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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第78話 亡霊と揺るがぬ物

 頭がお鍋だった。グツグツと煮えていて、沸騰していて熱い。今にも意識ごと帰化してしまそうな、そんな熱さ。


「はっ……がはっ!」


 痛みを逃がそうと吐いた息と、力を入れた息が重なる。視線と動作のフェイントに引っかかり、大きすぎる隙を見せてしまったせいだ。


「おいおい大丈夫かよ?触れてもねえのに満身創痍だぜ?」


 誤った回避に適切な攻撃を叩き込み、仁の態勢を更に崩した騎士の言う通りだ。斬り合いが続いて二分でもう、仁の身体は崩壊し始めていた。


「抜かせ……お前も傷ついてるだろ?」


 だがそれはジルハードも同じで、仁の血液混じりの言葉通り。いくら技術が化け物の域にあるとはいえ、何倍もの速さで動く仁の攻撃全てを裁き続ける事は出来ない。身体に刻まれた無数の傷、掠っただけで吹き飛んだもも当てがその証拠。


「全身から血を噴き出してるような奴と比べれば、こんなの無傷だよ」


「今から致命傷負わせてや……!?ああっ……げほっ!」


 言葉と現実の切り返しを受けた仁は反撃しようとして、余りの痛みに後退し、距離を取った。だってもう、沸騰していたから。


「くっ……あっ、茹だって、やがる……」


 頭がお鍋だった。頭蓋骨と頭皮が鉄鍋、脳が具材で血はトマトスープだ。度重なる三重刻印の使用で、頭が無茶だと叫んでいるらしい。余りの頭痛に僕へ呼びかけても応答は無く、耐え切れなかったであろう痛みが俺へと流れ込んでいる。


「耐えろ、俺……!僕……!」


 跳躍し、着地の際によろけて千鳥足に。ぐらつき、大きくなったり小さくなったりする視界に映った自分の身体には、あちらこちらに切り込みのような線が出来ていた。無茶に動かして、無茶に治すこのサイクルに身体がついてきていない。だからこんな風に、血が出る程の肉割れが量産される。


「本当にやべえな……こういうの、チャンクって言うんだっけか?」


 仁が逃げた先で態勢を崩した隙を、ジルハードは逃さない。中段の構えから一気に足を送り、少年の胸元を狙う。迫る鋒。しかし、仁の軋む身体はまるで、縄に縛られたように言う事を聞いてくれなかった。


(ねぇ、ここで死んじゃうの?)


(どうせまた、守れねえよな)


 ただ、頭痛の声は遠慮なしに脳内でシンバルのように叫びまくる。それは仁が作り出した想像にして幻聴にして罰にして、確かなもの。


(まだ、だ……まだ死なないし、守る)


 あの日に守れず、己の為に多くを犠牲とした。そんな男がまた、何も守れずに死んでいく様を嘲笑う声に、自分に言い聞かせるような否定を。


(全く、僕が助けてあげたんですよ?頑張ってください)


(分かってます。だから、あなたみたいに頑張ります。酔馬さん)


 詰めの甘い作戦で死にそうになった仁を庇った本物の『勇者』の声には、尊敬の色を乗せた誓いを。


(がっはっはっはっはっは!その意気だ虎の子ぉ!……守ってやってくれ)


(もちろんです。必ず、守ってみせます)


 仁に全てを託し、勝てぬ相手に狂気を用いて時間を稼いだ英雄には、絶対に応えようと決意を。


(そうだ!色街の娘らを頼んだぞ!あまり稼げんかった奴に飯を奢れ!儂からの命令だ!)


(死んでも相変わらずですねぇ!?)


