第48話 相談と押し付け
時計の針を左に回して、シオンが仁から離れた頃。
「あれ。シオンちゃんどうしたの?」
「か、環菜さんこそ、なんかボロボロだけど」
別にして貰えばよかったと後悔している部屋に戻る途中、大きな鞄を背負った環菜とばったりすれ違ったのだ。少し高いところから顔を覗き込んできた彼女の、腕や脚が少し傷ついていてるのが気になった。
「あのバカタブツにやられたのよ。女だからって手加減してきたのに腹立ってさ。思いっきり背負い投げしたらやり返してきて……女を傷物にするってひどくない?」
「あ……えと、はい」
矛盾を孕んだ同意を求められるも、自らの身体に残る無数の傷跡を思い出し、シオンの気持ちが少し沈んだ。他者の冗談を全て真に受けて過剰に悲しむのは、対人経験の悲しい偏り方故か。
「ごめんごめん。シオンちゃんみたいに、傷があっても可愛い子いたわ」
「あ、ありがとう?」
その様子を見た環菜は少女の頭をぐりぐり撫で、あっけらかんと前言を撤回する。慌てて誤魔化したわけでも、馬鹿にしているわけでもなく、ただ純粋にそう思っているのが掌から伝わってきて、シオンは恥ずかしくなった。
「可愛いって言われたの、初めてかも」
「ええ……仁はそういうタイプか」
「たいぷ……えーと、型?」
「まぁ奥手そうというか、女子と付き合ったことなさそうな。言っちゃ悪いけど、経験が0な男子感凄いからね」
今までそんなこと、誰にも言われたことがなかった。忌み子である境遇、そしてあのヘタレ朴念仁にそんな器用な事を言う度胸はない。会って一日ほどの人間にも見抜かれ、知らぬ所でボロクソ言われるのはさすがである。
「け、経験……?」
「ん?そういう意味じゃないよ。シオンちゃん案外むっつりで初心?」
「っ!?そ、そうじゃなくて!」
多大な勘違いに、先ほどとは違う恥ずかしさでシオンの頭から湯気が噴出した。仁の風呂を覗いたり『色王伝』を読んだりと、やはり興味のあるお年頃である。
「で、すごい暗い顔だったけどさ、何かあった?」
「……べ、別に」
「遠慮しないでいいのいーの!お姉さんが相談乗ってあげるから!気分転換も兼ねて外に行こっか!」
「……う、その、はい」
一歩引いた態度が環菜の押しに勝てるわけもなく、半ば無理矢理悩み事を相談することになった。シオンとしても戸惑いがあるだけで、決して嫌ではない。ただ、こういう好意にどう答えればいいのかが分からないのだ。
「あの、よろしくお願い、します」
「いえいえ、相変わらず可愛いなぁ!仁が惚れるのも分かる分かる!」
シオンの純粋とも言える性格は、環菜の可愛いのツボを押すものだったようだ。だけど、強引に腕を引いてくる彼女の褒め言葉は、今のシオンにとってはあまり聞きたくはないもので。
「それは、ないと思う……」
「あら、これ地雷だったか。ごめん。私の悪い癖なんだよね。後でちゃんと聞くから」
シオンの浮かない理由に見当のついたのだろう。環菜は手を前で合わせて謝り、外へとリードしていく。
「ささ!行くよ!長い間悩むくらいなら、少しでも吐き出さないと!」
「あ、ありがとう……」
女性に手を引っ張られるのは、そういえば初めてである。これが友達というものなんだろうかと、シオンは暗い中、少しだけ嬉しくなった。
環菜に連れてこられたのは、様々な露店の並ぶ明るい通りだった。
「へい、らっしゃい!環菜の嬢ちゃんと見ねえ顔だな」
「うちの新入り。すっごい強いんだから!あ、黒鷲の焼き鳥二つ。塩味で!」
まず立ち寄ったのは、七輪の上で何かの肉を炙っている鉢巻を巻いたオヤジの屋台。慣れた感じでのれんをくぐった環菜はここの常連らしく、気軽に挨拶を交わしている。
「毎度ありぃ!にしてもそのなりで大したもんだ」
よくて高校一年生、下手すれば中学生に見えるシオンの容姿に、オヤジは半信半疑のようである。
「んじゃこれ、卵と灰毛狼と鶏と黒鷲の肉。こんくらいでいいかな?」
