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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第58話 聖人ではないけれど



 大変遅れました。そして申し訳ありません。次回の投稿につきまして、詳しい日にちの指定ができません。書き上がり次第投稿とさせていただきます。



 大部屋の中央付近、横一列に目隠しされた人質が十六人。その後ろには、仮面を被った子供と思しき者が一人につき一人ずつ。そして列から一人、突出するのは泣き顔の仮面の男。


「今こそ解放の時ですっ!」


「つ!」


 部屋の入り口にプリムラが辿り着いたその時に、剣は振り下ろされた。だが、鋭い吐息一つ。列の中央の八人は止められた。彼女の両手から放たれた短剣が、剣と首の間にそれぞれ割って入り、ギリギリと音を立てて食い止めていた。


 それが限界。新たな武器を虚空庫から取り出す余裕はなかった。例え取り出していても。間に合わせるには八本が限界だった。二兎を追う者は一兎をも得ずというがことわざがあるが、まさにそう。九本投げていれば、一人も助けられなかった。


 そして八本投げていたとしても、残りの八人は助けられなかった。首がずれる。優れた剣士であることがうかがえるような、綺麗な断面が垣間見えた。噴き出した鮮血にて、すぐに覆われたが。


 恐怖の悲鳴も断末魔もなかった。当たり前だ。人質は目隠しをされている。男の言葉は「解放」と抽象的だ。生者は助けられたことにも気づいていない。死者は最後まで何が起きたか、知らなかったことだろう。


 人質を目の前で一斉に処刑するという、歴戦の騎士でさえ見たことがない狂気の光景。その上、武器を突きつけられた人質を視認したのなら、刺激しないように行動せよと叩き込まれていた。故に彼らは動けなかった。驚きと経験が身体を縛り付けた。


 しかしまぁ、例え動けていたとしても、誰も救えなかったが。抜きん出た反応速度、発動速度のプリムラだからこそ、間に合ったのだ。


「救出!」


 八つの首が大地に落ちると同時、プリムラは固まった騎士に指示を飛ばし、氷解させる。その言葉の最後は噛み締められていた。彼女が発した怒りの音でもあり、容赦を捨てた宣告でもあった。


 更に三枠による操作を継続。殺戮を阻んでから間髪入れず、短剣は仮面の男女の脳天を通過する。魔法障壁を展開し、更には人質の殺害に意識を割いていた彼らに為す術はなかった。額を穿たれた彼らは、糸の切れた人形のようにばたりと倒れた。プリムラは瞬く間に、八人の命を奪い去った。


「了解」


 歳も位も関係ない。プリムラがの声に溶かされた三人の騎士は、従順に従った。的確だったからだ。そして今、この戦場を最もコントロールできるのは誰かを、改めて知ったからだ。彼らは一瞬動けなかったことを恥じるも、その反省は人質を助けてからと切り替えて動く。


 残る仮面の子供は、列の両先端四人ずつの計八人。助けた人質を彼らから守るために、二人の騎士は土の壁を創成し、人質の列を生者と死者で断つ。一人は魔法の矛先を中央の男へと向け、牽制の役割を担う。言葉もなしにこれだけの連携を組めるのは、流石はカランコエの騎士といったところか。


 しかしこんなもの、数秒と保たない。実際、二秒後には轟音とともに壁は破られた。だがその二秒で、騎士は部屋を横切って人質のもとまで辿り着き、彼らを背に剣を構える。


「あ、ああ……なんたる背徳!なんたる冒涜!なんたる不届き者であることかっ!」


 その間、泣き顔の指揮者は牽制など見向きもせずに喚き立てていた。仰け反って身体を揺らし、最後には膝をついて大地に拳を叩きつける。男が狂っていることは、誰の目にも明らかだった。出会って十秒程度のプリムラと騎士の目にも、そう映った。


「あなたたちのせいでまた悲しみが!この世に残ってしまったではありませんか!」


「何が、したかったのかしら?」


 彼は阻んだ少女に、ぶるぶると震える指を差す。プリムラは指示をした男に向き直り、底冷えのするような声で問いかける。静と動と差はあれど、両者ともに憤怒の頂点にあった。


