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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第53話 すべきことと無茶

 

「指示を出していたら遅くなった。我が軍最強の戦力が危ない状態だと聞いのでね」


 論も無くただ感情を叩きつけていた仁の怒りに横入りしてきたのは、この街の最高権力者。軍に対しての不満を吐露していた者達は、彼の登場に顔を青ざめさせた。


「梨崎。シオンを順番から外した理由を、どうせ死ぬ奴を助けても意味がないって言ったそうだな」


「ん?まぁ言ったね」


「なら龍から延命しても、次の脅威で滅ぶ可能性の非常に高い我ら。助ける意味は無くないか?」


 シオンの死は日本人の魔法使用不可に直結する。彼女がいなければ、魔法がなければ、倒せる敵も倒せない。それを彼らが知らないのは、仁が刻印を隠しているからだ。


「たった二人しか使えない魔法。その片方で、しかも強い方を見捨てて、これから先どうなると思う?」


 だがそれでも、シオンの分の穴がどれだけ大きいかは、この場の誰もが知っている。だって、単身で龍から街を守ったのはこの少女なのだから。


「……うーむ。こりゃ一本取られたかな」


 自らの理論を使って返されたのなら、飲み込むしかない。それ以前に振りかざしていた己の言葉全てを、否定することになるのだから。


「ちょっと待ってください!この子を生贄にしないならあの龍はどうするんですか!結局滅ぶんじゃ」


「どうとでもする方法をこの五日で考える。現時点の最善はあの龍を滅ぼし、シオンも生き残ることだ。方法が思いつかなければ、彼女は生贄するとしよう。梨崎、今は死んでも生き返らせろ」


「無茶言わないでよ。はいはい」


「……!」


(猶予ができたと、喜ぶべき……なのかな)


 目先の危険だけの回避の最善を訴えた男に、柊はこれからの危険を含んだ最善で訴え返し、着地点を作った。仁の怒りの感情を、上手く論理と妥協案へと誘導したのだ。


「なら、なら私の妻は!治療はまだ終わってないんですよ!後回しにされ」


「みんなの為に、諦めろ。分かってください、だったか?」


「っ!?せめて、順番を!」


「所詮同じだな。君も、仁も、大切な人を救いたいだけだ」


 このままで妻の治療が後回しとなる。縋り付き、それだけはやめてくれと土下座をした男を、柊はいつもと同じように表情のない表情で、見下ろしていた。


「悪いこととは言わない。綺麗に正論の皮をまとったその下が、このように負ければ己の掌をすぐに返す程の欲望であることを、悪いとは言わん。現に私が権力を握った理由もそれだ」


 仁も男も、己の願望に理由を付け、医者へとどちらの選択が未来に繋がるかをプレゼンする勝負をしていただけ。醜さを隠しきれなかった争いであれど、誰かを助けたいと思った事は同じ。


「さて、この問いだが、私はこう答える」


「柊さん!怪我人がいるのはここですか!」


「応援に来ました!」


「二人とも、いや、救える限りを救う、とね」


 扉から流れ込んできた増援に、柊は不適にかっこをつけて笑ってみせた。その笑みはこの惨状には合わないもので、故に人を驚かせ、安心させる。


「え……?つ、妻を助けて、くれるんですか!?」


「取れる利益は全部取る、救える命は全て救うのが私の主義だ。最も、医療の力が及ばなかった時はどうしようもない」


「あっ、ありがとうございます!」


 医者の数が足りないなら、増やしてしまえばいいと彼は考えた。どちらかを選べば不満は出るなら、いっそどちらも選んでしまえばいいと、彼は考えた。


 どちらかしか頭になかった、いや助けたい人間だけを助けようとした仁達には、思い浮かばなかった選択肢。


(何とも欲張りで、かっこいい人だよ。ハゲてるけど)


「柊さん。ありがとう、ございます。俺と僕じゃ、シオンを救えないところでした」


「この判断が一番利益になると判断しただけだ。それに、いざとなればシオンは切り捨てることとなる。君は急いで知る限りの龍の特徴、対抗できそうな魔法などを考え始めた方がいいと思うがね」


 己の主義とシオンが生きている場合のメリットが重なっただけだと、柊は特に誇る様子もなくあの龍を堕とす策を仁に求めた。彼はあの龍への策が一つでも欲しく、異世界の知識なら仁の方が豊富だと分かっている。これも、利害の一致から来る励ましだ。