(……承りました)


 死んだ幻覚の中ですら生前と変わらずうるさい二人の声に更に募る罪悪感と、安心感。誰かを救うのも、色街の娘達にご飯を奢るのも、ここを切り抜けねば叶えられない願いとなる。


(救わなきゃ。守らなきゃ。助けなきゃ。救え、助けろ守れ……!それ以外に、俺の存在価値はない)


 引き伸ばされた時間で交わした亡霊との会話は、仁の強迫観念を更に強めていく。思考のノートが風に吹かれたようにめくれていく。そしてそのスピードに追いつくように、彼の頭は考えた。


「訂正だジルハード」


 血の滴る両脚に力を込め、『限壊』を発動。全身から血が噴き出し、痛みが高まっていく。身体が引きちぎれそうになる。だが、『限壊』は発動した。鎖で縛られて動けないなら、その鎖を引き千切るように無茶に無茶を重ねた形で、身体を動かした。


「釣り!?」


 人外の域まで強化された視界で、ゆっくりと歪んでいく騎士の顔に心の中で否定する。今のは、本当に動けないと思った。だが、頭の中の声が、グツグツと煮立っておかしくなりそうな意識の中でただ一つ揺るがない物が、セーフティを外した。これ以上動くと壊れるというのなら、壊してでも動かそうとした。


「関係ねえ!」


 しかし、ジルハードは予想外の事態にただ驚くだけの男ではない。剣の軌道と身体の向きを、繰り出した突きの中で微調整。『限壊』の速度で駆け出した仁に合わせてきた。このまま突っ込めば、少年の顔の中心を剣が貫く事だろう。


「こういう状況は!」


 やはり、恐ろしい技術だ。この差を今すぐ縮めるには、生存と目的の配分を変える他にない。そう、今まで死なないように割いてきた動きを捨て、ジルハードを殺す為だけに使う。


 命を、一度捨てろ。


「捨て身か。いいぜ」


 このまま進めば顔の中心に穴が空いて死ぬ。だが、このまま突っ込んでいけば、ジルハードの身体にも風穴が空く。仁は回避もせず、ただ一直線に愚直に、突っ込んだ。


「チャンスって言うのさ!」


 しかし、ここで死ぬ訳には行かない。まだ、救わねばならない人たちがいるから。途切れかけていた僕の意識が一瞬だけ覚醒して口を奪い取るまでに、その想いは強かった。


 だから、命を拾え。


 目と鼻の先、剣がある。身体を動かして避ければ、速度が落ちてしまう。だから仁は、首を一度右に動かし、すぐに左へと傾けた。


「くそがっ!」


 彼ならきっと、避けた方向に剣をずらすと信じていた。だから仁の右のフェイントに引っかかり、余裕が出来た。


 ゴキリと首から嫌な音が鳴る。頬の骨がガリガリと削られる振動がスープと鍋を揺らす。耳が炎に突っ込まれたかと思ったら、溶けて消えた。否、斬り落とされた。全身が無茶で焼けるように熱かった。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 だが、まだ生きている。仁の身体は動いている。意思がある。痛いのは、生きている証拠だ。


 斬り落とされた耳が地に転がる前に、仁は手の中の氷刃を突き出す。『限壊』によって勢いの乗った刀身はジルハードの胸をあっさりと貫き、彼の身体が家にぶつかるまで運び続けた。


「がはっ……!」


 物理障壁が壁にぶつかり、ようやく止まる。レンガに障壁越しにもたれかかり、口から血を吐いたジルハードには、驚く事にまだ息があった。ギリギリで身をよじって、致命傷を避けたのか。


「死ね」


 だが、これで終わりではない。仁は体内で氷刃を爆発させてトドメを刺そうするが、


「死なねえ」


 剣を虚空庫にしまったジルハードが、胸に突き刺さった氷刃を素手で握り砕いた方が早かった。


「これっでも……足りない……のか……!」


 揺れて溺れて、一瞬飛びそうになる意識を仁は強引に繋ぎ止めるが、その一瞬は大きかった。再び剣を虚空庫から引っ張り出したジルハードが、家の壁に穴を開けて屋内へと逃げ込むには充分な程に。


