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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第45話前編 決勝戦




「さぁ邪魔が入らない内に、手早く済ませるとしようか」


「ああ。分かってるぜ先生。元より出し惜しみなしの短期決戦の腹づもりだ」


 構えて向き合って。だが、視線は僅かの間だけ特別席へ。あれだけ強く『義枠・三重式』は禁じられていたのだから、学長は必ず止めに来るだろうと、プラタナスは考えていた。


「と思ったんだが、どうやら邪魔の邪魔をしてくれているようだねぇ」


「ルピナス……サルビア……」


 だからこそ、はやく終わらせよう。そのつもりだったのだが、どうもそうはいかないらしい。サルビアとルピナスが、立ち上がった学長を止めていた。


「今の内に言っておこう。私は本当に、君という人間を見くびっていた」


 彼らの説得と説得のぶつかり合いの様子に何を思ったのか。プラタナスはザクロに声をかけ始める。


「この決勝戦で君と見えるとは、正直思っていなかった」


「失礼だな先生」


「正直だからねぇ」


「言い直す。正直で失礼だな先生」


 包み隠さず、プラタナスは告げる。そもそもザクロが決勝まで勝ち残るとは思っていなかったと。つまり、サルビアに負けていたと。余裕の表れか、それとも気丈な振る舞いか。評価を聞いた少年は眉を寄せ、軽口を叩く。


「そうだとも。正直に言おう。対戦相手の命を危険に晒すほどの覚悟を、君が持っているとは思わなかった」


「……ああ、ちきしょう。それには失礼なんて、口が裂けても言えないぜ」


 全力のプラタナスと戦いたいという欲求をザクロが持っていたとしても、それはあくまで命を危険に晒さない範囲である。彼はそう考えていた。そして、昨日までの少年もそう思っていた。


「いや、いい。だからこそ戦い甲斐がある」


 世界全てを天秤に載せたプラタナスと規模は違う。だが、そう思うまでの心理的なハードルも、彼と少年とではまるで違うのだ。ザクロにとって相手の命は、自分の命以上に重いもの。故にプラタナスは敵として認めた。全力を振るうに値する相手だと決めたのだ。


「……へへっ」


 照れ臭そうに剣を握った手で鼻を擦って、ザクロは笑う。嬉しいに決まっている。嬉しくないわけがない。戦う相手だと、認められたのだ。あのプリムラ同様、命を賭してでも戦いたい相手だと。そう思われたのだ。


「俺だって不思議なんだ先生。昨日までの俺なら、絶対に言わなかった」


 そして、言う。自分だって驚いていると。なぜこんなにも抑えがたい欲求が湧いたのか、理解できていないと。


「だろうねぇ。まぁ、調子に乗っているのだろう」


「……ああ、そうだ。多分俺は、調子に乗っているんだ」


 特別席のアイリスと目が逢った。心配と「なぜ?」が入り混じり、曇り掛けた美しい蒼の瞳。その瞳に見つめられたザクロの心には、罪悪感が生まれた。だが、それは小さく少ない。この戦いを止めるほどでも、躊躇うほどでもない。


 それはきっと、そう。ザクロが調子に乗っているからだろう。


「皆様にお知らせします」


 そうならざるをえない。なにせ、時の運までもが彼に味方したのだから。


「協議の結果、プラタナス・コルチカムに課せられた条件を限定的に緩和。『義枠・三重式』の使用を九十秒まで認めることとします」


「まじか」


 拡声魔法によって響いたアナウンスに、場内のいくつかから歓声が上がり、ザクロは呆気に取られる。まさか、認められるとは思ってもみなかった。


「運だけではない。愛しの我が弟子と、君の好敵手のおかげだ」


 予測していたのか。プラタナスは誇らしげに笑い、まるで見せつけるかのように、義枠の魔法陣に視線を向ける。


「……ははっ!それは本当に、感謝しないとな」


 調子に乗った。運にも乗った。そして、そこに想いが乗せられて、自らの想いも乗せた。これ以上の準備があるのだろうか。少なくとも、ザクロには思いつかない。


「それでは両者、構えてください」


 既に一度試合開始の宣告をしたというのに、審判が再び前に出てきた。もう一度、二人の始まりの呼吸を合わせる為にだ。


 誰だって観たいのだ。宮廷筆頭魔導師を打ち破った魔導師の魔法と、剣聖の孫を斬り伏せた剣士の剣との本気のぶつかり合いを。驚いた。観客の期待まで乗ってしまった。


「いいですね?では、決勝戦……」


 ならばもう、応えるしかないだろう。目を奪うような戦いを。そして何より、自らに悔いなき、誇れるような勝負を。


「開始っ!」


 合図と同時、プラタナスは『義枠・三重式』を発動し、三枠の魔法を展開。


 その光景を見たザクロは圧倒された。震えた。なるほど。観客席から見るのとは訳が違う。浮き上がった二枠の石片と一枠の土柱の威容に。九十秒という縛りがあるのだから、そのどれもが魔力効率を度外視。込めれるだけの魔力が込められている。


