表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
64/266

第57話 制限と空戦

 


「で、シオン。制限って何?」


「……ん?」


 追求に、少女は黒い目を右上に向ける。その方向には当然何もなく、目を逸らしただけというのが丸分かりだった。人付き合いの無さ故か、嘘を指摘された時に隠すのが下手すぎる。


「ご、誤魔化せなかった?いや、あれは本心だったけど」


 いい感じにまとめる事でなんとか煙に巻こうとしたのだろうが、そう忘れられるものではない。彼女の受けた傷と後遺症は、想像以上に気がかりなものだ。


 火傷の見た目もそうだが、何より腕を失ったのが大きい。日常生活でも戦闘でも、様々な影響が出ることだろう。いくら魔法で義手を作るとは言え、やはり本物の手に劣る。


 そして彼女が明かしたのは、その義手に関することだ。


「えーと、属性魔法の枠がね。実は今まで義足で一つ埋まってたの」


「おいそれって、常にってことか!?」


「じゃあ属性魔法の同時発動の頭痛にいつも襲われてたってこと!?」


 言われて気付いたのは、シオンの義足の異様な性能。魔法で最高級の物を作っていたとしても、彼女の戦闘についていけるとは思えない。


 ならば考えられるのは、逐一形を魔法で変え続け、戦闘に耐えさせていたということ。しかし、それは常に属性魔法を発動させ、


「うん、義足に陣を仕込んでた。だからその、同時発動はいっつもだったからもう慣れっこで」


 他の土魔法などを発動させる度に、彼女は激しい頭痛に襲われていたことを意味している。


 よくよく考えれば義足になって以来、シオンが同系統の魔法を同時発動しているのを、昨日の土の大剣以外見たことがなかった。おそらく空中では脚を使わず、枠が一つ空いたからだと思われる。


 痛みと実質同時発動の不可というハンデを背負って、少女は今まで戦い続けていた。


「そこに腕が加わるから、さすがに三つ使うと痛みが凄くて気絶しちゃう。そもそも、そんなことをしたらどんな影響が出るかわからないし」


 義手と義足。義手に魔法を使わないのならば剣が握れず、義足に魔法を使わないのなら走れない。実力者との戦闘では、どちらも一般人のように動かせる事が求められる。その為には属性魔法の枠を二つ、食い潰さねばならないのだ。


「シオン、いざという時も三つは禁止だ」


「自分の命が危ないときだけね。他人の為に使わないで」


 三つ以上の発動も大きすぎる反動によって不可能と答えた少女だが、仁は念の為に釘を刺しておく。


「けど私、目の前で誰かが死にそうだったら!」


「三つじゃなくても何とかできる方法を考える。例えそれが思い付かなくても、考えてくれ」


「……シオンは嫌かもしれないけどさ。一人を助けて君が戦えなくなるより、無事に帰ってきて後で救える人数の方が多いんだよ」


「……分かってる、けど」


 もっとも、刺して意味のない釘なのかもしれない。頑固さというか、無欲そうに見えて欲しいものに関しては貪欲なところを考えれば、言って聞くような少女ではないのだ。


 後の利益を考えても、目先の物を取ろうとしてしまう。商売では失敗する、ギャンブルはしてはいけない、合理的ではない、一般的には愚かな性分。しかしそれがシオンの掲げた、目先の物を取ってから後の利益も取りに行くという綺麗事。


「頭には、置いておいて欲しい。まぁそれにしても、毎度無茶して……」


「そう言うのは一回一回教えてくれなきゃ、僕らの命にも関わるよ」


 欲張りでバカな少女に言い聞かす事を諦め、仁は次の事を叱りにかかる。また、この少女は隠していた。きっとそれは仁の為。


「仁だって嘘吐いてた癖に」


「俺が言える事じゃないかもしれないけど、言うよ」


「開き直っちゃったよこの子。けど、僕も俺君に一票入れるかな」


 唇を尖らせて反撃してきた少女の言う通りだ。刻印の事を隠していた仁に、彼女を叱る資格はないのかもしれない。悪影響を多く与えたのは仁の方だし、彼女の嘘は良い嘘だ。


「だから、それがロクな影響を及ぼさない事もあるって、分かるから。シオンにもそういう思いして欲しくない」


「なんかその、素直になってない?」


「なんか俺君気持ち悪いレベルで変身してない?大丈夫?」


「決めただけだ。生き方を変えようって」


 それでもシオンがこうして身を滅ぼすくらいなら、お前が言う資格はないと言われようとも、俺は彼女を叱る。綺麗事をして生きていこうと、彼女のように生きていこうと、そう決めたのだ。


