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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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間章5 おつかいと復讐

 空を流れる雲の如く月を隠し、夜に太陽を生み出した存在が、今その身を晒した。


 それは巨大な赤き身。剣と見間違う鋭き牙。甲冑の如き堅い鱗。天を駆る羽ばたく翼。鞭のように振るわれし尾。棘が整列する背中。サルビアの世界でも、極めて珍しい龍。しかも残り一頭であるはずの、『魔女』に滅ぼされし飛龍の末裔。


「やっと、見つけたぞ」


 大きな口に見合った声と共に、吐き出された赤い吐息が地面を熱く舐め上げた。木々はその激しさに燃え尽きる。そこに何がいようかなど構わない。虫も草木も動物も等しく熱を与え、命を奪い去った。


「ふはっ……!無様なものだ。こんなに弱かったのか?それとも弱ったのか?」


 残されたのは、黒い炭と白き灰と赤き火。その炭の中でも特別な、そう、白髪の男だった炭を龍は侮蔑した。あの程度も避けられずに、よく世界を敵に回そうなどと思ったなと。


「拍子抜けするかと思ったが、存外たまらない!あああ……!ああ!最高だ!」


 彼を炭へと変えたのが自分だと言う事実に、龍の今までの人生で一番と断言できる快楽を覚えていた。身は膨大な喜びに震え、尾は興奮で地面を何度も砕き、開いた口から炎が踊り狂う。狂喜に龍は舞っていた。


「おっと。忘れるところだった。夢を叶えば、なぁ」


 喜びに我どころか、復讐のみで生きてきた永きに渡る願いを忘れそうだった。龍は再び地の灰を見下ろして、見下す。


「待ちきれない!ああしかし、一片たりとも残しはしない」


 風魔法を発動。大地から灰を丁寧に慎重に、一つの粉もこぼさずに、産まれたばかりの赤子を扱うように細心の注意を払って引き離す。


「復讐の味は蜜の味と聞いたが、本当なのか」


 人の原型を僅かに保った肉がふわりふわりと宙に浮き、向かう先は大きく開かれ、万全に受け入れる態勢を整えたその顎。


「いただきます」


 余りにも感情が溢れすぎて、むしろ平静に近づいた感謝の言葉でアコニツムは、ロロだった灰を口へと運んだ。


「……ッ!なっんと……甘美な!」


 待ち侘びて待ち侘びて。遥か古より飢えていた舌に灰が触れた瞬間、味覚が壊れたように歓声を上げる。ざらつく粉の味は灰そのものであるのに、極上の甘露のようにも感じたのだ。


「美味い……復讐とはなんと美味なことかあああああああああ!」


 歯を何度も噛み合わせて、狂ったように叫びをあげて、咀嚼。噛む意味がなくなっても、近くの動物全てが逃げ出しても、龍は噛み続ける。噛んでる行為自体を、アコニツムは味わい続けていた。


「たまらないっ!たまらないっ!たまらないっ!この日の為にいいいいいいいいい生きてきたっ!」


 歯の隙間に入り込んだ灰を舐めるのがたまらない。僅かに残った骨を舌で歯に押し付け、すり潰すのがたまらない。仇敵の死体を冒涜している事が、たまらない。


「ん……!?かはっ!?」


 食欲、征服欲、復讐、様々な欲求で渇きを癒すアコニツムだったが、僅かに感じた脚の痛みに中断する。何か踏んだかと下げた視界の先の存在に、龍は剣のような牙で舌を噛んだ。


「食事中、失礼」


「き、貴様……!」


 焼き殺したと思っていた騎士が爛々と目を生気に輝かせ、その手の剣で鱗を抉り取っている。当然、彼も無傷という訳ではない。


 熱を持つ事を恐れたのか鎧は外され、中の服はほとんどが燃え尽き、限界まで鍛え上げられた古傷だらけの上半身が炎に照らされている。全身に点在して光る痛々しい火傷の跡は間違いなく、今すぐ医者へと運ばれ、安静にすべき重傷だ。


