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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第67話 返事と約束

また10分遅れ…本当にごめんなさい!

 

「ありがとう。間の悪い所に入ったな」


 動作確認も終わり、晴れて堅は魔法使いの仲間入りを遂げた。話の腰を折ってしまったことに謝りつつ、堅はシャツに袖を通してドアに手をかける。


「ううん。大丈夫」


「気にすることはないさ」


 無理して作ったボロボロの笑顔のシオンと、普段通りにこやかな僕が彼の背中を見送る。刻んでいる最中も少女の顔は不安定で、部屋の中には相当気まずい空気が漂っていた。


「堅さん。ちょっと相談したい事あるんで、部屋まで送りますよ」


「もしかしたら、環菜さんにお説教できるかもしれないしね」


 環菜にも堅にもお話をしたいと、仁は閉まりかけたドアをもう一度開け放つ。いくつか気になる点と、逆襲したい気持ちがあった。


「え、ああ。別にいいが、大丈夫か?」


 刻印の辺りを摩っていた彼の振り向いてからの答えは、構わないがシオンとの話は?というもの。お邪魔虫の自分が去れば再開すると思っていたらしい。仁もシオンも、本来ならそのつもりだった。


「シオン。帰ってきたら話すよ」


「それでいいかい?」


「うん。気を、つけてね」


 だが、仁にはそれ以上に気になることがあったのだ。長い間ギクシャクするのは色々と悪影響だが、十数分程度なら支障はないだろう。


「ごめんね。ありがと」


 シオンの感情をぐちゃぐちゃのまま放置してしまうのは、心苦しい。しかし、仁は今行かねばならない。故に、また泣きそうな彼女の好意に甘えてしまう。いつかこの報いを、受けるだろう。


「さ、行きましょうか!」


 少女の心を代償にしたのだ。見合った成果を挙げねばなるまい。堅と仁は一緒に廊下を歩き出し、今度こそドアは閉まる。部屋に少女を一人、置き去りにして。










 日も暮れた軍内の廊下を、手に持った光石の明かりを頼りに歩いていく。もうみんな寝静まったのか、人とすれ違う事もなく、実にスムーズに進むことが出来た。昼間だったらこうはいかない。魔法が使えるという事に興奮した軍人に、すぐに囲まれてしまうだろう。


「何だ?話したい事っていうのは……」


「環菜さんとの仲は進みましたか?」


「なっ!?」


 周囲に誰もいない事を確認してからの、急なプライベートな問い掛け。環菜への逆襲の第一歩として、彼女の獲物をからかう事にしたのだ。


「お、俺らはそういうのじゃ……」


「動揺しすぎじゃないか」


 狼狽えて、どもってら光石を地面に落とす。これまた分かりやすい反応である。顔は良いようだが、女性との付き合いの経験は浅いらしい。


「毎日通ってるって軍でも噂でしたよ」


「軍内でも賭け事されてましたよ。蓮さん主催で」


「あの熊……」


 おそらく、元より環菜と堅の距離はそう離れていなかった。酔馬の死をきっかけに慰められ、堅が環菜を意識したというのが仁の予想だ。環菜はそれ以前から意識をしていた節があった。


「あれだけ尽くしてくれる人はそういないと思いますけど」


「いいんじゃない?いつ何が起こるかわからないんだから、くっついても」


 シオンのあのタイミングで告白した理由を使って、他人に付き合う事を促す。本当にどの口が言っているのかという話だが、仁なりの考えはある。


 堅は仁と違って大量殺人鬼ではない。数人の命を奪ってはいるかもしれないが、それでも街の為だろう。殺人を正当化する事は出来ないが、仁の理由よりはマシだ。彼と環菜には幸せになる権利がある。


 そして、もう一つの考え。


「そうは言うが、シオンだって同じ理由で」


 それは、疑いを確証に変える為の釣り針。シオンが仁に告白した理由など、後から部屋に入ってきた堅が知るはずもないのに。


「やっぱり、聞いてましたね」


 堅がはっと口を押さえてはいるが、もう遅い。この口を押さえた反応こそ、仁とシオンの会話をドアの向こうで聞いていた証だ。ここで誤魔化しの一つでも出来れば、仁も違う釣り針を垂らすしかなかったが、堅は真面目すぎた。