「はい!」


 そうだと分かっていても、仁はありがたかった。


「さて、私はまた指示を出しに戻らねばならないが」


 この僅かな間で、彼へと委ねられた指揮と命が山積みとなっているだろう。それでも、この場に援軍に来てくれたことは嬉しかった。


「街を救ってくれた事に、感謝を。よくやってくれたシオン。GJだ」


 責任の足枷をつけたまま山を登りに戻る柊は、その前に横になって荒い息を吐いているシオンに、頭を下げていった。


(さて、俺君。僕らも働こう)


(シオンが生贄にされたら、俺らの命も危ない。また俺は、俺の為に、戦う)


 まただ。また、この戦う理由。己の命の為、仁は再び戦いを挑む。













「もっと光ちょうだい!早く!」


「おい!お届けものだ!怪我人はここでいいな?」


「欲しいものがあるなら俺らがお持ちするっすよ!」


 命を争う声で慌ただしい軍の医務室。軍人だろうが一般人だろうが構わずに、怪我人が集められていく。聞けば柊が怪我人と付添に限り、一般人でも軍の敷地内への入場を許可したそうだ。


「なら綺麗な水、あと布と光石をありったけ持ってきて!布は四番倉庫、光石は七番倉庫、水は十八番倉庫にあるはず!」


「任されました!兄貴、俺らは四と七で布と石を持ってきます。水は任せました」


「了解!」


「おう!」


 どこかで見たことのある四人組が怪我人を運び込んだり、治療に必要なものを取りに行かされたりしている。彼らもまた、誰かを救う為に戦う者達だ。


 ちなみに光石(こうせき)とは、陽の光を溜め込み、暗いところで放出する特性を大変便利な石である。何とたまたま(・・・・)その鉱脈が街を覆う壁の中にあるらしく、電気に代わる光源として重宝されているのだが、光を溜め込みすぎると毒素を放つ負の面も持つ。


「どうする、か」


「考えなきゃね」


 治療が一通り終わったものの、未だ容態の安定しない者達が集められた端のスペース。仁は、その場所に三十分ほど前に移されたシオンの手を握りながら、あの龍をどうにかする方法を考えていた。


「ま、お返し、さ」


「ここでシオンがやばくなったのに気付かずに死なれたら、作戦も何もなくなる」


 ここに留まっているのは、シオンの容態が急変した時にすぐに気付いて誰かを呼ぶ為と、仁の命が危なかった時はいつもこうされていたからである。


「だから、早く目覚めておくれよ」


「シオンが死んだら俺ら、この世界で生きていける気しないんだ。だから、頼む」


 物理的にも、そして精神的にも。失いそうになってやっと気づいた、己の中での彼女の立ち位置。前は失ってから気づいた大切な者達。だが、今回は失わずに済むかもしれない。


(もし作戦が思いつかなくて、どうしようもなくなったら、君だけを連れて逃げようと思ってたけど)


(……どうせ、逃げないだろうからな)


 この少女はきっと、自分の為に逃げやしないだろう。最後まで無理をして、最期を迎えるまで誰かを救う事を諦めない、筋金入りの馬鹿なのだから。


「絶対に作戦思いつかないと」


「かなり血抜かれて、上手く考えが纏まらないんだけどね。くらくらする」


 シオンが逃げずに無策で戦って死ねば、そう遠くない未来に魔法を使えなくなった仁も死ぬ。だから俺も僕も彼女に自らのO型の血を投資し、血も知も足りない頭で必死になっているのだ。


「まず、勝ちはどこかな」


 いつものように、脳の中で思考のノートを授業前のように開くのが始まりだ。仁の作戦が採用されるとは限らないが、それでも、魔法を知る者がまとめた情報やオススメの作戦は無いよりはマシだろう。


「この街と俺らが生き残ること」


 膨大な白の中へ、「シオンも自分もこの街も死なない策を考えろ」と一文の黒を刻み込む。


「どうやれば、勝てるか」


 現代兵器か巨大な魔法のどちらかで障壁をぶち抜き、相手に致命傷を負わせること。仁の街を燃やした時にはあったはずの腕が、今日は切断されていた事を考えるに、龍の再生力は四肢がすぐに生え変わる程でも無いようだ。


