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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第40話 遭遇と虚偽

「うっ……」


 何かを吐き出すような音が、虫の鳴き声と川の流れる音に紛れて夜の森の中に響く。


 物を胃から吐き出し、苦しんでいるのは仁だ。喉に押し寄せるどろどろの液体に呼吸ができず、額からは汗がだらだらと垂れ、目は限界まで見開かれている。


「ふぅ……なんとか、終わったか」


 シオンが確実に寝静まったのを確認した後、彼はまたこっそりと布団を抜け出し、バレないように吐いていた。


「にしても酷い顔……これに好意的になる物好きは一人しかいないわな」


 なんとか波を乗り切ったと、額の汗を拭う。水面に映る顔は火傷だらけで傷だらけで、それを差し引いてもひどい色で、イザベラの言う通りだと自嘲する。


「やっぱり、シオンの話を聞いて気持ち悪くなったのか」


「久しぶりなのにあんなに食べちゃって、胃がびっくりしちゃったのかねえ」


 おそらく後者ではあるとは思うが、前者の可能性もある程にシオンの話は胸糞悪かった。


「五歳で俺らが気絶するような訓練やるとか、親のやることじゃない」


「僕も本気でむかっと来たけどね。なんなんだよあの虐待DVサド親父。今度会ったら挨拶代わりにぶん殴ってやる」


「会いたくないのが本音だけどな。う、また来た」


 シオンの父親への怨嗟を思い浮かべながら、また胃の中の物を戻し始めた。一頻り吐き終わったあと、吐瀉物のついた口を手で拭い、川の水で軽く清める。


「はぁ。もう、全部吐いたと思うんだが……」


「シオンのせっかくの料理だったのにね。勿体無いなぁ」


「だから隠れて吐いてるんだ。さすがに、自分の料理吐いてるところ見せるわけにはいかないだろ」


 わざわざ介抱をしてくれるシオンの前で吐かなかった理由はこんなものだ。彼女が頑張って作った料理を吐いている姿を見られたくないということと、彼女に余計な心配をして欲しくないということと。


 要は意地の問題だった。


「顔がダメなら、せめて心だけでもイケメンにならないとね。割と俺君のこういうところは好きだし、ポイント高いよ?」


「うるさい……俺がシオンの立場だったら嫌なだけだよ。それに、吐いてることに変わりはないんだ」


「君って案外Mだよね」


 どちらにせよ、シオンの料理を台無しにしていることに変わりはないと言う俺に、僕はバカだなあと呆れ顔だ。


「せめて俺らくらいはシオンに優しくしてやらないと、取り入る意味合いも込めてだけど」


「「も」って本当にツンデレだねぇ?需要ないよ」


「あれだけ好かれてれば、少しは情が湧くもんだ」


 全くもって色恋沙汰というか、人間関係に不器用な俺に、僕は今度もバカだなあと笑う。それはさっきとは意味が少し違う、見守るような暖かい笑みだった。


「さて、明日は試したいこともあるし、シオンももしかしたら起きるかもしれないし、もう寝よう」


「出すもん出してすっきりしたしね。試すってまた痛いこと?」


「安心しろ。おまえだけじゃなく俺も痛いやつだ」


「うへぇ。ああそうだ。明日は今日聞けなかった、イザベラとのアレ見てた?って聞かなきゃ」


 もう一度、シオンに臭いでばれないように身体を洗い、うがいをして仁は川を後にした。


 生きていることは儲けもので、笑えるだけで幸せで、明日があるのは素晴らしいと、何度も死にかけたからこそ得た価値観を胸に抱えて。












 目覚めてから時は流れ、九日目。まだ食欲があまりなかったり、無理をすると傷が開いたりと本調子ではないが、旅を続けるには問題ないくらいには回復した。シオンの治癒魔法のおかげである。


