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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第29話 真実と物語


「今日はここで野宿にしましょう」


 村を出て四日、家に別れを告げて三日が経った日の夕方。朝から強化を使用して進み続けた三人は、森の中で一夜を明かすことを決めた。


「あ〜〜ごっつ疲れたよ」


「ご、ごっつ?」


「すごくって意味ね」


 少し早めの休息ではあるが、身体が全快とは言えない仁にはありがたい。火傷も動けるくらいには治り、昨日からは自分の脚で歩いてはいるが、やはりまだ身体は痛むし、疲れるのは早い。しかし、進んだ距離を考えれば軽い疲労だろう。


「描き直せば刻印がまた使えるのは、ありがたい発見だったな」


「描き直すたびにどえらい痛いんだけどね」


 仁の背中に刻まれている刻印は、シオンによって上書きされたものだ。魔力も十分に込められており、上書きと苦痛のペースは強化を多用して三日に一度といったところか。


「火傷も多少は治ったし、強化があれば一日に数十キロは走れるし、本当に魔法ってのはイかれてる」


 動くことさえ激痛だった初期に比べれば、痛みは無いに等しく、痕も半分ほどまでに縮小している。


「大分よくなったけど、これ以上は……ごめんなさい」


「しょうがないことだから、大丈夫」


 だがそれでも、半分は残ってしまった。胸や腹、右頬は醜く歪んだ痕が刻まれたまま。傷は男の勲章という言葉があるが、さすがに多すぎる。


「じゃ私、今日の寝床作るから」


「僕と俺君は料理しとくよ!」


 暗い話の流れを嫌ったかのようなシオンの声をキッカケに、前日から決まった役割分担に従ってそれぞれ動き出す。木魔法で簡易型の屋根やベッドをシオンが作成、その間に仁が料理を作り始めた。


「塩の量はこれくらいでいいかな」


「目分量でいっちゃえいっちゃえ」


 シオンが創成した木に、彼女が起こしてくれた炎で着火。虚空庫から出した鍋で、水魔法の水で湯を沸かす。シオンの魔法にがん頼りで、更に仁の料理の腕はそこまでではない。


「……本当に、これは慣れないなぁ」


「肉を切らせて野菜を剣で切るっての、本当にシュールすぎる」


 包丁の扱いに関しては全くのど素人であったが、剣を使って斬り刻むのなら、仁でもそれなりにはできる。形はどうしても不揃いになってしまうことには、目をつぶってほしい。


「だって、包丁で自分の肉切っちゃったもの」


 昨日は包丁を使おうとしたのが、あえなく失敗。指に傷を増やし、シオンの治癒魔法にお世話になる羽目になった。


「だからって剣で斬るのもなんか嫌だ。魔物とか斬ったやつじゃないのか?これ」


「熱湯に炎に水で除菌してたから、衛生的には大丈夫じゃない?精神的なのは考えちゃダメ」


 そこでヤケクソ気味に剣でやってみた結果、これが思いの外上手く切れたのである。ちなみにシオンとしても、血と臓物なんて浴び慣れてるからOKとのこと。


「剣で皮剥けて、包丁で傷負うとは思ってなかった」


「あの、今主導権僕だよね?ね?」


 ガラ芋と呼ばれる、変な斑点がたくさんついた芋の皮を剣で剥きながら、俺はしみじみと呟く。しかし主導権を握っているのは僕の方であり、彼は訂正を求めた。手先の器用さも対人の器用さも、やはり僕の方が上である。


「俺に代わってみろ。おまえより上手くやってやるから」


 負けてはいないと僕から支配権を奪い取り、ガラ芋と剣を手の上で上手に転がす俺。すぅーと滑るように刃が入り、土の中で長年連れ添ったであろう皮と芋の仲を裂いていく。


「どうだ?」


「俺君って戦闘に関しちゃ本当に器用だよね。いやーんって言うほど綺麗になったよこれ」


 失敗するフラグを盛大に建てておきながらも俺は一度も指を切ることなく、綺麗に皮と芋を分ける。一片の皮もなく、つるんと裸に剥かれた芋を見せられたら、悔しいが僕も認めざるも得なかった。


