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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第54話 人殺しの理由



 遅れて申し訳ありません。

 次回の更新は9月7日の予定ですが、その、少し作者の抱える問題が大きくなっていまして、また遅れるかもしれません。




「は?」


「許可をしないと言いました。ではベロニカさん。出立の準備をお願いしてもよろしいですかな?」


 彼は情には流されなかった。より多くを救いたいが為に、冷静に物事を見ていた。ザクロの懇願も困惑も切り捨て、限られた時間を有効に使おうとしていた。


「ちょっ、ちょっと待ってください!なんで許可してくれないんですか!」


 用は済んだとばかりに背を向け、ベロニカや私兵と話し始めたヤグルマギク。再起動したザクロは彼の小さな肩を掴み、その理由を問う。邪魔になるような行動ではあるが、少年を止める者はいなかった。パエデリアもベロニカも、今回ばかりは躊躇われた。


「危険だからです」


「そんなことはわかってますよ!覚悟はしてます!」


「あなただけではなく、周りの、と言えばわかりますかな?」


 ならば仕方がないと、ヤグルマギクは指揮を他者に任せ、少年に向き直る。橙色の瞳と深い青の目が交差し、若い大声と老成した厳粛な声とがぶつかり合った。


「足手まといだって言うんですか!……確かに、人質を救出する技術はまだ拙いかもしれませんが、それでも俺は強いです!役に立てます!だから!」


「許可しません」


「なんてプリムラが良くて俺がダメなんですか!」


 自らの胸に手を当て、少年は事実に基づいて訴える。嘘偽りはない。彼は強い。毒に対しては無力ではあったものの、制圧ならば話は別。プリムラが同行するなら、同じ理由で彼も許可されるはずだ。


「人を殺したことがないからです」


「……あ」


 だが、学長にも理由があった。少し考えればわかる、正当な理由だ。今回の暗殺者に情け容赦をかける余裕はない。少しでも躊躇すれば、あるいは生かしてしまえば、どれだけの被害が出ることか。殺す覚悟なき者の参戦は、突入する騎士はもちろん救出する人質にも危害が及ぶ可能性がある。何より、まだ子供であるザクロ自身にも。


「殺せ、ます!殺すべきと感じたらすぐに!」


「幹部以外全員殺すべきですが、できますかな?」


 ザクロは子供だった。連れて行ってもらおうと、調子の良いことを言った。そしてその調子の良い言葉を否定されぬまま、切り返された。


「末端に大した情報は期待できません。価値がない」


「価値がないって、そんな……」


「あなたは人質ではなく暗殺者を救出したいのですか?」


 ヤグルマギクの言葉はどこまでも現実的だった。生け捕りにするメリットは、情報を引き出す以外に見当たらない。一方、生け捕りは殺すよりも難く、監視する人手を必要とし、自爆の危険性があるなどデメリットが非常に多い。であれば、より多くの情報を引き出せる者のみ対象とするべきだ。そうでなくては、暗殺者の命を重んじるばかりに人質を助けられませんでした、仲間がたくさん死にましたという、滑稽な救出作戦になりかねない。


「ザクロ君はどうやら、殺人の理由を理解していないようですな」


 本当に彼は子供だった。優しく、純粋で無垢。そんな子供に大人は教える。本来であれば、四年生の騎士専攻の者へ受講する授業を。毎年多くの者が振り落とされる、騎士としての通過儀礼の一つを。


「私たちは憎いから殺すわけではない。正義だから悪を殺すわけではない。法の裁きを代行しているわけでもない」


「……人を助ける為ですか?」


「正解ではあります。しかし、私が言っているのは人助けの為に殺人を選ぶ理由です」


 人を助ける為に人を殺す。無論、命が救われるからといって殺人が正当化されるわけではない。正しくなくとも、選ぶしかないから選ぶだけで。ではその選ぶ理由とは何か。本当に簡単だ。


