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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第55話 気づく感情、得る心



 申し訳ありませんが、次回の更新は最速で11日。遅ければ14日の予定です。




 仮面と殺人という共通点で思い浮かんだ。だが、それは一瞬だけのこと。暗殺者なら顔を隠して当たり前で、仮面を被るような者も掃いて捨てるほどいるだろう。些細なことではないが、それよりも大事なことが今のサルビアにはあった。


「誰だった?」


「……イラ・ラクル殿だ」


 強い動揺で言葉遣いが乱れた。だが、それを眺める者はいない。むしろ人として正しい心の機微だ。仕方のないことだ。だからパエデリアは少年と目を合わせ、名前を告げた。


「いいでしょうか?」


「ええ。行きなさい」


「失礼します」


 立ち上がったサルビアの問いに、ヤグルマギクは賛同。彼は許されたことに深く一礼し、この場を後にする。いつものように規則正しい足音だが、いつもよりは僅かに大きかった。しかしそれも、どたばたと行き交う人の波や喧騒にかき消されてしまう。


 走る者とすれ違った。ヤグルマギクに指示を仰ぎにいくのだろうか。住民の避難をどうすべきかという議論を彼は聞いた。そして、辿り着いた。


「さ、サルビア・カランコエ様……」


「失礼する」


 救護室の扉の傍に立つ騎士に一言伝え、足を踏み入れる。医薬品特有の匂いと、それよりも嗅ぎ慣れた血の香りが鼻を刺す。ここに来た時に生きていたのなら、治療が試みられるはずだ。だから、やはりここだった。


「申し訳ありません。ここに来た時にはもう」


「いい。責める心はない」


 おびただしい血と、布を被せられた動かぬ肉体。寝台の上にはそれらがあった。かつて人間として生きていたものだ。医師は頭を下げたが、サルビアにそのつもりはなかった。彼らが最善を尽くさないはずがない。それでも叶わなかったのだから、責められるわけがない。責められるとしたら、それは。


 赤に濡れた金の髪と、生真面目そうな線の鋭い顔を見る。実際彼は生真面目だった。人付き合いが上手ではないサルビアにだって、数ヶ月も同じ屋根の下で暮らせばそれくらいは掴めた。


「……」


 ふつふつと湧き上がるものがあった。どうしようもない感情だ。今にも爆発しそうな、外に出ようとしている何かだ。似たようなものは何度か経験があるが、これは別格だった。漏れ出た少しで、医師が腰を抜かしかけていた。


 同時に、何かが抜け落ちていった感覚があった。胸の辺りか腹の上か。すとんと、どこまでも落ちていった。それはきっと取り戻せないし、空いた穴は埋まらない。初めての感覚でありながら、その確信があった。


 そしてもう二つの、一つ目。彼はようやく知り、ようやく気づいた。あまりにも遅過ぎる気づきに、腹が立った。このようなものなのかと知って、今回の事件で死んだ者の家族が同じものを、あるいはこれ以上のものを味わっていると、気がついたのだ。


 この気づきは最初の感情の薪と油となった。業火となって燃え盛るそれは、握られた拳、噛み締められた歯、鋭くなった銀の瞳という形で外界に反映される。


「すまない」


 最後の想いは言葉となり、目を瞑り捧げられた祈りとなった。死者は騎士だった。民を守り、時にその為に命を奪う職業だった。いつかこのような結末を迎えることを、覚悟していたはずだ。だが、覚悟していたからといって、望んだわけではない。サルビアの護衛だったばかりに、彼はリナチアまで来てしまった。了承したとはいえ、少年の勝手に付き合わされ、命を落とした。


「傷を見ても?」


「え、あ、はい」


 目を開き、許可を得てから布をめくる。一目で致命とわかる傷、というより穴が腹部にあった。パエデリアの言葉通り、槍によるもの。それも、背後からではなく真正面から刺されている。


「他に外傷は?」


「いえ。見受けられませんでした」


 自ら確かめながらサルビアは医師に問い、その答えに頷く。他に傷はない。脚に切り傷もなければ、腕に腫れもない。確実とまでは言わないが、おそらくは一撃だったのだろう。一合と結ぶことなく、貫かれたのだろう。


