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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第32話 聞きたいことと言いたいこと


「自分の目的か。なんでそんなことを?」


「色々と、その出来すぎてた」


 理由を尋ねるロロに、仁は自らの推測から疑いの眼を向けた。


 伝説とうたわれる『勇者』の恋人で、特殊な身体と系統外を持つ男だ。なんの目的もなく仁達に近づいてきたわけではあるまい。


「食料だって、ロロならすぐに確保できると思う。村とかで物語を披露すれば多少の金銭にはなると思うし」


「迫真の演技だったよ」


 彼に疑問を覚えるまでは、本気でお腹が空いていたと思っていた。だが、今にしてみれば、あれは演技だったように思える。


「日持ちせずに腐ったってのも、虚空庫があるから考えにくい」


 よくよく考えれば、虚空庫の中に食料が備蓄されているはずなのだ。常識的に、ろくな備蓄もなしに旅に出るなどありえない。


「シオンが狙いか?」


「あれ、固まったよこの人」


 きょとんとしたロロをとんとんと叩き、現実へと連れ戻す。これは仁の予想が当たったかと思ったのだが、


「いや、すまない。あの時は本当に空腹でな。自分の虚空庫は少し特殊で、あまり広くはないのだよ。本を数冊に書くものと、あとは小物を入れるので精々だ」


「小物ってさっきカレー入れてたような」


「ごほん。気にするな。それに、何も偶然というものがこの世にないわけではない。疑うのはいいことだが、偶然を受け入れることも大事だぞ?」


 どこか申し訳ない雰囲気で、ロロは謝罪と真相を語る。かっこをつけて推測した予想が外れた仁は非常に恥ずかしく、穴があったら入りたかった。


「まぁ、面白い思考だとは思うがね。君は連想ゲームとかは得意そうだ。そこに不確定要素や異常が紛れ込んだりするのは弱そうだが」


 発想や状況の予想は秀でているが、予定外の事態に弱い。これも前にシオンに言われた一言だ。今日もまた同じことを言われ、成長できてないなと仁は肩を落とす。


「どういたしまして……そうだな。自分の目的、か」


 ひとしきりフォロー入れたロロは、夜の空を見上げて何かを考えているようだった。まるで自らの目的の、言葉の形を選んでいるかのように。それは数秒の悩みでどうやら決まったらしく、彼は空から目を離す。


「自分は『勇者』を探している。世界を救うような、『勇者』を」


 どこかぼやかしたような、しかし決して嘘ではないと分かる声色でロロは言葉を紡いだ。ぼやけたのは、うまく言葉にできなかったからだろうか。


「『勇者』」


 仁はその者の名を繰り返す。しかしその名前は、仁にとっては荒唐無稽で無茶で、非現実的なモノにしか聞こえなかった。


「そんなの今のこの世にいるのか?もしいるなら、救ってほしいくらいだ」


 そんなものはいないと、やたら刺々しく言い放つ。まるで、当てつけのように。


 ロロの大事な人は、魔女の力を大きく削ぎ、命を捨ててまで不老不死の魔神を倒して世界を救い、『勇者』と呼ばれた。


 世界を救う存在が勇者と呼ばれ、もしこの世にいるなら、今すぐ仁たちの世界を救ってくれるのではないのか。なぜ無実の日本人たちが、あんな目にあったのか。物語の途中の、勇者の成長に必要な犠牲だとでも言うのか。


「だから救われない今、『勇者』(そんなの)きっといないんだよ。結局、最後に頼れるのは自分自身だけだ」


 故に仁は『勇者』を否定した。否定したかった。断じてそんなことはないと。これは勇者が世界を救う物語などではなく、自分が戦うしかない現実なのだと、仁はそう思いたかったから。


