間章3 合流と出立
「ふぅ……」
アンサム村のすぐ近く、カランコエ騎士団の面々は焼けた森を歩く。彼らの顔には疲労の色が宿っており、道中かなり苦労したことが伺える。
「忌み子の野郎め。森を燃やしやがって……再生にどれだけかかると思ってるんだ」
仁とシオンが森を燃やしたせいで、動物や魔物がほぼ死滅。食糧が底をつきかけ、まともな食事が取れなかったことが原因だ。仇敵に一矢報いていたことを、黒髪の彼は知らない。
「……にしても、相変わらずすごいなぁ。あの二人」
しかし、疲労困憊の騎士の中でもとびきり元気なのが団長と副団長だ。いつもと何一つ変わらぬ態度のまま、足を動かしている姿はどこか空恐ろしいものがある。
「来たか」
「え、敵襲ですか?」
化け物の片割れがいきなり嬉しそうに笑いだしたのを見て、周囲の騎士団員達が不安げに身構える。さすがにこの完全武装の軍勢に襲撃をかけるのはあまりにも自殺。しかし、買った恨みが多すぎて無いとは言い切れないのが、騎士団という職の悲しいところだ。
それに、もしも報告にあった忌み子が復讐に来たのなら、多少の犠牲は覚悟しなければならない。
「いや」
だが、サルビアはそうではないと首を横に振り、
「しいいいいいいいいいいい!」
「お迎えだ」
「それもお馬鹿さんのですよぉ」
振り返りながら剣を虚空庫から引き抜き、背後の木の上から降りてきた襲撃者を弾き返した。
「くぅ!ダメか。あ、サルビア様。お久しぶりです」
弾かれた勢いと風魔法を使い、襲撃者は後ろへと飛び退く。カランコエ騎士団と似た鎧をつけたその男は灰の髪をかき上げ、思い出しかのように礼の姿勢を取った。
「久しいな。まぁ、腕を上げたか」
「いやいや、あれを察知するとはさっすがカランコエの旦那様だ。また稽古をつけてください」
「会議が終わってからだ。報告することが山ほどある」
「了解。イザベラ様もお久しぶりです」
「お久しぶりですぅ。普通なら打ち首ですよぉ?」
サルビアが剣をしまったのを見て、ジルハードも残念そうに虚空庫へと剣を収める。隣でニコニコと嬉しそうに笑っているイザベラにも同じように頭を下げて、遅い挨拶を。
「相変わらずぅ、目上の者への態度がダメですねぇ。私達は別にいいですけどぉ、使用人にして一騎士で貴族に向かってそんな口きいて、斬りかかるのが挨拶とかあなただけですよぉ?あ、そういえばあなたも貴族の仲間入りしてましたねぇ……これはとんだ無礼を」
「いや、俺にはああいう堅苦しい身分なんていらないんで。それに、うちだとわりとこんなもんです。みんなティアモをいじって楽しんでる。あと、いくら平民出の俺でも、相手に許されない限りこんな口聞きませんよ」
サルビアとイザベラは、不敬とも取れる態度を笑って受け流す。ちなみにこのやり取り、初めて見る騎士にとっては、度肝を抜かれるほど異常なことである。そしてもう一つちなみに、このやり取りを見たことがある者からすれば、「ああまたか」といったものだった。
「すまない道を開けてくれ!ジルハードの馬鹿はどこだ!くっそ!見張ってたのに逃げおって……事が事になる前にお教えするか止めねば……!どこだああああああああああああああ!」
血走った目で剣を振りかざして走り回る、大貴族のご令嬢の騎士団長の姿に、騎士達はもう一度度肝を抜かれる事になった。そして言うまでもなく、これも見慣れた者からすれば呆れる光景である。
「全く手のかかる坊やですねぇ。ほら、保護者さん来てますよぉ」
「やっべ。ティアモ本気でキレてる?サルビア様イザベラ様。出来たら時間稼いでくれませんかね?そのうちにささっと逃げますんで」
「怒られるのも子の仕事だ。諦めろ」
「うへぇ。最近あいつ、ますます説教が長くなってきてるんだよなぁ」
「愛されてますねぇ」
追いかけてきたティアモの声が森の中に反響し、その大きさと口汚なさがどれだけ怒っているかを伝えてくる。
「はぁ、愛ってもうちょい綺麗なもんだって、すっごい昔に憧れてましたよ」
なんとかして逃げようと二人へ頼み込んだが、呆気なく断られてしまい、ジルハードは大きくため息。知らぬが故に抱いていた幻想。しかし、現実はかくも無情である。
