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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第73話 終点と限界


「信号魔法の色は赤か。これだけ派手に暴れて出て来ねえっては事は、いねえって事だろうからな」


 骨と肉が散乱する地面を払い、全身を血で染めた騎士は土の上に腰をつけた。仲間達が空に上げた赤い光は、警戒していた脅威がこの場にいない事を示す色。いずれ突入する本隊が、この街を絶滅させるだろう。負けはない。


 しかし、勝ちが確定して当初に想定した脅威がいなくとも、


「……過去最低の戦だって、認めてやる」


 精神も肉体をも削られた戦いを思い出し、額を押さえて傷に治癒魔法をかけて癒していく。最中、轟音が辺りに鳴り響き、展開しておいた物理障壁の背後に何かがぶつかった。


「ちっ……警戒は、しておったか」


「まだ生きてやがったのか。まぁ癖だ。戦場でだまし討ちなんざ当たり前だからな」


 銃弾が飛んできた方向へと向き直り、合ったのは、死体の影から覗く銃口と鋭い熊のような眼光。終わったと思ったのは、どうやら勘違いだったようだ。


「てめえらは皆殺しにした。多少苦戦はしたものの、大きな傷も負ってねえ。けど、見逃した」


 血にどっぷりと濡れた己の剣と、血に塗れていながらも軽傷で済んだ己の身体を見て、見えない少年の姿に彼は悔しげに吐き捨てる。紙切れ数十枚を切るのに、十分近くもかかってしまった。これだけの低戦力に苦戦したのは、初めてだった。


「全方位を肉壁に囲まれて、どっからでも銃弾と氷刃がかかってくる。それこそ、人の腹を突き破ってだ」


 時間が稼げると思えば、仲間の命さえ捨てる狂気。いくら仲間を殺しても恐怖に怯える事はなく、大切な人の死という更に大きな恐怖に当てられ、襲い来る軍勢。


「ここに残ったのが俺でよかった。他の奴らじゃ、ちょいと荷が重い。ここまでの狂気に晒されて怯まない程、優しくない奴らじゃないからな」


「良い事を聞いた。全員がお前のように強くはないんだな?」


「まぁな。俺に勝てるのは騎士でも数人くらいだろうよ」


 ニヤリと真っ青な顔で笑う隻腕隻脚の指摘に、ジルハードは真実を持って返す。


 間違いなく、他の団員だったら精神的に傷を受けただろう。もしかすれば、未だかつてない戦いと狂気に隙を見せてしまい、死者が出た可能性もある。


 狂気に耐えられるだけの強靭な精神を持ち、尚且つ異様な戦場に即座に対応し切ったジルハードだからこそ、生き残れた。


「本当に、嫌な勝利だったよ」


 それでも、切った唇から香る血の息を悲しげに吐き出す。目的を成し遂げる為に人道を捨て、狂気に堕ち、罪を重ね、血に手を汚し、希望を繋ごうとした日本人に彼が抱くのは、敬意と哀れみの入り混じった奇妙な感情だ。


「いや、儂らの勝ちじゃな。何せ虎の子は助かった」


 「がはははは」と、仲間の骸に囲まれた蓮は大口を開ける。しかし、その眼は笑っていない。痛みではない、大粒の涙が溢れかえっていた。


 死に行く蓮とジルハードがこうして話をしているのは、敬意のせいだ。何かを守ろうと戦うのは、自分も同じだから。同じように、誰かを犠牲にしてしまった事があるから。その事を、死ぬ程悔やんでいるから。


「いんや。俺らの勝ちだ。何せ今から俺は、この手であのイかれた奴とシオン・カランコエを叩っ斬る。悪いな」


 そして、そうまでして守れない蓮達に、同情したから。


「はっはっはっはっはっはっ!吐かせ。今頃儂らの虎の子は逃げる準備をしているだろう!次の為にな!」


「確かに逃げられたら不味いな。んじゃ、道草はこの辺にするか」


 どちらが勝ったかを二人で張り合い続けて出た結論は、仁の生死と彼が未来を救うか否か。もう少し話したい気持ちはあったが、この壁の外に逃げられたら探すのに少し手間がかかる。任務を優先したジルハードは剣の血を払い、蓮へと近づいて行く。