「……君はどうやら、相当に辛い経験をしたようだな。案外、人知れず世界を救おうと頑張っている勇者や、その卵はいるかもしれんぞ?」


 握られ震える拳と身体中に刻まれた傷を見て、ロロは旅でどのようなことがあったかを悟ったのだろう。


「世界の為に戦おうだなんて大層な志持ったやつ、俺は今まで生きてきた中で見たことがない。みんな、自分のことで精一杯だった」


 仁の生きてきた時間は短い。しかし、経験した出来事の数々は、人類への希望を奪い去るには十分すぎるほどだった。


 彼が見てきた人間は自身か、精々周りの人間のためにしか命を賭けていなかった。シオンの言葉を借りるなら、周りの人を助けたいと自分が思ったから命を賭けた、と言う感じだろうか。


 結局、人は自分の為にしか命を賭けることはできない。


「それにもし、世界を救いたいと願ってもそれは結局、自分が救いたいと思ったからだろうよ」


「……実に嫌なところをつく考えだよ。これを彼女が聞いたら、その通りだと笑ったに違いない」


 これまでの生で培った価値観を冷めた目で語る仁に、ロロは愛した者の泣いたような笑顔を思い浮かべて、笑い、


「だが、自分はその考えを否定したいがね」


 仁の価値観に真っ向から刃向かった。


「何事も人それぞれだよ。仁。自分と君でさえこんなに違うのに、全員の価値観が同じなわけがないだろう?」


 ロロの言葉には、有無を言わさぬ想いがあった。仁はその気迫に、滲み出る目には見えないものに、気圧された。


「彼女の苦痛も苦悩も悲しみも絶望も知らない人間が、彼女の生き方を決めるべきではない。とはいえ自分も君より少し知っているだけで、これはブーメランだな」


 そこに含まれる静かな怒りに、そして崩れぬ正論に、仁は己の間違いを悟った。知らない人間の生き方を、決めつける権利はないのだと。


「ごめん。俺の考えを押し付けてた」


「僕もそう思ってました。ごめんなさい」


「いや、自分に謝られても困る……我が妻である『勇者』の代わりに、受け取っておこう。それに……いや、すまない」


 間違いを理解したのなら、頭を下げるのが道理だろう。「自分の為の戦いしかできない」というのは仁の考えであり、仁の価値観だ。人それぞれに個別の価値観があることを、忘れてしまっていた。


「なんでロロが謝るんだ?俺が、悪かった」


「いや、ある種君は正しい」


 そして仁の価値観の範囲でも、自分の価値観を押し付ける行動は間違いだった。


「さっきの君の考えははっきり言って完璧に近く、反論するには強引な暴論か、それ以上に完璧に近いわずかな考えを探すしかない」


 頭を下げ続ける仁に反省の意を感じ取ったのか、ロロは頭を上げるように促す。


 仁やシオンの考えは確かに完璧に近い。例えどれだけその本人が世界のためだなんだの言っても、「結局自分が死にたくないからでしょ?」、「誰かを助けたいと、おまえ自身が思ったからだろ?自分の為じゃないか」と言えば、大抵の場合は反論できない。


 だがそれでも、その完璧に近い考えが通じない例外もきっとあるのだ。なにせ完璧ではないのだから。先の考えが完璧だと思っていた仁に、その例外は分からないが。


「一つ、忠告だ。この世に完璧に正しい考えも、誰もが認める完璧な価値観もない。それに近いものがあっても、決してその考えだけが絶対に正しいと溺れない方がいい。きっとどこかが欠けていて、世界中の人間全てが同じ考えではないのだからね」


「じゃあ、自分の中の正しさってのはどう決めて動けばいいんだい?」


 絶対が無いというのなら、仁の中の正しさとはどこにあるのだろうか。ある種哲学的な僕の問いにロロは、


「間違いが無いから正しいというわけではなく、正しいから間違いが無いわけではない。だからこそ、己の信じる道を行けばいいと自分は思うがね。欠けていることを自覚しながらにはなるが、それでも良いと思う方に突き進むべきだ。これは人生の先輩からのサービスだぞ。出世払いで許してやろう」


