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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第80話 理想の道と現実の道

 

「ま、マリーさ……『勇者』!やはり手を組んでいたのか!」


「あら、ついつい昔の呼び方になるなんて、ティアモちゃんたら。まだ私を斬るのに未練があるのかしら?」


 ティアモは抑えられた剣を虚空庫に戻してからもう一度取り出し、マリーの剣の拘束から逃れて距離を取る。『勇者』相手に、何の準備もなく近接戦闘は自殺行為だ。


「それに、まだ手を組んではいない。今から組むの。だから、あなた達にはお帰り願いたいわ」


「そうはさせなっ!?」


 ティアモが思考を読んだのと、マリーが手をかざしたのは殆ど一緒のタイミングで、回避は間に合わなかった。掌から放出された巨大な炎の柱がティアモの身体を吹き飛ばし、肌を焦がす。


「まぁまぁ、私が隠居している間にレベルが、練度が落ちたみたいね。サルビアや貴方のお父様なら、物を食べながらでも避けたわよ」


「ぐっ……」


 風魔法で瞬時に膜を展開する事で、直撃は避けた。それでもマリーの目論見通り、吹き飛ばされて離れた距離はもう、シオンを仕留める事が不可能な遠さだ。もう少し近かったのなら、『勇者』と戦いながらでも自分を犠牲にトドメを刺せたかもしれない。


「団長、街への突入を開始しま……『勇者』!?」


 シオンが気絶した事により、膜は消滅した。当初の予定通り、騎士達は壁をよじ登って街の中へと侵入し始めるが、ティアモと戦う『勇者』の姿を見た途端、一様に動きを止めてしまう。ただ一人、トーカという名の女騎士だけは、咄嗟に信号魔法を打ち上げた。


「来るな!撤退しろっ!」


「遠路遥々、扉をぶち破っての侵入ご苦労様。隙間もないくらいに手厚く歓迎するわ」


 マリーの思考を読んだティアモが必死に声を上げるも、遅かった。魔力が大きく膨れ上がる。その濃度は魔力眼の視界をチカチカと光らせる程。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 彼女の掌から放たれた小さな球が目標地点に到達すると、火の嵐となり荒れ狂った。騎士達を存分に巻き込み、その場にある人以外のもの全てを焼き焦がし、壊していく。


「命までは奪わない。でも、これでもう半分は戦えない……さっきの魔法はタメがいるわ。不自由になりたくないのなら、次撃つまでに逃げなさい」


 家は瓦礫に、家具は消し炭に、道は焦土に変えながらも、日本人は誰も死ぬ事はなく、火傷すらなかった。確かに炎に焼かれたのにと、誰もが何が起きたのか分からずに目を瞬かせる。


「貴様ァッ!」


「悪いとは思う。けれど、貴方達が忌み子を殺し尽くしてでも世界を救おうとした様に、これが私の貫く正義よ」


 もっとも、怪我がなかったのは日本人だけの話。炎に呑まれた騎士達は四肢のどれかだけを焦がされ、未来永劫失った。マリーの系統外である『残傷』だ。一度全身を焦がされた後に特定の部位を除いて、傷を塞がれた。


「……!」


 壁からの侵入を防ぐ事を目的とした為、近くにいたティアモは範囲から外れていた。しかしそれは、愛する部下達が焼かれる姿を、黙って見る事しか出来ない距離にいたという事。


「大切な人が傷つけられたんだもの。手脚を奪った私を恨むのは構わないわ。でもね、その怒りは不当よ」


 何の準備も無しに『勇者』との近接戦闘は自殺行為だと自分で判断していたにも関わらず、剣を手に突っ込んできたティアモを、マリーは哀れみの目で眺める。


「彼らに先に手を出したのは、私達。 平和だった日本人の世界をぶち壊したのは、転移してきた私達。自らの愛する民を犠牲にしたくないから、日本人に尻拭いをさせようとしたのは、私達。罪を償う義務はあれど、どこに私達が怒れる権利があるの?」