「……なんで、気づいた」


 数秒、額に手を当てて呻き、挽回は不可能だと判断したようだ。堅は盗み聞きしていた事を認め、歩きながら項垂れた。彼の性格的に、あまり褒められた行為でない事を自覚しているのだろう。


「普通、あれだけ大声で叫んでるのを聞いたら、何があったか聞くものだと思います」


「ドア越しに聞こえた話に気を遣って待っててくれたり、叫び声を心配して突入してきてくれた事はありがたいと思うよ」


 仁の叫び声から堅が入るまでの僅かな間を考えれば、彼が聞いていないとは思えなかった。


 大方、刻印を刻んでもらおうと来たはいいが、ドア越しからプライベートな会話が聞こえてきてしまい、待っていたのだろう。そこで響いた仁の叫び声に慌てて突入。しかし、賊に襲われた訳でもない三人を見て咄嗟に、今来たばかりで何も聞いていない風を装ったのだろう。


「……悪かった。聞くつもりはなかったんだが」


「分かってますよ。一応その、恥ずかしいんでどこまで聞いたか教えてもらっても?」


 重要なのはここからだ。どこから聞かれていたか。そして、その中に仁が嘘吐きだという事を示唆する内容が無かったか。


「場合によっちゃ、僕ら堅さんの顔見れない(・・・・)からね」


 照れているように見せかけつつも、目は事細かに堅の反応を探っていた。偽りの英雄だという事に気付いていれば、真面目な彼に何らかの反応が出るはずだから。


 最近、ボケてきたかと錯覚する程記憶力が落ちた仁では、会話を全て思い出せない。直接的な事は言っていなかったとは思う。しかし、万が一知られていたら、堅に口止めをせねばなるまい。殺すつもりは一切ないが、誰かに広められるのだけは止めねば。


「……条件その四からだ」


「うわ。恥ずかしい」


 両手で顔を覆い、恥ずかしがるフリ。その裏では必死に記憶を漁り、堅の観察を続行する。


(大丈夫そうだね)


(知ったなら、責めてくるだろうかな)


 思い出せる範囲では、「殺しすぎた」の単語くらいだろう。堅は動揺しているようだが、立ち振る舞いと表情からは、敵意や落胆の感情は見出せない。


 一先ず、安心していいだろう。だが、これで全てが終わった訳ではない。


「詮索するようだが、あの叫び声は大丈夫なのか?あと、寿命が縮むってのは……?」


 本当の意味は隠せても、叫び声や言葉は隠せるものではない。不穏なワードを聞かれたなら、理由を尋ねられるのは普通だろう。


「いやその、シオンが誰かに聞かれてるって気づいて、それに俺らが驚いたのがあの大声です」


「寿命が縮むってのはアレだよ。この街だと天寿は全うしにくいって話さ」


 故に仁は予め用意しておいた嘘を、すらすらと口から吐き出した。幻覚が見える英雄なんて信頼されにくいだろうし、軍に広めた刻印に死に繋がる使い方があるなんて知られればどうなるか。


 使い方を守ればいいし、同系統は二つまでしか刻まない制限をかけてはいるから、実際に軍人達が死ぬ事はない。しかし、可能性があるというだけで、人は不安に駆られてしまう。捻じ曲がって広まれば、取り返しがつかなくなるかもしれない。


「あー……その、本当に悪かった!今度何か奢らせて欲しい」


 ちょうどいい会話の切り目で、堅の部屋の前に着いた。完璧に疑念は晴らせなかったようだが、負い目があるからか、それ以上追求してこなかった。


「いや、俺らも助かったんで、こちらから奢らせて欲しいです。口止め兼ねて」


 仁はただ純粋な羞恥を装い、言わないでと手をあわせる。何とも役者に、酷い奴になってしまったものだ。純情を演じ、裏では観察と計算を重ねるような、反吐がでるような汚い人間に。


「ちょっと気まずい雰囲気になっちゃってね。落ち着く暇があればだいぶまともに話し合えるだろうさ」


「そういう意味では、助かりました」


 仁の傷を見たシオンは、振られたこともあって取り乱していた。意図せぬ形ではあったが、そこに冷水を浴びせて落ち着かせてくれた事に、感謝を述べる。


「そう言ってもらえると、助かる」


「あと、堅さん。自分を責めたくなるのはわかりますし、それを止める気はありません」


 背を向けて部屋へと入ろうとする堅に、仁は反応したくなるような言葉をかけて、強引に会話を繋げる。これも、確かめたい事の一つ。彼が、本当に立ち直れたかどうかが、心配だった。