「いつもありがとな。助かるぜ」
店主お手製の椅子に座った環菜は、背中のデコられたバックから肉と卵を対価として支払う。しかし、焼き鳥二本に対してこれは釣り合わないだろう。
「あ、シオンちゃん。これ、軍からの素材提供も兼ねてるからね。こういう仕事もあるんだよ。店出してて暇がない人とか足が悪い人とか、そういう人用の配給」
「へぇ。戦うだけじゃないんだ……」
「ひでえな嬢ちゃん。俺んところはちゃんと適正価格で売ってらぁ」
怪訝な目に気づいたのか、オヤジはぼったくりでは無いと笑って手を振る。基本的に戦って守るだけの騎士団と軍を同じに見ていたシオンには、新鮮な光景だった。
「焼けるまでちょい待ってな。一番美味いの食わせてやりたいから」
「このおっちゃん。あんまり儲からないのにその為だけにやってるんだよ?」
「一言余計だ馬鹿野郎!うちは代々串屋だったんだ!店無くなっても常連がまだ生きてるなら、もう外でやるしかねぇだろ!」
この気のいい客商売の鑑のようなオヤジさんも、あの日の被害者だった。シオン達の世界は大して変わらないのに、仁達の世界はこんなにも変わり果てた。そのことでまた、胸が痛くなる。
こういう責任がないことで心を痛めるようなシオンの綺麗さが、仁が妬んだ部分だった。
「早く建てて上げたいんだけど、今資源カツカツでさ。ごめんね」
「いいってことよ!軍の人間が守ってくれてるって俺は知ってるからなぁ!……ってできる限り広めたいんだが、最近また少しきな臭くて、あんまり大っぴらに言えん……悪い」
「きな臭い?」
また両手を前に合わせて謝った環菜に、頭を掻きながらこちらも謝るオヤジさん。その中に含まられる意味に、環菜はいつになく厳しい表情に。
「おう。前々から反軍勢力って馬鹿どもがいたんだが
、そいつらの動きが派手になってきてるらしい。一応柊と蓮の旦那に伝えといてくれ。焼き鳥もあるぞってな!」
「オッケー。伝えとく。サンキューオヤジ」
「はっは!いいってことよ!……あんたらがいなけりゃ、ここはもっと酷くなってたからな」
やはり、軍のやり方と権力の集中に不満がある連中がいるのだろう。守られているのが分かっている上で、独裁以外の方法もあるはずだと主張する理想。守られていることに気付かず、独裁を壊そうとする無知。ただ単に権力が欲しいだけの欲望など、軍の敵は多い。
もっとも、軍の全てが正しいわけではない。反軍勢力の言う事にも一理ある。
「司令と知り合いなの?」
「あいつらは俺の店があった頃の常連よぉ!死なねえことにはここ畳めねえんだわ!」
ガハハと大口を開けて笑い、オヤジは彼ら昔馴染みだと告げた。おそらく彼はトップを知っているから、軍を好意的に見てくれている。印象と評価なんてそんなものだ。人は知っている人間を支持したがる。
果たしてそれはいい事なのか、悪い事なのか。仁をいい人だと思っていたから、彼に幻滅した事にどこか似ているような気がした。
「ほれ、焼けたぞ!食え!」
「はい、シオンちゃんの分。いただきます」
「い、いただきます!」
焼き鳥を渡してきたオヤジが急げ急げと急かす中、シオンと環菜は焼き鳥を口へと運び、ふうふうと息を吹きかけ冷ます。炙られ油でてかてか輝く肉を、はむりと歯を合わせ、
「美味しい……!」
溢れ出た美味しさと肉汁の海に味覚が溺れた。程よく、本当に程よく絶妙な塩味が、柔らかくも弾力のある噛み応えと絡み合っている。焼いて塩を振っただけでここまで美味しくなるとは。主に貴族の口に入るようなお上品な料理を習ってきた自分では、この味は出せないだろう。
「だろ?だろ?何せ七輪で焼いてんだからな! なんで美味いかは分からねえが、これだとやっぱり美味いんだわ!」
「いやこれはおっちゃんの技だと思うけどねえ」
何度も咀嚼して何度も美味しさを味わうシオンを見て、オヤジは七輪をバシバシ叩いて心底嬉しそうに笑う。
