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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第56話 作戦会議と誓い



「で、何があったのか説明してもらいたいのだが」


 抱きついてから一分後、仁がようやく現状を認識し、急いで離れたのを見届けた柊が何とも言えない顔で尋ねてきた。


 この街の存亡を賭ける会議をし、意に沿わぬ者達との対立を予め仕込んでおいた妥協点に落とし、頭を抱えていたところで、仁が起きたシオンに飛びついて抱きついて泣きだしたのだ。


「何というか、あれだな。この妙な気持ちは何だ?」


「さっきまでは貴様らの事があまり共感できなかったが、今は分かる」


 泣いた少年に密着されて頬を赤らめた少女という、ラブコメ的な光景に毒気を抜かれた訳でもなく、かと言って苛立った訳でもない。確かに何か異変があってから、こんな緩み、暖かいシーンとなったのだ。


 幸せはいくらあろうが構わないが、少しは時と場所と場面を考えて欲しい。


「コンビニでパスタを買ってフォークをくださいと言ったのに、箸が入ってた感じの気持ちだよ俺」


「食べれなくはないものな。なんか違うがわかるぞ!パスタが食べたくなってきたな」


「脱線するな。で、何があった?」


 妙な例えを取り出した桃田に、蓮を始めとした全員が内心で共感を示しつつ、咳払いをこぼした柊が空気を元に戻した。


「えーと俺は、とっさに強化で物陰に逃げようとしました」


「間に合わなかったけどね」


 仁側の心情としても、柊とあんなやり取りがあった直後にこれである。気まずい以外の何もなく、シオンに対しての恥ずかしさも加わり、誰の顔をまともに見ることができない。


「わ、私が多分風魔法を暴発させたと思う……」


 一方のシオンは背筋を伸ばし、いつもと同じように柊を見つめていた。だが、その姿勢に変わりはなくとも、姿は大きく変わっている。


(……かなり、残っちゃったね)


(俺には関係ない。勲章だろ。けど、気にはするだろうな)


 服の隙間から予想するに、胸元から顔の右部分の一部の皮膚が黒く焼けただれ、腹部に幾重にも巻かれた包帯が10cm近い巨大な傷を隠している。


 そして、彼女が胸元の前で合わせている掌は、一つしかなかった。その姿が痛々しく、また無理をさせてしまったことが辛く、無力な自分が歯がゆくて嫌で嫌いでたまらない。


(君、やっぱり変わらなかった?)


(……変わりたいよ。俺は)


 彼女の傷や自身の在り方についての俺の返答がいつもと違うことに、僕は驚きを隠せなかった。前の俺ならば恥ずかしがって、人は変わらないと言っただろうに。


(シオンのおかげかなぁ)


 きっとそうだろう。彼女の在り方に、俺は己の間違いを自覚させられ、あてられた。


「あいたたたたたたた……いやぁ、びっくりした。あ、シオンちゃん。大丈夫だから気にしないでね」


「俺も大したことはない。むしろ、感謝している」


 僕がうんうんと頷いている間に、環菜と堅が気絶から帰還した。謝ろうとしたシオンを手を挙げて制止し、彼らは未だぼうっとしている頭を振って、


「「街を守ってくれて、ありがとう」」


 少女が何かを言う前に、畳み掛けるように感謝を述べた。


「儂からもありがとうだ!助かった!今度儂の秘蔵の名酒をやる!仁とでも飲め!」


「俺からもありがとね!いや本当に助かった!」


「あ、ありがとう、ございます」


 蓮、桃田、楓達からもお礼が贈られる。言葉は違えど、そこに込められた意味は同じ。


「ふん!感謝くらいはできるわ!……その、なんだ。助かった」


「あの、助かりました」


 生贄にすると言った蜂須らも、それは例外ではない。虫が良いと馬鹿にされるかもしれないと分かった上で、それでも伝えたのだ。


「シオンがいなければ、この街は終わっていただろう。感謝する。GJだ」


 欺かれた柊でさえ、今回の件に関しては頭を下げた。騙されていようが、騙されてなかろうが、彼女がいなければこの街が滅んでいたと、守る為だけに戦い続ける彼は分かっていた。


「シオン、俺からもありがとう。見てただけで、ごめん」


「僕らからもさ!いやぁ、俺君の心配っぷりったらすごくてすごくて」


「う、うう……」


 生き残りたがりでシオンを心配していた仁も、当然。この場にいる軍人が一斉に一方向に、一つの思いで頭を下げるという奇妙な光景。感謝の光景の中心の少女の感情は決壊し、目から涙をぽろぽろとこぼして、泣き出してしまった。


