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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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間章4 帰還と執念


 グラジオラス騎士団が出立した翌日。うざったくなるほどの快晴の下、燃え尽き更地となった大地の上を歩く一人の影。


「ぬぅ?おかしいな。この辺にあるはずなのだが、道を間違えたか?」


 見た目だけは少年の白髪眼帯が、地図を片手に何かを探して彷徨っていた。


「これだけ来ないとさすがに景色も変わってるな。前は綺麗な森だったはずなのだが。いやしかし、場所的にはもう見えてもおかしくないぞ」


 あっちへこっちへ右往左往と探し回るが、お目当のものは見つからないようである。


「おかしい。おかしいぞ。まさかあやつ、自分まで締め出したんじゃなかろうな?そのうち本当に解雇する……えっ?」


 辺りをぐるぐると回り続けた彼が見たのは、足元の小枝を蹴っ飛ばした先に続いていた、黒い消し炭が足元を覆う景色。


「いやいやいやいや、まさかな?ははっ!そんなわけがない。第一、例え火災が起きたとしても、あいつが守るはず」


 ずっと前にかけた保険があることを心で唱え、信じたくない未来を必死で蹴り飛ばす。しかし、ここまで近くに来て見えないということは、と嫌な予感に乾いた笑いを漏らして進み、


「う、嘘」


 ただ一箇所だけ、燃え尽き方が違う炭と家具や食器の残骸を見つけて、


「じ、自分達の家があああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 全てを悟り、悲しみより驚きのあまり絶叫した。


 ロロは、久しぶりに家に帰ったらホームレスになった。何を言っているのか訳がわからないが、それが全てで真実だった。


「えっ?なんで?おいイヌマキ!イヌマキ!なんで燃えてる!……まさかお前まで死んだのか?」


 膝をつき、信じたくないと炭を漁りまくる。その姿と言葉だけならば頭がおかしくなったようにしか見えないが、彼の言動にはきちんと意味がある。


「おう、久しぶりだなこのクソ元家主。いつまで留守にしてやがった?留守にしすぎて家が燃えて無くなったぞ」


 その意味を証明するように焼け跡から現れたのは、飼い主を罵倒する、木で作られた手のひら大の犬。


「そうならないようにおまえを残したのではないかこのクソ悪魔めが!なんで家を守らなかった!……待て。今お前、元と言ったか?」


「契約更新されたんだよ。前のおっさんとは違う新しい、それはそれはもう可愛らしい飼い主様……あー、頭のおかしいヘタレもいたな。ま、その二人がこの森一帯燃やそうとしたせいで俺の意思は挟めなかったんだ。OK?」


 罵倒し合う二人、もとい一人と一匹であるが、ロロ達がこの家に住んでいた頃の日常であり、問題は無い。関係に問題はなくとも、家に見知らぬ人が侵入したり全焼したりと他に大きな問題は山積みであるが。


「冗談はよさぬか。『血』で契約を結び、『扉』をしっかり閉めたはずではないか」


「だから『扉』が開いちまったんだよ。セキリティ?設定甘いぞ。新しい家主さん、契約知らねえのか仮だったから、魔物が中に入ったりしたがな。名前呼ばれなきゃ俺、顕現できねえし」


 自分達以外には決して破れぬ契約を結び、家の守護を任せていたはずなのに、入られて、燃やされた。ロロは犬にそのことを問い詰めるも、帰ってきた答えは契約をしっかりと履行したのみというもの。


「そんなバカな」


 憎まれ口を叩き合う中で、ようやく目の前の現実を受け入れ始めたロロの顔が曇っていく。精一杯隠そうとしているのが見受けられるが、それでも隠しきれていない。隠しきることなんてできやしない。


 愛する人と共に過ごした思い出の詰まった家が全て燃えて、何も感じない人間がいるものか。


「……守れなかったのは、悪かった。力が使えないなりに守ろうとはしたんだが…」


「……仕方のない、ことだ。『扉』が開いたままで、しかもおまえが顕現していない状態で守れるわけがない。仕方のないことと、分かっている。長い間留守にしたのも悪いことだ」


 ロロは鼻を鳴らし、溢れ出る涙を拭う。理解はしている。守れなかったと。誰が悪いかで言えば間違いなく、自分が悪いと。


「それでも、悲しいなぁ」


 だがしかし、それでも割り切れないというのが人間で、感情というものだ。ロロもまた、仁の作戦が知らない間に巻き込んでしまった人間の一人だった。


「……こんな時に言うことじゃないだろうけど、おまえ、変わったよ。昔のおまえはこの程度のことで心を揺らさなかった」


「自分も大切なものが出来るだけで、こうも変わるものとは思わなかったぞ」


「俺は今のおまえのが好ましいけどな。さて、どうするよ?今イヌマキという名のお家番は、家主に出て行かれて家も燃えて、本体はともかくこの身体は自由の身だ。契約し直すか?」