「ッ!?ここにいらっしゃいましたか!すいません、うちの戦闘馬鹿がおそらくあなたたちに襲撃をかけようと……ああああああああああ!遅かった……」
「やっぱりぃ、手のかかる子供を持つと苦労しますわねぇ。胃に効く薬草がありますけどぉ、いりますぅ?」
「遅かったなティアモ団長。もう挨拶は済ませたぜ」
そんなところをティアモに見られれば、状況は一発で理解される。膝から崩れ落ちたティアモに近寄って薬草を差し出すイザベラと、「じゃ!」といった感じで肩に手を置き去ろうとするジルハード。しかし、いくら自然体であっても逃げられるわけもなく。
「げっ」
再起動を果たしたティアモは、逃亡者の首を身体強化した腕で掴み、
「あ、こら待て貴様!逃げようとするな!あああああああ!カランコエ殿、申し訳ございません!」
「構わんよ。誰かと違って傷をつけられたわけではないからな」
「うっ。その節は、本当に申し訳ございません……」
ぐえっと嫌な声を上げたジルハードの頭を無理矢理下げさせて、ティアモは一緒に謝罪。過去の傷をいじくられたが、この場は見逃してもらえるようだ。
「冗談だ。それに良い。私だってこういう風に、気軽に接して欲しいこともある。だから貴殿にも、そういう風に接してもらってよいのだが?」
「私もぉ、馬鹿息子みたいで存外悪くないのですよぉ。立場が分からない悪い馬鹿とはまた違いますからねぇ」
どうやらジルハードは二人にとって息子みたいに思われ、可愛がられているらしい。良いことと言えば良いことだが、ティアモの胃には悪いのなんのである。
「い、いえ。私はその」
「相変わらず硬いな。一応言っておくが、私は君の事を嫌ってはいない。幼子に傷をつけられたことは気にしてはいるが」
「うぅ」
大の大人が子供相手に傷をつけられることは、ティアモがズルをして不意打ちだったとしても、プライドにも傷がつくことなのだろう。そのことが分かっているが故に、ティアモはサルビアへの接し方が分からず、苦手意識を持ってしまった。
「やっぱりサルビア様も、うちの団長からかうの面白がってますね」
「可愛らしいですもんねぇ。分かりますよぉ」
「悪くない、とだけ言っておこう」
「イザベラ様にサルビア様まで!?」
そこら辺を知っていて弄ぶ年上三人に、ティアモはプルプルと震える。ジルハードはともかく、イザベラとサルビアに怒るわけにもいかず、後で灰色の髪の馬鹿だけへの復讐を誓うばかりだ。
「さてぇ、楽しい時間はこの辺でお開きなのですよぉ。早く落ち着いて話せるところへ向かいましょうかぁ。他の皆さんお疲れですしぃ」
「かなり重要な情報があるのでな。私にとっては恥ずかしいものだが」
一通りティアモを弄り倒した後、イザベラがパンと手を叩いて明るい流れを断ち切った。一同はその提案に頷き、サルビアは全体に進むように指示を出し、彼らはアンサムの村へと向かい始める。
「情報ならこちらもです。かなり厄介な忌み子が出現しました」
「おそらく関係のあるものだろう。まぁまた、落ち着いて話せる場所で、だ」
時は一時間ほど進み、アンサム村に魔法で作られた簡易的な会議室にて。
「ではではぁ。場所も改まりましたのでぇ、会議を始めますよぉ。議題は情報交換とぉ、これからどうするかぁ、ですぅ」
普段通りのんびりとしたイザベラの声を皮切りに、二つの大騎士団の戦果の報告と、今後の動向を決める会議が始められた。
「まずは東西並行殲滅作戦の戦果からですか?グラジオラスは六つの忌み子の集落、または都市を直接殲滅しました。実際は、これ以上の忌み子の都市へ侵入しましたが」
「すでに魔物によって壊滅していた、だな。カランコエも五つと似たようなものだ」
彼らが直接手を下した忌み子の数や都市の数は、全体数から見れば微々たるもの。何せ行った先々で既に骸の山が築かれているのだから、殺しようがない。
「しかしそれはぁ、こちら側も同じですよぉ。壊滅して守れなかった村がいくつあったことかぁ……!悔しいですぅ」