「解放と啓蒙です!悲しみから彼らを!その光景にて、あなたたちに天啓を!」


「へぇ。そう。理解に苦しむわ」


「それを、それをあなたはっ!あなたは今、自分が何をしたか理解しているのですかっ!」


「半分助けた。半分、助けられなかった。そして今からは誰も殺させないし、あなたたちは全員殺す」


 仮面から覗く目の全てが白くなるほどに見開き、何本もの髪が千切れるほどに掻き毟る。彼女は静かに短剣を周囲に浮かべ、(きっさき)と殺意を彼らに向ける。


「七十二番から七十九番!一人残らず、殺しなさい!」


「全員、守るわ」


 男は仮面の子供たちの名前を呼び、命令を。プリムラは騎士の目を見て、決意を。対極の指示が重なり、地下を木霊した。これが開戦の合図だった。


 右手に鉄剣、左手に土剣を握り、迫る仮面の子供の残りは八人。単なる子供が八人なら、精鋭カランコエ家の騎士三人でも人質を守り抜くのは容易いことだ。しかし子供の強さは並の騎士を凌ぐどころか、精鋭にすら届きうる。


 位置も悪かった。この部屋の出入り口はプリムラたちが通った一つのみで、真逆。目隠しをされた人質八人を連れて部屋を横切るのは現実的ではない。プリムラが全ての敵を惹きつけるなら、可能性はあるが。


 しかしその可能性すら、部屋を出た後という問題に潰される。首の断面から仮面の子供たちの技術は伺えた。拠点の規模から考えて、同等の強さを持つ者がまだいるだろう。処刑の準備をして待ち構えられていたことから、こちらの行動が読まれていると想定すべきだ。八人を三人で守りながら狭い通路で戦闘になれば。


「プリムラ殿!」


「なに弱音?それでもカランコエの」


「彼らを頼みます」


 経験から考え、客観的に見て、守り抜くことはほぼ不可能。故に騎士は唯一の可能性に託す。彼女ならば、必ず守り切れるはずだ。それが三人の騎士が一瞬の目配せで共有した答え。そこには信頼があった。誰よりも早く人を助けようと動いた彼女に対する、尊敬があった。


「……了解。私にかけて」


 騎士の視線は人質、上、プリムラへと移り変わる。それだけで伝わった。彼女は託された。全ての短剣を手に納めて、三重魔法で熱線を収束。眩い光が生まれ、放たれた。


「なにを!?」


「今にわかるわ」


 天井が穿たれる。大きさは人一人が倒れるほどと小さいが、その深さは馬鹿げていた。最高の適性、惜しみない魔力の三重。下から上へと地面を焼き進み、青空が見えるまでの穴をぶち空けたのだ。


「その頃には死んでるけど」


 全員の注意を引きつけたこの刹那に、プリムラは浮遊魔法で部屋を横断しようとした。通過点にある男の首を短剣で刈りながら。


「死ねませんっ!」


「っ!?」


「私は死ねない!魂の解放を待っている人が、この世には溢れています!」


 異常だった。崩落に巻き込まれぬよう、騎士は見た。目隠しされていた人質は音に怯えていた。しかし、仮面の子供も男も崩落も落石も見ず、反応すらしなかった。子供たちは真っ直ぐに人質を殺そうと駆け、男は十字架の形の剣を掲げてプリムラを阻もうとした。男は飛来した三本の短剣にも反応してみせた。


「なんで……」


「この世から悲しみを減らす為です!」


 十字架にて正面の一本が弾かれた。ここまではいい。だが、男は振り返ることなく背後の二本を、氷の壁で防いでみせた。見てもいない短剣の軌道を見抜き、適切な対応を取ったのだ。


「それを聞いたわけじゃないし、聞き間違いかしら?増やしてるわよ?」


「いいえ!減りました!なぜなら、死者は悲しまないからです!」


 プリムラの中に大きな驚きが生まれた。視認していない攻撃を防ぐなど、サルビアにもできるのだろうか。だが、目の前の男はやってみせた。身のこなしから、彼やザクロよりは弱いと彼女は判断していたが撤回する。警戒を遥かに引き上げ、「ついで」で戦って良い相手ではないと計画を変更。