「……前の俺の酷さが分かったところで、話を戻すぞ」


「い、いや素直になっただけで、前も本音は優しい時はあったから!」


「なんだかなぁ。もう龍にこの馬鹿二人滅ぼされないかなぁ」


 その変貌ぶりは僕もシオンも驚いて、病気か何かを疑う程だった。これまでの行いからすれば、当然とも言える反応ではある。けど、決めただけで、そう思われる程に人は変われるのだ。


「冗談でも言うなよ。どうせまた俺が気にするだとか、そう思って隠してたんだろ」


「そうそう。君はずっと頭痛を我慢して、だ」


 前半では僕を、そして後半ではシオンを叱る。決して怒っているわけではなく、ただただ、して欲しくないだけなのだ。


 自分を助ける為にシオンが脚を切り落とした事を、仁はたいそう気にしていた。それはもう、鈍いシオンですら気付くくらいに。見た目と事実だけでも色々と背負っていた仁を見て、彼女はこれ以上の痛みが伴ったデメリットを見せるまいと、隠したのだ。


「そもそも義足がなくても、シオン普通の生活くらいはできるんじゃないのか?」


 ついでにやぶ蛇と、仁はずっと気にかけていた事をこの場で問い質した。


「なんで分かったの?」


「前、義足の性能が良すぎるから引きずって隠せって言われた時。普通に動けてたから」


「ちなみに今のはカマかけね」


 確信はなかったが、これでシオンの他の気遣いもはっきりとした。魔力と魔法と気を無駄に使い続けて、彼女は仁の隣にいた。ずっとずっと、気に病まないように、隠し、嘘を吐いて隣にいた。


 日常で魔法を使う時は一回一回脚を止めて。戦闘や狩りで魔法を使う時は、頭痛をひたすらに心に閉まって。軍務の狩りの時だって、彼女は無理をしていたのかもしれない。


「そういうの、しなくていい」


「俺君も僕も、君がそうやってを気を遣う事を気にしてるんだ。それでもっと自分を責めちゃう」


 だがその気遣いは、気付かない内はいいにしろ、気付いた時はもっと仁を責め立てる。失敗をして慰められた時に、いっそ責められた方が楽だと思うのと一緒の事だ。


 だというのにこの少女は毎度毎回、仁や他の人間にバレないように嘘をつき、全力で隠そうとしてしまう。


「信頼ってのは、そういうのも割って話せる事だと、俺は思うよ」


「だから今後こういう事があったらすぐに言うこと!もっと信じていいのさ!」


「……あんな喧嘩して、散々傷つけるような事言っといて、すぐにできるとは思えないけど」


 だから、そういう気遣いはやめてくれと、もっと自分の事を信じてくれと、仁は真剣にシオンの目を見て、約束を取り付けた。とは言ってもあんな大喧嘩をし、しかも間違えて悪いのは仁の方だった直後。すぐにとは口が裂けても言えなかった。


「けれど、少しずつでいいから、信じてくれ」


「俺君、変わろうと頑張ってるから!」


 故に仁は、これからの行いを見ていてくれと頼み込んだ。何が大事か。守る為にはどうすべきかを、失いそうになって、みんなに教えられて、彼らの生き方から学んで、仁はようやく醜い自分から変わろうと思えた。変わろうとしている。


「……分かった。もっと仁の事、信じてみる」


「いや、泣かないでくれ。今回は嘘を責めてるわけじゃない!」


「あわ、ごめんごめん!」


 頼みにこくりと頷き、なぜか涙を流し始めた少女に慌てふためく。前回、同じような隠す為の嘘を理由に彼女を貶めて泣かせた事が、凄く長い尾を引いていた。今となっては消し去りたい、しかし消してはならないような汚点だった。


「違うの。仁が、その、嬉しいの」


「なんか、よく分からないが、悲しくて泣いてるわけじゃないのは、分かった」


「俺君の嘘つき。分かってるくせに恥ずかして言わないなんて」


「や、やかましい!」


 悲しくて泣いているわけではない。そして嬉しいとシオンは言った。その前に、仁は自らが変わろうとしていると、司令に刻印の事を打ち明けて歪な形ながらも刻印を広める事となったと、そう言った。