 ちなみにこの芋、地球で言うジャガイモに似た食べ物で、厳しい環境でも育ち、味もいいという素晴らしい作物だ。初めて食べた時は二度と食べれないと思っていた味に、涙が出そうであった。


「俺だってこんくら……い、ん?なんだ?」


 ドヤ顔をした俺の脚に、何かが引っかかった感触。蔦でも絡まったかと思って足元へ目を向けた俺と、紫色の目があった。


「め、飯をぉぉぉ……!自分に飯をくれえええええええええええええええええええ!」


「ぎゃああああああああああああああああああ!?」


「ほわああああああああああああああああああ!?」


 大惨事になったのはいうまでもない。指が落ちなくてよかった。






「全く、何してたの?」


「そこで気を失ってるやつが、俺の脚を掴んできたんだ……でも、ごめん」


 暴れまわった刃で腕を盛大に斬りつけ、芋と地面と服を真紅に染めた仁が、申し訳なさそうにシオンに謝る。傷に関しては今、治癒魔法で治癒してもらっている最中だ。これくらいの深さなら、小さな傷が残るくらいで済むだろう、とのこと。


「それよりもこいつ、追手か?」


 驚きのあまり仁が反射的に蹴ってしまった結果、白髪の男は気を失ってしまった。脈はあるが、あとで謝らねばならない。


「私の知る追手ってのは、え、えーと……もう少しまともに服を着てたはず」


 しかし、その前に問い質したいのは彼の格好である。左目を覆う眼帯とパンツ以外、何も着ていなかったのだ。夜に出会えば通報間違い無しだし、シオンの教育にも悪い。


「もっと静かに尋ねてきてほしかった」


「俺君俺君、静かに声かけてられても、君ならきっと同じ未来を辿ってたよ」


 仁が怪我を負ったのも、綺麗にフラグを回収する羽目になったのも、この地べたを這う露出狂が足を掴んだせいである。


「確かにまったく気配がなかったというか……なんだろな」


 服装も気配も明らかにおかしい。現在彼は獣の皮を被せられ、シオンが作った木製の簡易型ベッドの上へと仁によって輸送されていた。


「取り入るための作戦、にしちゃバカだよな」


 仁とシオンを追ってきた調査隊のメンバーかとも考えた。しかし、普通に考えて半裸で対象に近づき、飯をねだるだろうか。挙げ句の果てに踏まれて、夢の中へ旅立つ始末。


「僕が調査隊ならもっと良いの送るよ。こんなおかしい人じゃなくてさ。目立ちすぎる」


「自分のどこがおかしいと?」


「あ、起きた」


 隠されていない目をごしごしと擦り、男は獣の皮を服代わりに起き上がる。仁やシオンと違う傷一つない皮膚、流れるような白髪はまるで女性の髪のようだ。身長は仁と同じくらいで、声も完全に男性である。


 そして何より、


「カラコン?」


「なんだそれは?」


 吸い込まれる程美しい紫紺の隻眼が、深く印象に残った。その色が瞳にある人間など仁は見たことがなく、思わず偽物かと疑った程。


「怪我とかは?」


「大丈夫だ。昔から丈夫なことだけが自分の取り柄だからな。して、からこん?とはなんだ?」


 男は自身の身体を一切見ずに大丈夫と答え、むしろ質問さえ返してきた。ちゃんと見ろよ、と仁は思うが口には出さず、


「瞳の色を変える道具のことです。気を悪くしたら、すみません」


「別に良い。しかし、その道具は有用そうだな。一つ欲しい。あ、この眼は本物だぞ?」


 滑舌の良い聞き取りやすい声と、ぐうと腹の音が辺り一面に響き渡る。当然、その音の主と声の主は同一だ。


「いくら自分の身体が丈夫でも、腹の虫には勝てんな。まぁ確かにどんな英雄や強者、それこそ『勇者』や『魔神』や『魔女』であっても、栄養がなければ枯れ果て死に果てるのみだ」