ちなみに知っている方も多いとは思うが、七輪で焼いた方が本当に美味しくなりやすい。旨味を閉じ込めるように焼く赤外線を、七輪そのものが放出するからだとかなんとか。科学的な理由だの根拠だのを軽く言ったが、要は。
「美味けりゃいいんだ!美味いって思ってくれて、ありがとよ!」
「うんうん。こちら、こそ。ありがとう!」
「美味いでしょ?やっぱり焼き鳥に関しちゃここが一番なんだよね。異世界の鳥も、焼き方研究して美味しくしちゃったんだから!」
これに尽き、焼き鳥職人冥利に尽きるとオヤジは笑った。美味しいものは作った人も食べる人も、食べるのを見る人も幸せにする。
「おい、どうしたよシオンの嬢ちゃん。不味かったか?」
「ううん。ちょっと、ね。すっごく美味しいから!」
「なら良かった!」
口一杯に美味しさを頬張ったシオンはそう思い、いつぞやの、料理を美味しそうに食べる少年の姿を思い出してしまった。幸せな時間を共にしすぎたせいか、彼の断片が生活に紛れてしまって、忘れられない。
「ごちそうさま。じゃ、司令に伝えとくよ」
「お粗末様だ!嬢ちゃんもまた来てくれ!」
「う、うん」
食べ終えた二人は鉢巻を振り回すオヤジに手を振って、お手製の席を立った。
それから、色々な露店や屋台を見て回った。シオンはその全てが新鮮で興味津々に食いつき、環菜ははそんな彼女を案内しつつ、食材などの特殊な配給を行っていた。
「ふぅ、じゃここらで一息ついて、本題に入りますか」
「う、うん」
「仁と何かあった?」
程よい瓦礫の上に腰掛け、マッシュポテトを食べ終えた環菜が今日の目的へと踏み入る。
「喧嘩した、の。互いの意見がすれ違って、それで」
「あら、まぁそれはずっと一緒にいたのなら、起こるものね。言い方悪いけど、もっと深刻かと思ってた」
「そ、そうなの?」
「夫婦喧嘩しない夫婦の方がおかしいくらいなんだから、喧嘩は普通のこと」
頑張って話しだしたシオンだが、環菜の反応は至って軽いものだった。そのことに驚くが、これも対人経験の少ない故の理想のせいだろう。シオンにとって恋人や夫婦なんて、一切の喧嘩もなく互いを完璧に理解したような存在だった。
「でも、喧嘩して問題が解決しなくて、仲直りできなかったら……そう思うと」
「ま、問題はそこなんだよね。喧嘩をするのは普通のこと。けど仲直りするのは、場合によっちゃ難しい」
人との繋がりを欲してきた少女が初めて出会った、優しかった少年。彼に嫌われることが、せっかくできた繋がりが絶たれることが、怖かった。だからシオンは、軍に刻印のことを未だに言えずにいる。
「ふむふむ。喧嘩の原因はすれ違い?」
「……うん。私には彼の言ってることが分からなくて、今までの仁とはまるで別人みたいで、間違ってるって思って、色々とぶつけちゃった」
「そしたら売り言葉に買い言葉、か」
詳しい内容は伏せ、シオンは大まかな経緯だけを環菜に説明。
一理はあるにしろ、それでも仁の言うことは間違っていると今でも思っている。なぜ彼の口からあんな言葉が出てきたのか、分からない。あの時の彼は、シオンの心も命も救ってくれた姿からは想像もできないほど醜くて、第三の人格かと疑う程汚かった。
「あんなこと言うなんて、思ってなかった」
「ま、何が間違ってるかとかは分からないけどさ。喧嘩に関してはどっちも悪いと思うよ。シオンちゃんの話聞く限りどちらが悪いかでいえば仁みたいだけど、それはシオンちゃん視点だし」
「えっ」
「ごめんね。私、できる限り素直に生きてるから、言いたいことは言うよ。自分誤魔化すの面倒くさいし、下手な優しさは悪意よりタチが悪い時あるから」
失望したと語るシオンに、環菜は思ったままの言葉の刃を突きつけた。
「仁が間違ってるって思うのは、別に悪くないよ。人との価値観なんて違うし。けどそれで失望した、私は間違ってないって思い込むのはちょっとね」
