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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第55話 司令と良識

「くそがっ!」


 ドアが閉まったのを確認した柊は感情のままに、子供の癇癪のように椅子を蹴り飛ばした。音を立てて転がり、壁にぶつかって止まった椅子を直して腰掛ける。そうして額に手を置いて考えるのは、考えたら気が狂いそうなこと。いや、むしろ狂った方が楽なのだろう。


「何人、助けられた!」


 あの嘘がなければ、見抜ければ、どれだけの人を助けられただろうか。


「何人、殺してしまった!」


 あの嘘のせいで何人が死んだのだろうか。目から熱い涙を流す柊に、その数は分からない。いや、誰にも分からないのだ。


 配給の為に、戸籍のようなものはなんとかして作り上げた。しかし、死んだからといって届け出が必ず出されるとは限らない。軍に入った者だって、過酷な戦闘に怯えて逃げ出したか、魔物の胃の中に入ったかは分からない時が多々ある。


「分かるのは、多いということだけか……ははっ!」


 だが断言出来よう。減った戸籍の数は100や200ではない。あの化け物のような身体能力が二週間も前から手に入っていたのなら、食料の供給率を底上げ出来ただろう。単純な、魔物との戦いでの死亡率だって大幅に変わっただろう。


「選択を、間違えたな」


 嘘を吐かせたのは自分だ。違和感を覚えつつも、嘘を見抜けなかったのも自分だ。


「もう少し信じるか、もっと疑うかのどちらかの対応を取るべきだった」


 賭けて疑わず、カメラを仕掛けず、諸手を挙げればよかった。そうしたら、もしかしたら、仁は嘘を吐かなかったかもしれない。柊の指示が余計な警戒心を煽らせてしまった。


 違和感を疑い、カメラを残して監視していればよかった。そうすれば、嘘を吐いたことでの口論の様子を録画、録音できたかもしれない。下手に信じたせいで、騙された。


「中途半端が一番いけないと分かっているだろう。この愚か者めが……」


 二人、いや、僕を合わせて三人の人柄に触れて、そういう人間ではないと判断してしまった。部下からも何か喧嘩をしたと聞いたくらいで、それ以外は極めて純粋で良い子だと報告されていた。


「己の人間性を殺しきれ。仮面を被り、心に鍵をかけろ」


 眉間と胸に爪を突き立てて、呪いをかける。それは緩んだ仮面の紐を結び直して表情を封じ、解けかけた鍵を再び締め直して、覗いた心を鉄へと変性させる魔法。


 人間には、人が己のことばかりを考えるこの街をまとめることなんてできやしない。この絶望ばかりが溢れた世界で、人間が日本人という種を生かすことなんてできやしない。


「司令に、なるんだ」


 そんなことができるのは、怪物だ。人の心を持たず、仲間の死にも悲しんだフリをするだけで、すぐさまを前へと進むモノ。裏切り者、反逆者、従わない者は冷酷に残酷にある処理の対象とし、決して屈しない独裁者。


「そうなると、軍を作ると決めた日に誓っただろう」


 故に彼は人間であることを辞め、怪物になろうとした。この街を救う為に、日本人を生き残らせる為に、彼は己を捨てようとした。


「司令である間だけは、司令でいろ。威厳があり、皆に恐れられ、カリスマを持ち、知恵のある者でいろ」


 最も強く、胸元を握り締めて、誓いを思い出す。誓いなんて破れば無意味。だが、守れば意味はあるのだ。


「あれだけのおぞましいことをしているこの身が、人間なわけがない」


 人と誓いを守る為に、自らの手を血でさえ足りないもので染めた行為を思い出して、身体を恐怖に揺らす。よく、あんなことが出来たと、人間に戻った今なら思ってしまう。本当に自分が指示しているのかと思うと、吐き気が止まらなかった。


「俺は、司令だ。この街を独裁する、冷酷で残忍な司令だ」


 ところがどうだ。ちゃんと仮面を被れば、心の鍵を閉ざせば、司令になればそんなものは、死んだ者の為の涙など霧消する。あるのはただ、街を続ける為なら仕方がないという思いだけ。


