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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第38話 親子と賭け

「ほう。腕は上げたか。彼氏、いや、お荷物を抱えて受け止めるとは」


 飛び込んできた斬撃を間一髪で受け止めたシオンを、騎士は弟子の成長を見たときのように褒める。好評価を受けても少女は一切の言葉を返すことはなく、剣を震わせながら攻撃を受け止めたままだ。


「この騎士、誰だ?」


「という……げほっ……より、知り合い?」


 明らかに互いのことを知っている態度に、仁が思わず問いかける。


「……震えてるのか?」


 しかしシオンからの答えはなく、仁に伝わってくるのは彼女の震えだけ。その様子を見た騎士はため息をつき、


「おっとこれは失礼。娘の彼氏よ。自己紹介をせねばなるまい」


「……娘?」


「カランコエ騎士団団長、サルビア・カランコエ。そこの不出来な娘の父親だ。以後よろしく頼む。以後と言っても」


「なっ……シオン動けっ!」


「あと数分だろうがな」


 代わりに自らの名と驚愕の正体を明かし、空いた手に錬成した土の剣を上段から振り下ろした。


「えっ?」


 仁の声にようやく我を取り戻すが、シオンの銀剣はもう片方の剣を受け止めていてお留守。障壁も魔法も展開する間もなく、間に合わない。


 なら、ならば。


「そ!ら!」


 シオンが間に合わないなら、仁が間に合わせるしかない。左手をシオンの首元に一層、しかし絞まらないように巻きつけて重心を思いっきり後ろに移し、彼女ごと地面へと倒れ込む。


「貸し一つ返し……あああああああああああああああ!?!」


「仁!?」


 本来シオンを真っ二つにするはずの攻撃を、薄く皮膚を裂くだけに止まらせたファインプレー。その代償は背中から倒れこみ、地面と少女にサンドイッチされ、潰れた背中の傷口で支払われた。


「あぐっっう……目覚めたか死ぬ気かバカシオン!」


「戦場で情けも容赦もないんでしょ!?


「ご、ごめんなさ……いっ!?」


「仲睦まじいところ悪いのだがね。後ろに背負ったお荷物の言う通り、ここは戦場だ。気を抜くように育てた覚えはない」


 休ませる暇はないとサルビアから繰り出される、物理と魔法の双剣による追撃。シオンは仁ごと身体を回転させて地面を転がり剣を躱し、壁に手をついて跳ね起き立ち上がる。


「……もう一回ごめんなさい!」


「なにを……うおおおおおおおあああああああああ!がっ!?」


 背中の仁の腕を掴み、シオンは全開の力で放り投げた。唐突な低空飛行は緩い放物線を描き、木の枝をへし折り、時には刺さり、地面へと思いっきり背中から落下。


「当たったらごめん!」


 シオンは転げ回る仁の無事と位置を確認し、虚空庫から取り出した彼の剣を保険の謝罪とともに送る。そして目の前の男と、肉親と向かいあう。


「ようやく親子水入らずの時間だ……しかし、おまえには失望した。成長したと思っていたのに、この程度とは」


「……」


「頰の血にまだ頼っているのか?それにさっきの脱出方法のことだが、騎士団に気づいた時点で、私が来ている可能性を考えなかったのか?」


 師のように、今までの戦いに評価をつけていた。いや実際、「ように」ではなく師だったのだ。シオンに生きる術を、戦う術を教えたのは、他ならぬ目の前の父親なのだから。


 その関係に親しみはなく、少女はただ、目の前の師でもある父親を恐怖に満ちた瞳で見つめるだけ。


「だが、さっきの判断は良かった。あの荷物を投げ捨てる判断はな」


「はぁ……はぁ……」


「どうした?怯えているのか?それとも、さっきの男が殺されるのが怖いのか?」


 なぜシオンの逃走経路を読み、サルビアが先回りできたのかの理由もここだ。ぶっ飛んだ発想を考え、それを彼女へと教えたのが父親である。予想はできなくもない。


「……い、や」


 暗視の魔法がかけられた目に映るのは今現在の父親でも、恐怖を植え付けられた脳に映るのは過去の稽古の場面の数々。


 斬られ、貫かれ、殴られ、捌かれ、撃たれ、曲げられ、折られ、潰され、絞められ、捻られ、壊された。容赦も情けも親愛も慈悲も休憩もなく、数年間も続いた悪夢。


「いた……い」


 胸と頬の傷が記憶に呼応し、痛みを訴えてくる。先ほど開けた頬の傷はともかく、胸の傷は閉じたままなのに、焼けるように疼いて傷んで軋んでいる。


 幼少の頃から続いた虐待さえ生温い、拷問のような稽古を続けた毎日。そしてその終わりは唐突なもの。普通の家族や師弟のように振る舞うには、教えられる際に傷と恐怖を刻まれすぎた。