「助けられて……よかった……みんな、死んじゃうかと、思った……!」


 彼らの、そして彼女自身の大切な物を守る為に、少女が支払った代償は大きい。だがそれでも、シオンは支払った甲斐があったと、心の底からそう思った。








 十分後、再び会議室の席が埋め尽くされ、話の始まりと足りないメンバーを誰もが待ち望んでいた。


「ごめんごめん。遅れちゃって」


「あれ?酔馬さんは?」


「んー?私が起きてた時にはまだ寝てた。てかあれいっぺん起きてたと思うよ。そして寝たねあいつ」


「昨日、結構頑張ってたしね〜」


「ね、寝かせてあげてもいいんじゃ」


 街の頭脳を待たせているのは医療に詳しい梨崎と、戦闘機や兵器に詳しい酔馬である。梨崎はもう目覚めたが、酔馬は昨日の疲れがあるのか二度寝に入ったようだ。


「ダメだね。酔馬さん、見た目に反して何気にすごいし」


「叩き起こせ!」


「はーい、起こしてくるー」


 とはいえ、なんだかんだ言って彼の存在はこの会議に必須である。無慈悲な命令が街の意思となって下された。


「起きろー朝だぞー……起きないな。えいっ」


「ぎゃああああああああああああああああ!?いったぁ!?もっと優しく……え?何度も呼んだ?起きなかったから強くした?いや、限度があるでしょう!?メス持って何する気だったんで……え?次はこれ?それぇ!?」


 一分ほど後、隣の部屋から聞こえてきたのは、殴りつけるような音と情けない叫び声。本当に叩き起こし、おまけに刃物をチラつかせて意識を覚醒させたようである。


 すぐさまドアが開き、入ってきたのは笑顔と死んだ顔という対照的な二人組。一斉に向けられた哀れみと呆れの感情にビクッと怯えながらも、


「ど、どうも。あの、僕ほとんど寝てないんですけど、やっぱり?」


「会議で寝ていないのは我らも同じだ。諦めろ」


「そ、そんなぁ!?」


 桃田に乗せられて無茶をしていた酔馬が願い出た悲痛な懇願を、眼の下にクマのあるこの部屋の人間全員が一蹴した。むしろ酔馬は二度寝できただけ睡眠が取れた方である。許されるわけがない。日本はいつだってブラックだ。


「さて、揃ったところで。本題に入るとしようか」


「ようやくだね」


 紆余曲折。様々な方向に話が逸れたが、ようやく予定の路線へと戻り、対龍への作戦会議が始まった。


「まず一つだけ。彼女に聞きたいことがあるのだが、よいか?」


「蜂須さん……だったかしら?どうぞ」


「失礼。君は『魔女』なのか?いや、そもそも『魔女』とはなんなのだ?」


「これは俺らにとっても疑問だ。魔法が使えるから『魔女』という訳ではないだろう」


 この場にいる人間で把握しているのは仁とシオンのみである、龍が少女を求める理由。『魔女』の由来を、立ち上がった蜂須は尋ねた。


 本当に『魔女』であるのなら生贄の対象となるが、人違いであったのなら、どうなるかは分からない。


「約束を反故にされたら、我らの選択が間違いとなる」


 ひどい話、シオンを殺した後に違うと気づいた龍が、街を襲う可能性だってある。だからシオンが『魔女』かどうかの真偽は、彼らにとって重要なのだ。


「……まず『魔女』という存在から、お話しします」


 この二週間、まだ明かしていなかった『魔女』の事を、シオンはゆっくりと話し出した。


 『魔神』と手を組み、膨大すぎる魔力によって世界を相手取った史上最悪最多の殺戮者。数十万の軍勢と幾人もの英雄、二十四の都市と三の小国を塵へと変え、地を裂き海を割り星に傷を残し、他にも数えきれない破壊を繰り返した、化け物でさえ言葉足りぬ化け物。黒髪黒眼にして、同じ特徴を持つ者を後世にて復活の為の器とし、迫害させる程に怖れられた女性。


「そして伝説の『勇者』によって力を削がれ、今もどこかで生きているとされているのが、『魔女』です」


 彼女が語った内容をしっかりと飲み込めた者は、この場で何人だったろうか。仁だって最初に聞いた時は、何かの冗談か神話かと思った。呆然啞然。会議室の空気を言葉で表すなら、それ以外にはなかっただろう。


「……何かね?そやつは、我らの世界で言う核だとか、神様のようなものか?」


「蜂須さん、それ以上の存在だと思ってください。何せ『魔女』には意志があって実在しているんです」


 再起動を果たした蜂須の震えた声を、この驚きの経験者である仁が淡々と訂正する。


 どちらも決して悪くはない例えだが、厄介さで言えばそれ以上だ。威力だけを比べるなら、地球さえも壊せる核に軍配が上がるとは思う。だがそれは、全てを巻き込んだ終わりという、誰もが敗者の結末の威力だ。


「もしかしたら『魔女』に核を撃ち込んでも、打ち消されるかもしれないです」


「シオン達の世界の魔法は本当に頭おかしいからね。障壁クラスが他にもたくさんとか、やってられないよ」


 だがしかし、彼女には知恵がある。自らに向けられた攻撃にさえ対応し、強大な魔力によって無効化するような知恵が。ただ一人の勝者となれるような、知恵が。


「しかも我らを器に復活する?何だそれは……そんなのが復活したら、我らは滅ぶではないか!」


 蜂須はようやく状況を完全に理解し、余りの理不尽さに飛び上がった。仁だって、その事実を知った時は目の前が真っ暗になったのをよく覚えている。そして、その苛立ちのままにシオンを傷つけた事も。


