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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第41話 善と独裁

「す、すげえ!日本人がいる!」


「忌み子がたくさん!」


(わお!僕らが最後じゃなかった!)


 洞窟を抜けた先で、仁達を出迎えたのは、固く閉ざされた金属製の扉。そして、それを守るように武装した日本人だった。物騒な歓迎と感じる前に、三人は生きている黒髪黒眼を見た感動に包まれる。


「たくさん?たったこれだけでか?」


「うん!仁とえーと、あなた達しか見たことないから!」


「そうか」


 嬉しそうに尻尾を振るシオンに、堅は少し困った顔だ。彼女の経歴を知らない日本人からすれば確かに、異常と感じるのも頷ける。


「とりあえず、俺が話をつけるからついて来てくれ。後、変なことはしないで貰えると助かる」


「私達の対応、もう一回されたくないでしょ?」


「シオン、よっぽどの事がない限り魔法なしで頼む」


「う、うん。緊張する……」


 ここで迂闊なことをすれば、また銃弾が飛んできて誤解を解かねばならない。ガチガチのシオンはそこまで頭が回っていないようで、持ち前の天然を発揮しないか、仁は不安でたまらなかった。


「堅さん、おつかれさまです。そちらのお二人は?」


「生存者だ。警戒中に保護したから連れてきた。中に入れて欲しいとのことだ」


「あの外でっ!?奴らのスパイの可能性は?」


「歴史の武将の名前を何人か口にしていた。それに、監視として俺らがつく」


 堅は事情を話し、街へと通してくれと頼む。しかし、その事情は到底信じ難いものだったようで、門の前に立つ若い男からは疑いの視線を向けられている。


「障壁だけでも貼らないと、危ないかも。敵意に満ち溢れてる」


「疑い深くて悪いけど、お願いだから我慢してね?何もなかったら通れるんだからさ」


 この門を守っている十人全員が、何かあればすぐ対処できるよう武器に手をかけていることに仁だって気づいていた。咄嗟に事態に備えようとするシオンを、環菜がごめんねと言いつつ牽制する。


「そういうことだシオン。遅いかもしれないけど、相手が攻撃するまで待ってくれ」


(専守防衛で頼むよ!)


 シオンの気持ちも分かるが、仁は何もしなければ何事も起きないという言葉に従う。その行動の根底にあるのは、十人が一斉に銃を撃ったとして、シオンはともかく自分は生き残れるかという自己保身だった。


(前の日本と一緒にしたら、命を落とすかもしれない)


(だよね。普通の日本人ならまず銃なんて持ってないし、見ず知らずの人に向けたりしないよ……あ、なんとかなったみたいだ)


「通っても大丈夫だ。ただし、くれぐれも変なことをするな。撃たれても文句は言えん」


「何度も言うほど、ピリピリしてるってこと?」


 話をつけた堅の手招きに導かれ、仁とシオンは開かれた鉄の門をくぐり抜ける。しかし、目の前に広がるのは街並みではなく、門と同じ高さの壁に囲まれた一本道。門を強引に開けられても、この狭い通路で仕留めるという設計だろうか。


「中に入れる条件に、裏切り者だと発覚した、または何らかの敵対行動をとった時点で、監視役の俺らが射殺する項目を出された」


「分かったわ。気をつける」


「わざわざ監視対象に言うことなんですか?」


 友好関係を築けそうだと思っていたシオンは、監視や射殺などの冷たい単語と言葉に落ち込んでいる。それを横目に仁は彼に、なぜ話したのかと尋ねた。監視だとはっきり言ってしまえば、相手はもっと尻尾を隠そうとするだろうにと。


