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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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息抜き後編 カツアゲ四兄弟のとある日その2

 


「あー。まだあんまり片付いてないあの辺ね。治安がちょっと不安で、女の子を連れ歩きたくないな」


「わ、私は大丈夫です!案内してあげましょう!」


「はいはい。なんかあったらすぐに逃げるからね。ささ、こっちだよ」


 一葉達から大体の場所を聞いた桃田は心当たりと不安があるようで、目を瞑って腕組み。不安の元である楓が大丈夫と言うならと、足を帰り道の方角へと向ける。


「いやぁ。本当に助かるぜ」


「あなた達軍人が、なんで助けてくれるんすか?」


「僕ら、礼なんて」


「無一文」


 ちらちらとこちらを何度も振り返る楓と、堂々と歩幅を合わせながら進む桃田に、四人はお礼と謝罪を行う。彼らに渡せるものなどなく、ボロっちい見た目からもそれが分かるはずだ。だというのに二人の軍人はなぜ、自分達を助けてくれるのか。


「俺は助けようなんて思ってなかったよ。この子が行動に移すのを手伝って、危ないと思ったから付き添っただけ」


「「「「へ?」」」」


「さすがに見ず知らずのちょっと怖いお兄さん達を、女の子一人で道案内させるわけには行かないでしょ」


 どうやら言い出したのはイケメンではなく、隣の地味な女性の方らしい。これで男が付き添う理由は分かったが、肝心の助ける理由は未だ分かっておらず、一葉達は一斉に楓へ視線を集中させる。


「も、もうやめてください!こ、困ってたから、助けた、だけです……」


「だって。この子、こういう子なの。感謝してね」


「……軍にも、こんないい奴らがいるんだな」


 見返りも何も求めず、ただただ困ってた人を見過ごせなかったから助けた。暴露されて顔を真っ赤にして告げた軍の女性に、一葉達の中の軍のイメージが塗り替えられていった。


「私、そんな良い人なんかじゃ、ないです。私達が助けられない人って、たくさんいて」


「いや、嬢ちゃん。それは当たり前のことで、気に病んじゃいけねえよ」


 足元の石に躓きながら否定する楓に、一葉達はそんなことはないと否定し返した。


 助けを求める人間全てに会える訳もなく、食料を求める人全てに渡せる訳もない。手の届かない位置から伸ばされる、救いを求める手なんていくらでもある。全員を笑顔になんてできないのが現実で、当たり前。


「ま、これに関しては俺も思うのよ。当たり前だから仕方ないって諦めるのは違うよねって」


「そう、です。できないことを当たり前にしたくはないです」


 それでもこの二人は当たり前のように、「出来ない」という当たり前に刃向かった。当たり前の中に含まれた人々を仕方ないと諦めずに、救おうとしていた。


「今は方法が見つからなくても、いつかは見つかるかもだから」


「軍の上の方はさ、組織の建前上、小を切り捨てて大を取るのね。存亡の為にってのはわかるけど、やっぱり俺は好きじゃない。小の部分を限りなく小さく、それこそ0にして」


「大を全に変えたいって思う人も、軍にはいるんですよ。いえ、司令だってそう思ってるはずです。現実に邪魔をされているだけで、誰よりも理想を掲げた人だから」


「ほええ。司令ってやつは実に漢だな」


「かっこいいっす!」


「そんな人が軍の一番上だったのですね」


「尊敬」


 救おうとしていても、実際に救えたかと言われれば苦い返事をせざるをえないだろう。それでも、一人でも多くを救う事を掲げたのが、軍なのだ。


「司令は本当に、すごい人だよ。ハゲてるけど」


「く、苦労と努力の証です!」


「嬢ちゃんいいこと言うな。てめぇらほら見ろ。ハゲに悪い奴はいねえんだ」


「……もしやさっきのハゲって」


「あれだけ強い人なら」


「同一人物?」


 誰が思い、そして実行に移そうか。魔物に壊され、人が本性を剥き出しに荒れ狂う街を纏め上げ、電気もガスも水も食料も限られている中、日本人を生き長らえさせようとすることを。諦めずに掲げ続けたのは、最初にその旗を掲げたのは、彼だった。


