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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第63話 壁の中と路

 

 善は急げ。司令室から出た仁とシオンは今、桃田と楓と共に壁へと向かっていた。司令としては刻印の開発のフリをしていて欲しかったのだろうが、悩んだ挙句に調査の許可を出してくれたのだ。


 仁とシオンの格好はいつもとは違う。服は軍に支給された服ではなく、顔をすっぽり覆うフードの付いたみすぼらしいボロ切れ。シオンは義足を外して杖を突き、仁も氷の脚を古びた包帯で隠している。


 念の為、今日から変装してくれと柊から手渡されたものだ。古く汚れて見えるように加工しているだけで、実際に汚れているわけではない。


「ねぇ、なんで壁を『魔女』が創ったって思ったの?」


「黒い膜を張った時に、変な場面が見えたの。『魔女』は確かここのどこかにある、暗い部屋にいて……あと、私が外から街を見つけられなかったのはおかしいと思って」


 突拍子もない意見の理由を尋ねた僕に対し、フードから僅かに見える唇を動かして述べられたのは、無我夢中の彼女が見た記憶と違和感。言われてみれば、おかしい点はいくつもあった。


 まず、シオンが外から見て発見できなかった事。煙などの何かしら生活の証は、外からも見えるはずだ。実際、街の中で煙の立っている施設は数箇所あった。なのにシオンは見つけられなかったし、仁にも煙は見えなかった。


「だからあの龍は、なんで見つけられたのか分からないの」


 ただし、これは何故アコニツムに見つかったのかという疑問は残る。


「『魔女』の縁と地がどうとか言ってなかった?」


「わ、私も聞きました。もしかしたら、前から知ってたとか……?」


 こちらも一般人の服装をしている桃田と楓の言う通り、隠される前からこの場所が『魔女』が創った岩壁だと知っていた可能性が考えられる。知っている者には効果が薄かったり、効かなかったりするのかもしれない。


「光石だとかの資源がたくさんあるわけだよ」


 何らかの魔法で隠されているかの真偽は分からないが、僕はこれが怪しいと頷きながら疑問点を上げる。


 どうやって創ったかは分からないが、仮に狙って立地を考えて創った事が確かなら、生活に役立つ資源が街の周囲で固まって取れるのも納得がいく。


 光石に温泉。その他の資源もそこそこ取れる。柊はこの地を、住まうには最高の地と言っていた。


「街がすっぽり入るような大きな岩ってのも、よくよく考えればおかしいな」


 街一つが収まるような、とてつもない大きさの岩もそもそもおかしかった。いや、もう岩というより、一種の盆地と考えても良いかもしれない程の巨大さだ。


「わ、私の世界だと『魔女』と『魔神』とか他の英雄達のせいで、すごい地形ってのはあり得なくはないから……」


「これが普通のシオン達の世界、よく壊れなかったな」


 しかしこれは日本人からすれば異常であれど、異世界人にとってはさほど気になる要素ではなかったらしい。ここまで馬鹿げた規模で地形を変形させる、核兵器並の個人がいた事に、日本人達は一歩引く程驚いている。


「えっ?」


 しかし、桃田と楓が本当に驚いた場所はそこではななかった。


「……いや、その。二人は知らないのかな?」


「何を?いや『魔女』がこの壁を創ったなんて」


 仁達の知らない、何かに驚いていた。知らない事を知っているかと聞かれても、答えられる訳がない。


「この街は、入りきった訳じゃ、ないんです」


 故に、知っている彼らを待った仁に与えられた答えは、普通に考えれば当たり前だと分かるものだ。しかし、今の街を見ればそうは思えなかったものでもあった。


 今まで見た事も来た事がない方角の壁の端。何度か壁の端に来た事はあれど、そこにはなかったから気付けなかった。すっぽり入ったなど、錯覚した。


「見えてきた……うん。見れば、分かると思うよ」


 そこにあり、桃田が指を指し、仁とシオンが口を開けたのは。


「家が、壁にめり込んでる?」


 壁と家がくっつき、ずっと並んでいる光景。半分だったり、少しだったり、僅かしか屋根が見えなかったりと家と壁のバランスは様々。しかし、どこの家も壁にめり込んでいるという異様さに変わりはない。


