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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第47話 治安と羞恥

 


「付き合うって、買い物とかですか?」


「話ができるなら何でも。昼がまだなら、五つ子亭にでもどうだ?」


 堅からのいきなり過ぎる誘い。その真意は監視か、それとも探りかと、内心で身構える。


「俺もちょうど行こうとしてたところです」


 だが、元から五つ子亭でオークの肉と野菜炒めを食べようとしていたところでもあった。別にご飯を食べるだけでやましい事もなく、一人では地理が少し怪しい。監視と探りのデメリットも、注意していれば乗り切れるだろう。


「なら決まりだ。それと僕、よろしく頼む」


「ほれ?僕のこと知ってるの?」


「司令から聞いた。正直、からかわれているとは思ったが、本当のようだな」


「こちらこそよろしくお願いします」


 ぴっちり45°のお辞儀に、こちらも同じ角度で返して握手を交わす。僕越しから伝わってきた彼の掌は、マメだらけでとてもゴツゴツとしていて、日頃の努力を表しているかのようだった。


「さ、行こうか」


「さー!」


「はい……くしゅん!」


「風邪か?」









「いらっしゃいませ。堅さん。さっきまで蓮さん達がいたけれど入れ違い?あっちの席、空いてますから、どうぞ」


「む、そうだったか」


 堅の案内により、辿り着いた五つ子亭。扉をくぐった仁を出迎えてくれたのは、少し鋭い顔をした知らない女性だった。


「牡丹が接客とは珍しいな」


「たまには私も頑張ります。それに、他の子も厨房と仕入れの仕事を忘れないようにしないといけませんから……最近、あんまり治安も良くないので、不安ですけども」


 牡丹と呼ばれた彼女も、堅の知り合いなのだろう。独特な距離感を保ちつつも、旧友の匂いを漂わせるやり取りで仁を置き去りにしていた。


「そうか。今日はハンバーグと蒸した芋を頼む」


「お連れさんはどの料理にします?」


「あ、仁です。俺は野菜炒めと……あとここ、お酒飲んでも、いいんですよね?」


「その歳で酒を飲める程のポイントを?別にいいですけども。では」


(……ううむ。笑わないね)


 笑顔の欠片もない無表情な接客に、俺と僕は酷く戸惑う。前回ここに来た時の担当が菜花と紅であったのもあるだろうが、それを抜きにしても彼女の接客はかなり無愛想なものだった。


「人見知りで緊張しているだけだ。元から接客が苦手で、厨房とか仕入れ担当でな。誤解はしないでほしい」


「あ、はい」


 接客に疑問を覚えたことが顔に出たのだろうか、堅が慣れた様子で、牡丹の性格についてのフォローを入れてきた。


「で、話というのは?」


「俺の勘違いかもしれないか、シオンと喧嘩でもしたのか?」


 料理を待つ間に終わらせようと、仁から話を切り出すが、切った先から流れ出てきたのは、自身の血だった。


「い、いえ」


「したんだな」


「……はい」


 一度目は誤魔化そうとしたが見抜かれ、二度目の確認で堪忍した。ここまで簡単に嘘を見抜かれてくると、もう柊も堅も環菜も刻印のことについて知ってるのではと疑わしくなってくる。


「仲直りはしたほうがいい。いざという時に連携が取れてないのは、あまり良くない」


「分かってはいます。けど、どうしても方針が違うことが、あって」


 喧嘩を止めなさいという大人に対して、子供な俺の心がささくれ立つ。あんな醜い内面をさらけ出すような喧嘩をして、簡単に仲直りできるとは思えなかったのだ。


「この子、簡単に仲直りできないの。前に教えてもらった、素直になるって方法で喧嘩したんだから」


「……うるさい」


 ロロに前回教えてもらい、シオンとの仲直りに成功した、あるがままの心を伝える方法。しかし今回の喧嘩はあるがままの心をぶつけあった結果、摩擦が生じたものである。それ以外の方法もお互い分からず、二人はただギクシャクとする他なかった。


「抱えたものをぶちまけるのは、悪いことじゃない。ずっと言えないものを秘めたまま付き合って、共に生きるのは辛いことで、それはいつか大きな溝を生む」


「けど、ぶちまけ合って、取り返しのつかない溝ができてしまったなら……」


 だが堅はらギクシャクした状態を良いと言う。今の仁とシオンのすれ違った状態を良いと思う彼に、俺はどうしても賛同できなかった。


「人はいつかすれ違う。何があっても、欠片の不満もない相手なんていないからだ。それを溜め込み続けるか、たまにぶつけ合うか。俺は後者の方が良いと思う。広がる距離が小さいなら、埋める距離も小さいから」


