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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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間章2 焼跡と騎士


「それで、二人の忌み子は死亡したと言うのだな?」


 未だ黒い焦げた跡が残る地に立つ、蒼い髪を短く切り揃えた騎士。兜を外した精悍で端麗な顔が眩しいと、対峙する男は目を細め、


「まぁ、忌み子がいなくなって清々してますよ。俺も脚を奪われたのは痛い。ああ、俺の脚を斬ったのもあいつだった。一発、腹に鉄剣埋め込んでやればよかったですかね?」


 木魔法で作られた椅子の上に腰掛ける男、ラガムが質問に答える。シオンに引き続き、また気の抜けない相手とのやりとりに冷や汗を隠すのに必死であった。


「そう思うのなら、してやればよかったと思うがね。君が本当にそう思っているのなら」


 どこか含んだ物言いの騎士に、心臓が早鐘を打つ。自分の言葉次第で守った、いや、守られたこの村がもう一度、火の海に沈むかもしれないのだから。


 魔物の軍勢の襲撃から約半月、ラガム達は大切な人を失った悲しみに浸りながら、復興のために働き続けていた。


 ほとんどの家が全焼。男衆のほぼ全てが死に、残ったのは数人。村を守れる戦力には程遠い。だが、今回の大火事で大多数の魔物も焼け死んだらしく、一切襲撃はなかった。


 生き残ったはいいが、これからどう生きていけばいいのか分からない。大多数の村人の心境はまさにそれだった。


 何人かの前を向いた者達が導かなければ、この村はダメになっていたかもしれない。


 昼間は住む場所の確保のために働き続け、夜は仮住居で失った者に涙を流す。そしてまた朝が来て、目標の住居の建築に取り掛かるの繰り返し。


 そんな空虚な日常に舞い込んだ異常。それが重装備な鎧を着込んだ約五十名ほどの騎士団であった。彼らは村の復興を手伝い、魔物と忌み子の警戒に当たってくれている。


 シオン達の手を借りて村を救ったことに、後悔はない。もしあの二人がいなければ、村は火の海どころか血の海に沈んでいたであろうから。


(問題はそこじゃねえんだよなぁ)


 問題は、忌み子の存在を隠匿していたことと、一時的にとはいえ、手を組んだことが騎士団に露見してしまうことだ。


 忌み子の存在を隠匿、及び忌み子と手を組んだ者には厳しい罰が与えられる。それがこの国の法。国の剣であり、盾である騎士団に事がバレたら。想像するだけで身震いする。


「いくら魔物の大群から逃げるためとはいえ、忌み子も恐ろしいことをする。森の半分を焦土にするとはな。まるで、魔法一つで森を溶かした『魔女』のようだ。そして貴君らはそれに巻き込まれた、と」


 処刑される仮定の未来から意識を引き戻し、ラガムは正面の二人の騎士へと集中する。『魔女』と言う名を出しての揺さぶり。ボロを出してはいけない。そのプレッシャーは、鉛のように重くのしかかる。


「ええ、そうですよ。住む家もぜーんぶ燃えちまいましたし……いや、本当に助かってますよ。ここをグラジオラス騎士団様の駐屯地にすることで、俺らに住処と職を与えてくれるんですから。『魔女』を見たことはないんでなんとも言えませんが、あの女の忌み子の強さは本当に化け物でしたよ」


 目上の者、そしてバレないようにと、二重の意味で言葉に気をつけながら、精一杯頭と舌を回し続ける。


 そもそもグラジオラス騎士団とは、王国の守護二柱とも謳われる少数精鋭の騎士団だ。数多の戦場と忌み子狩りでその名を残しており、辺境に住むラガムでさえ名前は聞いた事があるほど。


 普通、こんな田舎に来るような存在ではない。


 そんな天上人とも言える騎士団の団長と会って、直接話をすることになるとは、夢にも思ってなかった。


「正しくはカランコエとの合流の為の駐屯地だが。気にすることはない。むしろ、魔物の軍勢を止められなかったこちらに非がある。本当に、すまなかった」


 そして、こんな風に地べたに擦り付けそうになるほど、頭を下げられるなど。


 確かに、民草を守るのが騎士団の存在意義であるなら、目の前の騎士が謝る理由はある。だが、騎士団長ほどの地位にあるということは、高い身分にあるということだ。そんな身分が、平民にやすやすと頭を下げるなど聞いたことがなかった。