 アドバイスといつか講義料の口約束の契約を送った。その説得力のある言葉からは、人生の先輩らしさが感じられ、


「今日初めて、ロロをかっこいいと思った気がする」


 仁はロロに対して、初めて敬意を抱いた。


「まるで今までかっこよくなかったみたいな言い方だな。自分はいつもかっこいいぞ?なにせかの『勇者』の心を射止めた男だからな?」


「惚気かよ」


「どうせ再生するんだから、爆発四散して地中深くで埋まればいいのに」


 とはいえその後のリア充自慢で多少薄れ、むしろ仁の心の中で敵意が芽生え始めた。


「かっこいいとか言った割にぞんざいではないか?して、もう一つ聞きたいこととはなんだ?」


 一つ目の話とお気楽な惚気は終わり、と暗に告げてロロは次の質問を待つ。仁としても次のことは軽い気持ちで聞ける話ではないので、助かる気遣いだった。


「ずっと、気になってることだ」


 もう一度、ロロと向き合い眼帯と開いている目を直視。自分の言いたいことを形にし、仁が発した問いは、


「この世界はどうなってる?誰が世界を変えたんだ?」


 魔女や魔神なんかより、ずっと仁が考えていたことだった。この世界はおかしい。魔法があって、魔物がいて、龍がいて、月が三つあって、日本人は虐殺され、命は恐ろしく軽く、食べ物もろくに手に入らず、電気も水道も生活基盤もないような世界。


 シオンがいた世界は、元からそういう世界だったのかもしれない。だがしかし、仁のいた世界はこうではなかったのだ。


「意味や原因、理由や得する奴らのことを、知りたい」


 大抵の出来事には理由や原因が存在する。ではこの場合、それは何なのかという問いだ。


「なぜ、自分が知っていると思ったのかな?」


 この質問は予想外だったのか、ロロは隠されていない目を見開き、まるで察しのいい生徒を褒めるような笑みを浮かべた。


「勇者に近しい人物なら、この件に関して何らかの情報を持っているんじゃないかって考えたんだ。持ってないかもしれないけど、可能性は一般人なんかよりよっぽど期待できるから」


 かの伝説の英雄との知り合いで長寿なロロなら、仁や引きこもりのシオン、ただの村人達なんかより、この世界の情勢に明るいことだろう。


「なるほどなるほど。いい線を行っているが、残念ながら自分も誰が実行者なのかは分からないな」


「実行者が分からないってことは、何があったかは分かるんだな?」


「話が早くて助かる。おそらく何者かが莫大な魔力と意志を持って、なんらかの魔法を発動させたということくらいだがね。む。思ったより大した情報がないといった顔だな」


 内心を見抜かれて、うっと呻く。ロロの指摘は図星で、もう少し詳しいことが聞けるかと思ったのが本音だ。


「すごい情報なのだぞ?世界と世界が混ぜ合わされたというだけでもな」


「いや、俺の仮説も同じで……どうしてそう思ったのか聞いても?」


 仁が旅の最中に考えた仮説と同じものを、ロロも考えていた。向こうの世界の住人で、情報もそれなりにあるはずの人間も同じ考えなら、この仮説は正しいのかもしれない。


「驚いた。仁もか……細かい理由は多々あれど、星の配置と見たこともない奇妙な風景が主な理由だな。信じがたいが、忌み子主体の世界と自分達の世界が融合したという仮説に辿り着いた」


「似たような感じか。俺らの世界じゃ月は一つが常識で、魔法なんてなかったからすぐに分かったよ」


 仁は似たようなものと言ったが、星の配置だけで気付けたかどうかの自信はない。そもそも星の配置など有名な物以外あやふやである。


 そんな仁でもさすがに三つの月と魔物の群れ、魔法がびゅんびゅん飛び交っていれば気づいたが。


「それはまた興味深いな。魔法なしでどうやって生きてきたのだ?また聞かせてくれたまえ。そら、月だが今の夜空の通り三つだ。ところで、あの連なったやたら光る星は見たことがないがな」