 そこから導き出されるのはとどのつまり、


「俺君が成長して嬉しいだなんて、保護者みたいだ」


 仁が変わろうとしている。誰かを守ろうとしている。まるでシオンが望み、かつて見た英雄のように。それがきっと、嬉しくて嬉しくて、たまらないのだろう。


「いいわね。それ」


「悪くないし、実際そうだけど、なんか嫌だ」


 うんうんと互いに納得しつつも、シオンは顎に左手の手首を当てて真剣に考え、俺は複雑な思いでを横に振った。


 滝に落ちて保護され、魔物の群れから守られ助けられ、間違っていることがあればそれを直せと大喧嘩。実に保護者と子供の関係である。


「ま、これから俺君の成長を見届ける為に、がんばらないとね!俺君だってここで死んだら、誰かを死なせたら変われないでしょ?」


「さー!」


「……おう」


 冗談交じりに、しかしその言葉は僕の本音の激励。頷き、俺の頭はまたノートを開く。そして、白紙のページに一行。


 左腕を無くし、火傷の醜さを気にして隠そうとしている少女と、大切な街に住まう大切に加わった人達を、


「必ず、救う」


 そう、誓いを書き換えて。思考が回り出す。








「やっぱり私、今までみたいには戦えないみたい。普通に物理の剣と魔法の剣を双剣として使えばなんとかなるけど」


 一つ目の問題は、シオンの魔法の枠の制限である。空に浮遊したとしても、魔法判定の攻撃が剣でしかできないのなら戦力は大幅ダウンだ。


「剣が握れないのが問題なら、ちょっと難しいけど……シオンだったらなんとかできるかもしれない」


「へ?」


 しかし、これについてはすぐに仁は策を打ち出すことができた。仁の今までの経験と知識の中に、答えがあったのだ。






 視界を埋め尽くす土煙の中、少女は無傷で立つ。爆発の中心であろうとも、物理障壁があればそこは安全地帯となる。


「これ、使えるわね」


 手を虚空庫から引き抜いた瞬間の大爆発。その正体は時間の止まった空間に放り込まれた、爆発寸前の爆弾だった。


 うっかり戦闘以外の場面で出したら大惨事となるが、そうでないのならば、ノータイムでの物理判定の爆発となる。かつてこの方法の魔法版で、破壊と死をばら撒いた犯罪者がいた事を頭の傍から振り払い、空の巨大な化け物を見上げた。


「しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 右手には銀剣を、千切れた左手首から先に鋭く堅い土の剣を錬成し、腕そのものを魔法の剣へと変える。準備を整えて空に浮いた少女は二刀で、土煙の中から僅かに尾を覗かせた龍へと斬りかかる。


 シオンがかつて言った、剣が自身の体となるくらいに技術を染み込ませろという言葉。そして昔読んだ漫画のキャラを真似て仁が考えたのは、手首から先に剣を創ることで、属性魔法の枠を節約する方法。漫画からヒントが得られるなんて、経験とは馬鹿にできないものだ。


 脆くなる度に補強しなければならないし、剣を生やしているだけなので操作性も前よりは劣る。だがそれでも、剣と共に生き、剣と共に戦い続けてきた、武の道を進む少女には。


「全然、大丈夫」


 大した障害にならなかった。それこそ、目の前の敵と渡り合うなら大丈夫なくらいに。


「貴様あああああああああああああああああ!謀りおったな!」


 剣が煙を払うより早く、シオンの視界は快晴となる。そこに映るは巨大な翼をはためかせて煙を飛ばし、ところどころに痛々しい傷と火傷を負い、赤き鱗を赤き血で染めた龍。


「あんまり効いてなかった?」


 瞬間的に大火力を生み出せる魔法をアコニツムは警戒して魔法障壁を張ることを、そして銀剣の届かない上空から自殺を呼びかけることも読み切り、シオンは奇襲に成功した。


 それでも至近距離ではない爆発では、岩のように堅い龍の鱗を破いて、息の根を止めるまでは行かなかったようだ。


「もっと近くじゃないと」


 更に近く、しかももっと大きな威力であるのなら、話は別となるだろう。


「この程度の攻撃などかすり傷……!?」


「なら、これはどうだ?」


「いっけえ!虎の子たった残り十本のスパローちゃん!」


 龍の強がりが水面に響いた直後、二人の声が風を切る。


 コックピット内で騒ぐ酔馬と、氷のように冷静に正確な堅。対照的な操縦だが、どちらも軍内トップの腕前なのは変わりない。だからこんな重要で危険で、人類の希望を任されたのだから。


