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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第46話 見学と案内

 

「軍は君達二人を歓迎する。昨日は実にGJだった」


「どうも、ありがとうございます」


「こ、これからよろしくお願いします!……じーじぇい?」


 翌日の朝。軍の司令室に呼び出された仁とシオンは、特に書類などを書くこともなく口頭のみで、正式な入隊を告げられた。


「よくやってくれた、という意味だ。それにしても不服そうだな」


「いえ、別に」


(うわぁ、バレてる)


 面布で覆われているというのに、見抜かれた。昨日の宣言といい、この街をまとめる手腕といい、この男は本当に油断ならない。あの嘘だけは、決してばれない様に立ち回らねばならない。


「今日は、君達に軍の装備や施設を見て回ってもらいたい。どこに何があるのか……まぁ一回で覚えろとは言わん。分からなかったら他の隊員に聞いてくれ」


「サー!」


「その辺は別に軍隊らしくしないでいいのだが」


 緊張でガチガチなのにノリノリなシオンに、 柊は思わずといった感じで突っ込む。彼女の天然さには、冷静な彼も反応せざるをえなかったようだ。


「さて、案内役だが」


「儂だ!よろしくなっはっはっはっは!」


「用心棒、人混み避け、制御不能な盾である熊をやる。こき使え。無理だろうが」


 案内役に抜擢されたのは、いつぞやの食堂で会ったバカ笑いする熊だった。


「虎の子達の案内は任せろハゲェ!」


「なぜ語尾にハゲをつけた。そして俺をハゲと呼ぶなこの熊が!」


 不安になる人選だが、昨日の出来事によって仁とシオンは注目を集めると予想される。人に囲まれたり、もしかしたら誘拐目的の襲撃などもあるかもしれない。


(そう考えれば、蓮さんは適任に思えて……銃突きつけられてるけど)


 額に青筋を浮かべた柊と大笑いする熊の一方的な啀み合いが始まっているが、きっと適任なのだろう。


「あの、虎の子ってどういう意味ですか?」


「んあ?ああ。おまえらは希望だからな!だから虎の子だ!」


「最終兵器的な意味合いの虎の子ですか?」


「そうとも!じゃんじゃん頑張ってくれ!すぐ死ぬなよ!虎の子!気になってたが、その布の下どうなるっとんだ?」


「あ、ちょっとあまり見せたくないので……」


 日本のことわざや独特な言い回しは、まだシオンには難しい。だが今回の虎の子、仁としても違和感を覚えるような使い方である。


「分かったあ!だがな?ブサイクなのは気にすることはない!男は心だ!」


「……この頭おかしい熊だけじゃ不安だから、もう二人つける。桃田(とうだ)、霧原、入ってこい」


「なんじゃいハゲ。心配性はそのうちハゲるぞ」


「貴様の無駄に毛深い毛皮を剥いでヅラにする。今決めた」


「ちょっと司令。それはダメでしょ」


「あ、あの。喧嘩は良くないと思います……」


 銃を抜いた司令をがっちり羽交い締めにするドアから入ってきた男と、おろおろと止めに入った眼鏡をかけた女性。他に案内役がいてよかったと、仁は胸をなでおろす。


「喧嘩じゃない。これは狩りだ!いつもいつもハゲハゲ言いやがって!おまえ何回言ったか覚えてるか!」


「知らん」


「こんな格好での自己紹介でごめんごめん。俺の名前は桃田 和希(かずき)って言います!よろしく!」


(チャラそう。俺君が苦手そうなタイプだなぁ)


 第一印象は軽い、遊んでそう、部署やクラスの中心の盛り上げ役といったところだろう。司令を抑える役目を請け負っている辺り、案外苦労人かも知れない。


「わ、私の名前は、霧原 楓です……その、色々とお手数かけると思いますが、ごめんなさい!」


(こっちはこっちで俺君苦手そう)


 一方、髪が眼鏡の縁までかかった少女は、桃田と真逆の印象だった。失礼かもしれないが気弱そう、地味、隅っこで本を読んでそうな、そんな少女。


「儂の名前は蓮だ!」


(熊!)