「まるで、あなたが経験したみたいなことですね」


「大したことじゃない。大人なら誰でもあって、そのうちわかる失敗の一つだ……男というのは意地を張りたがるもんだと、姉がよく言っていたよ。自分が悪いと認めたくないと」


「……」


(うわ、図星だ)


 自分が悪いことは理解していても、認めることができない意地。それは仁にとって、すごく心当たりのあることだった。


「悪いところは認めて謝った方がいい。説教くさくなって悪いが、俺から言えるのはそれだけだ」


 経験から来る言葉の重みは、人の心に突き刺さる。彼はきっとこの失敗を過去にしたことがあって、それを仁にして欲しくなくて、話してくれた。これから空いた溝を埋めたほうが良いと、アドバイスしてくれた。


「……ありがとう、ございます」


 今日仁を呼んだ理由は探りでも監視でもない、ただの気遣いと親切だった。彼を疑った自分が、恥ずかしくて恥ずかしい。


「はい。料理、持ってきたよ」


「ありがとう。冷める前に、食べよう」


「いただきます」


「いただきます!」


 だから、話を遮ってくれた料理がとてもありがたかった。並べられていく匂いと美味しそうな彩りの中、仁は忘れないようにと小さな瓶を取り出し、机の上の景色に混ぜる。


「それ、飲むのか?」


「俺君、飲んでみたいって配給の場所でもらってきたんだ。シオン達もみーんな飲んだことあって、自分だけ仲間外れなのが嫌だったみたい」


「……」


「牡丹。すまないがコップを一つくれ」


 中身がビールだと知っていたのだろう。指をさしてきた堅を、俺はまた子供染みたわがままな目で見てしまうが、


「コップに少しだけ入れて、試した方がいい」


「こ、これぐらい?」


「一口で飲める分量にしておけ」


 彼は飲むこと自体を止めるのではなく、量について口を出してきた。質問の真意が分からないまま、言われた通りに置かれたコップ半分まで酒を注ぐ。


「……よし」


 初めてのアルコールに緊張しながら、ガラスに口付ける。常温の黄金色の液体が生えかけのヒゲに触れて、流れ込み、


「まっず!?」

 

(に、にがっ!?)


「だろうな」


 舌に触れて味を感じた瞬間、思いっきり咽せた。数ミリもかさが減っていないコップとごほごほしている仁を見て、堅は予想通りだと笑っている。


「みんなグイグイ飲むから、美味しいんだって思ってた……大人こんなの飲んでるのか……」


「ワインとかチューハイならともかく、ビールは慣れない奴には苦い炭酸なだけだと思う。お酒は二十歳になってから、だ」


(……うう、僕らにはまだビールは早かったよう)


 仁の口にビールは合わなかった、というより慣れていなかった。コップに分けずにラッパ飲みなんかしていたら、苦さに驚いて中身を全て溢していたかもしれない。


「いらなかったら、誰かに食料と交換してもらえばいい。酒はかなり価値がある」


「……多分、そうする」


(口つけてなくてよかった。堅さん、その辺まで考えてたのな)


 お口直しに野菜炒めを舌に乗せて苦味が消えるのを待つ素人を、堅は面白そうに眺める。気の抜けた表情は、殺意に塗り潰された昨日と同一人物だなんて思えないものだった。


「どうかしたか?」


「いえ、その、聞きたいんですけど」


 僅かな躊躇いの末に、ようやく動いた唇。聞いてはいけないような、しかし興味以外の理由でどうしても聞きたい、問い。


「堅さんはなんで、戦うんですか?」


 仁は自分が生き残る為。シオンは自分の為と言いつつ他者の為。ラガムは家族と村の為。騎士達は世界の為。柊は日本人の為。皆にある、命を賭ける理由。


「自分が何の為に戦うのかは分かってるんですけど、これが本当にその為か、最近悩んでて、その」


「俺のは参考にはならないと思う。でも、それでいいなら、いい」


「お願いします」


 色々なことにゆらゆら揺らぐ仁を、固める材料になるかもしれない、答えが欲しかった。


「守りたいと思ったことが始まりで、途中からは復讐もそこに加わった」


「……」


(やっぱり、誰か殺されてたんだね)


 わいわいと煩い店の中、寂しげな堅の重い言葉は掻き消されることなく、鼓膜へと届いた。襲撃に来た異世界人を殺そうとした態度から、想像はできてはいた。できてたはいたが、いざ聞くとなると重たい。