「やっべぇ」


 そして思う。悟る。なるほど、これの対処は極めて難しい。よくもプリムラは対抗できたものだと。


「……すぅ……はぁ」


 更に、深呼吸して決意する。そうだ。今日のザクロは調子に乗っている。なにせサルビアに勝ったのだ。プラタナスに認められたのだ。乗らないわけがない。


 重ねてそして、調子に乗っているを言い換えよう。すなわち、自信に。


「行くぜ。俺」


 さぁ、自分を信じていこう。恐れるな。今までの自分、いや、昨日の自分と今日の自分は違う。なにせサルビアに勝ったのだ。これまでの努力が証明されたのだ。もっともっと胸を張って、堂々としていこう。


 もっと、自分が強いと信じてみよう。吸い込んだ酸素を筋肉に送り込み、膨らますイメージで身体強化。限界が更新されたと信じて、今までよりもちょびっとだけ強く強化する。


 一歩目。いつもより大きな歩幅。いつもより深い地面への振動。いつもよりも速い移動。それに合わせられる。ついていけると思え。


「らぁっ!」


 無数対二振りは余りに多勢に無勢。だから、魔法剣を虚空庫にしまう。代わりに生み出すのは動龍骨の脚を止めたあの巨大な土の剣。前とは違う。もっと大胆にして多くの魔法を破壊するような軌道で、両腕を振るう。


「面制圧の剣士とは、恐れ入るねぇ!」


 大木のような大きさを百足剣の技術を活かして鞭のようにしならせ、空中と地上の魔法を蹂躙する。剣士の技術あってこその剣士らしからぬ姿に、プラタナスは絶賛の叫びをあげ、


「だが、甘……」


 にたりと笑う。胸の手前、熱を光が発するレベルまで集中させて何本もの線に。灼熱の筋が空気を焦がし、高速で大気を斬り裂く。もちろん、大木のような土の剣もバラバラにバターのように。


「まだまだだぜ!先生!」


「これは驚いた!これは憤らざるを得ない!」


 だが、ザクロは終わらなかった。熱線の発生を認識した瞬間、彼は土の剣魔法を別の魔法に変更していた。すると、どうなったか。


「この私が、一時的にとはいえ魔法の駆け引きで負けるなど!」


 確かに熱線は土の剣を断ち切った。しかし、そのまま地に落ちるわけではない。切り分けられた刃が、操風にて宙を泳ぎ始めたのだ。それも、プラタナスが浮かべていた石片を撃ち落として回る軌道で。


「許せることでは、ないねぇ!」


 言葉とは裏腹に心底楽しそうに笑いながら、彼は縦横無尽、上下左右斜めに前後に熱線を振り回し、土の刃を次々と撃墜していく。同時に舞台も切り分けて、それを操風で浮かせてザクロに向かわせて。そしてその石片を残りの土の刃が迎え撃って。


 時間はない。限られている。だから、魔法と物理の瓦礫の雨の中、ザクロは前に進む。熱線と魔法の土刃は魔法障壁にて弾かれる。だから、残るは物理の石片のみ。


「さぁ、私に近寄ってみたまえ」


 プラタナスは怪物だった。凄まじい魔法の使い手だった。そもそもザクロの二枠に対し、彼は三枠。付け焼き刃の土刃は数秒と持たずに九割以上が融解。そのことを認識し、かつ少年の接近の動きに気付いたプラタナスは、石片を三枠に変更する。


「ったく……本当に俺、一番じゃねえな!」


 人の形が入り込む隙間のない、石片の配置。障壁の変更など、とてもじゃないが間に合わないし、するつもりもない。


「だから」


 どうするかなんて、決まっている。


「なるぜ」


 挑むのだ。


 一歩、二歩、跳躍。残り数秒となった浮遊を解禁。同時、魔法剣の脆さでは局面を抜けられないと判断し、投擲していくつかの石片と引き換えにお別れを。空いた右手で虚空庫からマネッチア製の剣を引き抜き、左手の中には新たに土魔法で剣を創造する。


 従来の土魔法の剣ではない。いつもの無意識の内に決めた、安定した強度ではない。いつもより硬く、鋭く、かつしなやかに。自らが思い描く最高の剣を思い描いてその手に。


 空中で身を捻って横になって逆さまになって、剣を振るう。ぐるりと回る視界の中、コンマ数秒前の光景を頭の中に映し出し、当たる石片の軌道を検索。そこに重ね合わせる軌道を、剣にて作る。