「いいや違う。家が壁の部分で切断されてるんだ」


「それってどういう!?」


 桃田に間違いを訂正されるが、それでも目の前の光景の意味は理解できない。いや、言葉にすれば理性は分かるのだ。


「……途切れてるんです。ここから、ばっさり」


「本当は、こっから先にもまだ街があったんだよ?でも消えたんだ。行き先は全くもって分からない。壁の裏側には何もなかったしね」


 情報を形にした二人の言葉が耳に届き、ようやく脳が理解を開始する。壁と接している場所以降を全て切断され、それがどこかに消えたという事は。


 あの日、この街は壁の中にすっぽり入ったのではない。ちょうどいいサイズへと切り取られたのだ。まるで子供が遊び終えたブロックをちょうどいいサイズに分解して、箱に放り込むように。


「そこにいた人達は!?」


「分からない、です。けど、この街が生きてこれたのは壁があるからで……」


 人の命を心配したシオンだが、答えは出ている。街並みが消えて人だけが都合よく残るなんて、この世界はそう甘い所ではない。


 消滅した訳ではなくら他の場所に飛ばされたとしても、生存は絶望的だ。この壁があったから、柊達は助かった。むしろ多少の犠牲はあれど、この壁の中に入れてもらっただけ、幸運だったのかもしれなかった。


「本当に、神の所業かとでも疑いたくなるよ」


 異世界との融合の理由も手順も分からない。ただ文明を壊し、人類をほぼ絶滅に追い込んだという結果だけが確かだ。それはまるで、天のいたずらである隕石によって地球上の生命の九割が死滅した時のよう。仮にこれが人の業であるのなら、それは一体何の為か。


「さぁ……嘆いても現状始まらない事だけは、俺らでも分かるけどね」


 運命に翻弄され、必死に抗うしかない無力な人間はそこに答えなんてないのに、天を仰ぐ。


「けど、今回これが手がかりになるかもしれない」


 だがしかし、今はその壁にヒントが残されているかもしれないのだ。


「もしかして、その『魔女』が今回の転移を引き起こしたんですか?」


「可能性はあるらしいの。最低でもそれくらいの魔力がいるはずだから」


 今までの話をなぞった楓が、ある推測に辿り着く。それはあくまで可能性の一つでしかないと前置きしながらも、無関係ではないとシオンは思う。


 ロロが容疑者として挙げた名前は、『魔神』と『魔女』の二つ。片方は神の名を冠する化け物だし、もう片方も天変地異を引き起こした災害そのもののような存在。


「『勇者』は、死んだらしいしね」


 だが、忘れてはならないもう一つの名前、それは『勇者』だ。とは言っても、世界を救う英雄に動機は見当たらないし、そもそも『魔神』と『魔女』を倒した『勇者』は死んでいる。


「一応、今代や先代の『勇者』の可能性も考えたけど、彼女は違うと思う。魔力も多いとは言え、こんな魔法が発動できる程は無かったし」


「『勇者』は襲名制みたいになってるのか」


 しかし、『勇者』の名前は受け継がれているらしい。それでも、伝説の『魔神』と『魔女』を打ち滅ぼした程の力は既に無く、強者に国を護る柱として与える名前となっているそうだ。