 そして、聞かれてないのに名乗った熊は言うまでもない。


 街は今、絶望的な状況にあるはずなのだが、銃を構えようとしている柊とそれを止めに入る桃田と楓。それを見て大口を開けてガハハと笑う原因である熊を見ると、なんとも気が抜けてしまう。


「すいません。驚かれるかもしれないですけど、俺からもう一つお話が」


「……どうしたかね」


「えーと、その、俺の中にもう一つ人格があるんですが、紹介してもいいですか?」


 これだけの人数が自己紹介したのだ。ついでに、仁のもう一人の人格をお披露目するのには、ちょうどいいだろう。


「……何を言ってるんだ?」


「分からんのかハゲ。あいつの中に人格がもう一つあるんだぞ」


「死ね熊!それくらい分かるわ!」


 反応は大方予想通り、頭のおかしい奴を見る心配するような目だった。ならば、シオンの時と同じように実物を見せてみるしかあるまい。


「はぁーい!久しぶりに出てきた気がするよ!どうも!俺君がいつもお世話になってます!桜義 仁のもう一つにしてイケメンな人格、僕です!よろしく!あ、イケメンって言ってもこの布の下を見ることはあまりオススメしないよ!」


 手綱を放し、制御不能な僕の人格を解き放つ。最初から全力で飛ばした感じの自己紹介と多重人格という事実であるが、


「すごいなあ。多重人格なんて俺、初めて見たよ!」


「わ、私もです!どうなってるんでしょう」


「ふむ。なるほど。よう分からんがアレだな。大して変わることはないな」


「ううむ。驚かないことに僕は驚きだよ」


 今まで魔法だのなんだのを見てきた彼らには、多重人格など大したこともないようで、すんなりと受け入れられた。


「別に害がないなら構わん。僕でよいのか?よろしく頼むぞ」


「ど、どうも。すごいね。ここ、みんな大物だよ」


「驚くのは酔馬くらいじゃろうて」


「分っかる〜!絶対腰抜かすよ!」


 日本の常識を失った方が普通というのも、変な話だった。










 書類の山と格闘を始めた司令に見送られ、五人は廊下に立っていた。人だかりというほどではないにしろ、それなりの人数が仁とシオンのことを珍獣のように見ており、居心地は余り良くはない。


「では案内するぞ!まずは色街か?」


「司令に撃ち殺されますよ。色街は行かないって言ってたでしょ?」


「軍の、施設です!」


 周りに人がいるのも御構い無しに、いきなり暴走した蓮を制御係が止めに入る。柊の心配ここに的中、予め対策を用意しておいた手腕はさすがと言えよう。


「分かった!よぉしならば!まずは虎の子に行くとしよう!」


「……虎の子って、私達じゃないの?」


「希望はたくさんあるに越したことはない!」


「うわ、凄い。みんな退いてくれる」


 深そうで余り考えていないような言葉を残した蓮は、周りに構わずにずんずんと歩んでいく。歩くだけで溢れ出る圧力に、周囲の野次馬は自然と道を開けてくれた。


「……柊さん。本当に部下のこと分かってるんだなぁ」


 はち切れそうな巨大な背中を追いかけて、一行は楽な道のりを目的地へと歩いた。









「まず第一の虎の子だ!」


「はい、俺が説明。ここは訓練場ね」


 案内できていない熊に代わり、桃田が説明役を引き受ける。第一印象のチャラいよりも、フォロー上手印象の方が上回ってきている程、彼は気遣いが細かかった。


「文字通り、訓練するところです。銃の扱いとか、格闘術を教えてます。軍の人間は基本的に、週で決められた時間を、ここで訓練することを義務付けられています……わ、分かりにくくてごめんなさい!」


「いや、よく分かりますから、大丈夫です」


 遠くの的や動く的に弾丸を当てる訓練。人と人が組み合い、己の身体だけで相手を地につける格闘術の訓練。兵器の扱い方を教える訓練などなど、ありとあらゆる戦闘技術を磨くものが目白押しだった。ここは室内だが、外にも同様の施設はいくつあるとのこと。