「けど」


 過去の辛い記憶以外にも、シオンの脳裏に浮かぶものはある。


「安心しろ。あんな怪我をした素人なんぞ、おまえに稽古(・・)をつけてからでも十分だ」


「……なら、死ねない」


 ここつい最近の明るく暖かな記憶が、シオンの意識を僅かに落ち着かせた。少しだけ優しくしてくれた村人達、面白い話を聞かせてくれた訳ありの語り部、なにより仁の存在が、シオンを縛る鎖を緩ませた。


「ぎち……はぁ……」


 ガチガチと震える歯を止める為に、シオンは唇を噛み切る。溢れ出た血を口紅のように舌で彩り、震えた青さを誤魔化す。ずきずきとした痛みが、胸の痛みを上書きしていく。


「変わったな。あれが大切なものか。ははっ……さぁ、かかってこい。あの日は殺し損ねたようだが、今度はしくじらん」


 例え目の前の父親がどれだけ怖かろうと、大切な者の命がかかっているのであらば、かつて自分を殺そうとした肉親へと立ち向かう。それがかつてのシオンとは違う、今のシオンだった。


「すぅ……」


「……」


 銀剣と土剣を構え、本当の意味での臨戦態勢へと入る。ジリリと脚と地面が擦れて音を鳴らす。目前の父親も顔の皺を繋げるように笑い、シオンと同じ構成の双剣を構え、


「しぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


「はぁっっ!!」


 合図も何もないのに同時に踏み込み、銀の剣と土の剣がぶつかり合い、命懸けの稽古が始まった。


「まさか、まだ生きていたとは思わなかった!私は嬉しいぞシオン!」


 魔法障壁で土の剣を防ぎ、銀剣でサルビアの剣を跳ね除ける。土の剣で相手の鎧の継ぎ目を反撃と狙うも、同じように魔法障壁で弾かれた。


「だんまりか?ちゃんと親の言うことは聞きなさい」


「聞いたら、死ぬから。断る」


「前は、言うことをよく聞く素直な子だった」


 使うのは刃と魔法だけにとどまらない。相手は魔法障壁と見極めたシオンは姿勢を低くし、身体を一回転。遠心力で力の乗った剣で腰を、蹴りでサルビアのアキレス腱を断裂させようと試みて、


「……くっ」


 空中に飛び上がり、刃をこちらに向けるサルビアと目が合い、思った。


 やはり親子であり、師弟でもある二人の稽古は非常に似通っていると。シオンがもし、サルビアに腰とアキレス腱を狙われたなら、取る方法は全く同じだった。


 イザベラとシオンの戦いも似てはいたが、こちらはそれ以上で正に鏡写しだ。しかし、それはあくまで稽古の段階での鏡写し。


「調子を上げるぞ」


「……いっ!?」


 本当の戦いになれば、似てはいても鏡写しではなくなる。余りにも一方的な、強者が弱者をいたぶるものに変わる。


「その防ぎ方は悪手だ」


 自然落下で繰り出された刃を、シオンは唯一動かせる土の剣で捌く。その対応を見たサルビアは今日何度目かのため息を吐き、


「私の脚が防げていない」


「きゃっ……うっ!?」


 落下の勢いのまま、シオンの腹へと蹴りを入れた。衝撃で後ろへ吹っ飛んだシオンが咳き込むが、思ったほどのダメージは入っていない。


「ん?土魔法を仕込んだのか?悪くはないが……良くもない」


 サルビアは脚の裏の感触から咄嗟の防御の正体を導き出すが、その顔はなんとも言えないもの。テストで平均点は取ったが100点ではないような、そんな評価。そしてそれは、戦場では命取りだ。