「……驚いた。てっきり、自分を責めるなって言われるものかと思っていた」


 体験した事のない人々から浴びせられる挨拶みたいな慰めとは違う言葉に、堅は振り向いて目を見開いた。


「あんなの、誰だって自分を責めますよ。だから、それを止めるのは諦めます」


「……仁も、なんだな」


 そして彼は、同じ境遇に陥った者だからかけられた言葉だと知って、眼を伏せた。自分の味わった苦しみを、仁も味わったと思ったのだろう。


 だがそれは、何の変わりもない事だ。大切な人間が目の前で死んで、代わりたいと思うのは普通の事。代われなかった自分を責めるのも、仕方のない事。


「ただ、今度は俺が死ぬ番だとか、そういう馬鹿げた発想はやめてください。堅さんの自殺は自己満足です。救える命が、減りますから」


「僕らは守る為に死ぬんじゃなくて、守る為に戦ってるってのを忘れないでね。僕らが彼に倣うべきなのはそこさ」


 故に、その身を悪戯になげうつ事だけはしないでくれと、仁は頼み込む。責任を感じているのなら、今度こそ酔馬のようになりたいのなら、死ぬのではなく守る事を真似してくれと。


「……それ、環菜にも言われたな。あいつの場合は拳付きだったけど」


「へぇ」


 環菜が何度も突撃した事は知ってはいたが、殴りつけたのは初耳だ。反撃のネタができたと、仁は内心でほくそ笑む。


「いきなり、部屋の壁を蹴破ってきやがった。そして逃げ場のない俺を捕まえて、本気で説教してタッパーから飯取り出して食わされた。色々と、馬鹿らしくなったよ」


 本気でどうにかしたくて、環菜もおかしくなっていたのだろう。彼女が堅を殴りつけて泣いて叱っているところを想像するだけで、笑ってしまいそうになる。


「あんないい人、なかなかいないんじゃない?」


「……否定はしない。まぁ、仁にとってのシオンってところだ」


「ぐぬ」


 二人の微笑ましさに今度は釣り針ではない、純粋なからかいを堅に投げかけるが、思わぬ反撃に泡を吹いたのは仁だった。こっちはこっちで中々に手強い。


「じゃあそれって、もう結婚ですね」


「っ!?す、するのか!」


「しませんよ。冗談です。ただの、好きの度合いです」


「…………」


 負けてられるかと痛烈なカウンターを食らわして、彼のなんとも言えない顔を見て思う。堅はもう大丈夫だ。環菜達が、ちゃんと立ち直らせた。後悔と向き合い、前を向いた。馬鹿な気を起こしはしないだろう。


「仁。シオンにも伝えておいて欲しいんだが、刻印を開発してくれて、ありがとう。これで、俺も役に立てる」


 会話の締めくくりに告げられたのは、街の為の新たな力、自責の念に駆られた堅に、もう一度役に立てるかもと思わせた魔法、刻印を広めてくれた事の感謝。


『彼が知ったら、どう思うかなぁ』


(うるさい。そんな事、わかってる)


 ああ、それは。また仁の心の奥深くに、突き立てられた善意の刃だ。知らぬが故の斬れ味、嘘をついたが故の出血だ。幻覚を呼び起こす、仁が背負うべき罰だ。


『ホッとしてるんじゃないの?言わずに済んで』


(黙れ)


 頭痛が膨らんでいく。幻が理性を喰らい始める。触れて欲しくない場所を愛おしそうに、何度も何度も傷つけていく幻覚を斬りたい衝動に駆られて、それを何とか、抑え込む。


「堅さんは、ずっと前から誰かの役に立ってますよ」


(嘘を吐いて罪のない人を殺した、俺なんかよりは)


「言い方悪いけど、その通りさ。えーと、お幸せに!」


 心配を顔に浮かべた堅に先手を打たれる前に、何とか口を動かす。からかって逃げ出すフリをして、走り出した。幻覚を一旦抑え込むのには成功したが、彼がまた感謝の刃を振るおうものなら、次に自信は無いから。


(今日は大分、キテるな)