「あれはオリオン座って言う星座の一部だな。詳しい話は……忘れた」


 互いに気づいた理由の一つである星と月を指差して、違う世界の知識を擦り合せる。ロロが見たことがないものは、仁にとって見覚えのあるもので、ら仁が見たことがないものは、ロロにとって見覚えのあるものだった。


「やはり違うな。世界が混ざり合っている……馬鹿げているがおそらく正解だろうな」


「僕も一年前くらいなら、びっくらこいて気絶くらいしてたかもしれない」


「おまえまだ生まれてないだろ。俺は、そんな馬鹿げた魔法を、誰が一体何のために使ったのかってのが気になる。まさか他の世界の忌み子まで殺したくてとかいう狂的な動機じゃ……ないよな?」


 仁にはどうしても、わざわざ世界と世界をくっつけることのメリットが分からなかった。


 考えられるパターンとしては、食物がないなどの理由で滅びかけた世界からの移住であるが、シオンや村人達を見る限りそういった様子は欠片もない。


「自分にも分からない。少なくとも、他の世界の忌み子まで根絶させようというのはないとは思うがな」


 ロロも動機は知らないと首を横に振るばかりだ。確かに、知らない人間の狂気的行動の理由を聞くのは無理難題だった。


「ただ言えることがあるとすれば、この魔法を開発した者の技術も、使用した者の魔力も神の域に達しているということだな。神だのなんだの言われても実感湧かんだろうが」


「その誰かってのが神様ってこと?」


 しかし、動機以外の面ではロロの持つ情報の方が多かった。詳しくない魔法方面の情報に、仁は目の色を変えて食らいつく。


「そうとさえ疑うほどにぶっ飛んでいる。最低でも魔女か魔神クラスの魔力だ。そんな者がポンポンこの世にいるとは思えん」


「それは、そうだな」


 地形どころか、世界そのものも変革するような魔法。そんな馬鹿げた魔法を撃てる輩が何人もいるとしたら、シオンの世界はその時点でどうにかなっている。少なくともその存在は伝説くらいにはなっているはずだ。


「もっとも、本当に神かと疑いたいのはこの魔法の開発者だがね。一体どんな風にこの魔法を作ったのか、長生きな自分でも見当がつかんな」


「ロロ達の世界そのものをこっちに転移させた、っていうのは違うのかい?」


 異世界転移の逆で、世界規模レベルではないかという仁の推測。割といい線を言っていると思ったのだが、


「確かに転移の魔法は存在するとされているが、これだけの範囲など聞いたこともない。そしてそれ以前にどんな魔法がではなく、どう開発したかが問題なのだ」


 言葉を聞く限り、どうやらそうとは限らないようだ。しかもそこが論点ではないとも言われ、俺は深く首を傾げる。


「どういう意味だ?」


「あー。分かったよ。要は開発の工程が理解できないってことね。俺君は噛み砕いて説明しないと分からないかなぁ?」


 俺の人格より先にロロの話を理解した僕が、ご丁寧に分かりやすく説明を始めた。


「例えるなら、ガソリンも電気も水素もなんの燃料もいらずに走り続けられるものっすごい自動車、『夢燃料』(むねんりょう)を開発したとしよう。あ、夢燃料の『む』は夢ね!」


「その自動車はすごいけど、それだけじゃ話もおまえのネーミングセンスも理解できない」


「ひ、ひど……てかこれで分からないの?」


 確かに、その自動車はすごいだけでは言い表せないものだろう。この自動車の「なんの燃料もいらない」という機能だけなら、言葉にできる。


「この車、どう作ったか分からないってことが」


「なるほど」


 しかしその自動車、どうやって作ったのかは全く想像できず、言葉にできない。


「分かった?俺君」


「悔しいが分かった。分かりやすかった」


「でしょでしょ?褒めてもいいんだよ?ちょっと、つれないなぁ」


 礼を言うくらいならいいが、要求されて僕を褒めるのは癪だとスルー。真面目な話の中に放り込まれた2人の漫才的に、ロロは何とも言えない表情だ。


「まぁ、結論から言えばそういうことだ。そもそも新しい魔法の開発など大抵が偶然の産物で、狙ってできるものではない。なのに必然としてこんな魔法を創り、試運転もせずに発動に成功させたのなら、それは神様か何かだろうな」


