表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
82/266

第70話 死闘と問い

 

「おいおい。よろけてんぜ?大丈夫か?」


 騎士は剣の鋒をくるくる回し、瞬きの間に自身の後ろへと移動し、転びそうになった少年を煽る。


 仁だって、先の行為の愚かさは十分に分かっている。二重発動という馬鹿みたいな強化をすれば、身体が耐えられる訳がない。筋肉が裂けたのは間違いないだろう。


「ふっ……ぐ……心配してくれて、ありがとう」


 苦しげに笑い、痛みに呻く声を上げる。筋肉の断裂は普通の治癒魔法で治すにもそれなりにかかるだろう。その間、痛みに襲われ続ける不自由な脚で戦う事を強いられる、はずだった。


「固定すれば、戦えなくはない。漫画の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった」


 刻印を発動し、右脚を氷で覆い尽くして強引に固定。枠は一つ潰れるが、これなら動かせなくはない。


「……痛そうな顔をしたと思ったら、涼しげな顔になりやがった。さっきの三重発動も痛くねえってほざいてたが、痛みを無効化する系統外か?」


「近いけど、違う」


「よく分からんねえなぁ」


 痛みなど感じていないような声音と顔に一転した少年に、騎士は分からないとばかりに灰の髪の髪を掻いて、


「じゃ、やろうか」


 分からないことなんてどうでもいいと、ただ目の前の敵を殺すだけだと、再び二刀を構えた。気の抜けた空気は消え、代わりに彼から感じるのは目に見える程の殺気。


「ああ」


 カチンと、構えでずらされた脚の氷が土を鳴らす。怒りと殺意で燃えていた身体も脳も、死の恐怖にちょうどよく冷え切っていく。殺す為には冷静になるべきだと分かっていたから、感情が理性を受け入れた。


(俺君。一度壊した所に二重使っちゃ、ダメだよ。間に合わなくなる……からね)


(意識はする。まずは、ゆっくり目にやるぞ)


 痛みが少ない俺へ、痛みに苦しむ僕が忠告。痛覚はセーフティだとよく言われるが、まさにその通りだ。筋肉が断裂しているというのに、今の俺は針をちくっとさせられた程度の痛みしか感じていない。


(やっぱり、来ないか)


 ジルハードは動かない。じっと剣を構えたまま、仁の動きを見極めようとしている。それは、仁の剣を見切る自信があるからこそできる待ち。実際、不意を打ったはずの超速の一撃を、彼は対応してみせた。


(残った脚も使わせる気だろうよ)


 彼から近づいてこないのなら、仁から行くしかない。左脚を壊させて、楽に料理しようとしているのだろう。逆にジルハードから近づいてしまえば、仁は脚を犠牲にせず機動力を保ったまま、腕に『限壊』をかけられる。


(なら……!)


 ぐっと踏み込み、左掌で創成した氷のナイフを投げる。同じ手に氷の剣を、右手に鉄剣を握りながら接近。速度は通常の強化。壊さずに近づけば、いい話だ。


「うっ」


 途端に頭痛。頭の中で僕の叫び声が鐘の中のように反響している。やはり、三重と三重(・・・・・)の同時は、僕一人では耐えられなかったらしい。溢れ出た分の痛みを俺が引き受け、氷の剣を上段に。


「遅いなぁ」


 『限壊』と思わせての通常強化で、タイミングを外す事も密かに狙っていたが、失敗。冷静に観察を続けるジルハードには通用せず、炎の玉でナイフを堕とされ。氷の剣も振る前に、下からの斬り上げで断ち切られた。


「分かってる!」


 だがそれくらい、想定内。氷剣を防がれた対価に、ジルハードの剣を片方封じたのだ。肘と膝から氷の刃を伸ばし、腕を取りにかかる。『限壊』を警戒して、騎士がもう一刀を温存しようとしている今なら、入ると踏んだ二撃。


「使わんのか?」


 が、空いている一刀を何の躊躇いもなく振るわれ、たった一つの動作で二つの氷を砕かれた。おまけとばかりに、仁の顎の皮膚から唇の表面を軽く剃り取っていく。咄嗟に身体と顎を引いていなければ、顎の下から顔面を丸ごと抉られていたかもしれない。


「嘘だろ……」


 服の下に隠れていて、刻印は見えなかったはずだった。なのに防がれ、反撃された。それはつまり、氷が服を突き破ってから軌道を見極め、仁へと攻撃を加える形で的確に剣を動かしたという事。