「これは……!」


 大気を裂いてこちらへと接近する、耳鳴りのような音。魔力を使わない高速で空を飛ぶ物体の放つ音にアコニツムが気付き、その危険性を察知したのは太古から続く空の覇者たる本能か。


「羽虫風情があああああああああああああああああああ!」


「ちっ」


「うそん」


 シオンの銀剣に鱗の鎧を穿たれながらも、どちらがより危険かをアコニツムは推測。結果、長い首を後ろへと曲げ、自ら目掛けて飛んでくるスパローと呼ばれた対空ミサイルを口から吐いた業火で撃ち落とした。


「スパローちゃん……」


 雀の意を持つこの空対空ミサイルは、酔馬の希望通りレーダーで敵を察知する方式である。ほとんどが溶かされて資源となっており、残る数は十本だけだった。しかし、当たりさえすればそこで勝負は着く。


「ぐおお」


「私を忘れてない?」


 アコニツムが黒い少女を一瞬放置した間に、腕の鱗が十数枚剥がれ落ちていた。致命傷には程遠く、痛みも人で言えばまだまだ百足に刺された程度と、耐えられない程ではない。それでも、柔らかい肉は見えた。


「うひゃー!魔法ってすごいですね!」


「時を止める箱……なんの冗談かと思ったが、使い方次第では恐ろしいな」


 上空20m付近、龍のすぐそばでシオンが起こした、三度目の爆発。爆弾の中に仕込まれた破片が凄まじい速さで宙を飛び回り、ダーツの矢のように硬い地面にさえ突き刺さる。これが柔らかい皮膚に刺さったのなら、いくら龍と言えども無事とは言えない。


 この虚空庫に爆弾を仕込んでおく戦法は、仁とシオンが隠していた魔法全てを柊に打ち明けて話し合い、巨体相手への物理攻撃の脆弱性を克服する為に考えた使い方。例えは悪いが、物理障壁を張っていさえすれば、シオンには被害の無い自爆テロのようなものとなる。


「酔馬さんと堅さん、GJ!」


 少女は一度様子を伺う為に煙の中から離れ、晴れた視界を確保。その際、シオンの間際を高速で通り過ぎた二機の戦闘機に親指を立て、完璧の意を示した。


「よく、あんなのと生身で戦えるものだ」


「シオンちゃんこそGJ!さぁ!スーパーファントム!僕らも負けてられませんね!うおっと!?」


 シオンの動作を確認したのか、空中でくるりと綺麗に回った機体が堅、回ろうとして失敗したのか危うく地に落ちそうになった機体が酔馬だろう。顔は見えなくとも、操縦には個性が滲み出ていた。


「ははっ……はぁ!なんとも」


 新たなる黒煙を切り、シオン達の意思疎通の間に現れたのは、傷が全く増えていない龍の姿。ミサイルを撃ち落とす前に物理と魔法の脅威度を比べ、物理判定へと切り替えたのだ。


 ミサイルがを迎撃した一秒以内。つまり、まだ物理障壁の時に虚空庫から爆弾を取り出したつもりだったが、僅かにアコニツムの判断が勝ったようだ。やはりシオンでも真正面からなら苦戦は必至か。


「腹が立つ」


 天高く舞い上がって接近してくる戦闘機と、纏わりついてくるシオンに、龍は喉を鳴らす。


 一方的に取り付けたものとは言え約束を破られた。空の覇者たる己より遥かに速く飛ぶ金属の塊。しかもその機体は、アコニツムから見たら挑発にしか見えない無駄な宙返りまで披露してくれた。


「貴様が空を飛ぶ力を無くすまでの時間、全力で殺しにかかろう」


 故にアコニツムが選ぶのは、全身全霊を持って粉々に仇敵を噛み砕き、飛び回る鉄屑を溶かし尽くすこと。


 本気で勝とうと考えるなら、アコニツムは逃げに徹するべきだ。プライドを投げ捨て、少女に、憎き敵に背を向けて、自らより速く空を駆ける存在を許して、シオンの魔力切れまで逃げ回るべきだった。