「そして、会ったことあるのね」


「一度だけだけどね。鍛錬中に突発的な訪問で私を隠せなくて、しかも私の姿を見せて欲しいって言われて断れなくて」


 お家柄、大貴族の娘として産まれた忌み子の姿を一目見ようと来た『勇者』の事を思い出し、シオンは当時の彼女の強さを語る。


「私のお父さんより剣の腕は弱いけど、とてつもない系統外を持ってるらしいわ。黒髪戦争で戦いが嫌いになっちゃったみたいで、私の家に来た時にはもう隠居してた」


「あれ?もしかして今の『勇者』ってお婆ちゃん?」


 シオンの話が進む程、仁の頭の中の筋肉ムキムキな女騎士が少しずつ柔らかく、細くなっていき、最後は少し痩せ気味のおばあちゃんで落ち着いた。


 黒髪戦争を戦い抜いたとなれば、少なくともサルビアと同じ四、五十代辺りか。強すぎる力を持ったが故の一方的な虐殺の末、戦うことが嫌になったのだろう。


「ううん。三十代半ばだったと思う。確か黒髪戦争に参加したの、十三歳の時だったから」


「十三!?」


「あの人はなんというか、年齢という概念を超越してるってお父さんが言ってたけど、私も詳しくは知らないの」


 初めて人を傷つけ、殺した年齢が十三歳。いや、訓練を含めればもっと前からかもしれない。


 日本では中学生の女の子が剣で人を斬り裂き、魔法を人へと撃ち込み、死を量産する?シオンのような必要以上に若く見られる体型とは違う、本当の十三歳が『勇者』の名を背負う?


 前者なら、仁の世界にも似たようなのがいくつかあった。しかし、後者は聞いた事がない。むしろ万能感が抜けきらない程若すぎたから、名を背負い切ることが出来たのだろうか。背負う事を決意しただけで傷つく仁には、想像もつかなかった。


「他に魔法に秀でた人物……私のお母さん、魔法学者の叔母さん、魔導師の叔父さんでもダメね。有名どころも大抵お母さんより弱いし。やっぱり、今生きている人の中であんな魔法が発動できるのなんて、封印されている『魔神』か、どこにいるのかも分からない『魔女』しかいないわ」


「シオンの家系って、やっぱりエリートなんだな」


「素晴らしい?私、嫌いだったけど……」


 今初めて聞いたシオンの叔母と叔父の地位と、ここに名前が挙がる程の三人の強さに乾いた笑いが溢れ出る。そんなとんでもない魔法の才能溢れる人間達と、剣において右に出る者なしと名高いサルビア。シオンの親戚は英雄達のバーゲンセールである。


「少なくとも、『魔女』の情報を得て役に立たないことはないと思う」


「そうか。一回目の襲撃で使えて二回目に使えなかった理由」


「ん。この街のどこかに魔法陣が残されていると思うの」


「えっとあの、どういうことでしょう?」


 話を戻し、勝手に納得した仁とシオンに、楓と桃田は説明を求める。


 発動しようとした回数はたった二回。どちらも、大切な何かを身を呈してでも護りたいと少女が願ったはずだ。なのになぜ、一回目だけが成功したのか。


 まず考えられるのは一回目と二回目での条件の違い。相手も願いも同じ。対照実験で考えればつまり。


「一回目の襲撃はこの街。二回目の戦闘は外。つまり発動条件はこの辺り、街の中のみだと推測できるわ」


 魔法陣をこの街のどこかに隠し、壁の中でしか発動できないのなら、辻褄は合う。この他にも条件はあるのかもしれないが、割といい線をいっていると仁とシオンは思っていた。


「もしもだけど、その魔法陣が解読できればコピー……あ、真似して更に代償の少ないように書き換えたり!」


 あの黒い膜がノーリスクで発動できるようになれば、対騎士戦でも希望となる。最高戦力であるシオンが、動けなくなるのが問題なのだから。


「あんな大規模な魔法を発動できるだけの魔力を用意して、見たことも無いような魔法陣を一瞬で解読できるのならね」


「うへぇ。無理だぁ」


 そんな僕の儚い願いは、シオンの現実的な分析によって打ち砕かれた。街一つを何らかの防壁で覆うなんてシオンでも無理だし、リンクするとはいえあの硬さは異常である。一体、どれだけの魔力を必要とするのか。