「化け物」


 つぅ、と顔にできた赤い冷たさと熱のような傷を感じつつ、思う。どんな反射神経と戦闘のセンス、思考回路、経験値があるのか想像もつかない。故に、自分に有利な今に戸惑う。


 さっきの氷の二撃は本命でもあったが、布石でもあった。防がれれば『限壊』を発動し、氷剣と鉄剣で斬るつもりだった。防がれなければ、氷刃が腕を奪ったはずだった。


 故に、ジルハードが取るべき選択肢は回避のはずだった。その回避を読み、氷の尾を背中に顕現させて、いつでも追撃できるようにしていた。


(一体、なぜ?)


 なのになぜジルハードは、回避をせずに二刀を使っての防御を?反撃で殺し切る算段があるのだろうか。分からない。分からないが、ここは考えの通り『限壊』を発動しようとして。


(俺君!盾出して逃げて!)


 疑問に対する答えは、僕の洒落にならない叫びと同時に与えられた。


「いつ!?」


「さっき斬った時に、置いた」


 赤く輝く炎の球が、死角である顎の下に当てられていた。『限壊』を発動して前に出ていれば、喉を焼き切っていたような位置に、それはあった。痛みを感じていた僕だから、喉元の違和感に気付けた。


「危な」


 シオンとの訓練での記憶の引き出しはすぐにその正体を導き、新たな疑問と過去最高潮の警戒を呼びかける。こんな至近距離で爆発させれば、ジルハード自身も巻き添えを食らう。でも、仁は死ぬだろう。


「ボンッ!!」


 ふざけた口頭での起動音と共に、白光が弾け飛ぶ。辺りに吹き荒れた爆風が砂埃を舞い上げ、グレーのカーテンを創り出した。


「はっ……はっ……はっ……!」


 砂埃のカーテンの中、氷の繭に覆われた仁は荒い息を吐く。即座に展開したはずの盾は粉々に死に絶えた。盾だけでは足りないと出した繭も既に意味を成しておらず、身体の前面にまた火傷を負ってしまった。『限壊』を温存し、傷を選んだ形だ。


「お前、障壁を物理だと思い込んでたろ?」


 土埃の向こうから飛んで来たのは、声と斬撃。バックステップで回避した仁が見たのは、剣速によって払われたカーテンから姿を現した無傷のジルハード。


 言われた通り、銃をいつ向けられてもいいようにと、物理障壁だと思っていた。だが違う。彼はずっと前から、魔法障壁を張っていた。さっきの爆発も、炎を出してから障壁を切り替えて間に合う速さではない。


「くそが!」


 騙されていた。ジルハードが氷刃を防ぐように振る舞ったから、魔法障壁ではないと騙された。故に、頭から超至近距離での爆発魔法の使用の選択肢が、抜け落ちていた。


 障壁の有無はやはり大きすぎる。至近距離で爆発を起こされれば、仁だけがダメージを食らってしまう。


「はやっ」


 ステップで空いた距離も即座に詰められ、剣が振るわれる。ジルハードの剣技は別格で、シオンより上だと思わせた。一の動きで仁の刻印と腕の三の動きを潰し、残る一刀と魔法が命を取りに来る。未来を見ているかのように先回りしていて、斬撃の鳥籠から逃げられない。


 三分は、何とか現状維持する事ができた。しかし、ある時を境に細く、浅い切り傷が徐々に仁の身体に増え始め、太く、深くへと変わっていく。始めの『限壊』から五分後にはもう、対処の引き出しから最適なはずの解を取り出し、現実へと反映しても間に合わない。


「ほら、使えよ」


 ジルハードは仁の動きの癖を見抜き、対応し始めていた。服で隠していた刻印の位置もほぼ暴かれ、不意打ちが通じなくなっていく。


(……使わざるを得ない)


 突破口を開くには、使うしかない。使う事を相手に悟られていても、ここで使わねば、このまま致命傷を負って終わる。


(どこで使うかだ)


 問題はその使用法。ただ鳥籠から逃れるのに使っては割に合わない。手足を壊して一旦仕切り直したところで、余計不利になるだけだ。


(使うなら、勝つ為に)


 手にあるのは氷、火、水、土、浮遊、強化、治癒の刻印に、刃こぼれし始めた鉄剣と予備二本、そして右脚を壊した『限壊』。もう一枚、手札も隠してはある。


(俺君、頼んだよ)