「父は世界が変わってから病死、母は餓死した。軍も出来る前で食べ物も薬も医者も、何もかもが手に入らなかった」


「だから、軍の組織を?」


「柊さんはそういう人を集めてたから、自衛隊に所属していた俺も声をかけられた。大変だったがなんとか纏めて、餓死も病死もできる限り減らせる環境を整えて」


 独裁より酷い、力無き者を今より虐げる世界で彼は両親を失った。もう二度とそんな思いをしたくないから、誰かにさせたくないから、堅は軍を立ち上げる時に一役買った。これが独裁を助け、守り続ける彼の理由。


「一ヶ月前に、奴らが来た。数日ごとに来ては日本人を殺して帰っていく、奴ら」


「異世界人……」


「俺の弟と姉の家は、門のすぐ近くだった。初めての襲撃で避難の準備なんて何もしてなくて、逃げれなくて、守れなかった」


 異世界人にも理由はあるにしろ、罪のない日本人達の生活を壊し、蹂躙し、虐殺した。その被害者の中に、堅の家族が含まれていた。眉間に指を置き、もう片方の拳は血が滲むほど握り締め、彼は事実を語る。


「帰った俺が見たのは壊された家と、焼け焦げた姉と、バラバラになった弟だった」


 全ての抵抗は障壁の前に散り、身体能力が数倍の相手からは逃げることなど叶わず。殺された時の彼らの思いは困惑だったろうか、怨嗟だったろうか。


「……すいません」


「謝らなくていい。これは俺個人の復讐で、おまえはあの時、正しいと思う選択をしたんだと思う」


 ただ、奪われ、取り残された者の思いは、悲しみと恨みで埋め尽くされていたことだけは分かった。それなのに手を汚す覚悟がないからと、堅の前で村人を逃した自分は、彼の思いをどれだけ踏み躙ったのかと考えて、謝った。


「でも、そんなの、絶対割り切れるわけなんて」


「悪いが、ない。俺は今も、これからも、昨日のことを後悔し続ける。殺しておけばよかった、と」


「……」


 シオンと仁の、殺したくないという甘えと理想が現実に生み出した後悔。


「別に二人の選択が間違ってたなんて、今の俺は思わない。殺さないってことはきっと正しい。けど、俺みたいな奴がいるという側面を持つことを、忘れないで欲しい」


「……はい」


 論理的に見て間違っている、しかし、心情的には理解ができる復讐もある。相手を生かして返すということは、晴らせるはずの恨みを晴らす機会をなくすことだと分かった上で、選んで欲しいと堅は言った。


「悪いな。色々と責めるみたいに背負わせて。しかも話も逸れてしまった」


「いえ、とても、参考になりました」


「嘘をついているのがバレバレだが、ありがとう」


 未だに硬い表情のままだが、堅はそれでも無理に笑って、仁を気遣った。


(はぁ。異世界人を殺さない選択をした僕らは、一部の人間から疎まれてるかもしれないってことか)


 この不器用な男が、伝えたかったであろうもう一つのこと。


(僕らの持つ決定権は司令のそれを上回っている。現にシオンの脅しがそれに該当するしね)


 どう考えても、あの村人達の命を惜しむ日本人はいなかった。逆に生かした今回、仁とシオン、及び軍の上層部に対して、相当な不満が蓄積されたことだろう。それを誤魔化してプラスの方向へ変える意味合いが、柊の芝居がかった宣言にあったのかもしれない。


(俺君。手を汚す覚悟を決めて、シオンにもこのことを考えて貰わないといけないかもしれない)


(……考えて、おく)


 特別扱いされようと吐いた嘘が、シオンと仁の二人に復讐の代行者となることを強いてきている。それを断った時、もしかしたら内側にも敵が出来るかもしれない。


 殺しても、殺さなくても、誰かを傷つけるこの世界。仁は一体どうすればいいのか、自分に納得のいく答えを見つけられるのだろうか。


 今はその答えなんて見つけられるわけもなくて、仁と堅はその後無言で完食し、店を出た。











 軍の宿舎への帰り道。仁達は牡丹の言っていた治安の悪さを目の当たりにすることとなる。


「ねえねえそこの!えーと、覆面仮面とおじさん?」


「覆面仮面って俺のことか?」


「お……じさん?俺はまだ26歳……」


 荒れ果てた道を歩く仁の服を引っ張ってきたのは、まだ10歳前後の子供達。どうしたものかと仁と堅がしゃがみ、目線を合わせた次の瞬間、


「もーらい!」


「いただきー!」


「じゃあね!おじさんと覆面仮面!」


「なっ!?」


 服に光る軍のバッジ二つと仁の配給の袋を、建物の陰から出てきた子供達が掠め取り、囮役の子と一緒に逃げていく。その手つきと連携は到底、初犯とは思えないほど鮮やかなものだった。