 誰が斬り落としたのかはすごく気になることで、出来れば方法を教えて欲しかったくらいだが、今は置いておこう。


「それにしても、邪魔なものは多いねえ」


「単身で来いって言われてる。奴が来る前に包囲に勘付いて、逃げられた挙句に門の前を監視されたら終わりだ」


 まず、あの龍相手に使える現代兵器がこの街に残っているのか、それをあの龍に見つからないように運ぶ方法はあるのか。


「戦闘機は気付かれない。というより、シオンと龍が接近し始めてから近づけるとして、陸から空を狙う奴は難しいのかね?その辺は後で聞かないと」


 兵器に関して素人の仁には、戦闘機は途轍もなく速いくらいしか分からない。餅は餅屋と軍の人間に後で尋ねることを決め、保留と書いておく。


「だけど、絶対に兵器は必要だ。龍が魔法障壁で固定できてしまえば、こちらの攻撃は通らない」


「あのサイズ相手には、さすがのシオンも銀剣じゃ無理だったみたいだしね」


 人間との比率で考えれば、シオンの扱う剣は龍にとって爪楊枝よりも小さい綿棒である。強引に擦れば痛みはするが、致命傷には程遠いだろう。


「そもそもあっちが自在に空を飛んでるのが辛いや。こちらの攻撃ほとんど当たらないし、シオンの属性魔法は常に浮遊で一つ埋まるし」


 シオンの浮遊に関しての消費魔力の言を信じるなら、あの龍は魔力を一切使わず翼だけで飛んでいるようである。シオン越えの魔力持ちの可能性はなきにしろあらずだが、正直、前者の魔力を使わない飛び方の方が厄介だ。


「あっちは属性魔法使い放題、しかも時間制限無しだもんね。いや、龍が魔方陣だとか刻印使うなんて思ってないけども」


「空中でのシオンのタイムリミットも辛い」


 シオンは頭痛と引き換えにしか魔法を発動できず、浮遊に恐ろしいまでの魔力を奪われ続け、戦えるのは精々数分。対する龍は全くのノーリスクだ。


「持久戦はダメだ。やるなら短期決戦。できたら、相手が逃げを打つ前に決めたい」


「持久戦でタイムリミットを待たれたら終わり。一つの方針は決まったね」


 元より、時間は限られている。その中で逃げると判断する隙も与えずに、勝負を決めれるような策を練らねばならない。


「次はない。どこで戦うかが分かっていてなおかつ、何も守らなくてもいい今回がきっとベストだ」


「街を狙われたなら捨てるしかない」


 ノートに「もしやるなら短期決戦」と書き込み、更に撃退も敗北だと付け加えておく。


 宣告通り、龍が餓死狙いで門を襲い続けるならば、流れ弾をどうにかする為にシオンが黒い膜を張るか、それともいっそ街を捨てるかの二択となる。いや、黒い膜を張ってシオンが死ねば、街を守る手段は無くなるのだが。


「シオン任せの兵器任せ。僕らの出る幕はないね。いや、出たところでどうやってあんな化け物と戦うのって話だし」


「だから、こうして作戦立案で貢献するんだろうが」


 使える戦力を確認。戦闘機は滑走路が使えるかわからず保留。対空ミサイルなどもあるのか、また気付かれないように配置できるのか不明なので保留。そして何より、唯一魔法の使えるシオン。


「これで短期決戦組むのか?現代兵器はすごい味方だけども」


「いかんせん、性能を知らないことには作戦に組み込めないよ。ここがこんなに忙しいなら、今聞ける雰囲気はなさそうだしね」


 大切な人に救いの手が届かず泣き崩れる声。医者へと述べられる感謝と、怨嗟の入り混じった言葉達。鳴り響く金属の音。飛び交う疑問と指示と、薬品や医療器具の名前。


「シオンも、できたらその話し合いに参加して欲しいしな」


「他に最低限欲しいのは柊さん、堅さん、酔馬さん辺りかな?」


 この部屋に怪我人を運び入れているのはヴァルハラヘルヘヴン、家族や親しい人、そして軍人だ。今も避難誘導や救助活動を軍が行っているのなら、上層部との作戦会議は難しいだろう。


「……もう少し、考えをまとめておこう」


「うん。そうだね」


 短期決戦をすべきという方向性だけは定まった。後は情報とアドバイスや助言、否定的な意見が必要で、仁だけではこれ以上先に進めない。


 無事だった方の手を強く握り、仁は事態の収束とシオンの目覚めを待ち続けた。











 何時間経ったのか。時に怪我人が死者となり、空いたベッドの穴を新たな患者が埋めてまた死んで、時には助かって違う場所へと移されていった。そんな命の終わりと助かった瞬間の螺旋を、何度も画面の端で見ていたような気がする。