 遅まきながらロロの言葉の意味を理解した仁は、あまりに人間離れした魔法の作りに戦慄した。仁の魔法の知識はそこまで博識なものでなく、むしろ無知に近い。だがしかし、この魔法のおかしさなら理解はできた。


 世界と世界を繋げる魔法を、何もないところからヒントもなしに作ろうと思って作ったのなら、そしてそれを暴走や失敗もさせることなく成功させたのなら、


「ようやく納得がいった……確かにそれは神様でもなきゃできない」


 まさに神業。神の所業とさえ疑いたくなるもの理解出来る。仁などが到底、関わってどうにかなるものではないことも。


「神業とは上手く言ったものだ。少なくともこの件に関しては自分はこの程度の情報しか持っていないし、何の関与もしておらん」


「……本当に誰だよ。こんな世界にしたのは……!」


「僕らにとってはそいつ邪神だよ邪神」


 そんな神に等しい力と技術を持つ輩のせいで、日本人は滅んだ。彼か、彼女か、あるいは彼らかがいなければ、仁達の世界は平和だったのに。


 仁の言葉の裏で暴れ狂う、見も知らぬ誰かへの怒りや恨みと呼ばれる感情にロロは眼を細めて、


「……それに足る理由があったのかもしれないがね。少なくとも自分は、何の意味もなく世界を滅ぼしたりくっつけたりする輩なんていないと思っている」


「さっきも言ったが、俺には全く理解できない」


「まぁ、それが普通だな。して、自分に言いたいこともあると聞いていたが」


「あー、うん」


 聞きたいことから言いたいことへと、話題は移り変わる。しかし言いにくいことなのか、仁は少し歯切れの悪い返事だ。延長を申し出ておいてここでヘタれるという、相も変わらずさすがのヘタレ具合である。


 だが、それだけ恥ずかしいことなのだ。今更ながら、なんで言おうと思ったのか分からない。けど言わないといけない、そんな気がする言葉だった。


「いや、大したことじゃないんだが……そのありがとうだ。ロロの話面白かった」


「は?なんと?」


「俺君、本当に面白かったって思ってるんだよ!あ、僕もいだだだだだだだた……!」


「……ふはっ……わざわざ延長して言いたいことがそれか?疑いをかけて、ものすごく真面目な話をしてこれか?ふははははははははははははははは!ひっー!これは傑作だ!人とズレているといわれたことはないか?普通こんなタイミングでは言わんぞ!」