「……そういうこと。呆れたわ」


「理解など求めて……逃げるのですか!」


「逃すわよ。その為に来たんだから」


 狂信者の理論にため息を吐きつつ、戦闘を中断。全速力の浮遊で戦場を突っ切り、人質のもとへ。プリムラが到着するまでの僅かな時間を、三人の騎士が土壁などの防衛に適した魔法を巧みに操ることで繋いでくれていた。


「遅くなってごめんなさい」


「い、いえ。てっきり地道に掘り進むものかと……」


「ちまちましたやり方は好みじゃないの」


 謝った。事前にプリムラの評判を聞いていた騎士は、剣を落としかけた。慌てて握力を強くした彼は、青い穴に驚いたと血のついた顔で笑う。そう、騎士たちは天井に新しい通路を創り、地道に魔法で掘り進めるように目線で訴えたつもりだったのだ。まさか直通をぶち空けるなど、流石に想定外だった。


「また後で」


 意識したものか、あるいは無意識か。言外の意味に唖然とした騎士に背を向け、プリムラは木魔法を展開。八人をまとめて拘束し、自分と結びつける。余計なパニック、手間を避ける為に目隠しは取らないまま、浮遊魔法を発動させて彼らと共に一列で空へ。順番は人質が上、プリムラが一番下だ。


 この時、人質はひどく怯えたという。ヒールの音がしたかと思えば、身体になにかが巻きつき、その上大地がしばらく消失したのだから無理もない。


 だが、八人の脚は全て大地の感覚を取り戻した。当然、仮面の子供は人質を追いかけようとしたが、プリムラに阻まれた。彼女の魔法障壁にて背後の人質に魔法は届かず、投げた剣も土の盾を貫くことができなかった。小さな穴であることを計算した防衛方法だった。










「ああ……あああああ……!」


 規格外の逃走法にて、八人の人質は救われた。残された男は頭を抱え、再び苦悩し始める。その間にも、騎士と子供たちの攻防は続いていた。


「ふっ……」


 一人の騎士の視界左端に、鈍い光が過ぎる。一か八かなど考えている余裕はなかった。見えない軌道を反射で推測しつつ、咄嗟に左手の氷剣の柄を二重で延長し、両剣に。何かを弾いた振動と音が伝わり、防げたことにほっと息を吐く。


「助かった!」


「次は助けてくださいよ!」


 狙いは自分ではない。左斜め後方で背を預ける、先輩の騎士を狙ったものだった。足元に転がったぬらりと光る短剣に、助けられたことを悟ったのだろう。振り返ることのない礼が聞こえた。こちらも振り返られずに、軽口と本音を兼ね備えた言葉で返す。


「あ」


 その瞬間、左右正面と三方向から迫る剣を見て視界が白に染まりかけた。乱戦で魔法障壁が解けないことは互いに承知のこと。迫る剣先は全て、液体に濡れた金属だ。助ける為に魔法の枠を使い切っている今、防げるのは両手の武器で二振りまで。


「ふんっ!」


「すみません!」


「良い」


 左から迫る剣が消えた。隊の中で最も歳上の騎士が斬りかかり、対応を強いられたからだ。両手の剣で二振りをさばき、切り結ばずに後退しながら礼を述べる。


 このように、三対八と数の利を失いながらも、騎士は連携によって隙を、死角を、穴を補い合って時間を稼ぐ。背中合わせの三角形はつくらず、助け合える距離を保ちながら戦場を動き回る。数の多い相手に同士討ちを誘発、または警戒させることで動きに制限をかける為だ。


 絶対に執着せず、のらりくらりとした立ち回りを意識する。仕留めることができそうでも深追いはせず、一度か二度剣を合わせれば移動し、単独で囲まれることを防ぐ。徹底した時間稼ぎの戦い方を貫き続ける。守るべき重荷がなくなったこともあり、一方的に蹂躙されることはなかった。