「へへっ。俺ら頭いいだろ!ばいびー!」


「くっ、待て!」


 暗い裏路地で、大の大人と小さな子供が追いかけっこを始める。走ってどちらが速く、すぐに追いつかれることなど、例えガキでも分かること。


「あっ……あいつら!」


 そう、子供達は分かっている。そしてその上で、対策を練っていた。


「来れるもんなら来てみろよー!」


(うわ、本当に頭いいね。僕らじゃ抜けれないよこの穴)


 廃墟街の路地の突き当たりは、大人にとっては高さ4m近い行き止まり。子供にとっては抜け道の、それこそ自分達しか通れない小さな穴だった。行き止まりの壁の向こうから、子供達の煽る声が聞こえてくる。


「仁。この穴通れるか?」


「さすがにこれは無理」


「だから」


 良く通れたものだと感心するほどの、本当に小さな穴だ。大人では肩で絶対に引っかかてしまうだろう。いや、子供でもかなり痩せていないと厳しい。この穴を通って、先へは進めないのなら。


「上から」


 身体に魔法の力を行き渡らせ、思いっ切りの跳躍。いくら強化を発動しようと、4mを飛び越えることはできない。しかし、壁に手をかけることなら、十分に可能。


「行こっか!」


 握り潰さないよう注意しながら、壁の縁を掴んで身体を引き上げ、乗り越える。眼下に広がる街の路地で、小さな盗人達は大口を開けていた。


「……大人って、あんなに飛べるの?」


「悪いな。覆面仮面は人間より強いんだ」


(いだだだだだだた!?今僕に痛覚投げたでしょ!?)


 どしんと音を立て着地した仁に、子供達は信じられないと怯えている。常識とはかけ離れた光景に、仁も初めて魔法を見たときは腰を抜かしたものだ。今現在も着地の衝撃で腰が抜けそうになっているのは秘密である。


「さ、盗った物を返してくれ」


「う……分かったよ……」


「でも、これを返したら、僕ら食べる物が」


「このバッジ、すごく高く買ってくれるって!」


「こんな強いやつに勝てるわけないだろ。違う人を狙おう」


 策を破られ、敵わないと悟ったのだろう。子供達はバッジと配給袋を苛立ったように乱雑に地面に投げ捨て、去ろうとする。


「待て。今待ってくれたら通報も何もしない」


「……本当?」


「ああ。その代わり聞かせてくれ。配給では足りないのか?」


「はいきゅう……?」


 盗んだ理由を知りたかった仁は餌を散らかせて、子供達を呼び止めた。配給はされているはずなのに、なぜ彼らは盗みを働くほど飢えているのか。下手をすれば、子供だって御構い無しに死刑にされるかもしれないのに。


「知らない?お父さんやお母さんはいないか?それとも病気なのか?」


「元気だけど、何さ?親に言うの?」


「どういうことだ?」


 子供達は配給を知らない。保護しているはずの親達がいるというのに、食料を貰えていない。


「……やっと、追いついた……」


「ひっ……ごめんなさい!ごめんなさい!」


 建物を丸々一周してきたのだろう。息を切らした堅が、子供達の退路に立ち塞がる。本気で焦ったその顔は、子供を怯えさせるに値するものだった。


「堅さん。通報とか、軍に突き出すのは待って欲しい。ちょっとこの子達おかしいんだ。配給に行ったことがないどころか知らないって」


「なんだと?親が軍に申請してあるだけ配給の分量を回しているはずだが……怖がらないでいい。君達は親からご飯は貰ってないのか?」


 堅を落ち着かせ、状況を軽く説明。仁より軍に詳しい彼も子供達の異様さに気付いたらしく、膝を曲げてできる限りの笑顔で、更なる情報を探りにかかる。


「もらってないよ。お母さんとお父さんは、自分でなんとかしなさいって」


「そうか。よく、生きてこれたな」


(ああ、これはクソなパターンだね)