 俺は顔を真っ赤にして声を絞り出したというのに、ロロは腹を抱えて笑い転げている。すでに後悔しているが、俺には礼を言うに足る理由があった。


 彼の話のおかげで久方ぶりに、シオンともわいわいと話すことができたという、もしかしたら仲直りのきっかけになるかもしれない理由が。


「いやぁ、すまないすまない。まぁ自分の話のおかげで、シオンとやらも機嫌がよかったであろうからな」


「……」


 本気で殴ってやろうかと拳を構えたところで、意地悪い笑みを浮かべた語り部が痛いところをついてきた。


「顔に出てるぞ?図星とな」


 三人がギクシャクしていることを、見抜かれてた。そしてきっと礼を言った裏の理由も、彼は見抜いたのだろう。


「喧嘩中ならプライドを捨てるが吉だ。じゃなきゃ細切れにされるぞ。ああ、思い出すと寒気がしてきた」


「されたのか」


 笑みの消えたロロが、ぶるりと身を震わせながら言った、これまた説得力のある一言。さすがの仁も、そんなバイオレンスな夫婦関係には残念ながら憧れなかった。


「今度は恋愛経験の大先輩として無知なる初心者に……こら、抜刀するな!さっきからいつでも抜けるように準備してたのは分かっていたが、ここは抜く場面ではないだろう!」


 バイオレンスに憧れないとは言ったが、やはりリア充はリア充だった。悲しい初犯者達は、目の前の失礼な先輩に逆襲する。


「いやいや待て待て落ちつこう」


 恋人がいたからと偉そうな態度に向けられた剣に、ロロは足元の土を鳴らしながら後ずさり。


「ぎゃー!?プスって言ったぞ!まさか軽くとはいえ本当に刺すとは!」


「さっき首にぶっさり刃埋め込まれたやつが何言ってやがる!」


「ぐぬぬ……いいんだぞ?いいんだぞ?無修正版『色王伝』を貴様とシオンの前で流してやってもいいんだぞ?さらにギクシャクすること間違」


「お願いします」


「「おい待て」」


「僕も二人がどうなるか楽しみなんで」


 もはや恒例となった、「どうせ再生するのだからいいだろう」の茶番をしばし演じる三人組。夜の世界に響き渡る笑い声や悲鳴の終わりは、


「もう言わないから許してください」


「確かにこれは有用だ。なんか可哀想で許したくなる」


「さっきまでのかっこよさはどこに行ったのさ」


 プライドを投げ捨て、土に手と足と額をつけた完璧なロロの土下座を前に、仁は哀れの視線を向けつつ剣を収めた。図らずしも彼の言葉の信憑性が証明された形である。


「と、このように誠心誠意謝れば大抵のことは許してもらえる」


「……演技か?」


「はっはっはっ!」


 許されたと途端に顔を上げた男に向ける目線は、さらに冷たいものへと変わった。


「君の場合は本当に謝りたいのではないかね?こういう時、ちゃんと謝れば大抵上手くいくものだ」


「……」


「ねぇ。今さらっと良いことに紛れて、さっきの誠心誠意の土下座、本当に演技だったって暴露しなかった?」


 前半や動作や体勢や情けなさはともかく、ロロの言葉は仁の奥に深く突き刺さった。数多の失敗の可能性を考えて、いつの間にか不安という鎖で雁字搦めになり動けなくなるくらいなら、考える前に自身の心のままに行動するのもアリなのだろう。


 人の悩みを照らすのはやはり月明かりではなく、人の言葉のようだ。


「よし」


 とりあえず、目の前の男を〆るのが今の仁の心のままにだ。


「土なんか持って何をする……かけるな!かけるな!地味な嫌がらせをするな!」


 ビーチでじゃれ合う恋人よろしく、水の代わりに砂を投擲。逃げ回るロロに溜飲が下がった仁は立ち止まり、シオンとのこれからを考え始めた。


 どう接すれば良いのだろうか、と。


 心のままにと言ったが、その心のままにがはっきりとしていないのだ。腕を組んで思案に耽る仁に、ロロは肩をすくめてやれやれと首を振り、


「さっきから悩まず突っ込めと言ったんだがな。草食系より肉食系のがモテると歴史が証明している。『色王伝』聞いたばかりだろうが。そうだな、いっそ出たとこ勝負でどうだ?」


「出たとこ勝負?」


「明日顔を合わせた時に、思ったことをそのまま言えば良いのだ。そうすれば心のままにだろう?」


「……明日、勝負に出てみる」


 ロロの言う通り今日は何も考えず、また明日踏み出してみようと仁は意思を固める。それでも考えそうになってしまうのは、彼の臆病さ故か。


「それに、あまり長い間喧嘩などしておると、本当に言いたいことも言えなくなるやもしれんからな」


「その経験もおまえの人生の中の、一ページか?」


 少しだけ険しさのとれた仁の顔に浮かべた微笑みを、自嘲的なものに変えてロロは悔いるように呟いた。


「ぷっ……くははははははは!あーポエムに背中がぞわりとした。そういうのあんまりシオンの前で言わない方がいいぞ。引かれる」


「俺君、ないわぁ」


「俺も今後悔中だよ。どうかしてた」


 ロロの語りに熱気に当てられたのか、俺は言った後に自分でもどうかと思うような詩的な言葉を口にしてしまった。しかし、時と口から出た言葉は戻らないのが世の常であり、後悔に悶えることしかできない。