「そろそろなんだよな?」


「うん。ロロの地図が正しいなら、この辺りのはずなんだけど」


 旅の目的地、日本の街が近くにあるはずなのだが、特に景色が変わった様子もなく、木と岩肌が永遠と続くばかり。遂に辿り着いたのは、この山のように大きな岩。一枚岩では無いとは思うが、大きさや形的にエアーズロックが近いかもしれない。


「もう騎士団に壊滅させられた後とかじゃないよな?」


「やっぱりロロが方向音痴なだけじゃないの?」


 シオンの父率いる騎士団に滅ぼされただの、ロロの地図が間違っているだのと疑い始めるくらい、辺りに人工物はなかった。


「私が木の上から見ても分からなかったわ」


「僕ら日本人は魔力がないから、魔力を見る眼でも探せないんだよね」


 不安になったシオンが木に登り、周囲を見渡した。しかし、やはり木と岩のような山しかなく、地図的には合っているのに分からないという始末。


「もしかして、この岩山の向こうか?それだとかなりずれているが」


「構えて!」


 考えられる可能性として、山越えを検討。げんなりとした仁に、何かを察知したシオンの忠告が入る。すぐさま腰の剣に手を当て、いつでも抜刀できるようにして、


「えっ?いっ……!?」


「仁!?大丈夫……何これ?魔法?」


 乾いた轟音とともに、仁の右足の太ももの表面を何かが裂いていった。


「なんっ……だこれっ!」


 足のキズからもはや見慣れた血が溢れ、焼け付くような痛みが神経を伝わっていく。何も見えなかった武器と敵は恐るべき威力を持つもので、仁の知る物だ。


「……まさか!」


「何の魔法?系統外?」


 熱く焦げた傷口を抑えて転げ回りつつ、この轟音と傷跡の正体に目星をつける。その推測が正しいのなら、魔法障壁では防げないものだ。


「違う!撃ったことはあるけど、撃たれるの初めてだよ!」


「シオン!魔法じゃない!物理障壁じゃないと!」


「信じるわ」


 仁の言葉に従い、シオンは魔法障壁を解除。銀剣を振りかざし、少年を庇うように立ち塞がる。


 展開までのほんの僅かな隙。一秒をシオンは剣で防ぐつもりだろうが、いくら彼女でも高速で飛んでくる鉛弾を切れるだろうか。


(おかしいね。シオンなら防げそう……やばいちょー痛い)


(まぁでも、保険はかけよう)


 彼女なら弾丸くらい斬り伏せそうではあるが、念には念をだ。


「織田信長!豊臣秀吉!徳川家康!」


「えーと、本能寺の変!明智光秀!」

 

 だから仁は、馬鹿みたいに叫んだ。


「じ、仁?なんか頭を混乱させる毒でも入ってたの?」


 それは、障壁を展開し終わったシオンが慌てて治癒魔法を彼にかけようとするほど、彼女にとっては意味不明な単語の羅列。


「……これは驚いた。まさか日本人か?」


 しかし銃を持ち、シオンが魔力眼で見つけられず、ここが地図の目的地であるならば、そこに住む人間ならば、仁が叫んだ歴史に出てくる単語は必ず通じる。


 木々の影から聞こえてきた男の声に、仁はビンゴと内心でガッツポーズ。一瞬忘れていた傷口がまた痛み出し、すぐに悪態を吐いたがそれでも、喜ぶしかない。


(僕、一応混乱を避けるために少し任せてくれないか?)


(ん、ラジャ。初対面で二重人格を受け入れられるかは怪しいしね)