「そんな空腹で負けた『勇者』に何が救えて、『魔女』と『魔神』は何を滅せるのさ」


 男はうむうむと頷き、いかに空腹か言葉を並べ、ちらちらと仁を見てくる。それはもう物乞いのオーラがものすごくて、鬱陶しいの域に達している。


「シオン。いいかな?」


「いいわ。沢山作ってるから!それに、もし足りなくなったなら虚空庫にいくらか料理の在庫あるし」


 最早催促に近い視線に困り果てた仁は、シオンに託す。もちろん、お人好しの少女は喜んでと快諾し、鍋からカレーに似たスープを皿によそい始める。


「ありがたい!優しい人に助けられて良かった!何度も行き倒れたことのある自分だが、ここまで優しい人は……ひぃふぅみぃ……うむ!何度目だな!」


「……」


 指折り数えて手の数を超えて放棄した男はニカッと笑って頭を掻いている。少なくとも十回以上、このようなタカリを繰り返しているのか。


「あの、なんで倒れていたんですか?珍しそうな髪の色ですけど、どこの出身で?」


「そう急かさないでくれたまえ。あ、敬語とかは自分苦手だから気を使わなくていいぞ!」


「お、俺も苦手だからありがたい、けど」


「よしよし、そうと決まればまずは腹ごしらえといこう!むむ、この匂いは……カレーか!最近食べていなかったせいか、体が求めて仕方がなくてな」


 敵か味方かを見極めようとする仁だが、その前に話を逸らされてしまった。だが、やましいことがあるから煙に巻いたというわけではなく、男の顔や動きからして、


(こいつ、本当に食べることしか考えてないな)


(涎出てるよ。これも演技だったら僕らの負けさ)


 涎を垂らし、待てないとばかりに手を差し出すその姿は、ただ純粋に食欲に溺れているだけであった。


「そういえば、君たちは二人とも黒髪……驚いた。君は黒髪黒眼か?」


「気づいてなかったのか?」


 男は本当に食事のことしか頭になかったのか、ようやく仁のことを忌み子だと認識したようだ。遅すぎる反応だが、気づかれたことに変わりはない。何気ない会話を続けるふりをしつつも、腰の剣に手を伸ばし、いつでも抜刀できるように構えておく。


「いやぁ、食べ物に釘付けになるほどいい匂いと空腹であってな。もしや、そこの女性も黒髪黒眼か?」


 さっきは全く見ておらず、今は背を向けているシオンのことを忌み子だとは確信していない。それ故に、投げかけられた質問にシオンはびくりと震え、仁は警戒のレベルをさらに一つ、上へとあげる。


 当然だ。今までシオンは、忌み子であるから迫害を受けてきた。この男も、もしかしたら忌み子というだけで軽蔑し、恨み、恐れ、様々な悪感情をシオンや仁に向けるかもしれないのだ。


 彼女の性格から考えてそれはきっと、とてもつらく、怖いことなのだろう。


「なぜ反応しない?ああそうか。なるほどなるほど。自分は忌み子であることが人にバレるのが怖いのか?なぁに!自分の前では気にすることはない。歴史を紐解けば黒髪黒眼なんてザラだぞ?」


「……!?それは、『魔女』と『魔神』のこと?」


 しかし、目の前の男は忌み子なんぞ気にもせん、と笑い飛ばした。驚きのあまり、仁は木のスプーンを地面に落とし、シオンに至っては振り返り、黒曜石のような瞳を紫水晶の瞳とぶつかり合わせていた。