 かつての何もかも全てを一歩引いた目で見ていたロロと、今の視界に映る悲しむ彼を見比べて、木の犬はその違いに改めて驚かされた。そして、そんな主人なら、もう一度仕えるのも悪くはないと木の犬は再度契約を持ちかける。


「当たり前だイヌマキ。だが、今度は契約内容を変更しよう。これからは自分に憑け。自分一人での旅は難しい。一度身包みはがされたしな」


「それは大変ご愁傷様だが、おまえのことだから大事なもんは守りきったろ?てか、この家を今すぐ建て直して、俺をもう一度憑かせればいいじゃねえか。嫁さんはともかく男に憑くなんてむさ苦しい……そういやおまえの嫁さんはどこだ?」


 ロロを良い方へと変えた女性の姿が無く、キョロキョロと木の犬が探す。この家に二人が住んでいた頃、胸焼け吐き気がするほどバカップルぶりを見せつけられたのに、と。それを別にしても、二人が離れるわけがない理由がある。


「離婚したとでも思うか?嫁関連含むだが、ここでゆっくりする暇もない。封印が解けかけているから、『鍵』を取りに来たのだ」


「……マジ?笑えない冗談ってのは冗談じゃねえんだぜ?」


「もちろんだ。自分は嘘をつかんだろうに」


「最近、やばいくらいの魔力の動きがあったが、それか?」


「あれが原因だ」


 ロロが急いでいる理由を聞いた犬は、木の頰を器用にひくつかせた。封印が解けていることが大変どころの騒ぎではないと言うのもあるが、


「え、えーと、『鍵』だっけ?」


「目を逸らしてどうした。あれはおまえが守らなくても燃え尽きないはずだろう」


「それは、その……わああああああああ!?ちょっと待て!吐く!吐く!」


「吐けと言っている」


 イヌマキは、いきなり明後日の方向を向いて口笛を吹き出した。その曖昧な態度にロロは首輪を親指と人差し指で摘んで、おいこらゲロれと上下左右にと揺さぶりをかける。


「本当に言いにくいんだが、その、怒らない?」


「場合によってだ」


 酩酊感に観念し、ようやく吐く気になったようた。怒られるのは怖いのか、耳がビクビクと震えているが、そこは事実とロロ次第である。


「……『鍵』、女の家主が持ってきました」


「……笑えない状態は冗談じゃないぞ?」


「はい。だから冗談じゃないです」


 小さな口から出た報告は、本当に笑えないものだった。大切すぎる探し物がここにはないと分かり、ロロの顔が真っ青を通り越して真顔になる。


「…………アレないと、どうなるか分かってるな?」


「分かってるけど、まさか入り用になるだなんて思ってなかった。それに顕現できなかったから止めれねえよ」


「……まさか自分も、契約を潜り抜けられるとは思わなかった。この家のことを知っておるのは、自分の家族くらいだったはずだ」


 仕方のないことではある。だが、それでは済まされないということもあってしまう。家が燃えたことで被害を受けたのは、ロロの家族と仁とシオンだけだ。だが、今回は規模が余りにも違いすぎる。


「ここに着けば、後は『塔』に登るだけと油断したのが仇になったか!」


 無理をしてでも、空腹で死にかけても、魔物に襲われても、ついついぎくしゃくしていた忌み子を助けずスルーしてでも、旅を急ぐべきだった。


 頭を抱え、白髪をぐしゃぐしゃと掻き分けて考える。残り時間を照らし合わせ、この先どうすれば間に合うのかということを。


「……待てよ?新しい家主はもしや、頰に傷のある黒髪黒眼の少女じゃないだろうな?全身に傷を負った少年と一緒だったりしないか?」


 ロロはふと、色々な条件に合致する少女を眼帯の奥の後悔で思い出した。もしシオンがこの家に住んでいたのならば、全ての疑問の答えがピタリとはまる。


「そうだ!その子だよ!シオンって名前の黒髪黒眼。スタイル以外は激似の!」


「合点がいった。自分のレパートリーを悉く知っているわけだ」


 尻尾を垂らして落ち込んでいたイヌマキに訪ねてみれば、ロロの予想は大当たりだった。となると考え、導き、行動することはただ一つ。


「二人の行き先は分かっている。そして進行方向的にはちょうどいい!」


「おいおい、もしかしてなんとかなるか!?」


「ああ!時間的にはギリギリだが、悪くない。元よりやらないという選択肢は無いがな!」


 忌み子だけの街へと行ったシオンと仁を追いかけ、『鍵』を回収する。そうすればロロの勝ちだ。希望と共に灰の中から立ち上がり、木の犬を手の中に忌み子の街へと顔を向け、


「そうと決まれば早速」


「そこで何をしているのかね?」


「っ!?」


 意識の外からかけられた声に、身体が僅かに跳ねた。気配の欠片も感じなかった第三者。長い年月を生き、察知能力だけはそれなりの域に達したロロが気づかなかったことから考えるに、相当な武芸者か、特異な系統外を持つものか。或いは両方か。