「蜂須。落ち着け。私もふざけるなとは思ったが、考えても無理だ。そんなのが復活したら、この街どころか世界が丸ごと道連れになる可能性だってある」


「しかもなんじゃ?器なら次に使えるからと守ってくれるかもしれんぞ」


「き、貴様ら……!しかし、言う通りか。絶滅する以外に防ぐ手段は無いとは、どうにもできんな」


 悲観に暮れた蜂須を他所に、他の者達はもう諦めの表情でどうしようもないと手を上げていた。ネガティヴとポジティブな思考が一致する答えを出してしまう程、『魔女』への対処が彼らには思いつかなかった。


「その話を聞いた今、君はそんな力を持っているようにも、『魔女』が乗り移ったようにも見えないな……」


「私は魔力は多い方だけど、彼女ほど馬鹿げたこと出来ない。それに私には産まれた時からとは言わないけど、三歳辺りからの記憶がしっかりあるもの」


 じっと品定めするような視線を向けられて、居心地が悪くなったのか。手首で頰の傷を掻こうとして空振ったシオンは、自分が『魔女』とは程遠い事を明言。


「ふぅむ。つまり、あの黒い膜も君の魔法なのかね?」


「あれは……その、分からないの。守らなきゃって思ったら頭に声がして、映像が浮かんできて……」


 だかしかし、あの黒い膜だけに関しては、シオンの魔法ではなかった。発動させたのは彼女だが、あれは間違いなく、


「よく分からないけど、『魔女』の魔法だったような気はする」


「やっぱり取り憑かれてるのか!?『魔女』なのか!?」


 安心して座った所にまた不安をぶち込まれ、再び蜂須は飛び上がる。


「落ち着け蜂須。乗り移ってたなら、もう私達は滅ぼされてる」


「そうじゃぞ!気にしすぎだ!ハゲるぞ!」


「熊。貴様はもっと色々と気にしろ気を遣えそしてハゲろ」


「……もう頼むからハゲと言うのも、過剰に反応するのもやめてくれないか……」


 そんな彼をどうどうと宥めた柊と蓮だが、熊の余計な一言ですぐさま仲間割れに発展。今度は蜂須が止めに入る始末と、色々とカオスになりつつも、


「最後に聞くが、君は本当に『魔女』じゃないのだな?」


「うん。顔は似てるらしいけど、私はシオンで、『魔女』じゃない。これは絶対」


「しつこくてすまんかった」


 最後に確認の問いに、シオンは首を横に振った。


 彼女にだって、なぜあの魔法が発動できたのかわからないのだ。一つ考えられるとすれば、『魔女』がシオンの身体を器にして復活したパターンだが、今も少女の自我ははっきりしており、『魔女』になった自覚は無い。


「まぁ良いではないか!あれはいい魔法だ!防衛が一気に楽になる!」


「それはダメだと思います」


 もうこの街は無敵だと大口を開けて笑った熊の案を、仁は一瞬で却下する。


「何故だ?」


「俺の予測ですけど、あの膜はシオンの身体の繋がってる。膜の受けた傷がそのまま傷になるのなら、あれは使うべきじゃないです」


「少なくとも、あの龍相手には無理だよ」


 例の魔法の代償を知らぬ彼らに、推測ではあるがと前置きしつつ説明していく。理解が進むに連れて、彼らの顔はどんどん暗いものへと変わった。


「つまり、彼女の負った傷はそれが原因なのか?龍との戦いで負けたものではなく?」


「えーと、はい。私の傷を負った原因は、それしか考えれないです。被弾はなかったはずなので」


 街を覆い尽くすような、馬鹿げた魔法。その代償は術者と膜のダメージのリンクという、メリットを打ち消すに値するものだった。折角見えた光明も閉ざされ、シオンの肯定に項垂れる。


「なんだその魔法は……?術者が死んで消えるなら、意味を感じないぞ」


「そうだよね。守れてないし」


 範囲も強度も凄まじい。だが、守りたいものも守れず、死ねば消えるのなら、それに意味はあるのだろうか。あるとすれば、一回だけ全ての攻撃をシオンの命と引き換えに受け止められるくらいか、リンクがばれていない今回のように、勘違いさせて退かせるかくらいしか思いつかない。


「だから、今回だけがチャンスなんです。街を守る必要がないから、シオンは存分に戦える」


「しかも場合によっちゃ物理と魔法で択を迫れるよ!相手側の奇襲じゃなく、予定された時間と位置での戦いだからね!」


「ん?つまり、あの龍との近接戦闘で負けた訳ではない……と。ならば、いけるかもしれないのか!」


 蜂須達がシオンを生贄にしようとしたのも、一度負けたから。だがそうでないと知れば、こちらにも有利な要素があると知れば、不安は多々あれど彼らにも希望は見える。


「障壁を破る為には物理判定……あの龍を墜とせるような、魔法ではない攻撃手段が必要です」


「だから戦闘機だとかミサイルだとか、あの龍に効きそうなのはないかい?」


 いくつかある不安要素のその一は、やはりこれだろう。あの龍にダメージを通すことができるのか。その為の物理判定の強力な武器はあるのか。


「地対空はほとんど焼けちゃったから期待しないほうがいいかな。一応、離れたところに放置してた戦闘機で動くのが三機あったっけ?」


「その虎の子が足らんのなら、虎の子であるヘリなんかどうだ!かっこいいぞ!」


「あの龍の攻撃を避け続ける程の速度は難しいですから、ヘリは却下です。やっぱりスーパーファントムしかないですよ!」


 まともな対空装備はないかと考え、しばらく経った後有力そうだと挙げられたのは、スーパーファントムという愛称の戦闘機による空対空だった。


「でも、動かせるのは二機のみ。滑走路ですが、大きい穴がいくつも空いてはいるものの、修理次第で飛ばせないこともないとは思うんです。間に合うのかは頑張り次第ですけど……」