「リナチアの騎士団の二人は?」


「……まだ確認できていません。この方からの情報と『伝令』が途絶えたことから、おそらくは。しかし誰かを差し向けようにも、住民の避難が先ではないかと……」


「わかった」


 サルビアの質問が迂闊だった。パエデリアは「五分前に彼が駆け込んできた」と言っていた。なら、帰還したのはラクルだけで、他の二人を回収に行く時間などなかったことくらい、読み取るべきだった。いや、いつもなら読み取れたはずだ。


「申し訳ない。我々のせいで死者を出してしまった」


「い、いえ。あなたがお気になさることでは」


 謝罪する。ラクル同様、駐屯騎士の二人もまた、サルビアたちに巻き込まれた。暗殺組織は切除せねばならない病巣ではあるが、サルビアたちが来なければ、彼らはまだ生きていたのだ。駐屯騎士団は二人を喪わなかったのだ。


「いいや。我々と当家と組織のせいだ。仇は討つ」


 誓いをラクルの枕元に。彼と、未だ還らぬ二人の為に。更にはこの事件で命を落とした者、傷つけられた者、遺族、被害者の友や恋人の為に。


 ああだって、近しい人を喪うことは、こんなにも辛く、悲しいのだから。サルビアは今日、人を喪う悲しみと、怒りを知った。


 本音を言ってしまえば、今回の事件の被害者に対してサルビアは他人事だった。いや、それは間違いでも悪いことでもない。彼らは実際に他人であった。サルビアは他人として、真剣に彼らを悼んだ。


 だが、同じ痛みを知った今、他人事とは思えなくなった。それこそ自らの事のように捉え、悲しみ、悼み、怒りを抱いた。殺意が沸いた。


 ザクロはこれを、遥か昔から知っていたのだろう。だからこそ彼はあんなにも怒り、悲しみ、苦しみ、叫んだ。人を殺すとさえ言ってみせた。


 そのことに尊敬する。彼が味わった辛さを悲しみ、今まで知らなかった己を恥じ、悔い改める。一つのことを知れば、こんなにも多くの感情、心が生まれる。サルビアの中に根付く。過去のことさえ、塗り替わる。


 けれど今は、それらより燃え盛る炎が勝っていた。










 カランコエ家の増援を迎えに行っているベロニカ以外の主だった面々が、会議室の円卓の上で議論を重ねていた。議題は当然、人質の救出と暗殺組織への対応について。


 作戦は大幅な変更を迫られていた。本来であれば、複数の精鋭部隊による奇襲にて人質の救出及び組織の殲滅を並行して行う予定であった。その為の人員と情報が集まるのを、待っていたのだ。


 だが、気づかれた。もはや奇襲は成立しない。人質全員の救出及び組織の消滅という目標の達成は、一気に遠のいた。


 更にもう一つ、大きく変化したものがある。人質の生死についてだ。組織が騎士団に気づいていないのなら、彼らは見せしめとして処刑されたかもしれない。しかし気づいた今となっては、人質に利用価値が生まれた。暗殺を強要する人質ではなく、騎士団に対しての人質という意味が。


 これに関して、幸か不幸の判断は難しい。人質は生存するだろう。最低でも、一人は。そう。一人とは言わずとも、数人でいい。それ以外は邪魔だからと処分される可能性が生まれてしまった。


 叶うことなら、処分を前に救いたい。しかし気づかれた以上、迂闊なことをすれば人質の命が危うい。人質を助けようとすれば人質の命が危険に晒される矛盾が、そこにはあった。


 そしてそもそも、救う方法をどうするか。先述の通り、奇襲は使えない。ならば奇襲ではなく突入か。だが、人質を盾に取られれば動けなくなる。待ち構えている可能性を考えれば、何も考えずに突っ込むわけにはいかない。


 人質を諦め、組織の殲滅に全てを注ぐのならば、プリムラがいる今なら可能ではある。彼女を含む大勢の魔導師で、地下の拠点を上から押し潰せばいい。仮に数名が生き残ったとしても、人質がいないのならば敵ではない。


