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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第72話 虎の子と虎


「蓮さん……?」


「おう!大丈夫か虎の子よ!うむ!生きておるな!ならよぉし!」


 巨体に比べるとおもちゃに見える銃を構え、蓮は口だけを仁へと向ける。いつもと変わらない勝手な口調だが、彼の表情は見た事がない程真剣で、熊のように獰猛だった。


「なんで来たんだい!早く逃げてくれよ!」


 このままここにいれば、蓮は殺される。いや、彼だけではない。仁の後ろにずらりと並ぶ、何十人もの軍人達もジルハードにとっては案山子でしかない。


「そらぁ約束したからな!お前が守った虎の子は、この街は俺達が守ると!だから逃げん!」


 それでも彼らがここに来た理由は、仁も分かっている。仁を本物の英雄だと信じているからだ。彼らは命を賭して希望を守ろうと、ここに立っているのだ。


「……俺は、ち……」


 違うと否定しようとして、冷静な思考が言葉を飲み込ませた。仁が偽物だと分かれば、彼らは見捨てて逃げてくれるだろう。例えどんな罵声を浴びせられようと、銃で撃たれようと、彼らが助かるのならその道に価値はある。


 だが、


「おい、てめえら。それは戦闘の意思ありでいいな?」


 ジルハードの前に立った時点で、生存は絶望的。僅かながらに対抗できた仁は役立たず、シオンは門の前を離れられずの現状、彼らの意志を全うさせた方が冷静に見れば良いのではと思考は計算した。


 自分が生き残る事を最善と弾き出した己に、その為に蓮達を犠牲にしようとした計算に、吐き気が止まらない。


「……くそっ!」


 揺れる。常識で考えれば、仁をここから逃がす為に、騙したまま捨て駒として使う方が理に叶っている。雑兵よりは『限壊』を使った仁の方がまだ、可能性はあるのだから。


(どうすれば、いいのさ!)


 仁が真実を叫んでももう遅い。それどころか何も守れずに、この場の人間が皆殺しにされる未来しかない。


 選べ。騙したまま、捨て駒として彼らを使う道か。真実を話して、死ぬ道か。


「「俺は、僕はまた……!」」


「ああ、すまねえ。そうだった。俺は元から全員てめえら殺すつもりだった。さっきここにいた俺の仲間が大丈夫だって確認したら、信号魔法あげて本隊呼ぶからな」


 ぎろり。凍てつくような視線が、燃え盛る炎のような殺意が、立ち向かおうとした心に恐怖という火傷を負わせた。生物としての本能が賢く理解させられた。間違いなく、この男はピラミッドの上位に属する。


「けどまぁ、俺としてはそこの……誰だっけ?『傷跡』を早めにぶった斬りたいんだわ。そいつはイかれてる」


 それでも、ここに駆けつけた軍人達は誰も背を向けなかった。その事実に騎士は気怠そうに剣先でトントンと靴を叩き、思い出せないと頭を掻く。


「もう一度、今度は忌み子でも分かるように、分かりやすく言葉にして言うぞ?てめえらを斬る手間なんて紙切れ一枚と変わらねえ。つまり、何も変えられねえ」


 ジルハードは深いため息の後、同じだけ息を吸い、


「生きている事をもう少し噛み締めたい奴らは、楽に死にたい奴らは、ここから立ち去れ」


 最後の警告を、剣先と共に向けた。侵略者、虐殺者としての罪悪感から来る、彼なりの優しさなのだろう。


「戯け。戦うにしろ引くにしろ、どちらにしろ死ぬんじゃろ?だったら、良い死に方をするに決まっている」


 朗らかにして呵々大笑。いつも明るいはずの蓮の声が驚く程低く、ドスの効いた声へと変わる。そこに含まれるのは不退転の決意。


「そうかい。まぁ、だろうな。負けると分かっている戦いに来るなんて、馬鹿しかいねえや」


 例え死の恐怖に脚が竦もうと、誰も引きはしない。後悔している者もいる。泣いている者もいる。それでも、逃げはしない。逃げるなら、職務を放棄した一部のようにもう逃げている。