「知らないのはフェアじゃない。それだけだ。早めに話をつけないと面倒が増える。今すぐ軍の司令部の柊司令に会ってくれ」


「えっ。なんで?」


「理由はいくつかあるが、まず魔法が使えるやつを報告しないといけない。すまないが、これは譲れないことで、もし断るならここから出て行ってもらう」


「そんな……」


「それだけ、重要なことだからね。二人がこの街で魔法を使って、それを人に見られたらとたら、軍はあなた達を敵と認識するかもしれないでしょ?」


 敵方にしか使えない魔法を使える仁達のことを、ほったらかしにはできないのだろう。あらかじめ話をつけておけば、環菜の言った事態は避けることが出来るかもしれない。


「分かりました。いいよな。シオン?」


「うん、大丈夫」


「分かってもらえて嬉しい。それと中に入る時はこれを」


「布?」


 ようやく街に入る直前、堅から手渡されたのは白い無地の布切れ。受け取ったはいいが、何に使うのかは分からない。


「その場凌ぎだが顔を隠してくれ。見る人が怯えるし、誤解を招く。一応未使用の配給されたばかりの布だ。義足は……まぁ、まだいいか。魔法だとはバレないように、引きずるように歩いて欲しい」


「感謝します」


 そういえばと自分の容姿を思い出し、仁は僅かに落ち込みながら布を顔下半分に巻いた。少し息がし辛いが、これで布の範囲の傷跡だけは隠せる。


「引きずるように……?」


 シオンはまるで自分の脚と変わらぬよう、魔法で滑らかに義足を動かしていた。確かに日本人から見て、木の義足であの動きはおかしい。


「こ、こう?」


「つけたことないし、シオンちゃん以外に見たことないから分かんないけど、それっぽいから多分オッケー!」


 ずりずりと脚を地面に引きずって歩く演技に、環菜が太鼓判を押す。戦闘能力に関してはずば抜けているシオンだ。これくらいの動きもなぜか様になっている。


「オッケーてのは大丈夫っていう意味だ」


「セーフとはまた違うの?」


「ちょっと使い方が違うけど、それはおいおい」


「あり?オッケー知らないって」


「環菜、その辺はいい。俺が事情を聞いている」


「……ん。じゃ、司令に話すときに私もまとめて聞くね」


 シオンが日本のカタカナに弱いところを、環菜は見逃さなかった。間一髪、銃に触れようとした彼女を制した堅に、仁は本当のことを話しておいて良かったと胸をなで下ろす。


「……こんな風にボロを出さないでくれ」


 こういう事態を避ける為に、司令とやらに会わせると分かるいい例だった。


「疑ってごめんなさい……あとあいつ、不器用で言葉足らずでね。あいつなりの優しさと気遣いと謝罪だから、嫌わないでやって」


「分かってはいます」


「うるさいだまれ」


「あら、照れて」


「お前も射殺してやろうか」


「もう一つ。こいつ、すっごい真面目で冗談通じないから注意してね」


 環菜は先導する堅に聞こえないよう、仁の耳元でひそひそとフォローを入れる。しかし、堅の耳には全て聞こえていたようで、振り返らずに飛んでくる刺々しい言葉と、真っ赤な耳たぶが彼の内心を表していた。


