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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第79話 号令の意味と悪足搔き

「シオンちゃん……」


 痛みに痙攣しつつも意識を手放すまい。そう必死に抗う少女を救えない無力さに、環菜は唇を噛み締める。


「逃げる者がこれだけ少ないとは、ここはいい場所なのだな」


 駆け寄りたくても、駆け寄れない。少女の前に立つ騎士が、日本人を絶対に近づかせないからだ。吹き荒れる風と物理の刃に突っ込んでも、優しく押し返されてしまう。


「あいつは何がしたいのよ!」


 ティアモは何故、シオンにトドメを刺さずに死を待つのか。助けようとする軍人達も傷つけないのか。環菜達には分からない。ただ分かるのは、


「チャンスって事だね」


「シオンさんはまだ、生きてます。助けられる」


「桃田!楓!」


 ティアモの行いは間違いなく自分達の利であり、諦めるにはまだ早いという事。死んだ者は助けられないが、生きていれば幾らでもチャンスはある。何せその0と1の差は単なる1の差ではなく、無限を超えるのだから。


「ごめんね。避難誘導で遅れた。もう大体の人が反対側の壁に集まってる」


「今の状況は、もう聞いてます!」


「なら話は早いわ。なんとかして、シオンちゃんを助ける方法を考えないと」


 違う役目に従事していた桃田と楓ら刻印持ち達も合流し、戦力も増えた。環菜は彼らにシオンを助ける策を乞おうとするが、


「会話を聞く限り、あの騎士は心が読めるんだよね?悪いけど、何か思いつきそうにない者は聞こえない位置まで下がってて欲しい。場合によっては、作戦の中身を知らない人間が必要になる」


 策を講じるのは良い。だが、心を読まれて的確に対処を取られてしまえば、その策は死ぬ。読まれる可能性を避ける為に、作戦の内容を知る者を極力減らしたかった。


「ごめんね。いざという時は君達が、頼りになる」


 その意図を汲んだのか、大多数の人間が環菜達から距離を取ってくれた。仲間外れに不満そうな顔つきの者もいるが、街の為だと割り切ってくれたらしい。


「じゃ、残った者で続けよう。まず確認したいんだけど、あの騎士が心を読める範囲って結構狭いよね?」


 桃田が小さな声量で確認したのは、騎士の能力の制限について。それはおそらく、この勝負の行方を左右する重要な情報だ。


「私も、そう思います。かなりの範囲が読めるなら、最初からあの膜を攻撃するはずです……」


 最初からティアモが策に気づいていたのなら、彼らは爆弾が仕掛けられた門を攻めず、膜を通じてシオンを攻撃するはずだ。この手を取られた時点で、日本人側の作戦は全て崩壊するのだから。故に桃田と楓は、ティアモの心を読む能力が限定的だと推測する。


「詳しいのは分からない。けど、今の俺達が範囲に入っているならいくら策を講じようとも無意味だ」


「その時は、突撃するしかないです。けど、ここが範囲じゃなくて、かなり近づかないと心が読めないのなら、そこは弱点になります」


 だから二人は、心を読まれるから完全な策以外を講じないのではなく、心を読まれない範囲で有効な策を考えようとした。


「でも、シオンちゃんを助けるにはあいつに近づかないといけない。注意を惹きつけている間に、シオンちゃんに自力で逃げてもらうのはできるかもしれないけど……」


 問題は、シオンを助ける為には読心の範囲に入らなければならず、高確率で正面戦闘になることだろう。環菜達も強化を使えるとは言え、あの騎士には束になっても敵わない。場合によっては、シオンを攻撃に巻き込んでしまうかもしれない。