 だがそんなこと、アコニツムのプライドも感情も憎しみも、そして彼にだけ見える亡霊となった己の父母の姿も、許さなかった。


 「『魔女』に似た少女の矜持も意思も守りたい物も、何もかもを壊し、犯し、蹂躙し、その柔肉を頬張り、血をすすり、骨髄を味わう以外に、彼の渇きが満たされることは無い。


「私を噛む時は注意しなさい。棘も毒も持ってるわよ」


 シオン達が選ぶのは、愚かな龍が乗ってきた正面戦闘。 元より、それ以外の道が残されていない。そして彼女自身も、勝利以外を許さない。大切な人達の命や思いも何もかもを守り、救い、助けることのできた未来以外を、少女は決して許さない。


「必ず、壊してやる」


「必ず守るわ」


 壊したいと願う者と、守りたいと願う者。両者の要求の対象が重なり、決して譲れないのであれば、死ぬまで殺し合う以外に決める方法は存在しない。


 龍は炎の輪を背に出現させて空を赤く染め上げ、少女は自らの頬の傷を更に深く抉り取り、顔を真紅に染め上げて。互いに向き合い、


「殺す」


「やれるものなら」


 煽るような剣先に、激昂。炎の輪が顎の形を成し、戦闘機とシオンへと伸ばされる。まるで蛇のような魔法の数三十は下らず。動きは素早く、威力は触れた物を灰へと変える程。


 もちろんアコニツムも操作しているだけでない。翼を動かして空を縦横無尽に駆け回り、逃げ惑う戦闘機を追い続け、口から炎を吐き続ける。


「ちょ!?うわわわわわ!?」


「くっ……!」


 恐ろしいまでの速さを誇る戦闘機とは言え、視界のほとんどを炎の顎と首で埋め尽くされては、まともな飛行さえ至難の技である。


「ちぃ!」


 龍の見せた炎の球や滝も避けれると思い、戦闘機を採用したのだ。他にも魔法の種類があることは予想されてはいたものの、ここまで大規模な炎の造形魔法を使用するとは、シオンも予想外であった。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?こんな魔法あるなんて聞いてないで……ナイス!GJ!シオンさんにファントムちゃん!」


「助かった」


 吐かれた炎から逃れる為に急旋回し、大河目掛けて急降下する二機。その後ろにぺたりと張り付いていた炎の蛇の首を、銀と鈍い土の光が断ち切っていく。


「堅さん!腕の見せ所っすよ!」


「言われなくとも!」


 断ち切れなかった分もあるが、それでも数が減ったのなら彼らでも対応はできる。右へ左へ上へ下へ。機体を揺らして炎の蛇の波間を駆け抜け、隙を見てはミサイルを巨体へと放つ。数少ない搭載数だ。無駄撃ちはできない。


「死んでも落ちないでください!俺らがいなくなれば、作戦は崩壊する!」


「責任、重大……!ひえええええええ!?あっぶな!今かすりそうだった!人類の希望が堕ちそうだった!あ、今もしかして僕すっごい輝いてる!?」


「輝くのは構いませんが、真面目にやってください、」


 戦闘機を落とされてしまえば、物理と魔法の同時攻撃は困難となる。戦略的にも心情的にも、見捨てる事は出来なかった。


 しかし、それでは前の繰り返しなのだ。街を守る為に力と行動を割き、勝負を有利にできなかった。虚空庫から爆発をばら撒いて飛び、炎の首を無力化していきながら、シオンは唇を噛み締める。


「あと一分」


 作戦の時間はもう、余り残されてはいなかった。それまでに、どうにか龍の隙を作り出さねばならない。


「あそこなら?」


 炎を反射させる、水の鏡を見てシオンはポツリと呟く。もしかしたら作戦の内容と見事に噛み合うかもしれないと。


「小癪な」


 シオンが考えたのは川の中へと飛び込み、姿を隠すという作戦だった。














「どこへ消えた?」


 高度を下げ、ただひたすらに広がる川を覗き込み、警戒するアコニツム。魔力眼で姿を確認しようにも、完璧に隠れた相手を見ることは出来ない。


 仮に隠れた彼女を放置して戦闘機を撃ち落とせれば、そこで勝負は決まる。しかし、その際にはどうしても隙ができ、居場所の分からないシオンに狙われたら少し危うい面もあるのが確かだ。