「さぁ、今日もいつも通り、司令として頑張らねばなるまい」


 最近少し浮かれて、大いに平和ボケしてしまっていた。ため息をついた彼はもう一度椅子へと座り、龍への対策の為にある男を呼び出す。


「ああ、すまない。少し来てくれないか?話がある」


 それはそれは、まるで何事もなかったかのように。
















「さて、あの龍への対策の会議をはじめるとしようか。各々が考えた案を出し合い、実現可能かどうかを知識のある者が検討しあっていこう」


 一時間後。会議室には古参も新参も関係なく、軍内で権力を持つ主なメンバーが集められていた。彼らは皆、柊が働きによって引き上げた者たちである。


「始めに言っておくが、我らはあの龍の要求に答えるつもりはない。もしあるとすれば、シオンが死んだ時、もしくは勝つ事が不可能だと判断した場合のみだ」


 最初に告げられたのは、目の前だけではなく、これから先の長い未来を見据えた徹底抗戦の意思。ここを乗り切っても次の問題で滅ぶくらいならば、確率が低くくても全てを取る賭けをするしかなかった。


「ハイリスクハイリターン。いや、オールオアナッシングしかないと考えてくれ。中途半端な道は結局滅びへと繋がる」


 己の命、仲間、家族、恋人、友人、そして他人。全てを賭けた賭けに、この場のほとんどの者が緊張に喉を鳴らした。この場の選択肢一つで、全てが決まる。


「おいハゲ。それは分かったが、虎の子は大丈夫なのか?」


 30人ほどいる中で最も存在感があると言っても過言ではなく、そして喉を鳴らさなかった熊の質問は、全員の心を代弁するものだった。


 そもそも彼女がいなければ、徹底抗戦など出来るわけもない。しかし、重傷を負ったシオンの容態を気にする理由が、真逆の者もいる。


「シオンちゃん、かなりやばかったらしいよ。峠は越えたらしいけど」


 手を挙げて答えた桃田に視線が集中し、次いで安堵と失望の息が室内に飽和する。込められた意味の判別ができた柊は、こんな愚か者を上に置いたのかと頭を抱えたい気分だった。


「梨崎が診てる。後ハゲと言うな熊」


「それもあるが、暴走した馬鹿が寝ている虎の子を殺したりせぬかと聞いとるんだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うだろう」


 微妙に意味の違ったことわざの例えではあるが、蓮の心配は理解できるものだった。


 『魔女』の寝首を刈り取り、その身を龍へと引き渡せばこの街は一先ずは助かる。そしてその英雄的に見える自殺行為を、保身に駆られた誰かがやらないかと。


「軍に侵入しようとして捉えられた馬鹿が18名。怪我人のフリをして搬送されてきた大馬鹿が6名。軍内での裏切りが4名。特に最後は最悪だ。しかも、これから内外関係なく増えていくだろうよ」


「全く、朝っぱらから28名も〆なきゃならないなんて災難もいいところだ。反発を防ぐ為に殺しはせず、牢にぶち込むだけにとどめたが……溢れたりせんか心配だわ」


 二人の軍人が暗い顔であげた報告は、軍の頭を非常に悩ますものだ。


 既にシオンを狙った民衆が、何度か襲撃を仕掛けてきている。中には軍に所属している人間もいるのだから手に負えない。この場の者達や、廊下を歩いている兵士達が一斉に裏切る事も十分にあり得るのだ。


 人は追い詰められた時、何をしでかすか分からない。


「デモだとか抗議だとか、もうこの辺は数え切れません。手を出すわけにもいかず、軍内への侵入を人海戦術でなんとか押し留めているのが現状です」


「皆、自分の命が可愛いのだろうな。明確な暴力を伴う者は少ないのか救いか」


 おまけに直接的な行動以外にも、シオンを助けた軍への抗議運動が水面下で広がっている。今、軍はかつてない危機に直面していると言って良いだろう。


 だが彼らの行動の根源は、自らや大切な人を守りたいからである。銃殺されれば元も子もないと、手を出して来ないのだけはありがたかった。


「ん。さっきまた6名、牢に入ったそうだ。こちらの負傷は3名。門兵を殴りつけて強引に侵入しようとしたらしいが、たまたま怪我人を運んでいた四人組の巨漢が捕まえてくれてな」