「相手を追い詰める為の地形が、俺達を追い詰めてるんだよね。下は視界も動ける範囲も狭すぎる」


 シンプルに突撃はアリとは言ったが、それは下手な策よりの話。魔法障壁を持たない日本人が狭い通路で列をなして突っ込だ場合、魔法一つで壊滅する可能性がある。


「何とかしてシオンちゃんとあの人を引き離せれば、前後同時の突撃で片方を犠牲にして……いけるかもしれないですが」


 躊躇いつつも楓が口にしたのは、大量の捨て駒によるゴリ押し。最低な案だと分かっていながらも、取れる手段が他にないのならこれを選ぶしかない。代替出来る数十人より、代替不可のシオンの命の方が重い。


「いや、それは最後」


 だが、その策を取るのは本当に他にない時の話だ。より犠牲の少ない策があるのならば、環菜達はそれを取る。


「あの優しくて舐めた真似してくれる騎士相手なら、通じるかもしれない作戦があるよ」


 何か活路はと周囲を見渡した環菜の目に留まったのは、入り口付近に散らかっていたある物体。見つかった光は、嬉しさで喜べるようなものじゃなかったけど、それでも仲間が死ぬよりはマシだった。


「なるほど。いいね」


「……気は乗りませんが、作戦には乗ります」


 環菜の視線で桃田達も作戦の中身を悟ったようだ。桃田は実用性に頷き、楓も渋い顔ながら了承する。


「じゃ、役割分担だけど……まぁここは言い出しっぺの私が」


 この作戦の重要な核となる役割は、非常に危険である。かなりの確率で殉職してしまう事だろう。考えたのは私だからと環菜は手を挙げるが、


「い、いえ私が!」


「いんやダメ。俺がやる」


「あんたら……本当にお似合いよね。でも時間ないから早く決めて。十秒以内に決まらなかったら私がやる」


 二人のお人好しが互いに互いを制し合いつつ、環菜の腕を抑えつけた。カップルとはいえこんな時まで息ピッタリとはと、環菜は苦笑しながら身を盾にして急かす。


「はい。じゃ、俺で決まり。悪いんだけど環菜達で取っってきてくれないかな」


「な、なんで!?」


 手をパンと合わせて速攻早口で決めた桃田に、楓はいつもの気弱さをかなぐり捨てて食い下がる。


「俺は今から説得しなきゃいけないから」


「うい。後は若くて熱い二人に任せて行ってきますよ。か弱い乙女一人じゃ運べないから、何人かついてきてちょうだい。で、作戦を知らない組は無理しない範囲で突撃を繰り返して。相手に殺す気はないみたいだけど、いつ気が変わるか分からないから注意ね」


 楓のいつもと違う反応すら分かっていた桃田の彼氏っぷりに呆れつつ、環菜は矢継ぎ早に指示を飛ばす。長引けば長引く程シオンは死に近づき、助かったとしても後遺症が残ってしまう可能性がある。出来る限り、早く終わらせる必要があった。


 さて、説得の方はと言うと。


「体格的に最も相応しいのは俺だし、何より女の子や大切な人に一番危険な所を押し付けるなんて、男が廃るからね」


 適任は自分であるという理知的な理由と歯の浮くような甘言を織り交ぜ、桃田は舌を動かしていた。「こんな時によくもまぁそんな甘いセリフを」と聞いていた男達のこめかみに血管が浮かぶが、桃田も楓も全く意に介さず。


 歯が浮く甘言だろうがなんだろうが、彼は本気で彼女にこの役をやらせたくなかったから。


「な、なら私だって女が廃るわ!」


 もちろん、それは強気な態度を保ち、胸倉を掴んだ楓も同じ。人に嫌われないように常に気を使っている自分を放り投げ、例え桃田に嫌われようと死なせたくなかったから。


「総員!右向けー右!」


 困ったなと頭を掻いた桃田が発した、突然の号令。二人の頭の距離の変化に気づいた察しの良い者達は一斉に号令に従い、集団行動を取る。察する事が出来ず、何を言ってるのかと思った鈍い連中は、すぐに意味を知る事になった。