 ならばアコニツムが打つのは、出てくるまで待つ一手。常に下の川に最新の注意を払い、魔力眼で見ておけば、水面から飛び出した瞬間を捉えられるはずだ。その間の戦闘機の攻撃は、障壁で無視しておけばいい。


「……!」


 そう考えてから十五秒ほど後、水面に異質な波紋が走り、魔力の波を瞳が感知。


「洒落臭い」


 一瞬後、予想に反して水面から飛び出したのは、水を束ね氷と変化させた投槍。空気を切り裂いて進む穂先だが、龍は槍に興味なくしたかのように炎を吐いて、相殺。


「隠れ蓑にでもしたつもりか」


 瞬間的に100℃を超えた水蒸気の中から、魔法障壁を身に纏って現れたシオンを、アコニツムは嘲り笑う。氷の槍の影に隠れていた少女の姿は、もう魔力眼でしっかりと、そう長くは飛べない魔力が見えていたというのに。


「そろそろ、幕引きかな?」


 策も魔力もないのか、無謀とも言える特攻を仕掛けてきた少女と後ろの戦闘機を、アコニツムは咆哮と炎を下へと落として、文字通りの熱烈な歓迎を贈る。


「シオンさん!もう、時間が……!」


「時間的に最後だ。頼んだぞ」


 シオンの背後から物理判定の爆撃を撃ち込み、直後に炎から離脱する酔馬と堅。少女は望みを託したスパローの前の空を駆け抜け、龍の翼へと巨大化させた魔法剣を突きたてようと試みる。


 翼を一本取れば、龍は地に堕ちる。空中ではなく地上での戦いに持ち込めれば、シオンの方が圧倒的に有利となる。例え銀剣一本に残り少ない魔力でも、殺しきる自信があった。


「もう少し……!」


 遥か後方から撃たれたというのに、鉄の雀は今にも少女を追い抜きそうだ。魔力の消費も致し方なしと速度を上げて常に前を行き、先導と護衛をシオンは同時にこなす。


 これは前とは違う。直撃さえすれば十分に龍を落とし得る攻撃。例え先の攻防の間に障壁を魔法に変えられていたのなら、ミサイルが龍を捉える。


「十秒」


 空気を切る音がうるさい。瞬く間に地上は遠のき、空が迫る。落とされた炎を水の槍をぶつける事で無効化させて斬り開いた道を一人と二本で、風を痛いとさえ感じる速度で駆け上がっていく。


「愚かにして、浅はか」


 炎を口に滾らせ、隻腕の爪は血に濡れるのを待ち望む。真正面から愚直に一直線に突っ込んできたシオンを、アコニツムは同じく真正面から迎え撃つ構えだ。


「……」


 双方の攻撃かぶつかる軌道に、顎門は今までとは比べ物にならない塊の炎を吐き出すが、シオンは魔力障壁によって無傷。しかし、咄嗟にミサイルを守り切れる程の規模ではなく、物理判定の攻撃手段は灰と化した。


 爆発によって弾け飛んだ破片がシオンの身体を襲うが、大一番の今、そんな傷を気にしている暇などなく、少女はただただ速度を上げる。


「はあああああああああああああああああああ!」


 アコニツムとシオンの一騎打ち。そう思われた瞬間、少女の身体は大きく下に沈んだ。浮遊を切り、全力で下に風を吹かしたのだ。その手にあった巨大な土の大剣を龍へと放り投げ、置き土産としながら。


「これでも喰らいなさい!」


「なっ!?」


 再度浮遊を発動させて空中で体勢を立て直したシオンは、上の龍の腹を見上げた。無防備で、ガラ空きの大きな腹。


 アコニツムがミサイルを撃ち落とした瞬間、シオンは狙いを翼から、一撃で全身に巨大な爆発を当てて殺しきる事に切り替えた。例え殺しきれなくても、重大な損傷は免れない。最低でも翼はもらえるはずだからだ。


 なぜか。アコニツムが攻撃の幅をシオンの大剣のみに狭めたなら、障壁は魔法へと張り替えられているから。


 そうであるならば、残されたシオンの魔力を空っけつにする大魔法と同じくらいの威力を持つ、爆弾が使えるから。


「バカな!」


 この行動で龍が狂ったタイミングは一秒足らず。しかし、その一秒足らずはシオンの今までの例に漏れず、戦場では命取りとなる一秒足らずだ。何せ障壁の張り替えも、間に合わない。