「でも、可能性は無いわけじゃない。だから今は、情報を得なきゃ」


「少なくとも、この街の中でしか発動できない事がわかることだって十分な収穫だしね」


 壁に手を当てて魔力を集中。利になる可能性があるのなら、何かを知る事が出来るのなら、やるべきだろう。


「表面に魔力はない」


 軍の管理も行き届いていない、街の外れ。天に見放された廃墟街に人目は無く、シオンは躊躇いなく土魔法を使って穴を掘り始める。


「おお……」


「ほわ。すごい」


 少女が手を翳して前に進んだ距離だけ壁が凹んでいく様は、軍の二人にとって新鮮だったようだ。少年のように目を輝く目と、感嘆の息がそれを表している。数メートル掘り進めた所でシオンは手を止め、目を切り替えた。


「ん、ここから硬くて。うん、ある。やっぱりだ。魔力で壁の大半を一から創り出して、表面だけは普通の土を盛り返して固めてたんだ」


 削った先の壁にぼうっと淡く光る魔力を確認、これにて確定。この壁は魔法で人為的に創られたものだ。


「魔力眼で見えないようにか」


「創った事を隠すというより、壁が魔力で光るのを見られるのが嫌だったんじゃないかしら。遠くからでも目立つから、たまたま近づいた人が調べだすだろうし」


 これだけ大きな、それこそ遠くからだと山だと錯覚するような岩の壁が魔力に彩られていれば、誰だって調べようとするだろう。それは、この馬鹿げた大きさが人為的に創られた事を意味するのだから。


 魔力がなければ、この壁はただの岩山にしか見えないのだ。仁達もロロから貰った地図が無ければ、堅と環菜に見つからなければ、物珍しさに立ち寄ることはあっても、中の街に気づくことはなかったかもしれない。


「俺らには普通の壁に見えるんだけど……あ、ここから硬い。まぁこんなでっかいのを、『魔女』ってのはすごいね」


「な、何の為なんでしょう?壁の役割って何かを防いだり閉じ込めたり?あ、人間から身を守る為?」


 もっとも、魔力眼を持たない者達にはただの岩にしか見えない。魔法に慣れない桃田と楓が、それ以外の違いは無いかと壁をツンツン触る。パラパラと剥がれた魔力の無い土の破片が宙を舞い、奥の面を露出させていく。


「待って!触らないで!」


「へ?ちょっ、びびった……」


「なんで、なにこれ」


 何かに気づいたシオンが、土の壁に触れて剥がし続けていた二人を声で呼び止め、土の縄で物理的に腕を止める。いきなりの制止と魔法の発動に飛び退く桃田と楓だが、シオンが土魔法で丁寧に剥離させていく壁に意味を知る。


「なるほどなぁ……壁の中は中でも、本物の中かよ」


 土色に混じる、美しく滑らかな黒い紋様と線に纏わりつく漆黒の結晶。


「刻印」


 幾重にも張り巡らされた曲線が形を成し、魔法としての意味を持つそれは驚くべき事に、仁の身体に刻まれたものと形は違えど同質のものと思われる。断定できないのは余りにも巨大なのか、この紋様が氷山の一角でしか無いからだ。


 おそらく、この円形の壁を一周するように刻印が刻まれているのだろう。


「この結晶綺麗だけど、刻印の代償だよね?」


「多分、そう」


 周りの土が結晶化しているのは、シオンが街を守る為に発動したせいだろうか。感触は非常に硬く、先は指が切れそうな程鋭い。


「それにしても、まさか刻印が見つかるなんて予想外で好都合だわ」


「どゆこと?」


「離れてて」


 真剣な表情で喜び、仁達を牽制したシオンが刻印に右手を向けて進む。触れるか触れないかの距離で一瞬だけ、悩むように止まって、彼女は最後の一歩を踏み出し、刻印に触れた。


「……!……?」


 瞬間、少女は何かに耐えるように顔を苦しげに歪め、目を閉じる。時折揺れ、震える身体は何かに脅える赤子のようで。


「……はっ、はぅ……」


 壁を触っていない手で胸を掻き毟り、耐え難い痛みに襲われたように、身を何度もよじらせる。離れててと言われてももう限界だった。


「シオン!シオン!大丈夫か?」


「だ、大丈夫……」


 小さい背中からでも分かる異常に仁は駆け寄り、耳元で何度も呼びかけた。それでも少女は決して壁から手を離さず、苦しみ続ける。


「……これ、本当はこういう使い方じゃ無いんだけど、私の魔力を上から流しこんで道を辿って、部屋を探してるの」


「『魔女』がいた部屋か」


 本来は、刻印に満遍なく魔力が染み付いているかを確認する方法を応用。刻印の通路に流れ込んでいくシオンの魔力は、手足の感覚のように線の上から感覚を掴み、不自然な空間を探している。