「それは」


 日本人としての視点も持ち合わせ、忌み子を人として扱うマリーは、全てに置いて自分達の世界に責任があると、剣を重ねながらティアモに説く。日本人として抱いた思いもあるが、それを別に公平に見ても、この結果は変わらない。


「分かっては、いる……!悪いのは私達だ」


 そんな事、騎士だって分かっている。存在するだけで世界を滅ぼしかねない因子だからといって、彼らを殺す事が罪にならない訳ではない。少なくとも彼女はそう思い、斬る度に心を痛めている。


「だが、止まれないのだ!彼らを斬る事もっ!私のこの怒りも!」


 しかし、大切な人達を守る為に、立ち止まるわけにはいかなかった。殺さないと守れないのなら、心に激痛が走ろうが斬るしかない。


 自分達に責任があると、身勝手だと分かっていても、仲間を傷つけられた怒りは止まらなかった。人の心とは、勝手に何かを思うもの。説かれようと何をされようと、止められるではない。


「……そうね。貴方達の戦いは忌み子を殺す事ではなく、大切な人達を守る事だもんね」


 大粒の涙を零し、頬に透明な川が流れる騎士の剣を弾く。心を読み、殺さないように手加減されてようやく互角。だが、必死に食らいつき、仇を取ろうと怒りに取り憑かれたティアモの剣は、更に激しさを増していった。


「さっきも言ったけれど、私も同じなの」


 だからマリーも、ギアを上げてティアモの手脚を取りにかかる。属性魔法を解放し、二本の炎刃を遠隔操作で操り、振るう。


「貴方の大切な部下がやられている間に、退くべきだった」


「ふざけるな!」


 幾ら心を読んでも、剣で防ぐか避けるかのみで間に合う気はしなかった。思考も身体も追いつかず、四方から押し寄せる剣は少しずつ、ティアモが取れる選択肢を削っていく。


「撤退も重要な選択肢。貴方も纏める者ならそれくらい分かっているでしょ?突撃が花なんて嘘な事も」


「部下の撤退に殿が必要な事は分かっている。貴方を抑えられるのは、ジルハードか私しかいない」


 だが、ここを退く事は出来なかった。つい先ほど『伝令』で命令した部下達の撤退の時間を少しでも、ティアモが稼がなければならかったから。


「分かるわ。誰かの為に己を顧みないその姿勢、私は嫌いじゃない。貴方が戦える限り、部下達が戦わない限り、手は出さないわ。貴方と踊っててあげる」


「……ありがたいとは思いますが、後悔させます」


 自分の要求を呑んでくれた事に敬意を表し、ティアモは口調を改める。ただし剣は決して緩めず、殺す気なのに変わりはない。


「年頃の娘さんに、傷は付けたくないの」


 戦える時間を出来る限り伸ばそうと、ティアモは間に合わないという想いを捨てた。動きの計算から四肢を奪われない程度の傷を外す事で、選択肢を一時的に増大させ、全身に付けられる醜い傷を対価に乗り切った。


「ふざけないでください。誰かを守る為に付けられた傷は名誉です。己を優先し、逃げて負う私が私でなくなる傷の方が、ずっと醜い」


 傷を付ける事を嘆くマリーに、ティアモは傷の美醜を恥ずるものではないと断固とした口調で述べる。


「少なくとも私が惚れた相手は、そう言ってくれる人です」


「青春ねぇ。余計傷つけたくなくなったわ。私に勝ったら全部消してあげる」


「本当に、貴方はどこまでも……!今も!殺そうと思えば殺せる機会は幾らでもあった!私如き、貴方が本気を出せばすぐに殺せるはずだ!」


 心を読めば、幼き頃に聞いた物語を思い出せば、マリーが手を抜いている事が分かる。彼女が狙う手脚に重点的に防御を傾ける事で、ティアモは今食いついているのだ。無防備になった急所を狙えば一撃で終わるというのに、マリーは何度もその機会を自ら逃している。


「ううん。私は十分、今出せる限りを振るってる。貴方が強くなったの。正確に言うと部下に手を出さないんじゃなくて、出せない。今の貴方を相手取るので精一杯なのよ。隙を見せたら斬られちゃうもの」