「お前が今口にした灰に、まだ聞きたい事があるのでな」


「……?なんの話だ?」


「大事なお話だ」


 どういう意味かというアコニツムの尋ねと、話の内容に関する事だと思い込んだサルビアの食い違い。それは、灰になったロロの再生能力を知るサルビアと、知らないアコニツムだからこそ起こってしまったもの。


「腹を開けさせてもらおうか」


「なんだと?通りすがりの貴様にそうされる覚えは」


 あの再生力なら、もう形にはなっているはず。腹を裂けば『記録者』の身柄をもう一度拘束できると考えての言動は、龍には理解されなかった。


「それにその身体で何を……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 煽った身体に、鋭い痛みが。俊敏にして正確無比。硬いはずの鱗を掛け布団のように剥ぎ、露出した肉に剣を突き立てて龍の体を笑いながら登る騎士の動きは、怪我の影響など微塵も感じさせない。仮に影響があってこれなら、化け物だ。


「虫が!」


 斬られる理由は分からない。しかし、化け物はディナーを邪魔し、最高の料理の周りをぶんぶん飛び回る。それだけでも腹立たしいが、何より許せないのは虫如きが、自らの力を凌駕している事を本能的にアコニツムが悟った事だ。


「その虫より弱い貴様はなんだ?」


「……!」


 このままでは、殺される。完全な空中戦ならまだ五分な自信があるが、身体に張り付かれては対応ができない。魔法は障壁によって阻まれ、物理による攻撃は己の身を傷つけかねない。


 何とかして、落とさねば。


 判断と同時にアコニツムは魔法障壁を展開。サルビアが握っているのは物理判定の朱い剣で、刀身は一般的な人を斬る為の剣の長さの域。巨大な龍との戦いなど想定しておらず、致命傷にはなり得ない。


「若い頃を思い出しつつ、大人の目的の為に剣を振るうというのは実におかしいな」


 くくっと、喉の奥で詰まった笑い声は一頭の脳内で、フォークを重ねた音のように鳥肌を立たせる。込められた意味が歓喜から自虐の順に入れ替わり、そのどちらもがアコニツムの逆鱗に剣を突き立てるのだ。


 生涯をかけて準備した最高のディナーを邪魔され、ぶち壊された。許せるわけがないだろう。


「邪魔くさいっ!」


「––––––!」


 口の中を鉄の匂いと赤い液体で埋め尽くし、外へとそれらを撒き散らし、龍は自らの身体に纏わりつく虫へと超至近距離で咆哮。


 大気を震わせる音量と、口から放たれた暴風はそれだけで暴力となる。音故に障壁では防げず、意識と身体が吹っ飛ぶはずだった。


「ど、どうして効かない……!?」


 それなのに、なぜこの男は腹まで登り詰めている。刹那、目を細めて魔力眼で見て、アコニツムは彼のカラクリを知った。


「空気がないところに、声は届かぬよ」


 魔力がサルビアの周りの空気を押し退けて、真空の空間を創り上げていたのだ。僅かな空気も残っていない完全に無音の空間を創り上げるのは、とてつもない魔法の精度が必要となる。そこらの騎士でも適性さえあれば、真空を作る事だけに一分間集中すれば出来なくはない。だが、少なくともこの規模は、剣を振り回しながら一瞬の間に出来る芸当ではない。


「なぜ、そんな技術を」


「家族に魔法の天才が四人もいてな。教えられたり盗んだりだ」


 笑みが増した。


 胸の辺りの肉に剣を突き立て、まるで地上と変わらぬように地面を上として立つ、騎士の笑みが増した。強者との戦いの愉悦に、彼の脳裏に浮かんだ者達による暖かな感情が混ぜられる。修羅と菩薩が一つの顔に同居した彼の剣は肉から引き抜かれて、更に加速する。


 して、彼はどうやってここまで登り詰めたのか。シオンがオーガを殺す時に使った、剣を高速で交互に突き刺して登る方法は厳しいものだ。あれは魔法でちょうどいい大きさの剣を作り、堅いとは言え龍の鱗には遠く及ばないオーガの皮膚だからこそできたもの。