「えっ!こ、こんなと」


 号令に従って右を向こうとした楓の顔が桃田の腕で優しく抑えられ、そのまま二人の距離が0になった。それはもう、戦場にはそぐわない行いで、見た者の顎を外すもので、そして楓に効果は抜群だった。


「な、何をして……!?」


「廃っても貰ってあげるから。その為に俺は必ず死なないから。分かった?」


 互いを死なせたくない想いの大きさは同じでも、それを伝える手段は桃田の方が一枚上手だった。


「そ、それって……」


「プロポーズ。じゃ、準備するよ。返事はいつでもお待ちしてます」


 相手の思考をパンクさせるという凄まじい力技で押し切った桃田に、男性陣は敬意と嫉妬と怒りの目を向ける。


「あ、環菜。説得完了したよ」


 例の物体を持ってきた環菜に、桃田は手を振って満面の笑みで説得の成功を告げる。


「説得と婚約おめでとう……いや、あんたらこんな時に何してんの?本当にバカップルは手に負えないわ」


 呆れるを通り越して頭痛が痛いと、環菜は頭を押さえながら祝福を贈る。正直、どう取り扱っていいのか分からなかった。シオンは今も傷ついているというのに、何幸せを製造しているのだろうか。


 戦場の空気をぶち壊し、周囲から様々な感情をぶつけられる桃田だが。


「こんな時、だからだよ。もしかしたら最後になるかもしれないからね」


 彼は笑みを消し、普段からは想像もできない程真剣な表情で装備を取り外し始めた。


「それにさ。達成した先にご褒美があった方が、モチベ上がって生き残れそうな気がするだろ?」


 でも、やっぱり最後はいつもの飄々とした笑顔に戻って、目の前に人参をぶら下げられた方がやる気が出て頑張れると宣った。


「いや、あんたが建てたのお手本すぎるデス旗」


「そんな慣例で幸せ掴む前に死ねるわけないさ」


 綺麗なツッコミを入れつつ、環菜達は着々と準備を進めていく。全く見慣れぬ物で手こずることもあったが、用途が用途。元より完璧である必要もなく、何とか誤魔化せた。


「みんな殺意向けてるよ。銃口に気を付けないと回収されちゃうよ?」


「……そうだね。銃口には、気をつけるよ」


 一気に暗くなった視界で、桃田は身体に刻み込むように呟く。後は作戦の始動を待つだけ。












「中々に諦めないな」


 出来る限り傷をつけないように優しく手加減しつつ、シオンを奪還しに押し寄せる軍人達を騎士は相手取る。その間、彼女の系統外は常にフル稼働していた。


「心が読めるらしいが、同時にかかれば!」


「浅はかだな。その作戦も心も全部、読めている」


 流れ込んでくる無数の心の声を聞き分け、全てに対応する一手を打ち続ける。受け流し、風で吹き飛ばし、剣の腹で意識を奪う。


「生まれてからずっと、この忌まわしき系統外と付き合ってきた。例え何人が相手であろうとも、私が人の心を読み違える事はない」


 制御が出来なかった幼き日に、人の隠れた部分を常に聴き続ける事で培った聴覚は、一人でもこの場の全員でも数百人でも関係無い。


「君達では力不足だ。身体の動かし方もろくに分かっていないだろう」


 変化し続ける思考を読み、それら全てに適した行動を計算して身体を動かし、捌く。思考か身体の限界を超えない限り、ティアモに敗北はあり得ない。そして今の相手は、その限界を超えてこない。


「君達の心を尊敬する。だが弱き者は、守れない」


 痛みにもがくシオンと、自分に向けられた氷剣の担い手を交互に見つつ、ティアモは剣を振るう。氷剣を砕き、隣の男の腕の腱を斬り、奥の男が突き出した氷槍の穂先を飛ばす一太刀。