「はっ……はっ……」


 背中から出した氷の尾を防御へとシフトさせつつ、仁は今のジルハードの行動に感謝する。あの一瞬を突かれていれば、意識は飛んだまま帰って来なかっただろう。


「……おえっ……ジルハードも、だいぶ……来てるな……」


 そこの判断を読み違えたのは、彼もかなり危ないという証明だ。血を吐きながら三重の治癒で身体を癒す仁は、決着が近いことを悟る。


「仁!深追いは!」


「障壁の……固定を、引き続き……!げほっ!あなた達が、鍵、なんです……」


 頬と耳からだらだらと、全身からじんわりと血が流れているのが自分でもわかる。その傷を見て止めに来た堅に、痛む首を動かして彼らの役割の継続を頼み込んだ。その瞳に宿る意思に堅は躊躇い、止めることが出来なかった。


「僕……まだ、行けるな……」


 顎が痛くて上手く発音が出来ず、口から出てきたのは前より更にくぐもって遅い声。


「……ん」


 それでも、半身故に心で通じたのだろう。帰ってきた微かな声に頷き、俺と僕はふらりふらりと幽霊のようにゆっくりと歩いていく。向かう先はジルハードが逃げ込んだ家の中。


 腐った食べ物、かき集められた衣類で出来た寝床など、どうやら誰か住んでいたらしく生活の跡がある。しかし、そこにジルハードの姿はどこにもなくて。


「そう、来たか」


 仁の身体から滴ってるものではない、もう一人分の赤い点々が導く先は二階への階段。世界がぐらつく中、僅かに躊躇う。


「やりにくいな」


 一階なら、まだ軍人の銃口で囲みやすい。しかし二階ともなれば、近くの建物の二階、もしくは三階に軍人を配置しなければならないだろう。少し時間が欲しいし、何よりあの粗悪な銃で当たるのだろうか。


「かと、いって……これ以上は……」


 だが、待っている間に屋根伝いに逃げられてしまえば、仁の計画は破綻する。手負いのジルハードがシオンに勝てるとは思えないが、時間を稼ぐ事くらいは出来るはず。


「……救わなきゃ。守らなきゃ……だから、行くしかない」


 選んだのは、単身での戦闘。窓の外の柊へ、身振り手振りで二階に行く事を伝える。頷いた彼は、部下に違う家の屋根に登れと指示を出してくれたようだ。銃を持った数人が室内へと入っていく。離れた場所であの性能の銃では焼け石に水だとは思うが、無いよりはマシだ。


「問題は、どうやって、勝つか」


 一歩一歩、階段を登りながら考える。予め用意しておいた銃と仕込み爆弾は決定打にならなかった。防御を投げ捨てた捨て身も削りはしたものの、命を奪うまではいかなかった。


「やっぱり、ああするしか、ないか」


 だが、策はないわけではない。一個だけ、戦いの中で考えたもので、今だからこそ使えるものがある。ハマりさえすればきっと、ジルハードに届くはずだ。代償は、計り知れないけれど。


「……ここ、だな」


 血の雫は、階段を上がってすぐ左の部屋の扉の前で途切れていた。廊下を注意深く観察するが、他に血は落ちていない。この部屋の中に、彼はいる。


「待ち伏せは、間違いない」


 考えられるのは、扉を開けた瞬間の爆発と斬撃。その両方に対応できるよう、仁は分厚い氷盾を展開しつつ、氷刃で扉をぶち破った。


「ドンピシャ」


 扉に穴が空いた瞬間、爆風が氷盾を襲う。しかし、盾は亀裂が入りながらも耐えきってその役目を果たし、見事仁を守り抜いた。爆発の規模が小さめだったのは、部屋の中の発動者を巻き込まない為だろう。