 僕は内心で唾を吐き捨て、堅は感情を飲み込んだように無表情に。今ある情報で推測する限り、親が子供の分の配給まで掠め取っている可能性が非常に高い。


「俺ら、賢いから!」


 今までずっと、親に奪われていることを知らず、盗みで食べてきたのか。誇らしげに胸を張る彼らの姿は酷く痩せていて、滑稽で、哀れで、悲しかった。仁は何ができるかを考えようとして、また治安の悪さを経験することになった。


「おいおいそこのイカした布つけた兄ちゃん達。その年にしちゃデケェ配給袋身に背負ってるすね!」


「痛い思いしたくなければ」


「置いていけ」


「てめぇら、俺のセリフ残しとけやぁ!」


「「「ごめんなさい兄貴ぃ!」」」


(何この愉快な四人組)


 四人の巨漢が、仁達を壁へと押し込むように道を塞いでいた。言葉の内容的に、配給袋を狙ったカツアゲといったところだろう。人生で初めての遭遇であるが、登場の仕方、身のこなしから分かるさ的に、大した脅威に感じない。


「えーと、どなたですか?」


「よくぞ聞いてくれたっす!」


 困惑した仁の質問を受けて、大喜びで左脚を地につけ、右腕の筋肉をむっちり見せつける右端の坊主。


「僕ら戦場から天国地獄まで名を轟かす四人組!」


 両膝を地につけ、両腕の筋肉をででんと見せつける中央のリーゼント。


「おま」


「人呼んで」


「ちょ」


 右脚を地につけ、左腕の筋肉をむきっと見せつける左端のモヒカン。被ったせいで禿げた男の声がかき消されたようで、固まった顔が更に笑いを誘う。


「「「「ヴァルハラヘルヘヴン!」」」」


 四人で声を揃えて名を叫び、一斉にポージング。


「だぁ!……俺の場所飛ばしてんじゃねえ!練習通りやれや!」


「「「ごめんっす兄貴ぃ!」」」


 他三人を怒鳴りつける、中央のスキンヘッド。何ともしまらないカツアゲの挨拶で、もういっそお笑い芸人志望がネタの強襲をかけてきたと思う方が自然なほど。


「で、何の用件ですか?」


「物分りの悪い兄ちゃんだなぁ!その中身を寄越せって言ってんだよ!」


「そうっすよ!」


「です」


「寄越せ」


「てめぇら今度はセリフ忘れてんじゃねえええええ!」


「「「ごめん!兄貴ぃ!」」」


「おじさん達、頭おかしいの?」


「馬鹿そう」


 兄貴と呼ばれた男が、弟と思われる三人の頭を順番に叩いていく。もはやコントにしか見えないやり取りに、最初は怖がっていた子供達も好き放題言う始末。


「童。バカにするな。兄貴が必死に考え、我らが必死に練習したものだ」


「僕ら初めてで緊張してるのに頑張ってるんだぞ!」


「そうっすよ失礼っすよ!人の努力を笑う奴は馬鹿よりかっこ悪いんす!」


 どうやら初めてのカツアゲでポーズを練習していたらしく、弟三人は努力を必死に訴えてくる。もう怖さの欠片もあったものではないが、カツアゲはカツアゲ。いくら馬鹿に見えても脅かす者達。


「僕、試すぞ」


「ほいさっさ!僕らが素でどれくらいやれるのか、ね!」


 故に仁が選ぶのは、半身で拳を構えての撃退。例えいくらふざけた輩だろうと、オークと素手で渡り合えそうな彼らの体格の良さは、仁の日本人としての実力を測るのにちょうどいいだろう。


 剣も使わず、魔法も使わず、素手と己の技術。素の身体能力だけでどれだけ戦えるか。


「君達は下がってて。もしもの時はその穴から逃げるんだ。まぁ、大丈夫だとは思うが」


「は、はい」


 仁が戦いの意思を示したのを見て、堅は念の為にと子供達を守るように立って逃げ道を確保。仁が喧嘩を買えば当然、買われた側のモヒカンが構え、


「こい」


「スットライーク!」


「げほっ!?」


「「「四葉(しよう)ううううううううううううううう!」」」


「おじさん、よわーい」


「覆面仮面、つええ」


「かっこいい」


 仁の右アッパーで顎を撃ち抜かれ、土に寝っ転がって白目を剥いた。一瞬で決まった勝負に、敗者に駆け寄る兄弟と勝者を讃える子供達。


「俺が、強い?」


「俺君めちゃくちゃ嬉しそうだね」


 強い、かっこいいと子供達に言われた。仁が強いのではなく、相手が弱いのだが。しかしそれでも今、仁は勝っている。


「まぁ僕もなんですけど!」


「てめぇ……」


 この世界に来てから戦った相手はほとんどが格上、もしくは同格よりちょっと上ばかりの強者ばかりだった。一撃擦れば死ぬ、身体に穴が開く、大切な人が傷つく、こっちの攻撃は当たらない、当たっても意味がないは日常茶飯事。