「げほっ……まだ、よ」


「ああ、まだだな。まだまだ全然、足りないな。防ぐだけではなく、次に繋げないと厳しい」


 距離を詰め、サルビアは両手の剣を鮮やかに使いこなし、追い詰める。そのどれもが致死、もしくは戦闘不能に陥るような、決して受けてはならない斬撃。


「負けっっ、ないっからあああああああああああああ!」


 その全てをシオンは全身全霊で、脳の神経が火花を散らし、心臓の音が頭蓋に響くほど息を荒げて、今までの技と経験を全てを絞り出して防ぎ続ける。


 そうでもしないと、防げなかった。一秒先を生きれなかった。全て正解しないと、死ぬ。


「気迫は良くなった、か」


 それでも、シオンが全力を出しても、少しずつ、少しずつ、身体の傷の数と深さが増していく。


 戦いが始まって、未だ数十秒しか経っていない。短い時間だがあまりにも濃い内容に、少女の額には玉の汗が浮かんでいた。


「はぁ……はぁあああああああああああああああああ!」


「どうした?もう限界か?」


 瞬きすれば、足が飛ぶ。気を逸らせば、腕を切り落とされる。一歩間違えば、命を失う。そんな一瞬を、生きる為だけに何十回も繰り返してきた。


「……」


 それなのに、そうであるはずなのに、目の前の騎士は汗ひとつかいていない。シオンとサルビアには、それほどまでの力の差があった。


「ん?やはりその剣は硬いな……折れてしまった」


 シオンへと振り下ろした斬撃を銀剣で防がれた挙句、刃こぼれした土の剣を見たサルビアは感心したように呟いた。


「また、作り直さないとな」


 とは言え、土の剣なんぞ魔法で作り直せば済む事だ。この戦闘の中で既にサルビアは二回、シオンに至っては十回作り直している。


「そうだ。父親として心配せねば……なっ!脚はどうした?飛龍にでも喰われたか?」


 強調した語尾とともにサルビアはその手に持つ、無装飾の実用性を求めたような片手剣で横薙ぎ。当たれば胴体が断たれるその一撃を、シオンは魔法の剣の上に土の盾を創成して受け止め、


「戦場で使えなかったから、斬り落としたわ」


「正しい判断だ。だが、そんな状況にならんように育てたつもりだったのだが」


 今度はこちらの番と、盾に隠れながら銀剣を脚めがけて突き出した。物陰に隠れながらであり、勢いは五割ほど。常人の五割なら、サルビアの装甲を貫くことはできないだろう。


「ぬぅ!」


 しかし、魔法によって強化されたシオンたちの戦闘の常識は、日本とは遥かに異なる。日本人の1の力が、彼らには4にも5にもなる。虐待によって培った技と身体強化が合わされば、勢いが半分の突きでも装甲を貫くことは十分に可能。


 大振りな一撃より、小さくコンパクトな攻撃で命か重要な部位を確実に奪う。それが、シオン達の基本的な戦い方だった。


「当たっていたら、親子でお揃いになるところだった」


「しなくて、結構よ」


 もう一つの大きな違いはやはり、障壁魔法だろう。強大すぎる性能故に、展開と切り替えにかかる時間は一秒。それは、戦場ではあまりに大きすぎる隙。


「魔法障壁か。教えた通りで偉いぞシオン」


「……私の戦い方はそれを軸に作られたでしょ」


 土の剣が当たる直前に弾かれたのを手で感じ取り、サルビアは娘の成長に歪な笑いを浮かべる。


 余程の力の差があるか、障壁に代わる特殊な技能がない限り、魔法と物理の両攻撃を防ぐことは難しい。


 よって戦闘が始まる前から、片方に限定して展開しておくのが常である。カランコエ家では斬撃主体の物理より、攻撃のバリエーションが多く、予想がしにくい魔法への障壁を張ることを推奨していた。


 つまり、互いに魔法障壁を張り続けている間なら、二人の戦いで土の魔法剣は決定打にはなりえない。ただし、イザベラとの戦いと同じように、常に牽制として魔法剣を見せておく必要はある。


 障壁の使えない仁へ戦い方を教える時に、シオンが悩むのも主にここである。障壁が使えないハンデと、相手に障壁ありきの戦い方を仕込むのに時間がかかっていた。


「反抗期か?言葉遣いがなっていない。口から直してやろう」


 とはいえ、当たらなければ無傷であるのは、どちらの世界でも共通であった。


 躾だとサルビアが次に狙ったのは、シオンの口。シオンの盾を土の剣で砕き、物理の片手剣でその更に先を撃ち抜こうと狙う。


「ほう、ほう、ほう」


 歯も骨も脳まで壊そうとしたサルビアの刺突を、シオンは首と身体を動かすことによって、髪の毛を斬られるだけに留めた。しかし、サルビアの攻撃はここからが本番だ。


「それは悪手だ」


「っ!?」


 突き出したままの剣をシオンの顔の真横で止め、そのまま振り払う。金属の塊が頭に勢いよくぶつかれば、脳震盪でふらつくだろう。そうしたら、一瞬でも視界が眩めば、命は吹かれた蝋燭のように消える。