「行くぞ」


 数十秒くらいなら戦えるまで回復している。これ以上時間をかけるメリットはないと判断し、室内へと一気に踏み込み、


「……どういう事だ?」


 見渡して、誰もいない部屋に驚愕した。外されて壁にもたれかかった梯子と、外から見えなかったロフトや存在、その床は廊下の天井の上にあるという位置関係に気づき、


「こういう事だ」


 ロフトの床をくり抜いて廊下に降り立ったジルハードに、背後を取られた。


「くっ……!」


 屋外とは違って狭い。背後を取られては、剣を防御に掲げながら振り返る事も出来ない。故に、仁は回避を選んで斜め横に飛び跳ね、ひしゃげて壁にめり込んだ梯子へとぶら下がった。


「射程、圏内!」


「逃げ場ねえだろ!」


 仁は爆発で高温になった金属を火傷する事も構わず掴んで、不安的な梯子を天井近くまで駆け上る。ジルハードは部屋に入り、浮遊しても逃げ場がない空中へと、圧縮された炎の槍の狙いを定める。そして、互いが見つめ合う。


 氷の尾と炎槍が部屋の中央で衝突して溶かし、打ち消し合う。だが、陣を合わせて二枠のジルハードに対して、仁の刻印は三枠。残った一本の氷の尾がいくつもの氷刃へと細かく分離し、騎士の身体へと向かう。


「隠れても無駄だ」


 手負いの身体では多すぎる数を捌ききれないと悟ったのか、ジルハードは勉強机の下に逃げ込んだ。だが、氷刃は仁の意思によってその軌道を変え、横から机の下へと回り込む。


「いいや、無駄じゃないさ」


 瞬間、炎の壁が勉強机の隙間を覆い隠した。密かに狙っていた机を貫いて迫る氷刃も、木の板を抜けた先の炎に焼かれて蒸発して防がれた。


「言い換える。悪手だ」


 身体が凍てつく感覚に襲われながらも、仁は氷の靴を創成し、机を踏み抜こうと急降下。しかし予定より早く、宙へと持ち上げられた机にぶつかってしまう。このまま踏み抜いても危ないだけだと、机を足場代わりにして扉付近まで後退。


「そのまま踏み抜いてりゃ良かったのに」


 机の裏に仕込んであった火の玉が小規模な爆発を起こしたのを見て、仁は先の選択が正しかった事を確認。あのまま踏み抜いていたら、脚が消し飛んでいた。


「そうすりゃ、楽に……美しく死ねたかもしれねえのによ!」


「悪いが、ここが死ぬ場所じゃない。だから苦しく、醜くても足掻かせてもらう」


 代わりに飛んできたのは、コンパクトだが致命傷足り得るジルハードの斬撃。距離を詰められ、入り口付近で剣を合わせて受け止める。


「やってみろ」


 『限壊』でジルハードより早く攻めようとして、彼の言葉と剣の感覚で気づいた。


「そんな大振り、引っかかるに決まってんだろ」


 ここは室内。いつものように剣を振るえば、壁に当たってしまう。だから先のジルハードの斬撃のように、コンパクトに振るわねばならない。だがそんな芸当、彼に比べて素人の仁が咄嗟に出来る事ではなかった。その代償は、剣の達人を前にして晒した無防備という形で支払われる。


「素人が」


 致命傷ではなかったにしろ、胸を貫かれて激痛に襲われながらも彼の技術は健在。面ではなく、室内に適した点の攻撃の突きが仁の首に迫る。


 Q.どうすれば、次に繋がる?