「……魔力に感情がある?いや、残ってる?のが、辛いかな」


「残ってる?魔力に感情なんてあるの?」


「……恨みだとか怒り、殺意。そして絶望とか、そういう負の感情がすごい」


 刻印に魔力を流し込んだ時に、僅かに跳ね返ってくる『魔女』の黒い魔力。その中で暗く、激しく渦巻く感情が、シオンの心と身体を蝕むのだ。


「壁の中には特にない。地下へと魔力の路が流れてる」


 だが、手は離さない。少女は探す事をやめない。瞼を閉じ、街を覆うような円形から、下へと分離した魔力の路を感じ取って辿る。


「この辺……あう、あ?」


 大体の場所が分かり、シオンが更に多くを知ろうとした瞬間、流れ込んでくる負の感情の量が一気に増えた。さながらそれは、侵入者を撃退する罠のようだった。


 深すぎる恨みが耐えられないと叫び、激しすぎる怒りが荒れ狂い、殺意が誰かを殺したいと暴れ回る。そしてそれら全てが、何よりも黒い絶望によって埋め尽くされていく。


「殺さなきゃ。殺さなきゃ」


 指先が震え、動機が上がる。流れ込んできた魔力がシオンの感情を『彼女』の物へと作り変え、再び記憶の蓋が弾け飛んだ。


「誰もが私を忌み嫌う」


 何もかもが死に絶えた戦場を横切る『魔女』は一人、手の中で溢れそうな肉塊に呟いていた。足元の骸を魔法で退かし、真っ直ぐに進んでいく視界。


「けどそれは私が望んだ事。彼らはずっと私達の掌の上。真実に騙されて踊り続けるわ」


 争っていた二つの国の総力戦とも言える戦場に割り込み、『魔女』以外に立っている者がいなくなったという今回の結果。それが齎した結果を確かめるよう、『魔女』は肉塊のない掌を何度も握り締める。今日得た力を離さないと言わんばかりに。


 愛おしいものに触れるよう、例えるなら仁に触れるよう、彼女は掌から溢れ出した肉塊をそっと地に降ろす。いつもこうだ。彼女の魔法は強力すぎて、最小限の力でさえ人は死んでしまう。


「あら……あなた、生きてるの?」


 数メートル先の骸の山が僅かに動いたのを見て、『魔女』は心配そうに声をかける。たまたま重みに耐えかねて一部が崩れたのか、それとも生きていたのか分からないが、確かに動いた。


「生きてるなら、返事を……まぁ、いいわ」


 どうせ全部、燃やすからと。彼女はもう一度、魔法を発動させて、骸の山を炎の海へと生まれ変わらせた。死体の出すリンによって青に染まった、炎が踊る幻想的な死体の処理。


「せめてあなた達の次の旅路に、幸福がありますように」


 それはまるで、死を惜しむ火葬のようだった。









「はぁ!……はっ!はっ……」


 現実への帰還は唐突だった。『魔女』としての視界が消え、戻ってきたのは壁と刻印と、こちらを覗き込んでくる心配そうな少年の顔。『魔女』の記憶で役に立ちそうなところがないかは後で確かめようと、そして心配させまいと少女は胸にしまいこみ、平静を装った。


「悪い。ちょっと強引だった。けど壁にくっついたみたいに取れなくて」


「で、どうだい?見つかった?」


 刻印から魔力の影響を受けているなら、そこから引き離せば解除されると考えた仁が手を掴み、引き離したのだ。その際かなり力を込めたのか、シオンの腕に握った手の跡が残されている。