「こりゃ誤解してたな。悪かった」


「ごめんっす。嫌な奴らだと思ってました」


「権力を手にした理由が、あったんですね」


「すまぬ」


「あ!?ごめんなさい!謝らないでください!あなた達は何も悪いことしてませんから!」


「実際クズも沢山いたし、いるし。軍が権力を握るために立ち上がったんじゃなくて、守る為に権力がいるって知らないと、やっぱり印象最悪だもんね。む。癖になるなこれ」


 誤解していたと謝って肩の辺りに頭が来た四人に、楓はあわあわと手を振って謝る。桃田はその様子をニコニコと眺めつつ、別に良いよと下げられた頭を軽く叩く。モヒカンの感触が気に入ったのか、四葉の時間だけ長かった。


「お、この辺の通りは俺ら分かるぜ」


「後は自分らで帰れるっす」


「助かりました」


「感謝。謝罪」


「「「「ありがとう、ございました!」」」」


 各々が感謝を述べてから、四人は最後に全員で合わせて形とりどりの頭を下げた。


「いえいえ。じゃ、気をつけてね〜」


「もう迷子にならないよう、注意してください。では」


 さよならと手を振り合い、楓と桃田は夜ご飯を食べに行くと別の道へ。兄弟はようやく知った帰路に着いたのだが。


「んしょ。んしょ。蘭姉さん……これ、重すぎるよ」


「頑張るのですよ菜花。でもこれ置いていくわけにもいきませんし、どうしようかしら」


 道の端っこの方で、如何にも重たそうな箱四つを懸命に運ぶ二人の女性を見つけてしまった。柔そうな身体を見るに明らかに不釣り合いで、持つのには無理な荷物の量だ。


「兄貴ぃ」


「先ほどの話を聞いた後にこれは」


「致し方なし」


「はぁ。早く帰って空腹忘れて寝てえって言うのによ。神様ってのは本当に意地悪だぜ。野郎共!いっちょお仕事だ!」


「「「あ、兄貴ぃ!」」」


 弟達からせがむような視線を受け、頭をぽりぽりと掻いた一葉は声を上げる。あんな話を聞かされ、助けられた後となっては、見過ごせなかった。


「おい、そこの嬢ちゃん二人」


「!?」


 見知らぬ人間に声をかけられた姉妹は警戒態勢を取り、箱をぎゅっと胸元で抱え込む。その際、姉の方は色々と大変なことになっており、兄弟の目線はがっちりそこに固定されてしまった。


「あのぉ……これはお渡しできないというか、材料でして……」


 ほんわかとした断りに、なんとか正気を取り戻す。幸い、ガン見した箇所を箱と勘違いしてくれたようだった。


「あなた達、誰?」


 怪訝そうな顔で尋ねられたその一言こそ、待ち望んだものであり、決め場の始まりであった。


「よくぞ聞いてくれたっす!」


「僕ら戦場から天国地獄まで名を轟かす4人組!」


「あなた達をお助けするぜ!」


「人呼んで」


「「「「ヴァルハラヘルヘヴン!」」」」


 努力と失敗を重ねて、ようやくまともに決まった彼らの挨拶とポージングだが、


「あの、大丈夫ですか?」


「お兄さん達その、何か変な物食べました?」


「い、いえ大丈夫、です」


「ど、どこもおかしくはないっす」


「ひ、拾い食いなんてしてません」


「恥」


 それを見た姉妹は箱を地面に置いて、本気で頭の心配をしてきた。失敗したというか、理解されず引かれた結果に、恥ずかしさが込み上げてきてしどろもどろになる。


「こほん。えーとだな。それだ。その荷を運ぶの、手伝わせてくれねえか?」


「えっ!本当!?う、嬉しいけど」


「お姉さん達じゃどう考えても無理っす!その点、俺らならこんなの余裕のお茶の子さいさいっすよ!」


「で、でも悪いですし」


「もう直ぐ日が沈みますから。この街の夜に女性だけで出歩くのは感心しない」


「荷物持ち兼、護衛!」


 渋る二人を強引に説き伏せて、四人はいとも軽そうに荷物を担ぎあげる。無駄にでかい身体は人を怖がらす以外にも、こういうところで役に立ってくれた。


「遠慮すんなって。無理な事は無理で、出来る奴が助けるって言ってるんだから、そういう時は甘えりゃいいのさ」


「ど、どうしてです?」


 いきなり助けると言われ、下心を疑ったのか。実際彼女達は可愛らしい容姿をしており、それ目的で近づいてきた男達も過去にはいたのかもしれない。


「俺ら、今日いいことしたいんすよ!」


「少しばかり、悪いことしちゃ……あ、未遂でした」


「見知らぬ誰かに、我らも助けられた」


 しかし彼らは違った。小さいとはいえ悪事に手を染めようとし、赤の他人の楓と桃田に助けられた。心に後悔と恩義があるのなら、下心でも何でもなく、ただそれに足る行動をするのみである。