「豚や小鬼どもが餌を食べ過ぎて増え過ぎた結果、食糧を食べ尽くし、飢えた魔物達が暴れ回ってるということであっているかな?」
「奴らにこれ以上餌を与えないためにも、忌み子を間引くのは必要です」
ティアモの世界の人間は、そうそう魔物なんかに食われやしない。徒党を組まれれば被害が出るが、それでも村丸ごと呑まれるケースは稀である。
「もう少し、魔物相手には粘ってくれれば良かったのだがな」
しかし今回、日本人が喰われ過ぎた。結果、増え過ぎた魔物達が餌を求め徒党を組み、時には大軍となって日本、異世界問わず、村や町を襲い始めたのだ。
「非常時に発令された予想外な作戦だったけれども、結果もこうまで予想外だとは思わなかったすよ。というより、忌み子の世界と融合するなんて誰が予想できたんすかね」
「ですわねぇ。それにその忌み子が雑魚でぇ?これに関してだけはぁ、不幸の中の嬉しい誤算といえばそうなんですけどぉ……おかしいですわぁ」
四人まるで世界が変わることを知っており、融合した後の準備を進めていたかのように語る。だが、どの世界と混ざり合うかまでは分からなかったようで、忌み子だらけの世界が融合先だったのは驚天動地の出来事だったらしい。
「やはりこれは仮設通り、忌み子の世界には魔物がおらず、身の脅威自体がほぼ存在しなかった……ということでしょうか?」
「身の脅威、つまり争いが無いなんて信じられないのですよぉ」
彼らは最初、日本人があまりにも呆気なく魔物達に殺されていることが、全く理解できなかった。魔物がいない世界なんて、考えた事もなかったのだ。それほどまでに魔物とは当たり前の存在であったし、例え魔物達を抜きにしても、人同士の争いは起こるはずだと思っていた。
そして、それらの脅威に備えて自衛の手段がある。または多数の戦闘組織が構成されており、組織が守っているとも、日本人を知らぬ彼らは決めつけていた。
かと思えば、まさか争いのない世界だったとは。
「忌み子達は魔法も使えず、ろくな自衛の手段も持たず。戦闘組織らしいものもあるにはあるが、魔法がないから俺らの相手じゃない。馬鹿げてますが、魔法が存在せず、物理に特化した進化を遂げたんでしょうねえ」
魔法のない世界での生活も、ティアモ達から見れば考えられないものだった。全ての生活基盤に魔法が組み込まれた騎士の世界。全ての生活基盤に電気やガソリンやガスが組み込まれた日本人の世界。互いに理解できないのは当然のことだろう。
「『黒髪戦争』の時みたいに強いよりは、弱いに越したことはないですよぉ。弱すぎて可哀想になるくらいですけどねぇ」
「私も含めてだが、油断は絶対するな。私達の技術では到底作れないような建造物、衣服、謎の物体、そして例の銃器や武器を見ただろう」
「ええ。特に銃器に関しては要注意かと。障壁を張っていれば害はないとは言え、もし魔力切れや不意打ちなどで展開していなかったら脅威です」
障壁が無ければこの戦いはさらに厳しいものになったに違いないと、彼らは日本人を評価する。
「今までの私達の優位は、敵が見たこともないであろう魔物によって混乱の中にあったこと、魔法、身体能力、戦闘経験、そして何より障壁の上にあるものです」
平和な日本人の世界と、戦乱と魔物に溢れた騎士の世界。混ざり合った時、相手に強く影響を及ぼしたのは間違いなく戦乱の世界の方だ。
「だがしかし、奴らは銃器を用いて魔物に対応してきている。魔法はないにしろ、何らかの手段で生活基盤も立て直し始めた」
九割以上の日本の都市は、最初の一ヶ月で壊滅した。しかし一割にも満たない都市は滅びることなく、この世界に順応し始めていた。最も順応し始めたその都市が、ティアモ達が直接手を下した都市なのだが。
「そこで更に悪い知らせだ。魔力のない奴らはついに、魔法を使い始めた」
そして今ここでもたらされたサルビアの知らせは、彼らが持つ障壁の優位が大きく崩れ去ることを意味していた。
「もしや刻印魔法を刻んだ忌み子、ですか?」
「やはり知っていたか。この森を焦土に変えた二人の忌み子の話だ」