「あ、環菜さんと酔馬さん」


「堅さんもいるね」


 人が蟻のように動き回り、音が戦場の弾丸のように飛び交うこの場所に覚えのある顔が三人、格闘術の訓練に勤しんでいた。


「体術だね、主に街中で犯罪者を捕縛するときに使うんだ。銃弾の数が少ないから、できる限り節約して欲しいってのが上の本音」


「素手ならなんもいらんからな!」


 魔物には通じないだろうが、確かに対人相手で手加減できる。資源の節約も考えればとても効率がいい技術だ。


「で、その組手を男である酔馬さんが美女である環菜さんと……死ねばいいのに。代わってこようよ。シオン仕込みの僕らの寝技、見せてあげよう」


「馬鹿はやめろ。それに代わるっても、酔馬さんボコられてないか?」


 組手を行っている異性の組み合わせに、血の涙を流して僕は念を送る。図らずしもその想いは僅か二秒後、豪快に投げ飛ばされた酔馬が地面に頭をぶつけたことで果たされた。


「酔馬は戦闘はからきしだからな!機械弄りだとか、車だのヘリだの戦闘機だの戦車だのの操縦だとか、諜報だとか、自分がイジられるとかは虎の子なんだが!」


「前四つはともかく、イジられるのが得意ってどうなのさ。いや、そんな雰囲気はするけども」


 監視カメラや盗聴器を弄ったり、ヘリや戦闘機や戦車を動かせたりと地味に凄いのだが、彼自身が弄られてるところばかり見ている仁には、可哀想なキャラという印象が強かった。


「環菜さんがそこらの男より強いのもあると思います……なんで戦ってるんでしょう。酔馬さん……」


「楓ちゃん。シオンちゃん。男って下心ばっかりだからね。酔馬さんになんかされそうになったら、俺とか堅とか司令、環菜に言いつけるんだよ。きっと処刑してくれる」


 散々弱いだのなんだのこき下ろされた挙句、女性陣からゴミを見るような目を向けられる。確かに環菜は女性的な身体つきをしているので、そういう気持ちが湧くのも男として仕方がないことだろう。


「ちょっとあんまりじゃありません!?環菜さんが強すぎて、他の誰も相手にしたがらなかったんですよ!」


「やーん、えっち〜。セクハラで死刑にしてもらおっと」


「あ、あなたが組手やる人いないから誰かやろーって募集かけてたんでしょうが!誰も手挙げなかったから僕が入ったのに!?」


 地に転がる酔馬から黄色い声を上げ、環菜は自分の身体を抱き締めながら距離を取る。更に盛り上がる男性陣のからかいに、更に冷たくなる女性陣の目。


「いやいや、素直になっちゃいなよ酔馬さん……本音、言いましょ?」


「儂も男だからな!分かるぞ!何が悲しくてむさ苦しい男と組手なとせねばならん!ぐっはっはっはっはっ!」


「お、お二人とも……そんなに大声出したら、また柊司令からお叱り受けますよ」


「またって前科持ちなんだね」


 本人の否定などに意味はなく、桃田と熊は好き勝手に訓練場全てに聞こえるように騒ぎ立てる。余りの大声に、中には訓練を止めてなんだなんだとこちらを見に来る人も。


「あの人可哀想… …誤解かもしれないから、やめた方が」


「な、なんなんですかあんたらぁ!?いい加減にしてくださいよ!触れる前に投げ飛ばされてるのに、どうセクハラをすればいいんですか!?」


「えっ、本当に触ろうとしてたの?」


「あいつ触れようとしたってゲロッたぞ!」


「あーあ。こんな大勢の前で言っちゃった。明日には晒し首だ」


 せっかくシオンがフォローをいれ、止めに入ったと言うのに酔馬はついうっかり、誤解を招く発言をしてしまった。それを聞いたお調子者勢が黙っているわけがなく、一瞬で誤解した形のまま無慈悲に拡散される。


「……最低です」


「誤解じゃなかったらぎるてぃ」


「サイテーだと僕も思うよ!」


「これは酷い」


「」


 庇おうとしていたシオンにさえ裏切られ、酔馬はもうどうにでもなれと白眼を剥いて地面に突っ伏した。ちなみに真面目に受け取ったのは楓とシオンだけで、他は冗談として楽しんでいるだけである。もう一つちなみに、セクハラをしようとしたと誤解されて女性間に広まるのも、致命的ではある。