「がっはっはっはっはっは!馬鹿には違いないが、負ける為に来たのではない!次に繋ぎ、いつかの勝利の為に来た!」


 ああ、今度はいつもの声だ。いつもの、明るい馬鹿笑いが戦場へと響き渡る。それは不思議と、その場で凝り固まりそうになった軍人達の緊張を解していく。


「ああ!儂等は負けるじゃろうな!」


 数十人対一人。多数に無勢に見えるが、実際の戦力差は真逆。魔法素人。障壁も無く、強化を使った近接戦闘に慣れていない軍人では、ジルハードに勝つ可能性は無いに等しい。負けて、死ぬ。目に見えた結果だろう。


「だが、意味が無いわけではない」


 しかし、死ぬだけではない。死んだ先、見る事の叶わぬ未来に必ず繋がる。この死には意味がある。仁を救うという意味が、ある。


「この一手は必ず未来を傾ける。虎の子を虎へと成長させる。そして虎は、いずれお主らの喉笛を噛み千切る」


 故に、負けると分かっていても戦える。敗北と骸を重ねた道の上を歩く誰かが、必ず勝利を勝ち取るから。


「儂は、儂らは仁を信じとる」


 故に、死ぬと分かっていても立ち向かう。その誰かが仁だと信じているから、立ち向かう。


「蓮さん。俺は!僕達は……!」


 自分を信じた蓮の言葉に、勝てぬ相手に銃を構えた彼らに、涙が溢れ出た。偽物を信じたまま託し、死に行く彼らへの罪悪感で作られた、液体だ。


「俺達、は」


 言え。こんなに信じてくれた人間を、最後まで欺くのか?


「……っ」


 言うな。最後に何かを信じたまま、逝かせてやれ。


 相反する思いで、また心が割れそうになる。彼らにとってどっちが幸せなのかなんて考えても分からなくて。どっちが正しいのかも、仁には答えを出せなくて。


「いつっ」


「仁が倒れたと聞いて、連れてきて正解だったわい」


 ぶっ壊れた手脚に鋭い痛みが走る。蓮が、仁を優しく抱き起こしたのだ。


「四兄弟。儂らの希望を運んでくれぬか?」


「その配達、承りましたっす」


「命に代えましても」


「この街の希望は届けます」


 力を保ったまま、別の巨漢の背中に移された。仁と輸送者を盾のように囲う三人の男達は蓮へと敬礼し、依頼を承諾する。内容は仁を安全な場所まで運ぶ事。代金はこの街の未来。


「出来るな?失敗は許されんぞ?」


「俺ら、戦場から天国地獄までお届けするって謳ってるんですぜ?必ず、絶対に、約束しやす」


「うむ」


 仁を背負う長兄からの安全の保証に、蓮は満足そうに頷きそして。


「だから街を、みんなを頼んだぞ。桜義 仁」


 最後に仁の頭を優しく撫で、とても優しい顔で、少年に全てを託した。


「……」


 真実を言うか、言わないか。選ぶべき答えなんて、分かってる。未来のある方しか選んではいけない。どれだけ自己嫌悪に塗れようと、彼らが嘘を信じたまま死のうと、少しでも先がある方を選ばなければならない。


「……ごめんなさい!ごめん、なさい!」


「そこは安心しな!とか言ってくれると、気が楽なんじゃがのう」


 だから真実は言えなかった。泣いて謝る事しか、出来なかった。


「ほら、勇気を出せ。嫌かもしれんが、見捨てて次に繋ぐ事もまた勇気だ。行け。救う為に、今は逃げろ」


 顔をグシャグシャに崩して、必死に言うのを堪える仁にそれだけ言うと、蓮は騎士へと向き直る。


「待たせたようだの。できれば後百年程、待ってくれればありがたいんじゃが」


 四兄弟が走り出すまで待ってくれた彼へと、蓮は冗談交じりの礼を述べる。


「爺さん通り超して死んでんじゃねえか。まぁ、別れの挨拶くらい構わねえさ」


 対するジルハードの態度は余裕の一言。どうせすぐに殺せるという、自信に満ち溢れていた。


「早いか遅いかの違い、だからなっ!」


 会話の途中で一気に足を踏み出し、背中にいる仁へと一目散に駆ける。不意を打った形となった急加速と突きは、銃や魔法で止められるものではなかった。


「油断、大敵っ!」


 しかし、その一撃は蓮の手によって防がれる。照準を合わせる暇も、発動の暇もなかった。そう確信して、突きを放ったはずだった。だが、予想外の手立ては残っていた。


「そう来たか」


「何としても止めるぞ。腕で数秒買えるなら安いわ」


 蓮の幹のような右手の中心を貫いて、ジルハードの剣は止まっていた。強化を用いたとてつもない筋肉の締め上げで刃は動かず、剣を握っていたジルハードは勢い余って転倒しそうになったほどだ。