 とはいえ、その戦闘機にも不安は残ると酔馬は溜息を吐く。あの龍のもたらした被害は、こういう形でも表れている。放たれた高速の炎の弾丸は、着弾時に街に大穴を開け、火を撒き散らした。死者も壊れた建物も、数え切れないほどだろう。


「今すぐ修理させるように連絡入れてくるね。私、ここら辺詳しくないし」


「頼んだぞ環菜。間に合わなかったら街は滅びると脅して最高速で働かせろ。間に合ったら風呂も色街も二週間行き放題にしてやると釣れ。何せ滅びたら色街も風呂もない」

 

「ほいほいさ。あたしはあんまり好かない条件だけど、仕方ないか」


 柊のぶら下げた欲望の餌に、少しむすっとした様子で扉を開けた環菜が廊下に走る音を響かせていく。


 報酬があれば、そしてそれがこれまた素晴らしいものであるのなら、人は大喜びで働くことだろう。世界を救う為という、本当の目的を隠せる綺麗な理由もあるとなれば、それはもう身を粉に砕いて擦って働くことだろう。


「ハゲ、儂も修理してきても」


「貴様の頭を修理してやろうか!ここに残れ馬鹿者!」


「修理というより加工されるべきはお主の頭じゃろうがハゲ!」


 色街に釣られた熊の頭を、柊がぶっ叩く。しかし熊は痛がるよりも、叩いてもつるん!と滑りそうな柊の頭へと痛々しいものを見るような目を向けており、火に油をじゃんじゃか注いでいる。


「おまえら、ふざけてるならクーデター起こしてやろうか?」


 こんな状況でも漫才をするこの街の最高権力者に、蜂須の額に青筋が浮かんでいた。先に比べれば、柊でさえ実に真っ当だと感じるクーデターの理由である。


「と、とりあえず、飛ばせるんですね?」


「そう考えても大丈夫です」


 状況と時間にも寄るが、戦闘機は飛ばせる。仁の質問に、彼らは十分な答えを返してくれた。威力的にも速度的にも申し分の無い、対龍においては有用な兵器だろう。


「空を飛び回るあいつに、当てれますか?」


「馬鹿言わないでください!戦闘機同士の方が速い戦いですから余裕……と言いたいんですけど、一つ懸念が。炎の熱でミサイルが違う方向に誘導されるかもしれないです。いえ、余程のことがない限り大丈夫だとは思うんですが」


「ほええ。熱で追尾してるんだ」


「ミサイルの型にもよりますから、レーダーの方が溶かされていないなら……けど、高くて元から数あんまり無かったような……」


 無知な仁の疑問に、酔馬は顎に手を添えて検討を始める。炎を吐く龍に、赤外線型の熱を探知するミサイルを撃ち込んだ場合、少し不安があると彼は一から説明していく。


「初期の頃は熱の多い噴出口付近に後ろからしか当てられなかったんですけど、最新のなら割と前からでも当てられるんですよ。これ、問題は吐かれて龍から離れた炎を追尾しないかと言う事と、射程が短いということで」


「長いぞ!まとめろ!」


 普段のいじられからは想像できない程、今の彼は頼もしかった。知識を口早に走りすぎて、結局熊にいじられたとしてもだ。分かりやすく、また興味深い説明だったのでまた聞こうとシオンと仁が思ったのは、別の話である。


「うっ……もっと話したかったのに……ま、まぁまとめると!レーダーがあったら最高ですね。何せ肉眼で見えない距離でも狙えますから!」


「奇襲には持ってこいですね!その辺はお願いします」


 肉眼で捉えられない所から狙えるのならば、最初の一撃は確実に奇襲となるだろう。仁にとって兵器の話は未知の領域だ。故に、この辺りの可否は彼らに頼る切る。そう決めた。


「奴がどちらの障壁を張るかが、まず一つ目の賭け」


 これを早急に見極め、常に両方の攻撃を浴びせるか狙っていることを意識させ、障壁の種類を固定することが勝負の鍵となる。


「仮に物理障壁なら、シオンに頼るしかない。魔法障壁なら戦闘機頼りだけど……どうだろうか。僕が龍だったら物理張るけど」


「それはお前がミサイルとかの威力を大まかに知ってるからだろ。あいつは知らないはずだから、奇襲になるはず」


 二つの世界の知識を持つ仁が、威力と速度の厄介さを比べるならば、数が二機で追尾するミサイルを持つ物理を防ごうとするだろう。シオンの魔法も脅威ではあるが、遠い所に撃たせれば魔力の消費を早めさせることができる。