 実際そのはずで、それが定石で、最善のはずだった。


「とでも言うと思ったか?『魔女』」


「物理!?」


 故に読まれた。虚空庫に手を突き入れ、願った物を掴んだ瞬間にシオンの強化された目が捉えた、一瞬にも満たない衝撃の光景。


「張り替えておいて正解だったわぁ!」


 それは、置き土産として投げた土の剣がアコニツムの腕の爪を砕き、傷を負わせていたという、本来なら喜ぶべきもので。今だけは、龍が張っているのは、物理障壁だと告げるものだった。


「貴様なら!貴様なら、我が障壁を張り替えると読むと信じていたぞ!」


 虚空庫に手を入れたままのシオンの方、つまり下方へと前転するように顎門を向け、歓喜の叫びを上げるアコニツム。


 龍は想定し、賭けに出たのだ。自分が常に最善の動きを、つまり定石を打ち続けた場合どうなるか。そしてシオンは、どうその定石を破りに来るのかを。


「貴様は戦闘においては賢く、無駄がない!常に最善の手を打とうとする!」


 シオンが何も考えずに土の大剣で龍の胸を貫いていたら、アコニツムの負けだった。しかし龍は信じ、妙手を打ち、誘導した。目の前の少女の戦闘の勘を、刃と剣を交える事で理解した。


「なら今回も、最善を打つだろうなぁ!」


 遥か上空が前のシオンと、下の大河が前の龍。氷柱の生えたトンネルの入り口に炎が溢れたような顎門が、少女を飲み込もうと開かれる。


 シオンの張っている障壁がどちらだろうと関係無い。煮え滾る炎で焼き尽くすか、人と同じ大きさの牙で嚙み砕くか。


「惜しかった」


 無理。無茶。虚空庫の中の手が握っているのは爆弾。浮遊を切って下に風を吹かそうとするも、クレーンのごとく長い龍の首の方が早く、間に合わない。


「負け」


 残されたのは死ぬ事と、口を動かす程度だけ。アコニツムはシオンを見てそう思っただろうし、実際シオンも一人で戦っていたのなら、そう思っただろう。


 しかし、少女は一人ではない。


「ね。あなたの」


「「堕ちろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」


 なんだかんだ言って、一番シオンの命が危ない時に助けに来てくれる、二人の少年がいるのだから。


 シオンに顎門が届く寸前、空から降ってきた少年と氷の刃が、龍の翼をズタズタに引き裂いた。


『アコニツム』


 体長50m近い巨大な赤き飛龍。翼を広げれば更に大きく見える。翼などを除くほぼ全身を、シオンでさえ斬りにくいと感じる堅い鱗に覆われている。爪や牙はそれこそ人間一人分の身長くらいあり、オークの鎧種を簡単に砕けるほど鋭い。人間など豆腐のように裂かれるだろう。


 仁の住んでいた街の半分を燃やした犯人であり、他にも多くの日本人の都市を灰へと変えている。その際、ミサイルによる被弾を経験したらしい。異世界人の村や街を襲った報告は今の所はない。


 仁の街を襲った時には腕があったが、今回の襲撃の際は隻腕だった。一体何者、もしくはどんな兵器が腕を奪ったのか。興味は尽きない。


 炎魔法の適性が凄まじく高い上に莫大な魔力を保有しており、高威力にして巨大な炎魔法を何度でも使用してくる。また、炎の操作も一流であり、的確に追尾させることもできる。その上、障壁魔法に魔力眼まで使用することができる。


 浮遊魔法ではなく、翼によって飛んでいる。しかし空中での身のこなしは卓越しており、浮遊魔法を使用したシオンでさえ手こずるほどである。戦闘のセンスも知能も並みではなく、その脅威度はオーガなどとは比べ物にならない。


 『魔女』によって絶滅寸前まで追い込まれ、時間と好事家によってついに最後となった飛龍の末裔。『魔女』が飛龍を殲滅した際、両親が盾となり、幼かったアコニツムは生き延びた。冷たくなっていく両親の死体の陰から一瞬だけ、顔だけ見えた『魔女』のことを、今も覚えている。


 このことから、忌み子と『魔女』に対して異常なまでの憎しみを抱いており、日本人の街を燃やして回ったのも復讐の為。シオンの顔と魔力を『魔女』と同じだと言い張り、彼女に執着している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