 だが、この方法はありえない。人質を諦めるという選択肢は、民を守る者である騎士団には許されない。許されないと知りながら、最終的により多くを守る為に使わざるを得ない時もある。が、今はまだその時ではない。


 住民の避難も問題だ。当初の予定が奇襲であった為、作戦の開始と同時に避難させるはずだった。前提が崩れた以上、今すぐ避難させるべきか。させた場合、刺激にならないかという不安がある。


「どうしますか」


「……」


 リナチア駐屯騎士団の長がヤグルマギクに問うも、答えはすぐに返らない。数多の戦場を駆けた経験豊富な老兵ですら、今回の件には悩んでいたのだ。


 未来のことを予測はできても、観測することはできない。そうである以上、多くの経験を積んだ者でさえ悩むことがあり、答えに詰まる時はある。しかし、悩んでも詰まっても、答えは出さなければならないのだ。


「まずは住民の避難をお願いします。慎重かつ速やかに、できるだけ遠くで安全なところへ。ただし、人を一箇所に集中させないように。毒が散布されるおそれがあります」


「……了解しました。警戒を厳にしつつ、実行します」


 被害の拡大を防ぐ為、ヤグルマギクは第一の決断を下す。組織を刺激することになるかもしれないが、これ以上一般人を巻き込むわけにはいかなかった。


「医師を何人かここに呼んでください。薬の調合法と対応する毒を伝えます。手の空いている者にも手伝っていただきたい」


 毒が散布される可能性を考え、その対応策も用意する。知識ある者と薬の種類と量が増えれば、それだけ多くの命を救うことができるはずだ。ここまでの判断は何も間違ってはいない。


「交渉を行います。人質の解放と引き換えに、身の安全を保障すると」


「は?」


 問題があるとするなら、次だった。ヤグルマギクはあろうことか、交渉による解決を決断した。そう、暗殺組織の殲滅をやめ、人質の救出に全てを尽くそうとした。


「ちょっと待ってください。奴らを野放しにできないという話じゃなかったんですか?屈するんですか?」


 立ち上がり、噛みついたのはザクロだ。彼だけではない。他にも数名、言葉には出さずとも納得ができないという顔をしている。


 ザクロの左隣のプリムラは何も言わず、目を瞑り腕を組んでいる。彼女は決め兼ねているようだった。


 右隣のサルビアは複雑な心境だった。これ以上誰も死んでほしくはないと願う一方で、許してはならないという気持ちがある。


「人質の命が最優先です。状況が変わり、選択肢も変わりました。ですが、これが軸であることだけは変わりません」


「それはそうですけど、奴らは同じことを繰り返します。一度許してしまえばこれから先何度も何度も、また人質をとって逃げ延びますよ」


「情報が足りません。見取り図が未だ得られず、人質の正確な居場所がわからない以上、無闇に動くべきではない」


 ヤグルマギクの言葉は間違いではない。だが、ザクロの言葉もまた間違いではない。人質の命に全てを費やすなら、交渉が正しい。今後のことを考えるなら、殲滅が正しい。ただ二つの正しさがあるだけのことなのだ。


「……ザクロ君。あなたは憎しみに囚われていませんか?」


「否定はしませんよ。でも、何よりこれ以上同様の被害を出したくはないって思いの方が強いです」


 ザクロは嘘を吐かなかった。言葉の前後、共に真実。確かに、人質数名を危険に晒すことにはなる。だが、組織を野放しにしてしまえば、被害の規模は膨れ上がることだろう。既に可視範囲で八十人を超えているのだ。今後も同様の犯行が繰り返されれば、実際の犠牲者の数は数百から数千を越すおそれもある。


 それだけは、避けたい。許してはならない。


「突入して人質も全員救って、組織を潰す。今取れる全てを取れるかもしれないんです」


 現状最良の未来を手にできるのは、突入の選択肢のみである。交渉を選んだ未来にそれはない。生き長らえた暗殺組織が改心し、奉仕活動に励むわけがないのだから。


「交渉した後に叩き潰すなら、別ですが」


 例外はただ一つ。交渉して人質が全て解放されたのを見計らい、約定を破り捨てて殲滅すること。ザクロとしても使いたくがない、まさに外道の行いではあるが、結果だけを見れば最良を得られる。世間からの批判というマイナスはあるが、それでも。