「狂ってんなぁ」


 文字通り、蓮は己の手でジルハードの一撃を受け止めた。それはまさに、自分の身体を一切省みない死兵の戦い方そのもの。


「紙切れ一枚。充分じゃろ?」


 ニヤリと笑って、刻印の刃と銃口を向ける蓮の表情は、修羅か悪鬼と同等に恐ろしい決意に満ちていた。


「数十枚斬る間に、仁は逃げるぞ。別れの挨拶の間に斬らなかった事、存分に悔いるがいい。この勝負、儂らの勝ちじゃ」


 そして、蓮の後ろで肉壁を築く彼らもまた、蓮と同じ何かを決めた表情だった。


「ああ。そうかい」


「ぐっ……!」


 銃口から弾丸が発射されたと同時、魔法剣で蓮の右手を肩からバッサリと斬り落とし、腕が刺さったままの剣の柄を握ってバックステップ。銃弾は物理障壁、彼方此方から何十と押し寄せる氷の刃や槍は、蓮の腕がついた剣と魔法剣で全て打ち落して対処。


「てめえら、死ぬまでここ通さねえつもりか」


「もちのろんだ!」


 剣の先の腕が原型を留めぬ程ボロボロになるが、ジルハードは対照的に無傷。着地と同時に走り、追撃で投げられた氷の剣やナイフを置き去りに。一歩後の地面に、弾丸と刃が無意味に打ち込まれていく。


「なら、死んで道開けてくれよ」


 スナップを効かせて腕の残骸を振り払い、肉壁の群れの中心へと、飛び込んだ。


「はっ……」


 首を天高く刎ね飛ばし、一人目。二人目と三人目は同時に炎の槍で仲良く肉を焼いて串刺しに。隙ありと見間違え、剣を振りかぶった馬鹿で四人目を両腕を肘から斬り落として無力化したところで。腕に鋭い痛みが。


「ははっ!」


 敵が密集している場所に単騎で躍り出たのは、同士討ちを恐れて魔法と銃を控えるだろうと予測したからだった。それが、どうだ。


「本当に、哀れだな」


 鋭い痛みの正体は、同士討ちなんて気にせずに振るわれた氷の刃。ジルハードにとって死角、死にかけた味方の腹を貫通させるという、同士討ちを前提とした氷刃だった。


「ははは……!」


 気づけば、笑っていた。腹を味方に貫かれたというのに、笑っている男の顔がくるくると舞うのを見て。操り手である頭を失い、身体ががくんと崩れたその裏、味方の腹を貫いてジルハードに一撃入れた男が、逆に腹に穴を開けられ、泣きそうな顔をしたまま死ぬのを見て。


「ははははは!あはっ!本当に……!」


 己の首を貫いた刃を、最後の力で握り締めて離さず、剣を捨てざるを得なくした男の目から光が消えるのを見て。死体を盾代わりに突進してきた男が、死体と共に爆発に巻き込まれて吹っ飛んだのを見て。


「イカれてやがる……!」


 いくつもの戦場を経験したジルハードでさえ、異様と感じる戦い方だった。己の命だけをなげうつ死兵は何度も見た事がある。だが、今のように味方の命さえなげうつ兵など見た事がなかった。


「こんな戦い方、初めてだ!」


 引力が強くなったように、右脚だけが動かない。なぜかと下を見れば答えはすぐに。先ほど爆発に巻き込まれて半身を失った男が、ジルハードの脚を障壁ごと死に物狂いで掴んだまま、動かなくなっていたのだ。


「……ちっ」


 炎魔法で死んだ手を焼き切って脱出。殺到した氷刃を姿勢を低くすることで躱し、代わりに後ろの軍人が串刺しに。低くしたついで、何人もの脚を斬りつけておくのも忘れない。


「そんなに、守りたいのか」


「ああ!」


 ジルハード達が何かを守ろうと戦っているように、彼らもまた、守る為に戦っていた。汚したくない味方の血で手を汚し、命を捧げてでも守ろうとしていた。


「家族が、ぐっ」


 大切な何かを守ろうとする人間ほど、こうして命を粗末にする。自分が一番大事じゃないから。自分の命より大事なものが、彼らにはあるからこそ、こうして死ねる。


「だから、通さねえ」


 腹を貫いて、引き抜けなくなった。刻印で身体ごと剣を氷漬けにされたから。絶命した男に刺さったままの剣はもう使えない。仕方なく予備の剣を引き抜き、今は何本目かと数えようとして、やめた。