どうしてと目を上げたシオンに、環菜の感想が容赦のないまま振るわれる。ずっと仁が間違っていると思っていたシオンにとっては、あまり聞きたくないもので、
「耳塞いだら、目を閉じたら、考えるのをやめたら、仲直りはできないよ。仲直りってのは互いが悪い所がなかったか自分で探して、認めて、謝って、許し合うことなんだから」
そしてそれは、二人が仲直りする上で許されないことだった。
「自分が絶対正しいって信じてる限り、相手の間違いを許せない。自分の間違いを認めるのは難しいことだけど、それができたら人間は誰しも間違えるものだって、相手にも正しさがあるんじゃないかって認められる……なんて言うけど、具体的な喧嘩を知らないから、シオンちゃんが1+1=2くらいに正しかったらごめんね」
「私が、間違ったところ……仁の正しい、ところ」
「そうそう。シオンちゃんが1+1=2で見えてるものが、仁から見たら1+1=1に見えてるかもしれないって、彼の視点から見てみたりとかさ」
環菜に言われて、シオンはあの日の喧嘩を振り返る。
魔法や刻印のことを隠すのは、おかしいとは思う。だって、人の命に関わることだから。
でも、ここの人達が信じられないと怯える仁の気持ちは、果たして間違いなのだろうか。取った手段が間違いなだけで、今まで裏切られてきたらしい仁の怯えは間違いなのか。
「悩んでるみたいだから、シオンちゃんが間違ってるかもしれないところをヒントあげよう。あ、ヒントって分かる?」
「うん。手助け」
「ちょっと違うような……ま、いいや。今回シオンちゃんは勝手に失望したけれど、元からそういう面を彼は持ってたってことじゃないの?シオンちゃんから見た理想の生き方を人に強制するのは、さすがにかわいそうだとは思わない?」
「……そ、それは」
心当たりはない?と尋ねてくる環菜に、何も言えなかった。だってシオンは、仁を英雄やおとぎ話の王子様のように見ていて、きっと彼はこれからもそうだろうと思い込んでいた。
「人間誰だって悪い面あるのに、そこを見せられただけで幻滅するなら、それまでってこと。どうせ結婚とかしたら絶対見ることなるんだし。だから私、そういうの苦手なんだけど」
耳が痛かった。自身の理想を押し付けて、けど、それとはかけ離れた仁の現実を見せられて、分からない理解できないと、受け入れようとはしなかった。どうしてか考えるのをやめていた。言われて、気づいた。
「その人が大切なら、その人の為にならない事は認めずに止めるべき。けど、自分から見たその人が大切だからって、悪事以外の短所を認めないのは違うと思う」
「……」
人間には誰しも欠点がある。完璧などなく、理想を体現した者などなく、それらを人に求めて勝手に失望するのは、どうなのか。自分がそれを仁に強いていて、また仁も自分にそれを強いていた。
シオンは彼に物語の英雄を押し付けた。仁はシオンに全肯定の味方を押し付けた。
「自分の間違いだとか、悪かったところを認めるのって難しいけど、超えれなきゃ終わるだけだよ。見て見ぬ振りしたものは積み重なるんだから」
「……ありがとう、ございます」
気付かぬ内に押し付け合っていて、理想と乖離した現実が積み重なって、崩れた。ならば、そこから治さなくてはならない。仁を英雄ではなく、仁として見るところから始めればならない。
そうやってもう一度話し合えば、何かが見えるかもしれないから。
「よしよし。まぁ、偉そうなこと言ったけど、これは全部私の経験からくる言葉で、シオンちゃんには当てはまらないかも知んない」
「えっ」
と、前向きに思ったものの、このアドバイスは使えないかもと言われ、シオンは固まった。
「いや、物事ってケースバイケースでね」
「箱バイ箱?」
「……ううむ、仁はちゃんとシオンちゃんを日本人に馴染ませる気あったのかな?場合によりけりって感じ。だから、シオンちゃんが使えるなって思ったら活用して。私にそれは分からないからさ」