 それを知らない龍なら魔法障壁かと、仁が判断したところで、


「あの龍、仁の世界の兵器を何度か食らったことがあるみたいだった。もしかしたら物理障壁を張るかも」


「……まじか」


 シオンから齎された情報で、龍の予測が分からなくなってしまった。やはり、どっちも当ててみるしかない、ということだろうか。


「物理障壁が張られている場合、戦闘機は要らないのか?」


「いや、要ります。常に攻撃を加え続けて相手の障壁を物理で固めないと」


「切り替えるのに一秒かかるから、案外変えにくいのよ。その間魔法も物理も食らうからね」


 防がれるのなら意味はなく、今後の為に戦闘機だけでも撤退させた方が良いのではという、魔法を知らない彼らの意見を、知る仁が否定。魔法に関しては仁とシオンが頼られるところである。


「これは、シオンと戦闘機が常にあってこその策です。何が何でも攻撃に当たらないでください」


 その為にはシオンにも戦闘機にも、戦いの間生き延びてもらう必要があった。片方も欠けてはならないのが、勝ちへの条件。


「そしてできた隙に、シオンがでっかい魔法の剣でズバッと。これを三分以内で決めないとって話なんだよね」


「それが二つ目の賭け。短時間で勝負を決められるか」


「じ、時間制限があるんですか」


 楓達が驚き、仁の頭を悩ます第二の条件。それはシオンの魔力が切れる前に、勝負を決めなければならないというタイムリミット。それを過ぎれば、後は物理障壁を張った龍が街を蹂躙するのみだ。


「私の魔力が持たないの。もって三分……いや、今日から頑張って仕込んで、全力戦闘で剣を何度も創り直す事を加味すれば八分くらいが限度かな」


(やっぱり浮遊の陣があるんだ!それなら僕らも飛べるね)


 とはいえ陣を使うことで、当初の予定よりも時間は三倍近くも延長された。そして陣が使えるということは、刻印を刻めば仁も飛べるということである。


「仁は飛べないんだったな」


「私が彼に魔法をかければ、場合によるけど一分くらいなら。けどそれが限度だし、あの龍は魔力眼も持ってるの」


 確認を取るような堅に、シオンは一応飛べなくはないと返す。刻印の事を隠したことがやはり辛いのか、更に沈んだ表情の彼女に、仁はまた申し訳ないと思った。


「障壁が使えない俺があの龍に近づこうとしたら、戦闘機の攻撃に巻き込まれてしまいます。もし一瞬だけミサイルの攻撃を中止しても、地上から上空までの間で龍に気付かれて堕とされるのがオチです」


「障壁さえ使えれば、ミサイルの嵐でも無傷で近づけるんだけどね」


 俺がいても邪魔になるだけと、首を横に振る。ミサイルを撃ち込み、シオンを合わせて注意を惹きつけられれば、仁は気付かれることはない。逆にミサイルを止めて龍に余裕ができれば、隠れる場所のない空を魔力で飛ぶ仁は見つかってしまうだろう。


 どちらにしろ、障壁が使えない自分は役立たずだった。


「龍のところに行っても、一度だけ大きな剣を出して終わりになりそうですし」


 仮に行けたとしても、シオンの言う通り一分の制限があるのならば、まともに戦えるとは思えない。


「近づければなんとかなるのか!」


 可能性が全て、障壁が使えないことと魔力不足によって否定されていく中、熊が名案を思いついたぞと、机をバンと叩いて椅子から跳ねた。


「ま、まぁその、シオンが注意を惹きつけている間に、デカイのを叩き込めるかもしれないですけど」


「あってもないよりはマシってくらいだよ。躱されたら終わりだし」


 正直、やな予感しかし無いが、念の為の意見を尋ねる。周りの目も期待半分、諦め半分といった様子である。


「なぁに簡単だ!戦車の砲塔にお前を詰め込んで空の彼方へ!砲弾だと思っているなら、あいつも避けんだろう!不意打ちだ!」


「障壁使えないって言ってるでしょ!?不意打つ前に撃たれた僕の身体がバラバラになっちゃうよ!」


「障壁使えんのか……使えんな!」


「「「」」」


 出された案はまさかの人間大砲。全く話を聞いていなかった熊に、仁と柊と蜂須が各々の武器に手をかける。そもそも大砲に人間を詰めたところでまともに飛べるわけがないだろうと、全員の思考は見事に重なっていた。


「はぁ……他の意見はないか?」


「魔法の弾を創って撃ち込む!と、というのは!」


 呆れた声での柊の呼び掛けに、楓が比較的まともな案を出してきた。他の者達も一斉に机から身を乗り出し、それならと期待をするが、


「ただの大砲の弾なら数個作れるかもしれないけど、それ以上はちょっとキツイと思う。それに、それだけ魔力を使うと飛べなくなるかも」


「ご、ごめんなさい!」


 硬い金属を作るのにはとてつもない魔力が必要という事を理由に断られた。あちこちで溢れた溜息に涙目になりながら、部屋の隅で小さくなった楓だが、


「いやいや、こうして出来ない事を少しずつ消去して行って、正解を手繰り寄せるのが大事なんだって」


「そうだぞGJで、桃田の言う通りだ。あの熊のように、最初からできないと分かりきっているやつは論外だがな」


 そんな彼女を桃田が慰め、柊は熊の方を睨みつける。実際、シオンが魔法判定の硬い物質を量産できるのなら、充分に使えた案である。少なくとも、熊の出した人間大砲なんかよりはずっといい。