 だが、いつまで続くか。一人が倒れるだけで全てが崩れる、針の上のようなこの均衡は。そして倒れることは実に容易い。少しでも傷がつけば、それで終わり。動きが鈍るからではない。子供たちの使用する武器全てに、毒と思われる液体が塗布されているからだ。三人の騎士は不安を集中で振り払いながら、今を生き抜こうと剣を振るっていた。


「一体なんなんですかねこいつら!」


「さぁ、な!」


 生死の狭間でも、思わずにはいられない疑問があった。子供たちの強さだ。明らかに十五歳の動きでも、経験値ではない。さながら数多の戦場にて生き残った戦士の如き、強さがあった。


 何歳から、そして日に何時間戦い続ければ、ここまで強い少年兵ができあがるのか。即席の存在などではない。少なく見積もって、十年以上であることは間違いないだろう。


 しかも、ただ戦い続けただけではないのだろう。繰り出す剣、短剣、槍、斧の一つ一つが鋭く、命を奪うことに特化している。そしてそこに、何の躊躇いも躊躇もない。感傷も愉悦もない。()()()()()()()()。それ故に恐ろしい。


「……その歳で、何人殺した?」


 技術も心も、如何様にして鍛え上げられたのか。ひたすらに殺人を繰り返した以外に、答えは浮かばない。ならばそのひたすらとは何人なのか。どれだけ殺せば、ここまで無感情になれる。騎士ですら、心が揺れることはあるというのに。


「…………」


 答えはない。表情もない。ただ命じられたまま、人形のように剣を払い、魔法を発動し、槍を握って斧を振るう。騎士を殺害しようとする。不気味だった。プリムラが八人を殺害した時も、何の反応も見せなかった。魂や心が欠落しているのかと思わされた。


「彼らはあなた方の罪にして、幸福にも選ばれた使徒です」


「なに?」


 一方で、泣き顔の仮面の男は実に感情豊かだった。天井の穴を見つめながら、怒りを込めた静かな口調で騎士に語り始めたのだ。


「あなた方が目の前の危機しか救わないから、世界はこんなにも辛く、悲しく、厳しく、残酷です。だから彼らは生まれた。だからこそ彼らは選ばれた」


「何を言って」


「世界から悲しみが消えることはありません。ならば、私たちは一人でも多くを解放します」


 世界への憎しみが、そこにはあった。男は世界を悲観し、その原因である体制を非難していた。


 当たり前のことだ。無理のないことだ。騎士だって人間なのだから、休日を謳歌するし趣味も楽しむ。だがそのことが、男は許せなかった。騎士は全ての時間を人助けに捧げ、全てを救うべきだと彼は主張した。そうであれば、解放など必要ないとも。


「ああ……また手が遠のいてしまった……!そしてあの忌まわしき女がこちらに!」


 途端、男は目を見開いて叫び出した。天井の穴に手を伸ばし、握り潰す。その意味はすぐに舞い降りた。


「本当に屑ね。あなた」


「ぷ、プリムラ殿!」


 プリムラだ。天の穴を高速で潜り抜けて地下へ舞い戻り、開口一番で男の理想を切り捨てる。予想よりもずっと早かった心強い彼女の帰還に、騎士は声を抑えられなかった。


「ああ……貴女は許されざる!人殺しの基準を履き違えた、悪人以下の善人です!」


「いい詩ね。子供が好きそう」


 圧倒的だった。浮遊魔法でふわりと着地した彼女は、八本の短剣を解放。気づくのに遅れた子供一人の腹を暴いて内臓を溢れさせ、四人の動きを牽制する。


「それより、まだ生きてたの?やるじゃない」


「貴女こそお早いと言いますか。もう少し時間を稼がなければならないかと」


 余裕の生まれた騎士と余裕を与えた魔女は、戦場にてお話しを。騎士の疑問はもっともだった。地上へ送り届けるだけならまだしも、安全な場所までの避難を行なったにしては早すぎる到着だ。危うい均衡の上に命を乗せていた彼らには喜ばしいことではあるが、不安は過ぎる。