 いつもならここまで酷くはないのだが、今日はシオンの告白のせいで不安定すぎる。早々に離れるべきだろう。


「ちょっ、まだそういうわけじゃ!」


 後ろから聞こえた、必死で少しだけ嬉しそうな声に、祝福を贈りながら。














「で、話してくれるの?傷とさっきの叫び声の訳を、しっかりと」


 帰ってきた部屋で待っていたのは、怒りと恥ずかしさと二つの悲しみがミックスされた少女の問いだった。先ほどは堅の乱入で中断したが、今度は逃さないという確固たる意志を感じる声である。


「分かってる。話すよ」


 しかし、仁もそのつもりで部屋に帰ってきたのだ。しっかりと回答も覚悟も用意している。


「ただ黙ってたのは、まぁその、嫌われたくなかったからってのだけ、前置きしてもいいかい?」


 先制したのは仁だ。これからの嘘の回答を補強する為に、シオンの好意につけ込んだ嘘を垂らしておく。


「……私が言えた事じゃないけど今後、そういう理由で隠すのはやめてね」


 怒るべきか、許すべきかのしばしの迷い。釣り合いかけたバランスを崩したのは、好いた男からの「嫌われたくなかったから」という単語だろう。対人関係が少ない故のチョロさ、もとい純情さである。つけ込む方が、クズだ。


 だが、これで出だしは完璧に近い。


「かなり前、それこそシオンと出会う前から、殺した人間の影ってのが見えてね。たまに耐えきれなくなるってわけさ」


 僕が吐いたのは真実を核とし、信憑性を匂わせた嘘だ。シオンと出会う前、香花達が仁を呪うのは中だけだった。現実世界までその手を伸ばしてきた事は、死のイメージとして出て来た時はあれど、基本的には無かった。


「幻覚とか、幻聴とか?」


「そういう事」


 そしてこれは、シオンにとって受け入れやすい嘘だ。何せ、彼女も同じような幻覚を見る時があるのだから。


「それは分かったわ。けどその手首の傷は何?」


 だがリストカットだけは、違う。シオンも頬の傷をよく開くが、あれは本気を出す時の為のルーティンだ。仁が手首を切った瞬間は、断じてそのような場面ではない。


「……酔馬さんが加わった辺りから、なかなか抜けられなくなって。手っ取り早いのが痛みだったんだよ」


 故にいつからか、なぜ手首を切るのかの理由は真実を。抜けられなくなった原因は嘘で、返答する。


(ごめんな。これは言えない)


 嘘を吐いた事を、心の中で謝る。それは、シオンには届かない自己満足だ。


(だって君はもう、僕らに刻印を刻んでくれなくなるだろうから)


 幻覚や幻聴から抜けられなくなった本当の原因はおそらく、アコニツム戦での四重発動だろう。時期的に見て、あれが仁の脳のどこかをぶっ壊したに違いない。


 刻印が原因で仁の精神に異常を来すというのなら、一度に刻む同系統の刻印の数を減らしたりと、シオンは何としても止めにかかるはずだ。


(それじゃあダメなんだよ)


 だがそれでは、絶対に魔力も速度も足りなくなる。幾つもの刻印を刻む事で総魔力量を底上げしている今を、身体のどこからでも氷の刃を発動できる今を捨てれば、仁は更に弱くなってしまう。


 だからここだけは晒せない。嘘で塗り固め、好きな人を欺こうと、絶対に見せはしない。


「……もっと良い方法は、ないの?」


「目覚めなかったら、剣とか振り回しそうだからね。さっきもシオンに向けそうだった」


「ちょっとキツイくらいがちょうど良い」


 自傷以外に帰還する方法はないかと尋ねられるが、首を振るしかない。自然な目覚めを悠長に待っていては、現実と幻覚の区別のつかなくなった異常者が、誰かを剣で傷つけかねない。


 飲み込まれる前に、鋭い痛みで目覚めなければならないのだ。しかし、自傷より先に飲み込まれてしまえば、


「……ねぇ。仁が付き合えないって言った理由、もしかして私を傷つけないか心配してる?」


「まぁ、それもある」


 やはりシオンは賢い。半分くらいは図星だ。幸せを拒絶するだけではなく、狂人である自分は彼女を傷つけかねないからと、近づき過ぎないようにしていた。


 仁の気遣いに気付き、肯定されたシオンは、


「ありがたいけど、ふざけないで」


 珍しく、怒っていた。それはもう、額に血管が浮いていて、仁が思わず仰け反るくらい。


「私が、そんな幻覚に囚われた刃で傷つくわけないでしょ」


 その理由はなんともまぁ、仁の剣がシオンに届くわけがないという、非常に説得力のあるものだ。


「いやでも、寝てるときだって」


「そんな想いの篭ってないへなちょこな剣技、寝ながらでも余裕だわ。それに、今も同じ部屋で寝てるじゃない」


 気を抜いている時の不意打ちという即席の理由で心配するも、いつになく怒っている彼女の正論に断ち切られてしまう。これを理由にするなら、前々から部屋を変えるべきだった。