「なんじゃい。諦めなければ、やってみれば案外できるかもしれんじゃろうが」


「ならお前で試すか?」


「お主馬鹿か?死ぬに決まっとるじゃろ!」


「だからそう言ってんだろうがこの腐れグマが!死ね!」


 自身の発言に全く責任を取らない熊に、こんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ鬱憤が溜まっていたようで、柊の血管は見事にはち切れた。


「貴様ら呑気に遊ぶくらいなら、今すぐ指揮権よこさんか!」


 遂に蜂須までもがキレて進行の止まった会議。この後、すぐに我を取り戻した柊が再び意見を募るも、良いものは出ないまま夜を迎えてお開きとなった。


 本来なら寝る暇もないが、ほぼ徹夜で救助活動を行ってきた彼らの体力はもう限界だった。これ以上寝ないで考えても、まともなものは浮かばないくらいに。












「シオン、傷とか大丈夫か?」


「フラついたりしない?」


「うん、平気。今日はずっと治癒魔法をかけてたから、もう大分治ってきたよ」


 会議も終わって今は自室。目を擦った仁の心配に、シオンは先の無い腕を振って大丈夫だと笑ってみせる。「あ」と気づいて急いで別の腕に役割を変えるも、仁にとっては辛い光景だった。


 なぜ、この少女はこんなにも気丈に振る舞えるのか。片脚だけではなく、左手首の先も失い、皮膚は焼けただれたというのに。義足や義手を作れるにしても、やはり見た目は大いに彼女を苦しめるだろう。


「……そうか。無理、しないでくれ」


「心配してくれて、ありがとね」


 確かな足取りを見せつけるかのように、少女はぴょんぴょんとベッドの上で跳ね回る。俺にはそれがどう考えても、気を遣って無理をしているようにしか見えなかった。


「……シオンはなんで!」


 そんな彼女が、俺には分からない。


 なんで彼女は、こうも人に優しくできる。見ず知らずの人の為に命を賭け、周りが辛くならないよう自らの辛さをひたすらに隠し続けて、心配されるべきはシオンなのに、他の人の心配ばかりする。


「助けたいから、助けるの。人を助ける理由なんて、そんなので十分」


 そして分からない俺に、彼女はいつもこう返すのだ。


「助けを求めてるかも、分かるないのに?」


「死にそうになった時、辛い時、助けを求めない人なんて、きっといないと思うわ」


 その通りだ。自殺志願者でもない限り、いや自殺自殺志願者もきっと、何かに救いを求めている。この世界ではきっと、誰もが救いを願っている。


「だから人を救えば、仲良くなれるかもしれない」


 彼らの願いを叶えれば、シオンは人と繋がれるのではないか。自らの願いも叶うのではないかと、そう言った。


「……生贄にされるところだったんだぞ」


 しかし、人はどこまでも自分勝手だ。例え命の恩人だろうと、自分の命の為なら捨てようとする。平気だろうが葛藤しようが、関係はない。今まで勝手に願い続け、助け続けてきたシオンはまた、期待と人に裏切られた。


「知ってる。今もそういう人がたくさんいて、軍の人が対処に追われてること。申し訳ないって思う」


 現に今もシオンを生贄にしろと、助けられておきながらそう主張する人間がどれだけいることか。


 しかもその人間らしい人間の中には、シオンが戦い方を教えた軍人も含まれている。知り合いに死ねと言われて、この少女が傷付かない訳がない。誰よりも繋がりを欲したこの少女が、辛くない訳がない。


 それなのに、彼女は。


「……っ!いい加減にしろ!他の人じゃなくて、自分の事をもっと考えてくれ!」


「か、考えてるわ。私は私の為に戦ってるし……」


 いつも、他人の心配ばかりだ。


 まただ。また、彼女のこういう所に、俺は声を荒げてしまう。嫌いだから、嫌だから。自分の醜さを思い知らされるから。


「もっと自分に目を向けてくれ。悲しいなら悲しいって、嫌なら嫌って、死にたくないなら死にたくないって、そう言えよ!」


「……わ、私これでも結構言って」


 無理して気を遣われるのが嫌だったから。小さな肩がずっと震えていて、それをなんとか誤魔化そうと体をわざと大げさに揺らした少女の優しさが、何故か嫌だったから。


「もっと自分を、大切にしてくれ。俺は、これ以上シオンが傷つくのを見たくないんだ」


「……仁?」


(俺君、よく言ったよ)


 そして何より、彼女に傷ついて欲しくなかったから。恩人を切り捨てるような人間らしい人間より、シオンに生きて欲しかったから。


 言ってから、今自分は相当に恥ずかしい事を口走ったのではないかと思った。でも、すぐにそんな後悔は消えた。この戦闘以外で鈍い少女には、ちゃんと言葉にしないと伝わらないからだ。