「あ、頭を上げてください。さすがに騎士団といえど、国土全てを守れるわけがないのは、皆も分かっておりますんで」


 そんなあり得ない光景に、ラガムはまた違う意味で汗が出るのを感じた。許してもらう為の謝罪ではなく、本当に申し訳ないという気持ちのこもった謝罪で、正直どう取り扱っていいのか分からなかった。


「……そう言ってもらえるとありがたいな。改めて情報の提供、感謝する。そして、遺族と魂にお悔やみと謝罪を。所用があります故。では」


「こちらこそ、住居と職の提供。本当に感謝しております」


 互いに頭を下げあい、会話を終える。ようやくこの重圧から解放されると思い、ラガムが気を抜こうとした瞬間、


「なぁ、その女の忌み子ってのはそんなに強い……あー、強かったのか?」


 団長と呼ばれた端麗な顔つきの騎士の隣で、ずっと剣をいじっていた野性的な印象を与える灰色の髪の男が、ラガムに唐突な質問を投げつけてきた。


「ええ。千の魔物を相手に一歩も引かず戦い、オーガを一刀の元に斬り捨てるほどに」


 気を抜いた所の揺さぶりの不意打ちに、ボロを出さなかった自分を褒めてやりたい。そう思うほどラガムは焦った。理由は、言い直す時に灰色の男が浮かべた意地の悪い笑みだ。


「そうかそうか。んじゃ、引き止めて悪かったな」


「では、今度こそこれで。復興のために力を尽くすことをお約束します」


 二人の騎士の背中が遠くに行ったのを見届けて、大きく嘆息。対談用の仮面が外れて、軟体動物のように椅子の上で横になる。


「みんなの代表役、お疲れ様。ラガム」


「ラシャか……いい眺めだが、ちょっと手を貸してくれ」


 愛する女性に上から覗き込まれた至福の眼福であるこの体勢を名残惜しく思いつつ、体を引き起こしてもらう。


「すまんな。迷惑かける」


「迷惑だなんて。生きてるだけで十分よ」


 片脚での動きには未だに慣れず、一人で立ち上がるのにも一苦労。誰かの手伝いが常に必要だった。しかしまあ、周りとは隔絶された障壁魔法顔負けの、甘〜い空間を作り出した夫婦に、今度は近くで作業をしていた人間が嘆息。


「本当にもう、強い奴との交渉は俺みたいなの止めてくれねえかなぁ……冷や汗で身体の水が全部出ていくかと思ったぜ」


「仕方ないじゃない。村長も怪我してあんまり動けないんだから。でも、忌み子の方がきつかったでしょ?あっちは直接的な脅しだったし」


「村長はただのぎっくり腰だろ?俺は脚一本ないんだけどな……いや、どちらかといえば、こちらのが冷や汗出たぜ」


 妻へと寄りかかり、空いた手で額にべったりついた汗を拭い去る。本当に焦っていた彼に、ラシャは驚きの目を向け、


「騎士団は味方でしょう?バレなければ問題は無いじゃない」


 隠すべきところはボリュームを下げて尋ねた彼女の考えは、一般的に見て正しい。脅威となる得る忌み子の「皆殺しにするぞ」という脅しと、民のために剣を振るう騎士団。どちらが怖いかは明白ではあるが、


「バレたら問題ってことだろ。あの美顔騎士相手に隠し通せた自信がねえよ。若いけど、あいつら交渉も戦場も場数踏んでる」


 途中の会話にいくつも挟まれた含みのある答えが、ラガムを疑っていることを示していた。いや、回数からして見抜かれていたかもしれない。


「それにだな」


 そして、それ以上にラガムをここまで疲れさせた最大の理由は、


「それに?」


「シオンのこと化け物って言ったろ?あいつらも同じか、それ以上の化け物だ。生きた心地がしなかったぜ」


 強者の大安売りに、己の系統外もついに狂ったかと思ったほどだ。一般人や少し武を齧った程度の者には分からない強さだが、ラガムの系統外なら分かる。


 あの騎士二人組は、シオンに匹敵するほどの化け物だと。そんなラガムが怯えるほどの強さは置いといて。


「……まぁ、助けてくれるって言うんだ。ここはこの幸運な出会いに素直に助けられとこう。まぁもし、奴らに事がバレたら、俺と村長が裏で忌み子と通じてて利益得てたってことにし」