「上に女々しい駐屯騎士どもがいたから、彼らに任せてきたわ」


「なるほど。それはそれは」


「他の騎士団も来て、厳戒態勢を敷いてる。直に援軍も到着するわ」


 しかし、杞憂だった。罪悪感が拭えなかったのか。戦うことを拒絶した駐屯騎士の一部はまだ、近辺をうろついていた。それを聞いたカランコエの騎士たちは笑顔をこぼし、追加された情報に安堵する。


「さて、まずはあの屑を片付けましょうか」


「見ていて吐きそうでした。助けられた人をなぜ、みすみす生かしてしまうのか。私は、私は悲しい」


 最後にようやく、泣き顔の仮面を見る。彼は涙を流していた。泣いていた。人を殺すことができなくて、心から悲しんでいたのだ。


「彼らが生きて、何になるというのですか!この世は悲しみに、苦しみに溢れている!生きていれば必ず、それらに行き当たる!善人が虐げられるのです!」


 短剣を空中に侍らせる。十字架を天に掲げる。命の奪い合いを前に、彼はこの世の悲惨さを説き始めた。それは事実で、当たり前のことだった。


「しかし死ねば!死ねばいい!悲しむこともない。苦しむこともない。まさに解放!」


 死ねば、いや、この世界とは別の場所に行けば、苦しみから解放される。自殺志願者が無意識のうちに陥る思考を、彼は全世界に押し付ける。


「だったらあなたがまず死になさいよ。悲しいんでしょ?」


「誰かが、誰かが果たさねばならないのです。善人を解放し、悪人が悲しむ世界の為に、誰かが身を捧げなければ」


「なにこいつ。よっぽどタチ悪いわね」


 プリムラの言葉に、彼は千切れそうな勢いで首を振った。そして明かされた彼の理想の世界に、騎士も白い魔女も困惑した。こればかりは呆れ返る他になかった。


 善人には救いを、悪人には裁きを。過激ではあるが、この考え方自体は一般人のそれと同じだ。根本的に狂い、間違っているのは救いと裁き。この世が苦しいものであるから、そこから早く離れることを救いと彼は考えた。留まることが裁きになると、彼は考えた。


「騎士は助けた後を保証しません。勝手に生きろとばかりに放り出します。しかし私たちは!死後の安寧を保証いたします!私たちこそ正義!真の救世主にして裁定者なのです!」


 彼は本気で、善人を救おうとしているのだ。悪人に裁きを与えようとしているのだ。一体何がどうなって、ここまで狂ってしまったのか。彼は今までに、何を()()()()しまったのか。


「その正義をあなた方は否定した!もはや慈悲は潰えた!あなた方には罰が与えられる!」


「見逃してくれるの?悪は生かすんでしょ?」


「いいえ!四肢を切断し、光を、匂いを、音を、味を、感覚を奪い、生き地獄を!私たちは決して殺さない!」


「ふぅん。たしかに、殺しの方がよっぽど慈悲があるわね」


 会話を続けながら、互いに気を伺う。プリムラは子供たちまで意識しながら、推論を安全に確かめられる瞬間を待っていた。男は隙のないプリムラの気が緩む一瞬を狙い、作り出そうとしていた。


「今こそ尊い犠牲の上に、正義の裁きを!」


 男が十字架を振り下ろした。それがきっと合図だったのだ。残る七人の子供たちが、一斉に駆け出した。プリムラが張っていた警戒の網に、自ら飛び込んだのだ。


「なっ!」


 これには騎士も驚かされた。特攻の命令であり、それをまた、何の感情もなく受領したからだ。狂信者ですらない。彼らは神の名の下に特攻を命じれば、喜んで引き受ける。しかし仮面の子供たちは、喜びすらしなかった。ただ呼吸をするように自然に、突っ込んだのだ。


「プリムラ殿!」


 すぐに動いて剣を重ねて、一人ずつの計三人を阻んだが、残りの五人は止められなかった。彼らは進み続ける。事前に用意されていたプリムラの短剣に腕を落とされ、脚を切断され、首を斬られて腹を裂かれてもなお、命ある限り前進し続ける。