「よ、よくも四葉をあばっ!?」


「この世界の敵が理不尽すぎるんだよ……」


 殴りかかってきた坊主の腕を掴み、シオン直伝の体術で投げ飛ばして意識を刈り取って二人目終了。


 異世界人どもは大抵、頭のおかしい魔法をぽんぽん撃ってくる。仁にはない才能、年月の努力で彼らの積み上げた強さ、これら全ての劣等感が、彼に弱者の烙印を押した。


「ふふふ……勝てる!勝ってるぞ!」


「覆面仮面どうしたの?」


 だが、今はどうだ。魔法も使わず、剣も使わず、自分より体格の大きい相手を素手で圧倒している。仁が初めて安全に余裕を持って、勝利している瞬間ではなかろうか。


 まぁ格下相手に勝って喜んでいる内は、一流には遠いのだろう。とはいえ今までの境遇を考えれば、はしゃぐのも多少仕方のないことではある。


「俺だってやるっす!どらあああああああああああ!?」


「また突進?」


 三人目のリーゼントは、体格差を武器に突進してきた。人間にしては速い突進で、当たればそれなりのダメージとなるだろう。しかし仁は何かと突進と縁があり、対処法もある程度わかっている。それに魔物と比べれば、速度、威力共に弱い。


「急には止まれないし、相手が避けた時のことを考えておかないとダメだよ!」


「へっ?」


 身体を僅かにずらして躱し、通り過ぎる軌道に足を置いておく。するとどうなるかは一目瞭然、結果は目の前にだ。


「ごっほ!?」


 思い切りすっ転び、頭を地面にぶつけたリーゼントの意識が昇天。なまじ人間にしては速い突進だっただけに、衝撃もそれなりだったのだろう。


「弟達をよくも……!だが俺は違う。ボクシングをずっと習ってきていたからな」


 最後の一人である兄貴は軽快なフットワークを刻み、一撃一撃が鋭いシャドーボクシングで威嚇する。油断したモヒカンや、ただがむしゃらに殴りかかってきた二人とは違う、論理的な動きだった。


「死ねえ!」


「ひえっ。なかなか」


 仁でさえ驚く程、隙の少ないジャブ。だがそれも、シオンの訓練に比べればまだまだ遅い。骨さえ砕くような一撃が、ほとんど見えないような速度で無限に迫ってくる地獄よりは、遥かに天国に見える。


「な、嘘だろ!?」


「はっはっはっはっ!まだマダァ!」


 襲い来る拳を目と経験で見切って躱し、腕で受け流し、防ぎ続ける。軽いジャブだからこそできる芸当で、仁の技術では重く鋭い一撃にこの防ぎ方は不可能だ。


「遅いよ遅いよぉ!」


「ぐう……ならばこれで死ねえ!」


 彼も腰の入っていない拳では意味がないと悟ったのだろう。ぐっと腰を落として僅かなタメの姿勢を取り、禿げた額に青筋を浮かべ、力を集中させていく。


 時間にして1秒にも満たないタメ。しかし、相手に次の一撃が重いものだと教えたことは、痛すぎるほど地名的であった。


「死ねえええええええええええええええええええええ!」


 剛力と技術で繰り出されたその拳は風を切り、鳩尾へと迫る。身体の中心に近く、避けにくい急所を狙ったのはいい判断だと、近づく拳を眺める余裕の中、仁はそう思考していた。


 だが、仁の得意な戦闘は相手の行動を予想し、対処を置くという格下相手には抜群のものだ。拳で避けにくい位置を狙うということは、顎、首、鳩尾、腹部、股間など、必然的に身体の中心の可能性が高くなる。


 仮に横へと避けた場合、腕を振り回されれば当たってしまう。剛力相手にそれはあまりよくはない。当たらず無傷が一番いい。


「ぬっ!?」


 だから仁は両脚を大きく前後に開いて、地に片手をつき、身を大きく下へと沈めた。拳は彼の鳩尾があったところを通過し、行き場を無くす。ここからは横には振れても、下に降らすには限度があった。