「見ての通り、自宅を燃やされて悲しんでいたのだが?」


 もしもの時を考え、イヌマキへ姿を隠すように指示。子犬が魔法を発動させて帰還する瞬間を身体で隠しつつ、声の主へと振り返る。


「ほう。その家は忌み子が住んでいた家だ。もし物盗りならば、盗った物を置いて逃げた方がいい」


 振り向いた先にいたのは剣の柄に手をかけ、訝しげな表情で歩いてくる銀髪壮年の騎士。ロロの予想通り、彼は間違いなく強者の類だ。雰囲気と顔、歩き方を見れば分かる。それも、歴史上でも稀有なほど。


「自分は間違いなくこの家の主人だ。長い旅に出ている間に勝手に住まれててな。しかも帰ってきたら燃えていた、という訳だよ」


 彼の立ち振舞や言葉の端々から放たれる濃密なプレッシャーに負けぬよう、ロロも強気な姿勢で立ち向かう。


「嘘は無いな?」


「自分は嘘を吐かん。必ず」


「更に怪しくなったが、ふむ。疑ってすまなかった。もしよかったら村の方で仮設住宅を作っているが、いかがか?」


 胡散臭いにも程があるセリフで、しかし片目だけは矢のようにまっすぐなロロに一応は納得したのか、彼は柄から手を離した。とはいえ警戒度が一つ下がっただけで、どちらにしろ一瞬で斬り捨てられるのに変わりはない。


「ありがたいが遠慮しておくかな。先を急ぐ身であるが故」


「そうか。引き止めて申し訳なかった。貴殿の旅路に幸があるよう。ああ、そうだ。ここに住んでいた忌み子のことは知らないか?」


 急いでこの場を立ち去ろうとしたロロを不審に思ったのか、サルビアが探りを入れてくる。


 おそらく一つでも嘘を吐けば、彼は剣を抜き、ロロを問い詰めてきたことだろう。殺しはしないにしろ、身柄を拘束し情報を聞き出すくらいはする。そう思わせるだけの剣気が、騎士からは未だに迸っていた。