「酔馬さん。立ってください。俺と組手しましょう」


「堅。真面目なあなたでさえ僕を成敗するんですか……?」


「女とだけじゃなくて、男である俺と組手すれば、多少は目が変わるかと」


「さ、さすが!あなただけは信じてました!」


 そんな彼に手を差し伸べたのは、生真面目な性格の堅だった。彼の提案に乗れば、僅かながらに失った信頼を取り戻せるかもしれない。そう思った酔馬が、堅の手を取るのは当然だった。


「せやああああああああああああああ!」


「ぎゃあああああああああああああああああ!」


「あ、瞬殺」


 そして組手がからきしな酔馬が、綺麗な一本背負であっさり地に転がされるのも当然だった。


「ううむ。堅は体術、銃の扱い、機械いじり、ヘリに戦闘機、戦車に車の運転、諜報、信頼において虎の子だからな!」


「……それって、酔馬さん全部負けてる?」


「完璧な上位互換じゃないですか」


「そんなことはない!いじられることに関して真面目な堅もなかなかだが、酔馬に敵うやつはハゲくらいしかおらん!」


 再び地面と抱擁していた酔馬を、蓮がけちょんけちょんにいじり倒していく。他の弄るメンバーと違い、悪気が全くないのがタチが悪い。


「あんたら本当に好き放題言うてますねぇ!?……えっ?堅さんまだ組手やるの?いや、もう証明でき、足りない?どうせならもっと強くなれ?いやちょっと待っ……ああああああああああああああああ!?」


「ほら、敵わんだろう!あれは天性の虎の子だ!」


 無理矢理立ち上げられた酔馬が締め技を極められ悶える姿を、蓮はどうだ!と賞賛する。仁とシオンが納得しすぎてしまうほど、酔馬はいじられキャラであった。


「さぁ次に行くぞ!」


「いい判断です蓮さん。一時間ちょいで正午ですから」


「よし!超特急だ!」


「えっ!?ちょっと僕の出番はこれで終わりなんですかぁ!あれ?堅さん、今度は環菜さんと……?僕審判?」












「さ!ここが第二の虎の子!車庫だ!」


「……すごい」


「なにこれ!?」


 次に案内されたのは、所狭しと車体が並ぶ暗く広い部屋。仁でさえ見覚えのある一般的な車から始まり、ベンツ、ダンプカー、軽トラ、戦車、果てはヘリなど、様々な種類の車が出番を待っていた。


「とは言っても、ほとんど動かんがな!」


「……え?どうしてですか?」


「燃料がほとんどないんだ。いや、多少は動かせるんだけど、それさえなくなったら解体して資源行き」


「ガソリンとかも、入れっぱなしだと半年くらいで劣化するから……二、三ヶ月もしたら、どちらにしろ」


 しかし例え出番を待ってはいても、ガソリンや燃料が無ければ車は走らず、解体される。それは分かるのだが、解体が近いという割には、どの車も丁寧に手入れをされているように見えた。


「綺麗……触ってもいいかしら?」


 車を始めて見たシオンはそんなことも知らずに興味津々で食いつき、触りたくてうずうずしている。


「壊したり汚したりしなければ、どうぞ。綺麗なのは酔馬さんとかこういうのが好きな人達が、休日に清掃してるからで……だからこいつら、ピカピカなんだ」


「ありがとう!」


 物事には理由があるものだ。綺麗なのは、誰かがきっちり手入れをしているからに決まっている。それはきっと、本当に大好きな証だ。


「きっと走りたいんだろうなって、桃田さんと酔馬さんがよく言ってますよね」


「そら、こんなところで腐らせたくはないよ」


 ミラーを覗き込んだり、ワイパーに触れてなんだろうと首を傾げるシオンを嬉しそうに、しかしどこかハラハラとした様子で見守る。彼女が車の強度を、オークの鎧種の皮膚と同等と勘違いしていないと祈りたい。