 魔法障壁を張っていて、鱗の上からという今回の条件。シオンならば、魔力が勿体無いと嘆きながら空を飛ぶだろう。だがサルビアは違う。


「行くぞ」


 予定の場所の鱗を斬り飛ばし、見えた肉に刃を埋め込ませて固定。普段使いの刃を虚空庫から取り出し、次の予定の場所へともう一度固定。


 剣で鱗を斬って肉に突き立ては抜き、肉から抜いては鱗を斬り飛ばして肉に突き立てるの繰り返し。それは、シオンが対オーガとの戦いで見せた動きの完全なる上位互換。


「プリムラとプラタナスに、また脳筋だと笑われそうだな」


 鱗が邪魔ならば、斬り飛ばせばいい。魔法障壁を使われてちょうどいいサイズの剣がないなら、今ある剣でどうにかすればいい。愛した妻は呆れ返り、妻の妹の夫にして義弟である変態魔導師にはため息を吐かれそうな程、単純で実行は非常に難しい解答。


「まぁ、出来るのなら支障はない」


 だが解答たり得るのならば、それは実現可能である。


 ワンアクション増え、武器はこの状況にそぐわないというのに、サルビアの速度はシオンとほぼ同速。地上を走るように、蜘蛛のように四つん這いで、高度を上げている龍に幾つもの穴を残して這い上がっていく。


「虫は虫らしく、地を這いずり回ればいいものを!」


 無論、アコニツムもただ登られるだけという訳ではない。サルビアの手元を狂わせ、魔法障壁を固定する為に全身を炎で覆う。


「知らないのか?虫は空も飛ぶし、龍さえ殺す毒を持つ奴もいるぞ?」


 だが、炎で視界を遮られようとサルビアの手元は狂う事もなく、魔法障壁によって熱が攻撃となる事もなく、先と全く変わらぬ速度で剣は動き続けている。後三秒もあれば、首元にまで到達する事だろう。


「ほう?飛べるのか。ならば飛んで見せろ」


 しかし、サルビアに炎が全く影響がないことなど、アコニツムは織り込み済み。故に対策も考えた。煽り返してきた騎士を龍は更に煽り、空中で身体を回転。それは、まるでワニが獲物の肉を引き千切るデス・ロールのような動き。


「悪いが今はそういう気分じゃ」


 両手の剣を深く突き刺し、腕の力だけで身体を振り落とされないように支えて進む。三半規管が天地の入れ替わりを何度も行っている事を観測するが、この程度ならば止まる必要はなかった。


「やはりな。飛ぶ事なんてできず、落ちる事しか出来んのだろう」


 しかし、止まらない事もアコニツムにとっては予想内。何せこの男は化け物たる龍を超える化け物。常識外にいる存在なのは予想できている。


 故に動きの遅くなったサルビアへと、牙と同等の殺傷能力を誇る爪と掌を向けていた。叩き付ければ自分の腹に穴が空くかもしれないのさえ、必要経費と割り切った捨て身の策。それ程までに、彼はサルビアを評価していた。


「ぬ!」


 炎に隠された自身よりも数倍大きい腕に騎士が気づいたのは、もう目と鼻の先に迫った時。


 人一人など簡単に裂ける爪という死を目の前に、サルビアの思考は反射に近い速度で対応策を導き出す。


「しぃぃいいいいいいいいいい!」


「がっ!」


 裂帛一閃。両手の剣を即座に引き抜き、円の形に重なった赤と銀の光を描いて穴をくり抜いた。堅さ故に一枚一枚丁寧に剥がしていた鱗と爪は全て、技術と無茶をした腕力によって強引に斬り砕く。