 一つの口で二人が喋るのは、大変インパクトがありすぎる。申し訳ないが僕には引っ込んでもらい、会話を再開。


「ええ。日本人です。対応としては仕方ないとは思いますが、もう少し確認をしてから撃って欲しかったです」


「その暇さえ惜しかった。分かるだろう」


 丁寧な口調に猿でも分かるような皮肉を混ぜる辺り、俺はまだまだ子供なのだろう。とは言っても、撃った方も撃った方。皮肉に気付き、むっとした声で返してきた。


「こら!あんた本当に頭固いというか、馬鹿正直だよね……こっちなんて足に鉛弾ぶち込んだんだよ?皮肉の一つくらい我慢しなさい」


「……悪い。すまなかった」


 会話に割り込んで男を叱りつけて姿を見せたのは、軍服のような服をまとった女性。仁を撃った男も同じような軍服姿を見せ、謝罪する。


「これからはもう少し、確認してから頼みます」


 皮肉を言ったものの、仁だって相手の立場なら似たようなことをするだろう。良好的な関係を築く為に、怒りを抑え込んだ。


 どうせ、治癒魔法を一週間ほどかけ続ければ治るのだから。少なくとも、壊れた関係の修復よりは早い。


「……善処す、おまえ、その顔」


(やっぱり僕らの顔、そんなイケメンじゃないみたいだ。前はかっこよかったのに、今はワイルドすぎてさ)


(一般人からはあんまりいい目で見られない、ってのも分かったな)


 仁の顔を見た二人は一瞬目を見開き、次いでシオンの脚を見て顔を逸らした。旅の最中に会った人間は誰もこういう反応しなかったので、ある意味新鮮と言えば新鮮な反応である。


「あの、どういう状況?」


「ごめんシオン。また後で。敵じゃないとは思うけど、一応このままの警戒だけはしといてくれ」


「わ、分かったわ」


 日本人ではなく、話についていけないシオンに警戒だけ頼んで説明は後回しにする。いきなり撃ってくるような連中に、変な誤解をされないように振る舞うのが先決だ。


「ごめんね。「見つけたら速攻で足か命を奪え」って命令が出てるんだ。多分だけど、ちゃんと日本人で潔白って証明できたら、傷治るまで軍が養ってくれるから。そこら辺は安心して」


「軍だとか命令だとか、なんか色々と物騒ですね。足の怪我は、多分大丈夫」


 仁の知る日本にはなかった軍だの、足か命を奪う命令だのに世界が変わったことを改めて感じつつ、もう血の止まった銃槍を見せアピールし、


「動くなっ!」


 再び向けられた銃に、今の動きは失敗だったことを悟った。


「おまえらは何者だ?奴らの一味か?」


「ちょっと今のは見過ごせないかな。こんな芸当、私達にできないからね。返答次第だけど、また銃弾で挨拶しなきゃいけなくなるよ」


「それもさよならのだ」


「わ、私達が何かした?」


 先ほどの柔らかい対応もどこへやら、厳しい口調で銃口を向ける二人に、シオンは戸惑うばかり。


「ああ、しくった……いや、今のは仕方ないというか、どうせ後々バレることだった」


 彼女にはきっと、何がおかしいのかが分からないのだろう。だが、魔力がない日本人である仁ならば分かる。


「惚けてるわけじゃないようだが、敵しか使えない魔法を見せられて味方と思えるか?」


「て、敵?私達、何もしていない……」


「何かされてからじゃ、遅いとは思わない?」


 日本人を虐殺する騎士にしか使えない魔法を仁達が使っていれば、それはそれは怪しまれることだろう。シオンにとって使えて当たり前の魔法は、日本人にとっては使えなくて当たり前のファンタジーなのだから。


「えーと、どうしたら敵意はないと信じてもらえますか?戦国武将とか歴史なら、後十数個は出せるんですけど」


「とりあえず、武装解除してもらおうかな。警戒はし続けるし、上の人に見極めてもらうけど」


 このまま撃たれて話がこじれるのもなんだと、仁は武器を足元へと置いて数歩下り、


「了解。シオン、剣を下ろしてくれ」


「うん。分かった」


 言外に、障壁だけは展開し続けてくれという指示を出した。それを聞いたシオン一つ頷き、降ろした剣を足元へと置いて、仁と同じように数歩後ろへ。


(シオン、障壁解いてないよね?)