「お前らが不真面目すぎるだけだ。無駄話はやめて警戒しとけ。市街地に出る」


「さっき妙なことしたら射殺って言ったけど、もしも命が危なくなったら遠慮なく使って。ここからは気を抜いちゃダメだから」


「何を言っ……ここが、日本?」


 見えた街並みは、希望と活気に満ち溢れたものなんかじゃなくて、足元には瓦礫やゴミが溢れていて、生き倒れたような人が転がっていた。


「そうだよ。あの日以来、全部変わった」


「あの日?」


「シオンの世界とこちらの世界が混ざり合った日だ。俺らじゃ異世界人にも魔物にも、勝てなかった」


「あっ……」


 今ようやくシオンが気づき落ち込んだ、世界融合の合併症。シオン達の世界に比べて遥かに貧弱な仁達は、あの日以来着実に滅びの道を辿っていた。


 かつての日本ならば廃墟にしか見えない家が並び、中からは痩せこけた人達が死んだような目でこちらを見つめている。


「ろくな食料なんて手に入るわけもない。通貨も意味をなくし、何もかも完全な配給制だ。新しく家を建てるための道具も技術も材料も足りてない」


「だからみんなお腹空いてて、寒くて布が欲しくて、ついには犯罪に手を染めようとするわけ」


「なんで、二人はそんないい服を?」


 人々が着ている衣服は、ボロ切れと疑うほど擦り切れているものばかり。まともな服を身に纏っている堅や環菜とは、同じところに住む人間と思えないほどの差だった。


「『軍』に入れば貰えるよ。優先的に服も食料も住むところも、そして医療までも配給される。だから飢えて死ぬよりは、いっそ軍に入ろうって人が多いの」


「……それが釣り針ですか」


 こんな閉鎖的な街で、食料や衣服を手に入れるのは難しい。仮にそれら全てを配給制にしても、足りないと感じる人間は出てくる。


「いやらしいって思うかもしんないけどさ。軍に入ったら大抵みんなすぐ死ぬから。配給する食料のための狩りとかでね」


「そして犠牲を出して採った食料で、空いた穴を埋めているってことですか」


 もっと何かを欲しがった人間を、食料や衣服という餌で釣り上げて軍に入隊させて人員を補充している、ということだろう。


「それと故意に犯罪を起こすと、罪の重さに関係なく基本極刑になる。ここに住む以上よく覚えておけ」


「はっ!?それはさすがにあんまりじゃ!?」


「も、物を盗んだら、殺されるの?貴族からじゃなくても?」


「罪人にまで食わす飯がないの。酷いかもしれないけど、罪人か罪のない人どちらかを選ぶならって話ね」


 飢えて死にそうになり、犯罪を起こせば死刑。何も行動しなければ餓死。ならば残された選択肢は、軍に入る他ないということになる。もしも、その配給の量を飢えるか飢えないかギリギリのラインで調整しているなら、


「……軍に力が集まりすぎてないですか、それ」


 食料の調達も配給も医療も、裁判どころか刑の執行さえも軍が執り行っているならば、軍の力が強すぎる。仮に刃向かったとしても、権力を持つ武装した軍隊に、何の武器も持たない痩せた人間が勝てるわけもない。


 これでは完璧な、独裁ではないか。


「そうしないといけなかった、ってこと。あの日からしばらくの間、法律も警察も何もかも崩れ去って、無意味になった」


「あまり言いたくはないが、軍がなかった頃は酷いものだった。強盗、強姦、殺人、生きる為に、もしくは恐怖から逃れる為に、多くの人間が犯罪に走った。だから、誰かが権力を握らなければならなかった」


 独裁であることを、二人は否定しなかった。その上で独裁に近い、圧倒的な権力が必要だと言い切った。


「生きる為に、起こす必要のある犯罪も含まれていたことも分かる。それを踏まえてなお、最低な街だった」


「何の決まりもないまま無秩序な力だけが支配してたら、私ら滅んじゃうからね」


 食料の供給が望めなければ、競争が起きるのは必然。天災が起きた時に空き巣が増えるのも必然。法も警察も機能しなくなったなら、犯罪に手を染める者が続出するのもまた、必然だった。


 生き残りたければ、奪え。世界はそうなった。いや、もしかしたらずっと前から、そうだったのかもしれない。


「だから私達は秩序ある力で支配しようと、武力で無秩序な力をねじ伏せた。独裁だし傲慢に見えるかもしれないけど、強大な力で抑えつけて、みんなを一つの方向に向かせなきゃいけなかった」


 リーダーシップも言い換えれば権力。自分だけが生き残ればいいという発想では、いずれ自らを含めた全てが滅ぶと予想できた者達が、立ち上がったのだろう。


「独裁ってのは聞こえが悪いし、私たちがやったことはかなり酷いことだとは思う。でも、軍が支配して配給制にしたから、最低限の食と衣服は保証されるようになったし、軍が守ってるから魔物達は街に入ってこれない」