「……ありがとう。でも、その気持ちは嬉しいんだけど、ごめん。私はやっぱり誰かと仲良くなりたいから。助けてって言われたら、助けてあげたいから」


 言葉にすれば、耳に届けば、否が応でも思いは伝わる。今回も例に漏れず、自分も大切にしてくれという仁の願いが伝わったシオンは本当に嬉しそうに、彼の願いを断った。


「……救う価値、あるのかよ。そんな奴らより優しいシオンが、なぜ死ねって言われるのか、俺には分からない」


「あるわ。あるのよ」


 はっきりと答えた彼女がまた、理解できなかった。けど、即答したシオンが彼女らしいと、どこかで納得してしまった自分もいた。俺はただ、自分の感情をぶつけることしかできなかった。


「だって私が仁を助けたから、こうして仲良くなれたんでしょう?軍のみんなだって、私にお礼を言ってくれたわ」


 向き合った少女の強く、優しい瞳と喜びの込められた事実で、仁の心はまた揺さぶられた。


 確かにそうなのだ。何度も助けてくれたシオンだから、信じることが出来た。仲良くなることができた。助けられた事を知っていて感謝する人が、いた。


「環菜さんなんて「あんな恩知らず馬鹿どもにシオンちゃんは渡さないから!」って。私、すごい嬉しかった」


 恩人を切り捨てようとした人間もいれば、恩人を庇おうとする人間もいるのだ。仁は負の面ばかりを見ようとして、シオンは良い面ばかりを見ようとしている。きっとそこが、違うだけなのだ。


「……腕が、無くなっても、顔に、傷がついてもか……!」


「うん。痛かったし、辛いし、悲しいし、魔法の発動に制限がかかったし。大したことないわ!」


 血を吐く様に紡いだ大きすぎるはずの代償を、シオンは助けられた命に比べたらと、言い切った。


「馬鹿、だよ。本当に馬鹿だ」


 この街で魔法が自由に使える人間の腕の方が、戦略的に見れば日本人数百人なんかより重いというのに。彼女は本当に馬鹿だった。実に馬鹿で理想家で、他人思いで、『勇者』とはもしかしたら、彼女みたいな馬鹿のことを言うのかもしれないと、仁はそう思った。


 何せロロの語った伝説に出てきた『勇者』も、他人だとか世界だとか、自分以外を助ける為に命を捧げたのだから。


「ん?制限?」


「あ」


 シオンもその『勇者』と同じく、大馬鹿だ。そう、本当に馬鹿すぎて思わず隠していた事を、うっかり口を滑らせてしまう程。


「おいシオン。何を隠してる?」


「いやその、なんでもないから!」


「シオン。作戦を考える時に支障が出るかもしれない」


「……け、けど」


「それで勝てなかったらどうするんだ」


「……うう」


 僕が気づき、俺が追求するシオンの秘密。ちらりと聞こえた魔法の制限というワードから考えるに、これは今回の作戦に関わることだと、仁は現実的な思考で彼女を追い詰める。


「お、怒らない?」


「言わなきゃ、怒る」


 叱られるのを怖れる。つまり余程重要な事か、かなり長い間隠していたかのどちらかだろう。本当に彼女の命に関わる事を隠していたのなら、怒ろうと俺は決心する。刻印の事を隠していた仁に怒る資格があるのかは分からないけれど、それでも。


「そうそう。俺君だって刻印の事、司令に話したんだよ?」


「え、本当!?」


「……言った。広めるのは、今は無理だったし、これから嘘を吐き続けなきゃいけないど」


 だが、仁はあの経験を経て学んだのだ。大事な事を隠しても、いい事は起こらないと。それが分かっていながら、これから隠し続けなければならない事の、辛さを。シオンにも、そんな道を辿って欲しくはなかった。


「ど、どうして?」


「俺らは今、英雄視されてる。その像を崩さない為だって」


「……そう。確かに、分かるわ。勝手に信じてた事に裏切られるの、とても辛いもの」


「一応、この戦いが終わったら、魔力の無い人でも魔法が使える方法を開発したフリをして広めるってさ!」


 これからも隠し続ける理由に、シオンは深く頷いた。仁に英雄像を押し付け、現実を見せつけられた時の事を言っているのだろう。


「うん。なら、結果は変わらないわ。仁にとっては辛いかもだけど、よく言ったわね」


 誰もが魔法を使える様になるという事は、変わらない。これからも大切だと思った人を欺き続け、罪悪感に苛む仁を周りが英雄だと幻視すること以外は、何も。だが、嘘を吐いて変わってしまった辛い事は、仁が受けるべき罰なのだ。


 それを分かっていて軍へと話した仁を、シオンは褒めた。


「言わなきゃダメだって思った。それだけ」


「街が燃えそうになってようやく、大切だと気付いたんだとさ」


 失いそうになって大切さを思い知って、それを守る為に何をすればいいのか考えた結果、言うべきだと結論に達しただけ。ぶっきらぼうにそう言った俺にシオンは、


「ほら、やっぱり言った通りになったでしょ。仁は優しいから」


 まるで自分の事のように、我が子の成長を見た親のように、笑顔の花を咲かせた。


「じゃ、仁はこの街、助けたいんだ」


「……うん。俺は助けたいよ」


「僕も右に同じ!」


 今度こそ失ってたまるかと、失いかけてようやく知った大切なものを守りたいと、二人の心は思う。


「必ず、助けようね」


「ああ。必ず」


「もちろんさ!」


 そして三人は誓うのだ。やっと手に入れた居場所と、優しき人達を、必ず守ると。


 誓いなんて破れば何の意味もない。だが、守ればそこに意味はある。















 五日後の日の出。約束の刻。街より東、『魔女』の残した爪痕とされる大流『大河川』の岸辺に、顔の下半分を隠した一人の少女が佇んでいた。仁も軍のみんなも、戦闘機だって彼女の周りにはいやしない。