「ああ、くそ」


 おかしい。調子が悪い。ジルハードは思う。例え命を犠牲にしていようと相手は素人。いつもの自分ならこの程度の妨害、いともたやすく断ち切れるはず。それだけの技術があるというのに、腕が重くて剣は鈍。既に何本も剣をダメにしてしまった。傷も増えてきた。


 自分が斬りつけて流れた血か、それとも日本人が日本人を斬りつけて流れた血か、もう分からない。


 ただでは死なず、死なせず。仲間の死さえ利用する。醜く、汚く、見るだけで吐き気を催すような醜悪な足掻き。だがそれは、常識では考えられない場所からの攻撃と妨害を可能にし、ジルハードを翻弄していた。


 弱いが故に、死体と間違いを成功への塔のように積み上げるしかない。そんな、戦い方だった。















 街の壁の外。数人を偵察隊として送り込み、森に姿を隠していたティアモ達本隊は、


「あの膜は、なんだ?」


 突如街を覆い尽くした巨大な黒い膜に、全員が度肝を抜かれた。黒色の巨大な魔法など、『魔神』と『魔女』を思い起こさせるには十分すぎる。


「『魔神』か『魔女』がいるなら!」


 偵察隊が危ない。そもそも、ティアモは少数での派遣に反対だった。サルビアに一矢報いた忌み子相手にあの人数ではと不安だった。なのに、俺だけで十分とジルハードに押し切られてしまった。


 本当は理解している。街の中に化け物がいた時、被害を最小限にする為に、たった五人での偵察隊を編成したのだから。彼らを、向かわせたのだから。


「私は、行かないと!」


 それでも、自らが送り出した騎士を見殺しにするわけにはいかない。ティアモは装備を確認し、街へと走り出そうとする。


「落ち着いてください団長!村人の話じゃ、シオン・カランコエと『傷跡』らしき少年の姿は確認出来たとの事ですが、『魔女』や『魔神』、『勇者』については何も聞いてません!」


「大丈夫っす!もし『魔神』や『魔女』がいたなら、襲撃をかけた村人を生きて返すわけがないっすよ!信号魔法を待ちましょう!」


 団員達はその肩を掴み、団長の暴走に冷水のような論理を浴びせ、待ったをかけた。ティアモはどうも、味方の危機と見るや否や、考えるより先に身体が突っ走る傾向がある。組織のトップとしては不合格だが、ちゃんと引き止められる部下がいるなら、


「……悪い。いつもの癖だ」


「そろそろ落ち着く事を覚えてください。いくら恋人さんの危機といえど……」


「なっ!?」


 この通り。ティアモは自身の非を素直に認め、今度は指揮官らしく、もう一度戦況を見直す事ができる。ついでにいじられるのはご愛嬌だ。


「あの村の人間は、嘘を言っているようには見えなかった」


 グラジオラス騎士団があの街の存在を知ったのは、シオンの捜索の最中に立ち寄った村で聞いた話からである。


「忌み子殲滅の際、莫大な魔力と類い稀なる剣術を持った頬に傷のある女の忌み子と、魔方陣を身体に刻んだ男の忌み子に制圧され、生きたまま追い出された」


 そう騎士達に情報を与えたのは、かつて街を襲って堅の家族を始めとした日本人の命を奪い、シオンと仁によって打ち負かされ、少女の嘆願によって命を救われた村人達だった。恩を仇で返すとは、まさにこの事。


「ま、また襲撃したり何かしたらこの村を潰すとの事で、けど奴らを殺さねえと『魔女』と『魔神』が復活して……」


 とはいえ、シオンの甘さが裏目に出たという訳ではない。大岩に忌み子の街があるという情報は、村の皆が知る所。殲滅に出て行った人間達が生きてようが死んでいようが、特に変わりはなかった。