「こっちもごめん。途中で追い返されたけど、見つけたわ」


 シオンは感情と記憶の渦に呑まれた事を謝り、得た成果に小さい胸を張る。一同が場所を待ち望む中、彼女は額から玉のような汗を流し、


「大体だけど、この街の中心辺りの地下。そこに『魔女』の部屋がある」


 『魔女』の手かがりとなる場所を見つけた事を、報告した。










 シオンの見た記憶では暗く、窓もなかったという『魔女』の部屋。地下だというならば、その条件も納得ではある。


「で、街の中心を掘り返したいと」


「ええ。大体の場所しか分からないから、かなり広く深く掘る事になると思います」


 問題は、そこに辿り着く方法が地面を掘る以外に見つけられなかった事だろう。


 仁は司令室でその旨を部屋の主へと伝え、許可を仰いでいた。場合によっては幾つかの建物を取り壊す作業となり、そうなれば軍の権力を使わざるを得ないだろう。中心部故に、軍の建物や工場が多いと言うのもある。


「その『魔女』とやらは毎回、地面を掘り返していたのか?」


 一回一回部屋に入る方法が掘り返すなどあり得ないず、柊はどこか別に入り口は無いのかと尋ねる。仁もシオンもそう思い、必死になって探した結果辿り着いた結論は、


「ううん。多分ですけど、この街が上に乗ってしまって、入り口が潰れたみたいです」


「どっかの家の下敷きになってるんじゃないかって」


 この街の転移によって押し潰され、見えなくなってしまったというもの。


「部屋を探そうとしていることがばれたのか、もう刻印に手を当てても魔力が流し込めなくて……」


 再び手を当てて入り口の場所を探ろうとはしたものの、どうやら刻印はシオンを異物と認識したらしく、二回目以降は何の成果も得られなかった。


 となるともう、発掘作業のごとく掘り返して、部屋に辿り着くしかないだろう。


「多分、土魔法で小さな穴を開けまくれば空気が見つかるはずだから、そんなに長くはかからな」


「ダメだ」


「えっ?」


「忘れたのか?」


 魔法を使えば手間も時間もかからないと言ったシオンの提案を、柊は即座に却下。どうしてかと困惑する二人に、柊は丸い頭を苛立ったように掻き毟り、


「二人にはできる限り、魔法の開発のフリをしていて欲しいと言っただろう」


「「あっ……」」


 今回の調査を渋り、次の発掘作業を却下した理由を思い出させた。わざわざそんな小細工と思うかもしれないが、これは大切な事だ。仁とシオンは今や注目の的、毎日誰かに監視されていると言っても過言ではない。


 そして、彼らに一片の疑問も持たれてはならない。二人は一切開発している素振りが無かったのに、いつ作ったのかと疑われてはならない。少しでも疑われれば、仁の刻印が異様に似ている事から、真実に辿り着く者達が出てくるかもしれない。


 馬鹿げているかもしれないが、その為に毎日部屋に篭って研究している風を装わなければ。


「六日後の予定だぞ?今日外出を許可したのは、人目の少ない街の外れだったからだ」


 人目も無く、シオンと仁である証の魔法を使ってもバレないような場所だったから、柊は今日の外出を許可したのだ。それが街の中心となれば、人目は絶対にあるだろうし、変装していようが魔法を使えば一発で正体がばれてしまう。


「でも」


「その間、軍の者達で『魔女』の部屋を探す。貴様らは開発のフリに専念しろ。いいな?」


「……はい」


 早く見つけた方がという気持ちから食い下がるも、頑なに譲らない柊と筋の通った話を前には、折れるしかなかった。


 こうして地下にあるはずの空間で『魔女』の手がかりを掴むことは、先の話となる。


 俺にはどこか、柊が無理に筋を通したように聞こえのだけれど。


『魔法陣の研究』


 魔法陣の研究者は極めて少ない。そもそも日常で使うことがあまりなく、戦場では一見有利な二重発動も、激しい頭痛に耐える精神力がなければ逆に足枷となってしまう。そもそも魔法陣なんかなくたって、単独発動なら大体の魔法が使えるのだ。適性に左右されるとはいえ、日常生活に支障をきたすほど適性が低い者は稀。かといって戦闘時に支障をきたとしたとしても、そもそも戦闘中に魔法陣を取り出す余裕があるのかという話である。