「つーわけだ。勝手に助けさせてもらう。嫌だってならこの荷物は貰っていく」


「……お兄さん、怖い顔だけど良い人なんですね!」


 おかしな言い訳を作って逃げ道を塞いだ一葉に、菜花は正直故に前半は残酷で、後半は心からの感謝だと分かる言葉を送った。


「怖い顔ってのは余計だ!本当に貰っちまうぞちみっこ!」


「ち、ちみっこ!?ちみっこ言いましたですか!?」


 一葉が照れ隠しに容姿を馬鹿に仕返した結果、やはり末っ子で身体が小さいことを気にしていたのか菜花は過剰に反応。


「あら、あらあら。荷物を取られては商売あがったりですし、仕方ないですね。お願いします」


「ほいさ!行きますよ!」


「道案内はお願いします」


「頼んだ」


 そんな二人を蘭はまぁまぁと笑顔で見つめ、次いで改めて荷物運びを頼み、兄弟はナビゲーションを彼女へと頼んだ。












「着きました。それにしても、本当に逞しいんですね」


「すっごいです!びっくりしました!」


 30分後、一行はバテることなく、特にトラブルに巻き込まれることもなく、五つ子亭の前にたどり着いた。かなりの重量の荷物をここまで運んだというのに、軽い汗しか流していない彼らの体力は地味に桁違いである。


「店ん中まで運ぶぜ。ドア開けてくれ」


「はいはい。あ、紅姉、ただいま!」


「おかえり菜花、蘭……どなた?」


 開いた扉の向こうで出迎えたのは、少ない数ながらも酒場のような騒ぎ声と料理の匂い、紅と呼ばれた姉だった。彼女の同行人を見た反応は、妹二人よりも過激な目線で敵かどうかを探るというもので、一葉達はそこまで強面かと傷ついてしまう。一応言っておくと彼ら、ヤクザ顔負けの顔の怖さである。