「確か、名はシオンと仁とか言ったか?実はここに来る途中、すれ違いざまに斬りつけてきた忌み子がいてな。そのせいで旅に少し遅れが出てしまって災難だった」


「やけに詳しいな。その忌み子が家主とは限らんだろうに、なぜそうと?」


 ロロは嘘を一切つかず、しかし自分と忌み子には一切友好関係が無いように説明する。だが、その説明に怪しいところが生じるのは当然のこと。


「騎士様。また柄に手がかかってるぞ。なぁに。その時に村から離れたいと言っていたのを聞いたのでな」


「っと。失礼。ティアモがいれば良かったが……まぁいい。すまないが、この家は調べさせてもらうぞ。あまり権力などはひけらかしたくは無いのだが」


 それでもロロは動揺を隠し、なんとか事情を真実だけで繋ぎ切った。サルビアも疑惑は晴れないが、無理に連れて行くほどでは無いと判断したのだろう。


 これ以上探られれば危うく、戦闘になれば勝てそうになかったロロにとってはありがたい判断だ。


「もしや貴族様で?これはとんだ無礼を。お許しください」


 面倒ごとは無い方がいいと、相手の地位で態度を変える。長い人生の中で得た生き方の一つだ。


「サルビア・カランコエだ。一応カランコエ騎士団を率いらせてもらっている。そんな驚いた顔をして、どうかしたか?」


「いや、知った家名でして。では、これで」


 サルビアの家名を聞き、ロロは顔色を変えた。そこに浮かぶ色は恐怖や嫌悪といったものではなく、驚きと郷愁といったもの。


「待て。名は、名はなんという?」


 今度こそ立ち去ろうとしたロロの背中を引き止める、彼の感情を疑ったサルビアの問い。


「ロロです」


「家名は?」


 名前だけでは足りない、と彼は苗字まで求めてきた。言わないのも不自然だと、ロロは本名を告げることにし、


「ロロ・カッシニアヌム。珍しい名……んむ?なにかな?この剣は」


「動くな。変な動きをすれば、その首が飛ぶと知れ」


 音もなく首元に突きつけられた鈍い金属製の剣と、耳元の警告に両手を挙げた。


「これは一体どういうことかな?礼を失しすぎたか?」


 突き付けられる理由がどこにあったか、と手を挙げたまま尋ねる。どこにも忌み子との友好関係を示すようなヘマはしていないはずだ。


「礼などどうでもいい。ただの物盗りかと思ったら、家主だと言い張る。嘘を吐いているようには見えないが、ここは村人たちには見えなかった家だ」


「自分が魔物やら物盗り対策やらのため、魔法で隠した家かもしれんぞ?ここまでの話におかしなところは何も……」


 剣を向けるサルビアが理由を話すが、いまいち納得がいかない。常人には見えない家の家主を名乗る。確かに怪しいと言えば怪しいが、剣を向けられる程ではないはずだ。


「ここまではいいとしよう。問題は次だ」


 実際、サルビアもここまでならば、剣を直接向ける事はなかっただろう。


「なぜおまえが、我が妻の家名を使っている?そしてそれも嘘でないと言うならば、おまえは何者だ?」


「……妻の家名?」


 サルビアの妻の家名がカッシニアヌムで、ロロの家名も同じだった。それだけならば、まだおかしなことではない。家名が被ることくらいあるはずだ。


 だが、見えない家の家主を名乗る事と合わされば、それはただの被りでは済まなくなる。


「答えろ。何者か?」


「……」


 サルビアの口調と態度に、これはマズイとロロは悟る。この状況は非常によろしくない。もしもここで捕まれば、彼の願いを叶えることは不可能に近くなる。せっかく見えた希望が、彼女が繋げた希望が、潰えてしまう。


 火に巻かれるように焦り、残り時間のない問題のように悩み、脳を最大限に回して考えたロロの出した答えは、


「……イヌマキ!自分を守れ!」


「ったく、契約早々顕現させて使役とか、悪魔使いの荒いやつだ!」


 「はい」とも「いいえ」とも言わず、逃走するというものだった。


 ロロの手の中に現れた、木彫りの犬。その小さな姿が一声鳴けば大地から蔓が生い茂り、サルビアの剣を腕ごと絡め取る。それも何重どころではなく、十重二十重に雁字搦めに隙間なく。


「すまないが、逃げさせてもらおう!」


 大地と剣とサルビアを繋いで動きを封じたその隙に、ロロは自身の全速力、仁の強化を使っていない走りと同速で、逃げ出した。


「っ悪魔!?まさか、いや……!?」


「おろ?おやおやこの大悪魔をご存知かな?坊やにしては博識はくし」


「はははははははははははは!こんなところにいたとは思わなかった!先の問いは忘れてくれ!」


 イヌマキの姿と走るロロを交互に見て、サルビアは全ての疑いをかなぐり捨て、大口を開けて笑う。気でも触れたかのと思う豹変振りであるが、彼にとってはそれだけ良いことがあったのだ。


「いきなり笑い出してどうし……嘘っ!?」


 剣より巻かれた蔓の方が大きいというのに、サルビアは刃を手前に滑らかに引くことで、それら全てを引き裂いてみせた。


「いやいや。あれ金属とまではいかなくてもすごい硬いんだが。なにあの化け物」


 格好つけて発動させた魔法を紙でも破くようにあっさりと破られ、木の犬は口をあんぐりとさせる。


「舐めてかかるからだ!あやつはカランコエの末裔だぞ!」


「うへぇ!?頭までガッチガチ騎士さんのか!そら頑張らねえと!」


 相手の素性を知ったイヌマキは、先ほどより多くの蔓を呼び出し、カランコエへと向かわせる。総数およそ二十以上。狙いは手、脚、腹、顔、などなど様々で、数本絡まれば相手の動きは拘束できる。はずなのだが、