 傷が増えていくティアモに対して、マリーは無傷で笑みを一切崩さない。成長した我が子を見るような暖かい目で、ティアモの剣技を見続ける。


「……その言葉は、光栄です。ほとんど会った事のない貴方や、ずっと側で見続けてきた父、最強の剣豪であるサルビア様を目標としていました」


 かつての戦乱にてその名と剣術を示した、三人の剣の使い手。異常な系統外に胡座をかくことなく修練を積み上げたマリーに自分を重ね、魔法と剣術を融合させた独自の剣術を作り上げて二人と並んだ父に習い、ただただ剣術のみで天を奪ったサルビアに、ティアモは憧れた。


「けど、とても残念です」


 目標としてきた存在に褒められたティアモの心は、依然として落胆と部下を守る決意が広がるのみ。だって今褒められた均衡は、ティアモの全力とマリーの手加減によるものだから。


「実際に出会った貴方は、敵を絶対に殺さないと甘すぎて……在り方を参考にしてはいけないと強く思いました」


 マリーの心は、物語で聞いていたよりも甘すぎる。敵であり、最大戦力の一人でもあるティアモの手脚を奪いたくないからと手加減をし、逃げるように個人の思いで勧告した。だがそれは、先を思えば甘えだ。


「生きて帰った私は、必ず貴方の守りたい物に剣を向ける。それを防げる機会を!貴方は自分の心が傷つきたくない一心で見逃す!貴方のその選択は、守る事を放棄したと同義だ!」


「違うわ。私は!」


「違わない!自らが傷つく事を恐れ、手を汚す覚悟も無き者には何も守れやしない!」


 例え四肢のどこかを失おうと、ティアモはまたこの街に来るだろう。世界を守る為に、忌み子は殺さなければならないから。


「何かを救う為の道とは、守るべき物以外を削ぎ落とし、阻む者を無残に殺して血の雨に打たれ、後悔と罪悪感の泥に沈む覚悟によって進むもの!」


「……貴方は……」


 剣の苛烈さが、ティアモの激情に同調するように更に増した。かつての憧れの落胆が、自ら選んだ汚れた道の覚悟が、撤退中の負傷した部下が、世界を一つ壊してでも大切を守ろうとした姉への想いが、そして、自分をいつも守ろうとする背中を守りたいという願いが、憧れを斬る事への躊躇いという最後の枷を外した。


「やっぱり、才能は凄まじい」


 マリーの顔から笑みは消えなかったが、余裕は消えた。白熱する脳が計算を間に合わせ、精神が強化の限界ギリギリのラインを探り続けるティアモの剣が、マリーに追いついたのだ。


「あの転移がなければ、貴方に次の『勇者』の名を渡そうと思ってた」


「!?」


 剣がぶつかり合い、何重にも重なって聞こえる金属音の中を、静寂と錯覚させる程響く。その悲しげな呟きに、ティアモは思わず目を見開いた。ずっとマリーの心の底に押し隠されていた想いが、ティアモの叫びによって浮かび上がったのが、自分でも分かったのだろう。


「いり、ません……!誰も救えない『勇者』の名前なんて、私はいらない!私が欲しいのは、相応しいのは、誰かを救える『虐殺者』の名前です!」


「貴方は、私と同じくらいに甘い。渡す前に裏切ってしまったから諦めたけど、さっきの言葉を聞いて、やっぱり貴方が相応しいと思う」


 震えた声で、名の継承を拒絶する。しかし、マリーから流れ込んでくる言葉が、ティアモの心に直接染み込んでくる。先ほどまで目を逸らしていた戦闘以外の心の声を、彼女は見せつけてくるのだ。


「甘い訳、ない!私はずっと罪の無い人を殺してきた!これからもきっと、殺し続ける!」


「ならなんで、シオンちゃんにトドメを刺していなかったの?素人に担がれて逃げられる。そんな状況に陥る前に、貴方なら殺せたはずじゃない?」


「そ、れは……」


 先ほどの失態を突かれて、動きが僅かに鈍る。敵の戦力を見誤り、敬意を表して死に方を選ばせた結果、殺せたはずのシオンを生き長らえさせてしまった。結果だけ見れば、マリーと同じ。手加減をして、生かして帰してしまった。彼女がこれから産む騎士の死を自己の満足の為に防がなかったのは、自分。