「私達の情報もそれなんです。刻印を刻んだ忌み子が一人。そして、もう一人の忌み子が恐ろしい強さだったと、被害に遭った村人から聞いております。『黒髪戦争』の生き残りも疑いましたが、それにしては十四歳くらいと若すぎて……」
ティアモは村人達が忌み子を隠蔽し、手を組み、庇おうとしていたことには一切触れなかった。そのことに気づいているジルハードは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「もう既に会いましたぁ。弱い方の忌み子をいつも通り尋問しようとしたのですけどぉ、もう一人に邪魔されましてぇ……あ、強さの理由にはとっっっても納得すると思いますよぉ?」
「強さの理由?どういうことですか?」
腹の底から這い出てきたような、含みを孕んだ怨嗟の声にティアモは思わず聞き返すが、イザベラはそれに答えず、目線でサルビアへと続きをパス。
「その女の忌み子は我が娘だ。どうやら少し教育し過ぎたらしい。中々に強くなってしまってな」
「おいおい、確か死んだんじゃ……ティアモの幽霊の冗談が笑えなくなってきた」
「ま、待ってください。カランコエ殿は娘を逃したのですか?」
好奇の視線を受けるサルビアが話した事実に、ティアモとジルハードはただただ驚き、思った疑問をそのまま口にするばかりだ。二人に同時に詰め寄られたサルビアは掌を上げて待ったをかけ、
「まずはジルハードから答えようか。君らも知っての通り八年前、私が胸に穴を空けて崖から放り捨てたのだが、しぶとく生きていたようだ。死体を確認しなかった私の失態だ。存分に責めてくれ」
順を追って話し出す。しかしその内容は、ティアモ達にとって大変納得のできないものであった。
「……そこはまだ、しょうがない部分があるとしましょう。しかしカランコエ殿、二度目はおかしい。あなたはまた、死体の確認をしなかったのですか?」
「おいティアモ、よせ」
礼儀正しい言葉は変えず、しかし普段からは考えられないような険しい声音でサルビアを問い詰める。
ラガム達は忌み子を庇い、逃がした。そのことは大きな罪ではあるが、彼らはそうするしか生きる道が、恩に報いる道が無かった。それに、今更村人達を拷問にかけて処刑したところで何の実りもなく、忌み子が捕まるわけでもない。
これだけの理由に、ティアモの信念である守るべき民が加わったから、ラガム達は見逃されたのだ。
だがサルビアは違う。違いすぎる。
「あなたは民を護る者で、この国の柱だ。その柱が虫に食われているのは、いや、折れていることは許されない。偽りなく答えてください」
国の武に関するトップが忌み子を救った。こんな話が流れれば、どんな混乱を招くか分かったものではない。今いる大騎士団の団長という立場の責任を果たせと、ティアモは真っ直ぐにサルビアの目を見続ける。
「今の状況は非常に危うい。民達に融合の件は伝えられていたとはいえ、融合の影響によって地図から消えた、いえ。我々が消した村がいくつもある。不満がある民が続出している中で、あなたの噂が流れれば」
「噂はどう足掻いても流れるだろう。実際私の力が及ばずに逃がしたのは事実だ。それに回りくどい……いや、真面目なだけか。系統外を使えば良いだろうに」
「……あれは人の心を踏みにじります。ですが、よろしいのですね?」
使用を促したサルビアに確認を取り、ティアモは己の系統外を少しだけ解放する。余りにも強力で呪いに近く、故に非常時以外は封印してある系統外だ。
「さて、突然だが私の名前の由来を知っているか?由来というより、意味だな」
「俺はその手の知識に疎いんですが」
「主な意味合いは複数ありますけどぉ、団長が言いたいのは『家族愛』ですかぁ?」
サルビア以外の人間は、急な話題の切り替わりと知らぬ事に首を傾げる。しかし、それはこれからの事に関係のあるものだった。
「博識だな。私の父親は、家族の愛を受けたことがなかったらしい。故に家族に愛され、家族を愛して欲しいという願いを込めてつけられたのが、我が名だ」
「……」
