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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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酔馬の夢。かの者は勇者イカロス

 鉄の翼を失い堕ちゆく『勇者』が最後に見る夢は。

 

 あなたが死ねば世界は救われます。しかし、あなたが身を捧げなければ、世界は滅びます。


 仮にそう言われたとして、あなたはどうしますか?


 救う?それとも自分がどっちにしろ死ぬのなら、道連れにしてやる?もしくは好き勝手に迷惑かける?


 友達との話や、小説では何回かは聞いた事のある、現実になるなんてあり得ないような、馬鹿げた問い。しかし、そんな幻想が現実となった世界で酔馬は、この問いに直面し、彼は夢を見た。








「……不味いんじゃないですかねぇ」


 機体のコックピット。ヘルメットの中。目の前の想定外の光景に、ため息を漏らす。


 対空ミサイルを障壁の固定に用い、シオンと自分達で注意を惹きつけた所を、空を落ちる仁が決定打を打つという作戦。


 実際、素晴らしいまでに事は思惑通りに進んだ。いや、仁の発想もぶっ飛んではいるものの、すんなり進めたのはシオンと堅と、そして自分のお陰だ。かなり少女に割合が傾いてはいるが、それでも。


「僕、頑張ったのになぁ」


 自画自賛。そう思われるだろうが、これは事実である。龍の炎の蛇や雨を全て躱し、障壁を固定させる為に危険を冒して近くを飛び、ミサイルを見せびらかし続けた。撃ったミサイルだって、撃墜されたものの直撃コースだったはず。


 こんな事ができるのは、あの街に何人いるだろうか。


「堅さんもできてましたけどね!はぁ。帰ったらチヤホヤされてモテモテになって、みんなに認められるはずだったのに、これだ」


 このまま帰れば、賞賛される未来があるはずだ。街を救ったとなれば、ポイントはたくさん。高級風呂に入り放題、色街に行き放題、可愛い女の子とだってお付き合いできるかもしれない。龍の翼が破れた時、そんな未来を幻視した。


「やる事、やり残した事、たくさんあるんですけどねぇ。あの作戦だって途中だし」


 そう、このまま、想定外の事態に対応できていない二人の魔法使いを見捨てれば。輝かしい、滅びへと続く未来が現実となる。仁とシオンがいなくなれば、この街は障壁に対抗する手段を失ってしまう。


「想定外、ですよねアレ」


 シオンと仁で魔法の盾と障壁を作り、炎を封殺する。作戦会議にそう聞いていた。しかし、龍の恨みと狂気は想定の範囲を遙かに超え、自らの身体を武器としてまで殺しに来た。


 何とか一撃目と二撃目までは受け止めたようだ。未だに消えない魔法の盾と、攻撃し続ける龍が教えてくれている。しかしこの状況、あの三人から聞いた魔法の中で対処できるものは思い浮かばなかった。


「邪魔で無駄な助け、かもしれないって分かってるんですよ?」


 もしかしたら三人は、想定外のこの事態を対処する術を持っているのかもしれない。龍の身体は魔法判定で、シオンの身体すれすれで止まっているのかもしれない。


 幾つもの否定の為の仮定が脳に激しく主張してくるが、酔馬の今している動きは、それと真逆のものだった。


「けど、そうじゃない可能性があるのなら」


 しかし、これが本当に彼らの危機であったのなら?見捨てたせいで、酔馬を含めた人類が滅ぶのなら?


「はぁ」


 三つ目の牙を用意しているアコニツムと三人の間に、機体を傾ける。幻影という愛称まで持つ酔馬の愛機だ。元より物理障壁の固定の為にそう離れていない距離。必ず、間に合う。間に合わなくても、間に合わせてみせる。


「やれやれ。今度は龍の牙にいじめられるなんて、僕の人生、最後までいじられてばっかりだ」


 思い返せば己の人生、常に誰かにいじられていた。軟弱そうに見えるからならば、己を変えようと自衛隊に入って柊達と出会っても、何も変わらなかった。


「でもまぁ、あの人達なら悪くなかったですけど」


 嫌だったけれど、最早そういう星の宿命と思い諦めて少し離れたところからみれば、存外悪くないと思えるようになったのだ。


 何せいじりとは、愛情のこもったものである。そこに愛の無いいじめとは違う。いじられて困った顔をしていた酔馬は、内心嬉しかった。みんなが、笑顔になってくれたから。それは変わり果てたこの世界でも、例外ではなかった。


 いじられるのを受け入れてから、己の反応をみんなが楽しむように意識した事はない。いつも、いつも、ただありのままに反応し続けた。蓮の言う通り、酔馬はいじられる事に関しては、やはり虎の子だったのだろう。


 そうしていじられ続け、笑顔を増やし続けてきた人生を酔馬は悪くないと思った。大好きだった車などの乗り物に関しても、桃田や仲間が引き継いでくれるはずだ。蓮が壊さない事は天国から祈るしかない。


 強いて不満を言うなら、恋人が欲しかった事と、最後のいじりが愛の無い敵の牙である事くらいか。


 元より気になる相手とは程々の距離を望んでしまうヘタレだった酔馬には、色々と手を汚してきた自分には無理な願いか。これで認められればとは、思っていたが。


「はぁ。損な役回りばっかり。慣れてますけどね」


 例え生還してもその先に未来がないのなら、きっとその生に意味はなくなるだろう。何も残せずに、みんな死んでしまうのだから。それは無駄死にとなんら変わらない。いや、下手したらそれ以下だ。