「沼の魔法で地に拘束してシオンの魔法剣と地上でも通じる兵器で狙い撃ち……ダメだ。どうやって地に引きずり落とす?魔力の無駄」


 その間、仁はぶつぶつとぶつぶつと、永遠と仮定と想像に過ぎないシミュレーションを繰り返していた。だが、仮定と想像でさえ成功の未来が見えず、現実でも使い物にならない案しか浮かばない。


「土の壁はどう考えても高さが足りない……真上からの炎なんて横の壁じゃ防げない」


「あり?仁君寝てないの?」


「……桃田、さん?」


 時たまシオンの様子を伺う以外、ずっとベッドの足の一点を見つめ、想像に篭っていた仁の世界に紛れ込んだ異物。全身煤まみれの桃田が、肩を心配そうに叩いていた。


「いえ、シオン以外にここで魔法に詳しいの、俺だけですから」


「んふふ!心配なんだね!分かる!シオンちゃんには、本当に助けられたよ」


 ゲスな勘ぐりによる気味の悪い笑い方でさえ、イケメンがやると絵になってしまう。しかし桃田が笑ったのは一瞬だけ、その後は真剣な表情でシオンの容態を確かめていた。


「……心配です。これからどうすればいいのか……桃田さんはずっと救助を?」


「うーむ。可愛げのあるようなないような反応だ。流石に四時間も救助活動してたら俺も疲れてね。一時間だけでも仮眠取れってさ。今ローテーションで回してるみたい」


「おつかれさまです」


「うん。これが仕事だしね」


 恥ずかしがる仁の反応が欲しかったのか、桃田は残念そうに頭をかく。しかし悪いが、そんな気分になれないほどに仁は憂鬱だった。四時間考えても有効となるような魔法が、シオンの技術による魔法剣くらいしか思いつかなかったからだ。


「今は何時ですか?」


「もう朝の四時半。そのうち日が昇り始めるんじゃないかな?」


「もうそんな時間……」


 そんなに経っても、未だシオンの意識は戻らないのか。予想以上に過ぎていた時間と、埋まらない白紙ばかりの作戦ノート、変わらずただ呼吸し続けるだけの少女が、仁を焦燥感で焼いていく。


「行き詰まってるの?」


「一人で考えられる範囲に限界があるのと、あいつに有効そうな魔法が全く分からないんです。短期決戦で決めるのは間違いじゃないと思うんですけど」


「障壁も使って空も飛べて、近接もできる相手なんてごり押し、確率の低い正面突破くらいしか思いつかないんだよね。だから、作戦を立てて少しでも有利に立たないといけない」


 傷だらけの仁の顔から感情を読み取ったのか、桃田は真正面から目のクマを覗き込んできた。そんな彼の心配に、今思いついただけのことを伝える。


 実際、強すぎるというより相性が悪すぎるのだ。現代の兵器は障壁に阻まれ、魔法は空故に浮遊で常に属性魔法が潰される上に燃費は最悪、そもそも空で戦える戦力が現状ほとんどない。


「なーる。他のみんなは忙しいし、シオンちゃんは休んでるから進まないってことね」


「ええ、今は手詰まりです」


「なら、なんで起きてるの?」


「へ?」


「いや、呑気に寝てる暇なんて」


「呑気じゃなくて、本気で寝るべきだもんね」


 うんうんと頷き納得した様子からいきなり吐かれた、強目の責める口調に、ごちゃごちゃしていた仁の頭の中がかき混ぜられた。


「やっぱり心配だから?」


「……作戦を少しでも見直そうかと思って」


「情報もないのに?なら君が今すべきことは、情報が揃う時にきっちりとした思考でいる為に、寝ることじゃないの?」


 言われた通りだった。これ以上ないくらいに、仁は考えた。捻って絞って出し尽くした二時間前から変わらない結論は、足りない情報を待つしかないというもの。ならば、後の時間は違うことに充てるべきだった。