(祈ろう)


 もしかしたら天然発揮で、障壁までまとめて解除した可能性もなきにしろあらずであるが。


「もしバリアみたいなのを張っているなら、それもちゃんと解いてね?」


 しかし、驚くべきことに彼らは障壁を知っており、隠すことはできなかった。


「ば、バリア?」


「悪かった。シオン、障壁解除だ」


「あ……障壁ね。分かった」


 バリアが分からないシオンに言い直して伝え、もう一度彼らと向き直る。想定外の事態だった。果たして彼らは、どこまで魔法について知っているのだろうか。


「どうしようか。はっきり言って手に余るんだけどな」


「俺も、これは勝手に処理していい案件ではないとは思う。それでも危ない可能性があるなら」


「いやいや、二人とも日本人みたいだし、日本の歴史分かってるし。とりあえず中に案内するしかないかな。さすがに無実に見える同郷を殺すのはまだね」


「疑わしきは罰せずか。俺はあまり好きじゃないが」


 この場で仁とシオンを敵か味方か証明する方法はないかと、軍人らしき二人は大いに悩む。しかし、結局いい方法は見つからなかったようで、彼らの街に案内してもらえるようだ。


 仁がひとまず乗り切ったと胸を撫で下ろしたその時、


「わた……!?」


 シオンのど天然の真面目が発動。自分は日本人ではないと申告しようとしたのだろう。そのことを察した仁は軍人に見られないようシオンの手を握り、言うなの合図を送った。


「わた?どうしたの?」


「あの、私……お、お手洗い」


 なんとか意図が伝わった結果、少女が怪しまれないように捻り出した回避は、トイレに行かせてくださいというもの。


(ナイスだけど、なんだかなぁ)


「……環菜(かんな)。逃げ出さないようにある程度ついて行ってやれ。俺はこいつを見張っておく」


「はいはい。覗いたら吊るし上げてやるからね。ほら、行こうか。えーと、シオンちゃんでいいのかな?あー、そこの君もあんまり動いちゃダメだよ。そこの堅物は本当に撃っちゃうから」


「あ、うん。よ、よろしく」


 シオンが助けを求める目を向けてきたが、仁は背中を見送ることしかできない。恥ずかしさで言葉に詰まったと思われる良い言い訳だが、これに関しては正直シオンが悪い。


「……」


「……」


(なんか居心地悪いなぁ)


 こうしてこの場に取り残されたのは、仁と軍服の男の二人。ただただ重苦しい空気が漂うばかりで、会話がなかった。


「俺の名前は、桜義 仁です。一応、自己紹介」


「……(あざみ) (けん)


 話題の切り口に自己紹介をしても、ただ名前を答えるだけでそっぽを向いてしまわれ、キャッチボールが続かない。沈黙とはここまで気まずいものなのかと、後ろを向いた堅から目を逸らし、


「伏せろっ!」


「何を勝手……ちっ!」


 木の上から音もなく、堅に近づいてきていた大蜘蛛を見つける。距離を一瞬で詰めた仁が、右の掌(・・・)から伸ばした鋭い氷の刃を、魔物の頭へと突き出した。


「……すまない。助かった。しかし、武器は全部捨てろといったはずだが、どこに隠してた?」


 顔を上げた堅は、痙攣して動かなくなった蜘蛛と踏み込みで割れた地面、そして彼の腕から生える薄透明の刃を見て、元からキツイつり目をさらに釣り上げる。


「隠してたわけじゃないです。今、作りました」


 いちいち挟まれる小言に仁はつい、ぶっきらぼうな口調で言い返してしまう。いきなり弾丸ぶっ放して来た相手の命を救ったのに、これまたお堅い態度と来たのだ。銃弾のことは水に流したつもりだったが、逆流してきても仕方がない。


「どういうことだ?それにさっきの動きも……やはり魔法か?」


「属性系統の氷魔法と、身体系統の身体強化って魔法です。言っても分からないとは思いますが、えーと、どう説明すればいいのかな……」


 向けられた銃口に氷の刃を引っ込め、両手を挙げて抵抗の意思がないことを示す。実際、いくら魔法が使える仁でも、撃たれた銃弾を避けれるかと聞かれれば、おそらく無理だ。


(実戦でも問題無さそうだな)