「その兄弟には後で配給を増やしてやってくれ。スカウトはせんでいい。どうせ入らん」


 下手に手を出したり見せしめをすれば、暴動や反乱の種になりかねない。おかげで今日の軍の牢は大賑わいでぎゅうぎゅう詰めだ。


「そしてシオンの安全の件だが、安心しろ。厳重な警備の元、彼女は個室へと隔離されている」


「その警備は信用なるのか?」


「信用なるわい!何せあのバカタブツの堅となんだかんだ真面目な環菜と、何しでかすか分からない酔馬と気の優しい楓だぞ!裏切る可能性は皆無だ!酔馬が何かしでかす可能性はすごいが!」


「部屋に関しても大丈夫だよ。何せこの部屋の隣なんだから。何かあったらすぐに気づくし、駆けつけられる」


 警備そのものが裏切らないかという疑念自体には最もだと頷きつつ、蓮と桃田はそれを否定した。


「確かに、酔馬以外は大丈夫でしょうな」


「酔馬だけが不安要素だが」


「なぜ酔馬を入れたのだ?」


 護衛も部屋も柊の采配。何かあった時にすぐに状況を知る事ができ、なおかつ迅速に対応の手を打つ事のできる場所。堅と環菜と酔馬と楓という、シオンと仲の良い信頼できる警備の配置。室内の者からは酔馬で良かったのかという意見が多々聞こえたようだが、きっと気のせいだろう。


 ちなみに、酔馬はここに出れるくらいの地位にいる。なのだが、会議では寝れないとシオンの警護に参加したのである。何とも不真面目な理由の報いとして、寝そうになる度に堅と環菜に叩き起こされていたのだが。


「ここに呼ぶ予定の英雄も、その部屋にいるのでな」


 シオンについたもう一人の護衛。魔法が使え、常人の何倍もの力を発揮できる、偽物の英雄。彼も時が来ればまた、この場に招かれる予定である。その前に、軍全体にシオンを渡さないという方針を示す必要があった。


「彼、ですか。しかし聞いた話によると彼は空も飛べず、魔法も上手く使えないのでは」


 仁の軍内での評価は、嘘を吐いていたことを抜きにしても、あまりいいものとは言い難い。彼はシオンと比べて、弱すぎた。いや、彼女の方が規格外で、彼は悪くない。それでも、軍内の基準はシオンで固まってしまっていた。