 A.叩っ斬る。


 本能や反射を越えるような速さの思考だった。もしかしたら『限壊』は、思考回路にも影響を及ぼすかもしれないとどこかで思う程の。


「ああああああああああああああああああ!」


 二重の古い『限壊』を解放。筋肉が膨れ上がって悲鳴を上げ、傷と対価に更なる力を引き出し、壁をぶち壊してジルハードの突きをねじ伏せた。


「ふざけろ!?」


 素人の予想外の行動に、剣を叩き落とされた達人の攻めが僅かに止まる。普段の彼ならすぐに次に移れたかもしれない。だが、今日の彼は胸に小さな穴が空いていた。叩き落とされた時の衝撃が傷に響いたのか、判断が鈍ったのかは分からないが、それでも、止まった。


「俺、君……!いまだ!」


 ここしかない。


「ああ!俺は救わなきゃならない!」


 千載一遇のチャンスだ。俺と僕の思考が重なり合い、現実で身体は動き出す。壁と命を削りながら、仁は『限壊』で刃を振るう。


「こいつ……壊れた腕で!」


 もう、ここを逃せば自分は戦えないと分かっていた。だからもう、後の事なんて全く考えずに、二重の『限壊』を乱用する。壊れた腕を治す事もせず、ずたずたになるまで振るい続ける。


「僕は絶対に守らないといけない!」


 負傷しているジルハードは、全てを完全に受け流す事はできなかった。一手ごとに、一気に不利な形勢へと押し込まれていく。


「「託されたんだ!だから、仁は絶対に助けるんだよ!」」


 痛みでスパークしていて、何が何だか分からない。ただ、ぶっ壊れた意識の中に残るみんなの声と、決して揺るがぬ一つの仁の核を言葉にして叫んでいる事だけは、はっきりしていた。


「生憎だが、俺も託されたものがある」


 呼応するかのように、ジルハードの剣の鋭さが跳ね上がった。本気を出していなかったわけではない。ただ、ここが騎士に取っても、絶対に譲れない場所だったのだろう。


「こんなところで、くたばるわけにはいかねえ!」


 彼の魂の叫びと共に火の玉が、創られる。同時に氷刃が障壁に弾かれた様子を見た仁は、悟った。この火の玉の規模は大きく、避けねば大爆発にて爆死。しかし、避けたらもう仁は動けない。ジルハードはここぞという時に、急な障壁の切り替えという札を切った。


「待っていた」


 前と同じ。今度こそ、仁が待ち望んだ状況。ジルハードは罠にかかり、掌の上でくるくると踊り出した。


 狭い室内故に、横から回り込むのに蹴るのは地面ではなく壁。だが、瞬きより早く仁が回り込んだジルハードの背後にも、火の玉は陣によって当然のように創成され、対策されている。


「一度見たのは、通じない」


 だが、その対策は一度見ているものだ。火の玉を三重刻印の硬さ重視の氷の球で覆い尽くし、圧し潰す。内部で爆発が起こり、破片が僅かに仁の身体に突き刺さるが、それだけ。空中で腰の鉄剣を引き抜いた仁の攻撃は継続。


「なんかしてくるとは、思っていたぜ……!」


 しかし、ジルハードは片足を軸に、少年を中に収めた円を書くように剣を振るう。騎士は、戦いの中で仁が奇策を弄する事を知り、対策の対策を取るであろう事を予想していたのだ。


「……は?」


 だが、その円は空を斬った。背後にいたはずの少年がいない事に惚けた声を上げたジルハードは、己を覆う影にようやく気づく。


「後ろだよ」


 バック宙でジルハードの上を飛び越えた仁は、今度こそ騎士の背後に着地。仁も、信じていた。ジルハードが己を高く評価し、対策を打ってくれるであろう事を。ならば、用意しよう。対策の対策のその対策を。


「いいぜ!弾け飛べ!」


 しかし、背後を取ろうと火の玉の爆発に巻き込まれる事に変わりはない。ジルハードの両面に、火の玉は置かれているのだから。


「ああ、弾け飛んでやる。右脚だけな」


「君一人に足一本、安いもんさ」


 魔法を起動させようとするも、爆発は起こらない。何故かとジルハードは目を走らせて、彼の言葉で少年が何をしたか理解する。


「踏み抜いた……!?」


 仁の右脚の膝から下が消え、床に穴が空いていた。バック宙の着地の際に火の玉を踏み抜き、圧縮しきる前に爆発させていたのだ。脚が吹き飛び、床に大穴が空いたが、仁はまだ死んでいない。剣を振るうことができる。