「殺人とは、最も安心できる確実にして恒久的な排除手段です」


 手っ取り早くて安全で安心で確実、そしてそれらが永続するから。だってそうだろう。死んでしまえば、何もできない。喋ることも動くことも邪魔することも人を殺すこともできない。完璧な無力化だ。


「……は?」


 聞いて数秒、ザクロには理解できなかった。不意打ちだった。予想できなかった。まさか人殺しを選ぶ理由が、邪魔だから世界の外に永遠に追い出してしまおうという考え方だなんて。


「救出を行う責任です。助けようと決めたのならば、最善を尽くさねばならない責任です。人を殺したことがないあなたに、これが許容できますか?」


「……」


「ここで僅かでも躊躇う者を、連れて行くことはできません」


「っ……!」


 人質の救出作戦は救うと同時に、人質の命を脅かすものである。そうである以上、リスクを可能な限り排除し、最も現実的な手段をとらなければならない。それを怠るようなら、作戦に参加する資格はない。


「何もせず、ここで黙って待ってろってか!」


 ああだが、彼は譲れなかった。ついには敬語さえかなぐり捨てて、怒鳴り声を上げた。学長に詰め寄り、胸ぐらを掴みかけた。直線で腕は止まったものの、しようとしたことは確かだった。


「そうなりますな。正しくは、もう少し安全な場所となりますが」


「俺のせいなんだよっ!俺のせいで五人も死んで!何人かに後遺症が残るって言われて!」


 怯みなき学長の解答を無視して、彼は叫ぶ。涙を流し、腕を振り。止めようとした周りも、その形相には何もできなかった。あまりにも、あまりにも悲しすぎた。


「俺は助けようとしただけだ!助けたいって思って、そうしたんだ!間違ってない!俺も、アイリスも!」


 命が狙われていると聞いた時には、まだ大丈夫だった。人質がとられていると聞いても、まだ抑え込めた。不安で仕方なくて、一人で枕を濡らしこそしたものの、決して心を表に出さなかった。


「間違っていない!でも、巻き込んだのは俺なんだよ!俺が助けようとしたから、こんなことになったんだ!死んだん、だよ!」


 でも、実際に人が死んで、助けに行くなと言われて、耐えられなくなった。堰を切ったように溢れ出す、彼の本心。わかってる。悪いのは暗殺組織。でも、原因は自分。例え正しい行いであったとしても、それが死者にとって何の慰めになるというのか。


「なのに原因の俺がここで安全に待ってろって、あなたは言うのか!人を殺したことがないからって!人を殺すのに躊躇うからって!」


「何度でも言いますな。ザクロ君、君はおかしなことを言っている」


「どこがおかしい!」


 そう叫んだザクロを、ヤグルマギクはまるで子供の癇癪のようだと切り捨てた。


「あなたは今度こそ誰も死んでほしくない、原因の自分が救わなければと思っている。責任を感じている」


「……そうだ」


 少年が助けに行きたいと願うのは、自分が原因だから。同時に、何の罪もない人々がこんな理不尽な目に遭うことが許せないから。これら自体は間違いではない。人間らしく、かつ正しい原理である。


「おかしいとは思いませんか?いざという時に殺せないような人間が救出に行くなど、人質や仲間の命を危険に晒す行為です」


「そ、れは……」


「人質を助けたいと思うのなら、あなたは安全な場所で待っているべきでしょう?」


 人を殺したくない。例え犯罪者であろうとも、関係はない。これもまた人としても、法治国家としても正しい。だが今回の事例において、複数の正しさは相容れない。


「暗殺者を一人も殺さず、人質全員を無傷で救出できると確信できるのならば、私たちはそれを選びます。でも、そうでないのなら、私たちは殺します」


 たった一人の対象を殺す為に、何の罪もない数十人を犠牲にする異常性。人質をとり、複数の場所で毒を用いる狡猾さ。どの要素も暗殺組織が油断ならぬ相手であることを示している。足手まといを連れて行ける余裕はないと判断できる。