「だったらやつを身代わりにしようと?『魔女』が男だなど聞いたことが無い。怒りを買って街ごと燃やされたいのか?女装でもさせるというのなら、それはそれは名案だ」


「女と男を間違える程、見る目の無い龍なら良かったがな!本気で言っとるならお主、もしや見分けつかんのか?可哀想に」


「……!そ、そういうわけでは!」


 故に言外で提案されたのが、弱い仁を強いシオンの代わりに差し出さないかと言う案だ。柊と蓮は龍が要求しているのが『魔女』だと突きつけ、馬鹿げた意見だと切って捨てる。


「……魔法を使える彼は戦力だ。我らでは貫けぬ障壁を貫ける」


「シオンも彼も渡さない、というのは分かりました。しかし、民の気持ちはいかがなさるおつもりで?これ以上権力を振りかざすのには、限界があると思うのですが」


 少し間の長かった柊の反論が気にはなったものの、要求に一切答えるつもりが無いことは理解した。そんな彼らが次に心配したのは、民の反乱の有無についてだった。


「なら民の気持ちを尊重してシオンを渡し、滅びると?……はぁ。貴様らは、今座っている席の意味を分かっているのか?」


 愚かな質問に同調した者達に、ついに柊の額の血管の一本が切れた。


「優秀な者達だ。実に手堅い。負けても失うものが少ないよう、立ち回る」


 柊にとっては当たり前で、今まで通りのハイリスクハイリターンな賭け事。反対意見を述べる彼らは実に優秀だが、思考がやや堅実よりでリスクを嫌う。


「しかし今回、リスクを取らないように進んだ道が、滅びに直結するとは分からんか」


 その判断は基本的に間違っていない。しかし、今回に関してはリスクを取らねば先はない事さえ、彼らには理解できないのかという、失望だった。


「完全なる勝利以外に道はない。それを、その椅子に座る者達でさえ理解できないか?」


 ここにいる彼らのほとんどは、隊や部署を率いる者である。中には特殊な役職を持った者もいるにはいるが、それでも人の上に立つ存在であることに変わりはない。


「大事な者を守りたいのなら、己の身を炎に投じる覚悟も必要なことも分からんような、いや、忘れてしまう奴らをそこに置いていたとは、いやはや私の眼も曇ったものだ」


「司令。それはさすがに言いすぎでは?我らは真剣に未来のことを考えております。あの龍の強さは圧倒的で、我らでは敵わない。ならば恭順の意を示すのも策の一つかと」


 わざとらしく頭を振り、失望を露わにした司令に食いついたのは、いくつかの隊を率いる三十代前半の男だった。


「そうです。ただでさえ独裁と忌み嫌われているのに、これ以上は街の崩壊を招きますぞ」


「民の声も時には聞くべきかと。幸い『魔女』の身柄を渡せば我らには」


 いや、彼だけでは無い。何人かが立ち上がり、口々に柊の判断は本当に正しいのかと責め立てる。民の声を無視し続けてきた柊への不信感が、自らの身が危険に晒されたことで限界に達したのだろう。


「あなたのやり方は独り善がりだ。今まではそれでなんとかなったでしょうが、もうこれ以上は民が耐えません」


 果たしてこんな奴に任せて大丈夫なのか、と。例え街を救っても、反乱によって軍属の者全員が皆殺しにされやしないかと。


「オールオアナッシングと仰いましたが、龍に『魔女』の身柄を渡せば、一先ずの延命はできるのでは?」


 彼らの意見も一理ある。一人の身柄というローリスクで街一つを救えるというのなら、そうすべきだと思う者がいるのも当然。その後のことは、その後の戦力、つまり仁でやりくりすればいいと思う者達なのだ。


 刻印の真実を知らない彼らは、それでいいのだろう。しかし真実を知る柊には、その道の先が見えない。


「彼女は敗北し、聞いたところによると腕も千切れたそうじゃないですか。だというのに、まだ戦うんですか?戦えるんですか?」


「そしてその子の勝ちに全人類の命を賭ける?正気じゃない」


 強大な、街一つを半刻で燃やし尽くせる天を舞う相手に、目覚めるかも分からない少女をリベンジさせる。事情を隠したまま、柊はこの意見を押し通さねばならなかった。その為の手は既に打ってはあるが、それでも難題だろう。


「狂気?正気じゃない、か」


 だが、通さねばならない。狂気と蔑まれた柊は、狂人のように声高らかに笑い出した。


 たった一つしか黒がないルーレットの黒に、全日本人の命をベットし、回すような賭け事。確かに、狂気の沙汰だ。目覚めないかもしれない。勝てないかもしれない。不安要素なんて幾らでもある。


「ああ。イかれているのは私で、正しいのは君たちかもしれない。だが、私が望むのは結果だ。人類を救ったという、全てを得た結果」


 しかし、元から赤に賭けても負けのルーレットで、黒に賭けない選択肢はない。黒だけが、完全なる勝利という配当をもたらすのだ。


「それを得る為には正気も狂気も何も関係もなく、その二つの違いに欠片の意味もないとは思わんかね?」


「く、狂っていても関係は無いと!?」


 彼は狂人にこの街を率いる権利はないという問いに、狂気も正気も関係が無いと答えた。


「むしろこの世界はどうだ?まともか?民の声を聞け!と、政治を批判できたのは前の世界の話だ。今はどこにそんな余裕がある。世界が狂ったのなら、同じように狂うしかあるまい」


 立ち上がり、机を叩き、自らを狂人と呼んだ者へ、己の思想と現状を叩きつける。


 この世界は前の世界に比べて、遥かに狂っていて残酷だ。弱肉強食、大飢饉、インフラは壊滅、そして空を舞い、物理攻撃を無力化できると予想される龍。どれを取っても、日本人は絶滅寸前に追い込まれていた。


「し、しかし、どこから広まったのか軍が『魔女』を庇おうとしていることが漏れ……今もそこら中でデモが起きています!これではいずれ暴動、いや、反乱に!」


「そうなったらどちらにしろ我らは滅ぶではないか!それならばいっそ『魔女』の身柄を渡した方がマシだ!」


 民の反乱一つで、あっさりと滅びるくらいには。そのことを理解しているからこそ、龍と反乱という目先の危険を両方取り除く手段を彼らは提案しているのだ。それは決して悪いことではない。それも、延命という目で見るのなら正解なのだから。