「街の中で人に襲われることは、軍が軽犯罪さえ極刑にすることで縛り上げて抑えつけている。最悪な事態だけは、己の利益だけを求める者が溢れて自ら滅びる道だけは、なんとか回避した」


 このスラムのような光景さえ前よりはマシだと、軍の二人は周囲の廃墟と痩せた人々を見て、苦しそうに言った。


「本当はもっと食料とか家を建てるための材木だとか、こういうところにも回したいんだけどさ。魔物と異世界人の襲撃があるから、どうしても軍の施設や設備に優先的に回しちゃうのね」


 納得のいかない部分もあるのだろう。最善は全ての人々がお腹いっぱいにご飯を食べれて、全員が雨風の中を凌げる暖かい家に住んで、みんながオシャレを楽しんだりできる、そんな世界なのだろう。しかし、過酷なこの世界での現実的な最善は、ここなのだ。


「ほんの僅かに水車などで生産される電力も、全て武器の工場に使われている。元は家だったり携帯だったりした金属も溶かして弾丸や武器、軍の施設に変わっていく」


 権力を保つ為には力が必要だ。この街を守る為にも、力が必要だ。弾が無くなれば銃は撃てず、銃が無ければ弾は出ない。身体強化なしで魔物に対抗するのに銃が必須であることくらい、仁にだって分かる。


「この世は力だ。銃を持っている相手に素手で挑める輩がどれだけいる?勝てる輩は何人いる?」


 もし反乱が起こった時、それに対処するための力が必要であることも。それ以前に、反乱を抑制するために力を見せつけることが必要であることも。


「銃をどう作るか分かるやつなんて皆無に等しいから、分解したりして色々と試行錯誤したんだがな」


「最近やっと量産できるようになったのよ。命中悪いわ当たらないわよく暴発するわで最悪だけど、それでも弾が出るだけ魔物を殺せる」


 権力を一箇所に集め、民の力を等しく削いで管理する。それが新しい日本で人類という種を守る、善なる独裁という手段だった。









 歩みが進むにつれて増えてきたのは、金網に囲まれた建って間もない建物群。天を向く煙突からはもくもくと煙が上がり、物々しい金属音が辺りに鳴り響いていて、そのどれもが武装した兵士に守られていた。


「ここが武器とか作ってる工場ね。当然、許可がないのに入ったら速攻で撃たれるから」


「命は軽いんですね」


「軽くて重いんだ。多くの命を守るために、少ない命を見捨てなきゃならない」


 武器を製造する工場がなんらかの妨害を受けたならば、そのことが原因で魔物の街への侵入を許してしまうくらいなら、不法侵入者の命数個で済めば安いということなのだろう。


 命の重さを平等として、数で天秤を決めるならば。


「選ばない、なんて選択肢はもうなかった。ま、こればかりは侵入しようとしたバカが悪いから、なんとも言えないけど」


「ここら辺の建物、工場以外に店があるっぽいんだが……そこは入っても?」


「そりゃいいに決まってるでしょ。客が入ったら射殺させる店なんてあるわけないし。もしかして君も結構真面目君?似た者同士だねぇ」


「(「……」)」


 アハハと笑って仁と堅を交互に見比べる環菜に、シオンはうんうん似てると頷く。反論できない共通点を笑われた三人は、苦虫を噛み潰したような表情に。


「それにしても、この辺りはかなり綺麗ですごい建物ばかり。さっきまでとは大違い」


「軍の本部に近づくほど手が届きやすいし、重要施設が増えるからね。最初通って来て貰ったところはそれなりに酷いところだったから」


 歩くにつれて増えたのは工場だけではなく、少しだけ活気のある料理店や、露天商などもだった。ごみ捨て場だった床は、子供の鬼ごっこの遊び場へと役割を変えていく。


「子供が遊んでるけど、この辺の治安はいいのか?」


「当たり前じゃない。警察の前で犯罪起こすバカはいないからね。軍の前でそんなことしたら、即射殺ものよ」


「警察?」


「騎士みたいなもんさ」


 ゴミは減り、街の人々も心なしか笑っていて、それなりに血色はよくて。かつての日本に比べたら汚いだろう。しかしそれでも、最初に見た陰鬱な光景よりは、全然マシな光景だった。