「いくつか付け加えましょう。殺人に罪悪感を抱くことは、人として当たり前です。騎士であっても例外はありません。その上で選んでいるだけで、特段あなたが弱いわけではない」


 多くの者が悩む道だと、彼は語る。今回は悪人が相手だが、時には敵国の兵士といった異なる正義を持つ無実の者、ただ黒い髪と黒い眼だけの忌み子を殺さねばならない時が来るのだ。罪悪感を感じて当然。だが、それでも選ぶ他にない。求められる役割と感じる心の乖離に擦り切れ、壊れる騎士は少なくなかった。


「……そして、割り切れないと思いますが、今回の件であなたに責任はありません。助けようとしたことに何ら間違いはなく、責められるべきは暗殺者と事態を軽視した私です。例え誰がどう言おうとも、そこは変わりません」


 もう一つは責任について。彼は自分のせいだと責任を感じ、戦おうとしている。だが、その責任なんて元からないのだと、学長は言い切ったのだ。


「あとは大人に任せなさい。あなたは何も悪くない。まだ守られるべき子供です。いくら強くとも、今はまだ」


 最後に優しく、言ったのだ。学園で最強の男を、ヤグルマギクは子供扱いして守ろうとしていた。人を殺す覚悟なき者は周囲だけではなく、自らの命も危険に晒すと知っているから。


「だから」


「殺せれば、いいんですか?殺せるなら、連れて行ってくれますか?」


 だが、ザクロは引き下がらなかった。自分に責任がないと言われても、割り切れるわけがなかった。ヤグルマギクが自分を心配してくれているとわかっていても、諦められるわけがなかった。


「君が来る必要はありません。特に、足手まといになるようなら」


「俺が行きたいんです。一人でも多く助けたいんです。その為なら殺せます」


 自分のせいで罪のない誰かが死ぬのはもう、許せなかった。この想いがあれば、殺人の壁を超えられるとザクロは確信していた。青い瞳を見つめる橙の眼には、暗い炎が燃えていた。


「先程は躊躇っていたようですが?」


「もう躊躇いません」


 確認をしても、その炎の勢いが衰えることはなかった。どうしようもないほどの怒りと悲しみと責任感が、薪として焚べられていた。


「……」


「時間にも気を使った方がいいと思いますがねぇ?学長先生」


 話に割り込んで時計を指差し、思い出させたのはプラタナスだった。そうだ。事態は一刻を争う。こんなところで言い争っている場合ではない。特にヤグルマギクは少しでも()()をせねばならない。


「学長。私が彼に同行します。私が危険と判断したら、彼を離脱させます」


「先生……」


 手を挙げて注目を集めたのはパエデリアだ。それは話を収束させる為でもあり、ザクロの為でもある援護射撃。彼は少年の無念も有用性も理解していた。戦闘だけでなく、救出という点においてもザクロは役に立つ。殺人経験の有無だけで弾くのは早計だと思えるほどに。


「…………認めます。ただし戦闘は極力避け、救出を主に。指示には何があっても従うこと。よろしいですかな?」


 折れたのは学長だった。プリムラと同種の条件を付けることで、ザクロの同行を認めた。彼としては、非常に不本意だった。本心としては連れて行きたくはなかった。


 だが、ザクロの眼は。許可をしなかった場合、どのような行動に出るかわからない恐ろしさがあった。仮に単身で突入されるくらいならば、いっそ手元に置いて守ろうと思わされてしまった。


「はい。ありがとうございます。場を乱してしまい、申し訳ありませんでした」


 落ち着きを払い、丁寧に頭を下げる。そこに、いつもの明るい彼はいなかった。


「俺もついて行くが、いいか?」


「サルビア様!?」


 そこに割り込んだのはサルビアだ。手を挙げた彼はヤグルマギクに確認するかのように問い尋ねる。ベロニカが悲鳴をあげているが、そんなものは制止にならない。


 暗殺者に激しい怒りを抱き、責任を抱えているのは、ザクロだけではなかったのだ。ザクロを守る為に学園に残ると言っていたが、当の護衛対象が救出作戦に参加するなら話は別だ。最早残る理由はない。