「昨日の医務室のが漏れたか。まぁいい。民は結果をもって黙らせる。救われれば、己達が生き残れば、彼らも文句はないだろう?」


 踏ん反り返るように椅子に座り、柊は民の意思を決めつける。


 生き残る為に己の意見を聞けと訴えているのなら、その意見以外の方法で救っても構わないのではと。彼らが望むのは生存で、自らの意見を聞いてもらうことなのではないかと。


 その姿は、まさに独裁者だった。


「結果が残せなかったら誰が責任を!」


「責任?何を言っている。反乱が起きても構わん。あの龍を退けられなければ、どちらにしろ全員死ぬ。取りようが無いだろう」


「か、勝手に街の人全ての命を本人の承諾なく賭けると!?」


「ならば、対抗できる唯一の戦力をあの信頼できるかも分からない龍に渡し、障壁に押し潰されるか?もしくはあなたの命を賭けさせてくださいと、全員に承諾を取って回るか?」


 次々と立ち塞がる問題と反対意見述べる部下達を、全ては先を見据えたらという仮定で潰していく。今滅びる危険が高くとも、更に先へと繋がる道を残すのが最善だと、論で押し潰して押し通る。


「……そ、そんな!四日後まではどう抑えるおつもりですか!?」


「民へは、傷ついてほとんど動けなくなった『魔女』の身柄を輸送するとでも言っておけばいい」


 龍との決戦までの四日間、暴動になりかねないデモをどうするのかという質問に、柊は民の声を聞いたフリをしておけばいいと、欺けばいいと回答し、解決させた。


 民を欺き、勝手に彼らの命運全てを賭け、責任も取らず、無視をする。そんな独裁者に、良識のある彼らは耐え切れなかった。


「この上民を欺くと!?冗談もほどほどにしたまえ!」


 机を叩いて立ち上がった男を皮切りに、いくつもの怒声が柊へと向けられる。批判する彼らは常識人だ。まともな感性を持ち、人を気遣う心を持ち、あの龍への勝率が低いことを理解している。故に、相手を無視した分の悪い助け方に異を唱えているのだ。


「これが、冗談?そう思うなら存分に笑え」


 彼らが柊の狂気に我慢ならなかったように、柊も彼らの正気に、柊から見たら狂気とも言える正気に耐えられなかった。


「こんな危機的最悪な状況で?一々民に確認を取る暇はあるというのなら、な。この議論も中途半端な気遣いも、全て無駄だ。それはいつか誰かを殺すぞ」


「……民を無視し、殺しているのは貴様だろう!今までは従ってきたが、もう我慢ならん!」


「蜂須、まさかここまで愚かだとは思っていなかった」


 銃を向ける蜂須と呼ばれた男を、柊はただ失望の目で蔑むばかりだった。己の命の危機に晒されているからではない。


「人の命を背負うことに怯え、もしもの時の責任にだとかいう無意味な取りようのないものに怯え、滅びの道へと進む民の声を聞き、殺すのは貴様らだぞ?」


「黙れ!」


 柊に見えている未来を拒み、今に拘った彼らが哀れで仕方がなかった。普通の感性から考えれば、おかしいのは柊だ。人類の命運を背負う覚悟なんて、そう簡単にできるもんじゃない。それを避け、今を乗り切る方法を選ぶのは自然なことなのだ。


 誰も、自分のせいで人が死んだなんて思いたくないのだから。それが多勢、ましてや日本人全員なら、尚更の事。


「荒れ果てた街をなんとか纏めようとする貴様に、正義があると思ってついてきた。だが、最近の貴様はどうだ!」


 柊の目に、こちらの方が失望したと蜂須は銃口を向けながら叫ぶ。法が無く、ただ力が支配していた街を纏めようと武力を用いた組織だ。未来の為に、民の為にという思想に賛同し、ここに座る者達はついてきた。