「すぐに強くなる事はできない。諦めて逃げ、この街を出ろ。運が良ければ、生き残れる」


 常人なら死角であるはずの背後も、ティアモにとっては真正面と変わらない。吹き荒れた風魔法が氷の投げナイフを全て地へと叩き落とし、強化のない者達の動きを止める。


「少なくとも今すぐ私と斬り合うよりは、少しの修練を積んでから魔物と殺し合う方がマシだろう」


 全てに於いて無駄のない行動で、相手の攻撃を逆手に取って追い詰める。それが、ティアモ・グラジオラスという騎士の戦い方だった。


「マシなんかじゃないね!斬り合った先で倒して、助かる道っていう、最高の結末があるんだから!」


 そんな物言いに異を唱え、圧倒的な強さを誇る彼女に壁の上から吠える弱者がいた。


「ほう。それは是非、迎えて欲しい結末だ」


「本当にそう思ってるのかねえ」


 ティアモとしては心から思った事なのだが、読心の届かない範囲にいる環菜には伝わらなかった。行いが行い故、それが普通ではあるが、少しだけ残念だった。


「これから、君を斬らなければならない事も」


「やれるもんなら」


 環菜が挙げた手を合図に、再び人の波が押し寄せる。ファランクスのような陣形で迫り来る街方面、統率も何も無く、ただ迫るだけの門方面。


「数で押し潰す気か。確かに、ここまでの数と戦法は厄介だな」


 先程までとは桁が違う数にティアモは困ったように肩を竦め、自分に到達した街方面の長槍の上に飛び乗り、走って陣形の中へと突っ込んだ。


「ごはっ!」


「いい槍だ。貰おう」


 虚空庫の中に剣を放り込み、代わりに肘鉄を食らわせた男から氷の長槍を奪い取って我が武器に。その槍を陣形の中心で竜巻のように振り回せば、ファランクスは一瞬で崩れ去る。密集したのが仇となった形だ。


「大方、どちらかを相手にしている間にか?その思考もだだ漏れだったぞ」


 僅かに場を離れた間に、門方面の軍人がシオンの手を掴もうと腕を伸ばしていた。だが、そんなの読心を使わずとも読める簡単な展開である。ファランクスを組んでいた者達の心にも、そう書かれていたが。


「シオンは渡さない」


 故に、男の腕に氷槍を間に合わせる速度でシオンの側に帰還。肘を穿たれた男は痛みに崩れ落ち、別の軍人の手を借りて撤退していく。去り際、意図せぬ形でティアモに作戦の内容をプレゼントして。


「ほう、ほう……さっきの男も囮か」


「シオンさん!掴んでください!引っ張りあげあああ!?」


 肘を貫かれた男の心に書かれていた、壁の上からシオンに縄を垂らして引っ張り上げるという作戦に、ティアモは氷槍を振るって対応。穂先が縄を斬り落とし、壁の上の男は驚きと失敗に情けない声を上げる。


「き、きゃあああああああああああああああ!」


 途端、戦場に響いた一人の女性の叫び声。空気が凍りつき、皆が声の方向である門付近へと顔を向け、それを見た。


「まだ、生き残って……!?」


 血に濡れた剣を振り切った体勢で立つ騎士と、地べたに転がる血を流す女性の姿。汚れて凹んだ鎧は爆発に巻き込まれた事を、動く身体は彼がまだ生きている事を証明している。


「ロベリア!?」


 ボロボロの身体で弱々しく剣を振り上げた鎧の騎士の名前を、ティアモが叫ぶ。予測不可能な事態にようやく処理が追いついた日本人達は、一斉に銃口と氷の武器を騎士へと向ける。


「やめろおおおおおおおおおおお!」


「撃つなっ!……遅かった……!」


 助けようと無我夢中で駆け出したティアモの声。騎士の背後から飛んだ環菜の制止の声。そして、止まらなかった無数の銃声が戦場に木霊し、騎士の鎧に数多の銃弾が襲い掛かる。手、足、腹などなど。その中でもある一発は兜を弾き飛ばし、中の顔を露出させる。