「だから私の前では、そんな気を遣わないで。暴れても無傷で取り押さえるし、いくらでも優しく引っ叩いてあげるから」


「……敵わないなぁ」


 付き合えない言い訳の半分を、彼女の強さという至極真っ当な理由に制圧されて、思わず頭を掻く。仁がシオンに圧敗する内は、この言い訳は使えない。


 しかも、シオンは制圧するだけでは飽き足らず、


「そ、それに……いきなり暴れ出すかもしれないなら、私が常に側にいてあげる必要があると思うの。そうなると必然的に付き合った方が効率が」


 震えた声で、下を向いて、もじもじと。まだ、諦めていなかった。確かに障害が無くなったのならば、シオンと付き合いたいと言った仁はOKせざるを得ない。


 そして、この提案も悪くはないのだ。一般人より強い仁が幻覚に囚われて暴れ回れば、負傷者が出る可能性は高い。最初から隣にシオンという処方箋を置いておくのは、非常に心強いだろう。


「……さっきも言った通り、俺はやっぱり、幸せになるべきじゃない」


 しかし、OKせざるを得ないのは、障害が無くなったらの話だ。仁はまだ、自分が幸せになる事を許してはいない。


「ただ、ずっと側にいて僕を止めてくれるのは、こちらからお願いしてもいいかい?」


 シオンが常に仁のお目付け役として同行するのも、別に恋人じゃなくても出来ることである。と言うより、今とほとんど変わらない。


(これで、いいかな)


(シオンから見ても、悪くないところだとは思う)


 一緒に幸せになる事は出来ないが、一緒にはいて欲しい。この僕の発言も、一歩見方を変えればプロポーズのようなものだ。付き合いたかったシオンと、幸せになりたくない自分との落とし所はこの辺りだろう。


「……仁が私と付き合えないのは、酔馬さんとかの願いを継いでるから、彼らの願いを叶えるまでは幸せにはなれないで、あってる?」


 それでも喰い下がらない、自分の中の少女の性格を超えたシオンの行動に驚いた。


「だから、それさえ叶ったら!」


 彼女はぎゅっと拳を握り締めて、また一歩仁の心の内に入ってきたのだ。いつものシオンなら、もう諦めて引いている。仁もそう想定して話を組んだ。


「なぁ、シオン。なんで、そんなに俺達と付き合いたいんだ?」


 なのに、なぜ?彼女は諦めてくれない。


「言っとくけど僕ら、そこまでして付き合う人間じゃないよ?要介護で、人の弱みと優しさと好意に付け込むような男だよ?」


 なぜここまで、付き合う事に拘る。そんなに焦がれる程、仁の価値は高くないのに、なぜ彼女は仁を手に入れようとする。


 それがどうしても分からない。さっきから仁の中のシオンと、今目の前にいるシオンが一致しないのだ。


 彼女は自分の欲求を満たす為に、これほど無茶を言ったろうか。一回断られた時と同じように、無理を言ってごめんなさいと引くのが彼女ではなかったか。


 いつもとのギャップを真っ直ぐ問うだ仁に、シオンは顔を上げて、


「私は、幸せになりたいから。今の仁、すごく辛そうで、見ていて辛いの。だから、私が幸せになる為に、仁を幸せにしようって思って。好きな人と付き合えば、幸せになってくれるんじゃないかって思って……!」


 実に、仁の中の彼女らしい答えを返してくれた。


「はぁ……」


 何ともまぁ、優しくて無欲な利己的な欲求に、ため息が出た。確かに、シオンは好きな人が不幸のどん底にいるのを見て、幸せになれる人間ではない。むしろ一緒にどん底へと落ちて行って、引き上げようと奮闘するのが彼女だ。


 すとんと、疑問が腑に落ちた。そりゃそうだ。シオンは自分が幸せになりたいだけで、拒絶する人間に無理を強いる訳がない。彼女が無理を強いるのは、その人を助けたい時だけだ。