「バレたらまた、無謀な戦いしなくちゃね」


 笑顔とともに耳元で囁かれた冗談めいていて、しかし本気な言葉にラガムは一瞬だけ、動きを止めた。


 その一瞬によぎる想いは、


「……そこは素直に見捨ててくんねーかな。あの二人が捕まって、なんか言わない限りは大丈夫だろうよ」


 復興していく村を見て、あるべきところに無い脚を見て、ライバルの筋肉達磨が三又鹿を素手で仕留めてきて馬鹿笑いしているのを見て、愛する息子が遠くで子供達と遊んでいるのを見て、家族が無事なのを見て、土で作られた簡単な墓を見て。


「本当に生き残ったんだなぁ」


 そして最後に、村人達を救った英雄達のいる方角を見て。


「おまえらとの約束、果たせるのかなり後になりそうだよ。すまねえ」


 ここを立ち去った傷だらけの少年と少女に、謝罪を送った。






「で、団長どうします?」


 背後の視線から刺さる視線を無視して、ツンツン灰髪の男が隣の団長へと話しかける。


「ん?」


 答えたのは隣の蒼の短髪の端麗な、それこそ女性が見れば黄色い声を上げそうな顔立ちの騎士だ。周囲に誰もいないことを確認し、蒼い瞳に疑問の色を浮かばせ、


「何がだ?ジルハード」


「化け物みたいに強い忌み子だとよ。芽は早い内に摘んだほうがいいと思うがな」


「さぁな。死んだらしいし、幽霊にでも会ったら冥土に送り返してやるか」


 もし会ったならと、二人はくくっと意地悪く鳴らして笑う。双方とも顔立ちが別ベクトルではあるが整っており、そんな悪い笑いでも非常に絵になっている。


「とんだお人好しだよ。あいつらもよく天下のティアモ団長に大嘘ついたもんだ。そんなの無意味だってのに。忌み子の存在を隠すってのは重罪だが……」


 嘘がバレているかも、というラガムの不安は見事に的中していた。ジルハードは鋭い目付きを更に細めながらこの国の法を思い出し、刑罰に当てはめていく。


 しかし、ラガムのもう一つの不安。バレているのが問題という不安は、外れていた。


「別に構わないし、彼らは隠してなどおらんさ。うむ、そういうことだ。私が直接、彼は関与していなかったと報告しておこう」


「それでいいのかい?立場のある団長様よ?」


 騎士団長が言外に、忌み子の存在を秘匿した罪を見逃すと告げた。トップがその方針なら、部下たるジルは従うまでではある。もっとも、部下でなくてもジルハードはティアモの命令に従うだろうが。


「私たちが追うのは忌み子で、守るのは民だ。騎士団の存在意義に従ったまでだ。そして、私がこの立場にいるのは人を救うためだ。そうだろう?」


「お堅いんだが、柔らかいだか分かんねえな。優しいってのだけは分かるんだが」


 わざわざ上司としての呼び名を使い、悪い笑みを深めたティアモに、ジルハードは肩をすくめてやれやれといった様子。


「からかうな。優しいわけじゃない。優しかったら……忌み子を殺しはしないさ」


 悪い笑みから一転、ティアモは悲しみに目を伏せる。他の仲間の前では、強く気高い団長であり続けなれけばならない。故に、ジルハード以外の前では決して見せない、彼女が背負った使命に対する負い目。


「殺さなきゃ殺られる。そんな状況で大人しく殺されるやつは優しいんじゃなくて、異常なだけだと思うがな」


 ジルハードは上辺の言葉で彼女を慰めるわけではなく、ただ本心だけを告げる。彼の長所でもあり、短所でもある性格の表れだ。


「何を被害者面しているのだ、と言われるだろうが、たまに嫌になる。これが姉上の望んだ平和な世界なのかとね」


「アイツが俺らのしていることを知ったら、めちゃくちゃ怒って、慣れない剣持って、魔法まで使って全力で殴りかかってきて、最後に大泣きするだろうよ……だけど、俺らはもう止まれない」


 今この場にいない、ティアモとジルハードの価値観を形作ったとも言える女性のことを、二人して思い浮かべる。そして決意が揺るがぬよう、心の結び目を結び直す。


「『魔女』と『魔神』の復活だけは阻止しねぇといけねぇ」


「例えこの身が地獄に落ちようとも、この世界には地獄を生み出してはならない」


 三人が立てた誓いを、一つ欠けた2人で確認し合う。挫けそうになった時に、前を向くための儀式だ。


「にしても、今回の忌み子は一筋縄では行かなそうだな」


 獰猛な笑みを浮かべたジルハードが、あまり明るいとは言えない話題から、自分の興味がある話題に切り替える。


「膨大な魔力と類稀なる剣技で千の魔物と渡り合い、オーガを一刀両断。もう一人は魔力は無くとも、魔物を森ごと焼き払うという狂気としか思えない、本当の意味での焦土作戦を立て……そして、刻印をその身に刻んだ、か」