「あなたの方が悪手よ」


「ぬ、成長したな。悪くなっただけではなく、達者になったのか」


 そしてそれは、先も言ったように当たればの話である。サルビアの剣は、シオンがつい先ほど切り替えた物理障壁で受け止められていた。


 戦い方が似ている内は、シオンに勝ち目はない。なぜなら、カランコエ家の戦い方はサルビアの方が遥かに練度が高く、その差は時間と共に現れるからだ。例えるなら、イザベラがシオンに勝てなかったように。


 ならばどうするか。答えは簡単だ。


「戦い方を変えるしかない!」


 シオンは口で嘘をついて、相手に自分は一つの戦い方しかできないと、魔法障壁以外あり得ないと勘違いさせて、カランコエ家の戦いを捨てた。


 自身の教えた戦法の殻を破った娘に、感嘆の声を漏らした父親は大きくよろけてバランスを崩し、


「だが、やはり悪手だった。私はそれを待っていたのだよ」


「……!?」


 物理障壁に剣を弾かれ、僅かに隙ができた首元にあるサルビアの手首を、シオンは銀剣で狙っていた。はずだった。


「嘘」


「ほら、こういうのが妙手(・・)というのだ」


 銀剣を腕で掴まれて、シオンはどっと冷や汗が噴き出るのを感じた。


 剣を虚空庫へと仕舞い、同時に土魔法で掌をコーティングしつつ僅かに腕を引いて、タイミングを合わせて銀剣を掴んだ。サルビアはこれだけのことを、シオンが剣を振るうワンアクションの間に行った。凄まじいまでの動体視力と反応速度だ。


 まさに、格が違う。


「定石は、強いから定石と言う」


「……ああっ!?ぶはっ!」


 剣をぐいっと引き、強制的に距離を詰めさせて近づいてきた少女の鼻頭を、サルビアは魔法の装甲をつけた額でかち割った。


「定石を捨てた一撃を使うならば、その一手で相手を確実に追い詰めなければならない」


「かはっ……ちっ!」


 鼻から血を垂れ流し、顔の下半分を血で染めたシオンは吹っ飛ばされた勢いのまま、仕切り直しと急いで距離をとろうとする。


「その一手を、予想できないところから打たれた戦況を決める一手を、妙手と呼ぶ」


「うじろぉ!ぉ!」


 風切り音で後ろから迫り来る土の鎖を察知し、こちらも土魔法の壁を創成して弾く。超人的な聴覚と勘と経験が、シオンを生かした。


 仁に偉そうに後ろにも気を使えと言った手前、防がなければ師匠のメンツが丸潰れだった。


「私はもう切り替えているぞ」


「っ!?」


 しかし、プライドを守り損ねたシオンの足元に絡みつくのは、予想外の土の鎖。少女が土の壁を張ると予想したサルビアはすぐさま背後の鎖を中断し、壁の内側へともう一度発生させたのだ。理由と存在を認識した途端に足を縛られ、彼女の脳は驚きに包まれる。


「くっ……はああああああああああああああ!」


 が、それも一瞬のことで、すぐさま撤退から迎撃へと思考を切り替え、両手に剣を構える。その切り替え速度は常人や、それこそシオンの世界の兵士に比べても恐ろしいまでの早さだった。