「……」


 顎に手を当て、学長は考え込む。ザクロとは違い、サルビアを連れて行くデメリットはほぼないに等しい。殺人も躊躇いなく経験済み。カランコエ家の嫡男である以上、いるだけで敵の行動を制限できる。単純な戦闘力としても申し分ない。


 ただ一つあげるとするなら、まだ子供であることだけ。


「ベロニカさん。よろしいですかな?」


「よろしいも何も。私にぼっちゃまは止められませんよ」


 ヤグルマギクが保護者に尋ねるも、彼は自らにその権利はないと肩をすくめる。他の大人を見渡しても、もう既にプリムラとザクロは同行を認めているのだからといった様子であった。カランコエの一族として責任を感じる少年の心を、無下にはできなかったのだ。


「……わかりました。同条件で許可します」


 こうしてプリムラ、ザクロ、サルビアの三人の同行が決まった。決まってしまったのだ。












 駐屯騎士が記録を携えて戻ってきたのは、それから約十分後のことだった。


「やはりここ数日、馬車の数が異常に増えてますね」


 机の上に広げ、例年分の記録と見比べ、目的地を確かめる。そこには、ザクロの縋るような推測を補強する文字が記されていた。週に一回か二回見るかどうかの馬車が、この数日間で十回近く出入りしていたのだ。それもよく見る「もふり屋」などではない、正体不明の行商人として。


「行き先で多いのはリナチアですね。えーと、はい。この記録は信用できると思います」


 不正と杜撰な管理のせいで全てではないが、その多くがリナチアに向かうと記録されていた。方角は南。ほどほどに栄えた都市で、前に誘拐された男が磔で発見された街の隣。学長の情報とも符合している。


「ただ問題はあれだねぇ?」


「途中下車の可能性か」


 だが、決めつけるにはまだ早い。馬車がその街に向かったからといって、必ずしもそこで人質が降ろされるわけではないからだ。もしも街の外の洞窟などに拠点があるのなら、候補は爆発的に増加する。


「馬車が街に入っているか、向こうで確認すればよいのでは?」


「リナチア方面で不自然に魔物が少なく、人が行方不明になるような場所がないかの聞き取りを、主要な酒場に依頼してください」


 方針としてはまずリナチアの街の中にヤマを張り、同時進行で街の外に拠点がある場合の捜査を開始。酒場者の情報からの絞り込みを行い、該当地域を人海戦術で攫う。


「ベロニカ。カランコエ家内部から探ることはできるか?」


「おそらくは。ハイドランジア様も流石にこの組織には見切りをつけるでしょうから。ですが、お時間は少々かかるかと」


「頼む」


 更にカランコエ家の権力、というより、ハイドランジアによる蜥蜴の尻尾切りを促すように働きかける。例え街の外にあろうが、これならばいつかは見つかるはずだ。問題は遅くなれば遅くなるほど、人質の命が危うくなること。


「今すぐリナチアの街に向かいます。駐屯する騎士団および近辺の騎士団に応援を要請し、準備が整い次第救出作戦を実行します」


 街まで身体強化で走り抜けて、およそ八時間。連絡を行い、食事と睡眠をとり、拠点の場所の情報集めなどの準備を考えれば、突入は明日以降となるだろう。果たして、それまで人質が生きているのかはわからない。だが、これが最速。できる限りの精一杯。やるしかないのだ。


「私とルピナスは学校に残るとも」


「ええ。防衛をお願いします」


 此度の救出作戦、プラタナスとルピナスは不参加である。理由は主に二つ。学長の言葉通り、ザクロがまだ街にいると勘違いした組織が攻撃を加える可能性に備えての防衛。そして単にプラタナスがルピナスを危険に晒すことを嫌がったからだ。


 参加者はザクロ、サルビア、プリムラ、ヤグルマギク、パエデリア、ベロニカ以下十六名。更に現地で他の騎士団の合流し、小隊あるいは中隊規模で救出作戦にあたる予定である。