「最初から、殺すつもりだった!相手の力量を図り違えた私の失態だ!最初から殺す気の無い貴方とは違う!」


 必死に思いついた反論で声を荒げても、意味はなかった。ティアモの心は、揺らいでいたから。


「剣が乱れたわね」


「私は、殺さないと!」


 剣の乱れは心の乱れ。ティアモがマリーの在り方を参考にしたくないと言ったのは、自分にそれだけの力が無いと分かっているから。仮に、それだけの力があるのならば、誰も殺さずに守りたい人達を守り続ける道を誰だって選ぶ。


「私は、守らないと……!」


 殺し続けるしか無いと思い殺し続けた少女を、阻んで誘惑する理想の道。そこに踏み入る事を願っているなんて、僅かでも認めるわけにはいかなかった。認めたらきっと、剣は手から滑り落ちてしまうから。


「もう、斬るのは嫌でしょう?」


 マリーに心を読む能力は無い。だが、ティアモの心はよく読める。自らの出生を隠す為、出来る限り接触を避けても、彼女が優しいと分かっていたから。人を傷つければ、それ以上に自らの心を傷つけ、誰かを殺せば永遠と悔やむ程に、ティアモは優しいと知っていたから。


「私が、貴方の業を終わらせてあげる。望まぬ人斬りは、強がりはもうやめなさい」


「……私は、戦わないと……!」


 限界でようやく拮抗していた剣が乱れれば、一気に押し返されるのは当たり前の事。守る範囲を限定して尚、ティアモの動きは確実に誘導されていく。そうだと分かっていても、その動きをしなければ四肢が削がれるのだ。


「っ!なんで、ここに……!」


 マリーの思考を必死に読み取ろうするティアモの系統外の範囲に、いきなり怒りが飛び込んできた。その主に、彼女は今日何度目かの驚きに包まれる。


「誰かを殺すことから逃げて、他者に苦痛の生を与えて満足に浸る潔癖症『勇者』が、重たい十字架背負って必死に生きてるティアモを馬鹿にするんじゃねえ」


 それは服を夥しい血で染めながらも、剣舞に割って入ってみせた、灰色の髪をした騎士だった。


「あらジルちゃん。中々に痛烈ね」


「剣の主人が決めた生き方を馬鹿にされたような気がしてな。それに、今日の俺は仲間を守れなくて荒れてんだよ」


 重傷を負いながらも剣を持つ手に震えは無く、剣技だけに至っては、ティアモとマリーの二人を依然凌駕している。


「お前、その傷……!」


「後でな。こいつが先だ」


 一気に傾いた形勢に、『勇者』は炎の刃を弾き飛ばして回避を強制する事で、強引に距離を開かせた。僅かな会話の隙にティアモがジルハードの傷を気遣うが、彼はその心配を斬って捨てる。


「……私は、その苦痛の生を与える事に責任を感じているわ。けれど、敵対する者全てを殺す事なんかよりはずっと、正しいって私はこの道を信じてるの」


「残念ながら、俺らはあんた程イカれた系統外を持ってねえんだ。苦痛の生の責任も重いだろうが、殺す方がもっと重いってなんで分からねえ?あんたもそう思ってるから、逃げてんだろ」


 互いの心情を理解出来ないと、剣を向け合うジルハードとマリー。


「力不足だからと、実現を最初から諦めるのはどうかと思うのだけれど」


「守れねえ範囲まで守ろうとして、全て取り零せと?」


 殺さずに守り、一人でも多くの命を救おうとする理想に満ちた道。殺してでも守り、確実に大切な物の命を救おうとする現実的な道。その二つを絶対と掲げる二人は、決して揺らぐ事も交わる事も無い。


「ティアモ。優しいお前が人殺しを辛いと思うのは、人斬りの俺でも見て分かる。けどな、お前がこの道を進むと決めた覚悟は、そんなもんだったか?出来もしないような理想に揺れちまうような、脆い覚悟だったか?」