(僕、頼んだ)


 出来る限り、裏を突けるような作戦を組み上げていく。あの驚異の思考速度も、思い込みを覆されれば僅かに鈍るはずだ。その隙に、『限壊』で畳み込むしかない。


 襲い来る剣の嵐の中、致命傷だけを避けて立ち回り続け、仁は待つ。己の作戦が決行できる瞬間まで、頬を斬られ、肩口を鋒で数cm貫かれ、氷で固定した足を動かす度に激痛が走っても、全身が爆発で火傷だらけになっても、耐え続ける。


 本来なら、もう少し早く仁は死んでいただろう。ここまで戦いが長引いたのは、ジルハードが『限壊』と『黒膜』の展開者による増援を危惧し、保守的な剣だったからだ。


 ああだがしかし、ジルハードは守りに入らず、すぐに斬り捨てるべきだった。仁に時間を与えてしまった。耐えさせ、守らせ、待つ時間を。


 そして、訪れる。


(今ッ!)


 フェイントに仁が引っかかって見せた隙を狙った、ジルハードの突きの僅かな溜め。このままなら胸を穿たれ、戦いは終わっていただろう。わざと見せた訳ではない隙故に、ジルハードは挙動の大きい技を使ってしまった。


「あああああああああああああああああああ!」


 胸に触れようとした刃。決まりそうになった結果を、仁は『限壊』で隙をキャンセルする事で、覆した。


(左脚!)


 無事な左脚を上げて、思いっきり地を踏む。大地が僅かながらに揺れ、ひび割れて凹んだ。ぐらりとジルハードのバランスは崩れ、仁は後退。


「両脚壊れたが、どうするつもりだ?」


 残っていた左脚は、壊れた。力がほとんど通らず、氷の部分にヒビが入ってぷらんと垂れ下がっている。仁がまともに戦えない未来を見たのか、ジルハードはつまらなさそうに呟いた。


「まだ、腕は残ってる」


 氷の刻印で左脚も固定し、着地してそのまま軸に。『限壊』を右手に使用して、鉄剣を銃弾のような速度で投擲する。血が溢れて赤い線の走った右手はもう、この戦闘では使い物にはならない。


「だよなぁ」


 脚がなくなれば、腕を使う事を予知していたのだろう。真っ直ぐ自分に向かってくる鉄剣を騎士は余裕綽々、悠々と横に避ける事で躱す。だが、


「俺達の、勝ちだ」


 躱した先には、仁がいた。『限壊』のかかった左手に予備の剣を構え、後はもう振るだけの動作で全てが終わる体勢と距離に、彼はいた。


「どうや」


 下から居合の一閃が、空中に鈍い光の線を刻み込んだ。












 本当の言葉はきっと、「どうやって?」だったのだろう。両脚とも壊れ、動けない事はないにしろ再度『限壊』を使用するのは不可能だと、ジルハードは思っていたはずだ。


(俺だってそんなの、しない。何せもう少しマシな方法がある)


 壊れた脚に『限壊』をかけて動けるかは、仁にも分からない。賭けれるものが無くなったらそうしただろうが、今回は違う。元より、超強化は裏技の一部でしかない。


(三重と三重の負担、かけて悪かった)


 右脚の固定に一つ。他戦闘時のナイフや尾で二つ。これで属性の系統は三重。身体強化の系統は強化で一つ。そして、


(壊れたら治す。治癒が二つしかなくて、当初より時間かかっちゃったけど、なんとか使えるレベルまでは回復できてよかったよ)


 右脚の治癒に二を、仁は常に振り分けていた。本来の裏技の予定は、氷の三重発動で防壁を築いている間に治癒の刻印を三つ重ねて治し、再度使用可能にするというものだった。


 魔法を重ねた時の効果は単に倍ではなく、二次関数のグラフのように跳ね上がる。一時間はかかる怪我も、二重ならば三十分で完治。三重ならば八分未満で治る。いや、現実はもっと早くできるだろう。完治とはいわず、動かせるくらいの傷なら、『限壊』をかけ直せる自信がある。


(今回、二重の治癒にかけれた時間は会話合わせて十分程度。ぶっちゃけまだめちゃくちゃ痛いけど、無理矢理動かせない事はないくらいさ)