 しかし、銃口を突きつけられてなお彼は笑う。掌に刻まれた複雑な紋様の刻印の熱を感じて、訓練以外での本番も上手くいったという笑いだ。


 そう、仁がサルビア戦で思いつき、シオンに頼んだ試したかったこと。それは、新しい種類の刻印をその身に刻むことだった。


 メリットは、今のような刻印の刻まれた剣がない状態でも魔法を発動できることと、治癒魔法の刻印を刻めば、仁一人でも治癒魔法が発動できるということ。


 デメリットは刻印を刻む回数が増え、何度も何度も痛い思いをしなければならないこと。


(でも、どう考えてもメリットの方が多い。痛みに耐えればいいんだから)


 この方法で戦闘の選択肢は大きく広がり、少しだけだが戦場での貢献度も上がったことだろう。今の状況で、堅の命を救えたように。


「それは、俺らでも使えるのか?」


 苛立ちと達成感の入り混じった仁に、堅が思わずといった様子で尋ねてきた願い。日本人では使えないと思っていた魔法を、使える日本人がいたのだ。至極当然の質問で、


(刻印は知らないのか)


 待っていた情報を与えてくれた。仁にとって、大いにプラスとなった質問だった。悩みも見せず、笑顔も見せず、辛そうな顔を壊れた顔面に貼り付けて、


「無理です。俺とシオンは少し事情が違う」


(……あらら。まぁしょうがないか)


 クズは真っ赤な真っ赤な、大嘘をついた。それは己と少女を救う為の醜くてどうしようもない、仁から見たこの世界の色の嘘。


「事情?」


「はい、事情です。まず日本人には、魔法の発動に必要な魔力がないらしい、です」


 これは真実。仁だって例外ではなく、魔力は皆無だ。


「なら、なんで二人は使える?」


「信じてもらえないとは思いますが、俺はあの日の前に一度、すでに異世界に飛ばされていた日本人です」


 今度はどうしようないくらいに、救いようのない真っ赤な嘘。けどこれは、仁の身を守る為の嘘だ。


「異世界に行く時に、俺の身体は魔力があるように作り変えられました。だから俺は日本人でありながら、魔法が使えます」


 我ながらに、よくこんな設定を思いついたものだ。普通なら頭がやられているとしか思えない、とんでもない馬鹿げた設定。


「…………信じ難いが、理解はした。つまりお前は一回奴らの世界に渡って、あの日にこちらの世界に戻ったということだな?」


「そういうことになります」


 だがそれも、世界が変わる前の話である。実際に世界の壁は一度壊された後なら、こんな馬鹿げた設定も現実味を帯びてくる。


 それに、仁が実際にあちらの世界に行ったかどうかを確かめる術はないのだから。彼らには魔力も見えず、魔法の知識もない。これで仁の設定は大丈夫だ。


「おまえのは分かった。ならなぜ、あの少女は魔法が使える?」


 問題はシオンの設定だ。


 日本についての知識が欠片も無い彼女を、日本人で通すのには無理がある。今は誤魔化せても、カタカナや文字などでいずれボロが出ることだろう。それに彼女は天然だ。どこで何を言い出すものか分かったものじゃない。


「転移したのは俺一人だけじゃなくて、あっちの世界で結婚して子供を産んだ人もいたんです。その子供が、彼女です」


 だから仁はいっそ、シオンを日本の血を引く異世界人に仕立て上げようと考えた。


「日本人ではないのだな?」


「隠し通せることじゃないですから。外国で産まれた日本人みたいなものだと思ってください。言葉も文字も常識も、産まれたあちらの国基準だから少しズレてますが」


 これならば日本の常識を持っていなくても、ある程度は通すことができる。最低限、この設定さえ疑われない程度に必要な知識は、これから仁が教えていけばいい。


「さっきは騙そうとしていたのか?」


 先ほどのシオンの不自然な態度と言葉から、彼女が日本人ではないと言おうとしていたことを、彼は察したのだろう。


「あそこで日本人じゃないって言ったら、また撃たれるかと思って。それが嫌だったからで隠したわけで、俺らも悪意があって騙そうとしたわけじゃないってことだけは信じて欲しい、です」