「あの店、何?食料は配給制なのに、料理屋さん?」


「ああ、五つ子亭か。行きたいならまた紹介する。すまないが、今は急いでくれ。特に軍の人間の注意を集めてる」


 時たま、ちらちらとこちらへ向けられる奇異と好奇の視線。軍の本部に近づいたせいか、そのほとんどは軍人から向けられたものだった。


 配られる食料には限りがあり、通貨もないのに料理屋とは疑問が尽きぬが、事態が事態だけに後回しにして進み続け、


「あー、ここ。結構歩くでしょ?疲れた?」


「わ、割といつものことだから、なんとか」


「余裕だわ!」


(シオンの訓練よりマシだよ)


 環菜の指差す先に見えたのは、再び地に構えて天までそびえ立つ、巨大な鉄門と鉄壁。街の中でさえ隔離する程、日本人が生き残るために重要な施設だということだ。


「奴らには無力だな」


 しかしこの壁、一見簡単に壊せないように見えるが、通じるのは日本人までだ。魔法が使える異世界人ならば、人によっては単騎で乗り越えられる。


「入っていいぞ。条件はさっきと同じだ」


 仁が黙り込んでいた間に、堅がまた話をつけてくれていたのだろう。警戒を緩めぬまま道を開けてくれた門番に会釈し、二人はまた門の下を潜り抜けて中へと入っていった。








 それから二十分ほど、堅が受付らしきところで事情を説明したり、ボディチェックを受けたり、周りの視線に何度も晒され続け、ようやく辿り着いた司令室。


「さて、軽くさわりだけの報告は聞いたがね。これは我らの命運を左右するくらいは理解した」


 椅子に座り、書類に目を通しながら仁とシオンに語りかけるのは、深い皺を眉間に刻んだスキンヘッドの男。ちらりと見えた眼光は鷹のように鋭く、何より禿げた頭にある傷が目を惹きつける。


「ああ。自己紹介がまだだったな。(ひいらぎ) (すえ)だ。これからも末長く、そして良い関係を築けることを祈っている」


「桜義 仁です。自分も、そうなることを望んでいます」


「シオンです。よ、よろしくお願いします!」


(僕です!また今度!)


 深みがあって聞き取りやすいその声からは威厳が滲み出ており、目の前の独裁者の威圧に飲み込まれないよう俺は必死だった。その辺鈍感なシオンと僕は通常運転である。


「仁、でいいのかね?布を取ってもらいたい」


「……いいんですか?その、あまり人が見て嬉しいものではないのですが」


 書類を机の上に置いて、片目を瞑った柊の頼み。さすがに顔を見せずに話は失礼だったかと、仁は布に手をかける。いきなり見せるとかなりショッキングな顔である為、隠している理由を先に話しておくのも忘れない。


「構わない。というより、君の顔のことは聞いているが、その上でだ。君の顔をいざという時の為に覚えねばならん。日常で布を付けている人間にすり替わろうとする輩が、いないとも限らんのでな」


「分かりました」


「覚えた。ありがとう」


 しかし、柊が布の下に求めた意味は仁の想像とは違うもの。しゅるりと外された布の下を見ても、彼はただただ観察するだけで、眉一つ動かすことはなかった。


「互いの顔と名前が分かったところで、話を進めていこう。君達は魔法が使えるのだね?早速見せて欲しい」


「えーと、じゃあまずは……はいっ!」


「熱くはないのかね?」


「私の制御下にあるうちなら、大丈夫です」


 まず初めにとシオンが右掌に炎を生み出し、その炎の色を変えたり、跳ねさせたり縮ませたりを繰り返して、魔法が使えることを証明。


「俺は、これで」


「冷たさは大丈夫だとは聞いたが、溶けたりすることは?」


「魔法の氷は溶けるのが異常に遅く、また普通の氷に比べて遥かに頑丈です」


 仁が使ったのは、氷の刻印によって作られた盾。手の甲から直接発生したそれは、明らかに物理の現象に背くもの。


「便利、だな。どうやら君達は本物のようだ」


「本物?」


「異世界人に襲われ、魔法の存在が明らかになった後だ。何人かの馬鹿が忙しい私の為に、わざわざ手品を披露しに来てね。次に私が見たいのは脱出ショーだと銃を向けたら、お代もいらないと逃げ帰ったよ」