 それは、サルビア戦でもザクロが振るわなかった域にある剣技。今までに一度も練習したことも、試したこともない軌道。でも、できると信じて。今の自分なら、今までの努力があるなら、自信があるなら、肩の力が抜けた今なら、できると自惚れて。


 自信過剰の思い込みか、あるいは正しい自己の評価か。その審判は、この勝敗にて下されるのだから。だから、もっともっと先を。もっと己を信じて、


「調子に乗っていく……がっ!?」


 ああ、乗り過ぎた。信じ過ぎた。対処しきれなかった石片一つが、ザクロの額に衝突した。


「訂正っ!」


 だが、一つだけだった。その一つすら、直撃というほどでもなかった。掠っただけ。声を上げこそしたが怯むことも目を瞑ることも、何より剣を止めることなく、彼は進む。


「ほどほどに、自分を信じて行くぜ……!」


 真っ直ぐの軌道では超えられない。故に、少しの回り道。その最中、割れた額から血が流れたのを自覚する。ならばと浮遊で身体を振り回して、目に入り込む前に血を飛ばして、笑って。


「……」


「なんという……」


 サルビアが沈黙し、ヤグルマギクが驚くほどの剣技がそこにはあった。それも、そうなのかもしれない。元より自分を劣等感でガチガチに押し固めていた彼だ。負けたくないという想いで緊張しながらも、サルビアに勝った剣士だ。


「なんだよ!なんだよ!」


 彼は今、リラックスして、調子に乗って、自分を信じて、本当の本当の全力を振るっている。自分の限界に挑み、そのすれすれを探っている。最高の剣を振るおうとしている。だからこそ、その剣の技はどこまでも冴え渡る。


「結構、俺、できるじゃねえか!」


 ただ、それだけのこと。でも、たったそれだけのことが、今までの彼にはできなかったのだ。


「……くくっ……!ははははははははは!」


 その剣の理由を知り、斬れ味を味わったプラタナスも、大口を開けて血に染まった口内を晒して笑う。


「まさか!まさかまさか!これほどだったとは!」


 ザクロが魔法障壁から変えないつもりなのは分かっている。故に物理の石片をぶつけようと二枠の操作をし、障壁に当てて止めようと土柱を一枠で生み出しながら、称賛を。肩が折れていなければ、拍手をしていたことだろう。


「認めよう!認めよう!ザクロ・ガルバドル!」


 石片を斬り裂き、土柱を魔法で壊し、浮遊で宙を駆る橙の髪と瞳の少年。ああ、間違いない。認めざるを得ない。彼は二枠で、三枠に対抗しうることを。


「さぁ、来い!最後だ!」


 接近され、もう後はない。これが最後の魔法の発動。小細工なし、プラタナスが熱線で舞台をカットして用意した、先の尖った瓦礫を三枠。全方位から隙間なく多段で。


「ああ、行くぜ先生!」


 こちらも同様、小細工はしない。魔法剣ではなく、右手に物理、左手に土の剣を握り。浮遊を切って地に脚をつけて、彼我の数mを剣を振り被って駆け抜ける。


「俺は!」


「譲って!」


 最後の一歩で前に出て、自ら石片の壁に突っ込む。身を斬り裂かれる寸前、剣を振り下ろして斬り裂いて。そして、剣を持つ拳を腹の前で力を溜めて、双剣の鋒をプラタナスめがけて突き出して。


「一番に……!」


 ザクロが選択したのは、刺突。前方にあった石片の壁を貫き、プラタナスまで届かせる矛。


「なるものか……!」


 プラタナスが選択したのは、あくまで石片。ザクロの突きに対処するよう、前方を瞬時に補強し、分厚くし、触れたものを傷つける盾として。


 盾と矛がぶつかる。引き分けはない。貫かれるか、防がれるか、決まるもの。


「はぁ……はぁ……!」


「……ふぅ……」


 盾は、貫かれていた。ザクロの身体の端々に鋭い切り傷をつけたものの、それまで。


「……ああ。認めたくない。認めたくないが」


 その奥で、プラタナスは二本の矛を突きつけられていた。


「私の、負けだねぇ……」


「…………へへっ!」


 その矛を、剣を握るのは傷だらけの少年。今しがた負った箇所から血を垂らして、彼は笑う。


「俺の、勝ち……」


 そして、魔力切れにて修理ができず、負荷に耐えられずに土魔法の剣が砕け散る。残ったのはかろうじて人が斬れる程度の斬れ味を残した、鉄の剣。


「俺が……一番……!」


 その一振りを蒼天に掲げて、彼は自らと世界に宣言する。


「やっと、なれた……」


 自分が、一番だと。


 武芸祭優勝、ザクロ・ガルバドル。


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