「今撃つかも知れんぞ?」


 仁としてはあんな一触即発の場面では無く、もう少しまともに話を聞いてもらえる場面で暴露する予定だった。例えるなら、魔物から命を救った今のような場面でだ。


「……さっき奴らって言っ……言いました?」


「敬語に慣れてないのか?別に俺は構わんが、早めに慣れた方がいい」


「……頑張り、ます」


(なんか気を遣われたね。いや、ここで言うってタイミングだよ)


 社会人ですらなく、この半年間で話した人間が数人で、言葉さえ忘れかけた仁の敬語なんてあやふやだった。いちいち言い直したり詰まったりする少年に、大人は少し話から逸れたアドバイスを送る。


「異世界人とでもいうべきなのか?魔法の使える、金髪だの灰色だの茶髪だの、外国人みたいな特徴を持った奴らだ」


「俺らのことを「奴らの味方かスパイか」と聞いて撃ってきたってことは敵対している。そして、過去に戦って魔法を見たことがある」


 会話から拾った情報を繋ぎ合わせた推測。我ながら見事なまでにハマったそれは、仁に彼らの苦戦を想像させた。


「バリア……障壁と呼ばれる魔法を知っていた。なら、戦った時に全ての攻撃を弾かれたんじゃないですか?」


「なんでそこまで分かる」


「あれは物理攻撃を全て無効化するバリアで、使える人間はそれなりにいます。だったら、使われて苦渋を舐めさせられたのではと」


 仁はかつて、どんな軍事兵器も障壁の前では無効化されるということを想定した。堅達が魔法を使えないならば、答えは自ずと導き出される。


「物理攻撃を全て無効化!?そこまでふざけている魔法があるのか?」


「銃弾でも、爆弾でも、それこそ核弾頭ミサイルだって、物理なら何でも無効化するとんでもないバリアです。弱点は魔力の消費が異様に激しいことと、魔法の攻撃は通してしまうってことくらいしかありません」


 冷静な口調を崩した堅に、仁はもう一度刻印で魔法を作りながら解説する。これだけ知識を披露すれば、魔法を使える信憑性の裏付けとなるだろうと思ってのご教授だった。


「なるほど。分かった。それな」


「仁……すっごい恥ずかしかったんだけど!」


「あれはシオンが悪い。あと、もうシオンが純粋な日本人じゃないってバレたぞ」


「じゃあ私何の為にあんな恥ずかしいこと!?」


「何の為って言われれば、撃たれないためなんだけど……悪かった」


(僕からもごめんね!)


 帰ってきたシオンに話を中断。少女は羞恥と怒りで頬を赤らめており、仁を責めるような目で睨んでくる。彼女のミスではあったが、恥ずかしさを考えると中々に申し訳ない。


「……近くまでついていけとは言ったが、おまえどこまでついていった?」


「ちょっと何?ちゃんと見なかったわよ。私をどんなやつだと思っているの?」


「そんなやつだと思っている」


「あんたセクハラで軍に報告するわよ?」


 シオンの態度を見た堅が、環菜にとんでもないことを確認。ぶち切れた彼女が堅の首を掴んでゆさゆさと揺すっており、先ほどの一触即発剣呑な空気はどこにいったのかというやり取りであった。