「……シオンがやっぱり心配で」


「女の子を言い訳に使うのはカッコ悪いよ。いや、本気で心配なのもわ分かってはいるけどさ、君がいくら待っても、彼女が目覚める時間は変わらない」


「そ、それは」


「君は案外現実を見ないロマンチストだね。俺と同じ人種かと思ったけど、違ったか」


 桃田に言われて、自分でもそう思った。


 祈りの力で、助かって欲しいとの願いで、目を覚ますまで待つという健気さに世界が応えるのなら、仁の仲間達は死ななかったはずだ。そもそも世界はこんなに荒れ果ててもいないだろう。それなのに、何を願っていたのか。


 いくら寝不足で待っていても、彼女がいつ起きるかは分からず、変わらない。


「確かに思いってのは重要だし、時には力になる。努力する時とか、やっぱり思いのある人とない人じゃ力の入りが違う。けど、今回に関しちゃ無力だ。今は寝ているうちの守護神が目覚めて戦う時、君が最善の策を用意するのがシオンちゃんの為でしょ?」


「けど、その……その、通りです」


 仁の変なプライドを、桃田はバッサリ無駄と切って捨てる。シオンが目覚める時までは起きていたいと思ってはいた。しかしそれはただの仁の感情であり、あの龍を倒す際には邪魔となるものだ。


「責めてるけど、怒ってはいないよ。惚れた子に少しでもいいとこ見せたいのは俺も同じだし」


 決して、悪いことではない。だが、大勢の命と男の意地を比べてしまえば、どちらに軍配が上がるという話である。


 例えここでシオンが目覚めるまで仁が待ち続け、起きた彼女に抱きつくシーンがあったとしよう。眠り姫が起きるまで待ち続ける男。ああ、なんとも美談だ。


「男女が恋愛を優先して世界滅びましたってなったら、恋愛も何もないと思わない?この世は結果が優先だよ。世界あってこその恋愛だしね」


 その結果寝不足の仁がいい作戦を思いつけず、日本人が龍に滅ぼされたら、悲劇を通り越して最早喜劇だろう。被害妄想に過ぎると思う人もいるだろうが、時間の足りない今、一分一秒たりとも無駄にはできない。


「ごめん、なさい」


「謝るより行動に移して欲しいってのが本音。誘拐事件を解決しようとする刑事さんだって、捜査中は何時間寝るかとかの義務があるって聞くくらいだしね。君の今すべきことを、君はすべきだ」


 軍が今全力で救助をしているように、医者が今全力で人の命を助けているように、怪我人が今全力で助かろうとしているように、仁は少しでも頭を休ませるべきだった。そうでなくとも、身体強化を活かして救助を手伝う道だってあったかもしれない。


「結構キツイこと言ったのは謝るよ。でも今、一番あの龍をどうにかすることで頼られているのは君とシオンだ。できれば、この期待に全身全霊で応えて欲しい。俺らも命、賭けるから」


 シオンと同じくらい頼られていると言われた仁の心は飛ぶように嬉しくなって、罪悪感に蝕まれた。生きている嘘が、良心を傷つけていく。


「期待の応え方が、寝るだけなんて申し訳ないんですが」


「申し訳ないだとか関係ない。それが結果に繋がるなら、恥だろうが汚かろうが、やるしかないの。OK?」


 揺れた心を隠すように笑った仁を、桃田は独特の、そしてこの世界で生き抜く上では有効な価値観で励ました。


 この世界では結果が全てだ。どれだけ美しく、気高くあろうとしても、失敗すれば、死ねば汚い骸となる。醜く、狡猾に、無様に足掻き、恥をかいてでも、目的を達成した者の方がずっといい。


「もし君が彼女が起きるまで徹夜してでも、100%勝てるような作戦を思いつけるなら、待っててもいいとは思うよ。でも99%じゃ、ダメだ」


 別に汚い手段を使え、綺麗に生きるなと言っているわけではない。成功してようやく、過程の善し悪しの評価が成される。失敗して、目的も果たせずに死んだ者の過程なんて、口では何とでも誤魔化せても、無意味以外の評価は与えられない。


「あの、ここで、寝てもいいですか?」


「まぁ、それくらいならいいんじゃない?けど、これが原因で負けたら一生恨むよ?」


 だというのに仁は、最後の意地だけは譲ろうとしなかった。おずおずと、怒られるのを怖がるように勇気を出した申し出に、桃田は数秒悩んで微笑んだ。


「その時は存分に末代まで恨み尽くしていいよ!」


「負けたら俺らでみんな末代だよ。じゃ、期待してる」


「……おやすみ、です」


「おやすみ!」


「おやすみ、英雄さん」


「そんなのじゃ、ないです。後、ありがとうございました」


「どうもどうも。若い子応援するのも大人の楽しみだから」


 少女の手を握ったまま、ベッドの側面に腰掛けて目を閉じた仁を、桃田は英雄と呼んだ。人を騙し、欺き、裏切り続けた仁が英雄など、何の冗談だろうか。着いた嘘がもたらした信頼と虚像はもしかしたら、嘘がバレて責められる時よりも辛いかもしれない。すぐに堕ちていく眠りの中で、仁はそう思った。