 いきなり後数秒へと縮んだ寿命に、恐怖が止まらなかった。死後の世界はどうなっているのか、想像するだけで吐きそうになって、逃げそうになってしまう。


「けど、やるしか、ないんですよ」


 しかし、逃げない。身体の震えは許すが、逃亡だけは決して許さない。進行方向を変えようとする腕を、必死に抑えつける。


「僕だって、救いたいって思ってるんですから」


 酔馬は託す事にしたのだ。意味を無くしてしまうかもしれない生より、意味があるかもしれない死を選んだのだ。


 酔馬は優秀ではある。だが、それ以上に仁とシオンは、この街にとってかけがえの無い存在だ。代用の効く優秀とは違う。仁の秘密を知らない酔馬はそう思って、身を張ってでも助ける事を決めた。


 まぁ自分の人生を考えれば、実はシオン達は余裕で対応していて、


「あの酔馬鹿は勘違いして突っ込んで、人類の貴重なスーパーファントムぶっ壊して無意味に死んだぞ」


 と、歴史に刻まれ、永遠と後世までいじられて笑われ続ける事もあり得そうではある。


「無駄死には、嫌なんですけどねぇ……」


 しかし、そんな他の誰かの未来が続く無駄死になら、いいだろう。仁とシオンが生きているのだから、無駄な生よりこっちのがまだマシだ。


「助けんだから、救ってください」


 酔馬が嫌なのは、自分が命を捨ててまで助けた人達が死んでしまう事。だから酔馬は、せっかく助けたんだから、恩はみんなを守る事で返してくださいと、一方的に仁とシオンと約束した。


 生きていたい。そうは願えど、どうせ死ぬなら。みんなを笑顔にする為に、死のうと思った。


「……!みんなには、味わって欲しくないですねぇ!これ!」


 全身の感覚が、尖っていた。死ぬ前に、生という生の実感をなんとかして味わおうと、躍起になっているかのように。それは何とも気持ち悪く、怖い感覚だった。


「……こんなの、簡単ですよ」


 近つく死に手は震えていても、操作は一つも絶対に間違えない。針の穴を通すタイミングだろうと、今の酔馬は完璧に通してみせる。損だとわかっていても、自分しかできないのなら引き受けてしまう。だって酔馬は、頼れる男なのだ。


「託しましたよ。英雄さん達」


 カッコをつけて親指を立てて、こちらを見ている少年へと夢を託す。ヘルメットの奥で涙を流した酔馬に、鋭い痛みが一瞬走って、ふと思った。みんなは泣いてくれるだろうか。


 姉御肌の環菜や真面目な堅、優しさの塊の楓は泣いてくれるだろう。短い付き合いだが、シオンと仁もおそらくは。なにせ、いい子すぎる。


 しかし鉄面皮を被ったハゲや、いつもバカ笑いするバカな熊、冷めた態度を装っている激情家のイケメン野郎は、どんな反応をするのか。あの心の壊れた医者でさえ、自分の死に悲しんでくれるのだろうか


 彼の中で答えは出なくて、現実の答え合わせも、叶わなかったのだけれど。ただ、悲しんで泣くのは、嬉しくて嫌だなと、そして最後には笑って欲しいなと、思った。




 酔馬は夢を見た。大好きな人達が笑い合い、そこに自分もいて、いつも通りにいじられている夢を。決して叶わない夢を願って、叶えられる範囲の夢の断片を、英雄に託した。



『とある軍人の報告書』


「飛龍災」


 飛龍という生きた災厄による災害と、その討伐。蒸発した者、灰となった者などで正確な数は不明だが、最低でも死者三百人以上。負傷者に関しては推定で千人以上とされている。軍の重要施設、武器庫も数多く破壊され、炎上して倒壊した家屋は推定二百棟ほどとされているが、元から廃墟だったのか判別がつかないものが多く、詳細な数は分かっていない。


 龍堕としの作戦名は「イカロス作戦」。考案者は異世界での生活の経験があり、魔法に詳しい桜義 仁とシオン・カランコエ。他、日本の兵器の扱いに詳しい軍の幹部一同。直接の戦闘に参加した功労者は、唯ニの魔法使い、桜義 仁とシオン・カランコエ。戦闘機によって龍を翻弄し続けた勇気ある軍人、薊 堅と酔馬 樹である。この内、酔馬 樹は桜義 仁とシオン・カランコエを庇い死亡。遺体は激しく損傷していたもののかろうじて残っており、墜落して炎上した機体から運び出され、街を一望できる壁上に埋葬された。


 空から襲い来る巨大生物という、数ヶ月前ではとても考えられなかった未曾有の災害は、この街に対空という新たな課題をもたらした。異世界出身のシオンの発言によると、アコニツムと名乗った飛龍が最後の一頭らしい。しかし、飛龍以外に空を飛ぶ魔物がいないと希望的推測をするのは極めて愚かである。軍は対空武器の生産に入ることを決定した。

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