「っ!?しまった……!」


「けど、こっちは間に合ったよ。シオンちゃん。ありがとう」


 兜の中で血を吐き出して笑う黒髪黒眼の桃田に、彼に駆け寄った斬られたはずの楓に、ティアモは嵌められた事に気付いた。環菜は傷だらけのシオンの鳩尾を殴って意識を刈り取り、天高く放り投げた。








「読心の範囲外で全身鎧を着れば、あいつは間違うかもしれない」


 環菜が考えた作戦。それは、門付近で転がる騎士の死体から鎧を剥ぎ取って成りすまし、撃たれそうになる事でティアモの意識と身体をシオンから引き離そうというもの。


「そして撃たれそうになれば、奴は一目散に偽物の騎士を助けようと飛んでくるって事ね」


「で、でも本当に撃たれたら」


「もうそれは言わない約束。大丈夫だって」


 鎧を着込んだ桃田の言う通り、ティアモは我を忘れて仲間を助けようと、シオンから目を離してしまった。その隙に環菜が壁から飛び降り、傷ついた少女へと接近。


「カモフラージュの為に、みんなには嘘の作戦を幾つか伝えておく。本当の作戦を知る私達は、最後の最後まで範囲には入らない」


 例え嘘であっても当の本人が信じているのならば、それをティアモは真実として読んでしまう。嘘であった挟み撃ちと縄の二つを、こそこそと隠れていた環菜達が考えた作戦だと勘違いしてしまった。


「シオンちゃんには悪いけど、一番早い輸送方法で運ぶよ」


 後は接近した環菜がシオンの小さい身体を持ち上げ、壁の上へと放り投げればいい。そうすれば壁の上で待機中の作戦を知る者が受け取って走り出し、安全な所へと運ぶだけ。


「その後は全力でケツまくろう。ちゃんと逃げ切って、幸せになりなよ」


 力で劣る弱者が知恵で強者を欺こうと考えた、作戦だった。








「総員撤退!もう何もかも投げ捨てて逃げて!」


 環菜は撤退の命令を出しつつ、武器を構えて騎士と向き合う。あのバカップル二人には言っていなかったが、自分だけが残って騎士を足止めするつもりだった。


「どう?弱者の悪足搔きにしてやら……ちょっと!?」


 弱者は強者を作戦の成功で煽ってタゲを取ろうとする。例え心が読めても、もうシオンに手が届かないと分かれば、ティアモが自分に剣を向けるだろうと考えての事だ。


「待てっ!」


 しかしティアモは環菜になんて眼もくれず、壁の上へと放り投げられたシオンを追跡する。壁に剣を突き立てて一気に身体を引き上げ、一秒未満で壁の上に到達。それは環菜達、剣のない日本人が全く想像もしなかった登り方だった。


「逃さない」


 ぐったりと動かないシオンを担いだ男はまだ、数歩しか走っていなかった。『黒膜』が解けた事により、騎士が己に課した誰も殺さない制約も解けている。


「悪いな」


 距離を詰めたティアモは、男ごとシオンを斬り裂こうと剣を振り上げて、


「あら、謝るのには早いんじゃない?ティアモちゃん」


 その剣を、違う誰かの剣で抑え付けられた。












「道案内ありがとね。数週間と短い間だったけれど、あなたの話は非常に興味深く、タメになったわ。おかげで我が名の務めを果たせそう」


 黒い膜の張られた岩の壁から約1km地点の丘の上。一人の女性が鎧を着ながら、感謝を告げる。本来なら正式に頭を下げたかったのだが、今は一刻の猶予もない。


「いや、こちらこそ護衛してもらった礼を言わねばなるまい。しかしまぁ、正直に言えばあの数相手は引き止めたいのだが」


 感謝された白髪の男は、むしろ金髪の騎士のおかげで道中死なずに済んだと深くお辞儀を返す。地面に向けられた男の顔は、何かに苦悩するように歪んでいたが、騎士はそれに気付かない。