「分かった。貴殿らからの情報提供であった事は明かさない。礼も後で秘密裏に送るように手配する。では、目的地は決まったな?」


「やっと尻尾を掴めたってもんだ」


 びくびくと怯えて語る、爪がない男性の話を聞いたティアモ達はすぐさまを村を立ち、『魔女』と『勇者』の抗争で生まれたとされる大岩を目指した。


 そうして、この場所についたのが今日の夜明け。しかし、着いてかの大岩を見た瞬間、ある不安が湧き出したのだ。


「似ている」


 サルビアから聞いた、マリーの目的地の特徴である岩壁に似ている。その時点で、考えていた突入での殲滅作戦は消えた。代わりに『勇者』の有無を確かめ、囮の役割を果たす偵察隊を送り込んで様子を見、上がった信号魔法の色で突入か、更に大きな編成で挑むかを決める事にした。


 『魔女』か『魔神』がいるなら黒。『勇者』なら黄。シオン・カランコエと『傷跡』だけなら赤。誰もいなければ緑の手はずだった。




 そうして今に至るのだが、まだ信号魔法は上がっていない。偵察隊が未だ、標的の誰とも会えていないという事か。


「あの膜があるなら、村人達は侵入させないはず。つまり、あれを使える人物が壁の中に入ったのは襲撃より後と考えていい」


 だが、こちらにも情報はある。外から状況を観察し、ティアモが思考を巡らせた先に辿り着いたのは、やはりどの化け物かが街の中にいるというもの。


「……もどかしい」


 『黒膜』は中が透けて見える為、信号の見分けはつく。しかし、それまで動く事はできない。『勇者』であるならまだ対処できるが、『魔女』か『魔神』のどちらかなら、撤退せざるを得なかった。


 服をぎゅっと掴み、ティアモは街と黒い膜を睨み続けた。










 一方その頃。壁の内側の門の付近。


「シオン様。爆薬の設置開始します。突貫工事なんで、幾つか不発になるかもしれないですが……」


 最寄りの軍施設から運ばれてきた爆弾の設置作業に、ようやく入り始めたところだった。


「ありがとう。衝撃で物理の爆発を引き起こす箱が土の中にあるんでしょ?それなら、私が魔法で衝撃を与えて起爆できる」


 敬礼をした男に感謝と不発弾のほんわかした対策を述べた後、シオンは騎士達が未だ攻めてこないことに胸を撫で下ろす。


「代償は、今のところほぼなし」


 壁の内側から何発か『黒膜』に魔法を撃ち込まれたが、すぐに止んだ。おそらく中の誰かが強度確認に撃ち込み、そう簡単に破れないと悟ったのだろう。


 代償としてシオンの左脇腹とアキレス腱が少し焼けたが、数発だけだった為戦闘は容易だ。すでに治癒で治りかけている。


「仁の言った通り、中に『魔女』がいるって勘違いして警戒してくれてるのかしら?そのまま帰ってくれればいいんだけど」


 松明を沢山並べ、人が多くいると見せかけ撤退させた戦国時代の逸話のような仁の作戦が、非常に上手くハマっていた。壁内の偵察隊も壁外の本隊も、結論を出す事が非常に難しくなっていたのだから。


「これなら、爆弾の設置はなんとかなるかも」


 シオンが魔法で地面に開けた穴へ爆弾を隠し、もう一度魔法で土を被せていく。一個あたり十数秒で終わる事を考えれば、後数分で十分な数を撒けるはず。


「大丈夫、かな」


 だとすると不安は、あの少年の事だった。これが最善と分かっていても、やはり騎士を五人も相手取るのは無茶なのではと、考えてしまう。


「シオンちゃん!」


「環菜さん?」


 そう思った矢先、慌てて走ってきた環菜に嫌な予感が脳裏に横切った。彼女の表情が、一刻を争うような情報である事を先に告げていたからだ。


「仁が敗けた!負傷して今ここに運ばれてる!」


「だ、大丈夫なの!?」


「多分、大丈夫らしいけど……!」


 そしてその嫌な予感は見事に的中し、シオンの心に大きな動揺と迷いをもたらした。


 しばらく敵が来ないかもしれないここを一旦放置し、街の中の騎士達を片付けるべきか。しかし、離れている間に騎士が来れば、一瞬で突破される。仁の事だって心配で、急いで治癒に向かいたい。


「どう、したら」


 そもそもの戦力差が違いすぎて、全ての事には対処はできない。それでも、無謀にも全てを助けたいから少女は迷う。


「あれ、何?」


 そしてそんなシオンを、運命は待ってはくれなかった。


「信号魔法……」


 環菜が指を指した先で、赤い光が弾け飛んだ。


 物語の雰囲気にそぐわない後書きであると指摘がありましたので、作者もそのように判断しましたので、削除しました。

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