「……まさか、アイツ以外にもそんなバカするやつがいるはな。話の限り、前者は歯ごたえありそうで楽しみだ(・・・・)。どうだい?団長。できるか?」


「また悪い顔だ。気をつけた方がいいぞ」


「気を引き締めねえとすぐにでてくるな。悪い」


 強者の匂いで疼く魔力に髪が揺れ、灰色の目は狩りを楽しむ獣が如く爛々と光る。また彼の発作が出た事に、ティアモ少しだけ不安な様子だ。


「確かに、凄まじい」


 女の忌み子の活躍は、聞く限りでも充分に偉業である。騎士団でさえ頭を悩ませていた世界融合の副作用、魔物の大量発生による軍事行動に単騎で立ち向かい、村人の約半数を守りきるなど。


 そんな偉業をできるかと言ったジルハードに、ティアモはふむ、と顎に手を添えて。


「できなくはない。しかし、村人を守りながらとなると厳しいだろう。そこまでの魔力は私にはない。それにしても、そこまで強い忌み子がこんな辺境にいるとは思いもよらなかったな」


「この国で可能性がありそうなのは、俺とティアモとカランコエの団長、プラタナス様とルピナス様くらいか?リリィ副団長もできそうだな」


「『勇者』もいるぞ。あとは『魔神』と『魔女』もな。ただ単に千の魔物となら我らでも十分できるだろうし、カランコエ殿なら障壁なしでもできるのではないか?」


「『魔神』と『魔女』はともかく、やっぱあの人ぶっ飛んでるもんな。会ったら手合わせしてもらいたくてたまらねえ……ティアモは幼少のおいたで苦手意識あるっぽいけど、いい人だぜ?」


 国内の実力者の力量を照らし合わせて、他の候補を挙げていく。その数の少なさ、絶対にできると言い切れないことから、女の忌み子の異常さが理解できる。


「あ、あれはだな!屋敷への侵入者と勘違いしただけだ!身元が分かっていれば斬りかかろうなどとは……!」


「誰も思ってもみなかっただろうなぁ。10歳のガキンチョに騎士団長サルビア様が傷をつけられるなんて。てか、本当によくつけられたな。俺でも傷一つ付けるのに苦労するぞ」


「……あの時は、カランコエ殿も微妙な時期だった。私の年齢に動揺したのだろう。それに、この事件のことはもう忘れろ!」


「俺は真実が分かった時の、おまえとおまえの父ちゃんが道端で『魔女』に偶然遭遇しました、みたいな白目を剥いた顔がどうしても忘れられねえよ。目を閉じれば鮮明に、まるで昨日の出来事のように……」


「いい加減にしろ!そんなことはどうでもいい!」


 ついでに、ティアモの恥ずかしい黒歴史も掘り返されたのだが。幼少期の警備ごっこで侵入者と勘違いして世界最強の剣士に斬りかかり、傷をつけた事件は未だに語り草だ。


「やはり、おかしいと思わないか?」


「まぁ、聞くだけなら化け物だな」


 話を戻す。忌み子の強さははっきり言って、狂っているくらいに異常である。しかし、それより異常なのは、


「それもだが、これだけ強い忌み子だ。情報があってもおかしくはないはずなのだが」


 事前に情報が全くなかった、ということだ。全員の正確な居場所はともかく、世を駆ける英雄、実力者たちの風貌や名前くらいの情報は自然と集まるはずだ。


「聞いたことあるか?そんな強さを持つ忌み子」


「『黒髪戦争』くらいまで遡らねえと無理じゃないか?年齢的にあり得ねえし、首魁級の子孫……もねえな」


 だというのにシオンという忌み子は、今回の件で明るみに出るまで存在すら確認されていなかった。それだけの実力があるのなら、例え世捨て人のような生活をしていたとしても、どうしても目立つはず。


「シオンといったか。余程隠れるのが上手いか、はたまた運が良かったか。各所に手配しておこう。幽霊として」


「初出の情報に幽霊って書くのはどうかと思うけどなぁ。そのうちなんかの処分下りますよ?団長」


「ほ、本当に書くわけがないだろう!……あっ、おまえ分かっててからかってるな!?」


 忘れていた設定を慌てて付け足したティアモに、ジルハードはツッコミを入れる。その反応にいくら私でもと返すが、くくっと堪えた笑い声が聞こえてきて、ティアモは遊ばれていたことをようやく理解した。