「斬る前に、聞きたい事がある」


 首を刈り取る前に、ジルハードは口を開いた。時間は惜しい。だが、どうしても聞かなければならないと思った事だから。


「なんじゃ?逃げ道は教え」


「名を」


 それは名前。弱者の名前は覚えないジルハードは、彼に名を問うた。強者として、覚える為に。


「……ほほっ!睡城 蓮だ。まぁ、踏み台と言ったところか」


 ただ純粋に聞きたい、心に刻みたい思いが表れた声音と眼に、蓮は驚きつつも己の名と役割を口にした。


「本当は、そこらに転がる踏み台全員の名前を知りたかったんだがな」


「全員分かるぞ?なんなら、今から教えてやろうか?」


「日が暮れちまうし、奴が逃げちまう。だから、代表としてお前の名前だけを覚えておくよ」


 行いと弱さが生んだ強さは全員分、名前は蓮一人分だけ、ジルハードは覚えた。この場で死んだ部下の名前を全員分かるという、なんでも虎の子呼びをする普段とはかけ離れた記憶力に、最後まで好感を覚えていた。


「忌み子じゃなかったら勧誘してたぜ。蓮」


「……そういう世界だったら、どれだけ良かったのかのう……」


 互いに決して叶わぬ願望を語り合い、そして刃が肌に触れる。


「じゃが、この世界はこの世界。だから、この世での最善を、儂は尽くすまでよ」


 瞬間、蓮の身体を氷が覆い、指はボタンを沈ませて、内側から弾け飛んだ。それは、懐に隠した物理の爆発によって氷の破片を高速で吹き飛ばし、ジルハードの障壁をぶち抜く、命を捨てた最期の一撃。


「……げほっ、だろうな」

 

 しかし、死体の臭い混じりの爆風が晴れ、現れたのは先と変わらぬ姿のジルハードだ。


「何にもせずに、ただ黙って死ぬ訳ねえよな」


 あんな戦い方をした奴らを率いた蓮が、何もしない訳がないと予想していた。故に、首を落とさず蓮を全力で飛び越え、氷の進行方向から外れた位置へと避難した。


「最後まで誰かの為に、か。美しい死に際だったよ。睡城 蓮」


 爆発自体は障壁で防がれ、傷一つ与えられなかった。実に、無意味な自爆だった。だが、ジルハードはその事を一切嗤わなかった。蓮が数秒前まで生きていた場所に、剣を墓標として突き立てた。


「さて、やりますか」


 悪いとは思ったが、止まる訳にはいかない。何事にも優先順位というものがある。


 予備の剣を引き抜き、別れた仲間との『伝令』の範囲へ。逃げた仁を探す為、ジルハードは走り出した。












「……」


 揺れている。自分を背負う男の脚に合わせて、身体がぐらぐらと。落とされないように、少しずつ力が入るようになってきた腕でぎゅっと、服を握り締める。


「仁のアニキ。シオンさんの所に三葉と双葉を向かわせやす」


「二人は、入り口とは反対の方角の壁を乗り越えて逃げてください」


「近くに一般人も避難しているはずだから、出来る限り連れて行ってあげてくださいっす!」


「頼む」


 そして、自分を背負って運ぶ、確か一度会った事がある運送業の四人の言葉に、心が揺れていた。


 彼らが蓮から聞いていたのは、仁とシオン、そして出来る限りの人数を壁の外へと避難させるプラン。


(方法としては、間違っていない)


 シオンが倒れるまで『黒膜』を展開し、その間に反対側の壁まで移動できていれば、門から入ってくるしかない騎士達と大幅に距離を取ることができる。代償で傷を負っても、ヴァルハラヘルヘヴンに担いてもらえば移動は問題ない。


 街の中にいる騎士の数が僅か五人である事も考えれば、一切の戦闘無しに逃げる事は十分に可能だろう。入り口の反対側の壁の外に、騎士達が待機していなければの話だが。


(けど、その先に未来は無い)


 逃げる方法は間違っていない。間違っているのは、逃げるという選択肢だ。


 日本人はこの壁の外で生き残れない。仮に大人数で外に出ても、魔物に襲われ死ぬか、騎士に追いつかれて殺されるか、食糧が無くなって餓死もしくは殺し合いで滅ぶ。


 例外はある。刻印を刻んだ数人から十数人くらいならば、仁とシオンが守る事でなんとかなるかもしれない。いざという時にこの選択肢を選ばざるを得ない事は、分かってはいる。全員滅ぶより二十人でも生き残った方がマシだ。


 だが、本当にそれは、守ったと言えるのか?