「人の意見を聞かず、武による制圧だけでは飽き足らず、一部の人間の配給を止め、兵は捨て駒のように扱う!」


 無理矢理抑え付け、意見を無視したたツケが回ってきたのか、民衆に反軍の意が少しずつ浸透してきていた。軍に入った家族がろくな装備も持たされず、訓練も受けさせてもらえず、狩りで捨て駒にされたとの抗議も増える一方。


「奴らは謀反の疑いがあった。兵士だが、捨て駒じゃない。最も効率と生存率のバランスの良い狩りを行い、結果死んだ者が多々出ただけだ」


 配給を止めたのは、反軍の扇動を行った者達。ろくな装備も持たせなかったのは、腕のある者に優先的に装備を回し、その者達の生存率を上げようとしたから。


「私だって、したくてしているわけではない。全てはこの街の為だ」


 指摘に首を振り、進んでやったわけではないと、柊は僅かに人間らしさを覗かせる。それはすぐに仮面に隠れてしまうものだったが、それでも一瞬出てしまった。


「もう、この街は限界に近い」


 昔はそんなこともしなかった。まだ、余裕があった。だが今は違う。最早なんとかやりくりできる範囲の限界を超え、柊は命の取捨選択など、いくつもの禁忌にさえ手を出した。もう、なりふり構っていられる状態ではなくなったのだ。


 その結果が民の意見を聞かず、武力と権力で反論を抑え付け、生活の基盤を全て握ることで反乱を躊躇わせ、もし実行に移そうとした者がいれば法を使って裁く、徹底的な管理社会の一歩手前の今だった。


「分かったなら、そろそろ私に向けているそれを下ろした方が良い。正当防衛も傷害未遂も成立する」


 震える銃口を指差し、ついで自分の腰に吊るされた柊専用の口径も反動も小さい銃をとんとんと叩き、最後の警告を口にする。


「いつもそうだ!少しでも都合の悪いことを言った者がいれば適当な軽犯罪で捕まえ、殺す!挙げ句の果てには無茶な賭けで全人類の命を捨てようとし、それを密やかに行うとしている!貴様に人の上に立つ資格などないわこの独裁者めが!」


 龍を堕とすのを不可能だと考えるからこそ、リスクの少ない案を取ろうと、日頃から不信感を抱いていた柊へと彼らは銃を向けた。


「ならば、何を望む?民主制にでもして、みんなが同じ綺麗な意見だから怖くないと責任を分担し、その結果滅ぶか?今の世界に必要なのは見栄えではなく、話し合うだけで進まない民主制ではなく、結果だけを愚直なまでに追い求める者の独裁だ」


 龍を堕とす以外に未来はないと考えているからこそ、リスクはあってもリターンの大きい策を取ろうと、自らに反旗を翻した蜂須に銃を向ける。


「ちょっとみなさん、落ち着いて落ち着いて。司令は先を見すぎていて、貴方達は目先しか見えてない。そうでしょ?」


「そうじゃぞハゲ。そこらの馬鹿どもはともかく今日のお前はどこかおかしいぞ。具合でも悪いんか?」


 十に満たない柊側の銃口と、十五は超える常識人側の銃口が向かい合った一触即発の中、両手を挙げた桃田と蓮が仲裁へと割って入った。この状況を望んでいた柊は、内心で笑う。仕込みが成功したと。


「なんだと?馬鹿はそっちだ!こんな勝率の低い馬鹿げた賭けに!」


「勝率ではない。勝利によって得る物がどちらが良いかで比べろ」


 理を重んじる柊と、情を重んじる蜂須達。どちらも民を思うが為の衝突。互いに論点が違い、正しさも間違いも持ち合わせている彼ら同士だと、永遠と話の決着が殺し合い以外でつかない。


「平行線だねこれもう。はいはい。じゃ、ここで俺から案を出します。ぶっちゃけこのままだと話し合ってる内に約束の日来そうだし」


「案、だと?」


「そう、妥協案。龍を堕とす為にきちんとした作戦が練れなければ、シオンちゃんを龍に差し出そう。彼女も人の為って聞けばそれくらいしそうだし」


 そんな異なる正義を見かねたのか、桃田は銃弾の通過予定の真ん中へと立ち入り、そこで話の着地点を作り上げた。


「その、基準は?」


「それはこの場の者と魔法の使える二人の多数決。期限は三日後の昼まで。それまでにシオンちゃんが目覚めなくても、貴方達の勝ちってのはどうかな?」


「ふん……良いわ。そんなに作戦に自信があるのならな!だが二つ約束しろ!一つ、我らが勝ったのなら柊には司令の座を降りてもらう。二つ、期限までには互いに一切の危害を加えない」