「俺はお前を殺して、俺の世界を……救う!」


「がああっ……!」


 今度こそ振るわれた上段の一撃は、ジルハードの背中を大きく斬り裂いた。肩からぬるりと押し入って背中を通り、腰の辺りで刃が抜ける。貫通こそしなかったものの、相当な深手に違いはない。


「はっ……」


「まだ、倒れないのかよ」


 にも関わらず、ジルハードはまだ倒れなかった。崩れ落ちそうになりながらも、両の脚でしかと立つ。その目に宿る光は、未だ潰えず。片脚が消失したせいで踏ん張りがきかず、致命傷には届かなかったのだろう。


「がはっ……化け物が」


「ごほっ……やり、やがって……!」


 互いに限界。それでも剣を構えようとしたところで、近くの空。壁の外で信号が上がる。色は、黄色。


「まじかよ……」


 その色を呆然とジルハードは眺め、一瞬迷った後、


「……ここでは、死ねねえか。次会った時は、必ず殺す。桜義 仁」


 仁に背を向けて、強化を使って屋根の上を走り、逃走した。


「おい、待……」


 追おうとするも、気力だけで立っていた仁の身体はもう動かない。意識は暗い海の底へと沈んでいった。


『爆発魔法』


 属性魔法の炎魔法から派生。圧縮した火球を創り出し、解き放つ事で周囲に爆風と熱を発生させる。極めて稀なケースだが、必要な物質や要素を魔法にて創成し、爆発させるという手法も存在する。


 非常に特異な魔法で、習得にはかなりの炎魔法に対する適性と訓練を要し、扱える者はそう多くない。が、その分威力は絶大。


 段階を踏む及び、魔法は発動者を害さない法則の例外として有名。


 風を圧縮して放つ魔法は、「風を圧縮して放つ」でセット。しかしこの魔法、実は「炎を圧縮する」と、「炎を解き放つ」の二種類を連続発動することによって「爆発させる」魔法なのだ。


 故に、圧縮の段階から集中と対象をずらさずに、解放まで流れるように繋がらなければならない。普通の魔法にはない感覚であり、訓練が必要な理由はそこにある。


 なぜ、こんな面倒な発動方法になっているか。実は既存の普通に爆発を起こす魔法を発動させるよりも、こちらの方がひどく効率が良かったからである。取って代わられた形だ。ちなみに、例の「浮遊魔法」と開発者は同じ。


 今後、普通に爆発を生み出す魔法の方が効率化された場合、こちらはお役御免になる可能性が非常に高い。理由として、今から述べる発動者を害さない法則の魔法の例外に該当するからである。


 魔法を発動する際、発動者の身体の周囲に魔力の膜が構成される。これから発動する魔法の威力を削ぐ膜なのだが、爆発魔法の場合はこの膜の展開が間に合わないのだ。


 「炎を圧縮」の段階で膜は張られ始めるが、この膜が防ぐのは「圧縮された炎」のみ。ここから「解放」の段階への移行速度が非常に速く、また爆風も速い上に威力も高い為、「解放された爆風」の威力を削ぐ膜の十分な展開が間に合わないからである。


 とはいっても、魔法障壁と合わせて使えば完全に遮断できる為、そこまで不便な魔法ではない。むしろ高威力にして高速、設置してから任意のタイミングでの起爆など、使いこなせれば非常に強力な魔法であり、習得しようとする者は多い。


 ちなみに、大抵の者が身体の近く、手脚の先に発生させるのが精々。ジルハードのように剣の先や身体から離れた場所に発生させるのは非常に制御が難しく、難易度が高い。


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