「守りし者を連れし古き者!聞いた通りだ!」


「これもうっそぉ!?」


 瞬時に左手の中で土剣を創成。一振りで数本の蔓を斬り落とし、サルビアは二本の剣でロロへと迫る。確かに絡まなければ拘束も何もないが、人間業ではない。


「増量!」


 イヌマキが慌てて蔓の数を増やすも、彼が数回剣を振るうだけで全ての蔓が無力化され、数メートルの距離も一秒と満たぬ間に0に。


 最後の蔓を剣を右手の中で180°回して斬り払い、持ち手を変え、鋒を地の方へ。イザベラがシオンの剣を弾いたのと同じ動きだ。


「ぐぬっ……!くそっ!」


「すまないが来てもらおうか。『魔女』と『魔神』を知る者にして、『鍵』を持つ者。『記録者』よ。聞きたいことがある」


 太ももに突き刺し、逃げ足を奪い去る。動きを封じられたロロは口汚くサルビアを罵るが、彼は一切力を緩めない。


「俺を忘れてもらっちゃ困る。逆さ吊りにされて餓死寸前までぷらぷらしたくなけりゃ」


「悪魔。主人を一生這い蹲る人生にしたくなければ、じっとしてろ」


 イヌマキの脅しと同時。脚を貫いている剣から手を離し、サルビアは虚空庫からもう一振りの剣を呼び寄せる。新たな剣を崩れ落ちたロロの脚へと添え、脅し返すことによって悪魔の動きを止めた。


「そんなの関係ないね。人質を取るなんて愚策もいいところだ」


「そうか。ならば仕方ない。口と頭があれば会話はできる」


 しかし主人の身に関わる脅しに屈せず、イヌマキは蔓を再び呼び出した。対するサルビアは宣言通り、ロロの右脚を巻き込んだ燕返しで、向かいくる蔓を斬り飛ばし、


「ぐっ……ああああああああああぐあああああぅうぅああああ!?脚がっ!脚がああああ!?」


 予め刃を当てられていた右脚は切断され、ロロは無様な芋虫のように、悲鳴をあげてのたうち回る。


「……まさか、本当に斬り飛ばすとは思わなかったぜ?しかも迎撃を兼ねてとか、無駄がなくて実に合理的だなおい」


「私もだ。犬が主人を見捨てるなんて思わなかった」


「これはただの入れ物だ。俺の本当の姿見たらかっこよすぎて気絶するからな?」


 地面に転がるロロを放って進む、軽口と蔓と剣の共演。土魔法の刀身を伸ばし、身体ごと回転させての一太刀で蔓の根元を叩っ斬る。回転によって身体に絡みついた蔓も引き千切れ、一石二鳥の動きだ。


 卓越した技術で一切の無駄なく、最大効率で数本、時には数十本の蔓を一振りでサルビアは防ぎ続ける。


「それにあのままだったら、ロロは死んだ方がマシな状況になってた。なら、片脚くらい捨ててでも主人を救い出してやる方を選ぶのが、従者の務めってもんよ」


「なるほど。分からんでもない」


 しかしそれでも、いくら斬り落としても斬り落としても押し寄せる蔓の波。先程までとは違い、悪魔も手を抜いていないようで物量は段違いだ。


 右を剣で斬れば左から。左を土魔法の剣で対応すれば上から。上に反応する頃には下からもとキリがない。その数と速度と方向と種類は、明らかに複数の魔法を同時に発動させている。


「煩わしい……魔法陣でも使っているのか?」


「ハッ!悪魔を舐めるんじゃねえよ。魔法数個の同時発動くらい、片手間素手でもできるわ」


 乱戦の中、サルビアはイヌマキの言葉に蔓が魔法だと確信する。対応として魔法障壁を発動させたのだが、


「む」


「障壁はあんまり意味ねえぜ。なにせ障壁(から)ごと絞めあげるからな」


 蔓は御構い無しに、障壁ごと巻きつこうとしている。直接身体に触れることは無くとも、身体の表面を覆う障壁ごと巻きつかれれば動きを封じられる、ということなのだろう。


「ならば、全て燃やし尽くすのみ」


「……魔法耐性高く作ってるんだが、自信なくすぜ」


 サルビアは魔法障壁を纏ったまま、絡みついてきた蔓に炎魔法で火をつける。美しく、真っ赤な炎は隣の蔓へと次々引火していき、やがて全ての蔓が黒く焦げ落ちた。


「密集させすぎたな。それに、こういう攻撃はもう少し距離をとって戦うべきだ」


「くっ!俺は契約でこれ以上離れられねえんだよちくしょう!」


 指摘通りサルビアとイヌマキとの間は、僅か数メートルほどの距離しか開いていなかった。否、ロロとサルビアの間に、距離が開けなかったことがイヌマキにとって災いしたのだ。