「まぁ彼らもだな」


 彼は大げさに手を振り、歴史を語り始めようとして、


「が、失われた伝承をた…ど………れ?なぜ君がここにいる?」


 シオンを見て、急に動きを止めた。まるで、そこにいてはならないものを見てしまったような、震え驚きの言葉を吐いて。


「……え?私はその……」


「なんだよその反応」


 男は口では忌み子だろうと構わんと言っておきながら、シオンの顔を見た瞬間に態度を変える。少女はその豹変に落胆と悲しみを、仁は疑問を覚えた。


 妙なのだ。忌み子であることでの反応なら、仁でこの反応をするはずだ。それにどこか、おかしい。


「まだ解けないはず?まさか、残り時間さえも変わったのかっ!?」


「残り時間?」


 動揺しながら、目の前の男は意味ありげな言葉をよく回る口で紡ぎ続ける。ブツブツと考え込み、思考の海へと一人で潜る彼の声は、うまく聞き取れない。


「くそっ!こうするしかない!」


「きゃっ!?なにするの!」


 そして彼が出した結論は、嫌がるシオンへと手を伸ばすということだった。当然、シオンも何もしない、というわけではなく、


「……それ以上近づいたら、その首と胴が別れるわよ?」


 虚空庫から白銀の剣を引き抜き、男の首へと正確無比に刃を押し当てた。妙な動きをすれば数える間もなく、男の首と命は断たれるはずだ。


 とは言え、これは脅しだろうと仁は予想する。彼女の優しさ的に、殺すつもりはないはず。実際この行動の目的は、シオンの圧倒的な実力を知らしめて相手を冷静にさせる為で当たっていた。


「……これだけの剣技、持っていないはずだ。ならこやつは!」


「だから私を誰と勘違いしてるの!ちょっと!?本当に斬るわよ!」


 しかし、男は止まらなかった。首筋に刃がするりと食い込み、血が流れるのさえ構わずに、シオンへとその手を伸ばし続ける。


 その姿は、その目は、必死を通り越して狂気、そう、狂おしいまでの感情を感じる程。


 ただの脅しでしかなかったシオンは、止まらぬ男に戸惑いを隠せない。誰が予想しようか。強者の手によって首に刃物を押し当てられて尚、前へと進む人間がいるなど。


「ダメ。来ないで!」


 最後の一歩で、刃が男の首の皮膚を裂き沈み、突き進んだ手がシオンの頭に触れた。


「なに……これ……い、いやあああああああああああああああああああ!?やめて!斬らないで!殴らないで!」


「これで!」


 少女の額と男の手の間で七色の閃光が迸り、夕闇を眩く照らす。半狂乱になったシオンの目はどこか遠くを見ているようで、ここを見ていない。そして吐かれた言葉の数々は、彼女の傷だらけの身体を意味するようなものだった。少女は明らかに正常ではなく、男は余りにも異常だった。


「いいっ加減にしやがれっ!」


「んぐっ!?」


 身体強化を発動。男の頰に仁の右ストレートが撃ち込まれ、身体が吹っ飛んだ。少し皮膚が切れたかもしれないが、手加減はした一撃だ。


「どういう……ひゅー……ことだ?……もっと深くか?」


 地面に転がった白髪の男は困惑のままに頭を振り、シオンを呆然と見続けている。その首からは血が溢れているが、男はまるで気づいてない。仁とシオンには、それが恐ろしかった。首を軽くとはいえ斬られたのに、全く知覚さえしない狂気とはなんだ?