 だが、人質の命と組織の殲滅、その両方を達成できる可能性が高いのは、この外道の方法だった。やはり手段を選ばないものこそ、一番容易く、強かった。


「……」


 会議室を沈黙が支配した。誰もが揺れているのだ。情報屋が見取り図を売ってくれなかった現状、情報が足りず、突入は無謀に過ぎる。かといって交渉に出れば、彼らをみすみす見逃すことになる。しかし外道に堕ちれば、簡単に突破口を開くことができる。


 正義の為に悪をやむなしとするか。既に殺人という悪を容認しているが、そこから更に堕ちるべきか。誰もが答えを出すのを躊躇った。だが、決まりかけていた。誰もがお行儀の良さで人質は救えないと理解していたからだ。


「防御っ!」


 そして、揺れた。揺れていたではない。全員が揺れた。部屋も揺れた。僅か半秒にも満たない刹那の振動。気づいた者は息を吐いた。その中でヤグルマギクは全員に咄嗟の指示を飛ばしつつ、土魔法で盾を形成。


「ああっ!」


 プリムラは会議室の床に、土魔法による強化を三重に施した。自分だけではなく、全員を守れるように。


 僅かに遅れ、ザクロ、サルビア、パエデリアもそれぞれ反応した。生徒二人は適性による展開速度の差による遅れで、パエデリアは単なる反応による遅れだ。プリムラを助けるように、三人は床を強化。


 そこが限界だった。障壁を展開する暇などなかった。床ではなく各々の背後、つまり会議室の外が爆発した。四人の強化が施された会議室の床の堅牢さを、爆発は超えられなかったのだ。一切の強化がなされなかった他は、容易くぶち抜かれたのだ。


 故に幸にも不幸にも。対策した地面からではなく、背後から爆風と破片が押し寄せた。地面からよりは軽いものだとはいえ、それでも人を傷つけ、場合によっては死に至らしめるほどの量が、彼らに襲いかかった。


「何が起きたんだ……?」


「襲撃で、守られたの。馬鹿」


 正確には三人を除いて。ヤグルマギクが土魔法で創成した二枚の盾が、三人の生徒の背後にあった。彼らを爆風からも破片からも、守りきっていた。僅かな傷を負いこそしたものの、数秒の治癒で治る範囲である。


「ヤグルマギク先生!」


 皆に防御を呼びかけ、生徒を守りながらも、彼は自らに何の防御魔法も施していなかった。守られたことに気づいたザクロが名を呼べば、


「私は大丈夫です。生きていますとも」


 机の下から声がした。彼は生きていた。机の下に潜り込み、椅子を盾に顔を守り、普段から服の下に着込んでいる鎖帷子で身体を守りきった。四肢の末端などに多少の傷は負ったものの、それだけだった。


 辺りを、会議室の外を見渡す。まず見えたのは煙。それをプリムラが振り払えば、全容が見えた。


「詰所が……」


 詰所内で原型を保っていたのは、異常に強化された会議室の床とその上だけ。その床は数秒前まで詰所だった瓦礫の上で傾いていた。詰所は丸ごと、吹き飛んでいた。壁がなくなったことで、民家が見えていた。


「パエデリア先生は?」


 他方で、人が見えなくなっていた。吹き飛ばされたのか、瓦礫の下敷きになったのか。さっきまで座っていた席の上に姿はない。パエデリアが見つからず、サルビアは開放的になった空間に問いかける。


「私は、ここです……」


 答えはあった。が、彼はヤグルマギクほど上手く立ち回れていなかった。風魔法で瓦礫を跳ね除け、立ち上がった姿は傷ついている。額から流れ出た血に右眼を瞑り、だらりと右腕を力なく垂らしていたのだ。


「申し訳、ありません……不覚をとりました」


「いえ。私こそ、あなたを守れず申し訳ない」


 謝罪するパエデリアに、ヤグルマギクもまた謝罪する。魔法の枠は陣を合わせて二つ。生徒三人を守るのに、その二つは埋まってしまっていた。残る身体強化も、自らを守るだけで精一杯であった。だからこそパエデリアは責めるつもりなどなく、だからこそヤグルマギクは罪悪感を抱いた。