「でも奴ら、儂が勝手に燃料入れようとしたら止めてきたぞ」


「蓮さん無免許ですよね?壊されるのと走らせるのは別。それだけはダメですよ」


「……人の宝物を壊すのは、さすがにどうかと…」


「むぅ……分かった分かった」


 世界が荒れ果てても変わらぬ車好き達が大切にしてきた物を、すでに暴走した熊が壊しかけていたらしい。いつもの軽い口調ではあるが雰囲気だけは真剣な桃田に、傍若無人の権化である蓮も強くは出れなかった。


「さ、次に行こう!」


 次の瞬間には、何事もなかったかのように腕を振り上げていたのだが。









「第三の虎の子!配給所だ!」


 三番目に案内されたのは、軍人が殺到する大きな窓口。無事に配給された者達は嬉しそうな顔で布の袋を担いで外へと出て行き、空いたカウンターにまた新たな軍人が肘をつく。


「ここは軍人専用だね。一般よりちょっと良いものもらえる。更に働き次第ではもっと良いもの、お酒とかももらえるのが特徴かな」


「軍人は一般では受け取れないから、注意してください。桜義さん達二人……いや三人?は最高待遇だから、何でももらえると思います」


「お、お酒を僕ら飲んでいいの?」


 俺の狙い通り、魔法が使える仁とシオンは特別な扱いを受けれるようだ。しかし酒まで貰えるのは想定外というより、


「軽犯罪でも死刑になるんじゃ?」


 問題は、未成年である仁達が飲んだ時の処罰だ。


「んー?それはないね。酒とかタバコとかに関してはもう自己責任で。飲んで暴れたなら場合によっちゃ死刑だけど、飲むだけなら子供でも構わないんだ」


「私は、シオンさんくらいの年齢の子には、あまり飲んで欲しくないけどね……」


「私もう十八歳で、もうお酒飲んだことあるんだけど」


「ええっ!?十八……ご、ごめんなさい!」


「楓、落ち着いて。十八は普通にアウト……いや、シオンちゃんの世界ではいいのかな……?」


 年齢の割に幼い容姿のシオンだ。前の日本ならば、例え成人していても間違いなく年齢確認をされるだろう。それにシオンの世界では、十八より前から普通にお酒を飲んでもいいらしい。つまり、この中で酒を飲んだことがないのは仁だけということだ。


「僕気になってたんだけどさ、受け付けの人、みんな綺麗だよね」


「本当。みんな、可愛い人ばっかり」


 受付を観察していた僕が気づいた、係りの者の共通点。屈強な男も歳をとった者もおらず、いるのは若くて綺麗な女性のみ。着ている服も、なかなかに胸元を強調した大胆なデザインである。


「あ、あれね………前は男が受付だったんだけど、もっとよこせ!とかいうトラブルが結構多くて多くて。軍はともかく、一般の方はどこも酷いもんでした」


「だから儂が提案したのだ!美人が嫌いな男など居ない、骨抜きにしてやれとな!ちなみにお触りはダメだぞ!軍人が見張ってるからな!」


「たーまに、女性だって舐めた態度とる奴いるけど、次の瞬間には銃突きつけられて軍人の靴を舐めてるよ」


 女性だからと舐めてかかる人間より、美人に骨抜きにされる人間の方が多かったらしい。確かに分からなくもない。


「……司令も、頭抱えてて。最初はムキムキで強そうな男とか銃を見せびらかそうとしてたんですけど、蓮さんの案を試しに一箇所で実験してみたら、本当に、嘘みたいにトラブルが減ったんです……けど、今度はそこに人が殺到してまた酷いことになって……」


 世界が変わる前だって、店員さんが美人さんだと嬉しくなったりするもの。だがこの馬鹿げた方法、果たして実際に効果が出るとは誰が思うか。


「司令もこんなアホな奴ら、もっと簡単に支配する方法があったんじゃないかって机叩いてたなぁ」


 そんな方法を実験してしまうほど、柊も参っていたのだろう。ここまで効果が出た時に彼は喜んだのか、それとも悲しんだのか。複雑な心境であったことには変わりない。


「まぁ本当は、儂が美人なお姉ちゃんを見たかっただけだったんだがな!」


「さすが蓮さん!」


「いやぁ、眼福眼福。元気まで配給してくれるなんて!」


「……本当に、男って馬鹿です」


「どちらの世界も、変わらないね」


 実験にかこつけた男の本音に、女性陣は呆れた目を向けてくる。正直、俺もそう思う。しかし本音はありがとうだ。


 そして追記ではあるが、女性用に二箇所ほど、美男の受付を揃えた配給所も存在する。いつの世もどこの世界も、大多数の男性は美女が好きで、大多数の女性は美男が好きなものだ。