 その間くらいならば、氷の三重だけで凌げるのではないかと考えたのだ。実際、シオンも十分に使えると答えたのだから。


 そもそも『限壊』の連撃と氷の三重を受け切れるような人物なんてサルビア、ギリギリでイザベラくらいしか、少女には思い浮かばなかった。


 守る事しか考えない氷の三重刻印なら、並の騎士が相手でもそれなりの時間は戦えると彼女は評していた。なんなら今回のように、治癒の時間は増えるが、強化に一つ振り分けてもいいとも。


(『限壊』で超強化し、ぶっ壊れた身体を氷の防壁で守りながら超回復させる)


(リキャストタイムを耐え切れば、もう一度発動。これが僕達の考えたズルさ)


 シオンに新しい治癒の刻印を刻んでもらう前に騎士が襲撃してきた為、本来目指した型である三重治癒ではなく、時間はかかったが、動かせるくらいには何とか治す事ができた。


 治癒している事を魔力眼で悟らせないように、魔法の氷で右脚を隠した。後は左脚を軸にして剣を投げ、前に出た右脚に『限壊』を使用して、距離を詰める。飛び道具に意識を向けた隙と、壊れた右脚にもう『限壊』は無いという思い込みを突いた、仁の作戦だった。


「えっ」


 四肢を千切られたような痛みさえ忘れて、声を上げる。硬い何かにぶつかった後、余りにも手応えがなかったから。


「今のは、さすがに肝が冷えた」


 否、ジルハードの剣に受け流され、何も無い虚空を斬り裂いていたから。目の前で息を吐いた男が、無傷だったから。


「な、んで……?」


 勝利を確信してからの、敗北の確定に声が掠れた。理解が追いつかなかった。不意をついたはずなのに、どうして防がれたのか分からないまま、力の入らない四肢に膝をついて、地べたを這う。


「おいおいこっちの台詞だ。ああ。治癒を重ねてやがったのか。全く、頭おかしいというか、自分の身は何も考えてねえ使い方だな」


 『限壊』によって砕けた氷の隙間から、再使用のカラクリを知ったのだろう。ジルハードは原理に納得し、使った少年の心にある種の共感と懐かしいものを見る目を送る。


「んじゃ、こっちが納得したところで答えてやるか。もう動けねえだろ?お前」


「どう、して」


 横になった敗者を上から見下ろして、勝者は語り出す。抵抗をしようとする選択肢が浮かばない程、仁の頭は疑問で埋め尽くされていた。


「何も不思議な事はねえよ。お前みたいな馬鹿は、今までにも何人かいやがった。最後の手段って言って、死にかけたやつがよく取る馬鹿強化だ」


「き、聞いてない」


 首に剣を突きつけ、警戒を崩さぬまま出来の悪い生徒に一から教えるように、彼は戦場での経験を話す。それは仁も知らず、シオンからも聞いていない先駆者のお話。


「まぁ、お前みたいに何度も使えたやつはいねえ。大抵、一度使えば代償の痛みで動けなくなって殺されるだけ。その点は褒めてやるよ」


 仁が『限壊』を最大限に使えたのは、『痛覚分配』があったからだ。元ある特異な能力を利用した方法に、ご褒美だと首に剣先で小さな赤い点を何度も作られる。


「そして簡単な話。俺が、その馬鹿強化を使った連中を、斬り伏せるだけ強くて、お前が弱かっただけだ。最後の一撃は機転が利いててよかった。久しぶりに危ないと思ったぜ」


「ッ……!」


 至極単純明快にして、絶対的な理由を突き付けられた。腕で地面を握りしめても、力の入らない腕では、震えるだけが精一杯。


「剣を握って一年くらいか?『傷跡』」


「戦いを、始めたのは……はん、とし前…だ」


「まじか。お前、割と才能あったのかもしれねえな。半年でここまではすげえわ。うん。パチパチ」


 騎士は強さから剣歴を測り、その見立てが外れた事を称賛する。剣を持ったまま叩かれた金属音の拍手に、少年は歯を砕かんばかりに嚙み締める。


「でもな?俺はその何十倍、剣を振ってんだよ初心者さん。そして戦場で馬鹿強化使うやつらは、大抵お前より強い。そもそも馬鹿強化自体、名前の通り馬鹿なんだ」


 ぶんと、拍手からいきなり振られた剣の軌道を、仁はほとんど認識できなかった。遊びの姿勢から、いきなりぶつけられた殺意への切り替えの早さに、目が遅れた。


「どれだけ馬鹿力を込めようと、一撃しかねえ。お前でもできて数回。他の奴よりマシだったのはそこ。確かに脅威だがそれでも、馬鹿強化を鍛え上げた技術でやる奴らの方がよっぽど強え」