「鱗まで……」


 普通なら、硬い鱗を斬ったそこで剣は止まってしまう。なのになぜ、たった一瞬にも満たない時間でサルビアは鱗とその下の肉を深く抉りとれたのか。


 簡単だ。僅かに先に引き抜いた右で鱗を処理。追う左で露出した肉を深く斬り込み、穴を開けたのだ。ただ早すぎて、二つの動きが一つに見えただけ。


「ごはっ」


 穴の部分をサルビアが潜り抜ける。当たらない事を分かっていながらも、最早腕は止まらない。龍は自らの手で、自らを殴りつけてしまった。鱗が何枚も砕け、


「だが、悪くない」


 それでも、固定を解除出来た事に比べれば軽い怪我だと。アコニツムは口から血を吐き出して、腕の穴から地上へと落ちていくサルビアを嘲笑う。


「……」


 すぐさま剣を突き刺そうとしたようだが、回転する不安定な立場と引力、そして翼と魔法の両方によって叩きつけられた風を前には、さすがに間に合わなかったらしい。


「悪いな。時間まで逃げさせてもらおう」


 後は浮遊による決戦を仕掛けられる事が問題だが、近づかせないように立ち回ればなんとかなる。奴の魔力量的に飛べて15秒。その間を凌ぐ事さえ、五分の戦闘とは恐ろしいが。


 龍は翼をはためかせ、遥か空へと駆け上がる。炎や尾による迎撃など微塵も考えていない、ただ逃げる為に前だけ見て全てを尽くし、ぐんぐん上がる高度と小さくなっていく地上。サルビアも必死になって追随しているが、間に合う距離ではない。


「起動」


 僅かに動いた騎士の唇は、空を駆ける龍には見えなかった。しかし、痛みが大合唱する感覚の中、僅かに腹の一部が張ったような違和感は覚えて振り向いた。


「悪いな。時間内に斬らせてもらおう」


 目を剥いた一瞬で、サルビアが一気に加速した。どうして?アコニツムは顔を動かさずに違和感のあったを腹を見て、悟る。


 腹に貼られた魔法陣から、丈夫な土の鎖が創成されていた。彼は風に靡く鎖を手で掴みとり、魔法で巻き上げて加速したのだ。


「あの時か!?」


 サルビアは落ちないように剣を突き刺そうとし、失敗したのではなかった。もう落ちる事が分かっていたから、僅かな時間に魔法陣を貼り付けて、次へと繋げた。


 障壁は中へ入ろうとするものは防ぐ。しかし、ただ上に乗っかっただけの、魔法陣から生えただけの、土の鎖は防げない。


「あさはかあああああああああああああああああ!」


 だが、土の鎖を辿れば軌道も読める。そして何より、土の鎖を断ってしまえば道は閉ざされる。


 アコニツムが鎖を断つ前に腹を開けば、サルビアの勝ち。一度でも取り付けば、後はもう騎士の独壇場だから。


 サルビアが辿り着く前に鎖を断てば、アコニツムの勝ち。障壁を張る魔力が無くなり、落ちていくだけの男に当たるまで炎の雨を降らせるなんて、龍にとって朝飯前だから。


「死ねええええええええええええええええ!」


 振り被った腕では間に合わない。故にアコニツムが選んだのは、火球で鎖を打ち砕くという選択。それは見事にハマり、サルビアが辿り着く前に鎖を壊し、腹の中のロロへと通じる道を閉ざした。


「死なぬよ」


 支えを断たれたサルビアは空中でふわりと浮いて、笑ってみせた。


「まだやり残した事が、妻に頼まれたおつかいが残っていてな」


「しまっ」


 重力に逆らい、残り10秒に満たない浮遊(・・)で更に前へと進む。鎖を砕く為に振り向き、動きを止めてしまったアコニツムの隙を突いた。鎖を断つ事を考え過ぎて、浮遊の残り時間を一瞬忘れたミスを突いた。


「それまでは、死なぬよ」


 騎士は両手の剣を深く握る。愛した者に託された約束を果たす為、目の前の手がかりを取り戻さん為に。その為ならば目の前の龍の種を絶滅させる事に、何の躊躇いもない。


「我もだ……我も!死ねぬ!」


 振りかぶっていた巨大な腕の行き先を、変更させた。空いた穴から炎を噴出させて加速。限界を超えた強化によって、サルビアの剣に強引に間に合わせる。全ては仇を討つ為。その為ならば腕の一本を捨てる事くらいに、何の躊躇いもない。