「いい判断だが、もう遅いな」


「……ッッッ!」


 でも、例えどれだけ早かろうと、その一瞬の隙は大きすぎた。


 サルビアは虚空庫から新たな剣を引き抜き、物理障壁を解除させる隙を与えないよう、物理と魔法で斬りかかった。


「さぁ」


 一撃目は物理障壁に阻まれ、弾かれた。


「どうにか」


 魔法が通ることを改めて確認した二撃目は、シオンの土の剣を弾き飛ばす。


「しないと」


「……あっ」


 三撃目はフェイントで、シオンの銀剣を空振らせ、大きく体勢を崩させた。


「死ぬぞ?」


「い……やぁ…」


 四撃目は土の剣を大きく振りかぶっての、トドメ。


 体勢も心境も大きく崩された後で、仕切り直すための距離も暇もない場面からの、自分より格上の強者の本気の守りの崩しと体勢の固定。


 シオンにはもう、泣くような声をあげること以外、何もできなかった。


「僕達が!」


「どうにかしてやんよ!」


 そう、何もできないのはシオンだ。仁にはまだ、何かができた。





 仁がシオンにぶん投げられた頃にまで、話を戻す。


「ゴホッ……がはっ?……っ!?いだいいだいいだい!うぐあああああああああ!」


 肺の空気が空になって咳き込み、酸素を求めてようやく、全身の痛覚が正常に作動。着地の衝撃で割れた氷が背中に刺さり、今までより多くの血と痛みが溢れ出て地を汚す。


「ありがたいけど、もう少し優しく……頼みてえなぁ!」


 痛みに呻く中、彼は理解していた。目の前の騎士はシオンが人を背負っては戦えない相手で、仁が巻き込まれる可能性を考えて、戦闘から離脱させたのだと。


「え?あっぶっねえ!?」


 氷の刻印が刻まれた愛剣が、ダーツのように足元に突き刺さる。あの洞窟内から拾ってくれていたのを、シオンが投擲したのだろう。


「……これ渡されても、勝てる気しないんだけど」


 おそらくその真意は、シオンが負けた時の焼け石に水の保険だ。サルビアが瀕死でもない限り、いや瀕死でも仁は負ける可能性が高く、本当に役に立つか分からないが。


「俺が助けに行くのも、焼け石に水みたいなもんだが」


 木に身体を預け、シオンと騎士の戦いを見続ける。ろくに動けない身体では、助けに行っても戦えない。


「ならせめて、足手まといにだけはならないよう、ここでじっとしておくかい?」


「冗談じゃない。シオンが負けたら俺も死ぬだろうが!」


 二人の戦いを見るに、押されているのは間違いなくシオンだ。オーガに足を奪われた時よりも険しい顔で、彼女は身体に傷を増やし続けている。このままシオンが負ければ、必ず仁も死ぬ。


「何かないのか!今の俺でも役に立てることは!」


「僕も、いるにはいるよ……痛くてやばいけどねっ!」


 仁は仁で、焼け石に水程度でもできることを必死になって探して、考えるしかない。あの騎士がシオンの父親だとか、気になることも全て頭の隅からさえ排除して、俺の人格は思考の羅列に潜る。


「俺が……あそこに割って入って、戦えるわけがない」


 助太刀なんて、彼の腕からしたら足手纏いもいいところ、できて精々肉壁が手一杯。シオンクラスかそれ以上の強さにとって、仁は視野にすらない存在だ。鎧袖一触で彼の命なんぞ紙のように吹き飛ぶだろう。


 そもそも、この傷で長時間動くこと自体が不可能だ。しかし、短時間なら?僕に全ての痛覚をぶん投げた一瞬なら?


「おい、僕。もう一回ファインプレーをかますとして、何秒、痛みに耐えれる?かまし終わったら、気絶していいから」


「これ、ぜーんぶかい?しかも、気絶?さすがに、一分も無理……だよ」


「ははっ、一分経つ前に、いっつ。なます切りだ。そしてごめんな。もっとだ」


「ばか……なのっ!?ドMじゃないんだけどぉ!」


 まだ、動けなくはない。互いに荒い息を吐きながらの作戦会議を続ける俺と僕の目に、シオンの髪が斬り落とされるのがみえた。後数センチずれていれば、頭が同じ運命を辿っていただろう。


 もう時間はない。仁の傷的にも、シオン的にも。


「一瞬に、命賭けるぞ」


「できたら賭けたくないなぁ……いたたた。俺君絶対運悪いもん」


「バカ言え。シオンが負けたら……全部黒色のルーレットで赤に命賭けるみたいなもんだぞ。こっちのがマシ、だ」


「その例え、かっこいいけど、あいすぎて嫌だなぁ」


 シオンがこのまま勝てるなら、仁が命を賭ける必要はない。むしろ、しくじったら戦犯もいいところである。しかし、彼女が負けてから賭けていては、遅いのだ。その時にはもう負けが決まっている。