「この人達が手伝ってくれたのです!」


「おかげで助かりましたぁ……」


「えっ。あ、ごめんなさい」


「気にすんな。怖がられるのには慣れてる」


 小さい頃からの悲しい思い出を振り返り、一葉達は遠い目を剥いた。この顔のせいで人付き合いがうまく行かず、ゴロツキやチンピラになってしまったと言っても過言ではない。


「お兄さん達、ありがとうです!」


「私からも感謝です」


 怖がられるのには慣れている。確かに一葉はそう言い、彼らはそうだった。けれど礼を言われることには、慣れていなかった。


「えっ……いや、その」


「お、俺らがしたくてしたことっすから!」


「そ、そうだ」


「自己満足」


 全員が全員、先ほどのかっこよさは何処へやらの対応をしてしまう。だがそれは、決して悪い気がしたわけではなく、むしろその逆。


「……礼を言われるのって、良いもんだな」


 とても、とても、暖かいものだった。


「妹達がお世話になったみたいだね。ちょっとご飯作ってあげるから、まだなら食べて行きなよ」


「「「「マジっすか!?」」」」


 まともな料理をずっと食べていなかった一葉達にとって、この提案と匂いはお腹をぐっと掴んで離さないものだった。


「男だけじゃなくて、女にも二言はないよ。そら蘭、菜花、厨房で腕振るってきな?うちのオススメご馳走するよ!」


「分っかりました!楽しみにしてくださいね!」


「頑張ります」


「お、おう……あ」


 他の客に会釈しながら、パタパタと厨房へと走っていく二人を見た一葉の頭の中を、ある方程式が雷光のように駆け抜けた。


「……邪魔をする。あっ!お前らは!」


「「「「げっ!頭のクールな人!?」」」」


 とは言え、常連のように扉を開けて入ってきた人物に兄弟は度肝を抜かれ、方程式を口にするどころではなくなってしまった。


「表出ろ」


「大兄貴がそう呼べって言ったんじゃないすか!」


「勝手に兄貴と呼ぶな。とりあえず表出ろ」


 柊は理不尽に青筋を浮かべ、腕を鳴らす。先ほど植え付けられたトラウマがフラッシュバックし、兄弟はすでに及び腰の腰抜けである。


「こら末。この人達は蘭と菜花のお手伝いをしてくれてたんだよ。喧嘩しない」


「ど、どうも。荷物持ちやってました」


「む。そうだったのか。助かる。GJだ。てっきりただのチンピラだと思っていたが、俺の目も曇ったか?……もし変な下心なら、軍を敵に回したと思え」


「あんたが言うと洒落になんないからやめなさい」


「やっぱこの人が司令すか!?」


 紅に庇われ、頭をペコペコと敵意と下心はないと主張する強面兄弟というシュールな光景。しかし柊の疑いは未だ晴れず、職権乱用をチラつかせて牽制してきた。それだけ、この店が彼にとって大切なのだろう。


「司令と分かってもらえたところで物は相談だが、君達」


「な、なんですかい。大兄貴」


「軍に入る気はないかな?腹を空かすことも、衣服に困ることも、チンピラ紛いのことをする必要もなくなる。命の危険はあるが、君達の体格を活かせば他よりはずっとマシなはずだ」


 緩んだ空気から改まり、司令としての顔での勧誘。彼等の身体つきと人を助ける精神を高く評価しての、命を張る高給取りのお誘いだった。


「申し訳ねえが、遠慮させてもらいやす」


「ふむ。まぁ、しょうがない。純粋な興味として、理由を聞いても良いかな?やはり、軍が嫌いだとか」


 一葉はそれを刹那の躊躇いもなく、断った。そんな彼に柊は、仁の傷を見た時でさえ動かなかった眉を吊り上げて、振られた理由を知りたがった。


「数時間前なら嫌いだからって断るか、背に腹は変えられないって入ったとは思いやす。けど、今の俺には、やりたいことがあるんです」


「やりたい、こと」


「ええ。俺ら、ろくでなしでどうしようもないと思っていたけど、どうにかなりそうな道が、運送業って道が見えたんすよ」


 今日の行いと、自分達に道を教えてくれた男女、道を気づかせてくれた女性を思い浮かべて、一葉は理由と選ぶ道を語る。


「俺らの体格なら大抵の荷物は楽々運べる。まだ不透明だけど、これなら食っていけるかなって。ほら、自動車ないですから、配達となると人力ですし」


「その道は素人には険しそうに思えるが」


 運ぶ点に関しては、彼等の有り余った体力と体格で問題無いとしよう。しかしそれ以外に経営、単純に荷物を運ぶ場所、運送途中の強奪、そしてその保証などなど、たくさんの課題が山積みでも足りない程だ。


「そら険しくて厳しそうだとは思います。けど、嘆いてばかりで、何もしないよりはずっといい」


 昨日まで、彼等は終わっていた。現実を糞だと馬鹿にし、何もしないのはその糞のせいだと言い続ける怠惰な日々。


「それに人のために働いて、礼を言われるのって、すっげえ気持ちいいんです」


「他の者も同じかね?軍に入る気は、微塵もないか?」


「兄貴についてくっす!というより俺もしたいっす!」


「僕も同意見です。命を張らずに済みますし」


「同意。これもきっと、人助け」


 だがそんな終わっていた日々も、今日終わった。この日が、荷物を運び終えて礼を言われた時のあの気持ちが、彼等の始まりとなった。


「おまえら、今度軍に来い」


「いや、その、すいません」


 勧誘を諦めていないかのような言葉に、ここまで買ってくれたのに申し訳ないと思いつつ、もう一度優しく断固として断る。


「馬鹿者。経営に関してできる奴……頼りないが頼りになる奴がいる。そいつから色々とアドバイスしてもらえ。死ぬほど忙しいが、大丈夫だろう」


「えっ!?」


「い、いいんすか?」


「菜花と蘭を助けてくれた礼、そして軍も君達の仕事に一枚噛ませてもらう」


 だがその真意は別にあり、してやったぞと笑う柊は四人のサポートを約束した。ついでに利益を求めて先に手を出しておくのも忘れないのは、さすがと言ったところか。


「「「「あ、ありがとうございます!」」」」


「面白く、利益になると思っただけだ。俺は取れる利益は全て取る主義でな」


 90°を超えたお辞儀をしたヴァルハラヘルヘヴンを、どこか羨ましそうに柊が見つめていたのは、きっと気のせいなんかではないのだろう。


「おっまちです!あれ?柊兄さん。いらっしゃいませ!ご婚約はまだですか?あ、並べてくから座ってください!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」