「力任せに撃ち込むんじゃなくて」


 兄貴の膝の高さの姿勢から地を蹴り出し、立ち上がるように拳に勢いをつけて斜め上へと走る。下に避けられたのは予想外だったのだろう。僅かに兄貴の思考が綻んだその隙は、仁の予想通りのものだ。


「相手が避けれないように追い込んでから、でっかいのをぶち込むのがオススメさ!」


「ぐふっ……はっ、ふっ……がああああああ」


 鳩尾に沈んだ仁の拳に、兄貴は膝を着いて喘ぐ。それなりに手加減はしたが、それでも鳩尾に入った拳だ。すぐに動けるわけがない。


「ふっ。まだまだだな」


「一昨日きやがれだよ!……えっ!?嘘!?」


「おう。まだ、まだだな……!」


 だというのに、彼はふらついた二本の足で立ち上がった。気絶させるくらいの威力ではあったというのに、なんというタフネスか。


「第二ラウンドと行こうか!」


「気絶狙いで、やるしかないか」


「仁!チンピラ!これ以上はやめておけ。今ならまだ見逃してやる。軍人に手を出したらどうなるか、分かっているだろ」


 再び構え、緊張の走った両者の間に割って入って止めたのは、堅の一言だった。今ならまだじゃれあいの範囲で許してやると言外に告げられたそれは、軍の権力を振りかざすもの。しかしその真意は、他の者が騒ぎを聞きつけて通報する前に、事を収めようとする優しだろう。


「……な、何を言ってやがる……てめぇらバッジつけてねえじゃねえか!」


「なるほど。君達、バッジを返してくれ」


「うう……盗んで悪かったよう」


 しかし兄貴は、私服姿にバッジをつけていない仁と堅を軍人だとは信じなかった。ならばと子供達からバッジを返してもらい、刻まれた花を胸に飾れば、ここに軍人の証明が終了する。


「本当に軍人?」


「そうだ」


 バッジを見て目をパチクリさせて、確かめるように一言。


「その、隣の覆面も?」


「俺も一応は」


 隣の仁のバッジを指差し、震えた一声。


「見逃すの、今も有効?」


「好きにしろ」


 自分達の行いを察し、情けない一句。


「実力差は分かりやした。今日のところは退かせてもらいます。大兄貴」


「お、おう」


「では」


 さすがに軍相手とは戦う意思はないようだ。弟の一人を背に担ぎ、両腕で二人の襟首を掴み、兄貴は背を向けた。見捨てることなく弟達を回収する姿は、まさしく兄である。


「おにーさん達、面白かったよ!」


「ばいばーい!」


「また見せてー!」


 最初は怖がっていた子供達だが、途中からは戦隊ショーのように楽しんでいたらしく、逃げ去る大きな背中に声援を送っていた。声変わりもまだの子供の声に、兄貴はモヒカンを宙に掲げたまま、空に親指を器用に立てて答える。


「……堅さん、あいつらやっぱり処刑されるんですか?」


「いや、もういい。初犯……いや、奪えなかったというか撃退されたし、あの様子なら懲りただろう」


「あんな愉快なカツアゲ未遂で処刑されたらある意味伝説だよ」


 害は特になく、むしろ子供達と仁を楽しませただけ。悪い事をしようとしてはいたが、どこか憎めないやつである。それに仁は、カツアゲをされそうになった相手とはいえ、知った顔が殺されるのは見たくなかった。


 だがきっと、こんな処刑がこの街にはありふれているのだろう。優しい堅で、たまたま変な四人組で失敗したから見逃されただけで、生きる為に仕方なく働いた犯罪で死罪になる者が、いるのだろう。


「ねえねえ!おじさんと覆面仮面!もっと遊んで!」


「……ん?いや俺らは」


「悪いがそんな暇はな」


 さっきの戦隊ショーのようなものを希望しているのか、各々でヒーローのポーズをシャキン!と取る子供達。彼らのおねだりを仁と堅は断ろうとするが、


「さっきのすっごくかっこよかった!お願い!」


「……仕方ないな。この覆面仮面が遊んでやる」


「……っ!?お、おい!?」


(俺君って、ものすっごいちょろいんだった)


 おだてることなどまだ知らぬ年齢、故に本心からと分かる子供達の憧れの目線に、俺はあっさりと堕ちてしまう。今まで散々ボロボロな目に合って、シオンと比較して自らの醜さを知った彼は、褒め言葉に飢えていたから。