「それに安心しろよ。俺は悪運だけは強いんだ。なにせ、まだ死んでないからな」


「それも、そうだねぇ。勝算、あるんだね?」


 最近気づいたが、仁はこの世界の中でもきっと、とびきり運のいい方だ。何せあの地獄を生への執着と知恵と運だけで生き延び、シオンに拾われた。


 この世界では、生きているのに運が悪いなんて嘆けない。運が悪いのは、死んだ人間なのだから。


「しくったら、シオンの邪魔で三人仲良くあの世行きり決まれば俺ら三人仲良く生き残り、だ」


「ようは分からないし、運任せってことだね。この世界、はぁ……乗るしかげぼっ……おえっ……ない勝負ばっかだよ」


 僕の弱音とも愚痴ともつかない言葉に俺は力強く笑い、作戦の準備を開始した。


「準備終わるまでは、死ぬなよ、おまえの父親のことだとか、俺と、イザベラのこと覗いてたのか、とか、まだまだ聞きたいこと、たくさんあんだから……」


 口の端から血を流し、聞きたいことを頭の中で並べつつ、剣を背負って氷で固定。辺りに散らばった葉や木の枝を巻き込み、氷の盾を背中いっぱいに広げていく。


「思ったより、痛いな」


「僕もう、辛いんですけどぉ!今日たくさん耐えてきたんですけどぉ!」


 背中の傷に氷と枝が押し当てられた状態となり、痛覚を分け合っている今、めちゃくちゃ痛いでさえ足りない痛みが二人を襲っていた。


「おっと……忘れてた」


「何する気ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺は背中の傷に指を突っ込み、激痛に耐えつつ血を採取する。突然の凶行に涙目になる僕だが、これは勝つ為に必要なことだ。だから、耐えるしかない。


「もういやぁ」


「耐えろ。死ぬより、マシだ。俺も、耐えてんああああ……だから」


 準備段階ですら呻き声に叫び声を上げ、僕はすでにギブアップ気味である。だが、それでもやるしかない。


「俺君、肩代わりありがとう…!」


「ははっ……あとでもっと辛いから、今だけな」


「ごめん、撤回……鬼畜ぅ……」


 僕に耐えてもらうのは、本番一発の数秒間のこれ以上なのだから。それまでは、俺の人格も肩代わりしなければ。


「何よりおまえらに、死なれちゃ、俺も死ぬから、な」








「素晴らしい!あの傷でまだ動けたか!」


「仁っ!?どうひて!」


 シオンを圧倒したサルビアさえ驚かせ、賞賛させた仁の行動。それは、少女へと振り下ろされたトドメの四撃目を、割って入ったその背中で庇ったというもの。


「助けにあああああああああああああああああああああああ!」


 鼻を砕かれたシオンの少しくぐもった声に返そうとして、斬られた痛みによって僕の叫びへと変わる。その姿は実に情けないが、行いだけは最高に近い結果を叩き出していた。


「氷の刻印?」


 もちろんいくらバカな仁とはいえ、服を脱いだだけの人肌で受けとめようした訳がない。少しでも強度を高めようと、枝や葉っぱに刻印の刻まれた剣まで内蔵された背中の、魔法製の氷の盾で受け止めたのだ。


「ぐああああああああああ!?」


 だが、そんな急造品でサルビアの斬撃を受け止められる訳もない。接触した瞬間、硬いものが氷を叩き割る振動、次いで鉄製の剣が真っ二つに斬られた衝撃、それさえも越えて背中に熱さが斜めに走った感触が俺の人格に、僕の人格には容量を超えて身体が震えるような痛みが与えられた。


「だが、愚かな。死に急ぐとは」


「まだ、くたばってねえ……ぞ!」


 サルビアの驚きとも軽蔑とも取れる言葉に、仁は背を向けたまま笑う。


 剣は折れた。でも刻印も仁もまだ、死んでない。まだ、生きている。


「…、…、…、…」


 刻印に残った魔力を総動員させ、頑強な氷の棘を背中で創成し、サルビアへと弾丸のように射出。


「何をする気だ?」


 しかし不意を打った槍は騎士の体、いや鎧にさえ触れることは無く、魔法障壁に弾かれて消失した。意味のないような攻撃に、訝しげな表情になったサルビアだが、やることは変わらないと仁の背中へ剣を向けて、