「はいはい、ごめんなさいごめんなさい……はぁカランコエの到着はあと一、二週間は先で、それまで待機命令。もう追いつくのは無理だってのが辛いんだよなぁ」


「諦めろ。そしてだからといって私をからかうな。どれだけ強くとも、化け物は一人だ。こちらにはたくさんいるんだぞ?まぁ一人減る予定だが」


「俺じゃないよな?それ」


「心当たりがあるなら、日頃の行いを改めるんだな」


 忌み子がどれだけ強くとも、個人であるならば絶対的な脅威にはなりにくいだろう。それこそ、『魔女』や『魔神』ほどの強さでもない限り。


 己の系統外が招いた出来事を頭から振り払い、ティアモはつい先ほどの怒りを思い出す。


「それにだ!あの交渉をしたラガムとかいう狩人、私のことをまた男だと勘違いしてだな……!」


「短髪でそこらの男より男前で、胸が慎まいだだだだだ!真剣で斬りつけるのはやめろって!騎士団の規則で私闘は禁止だろ!」


「短髪なのは仕方ないし、顔だって私が作ったわけではない!それにまだここは成長……今姉上のようになるのは無理だと思っただろ?」


「思ってない。全然思ってない。あと、その顔要らねえとか世の男性みんなから恨まれるぞ」


「私闘ではなく稽古だ、ジルハード。いや『ハイイロ』。手加減無しのな」


「おまえ……その昔の呼び名はやめろって言ってるだろ?こっちも手加減なしで行くぞ」


 真剣を抜き、障壁を張り、物騒で、息ぴったりの冗談と剣の掛け合いが交わされる。彼らの出会った頃から変わらない、この掛け合い。


 剣と剣が鳴らす甲高い音と、戯れたような話し声は、鍔迫り合いで止まるまで続いた。


 剣を挟んだ先にある野性味溢れる顔と、綺麗な顔を見合い、しばらくは何かを耐えるように黙って、一気に笑い出した。


「今日はこんくらいにしとこうぜ。腹減った」


「奇遇だな。私もお腹が空いてな。いい匂いが誘惑してきて敵わん」


 強化された嗅覚が捉えた村から香る料理の美味しそうな匂いが、二人の胃袋を刺激していた。


「さて、数日はこの村の復興に尽くすとしよう。必ず、甦らすぞ」


「へーへー」


 珍しく殺戮のない日々に、彼らは空に向かって笑い合いながら、村へと歩き出した。


 こんな日々が続くなら、どれだけよいかと願いながら。



『ティアモ・グラジオラス』


 剣の名門、グラジオラス家の跡取り娘。慣例と実力によって、グラジオラス騎士団の新米団長を務めている。上に一人、姉がいたが既に死亡している。


 少しとんがった蒼い短髪に、透き通る宝石のような蒼の眼を持つ。中性的な顔立ちであり、そこらのイケメンよりもイケメンである。しかしながら、唇だとか仕草だとか、咄嗟に出る声などは女性らしい。「髪を伸ばして化粧をして、着飾ったならば傾国の美姫になっちまう」というのがジルハードの言。


 真面目で、馬鹿正直で、心配性で、落ち込みやすくて、責任感が良い。幼少期のトラウマが原因で、常に周囲を気にしてしまう。しかし、己の信念の為ならば他人の罪に目を瞑るなど、割と強かな一面も。よくアワアワしたり落ち込んだり、自分を責めたりしているので、その度にジルハードや団員たちが励ましている。団員曰く、「良い人すぎて、生きるのに向いていない。ど下手くそ」とのこと。


 ジルハードとは腐れ縁であり、幼馴染であり、同僚であり、上司であり、義理の妹であり、剣の主人でまあり、恋人のようでもありと、複雑な関係。団員や周りからは良い夫婦だとか、飼い主と飼い犬だとか、漫才師などとからかわれている。


 妥協を許さない鍛錬の積み重ねにより、剣術や魔法の扱いは達人の域に達している。決して跡取りだからという理由だけで、団長職を継いだわけではない。どうやら、何らかの系統外を保有しているようだが……


 騎士団長の立場でありながらもその優しさ故に、忌み子を殺すことに抵抗がある様子。しかし、優しすぎるが故に、彼女はその業を自らで背負おうとしてしまう。


 甘いものや恋物語、可愛いドレスが大好きだが、似合わないと本人は隠そうとしている。周りは大体知っている。ちなみにドレスは好きでも、貴族の開く舞踏会などは大の苦手。まだ稽古してた方がマシとのこと。

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