ようやくサルビアが名前を語りだした理由が分かったジルハードは、自らの予想に寒気を感じた。そしてティアモが、彼女自身の身体をぎゅぅと抱き締めていることの意味もまた、分かった。
「私は……まぁ、愛されて育った。それから時が経ち、戦場に立ち、忌み子を殺し、友を失い、結婚し、家族になり、子供ができた。我が名にかけて必ず愛そうと決めた、とても楽しみな我が子だった」
誰もサルビアの話に割り込むことなどできず、ただただ悲しい物語を、忌み子をこの世で最も多く斬り捨てた男の話を聞くことしかできなかった。
「産まれた時、赤ん坊の髪の色に眼を疑った。そうしてしばらくして合った眼の色に、正気を疑った。忌み子を殺しすぎて幻想に囚われたのかとね。だが、違う」
どんな気持ちだったのだろうか。待ち望んでこの世に産まれてくれた愛すべき我が子が、この世で最も憎んできた存在だった時のサルビアは。そして腹を痛めて産んだ我が子が、忌み子だった時の母は。
「紛れもない現実だった。想像できるか?あの時の私の気持ちを。彼女の気持ちを」
落胆など軽い言葉では済まされない、絶望だった。
「……全部、事実です」
「これに、ティアモの系統外を合わせても疑うか?」
「大変、申し訳ありませんでした」
同じ境遇になったことのない者達には、推し量ることしかできない。それを剥き出しで感じたティアモは身を震え、聞かされたジルハードは頭を下げた。
「気にするな。疑われることは分かっていたし、君達が疑うのは正しいことだ。それに、今更何をしても変わらない。ただの昔話だ」
「私も最初は疑いましたしねぇ。あとぉ、今回は死体を作れなかった、というのが正しいのですよぉ」
「……まさかとは思いますが、サルビア様より強いんですか?」
「そんな馬鹿な。強いとは聞いていましたが、それほどまでですかい?」
サルビアが慣れていると手を振って、この件は手打ちとなった。しかし、問題はここで終わりではないのだ。イザベラが彼の潔白証明に補足した内容に、ティアモとジルハードは彼の娘が生きていたこと以上の驚きを見せる。
「私よりは弱いが、二人とはいい勝負をするかもしれん。私が不覚を取ったのは、動けないような傷を負ったもう一人の忌み子だ。治癒魔法が使えないようだから放っておいたのだが、その身で私の剣を止めよった」
「そしてぇ、その男の忌み子の身体を突き抜けて出てきたシオンちゃんの剣で団長はズブリ、と刺されたのですよぉ。ちなみにシオンちゃんには私でもちょこっっっと敵いませんでしたぁ……次は負けませんけどぉ」
「……仲間を盾?いや目眩しに?」
「ああ。しかし、我が娘の発案とは思えぬ。おそらく男の忌み子が考えたものだろう」
「一体何者なんですかねぇ。そいつ、特徴は?」
話が全て本当なら、その魔力を持たない忌み子は魔物を殺すために森を燃やし、サルビアの剣を止め、彼に傷を与えるような戦況を作り出したらしい。ティアモとジルハードにとって、その忌み子は得体の知れない不気味な存在のように思えた。
「特徴……そうだな。頰に火傷と矢傷があったな。それくらいか」
「名前は仁。まぁみなさんに分かりやすく『傷跡』とでも呼びましょうかぁ」
もう一人のシオンとさえ、自分達と同レベル。そんな二人が手を組んで旅をしている。間違いなく、こちらの陣営へのいい影響はないだろう。
「ではぁ、色々と分かってもらったところで今に話を戻すのですよぉ。問題は奴らが刻印の情報を持ち、尚且つ他の忌み子と接触する可能性があることでしてぇ」
「他?この近くに都市があるのですか?」
「どうやらそのようですぅ。不思議な地図を見ながら忌み子だけの街に行くと言ってましたわぁ。大体の場所しか覚えれなかったのは申し訳なかったですよぉ」
「融合の影響で地形が大きく変わっているし、仕方ないですよ。てか、なんでこんな短期間で地図なんて持ってるんだ?」
イザベラが潜入によって得た情報を共有し、その先を考える。刻印を刻める者と、刻印の刻まれた魔力の無いサンプルが、忌み子の街に辿り着いてどうするか。
「ちとマズイことになりますね。刻印を配布されたら厄介どころじゃすまねえ」
「障壁の優位性が大きく傾く!今から引き止めることは?」