「っ……!ごめん!」


「ご……がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?」


「なっ……ぬうううううん!!?」


 そして、仁の身体と氷を突き抜けた銀と赤の刃に、胸部を穿たれた。





 時を僅か、ほんの僅かに遡り、サルビア側の視点ではなくシオンから見た刹那だとしよう。


 上半身裸の仁が二人の間に割って入り、障壁が魔法であるかの確認と、目眩しを兼ねて氷の槍を撃ち込んだその刹那。彼はシオンへと口パクで、あることを伝えていた。


 その声なき言葉の意味は、


『お、れ、ご、と』


 これだけではまだ、伝わりにくいだろう。しかし、シオンから教わった彼女の世界の言葉で「ここ」と、矢印と円が赤い血で彼の腹に書かれていたなら。


 今までの訓練で指摘した記憶を仁もシオンも覚えていて、彼が指摘された場所を工夫したなら。


 そして、仁が何かを覚悟したようの眼をしていたなら。


「ほんとに?」


「……」


 戦闘だけに関しては異様に敏感なシオンになら、思いは伝わった。仁はこれからの彼女の行動を、頷いて許した。


「っ……!ごめん!」


 そうして謝罪と一緒に撃ち出された銀剣は、赤円内の皮膚を容易く食い破り、腹を貫き、背中から飛び出て、仁の体を大きく動かして、


「ご……がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?」


「なっ……ぬうううううん!!?」


 仁の身体に鍔まで食い込んだ刃はその彼方の、サルビアからは落ち葉で隠されて見えななかった氷の空洞を通って騎士の装甲を打ち破り、胸へと届いた。


 代償として、仁に今までとは比べ物にならない痛みを与え、叫びによって壊れた喉を持って行って。


「……邪魔を」


 胸を押さえて膝をついたサルビアを見て、口から血の塊を吐き、僕さえ越えて暴れ回る痛みを抑えながら、


「へへっ。これが、妙手か?」


「逃げるふぁよ!」


 半身をサルビアへと傾けて、しゃがれた声で煽った仁からシオンは剣を引き抜く。すぐさま氷で傷口を覆った少女は、彼の身体を担いで走り出した。


 シオンの経験と手応えからして、仁の臓器を一つ損傷させ、サルビアの鎧を砕いて身体にもある程度の傷は与えたはずだ。こんな傷を負った仁を放置してシオンが戦っても、仁が死ぬ。


「ありが……たい」

 

「ごめん……もう……む」


 そこまで理解している仁は、シオンの判断に感謝を述べた。最も彼女がその選択を選んでくれるところまで、作戦の内だった。


 また、シオンの腕の中にいつも通り抱き抱えられたところで、仁の意識は強制的に落ちていく。その最中、泣く声とありがとうという感謝の声と、バカと叫けぶ声がごちゃ混ぜになって木霊していたのは、きっと夢じゃないだろう。












「これは、幻ですかぁ?」


 十分ほど後、イザベラ率いるカランコエ騎士団が戦場へようやく辿り着いた。遅すぎる、とも思われるかもしれないが、これは偏に団長の強さの信頼故だ。


「団長!大丈夫ですか!?」


「信じられない……のですよぉ……」


 しかしそこで見た、信頼していた男が血を流している光景に団員達は一人残らず息を飲み一拍の後、木にもたれかかっているサルビアへと寄り添った。


「すまんな。油断していた。というより、少し想定外だった……安心しろ。このくらいでは死なん」


「……あの女の忌み子ぉ、失礼、あなたの娘さんがそこまで強かったのですかぁ?」


 目をしっかりと開いた団長に、団員達は揃って安堵の息と驚愕の感情が心で混ざるのを感じた。しかしそれでも、信じられない。団員達には本当に、その言葉以外見当たらないのだ。


 『魔女』や『魔神』を除けば、今世紀二強の片翼。剣の腕だけなら最強とも謳われたサルビア・カランコエが、いくら彼の血を引くとはいえ年端もいかぬ娘に負けたなど。


「いや、確かに我が娘は強かった。イザベラでも厳しいものがあるほどにな。だが、私が遅れをとったのはあの男の忌み子だ」


「はい?あの雑魚はもう動けないような傷を負っていたはずではぁ……」


 しかし、サルビアの口から発せられたのは、その信じられないことを更に超える驚愕の事実。イザベラはただ、聞き返すばかりだった。


「私もそう判断し、後回しにしていたのが災いした。信じられんことに、俊敏に動いて私の剣と動きを身体で止めおったわ」


「……そしてその隙にあなたの娘が、ですかぁ。それでもぉ、あなた様なら反応できたと思いますぅ」


 胸の傷に手を押し当て治癒をするイザベラが、少しだけ目を細めサルビアを問い詰める。無いとは思うが、まさか手心を加えたのかと。


「くははははははっ!確かに遊びが過ぎたが、あの一撃だけは本当に予想外で妙手だった。まさか惚れた男の体を突き破って、娘の剣が出てくるとは思わなんだ」


「……とんだ無礼を。処罰は如何様にも受けますわ」


 その探りを見通し、あの時の戦いと男の打った狂気の一手を思い出してサルビアは大口を開けて笑う。彼の態度にイザベラは嘘も娘への愛情はないと判断し、自身の不敬とも言える行いに頭を下げた。