 強すぎる一撃を乗り切れば、後はない。真に怖いのは、『限壊』と同クラスの脅威の技術の一撃を何度も繋いだ剣術であると、仁は視界の九割を支配する鋒を前に理解する。


「勘違いすんな。貶してるわけじゃねえ。その差を埋めようとした努力と工夫、発想は褒めてるんだ。何か策があるかと期待して、想像以上の答えを返してくれた。ただ事実として、お前は弱い。剣術が足りない」


「……」


 言われた、通りだった。自身の数倍の速さで振るわれる初心者の剣技を、数撃なら受け切るくらいにジルハードが強くて、数倍の速さで剣を振っても、勝てないくらいに仁が弱かった。


「だから負けたんだ」


「……ぐっ!」


 工夫を重ねても、この身に代償を負う力を使おうとも、ジルハードには届かなかった。ただ、それだけが全てだった。


 その事が悔しくて、負けたらどうなるかなんて分かっているからみんなに申し訳なくて、涙が溢れていた。


 また、仁は守れなかった。守れないまま、己も死んでいく。


「聞きてえ事がある」


「……」


「答えろ」


 俯いて地面に顔をつけた仁の髪を彼がつかみ、灰色と黒の目を合わせての尋問が強引に始まった。急に動かされた事で全身の傷が悲鳴を上げ、視界が真っ白になろうとする。


「やめとけ。今は魔法障壁で無意味だ」


「がはっ」


 せめてもの道連れにと氷の刻印を発動しようとした瞬間、口の中に剣を突っ込まれて止められる。元からあった赤い鉄の味の中に本物の鉄の味が混じり、呼吸が詰まる。


「まずは『はい』か『いいえ』の問いだ。首さえあれば答えられる。答え次第で口も使ってもらうが、今はいらねえ。『勇者』か『魔女』、『魔神』はこの街にいるのか?」


「……」


「答える気はねえって言うより、驚いてんな」


 質問の意味の一部が分からなかった。『魔女』と『魔神』がここにいる可能性は無くもないが、『勇者』がここにいるとは一体どういうことか。そもそも、今代の『勇者』は彼らと共に行動しているのではなかったのか。


「『魔女』と『魔神』はともかく、もしかして『勇者』の容姿が分かんねえのか?あー……金髪のものすっごい美人だ。彫刻みてえな感じで、よく分かんねえ独特の言葉を時々喋るのが特徴だな。名前はマリーだ」


 知らなかったが、答えるつもりはなかった。騎士達が少しでも苦労すればいいと思ったが故の、子供染みた反抗だった。どうせ答えても死ぬのなら、わざわざ情報を渡してやるまでもない。


「答えねえか。はぁ……それなりに楽しめたよ『傷跡』」


「ふぁて!」


「あ?なんか知ってんのか?遺言なら聞くだけ聞くぜ?」


 口に異物を押し込まれたまま仁が発した制止の言葉は、ジルハードの殺意を止めさせる。


「なんで、だ!」


「何がだ?」


 自由になった血塗れの口が発したのは、疑問。


「なんで、俺達の世界に来た!」


 現実でも精神でも血を吐くような声が、戦場の音に紛れて溶けていく。だが、ただ一人だけには、その声は届いた。


「なんで!忌み子だらけの世界にわざわざ来た!そんなに忌み子を殺したかったのか!?」


 時間稼ぎという単語が双方の頭をよぎったが、そんなものはすぐに消えた。仁はどうしても、聞きたかったから。ジルハードは少年の慟哭が心からのものだと悟ったから。


 ずっと、分からなかった。なんで彼らがわざわざ黒髪だらけの日本に来たのか。


「お前達が来なければ、悠斗も!良作も!先生も!みんなも!香花も!酔馬さんも!誰だって死ぬ事はなかったんだ!」


 ずっと、思っていた。彼らさえ来なければ、魔物もいなかった。誰もが何も失わず、満たされている事に気付かない最高の日常を、普通に送るはずだった。人生を、生きるはずだった。