 話も一区切りついたところで、ちょうど調理も終わったようだ。料理を両手に計六皿抱えた菜花が厨房からパタパタと駆け寄り、盛られたたくさんの種類の美味しそうな料理に思わず歓声が上がる。


「菜花ああああああああああ!接客終わったら覚えてなさい」


「ぎょえ!?」


「菜花、大人をからかうな。おいおまえらなんだ?その微笑ましいものを見るような目と嫉妬が混ざり合った奇怪な顔は?表出ろ」


「私も軽く厨房行ってくるわ。いつものでいいね?茉莉はお客さん、牡丹は調理を手伝って!」


「悪いな。頼む」


「はいはい。毎度あり!」


 余計な一言に姉から殺意、柊からは呆れの目線を受けた菜花は震え上がる。兄弟はその様子を椅子の上から、複雑な心境と顔でニマニマシネシネと眺めた。からかいたく、また非常に殴りたいが、そうするとまた教育される。そう心に閉まった結果、この愛憎入り混じった表情である。


「あらあら柊さん。いらっしゃいませ。机の上に料理置いてきますね。貴方達、苦手なものはなかったかしら?」


「い、いえ、こんなの全部美味そうです!」


「よ、涎が垂れるっす」


「何日ぶりの食事」


「うう……豪勢!」


 テーブルに並べられた野菜炒め、焼肉、マッシュポテトなどなど色とりどり香り豊かな料理を見て、四人は腹を鳴らし、許可と号令を今か今かと待ち望む。


「はいどうぞ!」


「皆さん。召し上がれ」


「「「「いただきます!!!!」」」」


 しっかりと感謝を込めて手を合わせ、兄弟らしく唱和して、一フレームで目の前の美味へと食らいついた。


「う、うんめええええええええええええええええ!」


「美味しいっす!堪らんっす!」


「こ、これは、素晴らしい!」


「至極美味」


 料理が、高速で口に運ばれては消えゆく。理性は一つ一つを味わいたいと願うも、本能が次を次をと求めてしまう。空腹、久しく感じていない程の美味しさ、これら全てがスパイスとなり、箸が止まらないのだ。


「俺らが普段食ってるやつを、こんなに美味くなぁ」


 素材がいいというより、料理の腕がいい。一般人には使えない調味料や食材があるにしても、それは間違いなかった。


「ですよね!どうです!美味しいでしょ?」


「美味そう、ではなくて美味しいんですよぉ。皆さん、いい食いっぷりです」


「今まで食った中で一番うめえよこれ」


「そ、そんなにです?」


 こんなに美味しそうに嬉しそうにがっつかれて褒められて、喜ばない料理人はいない。現にこの空間がそれを物語っている。


「もうちょいここにいたいのは山々なんですけど、他のお客さんの接客があってですね!」


「申し訳ありません」


「いいよ気にすんな。こんな美味いもん食わせてくれて、ありがとよ」


「ありがとっす!これで数日は持つっす!」


「僕からもありがとう」


「多謝」


 そんな楽しい時間も数分だ。席の数はそう多くないとはいえ、たった五人で店を切り盛りしている彼女達に暇はない。新たなお客さんや注文も入り、そう長くは一つのテーブルにはいられない。