「……まも、らなきゃ……」


「アニキ。分かりやすが、無理なもんは無理です。今の俺らに出来るのは、出来る限りを逃す事だけなんです」


 口に出した思いは、現実で否定された。事実、彼の言う通りである。


 シオンと膜と入り口の仕掛けで本隊の騎士達を足止めしつつ、戦力を削る。壁の中へと侵入していたごく少数の偵察部隊を仁が『限壊』を使って撃破し、シオンと入り口で合流。そこからは軍の銃や、爆弾を用いた狭い入り口という局所的な戦闘で勝利を収め、撃退するのが仁の作戦の筋書きであった。


(みんなを助けるには、これしか思いつかなかった)


 膜に多大な攻撃を撃ち込まれないか。果たして、シオンと仕掛けだけで足止め出来るのか等、いくつもの賭けの要素があった不安定な作戦だった。そしてその賭けの内の一つ、仁が壁内の部隊を制圧できるかという重要な賭けに、負けてしまった。


 今はまだ本隊が侵入していないが故に、失敗には見えない。だが、本隊が入り口を攻め出し、シオンが防衛し始めた時に、この負けの影響は大きく出てくる。


(遠距離からシオンが魔法を、軍が銃弾を撃ち込んで近づかせずに削り続けるはずだった)


 入り口を狭める事で、人数差の影響を出来る限り減らし、物理と魔法のガード不能攻撃を命中させやすく。地の利を活かした戦い方で、何とか多大な戦力差を埋めようとした。


(でも、挟み討ちされたなら、シオンは壁内の敵に手を回さなきゃいけない。そうなったら入り口を守り切れる訳が無い)


 しかし仁が負けた今、壁内の敵は野放しだ。入り口が苦戦していると分かれば、彼らは援軍に向かうはず。そうして魔法の攻撃が消えれば、騎士達は物理障壁で悠々と壁内へ入ってくるだろう。特にジルハードなんて、シオンが敗北する可能性すらあり得る相手だ。


 この事態を防ぐ為に、仁が壁内の敵を倒す必要があったのだ。


「アニキは、悪くないっす。あいつらが強かった、だけっす」


「守れる範囲しか、人は守れない」


「限界は誰にでもある」


 しかし、負けた。作戦は崩壊した。もうこの街は、騎士達に蹂躙される未来しか無い。現状の最善は少人数を逃し、大勢を見捨てる事。


 その事を彼ら四兄弟は理解していた。仁が負った責任も、分かっていた。だから、慰めてくれた。


「違う!ここはまだ、限界じゃない!」


 だが、その慰めは届かない。だって、仁はまだ諦めていなかったから。


「でもアニキ!」


「タイムリミットはまだだ。本隊はまだ攻めて来ていない。ジルハード達も、シオンとまだ戦っていない!」


 無茶は諦めろという言葉を無視して、仁は思考のノートを引っ張り出す。そこに書かれていくのは、今現在の状況。


「まだ時間はあるはずなんだ。シオンが壁内の敵と会敵。そして、入り口が攻められた時が本当の終わりだ」


 現状の最善?それは、把握できている現状の中での最善だ。もっと、視界を広げろ。思考を回せ。弱い自分が救える範囲の限界をぶち壊したいと、願っただろう?


「それまでに何とかすればいい」


「俺は、助かった。傷も治ってきてる。まだ、戦える」


 終わりを回避するのは簡単だ。シオンと壁内の敵が会敵しないようにすればいい。当初の予定通り、制限時間内に仁が壁内の敵を倒せばいい。一度負けたからといって、再戦の機会と時間がないわけではないのだ。