「シオン。俺達が後悔してるのは、酔馬さんだけじゃない。自分が生き残る為だけに蹴落とした全ての人に後悔してる」


「そして死んだ彼らが望んだのは、自己の生存さ。これはもう、叶えられない願いなんだよ」


 だが、障害は取り除かれた訳ではない。これだけ言われても、仁は暗い顔で、シオンに己が背負う十字架の形と重さを教え込む。


「そ、それじゃ仁はずっと」


「それをきっと、僕らは望んでる」


「俺は例え世界を救ったって、自分を許せるか自信がない。彼らは帰って来ないんだから。自分だけ、幸せになっていいなんて思えないと、思う」


 仁はその十字架を一生背負うと自ら決め、その重みで泥と血の海に沈む事を自ら望んだ。


 己が許さない限り、仁は己を許せない。そして己を許せるのはきっと、足元の屍が全員生き返った時だろう。


「幸せなんて、いくらあってもいいって!あって損な幸せなんてないって!」


「これは、僕達が望んだ事だから。うん。これもある意味、幸せの形なんだよきっと」


 不幸を幸せと呼び、幸せを不幸と感じる少年の生き方に、心優しい少女は涙を流す。


 彼女の優しさに笑って、己の愚かしさを嗤って、


「……けどもし、俺達が自分を許せる時が来たら」


「その時まで君が僕の事を好きでいてくれたなら、一緒になれると思う」


 仁は、シオンの熱い目元を拭いながら、約束を口にした。


「へ?」


「確率はすごく低いと思うけど、ね」


 きっと自分を許せる確率は、コンマ一つに0がいくつあっても足りない奇跡だろう。それでも、その時が来たのならと、仁はシオンに約束する。


「ほ、本当!?」


「まぁ、うん。約束する」


「……!」


 感極まった少女が、飛びついてきた。暖かい感触が腹の辺りから胸の辺りを通り、嬉しいという感情へと結びつく。


「「ありがとう」」


 自分を幸せにしようした少女を抱きとめ、耳元で礼を。


 二度と振られてからの、保留のOK。これだけ聞けば最低だ。


 先も述べた通り、仁が己を許す時なんて来る訳もない。だからこれは、奇跡でも起きない限り果たす事のできない、仁は果たすつもりのない約束。


 だが、約束は結ばれた。0は0じゃなくなった。それだけで、シオンは嬉しかった。


 この約束は叶うのかは、今はまだ分からない。無理難題、奇跡としか言う他にない。しかし、一度世界が繋がるという奇跡が起きた世界だ。


 もう一度起こっても、不思議ではない。


『異世界の夜について』


 シオン達の世界において夜とは、闇に覆われたものではない。「暗視」の系統外を、ほぼ全ての人間が有しているからである。消費する魔力も少なく、一般的な魔力量があれば一晩継続は余裕。故に、明かりはどちらかというと、祭りなどの雰囲気作りに用いられるものという認識である。


 よって、彼女達の世界に明かりはほとんど必要ない。電球のようなものなんて開発すらされていない。夜の暗闇の中、彼らは蝋燭も明かりも無しに過ごしている。


 しかし、完全に必要ではないかと問われれば、そうではない。上手く魔法の制御が出来ない子供や老人、またはごく稀に存在する「暗視」を持たない人の為に、蝋燭などは普通に売られている。なんならインテリアとして、時間によって色が変わる蝋燭、魔法陣によって明かりが灯る水晶なども人気である。


 その他、何らかの事情によって「暗視」が発動できない状態に備え、虚空庫に蝋燭や光石を常備しておくのが常識である。


 主に使われる明かりの種類としては先述の通り、炎魔法による灯、蝋燭、光石である。灯を維持する魔力が足りない場合などは蝋燭や光石。炎を灯す魔力さえ惜しいのならば、軽く衝撃を与えるだけで光を発する光石を用いる。


 作中でシオンで明かりを出していたりする描写があるが、あれは「暗視」の使えない仁や日本人を気遣っているからである。一人の時、彼女は基本的に明かりを灯さない。


 ちなみにだが、時たまシオンは仁達が「暗視」を使えない事を忘れることがある。更にちなみに、シオンは仁の寝顔を夜中に密かに「暗視」を使って眺めている。「朝の寝顔とはまた違う」と、彼女は意味不明な供述をしている。


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