「……これで頭でも冷やせ!」


 このままでは止まらないと、側にあったお椀を投擲。カレーの入った椀は放物線を描いて、中身を零しながら男へと向かっていき、頭にぶつかっていい音を立てた。


「ナイスコントロール。でもあれじゃ逆にヒートアップじゃないかな?」


「ぐっああ……」


 出来立てのカレーを頭から被った男は、きょとんとした様子で再びシオンを見続けている。しかし、かけられた液体に我に返っただけで、熱さで痛がることはない。


「君じゃない?いや、じゃあ……なぜだ?」


 男は水筒の水でカレーを洗い流しながら、途切れ途切れの疑問を吐き出し続ける。一応、仁の言葉は通じ始めてはいるので、カレーを投げたのは間違いではなかったのだろう。


「シオン、大丈夫か!」


「……あれ?私、なにしてたの?」


「……いや、なにも。この男と知り合いなのか?」


 解放されたシオンは、先ほどの記憶がないらしい。叫んだ言葉について詳しく知りたい気持ちが首をもたげるが、それは後回しだ。


「ううん。今日初めて会った人だわ」


「ほら、シオンもそう言ってるぞ。人違いかなんかじゃないのか?」


 念のために確認を取るが、シオンも首を横に振っている。知り合いでもなんでもないのに、なぜこの男は彼女にそこまで執着するのだろうか。


 思い当たる節が、一つだけ。あるにはあるのだが。


「知らなくて……かはっ。正解なんだ。例え自分の考えがあっていても、違っても……だが…謝らなければならないな。本当に人違い……ぐっ……だったようだ」


「ねぇ大丈夫?血がどばどば溢れてるよ!?」


 水で頭を冷やして落ち着いたのか、男から先ほどの狂気は感じられない。しかし、落ち着いたのは良かったものの、彼の状態は別の意味で危ないままだ。


「それより怪我はセーフなの!?かなり深く切ったはずだけど……っ……今すぐ治癒するから」


(襲いかかってきた相手を心配するとか、この子どこまでお人好したんだか、全く。俺君、ちゃんとリードつけておくんだよ?)


(…うるさい。そんな状況じゃないだろ。首ぶった切られたやつがいるんだぞ)


 僕の軽口に付き合うほど、余裕のある状況ではなかった。自ら負ったとは言え、男の首の怪我は間違いなく重傷だ。シオンの治癒魔法ですら痕が残るかもしれない。


「これくらいは大丈夫だ。心配には及ばない」


 しかしら男は治癒を固辞。自らの手を傷口に当て、指を真紅に染めながらなぞっていく。どぽぽと嫌な音と泡を立てて血が溢れ落ちていくが、彼の手は止まらない。


「うそ」


「どんな手品だ?これも、治癒魔法なのか?」


 水で血を洗い流し、その下に現れたのは傷一つない綺麗な肌。血が流れた後はあれど、傷跡はなに。オーガをも凌ぐ再生能力だ。


「あれだけの傷、痕が残るはず。それを抜きにしても早すぎる……魔力をどれだけ使えば、この早さの治癒に?」


「ああ、自分の系統外みたいなものでな。それにあの傷を負ったのは自分だから、シオンとやらが気にすることではない。むしろ人違いで悪かった」


 魔法のある世界で暮らすシオンでさえ、男の治癒速度は異常と認識したようだ。だがそれも系統外ならば、ある程度は納得できる。


「何者……?」


 指で軽くなぞるだけで怪我を消した男。只者、というわけはないだろう。


「ああ!申し訳ない。自己紹介が遅れた」


 男は失念していたとばかりに深く頭を下げる。沈むのは一瞬で、すぐさまガバッと急に身体を起こし、


「名はロロ!旅の物書きにして語り部、ちょっとワケあり、と言ったところであるかな?君たちには多大な迷惑をかけた。いくらかサービスしてあげよう!」


 仰々しく、大袈裟に、紫水晶の瞳を輝かせて、笑顔のまま名を告げた。


「……誰だ?」


「さーびす、って何?」


 ロロはかっこよく決めるつもりだったのだろうが、不発に終わった感は否めなかった。二人とも、ロロという名前など知らなかったのだ。


「あれ?それなりに名の知れた語り部だったはずなのだが……うむ。サービスと言うのは、お代はいらないということだ。あ、でもそのカレーはもらってもよいか?飢えて死にそうだ」


「それお代じゃね?」


「い、いいけど……え?お話聞かせてくれるの!?」


「いいとも!今日は特別にタダ!大盤振る舞いだ!」


「ありがとう!私お話大好きなの!」


(なんか毒気抜かれたねえ。てかあの傷で大丈夫なのに空腹で死ぬとかどうなってるの)


(俺には理解できない。殺し合い始まるかもしれないような雰囲気だったじゃないか……)


 先ほどの物々しい雰囲気はどこへやら、ふふん!と鼻を鳴らすロロと名乗った男に、シオンは話を聞かせてもらえると目を輝かせる。一瞬で移り変わった空気に、仁だけが置いてけぼりだ。