 故に、進歩すれば便利だろうけれど、今のままでもさほど困ることはない。それが、魔法陣に対する一般人の感想だ。


 だがそれでも、魅力に取り憑かれたものはいる。研究したい理由はそれぞれ違うが、魔法陣研究者には究極の目標が四つ存在する。しかし、ほんの僅かな効果の違いで、法則は残しつつも魔法陣の形は激変する為、どの目標も難航している。


「一つ。既存の魔法陣の強化」


 現状存在する魔法陣の形をぶち壊し、より効率の良いものにしてやろうとする目標。炎の槍を生み出す魔法陣でも、陣の形の種類によって効果が大きく変わる。適性の高い形、魔力の消費が少ない形、威力が大きい形、巨大な形など様々。これらに手を加え、まだ誰も見たことがない効率の良さの魔法陣を創ることが、第一の目標である。


「二つ。現状存在していない魔法陣の作成」


 未だ陣が存在しない属性魔法や系統外が、この世には多く存在している。それらを発動させる形を探すのが、第二の目標である。僅かな法則性しか判明しておらず、現状では当てずっぽうに形を当てはめるしかない。たまたま組んでみた魔法陣をとりあえず発動させてみて、どんな効果が出るのか確かめるという極めて非効率的な研究の仕方をしている。というより、そうするしかない。このように、後述の第三も含めて狙った魔法の陣の形を作るというのは凄まじい運が必要、というよりほとんど不可能なことである。


「三つ。魔法陣でしか発動できない魔法の開発」


 この研究をしている者は他に比べて少ない。そもそもどういう意味かと言うと、発動に必要な適性が異様過ぎる魔法を創ろうということである。


 魔法陣の利点として、魔法陣さえあれば適性に関わらず一定の効果で発動できるというものがある。つまり、どんな人間にも発動できないとされるほど必要適性が高い魔法も、未だかつて誰も発動したことがない魔法も、魔法陣さえあれば発動できるのだ。


 世界融合の魔法がこれに該当する。そもそも世界と世界を融合させる魔法の適性なんて、誰が持つというのか。そもそもそんな適性があるなんて誰が分かるのか。というより、誰が過去に世界融合の魔法なんて使ったことがあるのか。それ以前に、世界融合ってどういう感覚で、どう念じれば発動するのか。


 答えは、誰もそんな魔法使ったことなんてないし、そんな適性を持っている人間がいるか分からない上に、誰も発動のさせ方を知らないだ。


 しかし、魔力の込められた魔法陣さえあれば、発動できるのだ。原理は一切不明、当てずっぽうに書いた形が偶然世界融合の陣であり、魔力が足りて扱えさえすれば、誰にだって発動はできるのだ。


 適当に組んだものや失敗したと思われた陣から意図せずして新種の魔法が発動し、それが後に一般的に浸透。多くの者が陣なしで発動できるようになった魔法も数多く存在する。


「四つ。陣の進化」


 みんなが思い描く魔法陣とは、紙の上に円。その中に複雑な模様や文字が描かれたものだろう。それは大体合っている。しかし、ここで紹介する第四の目標は、常識であるその原形にとらわれないものである。


 紙の上だけという時代はすぐに消えた。剣や鎧に仕込まれているのは当たり前。今では魔法陣が仕込まれた服や財布、下着などが開発され、普及している。非常に珍しいケースだが、非常時に備えて魔法陣を裸に描いた猛者もいる。


 進化は描く場所だけにとどまらない。魔法陣を幾重にも重ねて威力を増幅させた『積層型魔法陣』や、円を終わらせずに延長させて他と繋ぎ、一つ目が発動し終わったら全自動で二つ目に切り替わる『多重連結式魔法陣』など、様々な工夫が施されている。


 九割の偶然に頼り、一割の法則性と根気で魔法陣研究者は更なる高みを目指す。



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