「では、行きましょう」


 事件開始からおよそ四時間半。一同は街を出て、リナチアへと向かう。








 結論から言って、地獄は街の中、その地下から広がっていた。


 二度の休憩を挟み、八時間二十分でリナチアについた彼らはまず、駐屯騎士団に事情を説明し、協力体制を確立。その後、門兵の記録を確かめる。栄えているだけあって馬車の出入りは日に数回と多いが、やはりここ数日は増加傾向にあり、その中にサルビアたちの街を出た数台を確認することができた。


 そしてまた、駐屯騎士の巡回によって馬車の行き先とされる巨大な倉庫も発見した。すぐに突入することはせず、全ての準備が整うまでは監視のみに留める。


 各自交代で睡眠をとり、監視や住民の避難計画の作成を続けつつ、人質を救出できるだけの人員の集結を待つ。危険かつ失敗の許されない任務であることから、近隣の騎士団には精鋭を要請した。


 その間、大貴族であり、顔が割れているであろうサルビアは駐屯騎士団の詰所で秘密裏にお留守番である。標的のザクロも貴族のプリムラも学長のヤグルマギクもまた同様。


「次は六番と書かれた瓶から粉末を一匙、十二番の瓶から液体を三滴」


 その間生徒三人は何をしていたかと問われれば、武器の手入れとヤグルマギクの手伝いをしていた。そう、彼にしかできない準備。解毒薬の調合である。


 ヤグルマギク・コーデックはハイドランジアと並ぶほどの剣士でありながら、毒の研究においても世界に知られた賢人であった。毒の塗られた刃にて敵を屠り続けた故に、恐れと嘲りを込めてつけられた二つ名は『蛇刃』。しかし、彼の知識は殺す為に身につけたものではなく、救う為に身につけたものだった。


 被毒者八十人以上でありながら、死者が五人だったのは、彼が即座に毒の種類を見抜き、虚空庫の中の解毒薬を処方したからに他ならない。もしもヤグルマギクが学長ではなかったのなら、死者の数は跳ね上がっていたことだろう。


 手持ちの薬は昨日の治療で大幅に削られてしまった。救出作戦でも必要になる可能性を考えて、補充の手伝いを特にできることのないサルビアたちにお願いしたのである。


「失礼します。ヤグルマギク学長、緊急です」


「なんでしょう……っ!?」


「私の血ではありません。それより報告を」


 既に手伝い始めて二時間半と、調合にも慣れ始めてきたその頃、部屋の扉が叩かれた。学長が開ければ、灰色の服を血で染めたパエデリアが姿を見せる。衝撃的な色合いに部屋の中の者が固まるも、彼は手を振って自らの血ではないと訂正。そうだ。そんなことで驚いている場合ではない。なぜ血塗れかが重要なのだ。


「監視にあたっていたリナチア駐屯騎士二名、カランコエ騎士団一名が殺害されました。この血はそのカランコエ騎士団のものです」


「…………なんですって?」


「ええ。申し訳ありません。気付かれました」


 そう、既に血が流され、死者が出たということ。そして、気付かれたということ。


「五分前、騎士団の詰所に彼が駆け込んできました。腹部を槍で貫かれており、既に致命傷で」


 カランコエ家の中でもベロニカが指揮する部隊は、嫡男たるサルビアの近辺を任されるほどの精鋭だ。それがあっさりと敗北し、死に追いやられた。


「『笑顔の仮面の男』と言い残して事切れました」


 人質を救出する為の作戦で、気づかれた。それは恐ろしいまでに致命的な失態である。ヤグルマギクとプリムラが言葉を失う中、サルビアとザクロの二人は遺言とかつての記憶が脳裏を過っていた。


「仮面の男?」


 小鬼の国の人間の女王から聞いた、王との馴れ初め。そのきっかけとなった、顔も名前もわからぬ狂人の記憶である。

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