「とは言っても、自分の話のレパートリーは少し他とは違うがね。実際の歴史を語っているのだ。要は実在した英雄譚、ということだな」


「れぱーとりーってなに?」


「語れる演目の数とかって意味だよ」


「歴史って大抵、勝った側に歪められたりするものじゃないのか?」


 地球では「歴史は嘘つき」という言葉があるくらいに、時と共に移り変わるものであった。科学技術などないこの世界では、さらに歴史が歪められているのではないか、と懸念する。


「失礼な。『記録者』が書いた歴史だぞ?全てが事実だ」


「仁は知らないかもだけど、この世界の歴史を記す専門家、みたいな人がいるの。その人は一切事実を歪めて書かないから、信用していいと思うわ。といっても、ここ千年の間はほとんど記録がないらしいんだけど……」


 そんな仁の懸念は、シオンとロロによって払拭された。どうやら科学技術に代わり、歴史を記す魔法やその専門家がいるらしい。この世界の魔法の壊れ具合から考えれば、そう不自然でもない。かつての仁なら、そいつ絶対嘘つきだろと思っただろうが。


「さぁさぁ!ご理解いただけたところで、自分が今宵語るのはどの物語だ?異形なる王の偉業の旅路を描いた『化け物の王』かね?」


 ロロは手を口に当てて牙を作って化け物を再現しつつ、最初の作品を紹介する。


「それとも、遥か古に沈んだ大陸で生きていた人々と英雄の話、『砂の翼』か?」


 カレーの鍋の中で浮いているガラ芋を底へと沈めて、次の候補を。ついでにシオンからカレーのお椀を受け取り、彼女が作ったテーブルの上に。


「はたまた奴隷たちが己の権利を主張し、立ち上がった『権利戦争』かな?」


「奴隷がいたのか」


「まぁ昔の話だがね。権利もなく、命なきモノとして扱われていた。故に、この戦争が起こったとも言えるな」


 彼は首輪を引きちぎる動作で自由を表現し、この世界の歴史に疎い仁へとちょこっとご教授する。


「ちょっと個人的な理由であまりお勧めはしないが……まぁいい。大切なものを守る為に!かの『魔神』と戦う為に!自然を操る悪魔となった男の話、『慈愛の悪魔の黙示録』か!」


「悪魔?」


「すっごい高位の魔物ね。強大な力を持った魔法使いが禁術によってその身を変えるって言われてるけど……」


「彼はそんじょそこらの悪魔とは違う。恐らく最強の大悪魔だ」


 悪魔の物語だけは、何故か少しだけ嫌そうに紹介される。しかしその中に一点、仁としては聞き捨てならない言葉が含まれていた。


「なぁシオン。俺のは大丈夫だよな?悪魔になったりしないよな?」


「仁の強さだと多分ならな……いや、魔力がないって話だから!ね!ほ、他の禁術とかならまだ危ないけど、大丈夫!」


「そうか。なら、いい」


「一応聞くけど、どんな禁術があるんだい?」


 不安になった仁が尋ねるも、シオンから帰ってきた答えは大丈夫だよという残酷な刃だった。僕は即座に話題を逸らそうと、ロロに禁術について尋ねる。


「自分の知る禁術だと、人を呪い殺す代わりに自らも死ぬ魔法、光と引き換えに魔眼を手に入れる魔法、人体を怪物へと変える魔法、先も言ったように奴隷にする魔法、後は人の心を操作する魔法辺りか」


「僕らそれの親戚刻んだの?」


 今にして思えば、とんでもなく大胆な行動だったらしい。どれも身体に害のある魔法か、人間の禁忌に踏み込むものばかりだ。


「さぁ、次だ!世界で最も多くの女性を虜にしたと謳われ、圧倒的な剣技と莫大な魔力と特異な系統外と歴史上類を見ない性欲を駆使し、破壊の神と互角の戦いを繰り広げたとされる、伝説の勇者の異常で異端な英雄譚、『色王伝』……これはお子様にはまだ早いな」


(この世界にもエロ本はあるのか)