「いえいえ!こちらこそありがとうございました!」


「私からも。助かりました。では」


「頑張れよ」


 テーブルが少し寂しくなり、彩りが少なくなった。それでも、頑張る彼女達の姿を見て、文句など言えるわけもない。


「……俺らも、頑張るか」


「そうっすね!めっちゃでっかい会社にしてやりましょう!」


「名前は、どうするよ」


「とっても、大事!」


 むしろ、こちらも頑張らねばと励まされるのだ。さぁ、ここからが彼等四人の本当の始まり。チンピラからかっこいい本当の漢達へと変わる、スタートライン。


「そらぁ決まってんだろ!俺らの名は」


「「「「ヴァルハラヘルヘヴン!」」」」


 天国から地獄、戦場までなんでもお届けするとうたう、運送屋の始まりだった。四人の漢の卵達は互いに、水の入ったコップを打ち鳴らした。


「いらっしゃいませ!」


 ガラスがぶつかり会う甲高い音が響いたその時、店の扉が開き、新たな来客を告げる。


「ほらほら、ごめんって。からかいすぎたの謝るし、おごるから、ね?ね?」


「……」


 最初に入ってきたのは、傷心で俯いた男を慰める女性のペア。喧嘩でもしたのか、男は永遠と下を向いていて、女の声を無視するばかりである。


「反応してよ。ちょっと童心に返るのなんて誰にだって……あら、なんか見た覚えのあるパンチ顔と頭が」


「おまえら今日の!環菜も知り合いだったのか!?」


「あ、その節はお世話になりました」


 カツアゲしかけた堅に、ナンパ?した環菜と、今日犯した罪を思い出さされるメンツに、兄弟は決意そうそうぺこぺこ平謝りだ。なんとも漢らしくないが、会社を経営して働く上で謝る事は重要なことである。


「まぁね。ちょろっとナンパされた。なぁに?妬いてんのぉ〜?あ、ちょっと帰らないで!悪かったから!」


「兄貴の女をナンパなんてするわけないじゃないすか!?ね?」


「だからそんな怖い目で見ないでください!」


「ご、誤解!」


「邪魔するぞぉ!」


 環菜にも四兄弟にも射殺さんばかりの目線を浴びせる堅だが、その視線も店中の注目も全てを、キスマークのついた熊と美女がかっさらった。


「ちょいと休憩に飯をな!奢ってやる!奢ってやる!お、ハゲおったんか!」


「殺す」


「げっ、熊」


「爆発四散すればいいのに!」


 関係を見せつけるかのような振る舞いに店内から男性の会話が消え、恨み嫉みの歯軋りの音だけが木霊する。みんなの思いが、一つになった瞬間だった。


「お、お邪魔します……来ちゃいました」


 次に扉を開けたのは、天性のいじられる才能を持った酔馬。熊に引き続いた彼に、店中の人間はまたしても扉前に視線を集め、


「誰か反応してくださいよぉ!」


 何も言わず、反応もせず、全員が料理と会話へと戻っていった。ここでも才能を遺憾なく発揮した酔馬はさすがである。


「こんばんわっと。あれ酔馬さん?あ、ごめんだけど、入らないから退いてくれない?」


「」


「こ、こんばんわ……ああ、酔馬さん!邪魔なんかじゃないですから!大丈夫です!通りにくいだけです!」


「」


 酔馬を押し退けるように騒ぎの輪の中に加わったのは、派手な男と地味な女性の凸凹な組み合わせだった。店内の注目が再び集まり、殺意へと変わった視線。怯えたのか楓は桃田の後ろに隠れてしまい、負の目は一人の軽そうな男に向けられた。


「あら、みなさんお揃いで。てか顔に何かついてる?ん?君達はさっきの!」


 しかし、この男。全員の嫉妬の視線を受けても余裕、むしろ勝ち誇った表情である。この辺りが妬む者と勝ち取る者の違いなのだろうか。モテたいという人間はモテず、特に何も言わない人間がモテるのは、日本が平和だった頃から変わらない、数少ない事柄の一つだ。