「……んじゃ、ちょっと本気」


 サルビアの周囲十数歩の地面、ロロが倒れている場所以外の全てを、底へと引きずりこむような沼へと変え、


「……すごいな。まるで森が押し寄せるようだ」


 先ほどより多く、より強靭な棘のある蔓を生み出し、


「だろ?なにせ、沼に蔓に杭に槍にと四つ同時発動だ」


 風魔法で斬り落とした尖った炭を、しかし当たれば致命傷になり得る杭を打ち出し、


「手の内を晒すのは愚か者のすることだ」


「晒したけど、防げなきゃ意味ねえだろ?」


 地面から生やした土の槍の矛先を、イヌマキは騎士へと順番に殺到させた。


 魔法障壁で防げば蔓が絡め取り、蔓を燃やせば物理判定の木が貫く。仮に物理障壁に変えていたとしても土の槍で串刺し、と沼も合わせて四段構えの魔法だ。


「なら、意味はある」


 しかし、それではあまりにも薄すぎて、あまりにも遅すぎた。


「騎士団長の名を舐めるな」


「人間風情が粋がるなよ」


 声とともに迫り来る、逃げ場などないかのようなイヌマキの攻撃。それを前にサルビアは残された最後の足場、自らの足元が凹むほどの力で跳躍。自分に向かってきたはずの蔓を空中で掴み、引っ張り、その反動でさらに前へ。


「粋がってなどいない。簡単なことだ」


 飛んできた炭の杭を驚異のバランス感覚で足場にし、また新たな杭へと飛び移る。道中の邪魔な蔓と杭は全て斬り裂き、強引に作り出した攻撃の空白の中を進み続ける。


「四つ魔法に同時に反応すれば良いのだろう?人間でも分かるぞ?悪魔風情が」


「こいつ本当に人間かよ!?」


 制御する魔法から伝わるサルビアの動きに、イヌマキは正気と種族を疑った。おかしい、間違っていると否定したい、それほどまでに信じられなかった。


「悪魔よ。自分の思う人間の限界に、人を当てはめるな」


 空中故、深き沼は意味を成さず。


「時に、我らはそれを容易く超えるぞ」


 土の槍は障壁に弾かれて当たることはなく。


「痛みで動けないと思っていたやつが、予想外の動きをしてくるようにな」


 蔓は剣にて触れられず。


「やけにっ、具体的だな!」


 木の杭は攻撃にさえならず。


「つい最近、改めて思い知ったばかりだ」


 迫り来る木と絡みつく蔓と撃ち出された杭に囲まれたサルビアは、姿の見えない人外へと語りかける。


 何の系統外も使うことなく、悪魔であるイヌマキの攻撃を全て防ぎ進撃する姿。戦場に挑む化け物の顔、まさに修羅。


「はて、入れ物と言ったか?わざわざ本体を隠すということは、理由があるのだろう」


「力を抑えるために決まってるだろ」


「それは異な事だ。解放して私を倒せば良いのに。なぜしない?」


 遮る物全てを飛んで、壊して、躱して、潜り抜けたサルビアは、イヌマキの眼の前の木の杭へと着地し、踏み締めた力を溜めて一気に蹴り出す。


「大方、器か何かがないとこの世にいれない、ということか?」


「……人間に負けるの、かよ!」


 右手で突き出した剣でイヌマキの身体を壊さんと、最後の距離を詰め、


「悪魔は嘘吐き、というのは真実なのだな」


 る途中で体を大きく捻りながら跳躍。ふわりと浮いた空中で後ろへと振り向き、振りかぶっていた左手の土の剣を巨大化させる。


「隠れんぼは」


 天を衝く木ほどもある大きさの土剣。その一瞬の重みにサルビアの筋肉がミチミチと音を立て、限界に震える。


「終わりだ」


 だが、その一点の瞬間さえ過ぎれば、あとは重力に従い、腕力を込めて振り下ろすのみ。


 背中のイヌマキを無視してサルビアが放った、踏破された木と蔓と土の残骸をもう一度壊し尽くすその一撃。超重量の土塊が沼へ触れ、波を立て、衝撃波が辺りの木の葉を散らす。