 虚空庫から取り出した本を捲るのを途中で止め、手でバッテンを作りこの話をキャンセル。題名と紹介文から、なぜ止めたのか十分に察しがついた。正直言って、興味は多々あったがシオンの手前。仁は胸の奥に葛藤を仕舞い込んだ。が、


「失礼ね!私これでも18よ!」


「「うっそ!?俺(僕)より年上!?」」


 シオンの口から発せられた衝撃の真実に、俺と僕は異音同意で素っ頓狂な声で飛び跳ねた。十八と言えば、仁の世界でビデオ屋さんの、夢のカーテンの向こう側へ行ける年齢だ。シオンには失礼だが、身体的精神的共にとても見えない。


 ちなみにシオンの世界の一年が仁の世界と違う、というわけでは無いことを、あらかじめ言っておこう。


「な、なに?私がそんな歳に見えないとでも?仁よりたくさん、色んなこと知ってるんですからね!い、異性の裸だって見たことあるし!」


「んなっ……!?お、俺だってそれくらい!」


 シオンは嘘では無い虚勢と無い胸を張り、俺はショックを隠して張り合うように胸筋を張る。しかし、そのどちらの内容も、


(あ〜シオンの言ってるのは風呂場のアレか。で、俺の言ってるのも火事場の不可効力のアレね。どっちもバカだなぁ。僕?ないけどね!)


 真実ではあるが、男女交際の経験値が豊富であることを示すわけでは無い。むしろ真実を知る僕からすれば、経験が無いことマーライオンのごとくをゲロっているかのようである。なお、僕も当然のごとく無い。


「ふむ。シオンとやらは大丈夫だが、仁とやらの年齢がアウトだな。この話は無しだ。ちなみに、自分も異性の裸は見たことがあるからな!」


「聞いてないのに自慢かよ」


「あうとってなに?」


「ダメってことだよ」


 男に女性の裸を見たなど聞かされても、仁にとって何の得もない。むしろ羨望と嫉妬と殺意を滲ませるのみだ。


「それはまるでシオンとやらのは気になる、というように……というより、十八でその身体とは色々と絶望的……あ、カレーはくれると言ったではないか!こら!ちょっと待て!いだだだだだ!いくら自分の治癒が早いからと言っても斬りつけるなだだだだだ!?」


 鋭い切り返しに言葉に詰まった仁が、ロロの手からカレーのお椀を没収して口の中から胃の中へ。絶望の下りで胸の辺りの空気を掴んで落ち込んだシオンが、虚空庫から剣を引き抜いて、無言でロロへと斬りかかった。