「なら、使える。本当に、ありがとう!」
活かせるか決めるのはシオンで、仲直りできるかは彼らの問題だ。前を向いてガッツポーズを取った純粋でまだ子供な少女を、当事者でない環菜は見守ることしかできない。
「がんばっちゃえ!」
もう少し助けられたらと、思うのだけれど。
「おいお嬢ちゃん。ちょっとお兄さん達に道教えてくれねえか?」
「……?あなた、誰?」
と、いい感じに話が締まりそうになった時、ガラの悪い四人が、瓦礫に座るシオンと環菜に声をかけてきた。
「いやはや、よくぞ聞いてくれたっす!」
「僕ら戦場から天国地獄まで名を轟かす4人組!」
「人呼んで」
「「「「ヴァルハラヘルヘヴン!」」」」
声を揃えて名を叫び、一斉にポージングした彼らの内三人は決まったと大喜びでハイタッチし合い、
「馬鹿野郎!俺ら今普通に道聞いてるだけだろうが!」
「「「ごめん兄貴ぃ!」」」
「この人達、どうかしたの?」
「漫才師じゃない?もしく薬キメた馬鹿どもか」
一番上の兄貴にドヤされていた。さっきまでの真面目な相談の雰囲気全てを吹き飛ばした彼らに、シオンと環菜は哀れみの目を向ける。
「俺ら食いっぱぐれたチンピラっす」
「僕ら配給行ってもこの身体じゃ足りなくて」
「カツアゲしたら返り討ち」
「「「で、兄貴が気分転換に美女に声かけようって」」」
「あら、お上手」
「俺が道に迷って誰かに聞こうって提案したら、どうせなら女性がいいって言ったのお前らだろうがアアアアアアアアアアア!?」
「面白い」
三人の息は見事に合っており、更にそこに兄が息をするように突っ込む。素晴らしい連携だが、主に腹筋あたりにしか攻撃できないのが辛いところである。
「そうかそうか。あんたたち、私とシオンちゃんナンパしてるの?お高く付くよ?」
「「「「えっ」」」」
「環菜さん。ナンパって何?」
ははーんと腕を組んだ環菜の勝手に納得した結論に、巨漢兄弟は驚き、シオンは首を傾げる。
「可愛いと思った女の子を強引にモノにしようと声をかけてくる悪いことで、女性は警察に駆け込むなり股間蹴るなりで反撃してOKなこと。シオンちゃん、やっぱりみんなから可愛いって思われてるよー」
「「「「えっ」」」」
「でもこの人達、そうじゃないって」
悪意ある教え方で意味を知り、可愛くないからナンパじゃないと受け取った。今までの嫌われ続けたぼっち生活、仁との決裂が自信を無くさせていた故のネガティヴ思考である。
「ナンパだよね?ね?」
「いやっ、その」
「ぼ、僕らそういうことは好きな人とす」
「ふ、不埒!」
「お、おいお前ら、女の子には可愛くないとか言うんじゃねえ!こ、これはナンパだ!」
そんな少女を見てられないと環菜がかけた脅しに、弟三人は馬鹿正直に答え、兄はなんと乗ってきてくれた。仁達からカツアゲしようとしていた奴らだが、根はいい奴でバカのようである。
「か、環菜さん?な、ナンパされたんだけど、どう断ればいいの?こういう時は想い人が割り込んでくるのを待てばいいの!?」
本でこういうシーンを見たことがあるのか、シオンは現実での再現を願っているようだ。断る前提で尋ねているのがタチが悪い。
「それが一番なんだけど、仁と堅がどこにいるのか分からないし。とりあえず彼氏いるからごめんなさいって言って、行こっか」
「あの、聞こえてるんですけど」
妥協案として出された堂々と聞こえるように言われた嘘に、彼らは所在無さげに佇んでいる。ちなみにこの時、仁と堅は戦闘ショーごっこに興じている真っ最中だ。
「か、か……彼しゅいるから、ごめんなさい!」
「だから聞こえてるってんだろ!?」
彼氏の部分で恥ずかしがって噛んで、挙句に仁を思い出してと表情をころころ変えて、シオンは天然を貫いた。これはもう、環菜の教え方とシオンの天然が悪い。
「舐めてんのうわああああああああああああああ!?」