「けど、アニキは負けたじゃないすか!今度負けたら、みんな死ぬんですよ!現実を見てください!」


「現実?見てるさ!」


「その上で何とかする方法を探してんだっ!俺は!」


「僕は!全部救いたいんだよ!」


 四人からは現実的な方法を選んでくれと怒鳴られた。でも仁は、現実を見ていると、そこから現実的な方法を探していると怒鳴り返した。


「俺達は託されたっ!俺達を守る為に!次に繋げる為に、蓮さん達は死んだんだ!」


 涙を流して、耳元だって関係なく叫ぶ。酔馬の時と同じだ。希望である仁を助ける為に、次に繋ぐ為に、大切な人を守る為に、蓮達は死んだ。


「そうだけど違うっす!あれは、助けられる範囲を助けてって!」


「分かってる!だからこそ、正しい範囲を見極めようとしてるんだよ!」


 もう負けだから、被害を少なくしようという託され方なのは、分かっていた。だが仁は、そうでないもう一つの方に重きを置いた。


「次は勝つって蓮さんは言った!ここで勝てば!助かる人間の数は段違いだろ!?」


 救える範囲を救え。故に、仁は負けたが、全てに負けた訳ではないと。まだ逆転の目は残っていると。そしてその逆転こそ蓮達が望んだものだと、受け取ったのだ。


「諦めた先の選択肢はそれでいい!だが俺は、諦めなかった先の逆転の選択肢を探す!」


 仁の叫びに黙り込んだ兄弟を思考から搔き消し、「勝利条件は壁内の敵を撃破」と書き込み始め、その為の方法を模索する。


「確かに『限壊』じゃ勝てなかった。けど、悪くない線はいってた」


 ジルハードに仁の剣は届かなかった。しかし、全くの不意打ちで『限壊』を叩き込んだ時や、四肢をぶっ壊した『限壊』の連撃は、後少しだった。


「シオンに本来の『限壊』の使い方の為に、刻印を増やしてもらう?」


 決して悪くはない。ただ、先程不完全とはいえ『限壊』で失敗した事を考えれば、不安は残る。


「もっと確実性が欲しい。これが最善だと決め付けたくはない」


 思い出せ。技術的にシオンやジルハードが圧倒的に格上な事は分かっている。だから、二人が苦戦した部分を、褒めた部分を思い出せ。


 シオンは目的の為なら腹に穴を開ける、形振り構わない奇策と想像力、身体の把握を褒めてくれた。ジルハードも『限壊』の連撃という、余りの痛みと後遺症で常人には真似できない奇策を褒めた。


「『限壊』をずっと使い続けるのは、無理か……?」


 騎士の言葉から思いついたのは、常時使用型の『限壊』。一撃だけ強いのを撃ち込んでも、彼は防ぐ。だが、それがいくつも重なれば?あの時、ジルハードが受け流した仁の剣が『限壊』の速度で動いていたら、どうなった?


 騎士の次の防ぐ手より、仁の次の攻撃の方が早い。ガードさせた側が有利な攻撃を続けられる事を、ジルハードは怖がっていなかったか?


「……ダメだ」


 しかし、連撃するには四肢を犠牲にする他ない。そしてその方法は、すでにジルハードが防げる事が証明されている。最低でも一分くらいは動けないと、決定打にはならないだろう。


「そ、その、『限壊』ってなんすか?」


「身体が耐えられる限界を超えて強化して、何倍もの速さで動くっていう、魔法です」


「けど、負担が大きすぎて使った後は筋肉が張り裂けるのがネックで……だけど、どうしたんだい?反対してたのに?」


 さっきまで反対し、今まで黙り込んでいた四兄弟からかけられた声に仁は目を見開く。聞かれるがまま『限壊』の特性を説明し、理由を問えば。


「……アニキの話に、なるほどと思っただけですよ」


「某らも、全てを救いたい」


「思いつかなかったら、逃げればいいっす」


「けど、最初から思い付かないと逃げるのは、男じゃない」


 帰ってきたのは、四つの当たり前の答えだった。希望が見えないから諦めるのであって、希望があるのに諦めたい人間はいない。大切な何かを失いたい人間なんて、いる訳がない。最初からろくに考えずに諦める事を良しとする人間は、いない。あれだけ重い物を託されて、守れないと諦めるなんて、かっこよくない。


 下を向いて走っていた彼らは、仁の言葉にお天道様を見上げて前を向き、協力し始めた。


「負担が大きいなら、あんまりかからないようにするってのはどうなんすか?」


「力入れすぎなら緩めて八分目くらいにしては?」


「速さを減らして、継続を取るってことか」


 確かに、二重の全力発動の速度は凄まじかったが、持続性はない。あれは初めて故に加減が分からずに全力で使った結果であり、持続性にもう少し配分を増やすのは悪くない。そもそも普通の強化でさえ、加減を間違えれば身体を壊すくらいなのだ。


「その、傷が大きくなる前に魔法で治しちまうのは?」


「右腕の後は、左腕。次は脚って交互に……」


「もうそれはやった。けどそんなに早く治癒は……いや、負担を減らす分治りは早まるから、傷が大きくなる前?」


 一度使った箇所に『限壊』は極力避ける、二回使って更にボロボロになる前に治癒をかけたのは、さっきジルハード戦でやった事だ。壊れた左脚に治癒を二つかけつつ、強化一つと氷の刻印二つで戦い続けた。