「今受け取っても、いいんですよね。なんか手続きとかあります?」


「ん?ああ。顔パスでいけるぞ」


「蓮さん!?それはあなたが成りすましようがない人だからでしょうが……仁さんは顔が見えない分、きっと確認がいるはずだよ」


「バッジに彫られた番号を見せて、名前を言ってください。照合して貰って、その後に受け取りたいものを」


 蓮の話を信じて受付へ行こうとした仁を、常識人の二人が慌てて引き止める。熊のような彼にとっては嘘ではないにしろ、この誤解が元で射殺されたら話にならない。


「分かりました。試しに行ってきます」


「いってら!」


「いってきー!」


 少しだけ緊張しつつ、受付へ。物は試し、それにシオンと喧嘩してしまった以上、食料と料理に関しても仁が何とかせねばなるまい。どちらにしろ今日の昼飯のことを考えれば、行かなければならなかった。


「いらっしゃいませ!バッジの提示と名前をお願いします!」


「は、はい。桜義 仁です。よ、よろしくお願いします」


(二重人格はさすがに警戒されそうだから、僕はワインを片手に眺めておくよ)


 覚悟を決めた仁を出迎えたのは、肉感的な身体つきのお姉さんだった。後ろからの視線が怖いが、何せ喧嘩中。それにこれは配給を受け取るだけであり、何の罪悪感も感じることはない。


「あら、かわ……!?桜義ってあいつらを倒した?ありがとうね!」


「いえ、どうも」


「配給なんだけど、このリストから欲しい物を言ってね。普通、軍の配給は働きごとにポイントを渡されて、それで物と引き換えるんだけど、あなたは何でもいいわよ!」


 受付嬢達の手元の紙に記されたポイントが給料の代わりで、仁に渡されたリストに書かれたポイントが物の値段なのだろう。


(わー!たくさんあるね。芋に野菜類にオークの肉、灰色狼の毛皮に石鹸に……色街優待券。俺君これしかないね)


(却下だ。それにしても、本当に種類が多いな。まぁ今日はとりあえず)


 きらきらした目を向けてくる受付嬢の尊敬を踏みにじるような僕の選択を瞬時に蹴り飛ばし、俺は脳内で欲しい物と今日食べたいものをリストアップ。


「オークの肉と野菜類。マダラ芋。白い布。後、ビールをお願いします」


(一人だけ未飲酒だったの、気にしてたんだね)


 仁は受付嬢に、きっぱりとした声で欲しい物を読み上げた。


「はい。分かりました!こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね!あ、それとこれは私からのサービスです」


「えっいや、俺なんかポイントたくさんあるらしいので、べ、別に!」


 受付嬢が、言われた品を取ってきて袋へと詰め込み始める。最後にオマケと言って入れてくれた肉に焦る俺の人格だが、


「仁君。こういうのは素直に受け取るもんだよ。感謝の気持ちを、どうにかして伝えたいって言ってるんだから」


「でも、彼女のポイントが」


「あら、優しいんですね!でも、いいんですよ。私達本当に感謝してるんです。それに、私もあの場にいて、危ないところでしたから」


 いつの間に後ろにいたのか、肩に手を置いてきた桃田に諭され、受付嬢には笑顔で押し切られた。仁のポイントを考えれば全く意味のない、彼女の好意。善意の押し付けと思う人もいるかもしれない。


(彼女は俺のことを優しいって言ったけど)


 けれど、こういう自身の身を削って感謝を伝えることは、本当に優しいことだと俺は思った。その優しをくれた人を見捨てようとしている仁なんかとは違う、本物だと思った。


「ありがとう、ございます」


「守ってもらってるんだから、これくらいしないと、ね?もしポイントが無くなったら、少しくらいあげるから。その時は遠慮しないで言ってちょうだい」


「その時は、お願いします」


「約束だからね!あ、はい、どうぞ!」


 嘘がばれない限り、仁のポイントはほぼ無限。嘘がばれたらここにはいられない。つまり、永遠にその時は来ない。だから仁は、そのことを知らない彼女と約束した。


(これも、君が見捨てようとする者達ってこと、覚えとくんだよ)