 形あるものに直撃すれば壊れることは免れない、斬撃と呼ぶには些か大味なものだった。それを見当違いの方向に撃った、その理由は、


「……ばれた?」


「抜かったな。あれが本物なら、もっと守りを手厚くしていたはずだ」


 沼に脚をつけたサルビアが見る、二度壊された残骸の上。木の盾に隠れる半分に割れた本物のイヌマキと、サルビアが無視した宙に浮くただの木の犬の人形が物語っていた。


「ああちくしょう。これ見抜くとかまじ化け物かよ……」


 サルビアが偽物を屠って気を抜いたその時を、イヌマキは隠れて待っていた。それさえ見抜かれた今となって彼が浮かべるのは、


「気を抜いてたのは俺の方か」


 作戦がハマったと勘違いし、油断した後悔の表情だった。ぱきりぱきりと小さな音を立てて崩れていく身体を見たサルビアは、悪魔の退場を悟る。


「ま、死ぬわけじゃねえし。あとは任せた大根役者。痛むフリ、下手くそだぜ」


 最後の最後に木の犬は目的は達したとにっこり笑いに表情を変えて、一際大きな壊れる音を立てて消えた。


「ごはっ」


 イヌマキが消え、足元の沼も消え、代わりに泥塗れの任せられた者が姿を現し、産声をあげた。


 タネは簡単だ。


 イヌマキの蔓を目眩しに、ロロは沼を這いずってきた。白髪を茶に染め固め、口から泥水を吐き、喉を水と泥で詰まらせて、彼はサルビアの足元まで忍び寄っていたのだ。


 文字にすればこれだけの、実際に体験すれば耐え難い苦しみに耐えて、ロロとイヌマキが打った逆転の一手。


「後悔に、沈めっ!」


 サルビアの脚へと、ロロは掠れた声で叫んで右腕を伸ばした。


「あ?」


 完全に不意をついたはずの一手。あとは数センチ手を伸ばして、触れるだけ。なのに、それでも、届かなかった。


「つい最近、動けないと思い込んでいた奴にしてやられたばかりでな。警戒させてもらっていたよ」


 右腕がサルビアの脚に触れる直前、ロロの肘を土の剣が鮮血を撒き散らして貫通し、彼の腕を地面へと縫い付けていた。


「まだ……だっ!」


「痛みに鈍いのか?」


 縫い付けられた腕を軸に、左腕と両脚(・・)を推進力に変え、ロロはもう一度前へと出てサルビアとの接触を試みる。


「うっ……ぐう!」


「触れれば何らかの効果を及ぼす系統外でも持っているようだが、届かない攻撃に意味などない」


「はぁ……とまれ、ない……!」


 再び伸ばされた左腕も、ゼリーにスプーンを入れる軽さで貫かれ、地面へと打たれた釘のように固定された。垂れた血がポタリポタリと剣を伝って零れ落ち、ロロは全身をばたつかせ、異物感と焦燥感に喘ぐ。


「なんにしろ、身体強化が使えないようでは戦いになら……どう、いうことだ?脚は斬り飛ばしたはずだ」


 無様に足掻くロロの綺麗に二本揃った脚部に、騎士は今日一番と言った驚きを見せた。彼にしては珍しく慌てて、自身が斬り飛ばした脚を確認するように見て、ロロの生えた脚を見比べる。


「三本だと?」


 元から無事だった左脚で一、斬り飛ばされた右脚が一、そして生えた右脚が一。計三本。どう考えても計算と現実が合わない。


「……驚いたな。また、人間の限界を超えるところを見せられるとは」


 部位欠損は再生しない。少なくとも、それがサルビアの常識だった。だが目の前の男は、その常識を軽々と超えてきた。確かに先ほど、人間の限界など軽く越すとは言ったが。


「これも『記録者』の力か?」


「まだ、負けてない……いくらでも、再生するぞ」


「ふむ。なら、よし」


 数秒で部位欠損が完治する化け物じみた再生能力と、上限などないというロロの言葉を聞いた騎士は頷き、


「……ぐっううう!」


 物を掴むための両掌。腕を動かすための両肩。


「あっ……はぁ!?」


 肺のある右胸。臓器の詰まった左脇腹。


「ぎっ……うえっ……」


 体を支える腰。歩くためにはかかせない両太もも。


「ごふっ……あああ」


「これでもう動けまい」


 半月板ごと両膝、立ち上がるための両アキレス腱にそれぞれ一本ずつ土剣を突き刺し、ロロを地面へと磔た。いくら斬り飛ばしても再生し、何度でも這い上がってくるのなら、斬り飛ばさずに身動きを取れなくすればいい。


