんなに何回も数えなくたって変わらないよ」
同じことを何度も何度も繰り返していた。
いつもは武器の手入れに余念がない父さんも今日ばっかりは集中できてないのがわかる。
「父さんだって気になってるんでしょ。こっそり見に行ってみない?」
駄目だとわかっていてもこんなこと言ってしまう。
何度叱られてもこのそわそわした気持ちが落ち着かない。
だって……今日は僕に兄弟ができるから。
まだ弟と決まったわけじゃないけどなんとなく弟な気がする。
それに弟でも妹でも本当の兄弟じゃなくても僕には関係なかった。
ただただ僕にもやっと年下できる、それだけでよかった。
マゼット村ではみんな僕より年上で僕が一番の年下だった。
というか子供が僕しかいない。
だから村のみんなが僕に世話を焼きたがる。
可愛がってもらっているのはわかるのだけど、それがどこかうっとうしく感じていた。
嬉しいんだけどうっとうしい、そんなよくわからない感情によって「構わないで」って大声を出した事もある。
でもそれがやっと解放される。
自分よりも小さな子供が産まれればみんなそっちに世話を焼くだろうし、僕の身代わりになってもらうんだ。
そのかわりその子にはいろんな遊びを教えてあげようと考えて笑みがこぼれてしまう。
まずはどんな遊びを教えてあげようかとしばらく悩んでいると唐突に勢いよく扉が開いた。
「産まれたわよ。お……」
その瞬間勝手に足が動いて飛び出してしまった。
母さんが「待ちなさい」と叫んでいるが今の僕はそれどころではなかった。
待ちに待った子供が産まれた。
家を出てすぐ隣の家に走る。
扉を開けると中にはベッドに座っているマリーさんとその腕に大事そうに抱えられている小さな赤ちゃんが見えた。
おおおおおおおおと感情が高ぶってくる。
その赤ちゃんはおぎゃーおぎゃーと泣いていてこっちを全然見てくれない。
産まれてる!
「マリーさんどっち?」
僕は一番気になっていたことを尋ねる。
マリーさんは一瞬きょとんとしていたけど「男の子よ」と答えてくれる。
「じゃあ弟だ」
弟ができた喜びを噛み締めていると頭に衝撃がきて蹲ってしまう。
「痛い」と思わず口から漏れる。
振り返って後ろを確認すると鬼がいた。
腕組をした鬼――母さんが嘆息すると今まで聞こえていた声が聞こえなくなっていた。
いつの間にかマリーさんの隣に立っていた薬屋のおばちゃんがこっちを見て人差し指を口元に持っていった。
どうやら赤ちゃんが眠ってしまったみたいだ。
すやすやと眠る赤ちゃんを見ると弱弱しく、僕が守らなきゃとそう思った。