(…分かってるって)


 配給の品の入った袋を受け取り、手を振る彼女に会釈して列から出る。美人から元気を貰えるはずだったのに、何故か俺の心は深く沈んでいた。








 それから二時間、軍の主要施設やを粗方見学し終え、


「で、案内は終わったと。早かったな。一日使ってもらう予定だったのだが」


「……昼ご飯を早く食べたいから超特急だと、蓮さんが」


「はぁ。まぁ、場所と大まかな役割さえ覚えてくれればいい」


 蓮と桃田はそのまま昼ご飯へ直行。楓も心配だからと二人について行った。残された仁とシオンはこれからどうするかを司令に聞きに行き、今に至る。


「空いた時間だが、今日は自由でいい。訓練場とかを使いたければ好きに使ってくれ。一応軍内全てに魔法の件は伝えてある」


「自由でいいんですか?」


「構わん。強くなって欲しいという本音はあるが、君達が望むのなら休みにしてもいい。私達は君達なしでは戦えないのだからな。まぁその分、非常時には頑張ってもらう」


 役目さえ果たしてもらえればそれ以外はいいと、結果が全てだと柊は語る。


「とはいえ、これからは対魔法を想定した戦い方を作らなければならない。その時にはすまないが、協力してほしい」


(本当にすごい扱いだよこれ)


 柊が協力を要請した時以外は自由。軍の権利も使い放題、配給もほぼ無限というのが仁達の受ける特別。心情を除けば、望んだ待遇以上の素晴らしいものだった。


「さて、私はこの後少し用事があって、それまでに書類を片付けねばならない。他に何か質問は?」


「今は、ありません」


「なら、今日はおつかれさまだな」


(「「おつかれさまでした」」)


 積み上がった書類に険しい目を向ける柊に退出を促され、二人は廊下へ。


「じゃ、私も行きたいところあるから」


「おう」


 シオンも用事があるからと、ささっと離れて行った。いつもは仁にくっついていたのに、やはり喧嘩が仲を裂いている。


(さて、どうしようかね)


 訓練しようにも、シオンがいないのならば効率は良くない。彼女話をしようにも、避けられていてはどうにもならない。


(ご飯食べながら、考)


「おい」


「堅さん、どうしました?」


 後ろからかけられた声に、思考が遮られた。その声の主はつい先ほど訓練場で見た顔なのだが、


「傷が……」


 額にガーゼが貼ってあったり、目の上が腫れていたり、唇が切れていたりと酷い有様だった。


「環菜にやられた。とは言っても、あっちもあっちでかなり痛めつけてやったが」


 あの後二人が組手をし始めていたことを思い出し、大の男と互角の環菜の体術に感服する。酔馬は論外として、堅も中々に強いと評価されていたはずなのだが。


「お、お大事に。で、何で俺を呼び止めたんですか?」


「少し、話がしたい。付き合ってくれるか?」


『桃田 和樹』


 薄く染めた茶色の髪に、ピアスが特徴の長身の軍人。イケメンにして頭脳明晰、運動神経抜群でコミュニケーション能力も高いと紛うことなきハイスペック。酔馬とは違い、相当モテていたし相当遊んで生きてきた。


 そんな彼だが、世界が変わってからはめっきり落ち着いたらしい。というのも運命の相手に出会ったからだとかで、ぞっこんらしい。


 よく嫉妬されるし、分かってる彼はそれで煽りもするが、男の友人は少ないわけではなく、むしろ多い。堅や酔馬、柊に蓮以外にも、いくつかのグループに所属しているようである。人と仲良くなるのが上手であり、色々なところにツテがある。


 その優秀さとパイプの多さで、柊から大切な仕事などを任されることが多い。


 見た目からは想像できないが根は真面目。正義感の強く優しい男性である。同じように正義感があって優しい男性である堅と似て非なる部分は、いざとなれば切り捨てられる点だろう。そして彼は切り捨てたことを、一生引きずっていく人種である。

 

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