「そう、ですか」


 二人の使った物理の法則では考えられない魔法に、柊は深く頷いた。仁は偽物とも本物とも呼べない存在ではあるが、どうやら認めてもらえたようだ。


「さて、本題だ。軍は君達を最高の待遇で雇いたい」


「っ……やっぱり、ですか。そのために俺らをここに連れてきたんですね」


「えっと、仁?どういうこと?」


 今までより一層目を細めた柊の口から出てきたのは、勧誘の交渉。その内容は俺の人格が、司令に会わせると言われた時から可能性の一つとして考えていたものだった。


「流石に予想はついていたようだ。バリア?障壁と言うのかね?あれを破れる君達の力が欲しい」


「それは、俺らに最前線で人を殺せと?」


 軍の人間に魔法を見せてしまったのは、大きな間違いだったのだろう。まさかいきなり撃たれるとは思ってもおらず、蜘蛛に氷の剣を撃ち込んだ時も非常時だった。


「そうなる。どうやら君達は人を殺すことに抵抗があるようだが、そんな覚悟でよくこの世界の外を生き抜いてこれたと思う」


 証明しようと知識を披露したことも、今となっては間違いに思える。魔法で障壁が貫けることを言わなければ、仁の覚悟を笑う柊も、必死になって雇おうとはしなかっただろう。


「障壁を破れなければ、私達は奴らに滅ぼされる。現にたった6人の異世界人に、300人以上の日本人が殺された」


「そ、そんなに、なの?」


「こちらがどれだけ銃を撃とうが何をしようが、奴らには欠片も効きやしない。そして、奴らの魔法は容易く私達を殺す」


 当たり前だ。物理障壁を張った異世界人に、日本人は絶対に敵わない。たった六人でも長い時間をかけさえすれば、日本人を絶滅させることもできる。


「しかし、君達は違うのだろう?依頼内容は奴らの殺害、及び入隊。報酬はここにいる限り、我らが叶えられる全てを」


「……殺さずに済ましたいのだけど、ダメかしら?」


 立ち上がって依頼を申し込んだ柊に、シオンは修正を求めた。彼女の性格を映し出すような修正だが、それはきっとこの世界では甘すぎる。


「以降二度と、私達に害をなさないことを約束できるなら、構わない」


「分かりました。実力を見せ付けて脅せば」


「ダメだ。それは修正を受け入れる範囲に入っていない。約束するのは奴らではなく、君達だ」


「な、なんで!これから手を出さないって約束させれば!」


「破られる可能性のある約束は、できる限り飲みたくない。分かるかね?約束なんて破られれば、何の意味も持たない。手足を切り落とすなどで済ますなら、いい」


 相手が約束を破らない保証はどこにあるのかという鋭い眼光の問いに、仁もシオンも答えられなかった。


「殺した方がいい。手を出されるより先に、手を出さなければならない。殺されるより先に、こちらが殺さなければならない。なぜか?守る為だ」


「……」


 仁としては、否定したかった。しかし、否定できなかった。自分が、かつて選んだ道だから。かつて仲間を見捨て、香花を殺して生き残った彼が、同じ思想を掲げる軍をなぜ否定などできようか。


「さすがに、それは、苛烈すぎると思います」


 だから、否定できたシオンが仁には眩しすぎた。彼女だって、生きる為に人を殺した過去があるというのに、それでも否定できた彼女が綺麗すぎて、妬ましかった。間違いを犯したからといって、同じ間違いを否定することになんら障害はないというのに、仁はできなかった。


「……シオン、分かるけど現実も見ないと」


「その通りだ。私達は本当に、なりふり構っていられる場合ではないのだよ」


 そして妬んだ自分が、とてもとても嫌いだった。俺はそんな自分をこの世界は過酷だから、俺は弱いからと正当化しようとしていた。人間は自己を正当化したがるものだ。誰もが、自分こそ正しいと信じたいのだから。


(俺君。昔の君が望んだ最善とか、忘れないようにね?)