 幾つかのワードが結びつき、形を成していく。囚われた価値観を、四人の新しい視点がぶち壊して、想像の幅が広がっていく。


「試す価値は、ある」


「機会もあるし、とりあえずはこれで行こう。急がないとダメだからね」


 出来た形はまだあやふやで、実現可能は定かではない。しかし試運転をするにしろ、一旦シオンの所に戻って刻印を刻んでもらわねばなるまい。


「依頼を変更して欲しい」


「俺達を、シオンの所へ頼む」


 行き先を入り口の反対側ではなく、入り口へと変えるように四人に頼み込む。


「勝算は、あるんですね?」


「無かったら、やらない。考えている戦況を作り出せば、きっと勝てる」


「……承りました」


 この配達の依頼に、蓮の指示を曲げる価値はあるのか。その確認に仁は、しっかりと頷いた。全員を救える可能性が一番高いのは、この賭けだ。


「双葉、三葉。先に行ってシオンへ仁が向かっている事を伝えろ」


 仁を背負っている一葉に命じられ、二人の弟が情報を届ける為に加速して先行する。


「必ず、救う」


「僕らは、守らなきゃならない(・・・・・・・・・)


 憎しみ、怒り、悲しみ、助けたいという想い。様々な感情が入り混じった、涙の跡がある少年の目は、ただ一点の未来だけを見つめていた。それはもう、曇りもなく真っ直ぐに。


「だから、間に合ってくれ……!」


 赤い光が空に打ち上がったのは、入り口に着く数分前だった。












 赤い光が上がってから数分が経っても、騎士達はまだ入り口へと辿り着いてはいなかった。壁から乗り込むつもりだったのか、『魔女』や『魔神』を警戒したのか分からないが、入り口から離れた場所に潜んでいたようだ。


「仁!大丈夫なの!?」


 予め来ると知らされていた少年が到着し、容態を診たシオンの第一声は心配の言葉だった。実際、まだ治りきっていない部分はいくつもあり、左脚に至ってぷらんと力なく垂れ下がっている。


「問題ない。どうせ行きで全部治る」


「だからシオン。刻印の増量をお願いするよ」


「……まだ、戦うの?」


 『行き』という単語と刻印の注文に、仁より酷い顔の少女はもう泣きそうだった。


「たくさん、悩んだんだな」


 仁が失敗した未来を、分かっていたのだろう。負けた少年の事も心配で、たくさんの人を助けられないのが分かって罪悪感に胸が潰れそうで、きっと心がぐちゃぐちゃになっていたのだろう。


 そして仁に、一度負けた敵を相手と戦って欲しくないのだろう。


「シオン、安心してくれ」


 だから彼は、笑ってみせた。


「勝てそうな方法を見つけた。勝てば、まだ分からない」


「まだ、負けてないんだ。まだ、救えるんだよシオン」


 少女の不安を少しでも取り除けるように。もう勝てないと思い、守れない未来を悔やんでいる少女の、希望になれるように。


「……本当に、勝てるの?」


「勝つよ。だって託されたから」


 敗北は許されない。命を捨ててまで託された事を投げ出して、彼らの死を無駄にするなんて、絶対に。


「みんなを、守れるの?」


「守るよ。だって次は勝つって、約束したから」


  震えた声の確認に、強い口調で言い切った。


「……分かった。みんなを守れる可能性があるなら、乗る」


 彼女もまた、賭ける者。全てを救える可能性があるのなら、ローリスクローリターンを蹴り飛ばす。


「必ず勝って。そして死なないで。約束よ」


「ああ」


「分かったよ。互いにね」


 銀の剣が、約束と共に新たな刻印を刻んでいく。身体の痛みなんて全く大したことはなくて、でも心はずっと軋んで悲鳴を上げていた。


(守らなきゃ)


(救わないと)


 最中、仁の胸の内にあるのは、自分の為なんかに死んだ『勇者』達の姿。


((その為なら))


 酷い皮肉だった。仁は大切な何かを失う事で、『勇者』として完成に近づいていくのだから。




 物語の雰囲気にそぐわない後書きとご指摘があり、作者もそのように判断しました為、削除しました。

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