 剥き出しになった地表に、ひとりぼっちだった。


「約束通り、一人来たようだな。顔が隠されていて替え玉かと思ったぞ」


「替え玉なんてするわけないから」


 彼女を生贄として要求し、待たせていたのは天を駆る龍、アコニツム。産まれたばかりの陽光に鱗を赤々と輝かせ、興奮のせいか時折吐息に炎が混じっている。


「これで、本当に街の人を助けてくれるんでしょうね?」


「ああ」


 周囲に誰もいない事を確認した龍は、警戒を解かないまま地へと降り立ち、約束に頷いた。それが真か偽か、見届ける術は死者にはなく、今は言う事を信じる他にない。


「変な気を起こさぬよう……そうだな自害せよ」


 噛み砕こうとすれば、急所を晒す事となる。空から火を吐くのも考えたが、煙が視界を遮るし、もしかしたら障壁で防がれて奇襲されるかもしれない。


 そう思考した龍は距離を保ち、シオンに自らの手で命を断てと命じた。


「……ふぅ…分かった」


 アコニツムの要求に息を吐き、少女は虚空庫から細くて傷だらけの手をするりと抜き出し、


「私、まだ死ねないから」


 辺り一面が、巨大な爆発によって吹き飛ばされた。

『浮遊魔法』


 系統は属性魔法に属する、文字通り身体を宙に浮かべて自由自在に動き回る魔法。まるで地上と同じように動ける素晴らしい操作性と、常人なら十秒も発動できない馬鹿げた消費魔力が有名。魔法陣、刻印は存在する。ただし、人体に刻める大きさの陣や刻印に込められる魔力は、精々一分ほどが限度である。


 突風を巻き起こす魔法で身体を浮かせることは、恐ろしい難易度を誇るものの理論上可能である。しかし、変幻自在に上下左右に動くともなれば、天才とも言われるような適性が必要になってしまう上に、これまたおぞましい量の修練を積む必要。


 その点、浮遊魔法はありえないほど燃費が悪いが、習得も簡単であるし、ほぼ全ての人間に適性がある。その上さらに、ほとんど練習無しで地上に近い動きが出来る。これらの利点から、多くの者が浮遊魔法を選択して使用する。


 使い方としては、跳躍して空中で体制を整える時、高所からの落下の衝撃を0にする為に一瞬だけ吹かすなど。常時発動し続けて飛び回るなんて馬鹿げた真似、出来るのは魔力富豪くらいだろう。しかし、その中でもかの『魔女』は別格。なんと、永遠と浮遊し続けられたという伝説が残っている。


 以下、余談。


 消費魔力がアホみたいに多い理由は、この魔法の原理にある。魔法とは、術者や対象との距離が離れれば離れるほど必要な魔力が増していくもの。そしてこの魔法はなんと地面ではなく、星の中心を起点として発動しているのだ。術者との距離は推して知るべし。消費魔力は膨れ上がる。故に、余程高度をあげない限り消費魔力はほぼ変化しない。同じ速度で1cm浮くのと10m浮くのに必要な魔力はほぼ一緒である。


 地面ではなく星の核を起点として創ってしまい、更にそれが定着してしまったという極めて残念な魔法。誰かこの欠陥原理に気づかないのか。そう思う者もいるだろう。しかし、現実は実に奇なり。歴史上、この原理に気づいたのはほんの数名だ。そして気付いた彼らは皆、この魔法をこう評する。


「天才の無駄遣い」「馬鹿すぎる天才、もしくは天才過ぎた馬鹿」「これほど非効率な効率の良さは見たことがない」「紙一重でも表裏一体でもない。天才と馬鹿は一緒だ」「無駄のない無駄」「笑える意味でも技術的な意味でも最高傑作」……etc


 そう、この魔法は天才的なのだ。もはや芸術、神の創りし完璧な理論だと言っていい。完全に無駄がなく、どこからどう見てもこれ以上ないというほど効率の良さで魔法が組まれている。星の中心を起点にしてしまった、だけで。


 そもそも星の中心への距離を考えれば、こんな僅かな魔力の消費で済むわけがない。軽く計算して、この魔法の数百倍の魔力が一瞬で持っていかれるはずなのだ。なのに、実用できる範囲内に収まっている。創った人間は本当に天才だったに違いない。そして馬鹿であったに違いない。


 気付いた者達はみな、この魔法を作り直そうとする。起点を星の中心ではなく地面にすれば、それだけで世界は塗り替えられる。空を自由自在に飛べる時代がやってくる。しかし、誰も越えられなかったのだ。



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