(黙っててくれ)


 それが例え矛盾を抱えた正当化でも。仁はこの正当化が歪なもので矛盾と分かっていて、話を打ち切って考えるのをやめた。


「平和で秩序の保たれた世界ならば、自衛隊のように専守防衛を掲げることもできただろう。手を出さない限り、決してこちらから仕掛けないのなら、かつての世界なら脅威と見なされないだろう」


 自衛隊という単語を出した時の柊の目は、鋭いものではなくなっていた。まるで本当に羨ましいものを見るような、心の底から尊敬する在り方をそこに見ているような。


「今の世界はそんな生温いものではない。魔物はともかく、異世界人さえも我らを親の仇とばかりに殺しにくる。日本人同士でさえ少ない資源を取り合い、争っていた」


 かつての日本が戦争に巻き込まれなかったのは、有用性があったからということと、軍を持たなかったから。そして何より、世界そのものが今より遥かに調和が取れていたからだ。


「故に我らは名前を変えた。殺される前に殺し、権力を得て民を押さえつけ、支配し、管理する」


 民を守り、民を助けるための組織から、民を抑えつけ、殺し、裁き、支配するための軍隊へ。


「それは自衛隊ではない。彼らの名は守る為の優しい名前。我らの名は生き残る為の、恐怖される名前だ」


 二つの間にある決定的な違いという名の壁。何せ軍は守るべき民にさえ、より多くを守る為に銃を向けるのだから。


「人類の為を免罪符にし、何でもしてきたような組織だ。入るのに抵抗があることも理解している。人を殺すことが一般的に見て、正常な価値観から見て禁忌であることも知っている」


 椅子から立ち上がり、二つの差を説明する柊と聞く堅と環菜の表情は、とても悲しそうに見えた。きっと彼らも、この歪な平和が多くの犠牲の上に成り立っていることを知っている。自分達が築いた幾千もの骸の山の上で、生きていることを分かっている。


 例え免罪符があろうと、人を殺して平静でいられる人間がいるわけがない。


「しかしそれでも、守りたいという思いだけは、本当だ」


 分かっていてなお、この独裁を続ける理由。この理由という名の軸がある限り、彼らはこれから先も人々を支配し、殺し続けるだろう。


 来るかもわからない救いの日か、今すぐ来るかもしれない滅びの日が訪れるまで、守り続ける為に。


「だから、頼む。力を貸して欲しい」


 肌色の頭を地面に擦り付けた柊の懇願に、仁とシオンは言葉が出なかった。



 『天音 環菜』


 軍所属。明るく元気で、人をからかうのが好きな女性。年齢は二十五歳だが、遅生まれなので堅と同い年。


 男性顔負けの力と体力、そして女性が憧れるナイスバディの持ち主。容姿はクラスで四番目のような感じで、黒髪のふわっとしたロングが特徴。男兄弟がいたせいか、男女問わず仲良くできる。しかし、可愛いものや恋バナは大好きで目がない。重ねてしかし、自身の恋愛に関しては奥手。奥手過ぎて暴走することもしばしば。


 人の精神のドアをノックもせずにぶち破るやつだとよく勘違いされるが、実はものすごく気遣い屋であり、本気で嫌がっている人間には決して踏み込まない。同様に場の空気を読むことに非常に長けており、話の流れを誘導することも。また、いざという時に冷酷になれる強さの持ち主でもある。


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