 互いに譲れぬ目的を持つ者。その為ならば狂気にも染まり、殺戮と自壊も受け入れる、取り憑かれし者達。


「我は復讐者アコニツム。黒髪を滅ぼし尽くす者」


 互いに道を阻むならば、排除するのみ。


「カランコエ騎士団団長、サルビア・カランコエ」


 誰に言われるのでもなく名乗り合い、己が想いをぶつけ合う。剣を外に身を内に回転し、範囲を広げたサルビアの赤と銀の斬撃と、燃え上がった炎の巨大なアコニツムの腕がぶつかり合う。


「ああああああああああああああああああ!」


「貰った!」


 断ち切られた龍の腕が炎と血を撒き散らして宙を舞い、サルビアが腹へと辿り着いた。自分の何倍も大きな、それこそ大木のような腕を、騎士は人外染みた技術によって斬り落としてみせてた。


 降り注ぐ血雨が炎によって蒸発していく中、騎士は龍の腹に剣を突き入れ、大きく掻っ捌いて覗き込む。時間はもう無い。アコニツムが痛みから立ち直る前に見つけて引っ張りださねば、魔力が無い状態で戦う事になる。さすがに、確実に勝てる自信は無かった。


「どこだ?」


 どくんどくんと脈打つ血管や内臓には興味もなく、手を焼いた消化液を拭う事もなく、赤やら青やら血やらで埋め尽くされた視界を魔力眼に切り替え、記憶の中にあるアコニツムとは違う魔力を探していく。


「……っ!?」


 見つけて、そして諦めた。なぜなら。


「死に続けているのか」


 灯っては消え、消えては灯るを繰り返す魔力の光。消化器官に点在していたそれは、一滴触れただけでサルビアの腕の皮膚を溶かした消化液に、ロロが永遠と消化され続けているという証明。


 あちらこちらに散らばった魔力の光は、原型をとどめていなかった。


「また、いつか狩りに来るぞ」


 去り際に大きく斬りつけてから、手を離す。魔法の浮遊とは違う、重力に引っ張りられる落下が始まりだ。


「……浮遊を使わされたのが痛かった」


 サルビアの魔力はもう限界だった。元より一般人に毛が生えた程度。他の騎士に比べれば少なく、シオンや妻と比べれば少なすぎる魔力だ。絶対的不利要素であるそれを、極まった剣術で瞬殺する事で埋めてきたが、今回ばかりはそうもいかない。


「全く、未熟で半端者だな」


 剣を虚空庫に仕舞った血塗れの騎士は、空で自虐する。もしかしたら、殺す事は出来たかもしれない。落下の衝撃を魔法で回避出来ないほど、魔力を使えばと。


「まだ未練があったか」


 しかしそうなれば、目的は果たせなくなる。自分を待つ者達に、会えなくなってしまう。今は死ぬべき時ではないと、思ってしまった。


「また、イザベラに小言を言われそうだ」


 上空で痛みにのたうち回り、ふらふらと飛んでいく龍を見て、悔しげに。しかし、団のみんなと会える事に少しだけ嬉しげに、サルビアは言葉を漏らした。













 あれから時は流れ、龍が骸となって数日経った頃。ぶよぶよとなった肉が蠢き、一つの穴が開通した。


「ぷは!ああ……これだけ連続で死んだのはいつぶりだ?」


 持っていた短刀で中を切り開き続け、ようやく出られたのだ。美味しいと感じる外の空気にロロは深呼吸する。生きている事を、ようやく実感できた。


「消化され続けるのは、さすがの自分でも地獄だったぞ」


 いくら死なないとは言え痛いし不快だと、べたべたになった裸体を見下ろして愚痴る。至急、身体を綺麗にしたいところであった。


「ここは……大河川か」


 近くを流れる水の音に幸運だと笑う。身体を拭く事が出来るし、何より、


「ショートカット?になったな!」


 懐かしい思い出の場所であるここは、ロロの目的地と非常に近い位置だ。騎士に封じられ、龍に喰われて予定は狂ったが、結果を見れば早まった。


「まぁ一度その上空を飛んでいたようだったが。しかも、シオンが『一の試練』をあっさり飛び越え、あまつさえ『盾』を発動させたとは。前者はともかく、後者はどういうことだ?」