「これが正義?」


 彼女は短剣の軌道を変更。胸や腹部といった急所ではなく、最速で命を奪う頭部を狙うように。


「そうです!我が身を犠牲に大義を成す!まさにこれこそ献身!正義!人のあるべき姿!そう、殉じた使徒は解放にて報われるです!」


 だが、読まれていた。欠損しながら進む四人のうち、二人の障壁が物理へと転じ、短剣を弾いた。残る二人は剣と魔法にて頭部を守り始めた。上手な特攻だ。範囲魔法にて二人を焼き尽くしても、物理に頼っても、二人が残る。その上、再度障壁を変えられることも考慮しなければならない。それを為すのは雑兵ではなく、鍛え上げられた少年兵。常人ならば詰んでいたとも。


「正義とか大義だとか、人に迷惑かける言い訳かしら?くだらない。くだらないわ」


 しかし彼女は常人ではない。生まれながらにして二枠を備え、最高の適性を誇り、莫大な魔力を保有する。プリムラ・カッシニアヌムは紛うことなき天才だ。例え捨て身の特攻であったとしても、魔導師が一般的に苦手とする接近戦を仕掛けられたとしても、彼女は対処する。


「私は私の好きにする。言い繕ったりしない」


 操風を一枠まで減少。空いた一枠の片方に氷刃をセットし、対象を四本の短剣に設定して発動。柄の先から氷刃を発生させて、物理と魔法の双頭刃に。役目を終えた氷刃を取り外し、代わりに嵌め込む二枠は。


「別に世界の裏側で赤の他人が死のうが、どうでもいいの。関係ないことだし」


 魔力の糸が宙を進み、短剣と彼女の両手の指を接続。つい二週間ほど前に見て覚えた魔法。速度は出るものの細やかな操作を苦手とする操風とは異なり、それは操作性に特化した性質を有する。


「嫌いな奴は不幸になればいいし、憎い奴らは死ねばいいって思ってる」


 忌み嫌う妹が使用していたその名を、『傀儡魔法』。指が描いた動きを、糸が刃で体現する。操風で速度を上乗せし、襲いくる子供たちの首元へ届ける。物理障壁の二人には氷刃を、魔法障壁の二人には鉄の刃を向けて、今までにはなかった複雑な軌道で迎撃の剣、魔法をすり抜けて。


「でもね?ザクロみたいに聖人じゃないけど、目の前でなんの罪もない人が殺されるのは、流石に気分が悪いのよ」


 しかし、やはり。やはり彼らは障壁を変えていた。四本全てが弾かれる。だが、それに意味はない。糸を引き、刃を反転。物理と魔法を裏返し、押し込む。半秒以下の早業に、障壁が間に合うわけもなく。


「誰かを守る為に戦うお人好しな善人が、傷つけられるのも好きじゃない」


 頭皮を裂き、骨を貫き脳を断つ。またしても、またしてもプリムラは子供の命を奪った。何の躊躇いもなく、人を殺めた。友人の笑顔の方が彼らの命なんかよりもずっと、大切だったから。人質を殺されたことが腹立たしかったから。人質を用いて脅迫し、毒を吐いた手法が卑劣で大嫌いだったから。


「……それに、守りたい人もいるの。その守りたい人に、あなたたちは背負わせた」


「そ、そのような理由で!あなたは戦うのですか!人を救い、人を殺すのですか!なんと野蛮にして下賤な!」


「あなたに言われたくないわ」


 四人の身体が転がり、傷口から溢れ出た血が床を染め始める。靴が汚れることを嫌った彼女は赤から離れつつ、最後に残った男へと向き直り、


「いい?条件は揃ったの。あなたには許可が出てる。あなたは私の目の前で人を殺した。あなたは私の大切に手を出した。あなたは私に憎まれた」


 四本の双頭刃を糸で構えつつ、告げた。誤魔化しなどしない。綺麗事も建前も使わない。ああ、そうだ。彼女は正義や大義などではなく、許可と私怨で人を殺す。殺せてしまう。


「あなたは私が、必ず殺す」


 それは、善きことなのか悪しきことなのか。少なくともプリムラには、どうでもいいことだった。



 プリムラに興味がなく、また彼自身も名乗りに必要性を感じていないために出てきませんでしたが、泣き顔の仮面の男の名前は「パッシフローラ・カエルレア」です。

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