「堅さん環菜さん、柊さんに蓮さんとお連れの方、五つ子亭の皆さん、お疲れ様です。あれ?えーと、あれ?家にたどり着けなかったんですか?」


「ま、まぁ色々ありまして。でも道は定まったんで!大丈夫です!」


「あっ!お前らはさっき僕に絡んできた!」


「「「「誤解です。絡んでません」」」」


「」


 人生の道を切り開くきっかけとなった人達に席から立ってお辞儀して、兄弟は感謝を示した。挟まれた酔馬が少しかわいそうであるが、気にしてはならない。


「みなさん、いらっしゃいませ!こんなに揃うの珍しいですね。テーブル、くっつけましょうか!」


「おうおう!みんなで食べようぞ!ぐははははははははははははははは!」


「他の客もいるから黙れ熊。くっつけることには同意するが、節度は守れ」


「気にするとハゲるぞ!もう手遅れか!」


「よし、表出ろ」


「はい。野菜炒めお待ち……また喧嘩してるの?」


 水を持ってきた菜花の提案によって起きた、いつも通りの熊と柊の喧嘩。もはや見慣れたものだと紅以外咎める者はなく、各々でテーブルをくっつけて輪に。


「俺は肉じゃがが食べたい。環菜のおごりな」


「はいはい分かった分かった!私も肉じゃが!」


 慰めの契約を履行する明暗別れるペアに、


「あ、僕は野菜炒めでお願いします!いやぁ、ここのは本当に美味しいですからね!」


「あ、ごめんね。さっきの司令のでオークの肉がもう」


「」


「いい。俺のを分けてやる」


「司令ぃぃぃぃぃ!ありがとうございます!一生ついていきます!」


「一生はやめろ。困る」


「」


 持ち前の運のなさで泣きそうになるも、司令のフォローと突き放しで更に二種類の涙を流した酔馬。


「ぬ。あーんすれば良いのか?愛い奴愛い奴!」


「俺らもする?」


「えっ!?いや、その!」


 イチャイチャと熱苦しく、自らの世界を築き上げる男女二人の二組と、


「なんで俺らまでテーブルくっつけられてんだ……?」


「さ、さぁあ!?俺の焼肉取られた!?」


「ぬ?失敬失敬!美女の口のが肉も嬉しいじゃろうて!がははははははははは!」


「あ、謝るならちゃんと謝ってくださいっす!?」


 なぜか、軍と一緒のテーブルにくっつけられた兄弟。隣の席が熊である双葉の皿の減る勢いだけが、他の兄弟の三倍近かった。


「紅。オークの肉とかの仕入れはいつだ?」


「明日の朝だけど、どうして?」


「こいつらが運送業やるって言うんでな。お試し兼ねて使ってみてくれ。金は俺らが出す」


「い、いいの?」


「えっ?本当によいのです?僕らとしては願ったり叶ったりですが」


「大歓迎。しかし、場所が分からぬ。それに寝床に帰らねば……」


「それは後で教えるし、もう今日は軍に泊まれ。先行投資と熊と軍の奴らがいつも迷惑をかけているお詫び……こら熊貴様!お前に野菜炒めをやる許可は出してねえぞ!」


 仕事の話をしたりと、様々な会話が飛び交う美味しい料理を囲う楽しい輪の宴は、夜遅くまで続いた。


 こういう日常の温もりこそが宝物で、かけがえのないもので、軍が、いや、全ての人が守りたいものだった。

『五つ子亭』


 美味しい上に店員が可愛いと、それなりに有名な食事処。酒も取り扱っており、どちらかというと酒場に近い。おすすめは「オークの肉と野菜炒め」。硬い肉をあえて弾力として活かした一品である。


 ここの店員の五姉妹は軍の前身組織に所属していた過去があり、軍人を嫌っていない。むしろかなり親しい戦友である。軍人達も、この店は入りやすいと好評の模様。騒ぎを起こせば誰が怒ってどうなるかだいたい知っているので、みんな節度を守って飲食している。おさわり厳禁。しかしそのせいか、軍に協力する店という悪評もつきまとっている。


「紅」


 長女にして店長。しっかり者のお姉さん。よく通る凛とした声の持ち主。どうやら柊と恋人未満友達以上の関係のご様子。そして周知であるその事実を、様々な人間からいじられ続けている。厨房と接客の割合は半々ほど。


「蘭」


 次女。おっとりしてのんびりとしたお姉さん。姉妹一のナイスバディ。普段は「あらあら」と微笑んでいるが、実は姉妹内で怒ると一番怖いらしい。厨房にいることが多いが、月曜と水曜だけは接客を担当している。この日に彼女目当ての客が押し寄せる。


「茉莉」


 三女。いい歳なのに「〜〜だぞ♡」のような、アレな口調のお姉さん。だがそれがいいと、かなりのファンがいる様子。昔は一番泣き虫で気弱だったらしい。厨房と接客の割合は半々くらい。当たるも八卦当たらぬも八卦。


「牡丹」


 四女。無表情、無口、無愛想と三無揃いの人付き合いが苦手な厨房担当。読み取りにくいものの感情豊かであり、親しい人相手だと本当はたくさんおしゃべりしたいと思っている。しかし、何を話せばいいのか分からないと、いつも厨房で悩んでいる。ごくたまに接客をしている時があり、その日に当たった客はラッキー。


「菜花」


 五女にして末っ子。天真爛漫で単細胞な超元気おしゃべり娘。客とおしゃべりし過ぎたり、姉の恋愛事情を暴露したりする度に、紅に怒鳴られている。日常茶飯事故に常連客は「ああ、またか」と聞いてすらいない。基本的に接客担当である。


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