「かかってこい!怪人カタブツ!」


「……だ、誰がカタブツだ!ほら早く戻るぞ!」


「えっ。帰っちゃうの?」


「さすが怪人カタブツだね!冗談が通じない!子供の夢を壊すなんて!」


「な、何を言っている!?」


 俺はノリノリで子供達に混ざり、拳を構えた。堅は止めようとするが、純真無垢な視線に面白がっている僕の煽りも加わってしまう。ここに期待と雰囲気の包囲網が完成した。


「……くっ。が、がおー!カタカタブツブツ!怪人、カタブツだー!おまえら全員、真面目にしてやるー!」


 そうなればもう、堅もやるしかなかった。しかし、まぁいくら頭が堅いとはいえ、


「ぷっ!ま、真面目に……してやる?ひっー!」


(か、かたかたぶつぶつ……!?あひ……ひぃ!もうダメ!)


「わ、笑うな!殺すぞ!」


 酷すきるセリフとぎこちなさすぎる動きに、笑いの沸点を超えた仁の腹筋が爆発しそうになった。怒った堅に子供達もゲラゲラと笑っていて、それが尚更恥ずかしさを高めていく。


「ふふ、悪には負けん!クロスチョップ!」


「なっ……!え、堅いシールド!」


「ぷははははははははは!?ひゃー!?」


 とりあえず戦隊ショーみたいにしようと、仁は手を抜いて飛びかかった。だが、堅のネーミングセンスと独特なポーズに横隔膜が攣るほどの衝動に襲われ、地面を笑い転げ回ってしまう。ある意味最強のシールドだ。


「……」


「ごほっ!?い、今本気で蹴った!?」


 笑われ、からかわれ、限界を超えたのだろう。ブチ切れた怪人カタブツが、腹に強めの蹴りを叩き込んできた。危うく逆流しそうになったものをもう一度飲み込み、覆面仮面も拳を構える。


「こ、このやろ!」


「おら、こい!覆面仮面!」


 そこから始まったのはもはや戦隊ショーを通り越した、謎に上がったテンションの本気の組手。技の掛け声、余計なアクション混じりの戦いを見た子供達は大はしゃぎで。


「お、俺らも怪人カタブツ倒す!」


「えっ……いや、その」


「僕は覆面仮面をやっつける!」


「ノリが悪いな!カタブツ!ほぉら、ガキンチョ共かかってこい!」


(ダメだ俺君。強いって言われたのが嬉しくておかしくなってる)


 子供も混ざって狭くなった路地を飛び出し、人気の少ない通りにまで出て、一時間近く続いた本気の遊びは、


「……あんたら何してるの?」


「じ、仁?」


「あれ?堅さんじゃ……ああ、見なかったことにしておくよ」


「……あ、遊んであげてたんですよね!分かりますよ!」


「儂も混ぜろ!どりゃああああああああああ!」


「どわあああああああああああああ!?なんで僕を投げ飛ばすんすか!?」


 たまたま通りかかった軍のメンバーに見られ、穴があったら入りたい恥ずかしさと死にたくなる後悔と共に、終わりを迎えた。


「穴があったら入りたい」


「……いっそ殺してくれ」

『霧原 楓』


 髪で隠れそうになっている眼鏡の、地味な印象の女性。子供の頃に眼が悪く、その頃から眼鏡をかけていたが成長と共に視力が回復。しかし、かけていないと落ち着かないと、今は伊達眼鏡である。


 軍所属。図書室に住んでそうと思われがちだが、実は相当体力がある上に組手も強い。身体能力おばけの蓮ですら一目置くほどである。だが本人が目立ちたくない為、組手をしていることは滅多にない。ごくたまに環菜に誘われて応じる程度である。


 酔馬主催の講習会にいくつか参加しており、手芸や料理、ヘリや戦車の運転を習得している。手芸は趣味、料理は花嫁修行、兵器の取り扱いに関してはもしもの時に役に立ちたいという思いからである。


 桃田曰く、凄まじく芯が強い女性でなかなか意見を変えないし、弱音も吐かないとのこと。努力家ではあるがたまに加減が分かっておらず、よく周りから心配されている。


 もう一つの性格の側面として、優しさと気遣いの塊がある。本人曰く、嫌われたくないからそう演じているだけらしい。しかし、本当にそんな人間ならば、非常時に一番最初に飛び出していくだろうか。疑問である。


 普段は気弱でおどおどしているが、恋バナの時のみ、まるで別人のように態度が積極的へと豹変する。


 優し過ぎるが故に、他の誰かが殺人の辛さや撃たれた痛みを味わいませんように。そう願って、彼女は一番槍を駆けて敵と戦い続ける。

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