「あららすぐ寝ちゃったよ。よっぽど気を張ってたのか、頭使ってたのか。どちらにしろ、疲れてたんだね」


 瞼を閉じてから、少年は一分と経たない内に寝息を立て始めた。たくさんの命が背負われている彼の肩に、桃田は風邪をひかないようにと毛布をかける。こんな小さい子供に、あの化け物を任せてしまう自分達が不甲斐なかった。


「ふぅ……ああ……疲れました!とりあえず少しだけ寝て……」


「あ、酔馬さん。傷の具合どうです?救助活動中に瓦礫に足挟まって、俺に助けられた時の」


 怪我人をベットまで運んできたドジ踏んだ怪我人、もとい酔馬へと、桃田はからかい混じりの挨拶を飛ばす。彼が普通に瓦礫の上を歩いていた時、いきなり足元のレンガが割れ、空いた隙間に足が挟まったのだ。


 ミイラ取りがミイラになった瞬間、その場にいた軍人みなの胸をよぎったのは「ああ、また酔馬か」といった慣れと、「放置しようかな」という呆れであった。さすがに捨てていくわけにもいかないので、ささっと引き抜いたのだが。


「だ、大丈夫ですよ!かすり傷だから忘れてください!仁さんはいいですね。シオンさんは生と死の狭間、僕らが頑張ってる最中呑気に寝れて。マジックで悪戯してやりましょうか」


「……呑気なんかじゃないよ。この子は今、本気で寝てるんだ」


「へ?」


 さっきまでのやり取りを知らない酔馬の無神経な言葉に、僅かながらに桃田の声が鋭くなった。いや、客観的に見た仁は今、大切な人が起きるまで待たず、たくさんの人が救助を待ち望んでいる中、特異な力を救助に使わずに寝ている、というものである。責められても無理はない。


「寝たのはついさっき。それまでずっと起きてたんだ」


「ん?救助活動してて仮眠中なんです?うわ、確かにわき腹に血がべっとりついてる」


「それはシオンちゃんの血。この子が担いできたんだ。心配で寝たくない寝たくないってだだこねてた。ベットで寝ろって言おうかと思ったけどさ、聞きそうになかったし」


 だが、事情を知る者からすれば、今の彼をそのように見ることはできなかった。休めと諭したのに、寝にくい少女の隣だけは譲らない強情さ。祈ってでもいるのか、しかと繋がれた二つの三人の手。


「四時間ずっと、作戦を考えていたってさ。正直、その時の様子は鬼気迫るって感じで声かけ辛かったよ」


「ほええ……あ、そっか。魔法使えるの今、この子だけですね」


「作戦立案するなら頭休ませろって、今無理矢理寝かしたとこってわけ」


 下を向き、一心不乱に指と口と頭を動かし続けていた仁の姿は、周囲の空気を断絶していた。人がすぐ近くで死んでいく医務室という状況の中、死に溢れた室内で彼は冷静を保ち続けていた。いや、知らない誰かが死んでも、まるで気づかないように。