 サルビアはそう考えていたし、実際その通りのはずだった。


「はぁー……はぁー……ああ……ああああああああああっ!」


「無駄だと言っている」


 全身十五箇所に剣を突き刺され、磔られても諦めず、首を持ち上げ、僅かに、身体が震える程度にロロは動く。


「立ち止まって……いる暇はない」


「諦めろ」


「諦めるわけ、ない……!諦めるられる、わけがない…!」


 突き刺しているのが剣の形状であるならば、必然的に刃の部分が存在する。鋭く研ぎ澄まされた、触れれば斬れるような刃が。


「……!?」


「誓い、なのだっ……必ず助けると!」


 無理矢理力を込めて腕を動かし、刃の部分に自らの肉を擦り合わせて献上する。肉が刃に擦れ、無理な動きに捻れ、血が溢れ、捻じ切れる。


「自分で、自分を斬るか」


 彼の声に滲む感情に比例するように、少しずつ少しずつ、ロロの掌の中心から剣がずれていく。対価は動いた分の血肉と、想像を絶するであろう痛み。


 それでも、動く。


「何がそこまで、駆り立てる」


 ついに親指の付け根と手首の間から剣が抜け、右手が解放される。断たれた側、つまり親指の付け根がぷらんと垂れ、中身が露出して、解放された。


「救いたいものが、ある!」


 掌が解放されたのならば、次は肘だ。身体のリミッターが外れているのか、驚異的な力で刃へと骨を押し当て、軋ませ、断ち切らせて、進ませる。


「全てを守ろうとした彼女を、自分だけが守る!」


 心臓から一定のリズムで送り出される液が作る血溜まりの中心で、彼は叫ぶ。


「彼女の意思を、守ると決めた!」


 血に塗れ、体液を溢れさせ、肉を垂らし、肘の半分まで切り込みの入った腕をまた、サルビアへと伸ばすロロ。震えるその腕は既に再生が始まっており、傷口が早送りで塞がっていく。


 治るからいい、サルビアはそういう思考かと呆れの混じった視線を向けようとして、


「なんだその眼は」


 動いた拍子に外れたであろう眼帯の奥に光る、奇怪な虹色の眼と目があった。いや、色合いは確かに珍しいどころではないものだが、それ以上に、


「執着、執念、妄執。狂気の色合いだ」


 その眼に宿るモノの方が、サルビアにとっては恐ろしく思えた。そしてまた、既視感があるとも。


 そうして騎士は確信した。この男は例え再生能力がなくとも、同じような痛々しい血塗れの行動をしていたと。


「……個人的に聞きたいことがある」


「な……んだ!」


「……」


 サルビアが尋ねたその言葉は、突然吹いた突風に掻き消されて。その内容に思わずロロは動きを止めた。


「無い。だから、急いでいるのだ…!」


「感謝する」


 月に影が過ぎったのか、一瞬の暗闇にサルビアの表情は隠される。


「離して、くれないか?」


「すまないが、一緒に来てもらう。君には騎士団団長として聞きたいことが」


「だっまれ……それは、無理だ……!」


「そうか」


 サルビアの拘束から抜け出そうと、もがいて足掻いてまた夥しい血を流し出し始める。その姿に、騎士は敬意を表して。


「執念だけは素晴らしいと認めよう。いや、尊敬に値するほどにだ。しかし」


 虚空庫から一目で特別と分かる朱色の剣を引き抜き、構える。 深呼吸をし、呼吸と姿勢を整えて。


「理想や根性だけでは、救えぬものもある」


 決して諦めぬ姿勢に敬意と共に撃ち込まれた峰打は、ロロの後頭部を強打。根性の関係する余地もない脳震盪が、意識を吹き飛ばした。


「それだけでこの世の全てが救えるのなら、もう戦いなどなくなっているだろう。この悲しいだけの戦いもな」


 確実に意識を奪ったことを確認したサルビアは、朱色の剣に着いた血を払い、虚空庫へと仕舞う。


「さて。私一人でこやつを運ぶのは少々面倒だな。誰かに『伝令』を送らねば」


 血と泥に沈む男の運び方を考えながら、サルビアは見張りとロロの前に腰をつけ、


「やっと、見つけたぞ」


 目の前に吹き荒れた灼熱の吐息に、吹き飛ばされた。


『イヌマキ』


 小さな木製の犬にして、古より存在する大悪魔……の仮の姿。木の犬の姿はただの依り代で、本体がどこか別のところにあるらしい。


 所有する系統外は『依り代』。何らかの入れ物に命を吹き込み、意識を共有する能力である。入れ物は何でもいいという訳ではなく、本人と縁深いものでなければならない。木の犬の依り代は、彼の妻が彫ったものである。


 依り代状態時は、契約を結んだ存在の近くでのみ、非常に高い戦闘力を発揮する。離れすぎると途端に力を失い、意識が本体に戻ってしまう。


 見た目に違って名前に違わず、人外の域の強さを誇る。魔法の枠を複数所持し、恐るべき精密さで敵をじわりじわりと追い詰め、契約者を守る。


 ロロと彼の妻の思い出の隠れ家を守る為、遥か昔から木の家に憑依して守っていた。森の家が見つからなかったのも、彼のせいである。しかし、シオンが来た時になぜか仮契約を無意識に結ばれてしまい、行動を大幅に制限されていた。呼ばれないと出てこれないし、命令されないと動けなかったのである。守るはずだった家が燃えていくのを、成す術も無く眺めることしかできなかった。


 その正体は元人間。かつて『魔神』によって世界が絶望に覆われた時に反旗を翻し、人の身では勝てないと人を辞めた人間である。


 時代の波に呑まれて消えたが、『慈愛の悪魔の黙示録』という、彼のことを記した物語が存在していた。

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