「「「あ、兄貴いいいいいいいいいいいいい!?」」」
「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって」
顔を歪ませて凄んできた一葉を、シオンは染み付いた咄嗟の自衛として投げ飛ばしてしまった。寝る間でさえ気を抜けず、僅かな敵意でも察し、対処してしまう癖だ。
「て、てめぇら!よくも兄貴を!きゃん!」
掴みかかってきた双葉も二度目の癖発動によってぽーいと投げられ、地面に背中合わせで横に転がった。体格も見た目も少女だが、限界まで練られた技術と魔法によって強化されたシオンは、日本人の敵ではない。
「行くっすよ三葉!二人がかりっす!」
「背に腹は変えられず、仇は諦めず。女性に手を上げたくは無いが、参る」
残る二人は右と左から同時に突っ込んできた。仁に突進をダメ出しされたことを覚えているのか連携で、脚をかけられないようにシオン手前で跳躍していた。
「えい」
「「どわああああああああああああああああああ!?」」
まぁ、彼らの実力でシオン相手だと、アドバイス一つでどうこうなることはない。片手ずつで服を掴まれ半回転後に地面に叩きつけられて、無事に負けたのだが。
「何が、起きた?」
仁でも倒せるような奴ら相手に、シオンが遅れを取るわけがない。十秒に満たない時間で積み上がった四人の屍の山に、素材になった人間達は何をされたのか分からなかった。
「さ、行きましょうか。あ、ちなみに私達、軍の人間だから、手出したら銃殺されるわよ〜」
「できる限り手加減したから、数分もしたら動けると思うわ。ばいばい」
ただ、自分が年端もいかない少女にボロボロにされたことだけは、分かった。
こうして、今まで巨体で威張ってきた男たちのプライドをジュースミキサーに果実を入れた結果のごとく粉々にした環菜とシオンは帰路に着き、その最中で仁達の戦隊ショーを目撃することとなる。
『魔法によって創られた物質や現象の性質について』
魔法によって創られた物質や現象は、熱くない炎や燃え移りやすい炎、冷たくない氷に異様に硬い氷、溶けにくい氷など、通常のそれらと大きく異なる性質を持つことがある。
これは魔力が混ざることによって、このように変化すると考えられている。このことから、魔力は「意思を持たせることが出来る力」と称されている。
更に、基本的に魔法とは、発動者を害さないようになっている。氷を自身の身に纏う魔法で凍傷になったり動けなくなったりすれば、本末転倒だからである。
これに関しては、発動の際に一部の魔力が膜のように身体を覆い、保護しているからと思われる。実際、魔法発動時の瞬間に膜が身体を覆う現象が、高性能な魔力眼の持ち主によって確認されている。この膜は他者の魔法には一切の効果がなく、同じ魔力、同じ意思によって発動された魔法にのみ効果を有する。
だが、何事にも例外はある。この法則をすり抜けてしまう例を、いくつか紹介する。
最初の例は、魔法の威力が強すぎて膜を破ってしまう、早すぎて完成する前に身体に到達してしまう場合である。主に爆発系の魔法がこれに該当する。
第二の例は、魔法が完全に制御下を離れている場合である。例として、炎で木に火を放ち、森を燃やしたとする。最初に放った範囲の炎は膜によって守られるが、燃え広がった他の範囲に関しては、膜は守らない。
第三の例は、そもそも発動者を巻き込むことを前提とした魔法の場合である。「自らの身体を贄として燃やし、周囲に炎を発生させる」など、代償を伴うものがこれに該当する。ほとんどが危険性故に、禁術指定とされている。
第四の例として、極めて稀なケースだが、自分を傷つけることを発動者が許可すれば、膜は発生しない。「動かない腕を動かす為に、体内に氷を潜らせる」など、傷つける必要がある使い方の場合が、これに該当する。
他にも細かい例はあるものの、大まかにはこの四つに分類されている。