「ああ、いいとも」


 どう?とにこやかに銃口を向けられている桃田の提案に、この場の者全員が妥協した。


「……我らだって、救えるものなら全てを救いたいのだ柊」


 本当に勝率の高く思える作戦を考えられ、現実的な勝利が見えるのなら。その確率が龍にシオンを渡した未来の人類の生存率を上回るように見えるのならば、蜂須らも反対はしない。


「貴様のは理想すぎる。全てを取る主義なのはいいが、範囲を勘違いしてはいないか?」


「私より理想に生きる少女を一人、知っているがな。取れるかどうかは、今から決まることだ」


 別に彼らだって、シオンを差し出すよりは勝てる方がいいと考えているのだ。ただ、何の作戦もない現在、その可能性が余りにも低く思えるのと、柊のやり方が気にくわないだけなのだ。


「まぁあれじゃな!これにて一件落着だ!」


「いやいや問題山積みだけどね」


 これにて会議は終わりと馬鹿笑いする熊に、突っ込みを入れる桃田のいつもの光景。何はともあれ、柊の想定の中でも良い方へと事は進んだ。最悪はこの場で柊が撃たれて死に、軍を奪われる事だった。ここまで通した今、後はあの龍を落とせるような作戦を考えるだけ。


「はっはっはっ!細かい事は気にするな!……ん?何か隣が騒がしいな」


 だったのだが、隣から聞こえてきたのは女性の悲鳴。環菜の声ではなく、酔馬の裏声でもないだろう。だとすれば、残る可能性はシオンのみ。


「おいハゲ。襲撃が来たら騒がしくなると言っておらんかったか?」


 次いで壁に何かが叩きつけられる音。先の悲鳴だけならともかく、今はの間違いなく何かがあった。いくらシオンとはいえ寝ている間を襲われたのなら、万が一はあり得る。


「貴様の笑い声で隠れて気付けなかったのだろう!」


「儂は酔馬がすっ転んで頭を打ったに焼き鳥四本賭けるぞ」


 感じ取った異変に銃を引き抜き、柊と蓮は慎重にドアを開けて隣の部屋の前に立つ。二人の後ろには、桃田を始めとした軍人が鼠一匹逃さないと包囲網を築く。


「これでシオンが殺されていたら、貴様の負けだからな!」


「そうならぬよう、祈るしかあるまい。話に聞いた騎士とやらか?」


 小声で指示を出し合う彼らの中には、柊に反旗を翻した蜂須も含まれていた。傍観していても良かったのにと、柊は心の中で彼への評価を一段、上へと引き上げる。ただの腰抜けではなく、やはり民を思っての安全策だったのだろう。


(未来がない安全策なのが悲しいが)


「……行くぞ」


「はい」


 歪ながらに背中を任せながら扉を開け放ち、一同は銃を構えながら中へと侵入し、


「わお。ごめん。退散するからごゆっくり」


「失礼した」


 押し倒されていた仁と、上に乗っかったシオンを見た。柊は仁めがけて発砲しかけ、桃田は口笛をぴゅうと鳴らし、蜂須達は度肝を抜かれ、蓮は扉をそっと閉めた。


「……」


 そして柊がドアを無言で蹴破り、侵入。仁の嘘や頭でっかち共を丸め込むのに、どれだけ頭を悩ませたことか。なのにこやつらときたら、というのが彼の心境である。


「仁!大丈夫?仁!?ちょっと医者を呼んでくれない!お願い!」


「貴様ら何を……どういう事だ?おい、梨崎診てやれ」


 だが、部屋の中の空気はそんなものではなかった。頭から血を流して転がっている仁と、彼の上で治癒魔法を使っているシオン。傍らには堅、環菜、酔馬、楓、梨崎の身体が力なく転がっている。