「殺すのは分かるよ!殺さなきゃ、自分達が死ぬんだからさ!だったら!なんで僕らの世界なんだ!」


 殺すに足る理由は、あった。そうだと知っても、黙って滅ぼされるわけにはいかず争ったが、それでも理解はできる理由だった。


「なんでわざわざ世界を超えた!誰がやった!こんな馬鹿げた事を!こんな、こんな最低で最悪な事を!誰が何をしたくてやったんだよ!」


 神のような力と、世界を変えるような魔力を持った人間が、この魔法を発動したとロロは言っていた。その目的を、仁は騎士を射殺す程睨みつけて、問いかける。


 別に食料が足りないわけでも、今に滅びそうだったわけでもないと、シオンは言っていた。なのに、


「答えるんだ!知らないなら知らないでもいい!けど、知っているなら、答えてくれよ!」


「……」


 先程までの態度はどこに行ったのか、仁の問いに騎士は沈黙。何かを堪えるように拳を握り、じっとどこかを見つめ続けている。


「……ちっ!」


「仁さん!伏せて!」


 それでも、反応だけは相も変わらず化け物だった。負けた仁を見て、無謀にも助けに来たのだろう。己へと銃口を向けた軍人達へ、騎士は走り出す。確かに今、ジルハードは魔法障壁だ。銃弾が当たれば、傷を負う。だが、彼は化け物だ。


「馬鹿!やめろ!下がっ!」


 仁の言葉を、軍人は最後まで聞けなかった。シオンと同じように銃弾を斬り、躱し、一人につき一回、剣を振るった。


「ジルハアアアアドォォォォォォォォ!」


 仁を助けようとした命が、散った。斬った騎士へと、人生で最大の憎しみと恨みを込めて、咆哮する。


「うるせえよ。他の奴らも水差すんじゃねえ。お前らが生きているのは、俺がこいつと話してるからってこと、忘れんな」


 その警告は、建物の陰から様子を伺う軍人達へと向けられたもの。喚き周り、動かない身体をじたばたと醜く動かす少年の元へと、騎士は足を向ける。


「話してやる」


 そして、灰色の髪の騎士は戦場で話し出した。


「世界を救う為に命を捧げた、聖女の話だ」


 彼らがこの世界に来た理由を。世界を超える魔法を発動した、大量虐殺の引き金となった、救世の聖女の話を。



『限壊』


 げんかい。身体強化を二つ重ねて発動させることで、通常の強化の十数倍以上の速さと力を実現。そして更に三重の治癒を重ねることで戦闘中に治癒し、再度発動させる。これを繰り返す、仁が考えた魔法の使い方。


 もちろん、二重の強化に身体は耐えきれない。発動時間や範囲、効果量によって変動するも、たった一回でその部位は激しく損傷する。筋肉の断裂は初回でほぼ確定。


 初回の筋肉の断裂くらいなら、三重の刻印で素早く再使用可能まで治癒できる。しかしその治癒は再使用可能であるだけで完治ではない為、次に同じ部位で発動した場合、損傷は更に酷くなる。使えば使うほど、リキャストタイムが長引き、後遺症が残る。使用回数は可能な限り少なく、連続発動なんて以ての外である。


 だがその分、効果は絶大。部位ごとに一回ずつ、再使用には時間がかかるとはいえ、それでもその速さと剛力は、並の騎士で捌き切れるものではない。シオンの予想でも、イザベラを倒せる可能性は十分にあった。


 凄まじい痛みを伴う為、常人にはとてもじゃないが真似できるものではない。痛覚を分配できる多重人格の仁だからこそ、ここまでスムーズに行うことができるのだ。他の者が使おうものなら、同時発動と自壊による余りの痛みでまともに剣が振るえない。


 そもそも、こんな破滅的な戦い方をする人間がいない。本当に最後の最後まで追い詰められた人間が、強化の一つを最大限に発動する馬鹿強化が精々だ。一つの最大発動ですら人体が耐えられないというのに、仁はこの馬鹿強化を二つ重ねている。本当の馬鹿だ。刻印の代償と合わせて、どれだけ身体が壊れることか。


 名前の由来は、限りを壊すということを限界と掛けたシャレ。


 馬鹿が使っているし、浅知恵だし、ダサいシャレだ。でもそれでも、手が届く限界の、その外を救う為の魔法だ。自らの限界を壊し、身体を壊し、救える限りを壊す魔法だ。強くなって守りたいと願った弱い少年が、その為に必死に考えた魔法なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