「まぁ、後悔しない生き方など、きっとないだろうからね。自分にもそんな経験、言葉を借りるなら後悔のページくらいはあるものだ」


「借りるならレンタル料払えよこんちくしょう」


 ロロの言葉は、ひとつひとつがとても現実味を帯びていて重みがあり、心の奥へとすんなり届く。後半は仁の心にすんなり刺さるという方が正しかったが。


 これはきっと、彼の人生の厚さが原因なのだろう。


「それでも人は、後悔を少ない生き方を求めて生きていくものなんだろうがね。おっと、すまない。ついつい語りの口調になってしまったな。染み付いた性分でな」


「……今日はロロと話せてよかった」


「色々と勉強になったよ!」


 そんな彼の話を聞いた仁は練習だと、心のままに言葉を口に出してみた。


「やればできるではないか。その調子でがんばるといい。さて、もう夜も遅いな。今度こそ本当にお開きにしよう」


 試したこともお見通しだったのだろう。愉快だと笑ったロロは親指を立て、合格点を与えて仁を励ました。


「また今度、『勇者』の話を聞かせてくれ。じゃ、おやすみなさい」


「おやすみー!」


「ああ、おやすみだ。幸運を祈っておるぞ。仲が悪いより、良い方が良いに決まっているからな」


 お開きの挨拶ともに、ロロは暖かい布団がある寝床へ、仁は林へと脚を向ける。仁の見ている方角がおかしいことに気づき、何かを察したロロは、


「トイレか?」


「お花摘みだよ!」


「見て欲しいとかではないよな?さすがの自分もそれはない」


「とっとと寝てくれ。本当にさっきまでのかっこよさ、どこに放り捨ててきたんだこいつ」


 色々と台無しではあったが、それなりの親交が築け、多数の情報を得られた良い夜だったのだろう。


「では、今度こそおやすみだ」


「おう」


 仁が最も懸念していた、殺し合いが起きなかったのだから。





「明日の朝、頑張ろう」


 本当にロロと別れ、隠れてお花摘みを終えた仁は布団に入る。明日の覚悟を確認してから、彼は眠りへと落ちていった。









「シオンに仁か。申し訳ないが、『勇者』になるには力も覚悟も足らないな。偶然会ったにしては良質かもしれないが、他を当たるとしよう」


 仁がお花摘みをしている間に、白髪の男が呟いた言葉は彼以外に聞こえず、夜に溶けて消えゆく。


「足りない『鍵』の回収を急がないといけないな。封印が解けるまで、もう時間がない」


 その時の彼の顔は、仁達の前で今まで一度も見せたことがない冷たさで、ある妄執じみた決意に満ちた表情だった。


『魔神』


 『魔女』と共に忌み子の由来となり、世界を滅ぼそうとした者。黒髪黒眼であったとされている。


 彼は『他者の魂を喰らい、身体を奪い取る』という系統外を保持していたらしい。この能力への抵抗は非常に困難で、例え英雄のような強靭な精神力だったとしても、足掻けて数秒。常人なら即死だったと記されている。


 死の寸前で身体を交換することで、事実上の不老不死を実現していた。いくら身体を壊そうが、乗り移れる人間いる限り、無限に復活を繰り返される。まさに絶望の具現とも言っていい存在だった。


 不死性もさることながら、この能力の恐ろしさはもう一つある。それは、喰らった魂の持つ系統外と魔力までをも奪い去るというもの。つまり彼、もしくは身体によっては彼女は、身体を交換すればするほど強くなっていくという、ふざけた存在だった。


 最終的に彼は数百、もしかすると千を超える系統外を保有し、『魔女』ほどではないにしろ莫大な魔力を有していたとされている。


 また、とある学者の記録によれば、彼は世界を滅ぼす為の尖兵を建造していたとされている。しかし、これは『記録者』の記録ではない為、真偽は不明。


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