「セクハラ?意味は変態?」


「んなっ」


「へんたーい!へんたーい!シオンちゃん面白い子だね……いいよ!もっとこの堅物いじってやって!」


「あ、ありがとう」


 微妙に間違った日本語に、堅は大いにダメージを食らって仰け反った。環菜は首を掴んだままカラカラと笑って煽り、仁は笑いを堪えている。


「ちっ。環菜、案内するぞ」


「えっ?あんたさっきまで反対してなかった?」


「バリアを使う奴らへの対抗策になるかもしれない。……それに、一応助けられた」


「それ本当?あ、この蜘蛛はそういうことか」


 死骸を見て納得した様子の環菜を引き剥がし、堅が付いて来いと手招き。


「嬉しそうな顔をしているが、案内するだけだ。それから先のことは、お前ら次第だぞ」


「俺そんな嬉しそうな顔してましたか?」


「「(してたよ)」」


 堅に僕シオン環菜から同時に言われ、相変わらずポーカフェイスが出来ていないことに落ち込む。火傷に矢傷で酷い顔でも、綺麗な顔だった時と同じようにバレるとは如何なものか。


「こっちだ」


「こんなところに洞窟なんてあったのか」


(堅さん達に出会わなければ、僕らここで寝泊まりしてたかもね)


 案内される前に剣を回収し、堅の後に続いて大岩の岩肌に沿って進んでいく。あまり変わらないような景色が続く中、角を曲がって突然現れたのは、ぽっかりと口を開けた大きな洞窟。


「ちょっと待ってね……えいっ」


「ほぇ。便利ねぇ。私も使いたいわ」


「できないらしい。使えたら資源を大幅に節約できるんだが」


 その口の中に飛び込む前に、シオンが火の玉を創成して洞窟の中を照らす。それを見た環菜が感心し、堅は残念そうに、彼らの現状を察せられるような呟きを溢した。


 本当は使えて資源の節約になるのに。そう思うと、仁の胸が大きく痛んだ。しかしそれでも、


(仕方ないんだよ。だって、人なんて信じられないんなから)


 あれは嘘だったと言い出すことは、弱いクズにはできなかった。


「もしやこれ、地下に街があるのか?」


 この会話はあまり仁にとって良いものではないと、話の流れを方向転換。とはいえ、これも本心から思った疑問ではある。


「ん?ああ、普通はそう思うよね。あ、ここ曲がったら、分かるんじゃないかな」


「違うのか?」


「ん、新しい空気の匂いがする?近いかも」


 環菜とシオンの言葉に、堅は少しだけ早足に。仁達もその先にある光景を早く見たいと速度を上げて角を曲がり、


「ん?光……?」


「もうひと曲がりかな。きっと度肝を抜かれると思うよ」


 急に突き当たりから差し込んだ光に、出口が近いことを知り、早足で最後の角を曲がった。


「うおっ」


「すごい……」


 開けた眼前に広がる、鉄の門。その上や向こうに覗く、壊れた建物と新しい建物が入り混じった日本人の都市。周囲はあの大岩の壁で余すところなく囲まれており、まるで天然の要塞だ。イメージとしてはコロッセオの壁を分厚くして穴を埋め、中心に街をそのまま放り込んだ感じだろうか。


 あまりに圧巻で、大岩と街が融合したありえない風景に予言通り度肝を抜かれた二人に、環菜はニカッと笑いかけて、


「ようこそ、私達の街へ!」


「一応、歓迎する」


 両手を広げて、歓迎の意を示した。


 ここが仁とシオンの、外よりずっと安全で忌み子への差別もない新天地だった。


『薊 堅』


 二十六歳。街に住まう、生き残っていた日本人の一人。かなり遠くから、狙い通り仁の脚に銃弾を掠らせる腕前。


 容姿は非常に整っており、なおかつ長身で脚も長く、女性達からの人気が高い。しかし性格が真面目を通り越して堅物な上、凄まじく鈍すぎてアプローチを知らぬ間に袖にしていることも多い。色々と一人で抱え込んだり、突っ走ってしまう癖がある。人をすぐに信じてしまうので、よく騙されている。


 堅物ではあるが決して冷酷無比ではなく、むしろその逆。非常に面倒というか、生き辛い性格。


 世界融合により家族を亡くし、それが原因で異世界人に憎しみを抱いている。

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