 とはいえ、もうちょっと早くに龍が堕ちていれば目的地だったのだが。どうにもならない願いを口にしつつ、思い浮かべたのはその時に感じたとある少女の願い。弱すぎると断じたが、これはもしかするかもしれない。


「さて、どちらにせよ急ぐとしようか」


 急がねばなるまい。刻限はもう、迫っている。なるにしろならないにしろ、このままだとシオンを使うしか無いだろう。


「とりあえず行水だがな」


 急ぐにしろこの格好ではダメだと、何度も死んでいた不快感を洗い落とすように、ロロは川へと身を投げた。


「きゃああああああああああああ!へ、変態!」


「し、失礼!」


 ろくに見ずに飛び込んでしまった為、先客であった全裸の女性に魔法を撃ち込まれてしまったのだが。


『飛龍の身体について』


 燃費以外の飛龍の身体は、ほぼ全ての生物より優れているとされている。剣の方がへし折れる硬度、魔法を簡単にかき消す魔力抵抗を持つ鱗。数ヶ月間休みなく高速で飛び続けられる翼。数キロ先の物体まで捉えるとされる眼。危険の匂いまで嗅ぎ分けるとされる鋭敏な嗅覚。人間一人くらいはある牙と爪。自動車10台で瓦割りできる筋力。最強の噛む力を持つ顎。酸性雨より強い唾液や消化液など、自由自在に操られる、鞭のような尻尾など、挙げればキリがない。しかし、その中でも有名なのは骨と血、ついでにマニア達に肉だろう。


 骨は金剛石の数倍から数十倍硬い、独自の物質によってできている。翼竜やチーターなどとは違い、骨の中は空洞ではない。その余りの硬さ故に、斬ることは出来ないと言われていた。というより、最早骨と呼ぶべきか鎧と呼ぶべきか分からないほどに身体を守っている。戦車から放たれた砲弾でさえ弾くこの骨がない皮膜こそ、龍にとって大きな弱点である。


 鱗と骨ごと片腕を断ち切ったサルビアの剣の腕は、最早彼が人間であるか疑うような域である。他に実践できる者は、歴史でも一桁ほどしかいないことだろう。


 人間が簡単に泳げる大きさの血管を流れる血の有名さは、主に迷信によるものである。一時期、龍の血はどんな病も怪我も治療し、不老不死となると噂されていた。が、先述の通りそれらは迷信。だがしかし、遥か昔、それこそ『魔女』より前の時代の研究では、「傷の治癒力を早める」効果があるという資料が残っている。これがねじ曲がり、不老不死に繋がったのだろう。以降龍は、不老不死を願う者達から狙われる事となる。


 しかしその一方、龍の血には多くの魔力が含まれており、特殊な魔法陣の素材にされることもある。不死を求める者と、魔法陣研究の為の素材として求める者。両者の需要とその貴重さが合わさり、価格は高騰。貴族ですら容易に手が出せない値段となっている。その上偽物が大量に出回っているというのだから、手に負えないのが現状である。


 肉。知ってる者は最早いないに等しいが、龍の肉は実に美味である。とろけていると錯覚するらしい。『魔女』によって龍が絶滅しかけた時、「ならば今のうちに食べねば」と多くの人間が狩ろうとしたくらいに。一番の美味はなんと龍の脳味噌。これを炙って塩を振ってかけるのがいいらしい。こうして食べると賢くなると言われていたが、残念ながらこれも迷信である。


 ほぼ全ての生物を超越する質を持つことから、しばしば量のゴブリンと比較される。しかし飛龍が絶滅寸前、ゴブリンが大繁栄と、現実とは実にままならないものである。


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