「行かなきゃ、ならないの。私が私である為に」


 顔を上げた男が見たのは、門付近で起きた爆発を映す憂と決意に満ちた瞳だった。


「……いい理由だ。願わくば、そんな君に幸があらん事を。あの騒ぎに間に合うとは思えないが、自分も後から合流するよ」


「あら?心配してくれてるの?」


「女性は守られるだけの存在であれ、なんて身体を割かれても言わないが、無謀はして欲しくないとは思っているよ」


 無事を祈る男に、具足と愛剣の最終確認を終えた女性はからかうように微笑む。街へと突入する騎士の数の一端は、二人が今いる場所からでも魔力眼を使えば見る事が出来た。ざっと数十は下らない人数に、細身の女性が単騎で突っ込むのは無謀だと誰もが思うはずだ。


「無謀を目指さなきゃ、私の理想は叶わない。それに大丈夫。あんな数、全然無謀なんかじゃないわ」


 だが、彼女は怯まない。数十人の精鋭に囲まれた戦いなんていつもの事で、何ならついこないだもくぐり抜けたばかりだ。ただ、いつもの事でなく無謀であっても、彼女は今の自分と同じ選択をした事だろう。


「だって私、 化け物みたいに強い『勇者』で、これから国を相手取るんですもの。また、中で会いましょう」


 旅の最中隠していた素性を明かし、再会を約束したマリーは撃たれた弾丸のように走り出す。その背中はみるみるうちに小さくなっていき、騎士達との距離を詰めていく。


「……『勇者』だったのか。事実上、『試練』を受けていない者には名ばかりの継承だと思っていたが、どうやら間違っていたらしいな。無謀を目指し、国を相手取る。まるで彼女のようだ」


 無意識に動いた手が、眼帯に触れる。マリーの言葉に、共に永きを過ごした最愛の女性の面影が、真っ黒い布の裏に蘇ったから。


「理から外れた強すぎる力に自分達は、我が兄弟達は運命を狂わされた。皆、誰かを救う為に誰かを殺す事しかできなかった。なのに……君は、お前は誰も殺さずに助けようと、その力を振るうのだな」


 マリーの生き方が眩しかった。何故か。『勇者』という事は知らなかったが、あの壁に囲まれた遺跡に行きたい理由を聞いた時に、彼女の正体を知ったから。


「命の略奪による無限の再生、防ぐ事も癒える事も許さぬ致死の斬撃。対峙した者に与える感情を例えられた個体名『マリー』」


 両親や生まれた時の記憶が無いが、マリーは特段おかしな様子もなく息をしている。あの地で生まれて副作用もないという事はきっと、計画は完成したのだ。ロロは己の記憶の中の紙切れに書かれた名前を、彼女が聞こえない所で口にする。


「そんな悲しい名前の由来に反逆し、誰かを守る為に生きている事を、出来なかった兄は誇りに思う」


 試作にして失敗作のロロは、決して噓偽りでない本心で唇を震わせた。


『騎士の鎧について』


 騎士団の権威を示す物差しでもあり、どの騎士団も力を入れる。豪華にするところもあれば、ひたすらに実用性を求めるところも、またはその両立を目指すところもある。中にはそもそも統一せず、各々が自由にオーダーメイドする騎士団も。団の紋章をどこかに刻むのが一般的。


 また、素材もただの金属ではなく、魔法に対する抵抗力の高い、魔力を帯びた特殊な金属であることが多い。これまた騎士団によってそのグレードは違う。


 グラジオラス騎士団の場合は蒼い花の紋章が。カランコエ騎士団には剣を掲げた騎士の紋章が刻まれている。この二つの騎士団に共通しているのは、戦う相手によって二つ以上の鎧を使い分ける点である。


 魔物のような明らかに格下の相手には、万が一の事故を減らす為に重厚で分厚い鎧を。その反対、命を削る強者との戦いでは、急所以外は薄く、動作を阻害せずに素早く動ける鎧を着て戦う。中には、それ以上に細かく鎧を分けている者も。


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