「処罰などせぬ。おまえが追い詰めたのに、逃がしたのは私の責任だ。そして国に仕えるおまえが、国に刃向かう可能性のある芽を探るのは良いことだ」


「本当に敵わないですわぁ。では男の忌み子は死んだのでぇ?」


 探りを入れたことを一切責めないサルビアに、ここまで懐が大きい人間には探りを入れても底までたどり着けないとイザベラは両手を上げて敗北を認め、話を元に戻す。


「いや、どうだろうか。運が悪ければ天に召されてくれるだろうが、生き残る確率の方が高いか?あの場所は間違いなく臓器……おそらく胃を貫いていた。おまえのつけた傷に、私のつけた傷もあるのだ。余程の運が無い限り、後遺症は残るだろう」


「忌々しいですわぁ。情報を引き出すよりぃ、殺害に重きを置いた方が良かったかしらぁ?」


「いや、おまえの情報はきっと役に立つ。少なくとも、獲物に舐めてかかって逃がした団長よりはな」


 サルビアは、屍を積み上げた数と剣の位置から傷と影響を推測する。その信頼性と内容にイザベラは憎しみに顔を歪めた後、彼の冗談に笑い、


「お戯れをぉ。どうしましょう?全力で捜索いたしますかぁ?」


「いや、血の跡を辿ればある程度まで探れるとは思うが、見つけられる可能性と食糧を天秤にかけると辛いものがあるな。グラジオラスとの合流を優先すべきだろう」


 提案を出したものの、サルビアによって拒否された。


「確かに。まともな食糧はあと三日分ほどしかありませんわぁ。その気になれば狩りなどで一週間はもたせてみせますけどぉ?」


「狩りをしながらの部隊移動ではシオン……ああ、我が娘を見つけるのは難しい」


 実際、彼らの虚空庫に入っていた半年分に近い食糧は底をつきかけており、時間的にも余裕はない。イザベラの潜入も、他の部隊が狩りをしている間だけの条件だったのだ。


「それに、生きているなら生きているで使い道がある」


 生かしておいて損ばかりでは無いと、サルビアは喉を鳴らして立ち上がった。


「まぁ悪い顔ですわぁ……とても親子とは思えません。あの化け物にぶつけさせるおつもりでぇ?」


「ご明察。さすがは副団長だ。さて、そろそろ出立しよう。予定が一週間も遅れている。ジルハードの小僧がうずうずしているだろうからな」


「了解ですぅ。たまにはかまってあげませんとねぇ。団長。着いたら早々稽古してくれ!と頼んできそうですわぁ」


 サルビアとイザベラの号令により、カランコエ騎士団はグラジオラス騎士団との合流地点へと向かう。


「次は無い」


 サルビアはその瞳に、執念じみたものを宿して。


『サルビア・カランコエ』


 戦場にてあげた武勲は数知れず。剣聖、剣神ともうたわれる、今世紀最強の剣士にして今世紀二強の片翼。剣の神と呼ばれた初代カランコエ直系、剣の名門カランコエ家で、初代を超える才能を持って産まれた神才。世界一の才能を持った男が、世界一努力をした結果生まれた怪物。その剣は、魔女と魔神にさえ届くと言われている。


 齢四十五。銀髪に銀の瞳の壮年の騎士。傷だらけの肉体は鋼鉄のごとく鍛え上げられている。魔力は並より少し少ない程度だが、魔法の扱い自体は超一流。


 シオン・カランコエの実の父親であり、剣を教えるという名目で、彼女に拷問ですら生ぬるい生き地獄を与えた張本人。まだ物心つかない時から斬られていたシオンにとっては、恐怖の象徴そのもの。親子なので顔立ちはどことなく似ている。


 しかし、シオンを虐待した顔は一つの側面にしか過ぎない。忌み子以外には優しく、穏やかで、不器用ながら面倒を見ようとする、団内では父親的な存在。剣の教え方も厳しいものの、決して無理はさせない。困っている人間を見かけ、それが剣で解決できることならば無償で人助けしてしまう。その在り方はまさに騎士であり、善人に見える。


 また、黒髪戦争の参加者であり、敵の首魁を斬った英雄である。現カランコエ騎士団副団長のイザベラを始めとして、多くの人間の命を救った。


 圧倒的な強さを誇るものの、彼は何の系統外も持っていない。ただ剣のみで天を奪った男、それがサルビア・カランコエである。



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