刻印を、魔力のない忌み子全員へ刻み込んだなら。その人数や戦闘能力に大きく左右されるとはいえ、脅威は今までの比ではない。こちらが一方的に攻撃を与えられる有利が崩れてしまう。
「今から先回りして止めるのは不可能だ。詳しい場所も分からない都市に、先回りするにはどうすればいい?」
「逃げ足も団長並に早いらしいですしぃ、食糧的に無理だと判断したのですよぉ」
「刻印が忌み子の手に渡るのは避けられないのですね。障壁の刻印は今の所存在していない。これだけが救いです」
今は距離的に、当時は食糧的に諦めざるをえなかった。彼らが忌み子の街と接触することによって起こる出来事は、これからの戦いをさらに厳しいものにするだろう。
「一応、救いというものではないが、我が娘にそれなりの使い道が見つかった。裏切り者の始末というな」
「それは、しかしよろしいので?」
「構わん。情などない。それに、何もやることは変わらない。奴らが魔法の真似事をしようと、我らは滅ぼすのみだ」
彼は逃してしまってどうにもならないのなら、その次の一手を打つと言った。我が娘を道具と見ているかのような言い方に、ティアモが確認を取るが彼の意思もやることも、何もかも一切変わらず。
「奴らの銃器より、急造品の魔法の方がさばきやすいだろう。これからの訓練は、魔法を障壁なしで防ぐものを増やさねばなるまい」
「俺もさすがに、あの弾丸を物理障壁無しで弾くのはごめんですよ。やってやれないことはないとは思いますが、疲れます」
相手が擬似的とはいえ、魔法を使えるようになるのは痛手ではある。しかし、致命傷には程遠い。なにせこちらは国民全員が魔法を使え、騎士に至っては全員が障壁を使えるのだから。都市一つの人間がようやく、こちらの世界の土俵へ登ってきた程度だ。
「しっかし気になるのは、なんで奴は刻印を知ってるかってことですよ。見つかったというか復元されたのはここ数年。しかも禁術として秘匿されていて、知る人なんてほぼいない技術なのに」
「何者かが教えた、と真っ先に疑われるのは私だが、これまでの任務を思い出してくれ。娘と会う機会などなかっただろう」
死んだことになっている人物が復元されたばかりの魔法を知り、使いこなしていることに疑問を覚えるが、いくら考えても答えは出ず。
「偶然見つけたのかもしれません。私達も復元に成功したのは、偶然でしたし……」
「そう思うしかないですよぉ……そもそも刻印を身体に刻むなんて考え付くのは、天才か馬鹿かどちらかなのですぅ。あれの主な利点は同時発動ですしぃ」
刻印魔法は魔法陣と同じく、同時発動ができることが最大のメリットだ。魔法陣と違う点として、発動の際に魔力の消費が節約できるという特徴はあるが、その分刻まれた物体にしか影響がないなど自由度はかなり低い。
同系統の同時発動には魔法陣で事足りる。もし刻印に使い道があるとすれば、魔力切れの怖い長期戦くらいだと思っていた。
「まさに青天の霹靂です。刻印にこんな使い方があるとは思ってなかった」
「そもそも魔力のない人間など、いなかったのだからな」
魔力を使わない利点を最大に活かした方法に、一同は少しだけ感服する。豊富な魔力を持つ彼らでは考えられなかった発想だ。
「一つ、嫌な事に気づいたんだが……アイツも刻印知ってるよな?」
「最悪ですぅ。裏切り野郎も刻印を知っている奴の一人でしたぁ。もしこの使い方に気づいていたら、堕とすのに面倒な都市がまた一つ増える事になるんですよぉ……!」
ジルハードの今気づいたといった一言に、イザベラは頭を抱える。今まではそんな刻印の使い方を知らなかった故に見逃していた、裏切り者が齎すこちらへの不利益が改めて見つかったのだ。
しかも、とびきり手強い相手がさらに手強くなるというもので、イライラするのも仕方がない。
「さて、ではもう一人の重要人物、『記録者』の捜索はどうだ?」
考えても変わらないと、サルビア最重要事項の一つであるとある人物の捜索へと話を切り替える。
「さっぱりもいいところです。足跡も何も分かりません。なにせ、千年近く足取りが途絶えているんですからね」