「悪かった!自分は嘘をついたことがなくてな!よく注意されるのだがね」


「今の時点でダウトでアウトだろうが!」


「ダウトは嘘ついた人に、おまえ嘘つくなよ!って意味ね」


「分かったわ。ありがと僕。ダウト!」


 嘘がついたことが無いより、分かりやすい嘘は無い。このロロという男、いよいよ怪しくなってきた。元から怪しさ全開であったが、更に上があろうとは。


「さて、気を取り直してだ!どの物語が聴きたい?どれも夜食の肴にうってつけ!そしてタダときた!これは聞かないわけにはいかないだろう?」


「怪しいけどもうこいつカレー食ってるし、シオンはどれがいい?」


「もう少し乗ってきて欲しいのだが、冷めておるな」


「そんなことない。俺だってそれなりにワクワクしてる」


 仁にとっては全てが初めて聴く話であり、どれを選んでも楽しめそうである。本音を吐けば、一番心惹かれているのは最後の候補なのは言うまでも無い。


「私、今聴いたのは全部読んだことあるから、他のってないかしら?」


 しかしシオンは全て読了済だと、変更を要求する。その言葉にロロは面食らい、仁は気づいた。全部読んだことがある。ということはつまり、


「あれ?シオン、『色王伝』は読んだことあるのか?」


 成人未満お断りの本を、お断りの年齢の時に読んだことがあるということだ。いや、シオンが20歳の誕生日を迎えてから律儀に読んだとしてもそれは。


「ご、ごめんなさい!そ、それはよ、読んだことないわ!」


 思わず出たボロに慌てふためくシオン。この反応は間違いなく、読んだことがあるものだ。


「よし、なら僕たちみんな未読未視聴の『色王伝』で決まりだね!セーフ!」


「おいバカ!やめろ!」


「だめよ!それはアウトだわ!」


「シオンって割とすぐに覚えた言葉使いたがるよね」


 胸をときめかせ、目を輝かせ、欲望のままに身体の支配権を奪った僕に、シオンと俺がテーブルをガタンと揺らして止めにかかる。


「んぐんぐ。セーフではないだろう。それにしても、シオンとやら。歴史をよく知ってるのだな。一般人では到底知りえないようなものがほとんどなのだがね。見た目に反してかなりの教養があるようだ」


「見た目に反しては余計だわ」


 お椀にカレーを掬い、口いっぱいに頬張っていたロロがバツマーク。褒めているのか、貶しているのかよく分からない褒め方に、シオンは傷を歪めて微妙な表情である。


「うむ、これは失敬。ならこれはどうだ!なんと、これも知っていると?どういうことだ?」


 ロロが次々と候補を紹介していくが、シオンは決して首を縦に振ることはなかった。


「私、物語とかお話が大好きで、だいたい知ってるみたいだから。私で話を選んでもいい?知ってる話になっちゃうけど……」


「リクエストか?そうしてもらえるとありがたいがね。聞きたい話があるなら、それに越したことはないからな」


「俺らは大抵知らないからどれでもいい。リクエストはお客さんから選んでもらうって感じだ」


 シオンは自分が選んだ方が早いと、ロロと仁へ頼み込む。二人、いや、三人の了承を得たシオンは、決断するかのように一息を吐いた。そして彼女が選ぶのは、


「『魔女の記録』をお願いできるかしら?」


 仁やシオンに関連があるであろう、忌み嫌われし者の伝説だった。


「……ふむ、心得た。が、『魔神』の物語ではなく、『魔女』の方でよいのだな?あれはどちらかといえば『魔女』の恐怖を伝えるためのもので、一般人が心躍るものではないぞ。残酷描写も多いしな」


「うん。『魔女』でお願い。仁もそれでもいい?」


「ん、大丈夫」


「客がそう言うなら、よかろう!」


 シオンのお願いに、語り手は意気揚々と頷く。彼は頬のカレーを拭き取り、語る喜びに身を震わせ、笑みを浮かべる。


「さぁ!今宵語られるは世界に挑みし、この世で最も恐れられ、最も忌み嫌われし魔女の伝説!彼女の魔法は大地を山脈と穴に塗り変え、新たな海を増やし、障壁と似た強度黒き膜で街一つを覆い、文字通りの天変地異を引き起こし、『魔女』と謳われた彼女の話だ!」


 虚空庫から一冊の本を取り出し、魔法の灯りで観客と文字を照らす。白髪が光を跳ね返し、紫水晶の瞳は光を吸い込んでいる。


「偽りなき真実の伝説を語るとしよう!『魔女の記録』、ここに開幕!」


 かくて、『記録』は語られる。


 『ロロ』


 旅の途中で偶然行き倒れていたところを拾った、語り部を自称する男性。透き通るような白髪、紫水晶のような隻眼、虹色の瞳を隠す眼帯、新雪のように傷一つない綺麗な肌、よく通る声をもつ。見た目だけなら少年であり、仁と同い年と言われても多分通じる。


 語り部というだけあり、話せる物語の数は無数に存在する。そのどれもがお伽話のように聞こえるが、全てが実話である。彼は歴史を語る語り部なのだ。


 相手に触れることで、なんらかの能力を発動できるらしい。また、異常な再生能力により、つけた傷は数秒ほどで完治する。そのほかにも、異常なまでの記憶力を誇り、一度見たものは決して忘れない。


 忌み子ではなく、仁とシオンは最初は警戒していた。しかし、忌み子に対しても比較的友好であること。あまりにも騎士に見えないことから、次第に懐に潜り込んで来た。


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