 異常ともいえる少女への結びつきに溺れ、常に前だけを見続ける少年。その姿に桃田はどこか、狂気の片鱗が顔を覗かせていたように感じた。


「なら、仕方ないですね。このグッスリさんの対価は僕らの命を助けてもらうってことで」


「もちろん、そのつもり。さ、俺らももうひと頑張り行きますか」


「え?いや、桃田さん?僕ら仮眠の時間……」


 桃田は仮眠を取りに来たはずなのに、なぜかよいしょと腰を上げる。伸びをして身体をほぐしている彼に、状況が飲み込めない酔馬が尋ねるも、


「ん?いや、俺らは俺らのやるべきことを、ね?俺らの今の仕事は作戦を考える為に休む、ではなく困っている誰かを助けるだろ?」


 帰ってきた答えは、休みを返上してお仕事に戻るというブラック企業的な、誰かを救う為の綺麗事だった。


「いや、そうですけども!でもやっぱりその」


「自分が眠いからって永眠しそうな人、見捨てられない、よね?」


「ですよね……やってやりますよ!みんな救ってやりますよ!救助が終わったら僕は数日休み貰って寝ますからね!」


 さすがに眠いから見殺しにするかという聞かれ方をされれば、こう答えるしかなかった。


「やっぱり酔馬さんはいい人だ」


「なんかこう、乗せれてる感じがすごいですし、さっきまで僕が誰か見捨てるみたいになってませんでした?」


 別に酔馬が薄情なわけではない。夜通し働いて疲れ切ってしまった身体を僅かな睡眠で回復させ、もう一度前線へと戻るのも大事なこと。だがそれでも、その僅かな睡眠の時間の内に、消えてしまう命はある。


「だったら今、無茶をしてその命救わないとね。仁のアドバイスに時間かかっちゃったのは俺が悪かったし、その分頑張らないと」


 寝るのなんて、救助が粗方片付いてからでいい。仁にさっき無茶をするな、いざという時に備えた体力を蓄えろと諭した桃田が、無茶をすると言った。


「はぁ。あなたがモテる理由が分かりました」


「どの辺?」


「他人に〜するなって言っときながら、自分はそれをやってカッコつけるところですよ!そうして差をつけて相対的にモテてるんです!あなたは汚いど畜生です!」


「ふふっ、酔馬さん。恋愛と戦争と人助けにおいては全てが、そう、無茶も許されてるんですよ」


「……これ僕がイケメンひがんでるだけに見えてきた。てかそれが理由なら仁さん待ってるのも許される無茶なんじゃ」


「あっ。ま、あの二人は勝手に仲直りしてくっつくでしょ。それに命かかってるし」


「訂正。かっこよくないですね!ひゃっはぁ!」


「馬鹿言ってないで、人助けしますよ」


 医務室に運ばれてきた怪我人の来た道を辿るように、二人は戦場へと戻っていった。救いを求める誰かの為に無茶をしに、人助けをしに。



『光石』


 電気がほぼなくなった街において、新しく夜を灯すもの。暗い場所で軽い衝撃を与えると、光を放つ石。


 その正体は、生物と石の狭間にある特異な魔法生命体で、雄と雌がある。人間にとっては完全な暗闇でしかない地中の中で、無いとも言えるような光を何万年、何十万年とかけて溜め込み、魔力を生成しつつ成長する。この間、年間数センチの速度で地中を振動によって掘り進み、洞窟や空洞、鍾乳洞へと移動する。


 仲間の持つ微弱な魔力を感知し、その方へと突き進む為、辿り着いた洞窟や空洞に誰もいないということは余りない。仲間を感知できなくなるせいか、巨大な魔力を嫌う性質がある。


 辿り着き、壁から地面に落ちるなどして衝撃を受けると、異性に存在を主張する為に今まで溜め込んできた光を放出し始める。光が尽きるまでの期間は数年間と長く、またこの間は魔法によって俊敏に動き、パートナーを探し続ける。衝撃を受けられず、光を発せなかった個体にぶつかって灯すこともあるという。


 相手が見つかって繁殖に成功した場合、雌の体が1.5倍ほどの大きさに膨らむ。膨らんだ分が子供であり、再び数万年の旅に出た後で剥離し、別の地中を掘り進んでいく。


 短い時間に強い光を浴び続けると、体内の光を溜め込む器官が限界を超え、光が尽きるまで動かなくなる。太陽の光を浴びるなど言語道断。更に限界を超えて浴びると死亡し、周囲に毒素を撒き散らす。


 時折、衝撃によって光を放つ性質を知る魔物達に使われるものの、食べられることも食べることもしない、最も平和な生物の例に挙げられる。しかし、人間が生活圏を広がるにつれ、彼らに利用されることが余りにも増えてしまった。そのせいか近年急速に数を減らしてしまっている。


 光の浴び過ぎ以外に死体はなく、寿命が存在するかは不明。極めて稀な例だが、地中深い空洞や洞窟に行くと、飛び跳ねている彼らを見ることができるかもしれない。


 街を覆う壁の中に多数埋め込まれており、何も知らない日本人によってその多くが採掘され、利用されている。洞窟や空洞に集うことはあれど、同じ壁にこれだけの数が集中することなどあり得ない話。おそらく、人為的に埋められたとみるべきである。


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