「いや、いい……です。ちょっと頭を打っただけです」


「何があった?」


「わ、分からないの。けど、夢の中でなぜか、みんなを遠くに追いやらなきゃって。起きたら、現実が」


 仁は頭を抑えながら答えを返し、シオンは無意識にした行いに頭を抱える。


「大丈夫。みんな気絶しているだけだよ」


 全員の脈と傷を確かめた桃田が、安心させる為にそっと一言。吹き飛んだ毛布や家具など、部屋の中で暴風が吹いたような有様だった。


「ご、ごめんなさい!」


「気にするなシオン。死ぬような怪我じゃない。今までの怪我思い出したら大した事ないだろ?」


「そうさ!僕はこんなにぴんぴん元気さ!」


 謝って距離を取ろうとするシオンに、俺は身体中の傷を見せて大丈夫だとアピールする。ぶっちゃけ、仁にとってはちょっと頭から血が垂れたくらい、もう痛みと怪我の内には入らないくらいである。


「で、でも、こんなこと、今まで無かったのに」


 しかし、彼女が心配しているのは傷の深さではない。自らが無意識の内に、知らない魔法を発動させて周りの人間を傷つけたという事実が、怖かった。そしてこれがまたいつ起きて、今度はどれくらいの規模となるのかが、心配だったのだろう。


「じゃあこれ一回きりだよ!多分ね!」


「シオン。生きてて、よかった……!」


 だがそんなこと、今の仁には考えられていなかった。


「わっ!?ちょっと仁!?」


 今までは仁が意識を失って生死の淵を彷徨ってばかりだったが、今回ばかりは逆。つまり、抱きつく役も抱きつかれる役も入れ替わる。


「生きてるよな!生きてるよな!」


(わ。俺君大胆。そういえばいつもはシオンが抱きついてくるけど、こっちから抱きつくのは何気に初めてか……一歩進んだな!俺君!)


 軍の人間に見られていることも、今自分とシオンが喧嘩をしていたことも忘れて、仁はシオンを抱きしめていた。


「わ、わわわわわわわわわわ!仁、危ないから!さっきみたいに暴発したら!」


(うう、ちょっと僕には刺激がああああ……)


 仁にとってはこの腕の中の温もりが、どうしようもないくらいに暖かくて、嬉しかった。


「……柊よ。これが龍の欲しがった『魔女』なのか?」


「知るか。龍も盲目していたんだろう」


 抱き締められて焦って頬を赤らめて、そしてまた魔法が暴走しないかを心配する姿は、とても『魔女』なんかとは程遠いものだった。

『魔法の適性』


 魔法も他の物事と同じく、個人の才能に大きく左右される。この才能のことを、適性と呼ぶ。適性が全くない、もしくはあまりにも低すぎる場合、魔法によっては発動できないことがある。


 基本的に適性は偏るものである。土の剣を創る魔法は得意だが、土の盾を創るのは苦手、という例はほぼ無い。適性の高い魔法と類似した魔法の適性は、大体高くなる。


 適性が高いことの利点は、その傾向の大魔法を発動できることや、消費魔力を抑えられることにある。適性が普通だったり低い人間では発動すらできない大規模な魔法を、高い者は使いこなすことができる。


 同じ魔力で同じ魔法を発動しても、適性によって個人差が出る。このことから近年、適性の正体は魔法を発動する際の魔力の効率の差ではないかと言われてる。10の威力の魔法を発動するのに適性の高い者が5の魔力を払うのに対し、低い者は10払っているのではないか?という考え方だ。


 発動できない魔法があるのも、変換効率が悪すぎて自分の持つ魔力が足らないからだとすれば、筋は通る。しかし決定的な証拠はなく、単なる才能の差派との議論が絶えない。


 別に適性が低くとも、大量の魔力を注ぎ込めば、ある程度まで並ぶことは可能である。しかし、適性によって魔法の効果の上限も決まる為、それ以上は追いつけない。一応例外として、圧倒的なまでの魔力量で上限をぶち抜いた『魔女』がいるが、あれは本当に規格外の話である。参考にしてはならない。


 個人によって適性は違うが、実は魔法陣の中にも適性の差はある。同じ形の魔法陣ならば完全に一緒だが、違う形で同じ効果の魔法陣の場合に異なることが多い。


 既存より適性が高く、より描きやすい魔法陣の形を創ることが、研究者達の目標の一つである。


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