「私の、ことは。それより、他の者を」


「第二波に警戒しつつ、できる限りの救出作業を。ただし、自分の命を最優先に考えてください」


 だが、変えられない過去のことは後回し。今大事なのはこれからのことだ。パエデリアと学長の声に従い、サルビアたちは臨戦態勢のまま瓦礫の下の生者を探し始める。


 声や血の匂いを強化した五感で拾い、瓦礫を魔法で慎重に撤去し、振動を警戒する。床を超強化したことが功を奏したのか、会議室内にいた者は全員息があった。各々防御系の魔法を不完全ながらに自らに展開していたようで、一番重い者でも、手脚の骨折程度である。


 そう、会議室内の負傷者で一番重い者は。会議室の外は地獄だった。重軽傷問わず命があったのは、幸運だった者やリナチア騎士団の中で一握りの実力者、精鋭を集めたカランコエ家の騎士のみ。他の者は皆、瓦礫の下で息絶えるか、その直前であった。


「……ラクル」


 ましてや爆発の時点で死体だった者に、形が残っているわけがない。ほとんど成果のない救出作業の最中、サルビアは救護室があった場所で、見覚えのある腕を見た。













 作業開始から僅か五分ほど。大体の者は掘り起こせた。精密な操作が可能にして、重機以上の力を持つ魔法があればこその時間だった。


 死者の数は積み重なり、事件の始まりから累計して百を一つ超えた。ザクロもサルビアもプリムラも、何人もの名前を知らない騎士を瓦礫の下から引っ張り上げた。


「ぼっちゃま!よくぞご無事で!」


「ベロニカこそ」


 爆発音を聞いて、飛んできたのだろう。息を切らしたベロニカが飛び込んできたのは、作業が終わってすぐのことだった。


「大事の際に側にいられなかったこと、誠に申し訳なく思います。ですが今は、お耳に入れたいことがございまして」


「なんだ。なにがあった」


 いや、主人の心配だけではなかった。それだけではない理由が、彼を急がせていた。走っただけではない汗が額から流れ、顎から地面にぽつりと落ちる。


「少しでも戦力をと思い、カランコエ家別邸に寄ってきました」


「この街にもあったのか。で、どうした」


「……昨日からこの街に、ハイドランジア様がいらっしゃいます」


「なんだと?」


 この理由だ。ベロニカは別邸の警護から何人かを引き連れていこうとし、断られた。なぜ断るのかと彼が聞けば、今は当主がこの街にいるから離れられないと警護は答えたのだ。


「詳しい理由はわかりません。ですが……」


「敵襲!」


 ベロニカの説明は、生き延びた駐屯騎士の叫びにてかき消された。ついに来たのだ。救出作業中はなぜか一度も姿を見せなかった、暗殺組織が。


 合理的だ。理に適っている。不意を打たれ半壊し、負傷者の手当てまでせねばならない、脆い今を狙うことは実に。


 だが、彼らは知らないはずだ。圧倒的強者であるサルビア、ザクロ、プリムラ、ヤグルマギクがほぼ無傷に近い状態で生き残っていることを。そして彼らが、怒り狂っていることを。知らないで、来た。


 剣を構え、陣を取り出し、声のした方へと駆ける。ああ、確かに敵が来ていた。サルビアとそう年の変わらない薄い茶色の髪の女性が、そこにいた。駐屯騎士に剣を向けられていた。


「百二十四番と申します」


「……なにを言っている」


 だが、そこにいるだけだった。武器を持たず、剣を向けられても警戒することもなく、能面のような表情を露わに、ただそこに。優雅なお辞儀を披露していた。


「主人より皆様を招待するよう命じられました。生者を最低三十名を用意し、声をおかけください」


 そして、事務的に招待を。どこへかなど決まっている。暗殺組織の拠点だ。地獄だ。


「拒否しても構いませんが、その場合は私と人質が死亡します。また、半刻経過するごとに人質が一人、殺害されます」


 選択肢は、従う他になかった。


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