「……望まない戦いを強要するの?現に彼女はもう、人を殺したくないと言っているようなのに。きっと、君達の姉もそんな事は望んでいないわ」


 振り向き、人を殺す事を勧めるようなジルハードの叱責を、マリーは姉の名前を出して咎める。


「いい加減にしろや。あいつをお前が語るんじゃねえ。殺すぞ」


「失言だったわね。謝るわ」


 途端、ジルハードから溢れ出た殺気は、『勇者』の背筋を震え上がらせる程濃密で、触れてはならない箇所を踏み荒らしたと悟らせた。


「……ティアモ。お前の剣は、もう折れたか?」


 侮蔑の視線をマリーへ向けた後、優しい声で震える剣に問う。


「確かに、奴の道は誰もが憧れる理想だ。実現できるのなら、誰だって選ぶ……だが、俺らにそれは許されていない」


 理想の道は、現実によって阻まれる。いくら憧れても、決して出来ないとジルハードは突きつける。マリー程の壊れた系統外があってようやく、それは実現に近づくのだ。


「守りてえもの、もう一度思い出せ。手を汚す価値があると思ったから、俺らは罪を背負うんだろ。それ以外に守れねえから、誰かを殺すんだろ」


 己が剣を振るい、誰かを殺す理由を思い浮かべて、ティアモにもそうしろと命じる。それが、彼女達の出発点だから。


「今思い出して、それでも辛いって言うなら遠慮無く言え。そん時は折れていい。俺が、後を全部継いでやる。そしてお前も守ってやる。けど、そうじゃ無いなら、迷っているなら、見てろ」


 剣をもう一度握り、『勇者』へと鋒を挑発するように伸ばす。ティアモを守る背中には深い傷があるというのに、いつもと変わらず大きく見えた。


「俺らの道の方が、強いって事。『勇者』に勝って証明してやる」


 重傷の騎士が、愚かにも『勇者』へと挑む。決して譲れぬ道の為。迷う主人の為に。


『残傷』


 勇者マリー・ベルモットが所有する系統外。相手につけた傷を自由自在に操作する能力。剣でも魔法でも事故でも故意でも、この系統外は適用される。


 傷の操作とは、マリーの意思によって彼女がつけた傷の深さを変えられるということ。マリーが完治を命じるのなら、骨が折れていようが腕が千切れていようが即座に再生する。治癒魔法の法則である欠損以上の負傷であっても、問題なく完治する。


 逆に不治を命じたのならば、その傷は何年時が経とうが治癒魔法をかけようが、塞がることはない。例えかすり傷であっても出血が止まらないようにし、死に至らしめることもできる。


 この系統外の恐ろしさは他にもある。マリーがつけた傷ならば、マリーが死なない限り永遠に系統外の支配下に置かれるという点だ。仮に一度傷を受けて治ったとしても、彼女と敵対した瞬間に傷口が開くように操作されることもありえる。一度大きな傷を受けるすなわち、マリーに対する永劫の敗北とほぼ同義である。


 攻撃を与えた瞬間に完治させることで、まるで攻撃がすり抜けたように見える。が、しっかりと傷は記録されており、マリーがその気になればいつでも開くことができる。


 また、部位も細かく指定が可能であり、一部の傷を残してあとは塞ぐということも可能。彼女が使う方法を例としてあげると、まず首を剣で断ち切る。動作に関わる神経以外の箇所を同時に完治させることで、死んではいないが、首から下が一切動かない糸の切れた操り人形を生み出すことが可能。


 制限として、当たり前のことではあるが、元々の傷の大きさ以上にはできない。死んでしまった後に完治させても、命は戻ってこないなどがある。


 かすり傷でも死に至らしめ、傷の再生を許さない死神のような系統外だが、使い方によっては反転。決して人を殺さない剣とすることができる。


 誰一人として殺さずに何かを救う。そんな綺麗事を我が正義と掲げた彼女の剣は、後者だった。


 過去に『帝』と呼ばれる存在が、同じ系統外を保有していたという記録が残っている。



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