「名前と守護を従えているくらいで、外見の特徴の伝わっていない人間を探すなんてのがそもそも無理難題ですよ」
しかし残念ながら、答えは横に振られた首だった。名前だけしか分からず、居場所も外見も不明な人間を探すなど、どちらの世界でも難しいことだ。
「例え無理難題であろうと、やらないといけないのですよぉ。奴が『鍵』を握っているんですからぁ」
「こればかりは根気よく、だ。もしかしたらそのうち、ぽろっと見つかるやもしれんからな」
だが、何があろうと見つけなければならない。イザベラは自らを含めてそう言い聞かせ、サルビアは諦めずにと全員を励ました。
「以上を踏まえた今後の動向だが、三日ほど団員を休ませ、それから我が娘と忌み子の都市及び『記録者』の捜索を再開する。これで良いか?」
主な情報交換はサルビアの締めの言葉で終わり、後はその情報を活かして忌み子を殺す作業に戻るのみ。
「刻印が普及する前に叩き潰すなら、早い方が良いでしょう。グラジオラスを先に動かしましょうか?」
「ならそれで頼む。ただ、大まかな捜索範囲を後で教えてくれ。できる限り被らないようにしたい。いつ頃出立できる?」
「捜索範囲は追って伝令にて。食糧は村の者に預けております。出立ですが」
ティアモとジルハードは立ち上がり、小屋の扉を開け放つ。
「今すぐにでも」
「行けますぜ」
二人のにやけ顏の向こう、扉の外にて青い花の紋章の鎧を着た騎士達が、一糸乱れず整列をしていた。
「途中からこうなることを予想して、『伝令』を使っていたな?くくっ……昔は舐められてばかりでろくな統率も取れてなかったのに、成長したものだ」
「本当に嬉しい限りなのですよぉ。これはうちの団も鍛え直さないといけませんねぇ。ではぁ、お任せしますぅ」
鎧が太陽の光を跳ね返して煌めく、気をつけの姿勢の騎士達をサルビアとイザベラは笑って褒めた。
「かしこまりました。傷跡の忌み子捜索、及び忌み子の都市殲滅任務、受任いたします!」
「共に世界を救うために、足りないところは補って下さい。こちらもできる限り助けますんで」
全騎士の憧れともいえる存在に褒められ、奮い立たぬ者などこの場にはいない。
「おばあちゃん扱いされるのはぁ、まだ早いのですよぉ?」
「ぬかせ。私もまだ現役だ。だが、どうかご武運を。健闘を祈る」
「はっ!」
サルビアとイザベラに敬礼し、全員の声が重なり響いた。
「そうだジルハード。稽古はいいのか?」
「気が少しばかり削がれてしまいましたので、また今度で頼みます」
サルビアは思い出した約束に、ジルハードを呼び止める。しかし、その答えはまたいつかというものだった。
「では、また今度だな。必ず生きて帰ってこい。私も死人に稽古はつけられん」
「了解しました!」
おそらく、サルビアとシオンの話を聞いたせいだろう。自身のせいならしょうがないと約束を交わし、カランコエの団長は手を振った。
こうしてカランコエ騎士団に見送られ、グラジオラス騎士団は出発する。
忌み子を殺し尽くし、世界を救うために。
『騎士団』
民と国を守る為の盾にして剣。主に魔物の駆逐や、犯罪者の取り締まり、災害時の救助活動、戦争や忌み子狩りを業務とする組織である。国中の子どもが誰もが一度は憧れる職業。
なる方法はいくつかある。一つ目は騎士養成学校を卒業すること。二つ目は団長など権力者からのスカウト。三つ目は衛士や警備隊からの昇進。四つ目は大会の商品など。しかし、いずれの場合にも入るために障壁魔法が必要。これは戦闘に携わる職業であることと、騎士団がいつか『魔女』や『魔神』と戦うことを見越してである。
種類は大きく分けて二つ。国に仕える騎士による国営騎士団と、貴族に仕える騎士による団がある。貴族に仕える団の場合、基本的に異動が少ない。国に仕える騎士団の場合、未開発の土地に飛ばされる可能性がある。貴族も国に仕えている為、違いはこの程度。有事の際はどちらも召集される。
普段は福利厚生のしっかりとした組織であるが、一度緊急事態に陥れば休みはほぼなくなってしまう。
 




